松尾光太郎 de 海馬之玄関 FC2版 | 歴史認識
こんにちは。ご来訪ありがとうございました。
okinawa11


正しい歴史の認識とは何か? 正しい歴史の記述などというものはありうるのか? もしありうるとして、それはどのような条件を備えたものなのか? これらのことについて考えてみたいと思います。 

よく、「10人の歴史家がいれば10個の歴史がある」「すべての歴史は(現代の観点から再解釈された)現代史である」と言われますが、歴史教科書や歴史教科書の検定を巡る争いを目にするたびに私は「正しい歴史の認識とは何か」という問いを反芻してきました。他方、所謂「従軍慰安婦」なるものの存在や、沖縄戦での住民の集団自決に関する「軍の関与」なるものを言い募る論者にとっては、紛うことなき絶対の歴史の認識の存在は毫も疑いない事実なのかもしれい。価値相対主義の徒、ピラトーの弟子である私には些か羨望の念も交えつつそう思えてなりません。

けれども、新カント派からも現代哲学の主流たる現代分析哲学の立場からも「正しい歴史の記述というものがありうるのか」という問いはそう簡単なものでもないし、そう自明なものでもない。このことを「唯物史観や反帝国主義」の歴史観をいまだに夢想することで「正しい歴史認識」の存在を確信する(私には羨ましくさえ見える)左翼や大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する論者にもわかるように説明してみましょう。尚、沖縄戦における「集団自決」を歴史教科書はどう扱うべきかについては下記拙稿も併せて一読いただければ嬉しいと思います。

歴史教科書の記述基準
 

◆歴史は事実そのものではない
「正しい歴史の記述というものがありうるのか」という問いは自明ではない。第一に、歴史は事実の記述そのものではないからです。もちろん、歴史がSFや歴史に舞台を借りた大河ドラマの脚本ではない以上、歴史の記述は「歴史的事実」を踏まえたものでなければならないことは当然です。逆に言えば、歴史の記述は「歴史的事実」と矛盾することは許されない。けれども、歴史が「ありのままの事実」を記述したものなどでは到底ありえないことも確なのです。端的に言えば、カントの「物自体」を持ち出すまでもなく、この世に「ありのままの事実」なるものなど存在しないか、それが存在するとしても人間がそれを知ることなどできはしない。

例えば、沖縄戦に参加したアメリカ軍と日本軍の個々の兵士の生い立ちから沖縄に来るに至った経緯、日米と支那やソ連の当時の指導部の沖縄戦を見る思いや予想。あるいは、沖縄戦の全期間の気象記録から動植物の生育の状態。また、沖縄の住民が隠れた個々の洞窟や壕やがまの衛生状態からその空間を満たしていた酸素原子や水素原子の個数に当時の星座のありよう・・・・。冗談ではなく、個別「沖縄戦」をとっても同所同時を巡っては多様で多層な事実が記述可能なのです。ならば、目の前で展開された目も眩まん限りの多様で広範な事実を文字列で描ききることなど到底不可能。それらは歴史教科書どころか歴史家のキャパシティーを越えた事柄であることは自明でしょう。

蓋し、歴史とは事実そのものではなく、歴史家の選択によって選りすぐられ再配置された事実でしかありえない。畢竟、歴史の記述の正しさなるものは事実からでなく事実を選択して再配置する歴史家のスキルの妥当性に左右される。畢竟、沖縄戦を例に取れば、「日本軍の強制があった」などという虚偽を正しい歴史の認識や記述が含んではならないことは当然としても、その正しさは事実からだけでなく事実を選択して再配置する視点の妥当性と一貫性に左右される。そう私は考えています。


◆歴史は事実ではない
次に、歴史の認識と記述は事実の記述そのものでもない。それは、例えば、「日本軍」や「強制」や「関与」、あるいは、「沖縄戦」や「帝国主義」や「大東亜戦争」等々のある特殊な意味を帯びる、すなわち、ある特殊で具体的な価値観によって意味づけられた言葉による事実なるものの切り取りであり再配置であり再編の作業なのです。

簡単に言えば、(1)歴史とは「普遍」的な概念を通した特殊歴史的な個々の現象(=「個物」)の認識であり、而して、(2)そのようにして獲得された「個物」の認識による「普遍」の修正、更には、(3)より豊饒な意味を帯びた「個物」によって修正されるであろう新たなる「普遍」による「個別」の再認識。これら(1) →(2)→(3)→(1)→・・・という永久的の営みの積み重ねに他なりません。些か、説明がヘーゲル的になりました。敷衍しておきましょう。

蓋し、歴史の認識とは、(1)「日本軍の関与」という概念を通して渡嘉敷島での住民の集団自決という個々の事態を認識し、而して、(2)その渡嘉敷島における住民の集団自決に際して発揮された日本の守備隊長の高い人間性を「日本軍の関与」という概念に組み込むことで、(3)沖縄戦における日本軍の戦いの見事さを一層深く理解することである。言語と事実、普遍と個物を巡る関係の発展として歴史の認識と記述はこのように整理できると思います。畢竟、歴史とは事実ではなく事実を理解し解釈する営為の発展に他ならないのです。

okinawa12


◆歴史教教科書における正しい歴史の記述
歴史は事実そのものではないし、歴史は特殊な価値体系の中にその本来の場を占める言葉による事実の永久的の再編作業である。ならば、歴史教科書にせよ歴史学の記述にせよ、「正しい歴史の記述」なるものは存在しうるのでしょうか。

