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