簡単に言えば、そこでの記述の正しさは価値相対主義的な正しさしかないと私は思っています。すなわち、ある価値観や歴史観を共有するグループやコミュニティーのメンバーの中でしか歴史記述の正しさなる性質は成立しないのではないかということです。

けれども、価値相対主義とは不可知論そのものではありません。それは、自己の認識や行動の根拠には絶対の正しさは存在しないという認識を保有しながらも、現実に人間は何らかの行動を選択し認識を選び取らねばならないという人間存在の宿命を引き受ける中庸を得た成熟した大人の態度である。

蓋し、歴史認識においても歴史教科書の記述の選択においても、可能な限り事実を踏まえながらもなんらかの立場を選択する営みこそ価値相対主義の真髄と言ってよいと思います。而して、その選択と行動の指針は行動の目的に他ならず、個別、歴史教科書を含む政治的なエリアにおいてはその目的とは公共的な性格を帯びなければならないでしょう。

このように価値相対主義的態度をポジティブに捉えるとき、私は、究極の所、歴史記述には絶対的な正しさなどは存在しないという主張を否定しませんが、しかし、こと歴史教科書の記述に関しては充分に「正しさの基準」は成立すると考えています。何においても歴史が不可知であるからといって教科書の該当箇所を「墨塗り」ならぬ「空白」で済ますことなどできないでしょう。而して、私の考える「正しさの基準」は以下の3点に収束します。

(甲)より論理的に優れたイデオロギーの採用
(乙)より事実と整合的なイデオロギーの採用
(丙)教科書の目的により適ったイデオロギーの採用


唯物史観、廣松渉さん流に言えば、「戦前の日本を外に対しては邪悪で内においては暗黒の世界」と描くコミンテルン的で講座派的な歴史観の論理的な基盤は、例えば、歴史に発展法則を見出そうとする試みを粉砕したカール・ポパー『歴史主義の貧困』によって否定されました。ならば、現在、歴史の教科書に戦前戦中の日本のあり方を「当然否定されるべきもの」との認識で描くことには何の根拠も存在しない。よって、そう書きたい論者には唯物史観以外の根拠を提示することが求められる。而して、このチェックポイントが「より論理的に優れたイデオロギーの採用」ということです。

例えば、沖縄戦を巡っては、戦艦大和の戦艦特攻を含め考えられうる限り最高度の努力を日本は尽しました。ならば、沖縄戦の最終場面で軍民を巻き込んだ集団自決を「日本軍の強制」などの虚偽はもちろん、「日本軍の関与」なる文学的言辞で記すことは(住民の自発的な自決や他ならぬアメリカ軍の攻撃を捨象して「日本軍の関与」のみにアクセントを置いて記すことは)歴史の正しい認識ではありえないし、それはより正しい歴史認識から読者の注意を逸らす誤りと言うべきでしょう。これが、私のいう「より事実と整合的なイデオロギーの採用」というチェックポイントです。

最後のチェックポイントは「教科書の目的により適ったイデオロギーの採用」です。簡単な話です。小学・中学・高校の歴史教科書の内容など歴史学の先端的な知識でもないし、また、歴史教科書の記述がどう変わろうが歴史学の最先端の知識が左右されることなどありえない。

而して、歴史教科書に期待される内容とは、次世代を担う日本国民と定住外国人たる日本市民に自分がそのメンバーであるこの社会の帰し方の流れをトータルで理解してもらうことに尽きると思います。少なくと、この皇孫統べる豊葦原之瑞穂國のメンバーたる自分のアイデンティティーとプライドを涵養することは日本の歴史教科書の主な目的でないはずがない。

この目的は「近代主権国家」「民族国家」「皇孫統べる豊葦原之瑞穂國」という<政治的神話>を根拠にこの国土に統一的な憲法秩序を打ちたて社会の安寧秩序を維持している現在の日本国という公共性と極めて整合的である。畢竟、地球市民なるものや国際社会などという実体を欠いた共同体を国家秩序に置き換えようとする戦後民主主義の社会思想や、(現在の皇室を中心とする日本社会の秩序を敵視する点では)それと表裏一体を成すコミンテルン的−講座派的な歴史観という恣意的かつ個人的な歴史教科書記述の指針や目的に比べて遥かにその公共性は多くの国民と市民の賛同をより容易に得る可能性が高いものではないでしょうか。

これらの観点を踏まえるとき、沖縄の集団自決への「軍の関与」などは教科書のボリュームを鑑みた場合にも掲載されるべきような内容ではないだろうし、また、それを記述する場合にも日本全体で沖縄を巡って戦った日本国民の営為の一貫として述べられるべきである。私はそう考えています。



(2007年10月14日:yahoo版にアップロード)

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2007.10.14(16:31)|歴史認識コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
yamatos
【The Battleship Yamato】


沖縄の集団自決に関する歴史教科書の記述が問題になっています。ことの発端は、今春3月30日に文部科学省が公表した2006年度の教科書検定内容。沖縄戦時に発生した住民の「集団自決」について、「日本軍に強制された」という申請図書の内容に検定意見ついた事実が判明したことでした。

沖縄・渡嘉敷島の集団自決については、曽野綾子さんの労作『ある神話の背景−沖縄・渡嘉敷島の集団自決』(文芸春秋・1973年)等により日本軍の強制がなかったことは明らかになっており、沖縄全体を取っても住民の集団自決が日本軍の強制に起因することを示す証拠は皆無であることから「日本軍による強制と集団自決との間に因果関係」を認める記述に対して検定意見が付されたのは当然だったと思います。

しかるに、去る9月29日、沖縄県宜野湾市で開かれた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」などの抗議を受けた福田内閣と文科省は教科書記述の再修正を是認する姿勢を示す。すなわち、渡海文科相は10月1日、「沖縄の人たちの気持ちも考え、何をするべきか、何をできるかを考える必要がある」と述べ、同日、町村官房長官も「沖縄の皆さん方の気持ちを受け止めて、修正できるかどうか、関係者の工夫と努力と知恵があり得るのかも知れない」と語った。

この「県民集会」なるものの参加者が主催者側発表の11万人などではなくせいぜい4万人前後だったことが産経新聞等により広く報じられたこと、あるいは、「県民集会」の要求は政治的圧力以外の何ものでもなく、そのような政治的圧力に誘発された教科書記述の再修正など許されるべきではないという正論が、漸次、国民各層の中から澎湃と湧き上がるに従い、官房長官も「文科相に対して教科書再修正の指示を出した事実はない」と述べ、他方、文科相も「政治介入はできないとして検定意見撤回を否定」(沖縄タイムス:10月3日)するなど、福田政権も記述再修正の是認方針を微妙に変えつつある。

正直、今次の騒動とこの件に関する福田政権の評価は、現在、複数の教科書会社が検討している「訂正申請」の手続きを通して具体的に「集団自決と軍の強制」の記述がどうなるかを見なければ何も言えない。よって、本稿では、歴史教科書の記述の本来のあり方に引きつけて、沖縄の県民集会によって歴史教科書の記述が左右された日本の歴史教育の現在の問題状況を照射したいと思います。

sonoayakobook


◆事実の確認
検定意見によって「集団自決と軍の強制」の記述内容はどう変わったのか。議論を生産的にするためにこの点を確認しておきます。実際、2007年9月29日という僅か10日前のことでも、宜野湾市の県民集会に何人が参加したのかさえ容易に確定できないのが<歴史>なのですから。以下、URL参照。

2006年の教科書検定における「沖縄集団自決」に関する記述の変更
 

◆歴史教科書の記述はどうあるべきか
11万人が参加したのか4万人だったのかは別にして県民集会があったから教科書の記述が変わるなどということは、数学や英語の教科書についてはまず起こらないタイプの事象でしょう。県民集会で「台形とひし形の定義の変更」や「時間や条件を表す副詞節の中でも述語動詞は未来時制でよい」とか決議したとしても文科省だけでなく誰も相手にするはずもない。では、なぜ歴史の教科書の記述に関しては再修正を求める政治的圧力の前に、文科省も「沖縄県民の気持ちへの配慮」を口走るような事態になったのか。それは、歴史学の軽視と歴史教科書の目的の理解不足である。而して、私は、今般の事態が炙り出した問題を具体的には次の2点に要約しています。


(甲)「日本軍の強制に起因する集団自決」という確認されない事実を歴史教科書に盛り込むことの是非

(乙)「集団自決への日本軍の関与なるもの」が確認された事実であったとしても、そのような事実を歴史教科書で言及することの是非



●嘘を歴史教科書に盛り込むことの是非
「嘘でもそれが社会の役に立つなら教科書に書き込んでもよい」という主張は、(実は、そう簡単に否定されるものではないのですが)おそらく多くの方が容認しないと思います。アメリカでは進化論だけを教えるのに反対するキリスト教原理主義の運動も盛なのですが、今時、「それでも地球は動いている」と呟いたガリレオの時代でもあるまいに、県民集会の政治的圧力によって「教科書では地動説ではなく天動説を教えろ」という主張が認められる国は少ないでしょうから。

よって、沖縄県民や大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する朝日新聞等が「日本軍の強制により集団自決は起こった」と強弁したいのなら、個々の日本軍兵士の行動を超えた<日本軍の強制>が集団自決の主要な原因であったことを事実に基づいて立証する責任がその論者にはあると私は考えます。


●「強制 Vs 関与」or「エピソード」
第二の論点。「日本軍の強制」ではなく「日本軍の関与」を集団自決の原因とする見解をどう考えればよいか。これについて私は「「関与」があったと主張する論者は、まず、その「関与」なるものの定義を明らかにせよ」などという大人気ないことを述べようとは思いません。実際、公理主義的に数学を再構築したヒルベルトの言葉「点, 線, 面の記号をやめて、それぞれをコップ, テーブル, スプーンに置き換えても幾何学には何の変更も生じないだろう」を踏まえるならば、かつ、分析哲学と現代解釈学を自己の思索の基盤とする身としてはどのような概念も言葉も究極的には定義不可能なものであると骨身に沁みているからです。

蓋し、「強制」や「関与」という字句を穴が開くほど睨んでも、あるいは、広辞苑や大辞林のページをどれほど捲っても、1945年の沖縄で生起した集団自決と日本軍の行動の関係が「関与」であったのか「強制」であったのかを決めることなどできはしない。而して、その関係を定めうるものがあるとすれば、畢竟、それはその両者の間に妥当な因果関係があったかどうかだと私は考えます。

すなわち、「強制」や「関与」をあるタイプの因果関係と再定義しようとするとき、(イ)ある事象と他の事象との間に「前者がなければ後者は生じなかった」という関係が見出せること、かつ、(ロ)ある結果に因として作用する多くの事象の中で特に重要なものについてのみ因果関係があった(よって、「強制」や「関与」がありえた)と言いうる。なぜならば、(イ)だけで因果関係の有無を確定することは無意味だからです。例えば、「自決者の自死に自決者の曾祖母の祖母が関与した」(その曾祖母の祖母が存在しなかったなら自決者はこの世に存在せず、存在しない人間が自決などできないから)という命題は1945年の沖縄の集団自決を巡る因果関係を考える上ではそう大きな意味は持たないだろうからです。

而して、 逆に、(ロ)の「ある結果に対して特に重要な原因であるか否か」を判断する指標が、個別、「沖縄の集団自決と日本軍の行動の関係」においては「強制」と「関与」の辞書的な意味である。蓋し、「関与」と「強制」は(イ)の物理的な因果関係を備えた関係の中でもある特殊なタイプのカテゴリーを形成している(この手法は、所謂定義論の常套手段、関係の経験分析と語義の経験分析の併用に他なりません)。畢竟、「他者の行動の選択肢を暴力・威力を用いて意図的に限定すること」があった場合には、日本軍の行動は「強制」という集団自決の重要な原因であり、そうでないならば日本軍の行動は「関与」という重要な原因であるか「関与」でさえない現象のいずれかになる。尚、「関与」でさえない事象とは集団自決との間に因果の関係が存在しない単なる同所で起きた同時並行的な現象のことです。

tokashiki


この点、1945年の沖縄・渡嘉敷島で「強制」がなかったことは事実であり、かつ、沖縄全体を見ても、個々の日本軍兵士の行動を超える<日本軍>が住民に自死を「強制」したなどと言える事実は見出されていない。ならば、自決者個々の曾祖母の祖母の存在からなにから沖縄の集団自決との間で物理的な因果関係のある数多の事象の中から「関与」があったとして、特に「日本軍の行動」を分離する根拠は何なのか。歴史教科書に「沖縄の集団自決に日本軍が関与した」と書き込むことを主張する論者にはこの根拠を提示する責務があるのではないでしょうか。

数多の事実のなかから「関与」があったとして日本軍の行動を他から切り分ける根拠。正直、私はその根拠としては「沖縄県民を守る日本軍の責任」以外思いつきません。而して、そのような責任が正に最前線で戦っている軍隊に適用される根拠を(蓋し、それは沖縄の集団自決に日本軍の関与を認める根拠の根拠でしょうが、そのような根拠の根拠を)実定法からも実定道徳からも見出すことはおよそ不可能であろうと思います。畢竟、「どの法も「炎の中に自分の腕を突っ込んではならない」と定めることはしない」というイエーリングの言葉の裏面として有名ですが、「法は何人にも不可能を強いることはできない」のです。

蓋し、集団自決と同所同時に行われた日本軍の行動が確認される事実であったとしても、それは「強制」でも「関与」でもない。而して、集団自決と日本軍の行動の関係には因果関係を認めることはできない。畢竟、沖縄戦とそこで起こった悲劇の原因として日本軍の行動を教科書に記すことは歴史学的に誤りである。

けれども、「集団自決への日本軍の関与と称される事実」(=集団自決と同所同時の日本軍の行動)は歴史を彩るエピソードの一つとしては教科書に記述されるに値する可能性は残る。而して、どのような事実を「主要項目と同時代のエピソード」として歴史教科書で言及すべきか、すなわち、歴史教科書の限られた紙面を(特に、ゆとり教育路線の中で益々薄くなった教科書の限られたスペースを)どんなエピソードに割くべきかは歴史教科書の目的に沿って判断されるべきことでしょう。

明確なことは、嘘を書くことは論外としても、歴史に限らず教科書は広範にわたる当該科学の最新の成果を遍く掲載するメディアでは必ずしもないということ。更に、歴史教科書は沖縄県の県民感情や特定アジアの国民を慰撫するためのツールでもないということです。

畢竟、歴史教科書は、この国のメンバーとしてのプライドとアイデンティティーを涵養するための通史としての歴史認識を子供達に提供するためにある。ならば、このエピソードの点でも、沖縄戦を巡る記事としては、集団自決の際の日本軍の行動などよりも、沖縄に向けて戦艦特攻を敢行し撃沈した戦艦大和とその散華された乗員の英霊に関する記述が遥かに望ましい。私はそう考えています。


(2007年10月9日:yahoo版にアップロード)

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2007.10.09(12:44)|歴史認識コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
opiumwar

【The Opium War】


小泉首相の歴史に残る一昨日8月15日の靖国神社参拝を受けたためだろうか、マスメディアと言わずブログと言わず「首相の靖国神社参拝は日本の戦争責任を曖昧にするものだ」「現在、日本ではアジアの諸国民に対する過去の日本の蛮行を過小評価しようという破廉恥な言説に溢れているけれど、これらは道義的に許されるものではない」等々の主張を見聞きするようになった。

ところで、このような主張に対して、「韓国併合は国際法上何の問題もなかった」「欧米列強も帝国主義華やかな時代には幾らでも同じようなことをやっていたではないか。そして、植民地支配を元の欧米列強諸国が謝罪したなどは寡聞にして聞かない」「何より、日本はサンフランシスコ条約や数多の二国間条約を通して、戦争責任/戦後責任を日本は完全に(ナチスにすべての罪をかぶせ、しかも、その責任をユダヤ人のホロコーストにほぼ限定したドイツの姑息なやり方とは違い、完全に)果たし終えている」という保守−中道の側からする反論もオピニオン誌や政治的イシューを扱うBLOGの記事の定番であろう。

而して、中韓朝という特定アジア諸国の代理人である反日勢力から保守−中道派への再反論も最早「定跡化」している。すなわち、彼等は、国際法や確立した国際政治の慣行、ならびに、ドイツの戦後処理が日本よりも遥かに不十分で欺瞞に満ちたものである事実を看過しつつ、(追い詰められてだろうか)こう述べる。

他の欧米諸国も植民地支配をしていた。ゆえに、
日本の帝国主義的な植民地支配も許される。
少なくとも、日本だけが悪いのではない。
このような主張は、欧米列強の責任を免責しないのと同様
日本の戦争責任/戦後責任をなんら減免するものではない、と。


戦後民主主義からするこの再反論は正しい一点を突いている(もちろん、正しいのはその「一点」だけだけれども)。蓋し、「他の欧米諸国も植民地支配をしていた→日本の帝国主義的な植民地支配も許される」というのは間違いということ。畢竟、歴史に実定国際法を超えて善悪の評価を求める思考そのものが間違いなのだ。なぜ、そう言えるか。簡単だ。実定国際法以外の善悪の判断基準は普遍性を持ちえないから。

一昨日の小泉首相靖国神社参拝を受けてこのようなことを考えているとき、ほとんど1年前に書かれたある論説を思い出した。英米論壇で熱い議論を巻き起こしたもの:”Koizumi's contemporary dilemma is haunted by history”「小泉首相が現在抱えている難題には歴史認識の幽霊がとりついている」 (By Ronald Dore, Financial Times, August 9, 2005)である。著者はLondon School of Economicsの準教授であり、比較厚生経済学の専門家;世界経済史と各国の国内経済政策の復元という基盤の上に第二次世界大戦に至る経緯をスケッチした、”Japan and Germany vs. The Anglo-Saxons” の著者でもある。要は、本論説は、喩えれば大江健三郎氏が語る憲法論のような素人の戯言ではない。以下、日本と欧米諸国の戦争責任の差異に絞ってこの論説を要訳紹介する。


・・・The key question is whether the sins of the Japanese nation were so extraordinary as to warrant execution of its leaders, even as a symbolic act. General Tojo and his crowd were certainly racists, but their assertions of Japanese superiority were partly a response to slights from the white, western world, such as the rejection of Japan's proposal for a declaration of racial equality in the preamble of the Versailles treaty. It was a racial war, but the Japanese had no genocidal project equal to the Nazis' systematic slaughter of Jews and Gypsies.

(前略)問題は(戦争責任に対応する)日本の罪は、(それが象徴的なものにすぎないとしても)その政治指導者の死刑執行を正当化するほど例外的に重いものだったかどうかである。東条将軍とその同僚達は確かに人種差別主義者−民族差別主義者であった。しかし、日本民族の優位性に関する彼等の盲信のよって来たるものは、少なくともその一部は白人(すなわち、欧米世界)からの侮蔑に対する対抗意識であった。侮蔑とは、例えば、ベルサイユ条約の前文に人種平等の宣言を盛り込もうという日本の提案が拒否されたというようなことである。(第二次世界大戦に至る日本の15年戦争)は人種間−民族間の戦争だった。けれども、日本はナチスとは違う;ユダヤ人やジプシーに対して組織的かつ計画的な大虐殺を行ったナチスと違い日本はジェノサイドなど一切行わなかったのだから。


They were racists, yes, but all imperialists were racists. Like earlier generations who fought China and Russia to win Taiwan and Korea, they were trying to build an empire that could claim equality with the European empires. Racial resentment apart, they had similar motives to the European imperialists: the same sheer national self-aggrandisement, the self-righteous belief in a civilising mission and the hypocritical cynicism to use the one to justify the other.

確かに15年戦争を率いた日本の政治指導者達は人種差別主義者−民族差別主義者である。その通りだ。しかし、帝国主義者は須らく人種差別主義者である。支那およびロシアと戦い台湾と朝鮮を獲得した世代と同様に、その次の世代である彼等も欧州の帝国主義諸国から対等に処遇される帝国を構築しようとした。人種を巡る憤激を別にすれば、彼等と欧州の帝国主義者の動機や行動選択の論理はほとんど同じである。すなわち、直截なる自国領土拡大の傾向、人類の文明化を担っているという独善的な信念、「他国がやっているから自国も許される」という偽善的かつ(理想を排除する)皮肉で現実主義的な態度は日本と欧州の帝国主義国に共通だった。


An amusing history game: try to match Japanese leaders with the imposing figures of 19th-century British history. Matsuoka Yosuke had a bit of the flamboyant self-assurance of Palmerston, if not the wit. In the freelance buccaneer class, Sasakawa matches with Cecil Rhodes (both eventually set up British educational foundations). The dour Tojo perhaps most resembled the pious General Gordon, who sacked Beijing only 40 years before Tojo's men sacked Nanjing.

面白い歴史遊びがある;当時の日本の指導者を19世紀の英国史を彩った人物と対応させてみられよ。松岡洋右とパーマーストン(★KABU註:1855-58, 59-65在職の英国首相)はウィットのセンスを除けばその厚かましさと居丈高さには一脈通じるものがある。民間の政治的山師という点では、笹川とセシル・ローズは同等であり、両者は共に英国流の教育財団を設立するという後日談をも共有している。頑固な東条は謹厳なゴードン将軍(★KABU註:太平天国の乱を鎮圧した英国の将軍, 1833-1885年)と極めて似ているのではないか。実際、ゴードンは東条の将兵が南京を陥落させた、そのたった40年前に北京を簒奪したのだから。


The big difference was that the Japanese came too late. And lost. The winners could declare the imperial age over, cede their colonies and claim they had saved the world for freedom and democracy. Why would mainstream Japanese politicians hesitate to talk in these terms? Probably because it would upset too many powerful Americans. ・・・

欧州の列強と日本との最大の違いは、日本は来るのが遅すぎたこと、また、日本は敗れてしまったことに尽きている。(列強の中の)勝者グループは、帝国主義の時代は終わったと宣言することができたし、自分の植民地を現地の勢力に払い下げることもできた。而して、彼等は「自由と民主主義のために我々は世界を救ったのだ」と主張することもできたのである。それでは、その政治の主流に位置づけられる日本の政治家達は、なぜにこのようなストーリーにおいて歴史を語ることを避けてきたのだろうか? 蓋し、それはこのような歴史理解が発信された場合、あまりにも多くの有力なアメリカ人の憤りを誘いかねないからではないか、私はそう考えている。(後略)



(2006年8月17日:yahoo版にアップロード)

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2007.10.03(12:39)|歴史認識コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
maleyoki



◆The Making of Modern Asia:Asia’s Rebirth
“Time”pp.32-35, August 15−August 22, 2005, Special Double Issue
By Kishore Mahbubani, Dean of the Lee Kuan Yew School of Public Policy
at the National University of Singapore

・・・Centuries of European colonial rule had progressively reduced Asian self-confidence. Future generations of India citizens will be wondering how 300 million Indians − including my own ancestors − allowed themselves to be passively ruled by fewer than 100,000 Britons. Those as yet unborn will not understand how deeply the myth of European cultural superiority had been embedded into the Indian psyche. Jawaharlal Nehru, the first Indian Prime Minister, once said the defeat of Russia in 1905 by Japan first triggered the idea of independence for India in his mind. That was a remarkable admission; it implied that intelligent Indians could not conceive of governing themselves before Japan, an Asian power, defeated a European one.

数世紀に及んだヨーロッパの植民地支配はじょじょにアジア人の自信を萎縮させていった。インドでこれから生まれてくる世代の国民は、3億のインドの民が(実はその中には私自身の祖先も含まれているのだけれども)10万にも満たないイギリス人の支配をあまんじて受け入れていたこと、なぜそんなことが起こっていたのかを今後も将来にわたっていぶかしがるに違いない。これから生まれてくるその世代は、ヨーロッパ文化の優越性という神話がいかに深くインド人の心に埋め込まれていたのかを今後も理解することはできないだろう。インドの初代首相ネールはかってこう述べたことがある;1905年、ロシアが日本に破れたことによって、インドの独立というアイデアが彼の心の中に始めて芽生えたのだ、と。これは注目に値する告白だろう;なぜならば、ネール首相のこの告白は、アジア勢の一つたる日本がヨーロッパの列強の一角を打ち負かすまではインドの知性豊かな人士さえもが「彼等インド人自身がインドを治める」ということを思いつくことさえできなかったことを示しているからである。


Japan’s record in World War II was disastrous. But if Japan had not succeeded early in the 20th century, Asia’s development would have come much later. Japan inspired the rise of Asia. Even South Korea, which suffered from brutal Japanese colonial rule, could not have taken off so fast without having Japan as a role model. Asia needs to send Japan a big thank-you note. The tragedy, of course, is that such words of gratitude will not be delivered while Japan remains ambivalent about its own identity, torn between Asia and the West.

第二次世界大戦における日本の顛末は破滅的であった。しかし、20世紀初頭における日本の成功なかりせば、アジア諸国の興隆と発展はもっと遅くなっていたに違いない。日本はアジアに刺激を与えそれを鼓舞したのである。韓国でさえ、日本による容赦のない植民地支配を経験した韓国でさえ(★)日本をロールモデル(=到達目標やどう努力するかの参考にされるべき成功パターン)にしない限り、かくも早く<経済成長の離陸>に成功することはできなかったであろう。よって、アジアの国々は日本に対して<特大の感謝状>を贈呈する必要がある。もちろん、日本が西洋とアジアの間で引き裂かれた両義的なアイデンティティーを保持し続けている間は、そのような他のアジア諸国からの感謝表明が日本に捧げられることはないだろうし、それはそれで悲劇的なことではあるけれども。

★註:日本の朝鮮半島支配
日本の朝鮮国の併合は完全に当時の国際法を遵守したものであり、日本自体が帝国主義の奔流に飲み込まれかねない時代状況の下、多くの朝鮮の人々の要請を受けて不承不承行ったものである。また、その「植民地支配」は朝鮮半島の福祉と文化水準を向上させ、社会的インフラを整備したものであり、それがいかに優れた「植民地支配」であったかは、かの地におけるこの間の人口・識字率・GDPの推移を見れば一目瞭然である。而して、原著者の「brutal Japanese colonial rule」という表現は必ずしも適切とは言えないと私は考える。


lossofprinceofwales

【Loss of the Prince of Wales】


Even the Chinese should thank Japan. Tokyo’s continuous denials of its army’s atrocities in World War II will always complicate relations with Beijing. But China would not be where it is today if Deng had not made that fateful decision to move from communist central planning to a free-market system. Deng took this incredibly bold leap because he had seen how well the Overseas Chinese in Taiwan, Hong Kong and even Singapore had done. Those three tigers − and the fourth, South Korea − were inspired by Japan. The stone that Japan threw into Asia-Pacific waters created ripples that eventually benefited China, too.・・・

支那でさえ日本に感謝すべきなのである。第二次世界大戦中の皇軍による残虐行為をしばしば否定する日本側の発言は日支関係を紛糾させ続けていることは事実ではある(★)。けれども、もし?小平先生が中央集権的な共産主義の計画経済制度から自由市場を前提とした経済体制に移行するという決定的に重要な決断をしなかったならば、支那は現在の支那とは別物になっていたに違いない。凡夫の理解を遥かに超えるほど大胆なこの政治的跳躍を?先生が行ったについては、海外の華僑同胞、つまり、台湾・香港・そしてシンガポールがなかなか上手に(マクロ経済政策の運営を)行っていた状況を見ていたことが大きかっただろう。そして、台湾・香港・シンガポールという三頭の虎 − そして、四匹目の虎としての韓国を加えてアジアの虎達は −すべて日本に刺激を受け鼓舞されたのである。日本がアジア・太平洋地域に投げ込んだ石はついに中国にも利益を与えることになるさざ波を引き起こしたのである。

★註:皇軍の残虐行為
原著者が何をもって「its army’s atrocities in World War II」という言葉を使われているのかは全文を読んでもなお不明である。もしこの語句で、所謂「南京大虐殺」をさしておられるのならば、しかも、<支那政府の主張する規模と様態の南京大虐殺>のことをさしておられるのならそれは原著者の勇み足というべきである。少なくとも、挙証責任のある側(=支那)が数値と規模に関して信頼できる資料を提出できていないことは間違いないのだから。



◆紹介余滴
原著者の誤りについては註でコメントしておいた。しかし、全体としては極めて穏当な歴史認識の上に本論稿は展開されていると思った。また、ここで紹介したパラグラフの直後で原著者は、今後のアジアの動向にとってインドと支那の発展がいかに重要であるかを弁じておられる。その指摘に対して(特に、支那の今後の成長予測については)私は必ずしも賛成ではないけれど大変刺激を受けたことをここに記しておく。尚、このブログの紹介は(著作権への配慮から)、原論稿・全13パラグラフの中で我が神州に直接関係する3パラグラフのみを紹介したものである。近々、本論稿については、もう少し詳しい紹介分析を弊メルマガ「社会批判通信 de 海馬之玄関」で行いたいと思っている。


(2005年8月19日:yahoo版にアップロード)

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2007.10.03(12:27)|歴史認識コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
hiraizumisensei

【平泉澄先生】


今日の朝日新聞社説「安倍首相へ 歴史を語ることの意味」は朝日らしさが凝縮した貴重な資料として記憶されることになるのではないか。私はそう思った。その要点は次の2センテンスだ。曰く、


私たちは時代の制約から離れて、民主主義や人権という今の価値を踏まえるからこそ、歴史上の恐怖や抑圧の悲劇から教訓を学べるのである。ナチズムやスターリニズムの非人間性を語るのと同じ視線で、日本の植民地支配や侵略のおぞましい側面を見つめることもできるのだ。(以上、引用終了)


確かに、時代の制約下にあるとき(≒その当時の人々の目線に立って歴史を反芻するとき)、ナチズムやスターリニズム、欧米列強や日本の植民地支配や侵略を誰も無条件に批判することはできない。否、それらは、(いささか野心的で過激ではあるにせよ)正当な民主主義的手続きによって成立した政権の合法的な施策であり;あるいは、それらは「侵略」ではなく「自衛戦争」である(国民経済と国際経済の諸経済活動の必然的帰結としての対外進出に他ならない)とさえいえる。

また、個々の民族が繰り広げてきた目も眩まんばかりの多様な政治思想の歴史的特殊性に着目する限り、民主主義や人権という価値など政治哲学的価値の one of them にすぎず、人類史の大分の時代と地域において/(現在でも)人類の過半がそれらを<時代を超える普遍的で絶対的な価値>などとは考えてこなかった。

hiraizumibook



では(「民主主義」や「人権」の多義性には目を瞑るとして)、朝日新聞が言うように「時代の制約から離れて」歴史に対面するならば、民主主義や人権に<時代を超える普遍的な価値>が付与されると言えるのだろうか? 否である。

上でも述べたように、「時代の制約から離れて実証科学的/法規範記述的」に歴史に対面するとき、19世紀から20世紀前半を覆う西洋列強や日本の植民地支配はあるいは経済現象の顕現であり、またあるいは国際法的にも正当なる国家の行為であったことは明らかだからである。蓋し、今現在は「正義に反する」「違法」な国家の行為が過去には「正義に適う」「合法」な行為であったことはなんら矛盾することなく両立する事柄である。

ならば、朝日新聞がこの2センテンスで主張していることは、「(朝日新聞が理解する限りの)民主主義と人権に普遍的価値がある/あらゆる国家の政治はそれらの価値と整合的でなければ正統性と正当性を保ち得ない」という特殊な主張にすぎない。それは「普遍性を主張する特殊な議論」である。

もちろん、皇紀2666年の今、日本の政治家で「人権や民主主義の価値」を否定する者は(特に、それを公言する者は)皆無ではないにせよ極めて例外的少数者ではあろう。しかし、それらが「皇孫統べる豊葦原之瑞穂國」という我が神州統合のイデオロギーよりも優るとは(現行憲法の解釈論に限定したところで)誰も論証できはしない(残念ながら、vice versa)。

まして(多義性の条件を解除すれば)、大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する朝日新聞等の勢力が考える<地球市民>や<国連幻想>、<絶対平和主義>や<戦後生まれの日本人をも拘束する戦争責任・戦後責任なるもの>と親和性のある、個々の主権国家を超越する普遍的な価値と効力を持つ「人権や民主主義」などは世界標準の憲法や政治哲学的理解からはほとんどカルト的な民主主義−人権の概念である。

民主主義と人権の価値は個々の主権国家を超えるかもしれないが、それらは個々の主権国家の政治的プロセスを経由して具現するしかなく;ならば、それらの具体的意味内容は歴史的特殊な主権国家の社会的な現実によって個別に規定されてくるしかない。実際、世界に民主主義と人権の価値を押し広めようとする気宇壮大なブッシュ政権下のアメリカ合衆国も、個々の国家を捨象してダイレクトに民主主義と人権が具現するなどというオカルト的な認識は持っていない(もし、そうであればアメリカはわざわざ地球を半周してアフガニスタンやイラクにその壮丁を派遣する必要もないだろう!)。

hiraizumibook1


再度記す。朝日新聞の今日の社説は「朝日新聞が理解する特殊でカルト的な民主主義と人権の理念に普遍的価値を見出すオカルト的議論」にすぎない。而して、民主主義と人権にもなにがしかの価値を置くことには反対されないであろう安倍晋三総理は、他方、それらの価値から歴史を再構成−再評価しようとはされないのだけれども、このことはなんら他人たる朝日新聞から論理的に一貫していないなどと批判される筋合いのものではないのである。それは単に安倍総理の民主主義と人権の理解が朝日新聞と異なるというだけのことであり、誰も朝日新聞の理解に拘束されるいわれはないからである。

私が護憲派の最終防御ラインと規定する東京大学の長谷部恭男さんの理路を使わせていただければ、歴史認識や民主主義の理解のような(多数決での選択になじまない)個人的な思想信条に係わる事柄は、立憲主義下の<民主政治=人権の制約を遵守する議会制民主主義が統べる政治>においては時の摂政・内閣総理大臣といえども他者から問いただされるべきことではない。

蓋し、平成の大宰相・小泉純一郎氏の言葉を借りれば、「民主主義もいろいろ人権もいろいろ」であり、「民主主義と人権から歴史は再構成−再評価されなければならないという妙な考えの人もいるもんだね」、「民主主義と人権の価値からの歴史の解釈など私にわかるわけないじゃないですか。なんで、他人にそんな思想信条を問いただされなくっちゃいかんのですか」というのが、政治哲学的にも歴史認識からも謙虚で中庸を得た理解というべきものである。尚、これらの点に関しては下記拙稿を参照いただきたい。

立憲主義と憲法の関係☆憲法は国家を縛る「箍」である?
 
戦後民主主義的国家論の打破☆国民国家と民族国家の二項対立的図式を嗤う(上)(中)(下)
 
人権と民主主義は国境を越えるか
 
民主主義とはなんじゃらほい
 
帝国とアメリカと日本
 
政治と社会を考えるための用語集(四) 歴史
 
政治と社会を考えるための用語集(五) 国家
 
人権を守る運動は左翼の縄張りか? 保守主義からの人権論構築の試み
 

而して、今日の朝日新聞の社説は、(1)時代の制約から離れて歴史を反芻する営みと民主主義や人権という価値の抽出が必然的に結びつくと主張する点で認識論的に間違っており、(2)民主主義や人権という価値から歴史は再構成−再評価されるべきだと主張する点でそれは普遍性を欠いた議論と評されるべきである。

畢竟、(再度指摘すれば)これらの誤謬は、朝日新聞を始めとする大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義に組み込まれた<個々の主権国家や民族の価値>を相対化し否定しようとさえする講座派マルクス主義ばりの人類史認識という歴史的で特殊なバイアスに起因しているのかもしれない。私はそう考える。



(2006年10月6日:yahoo版にアップロード)

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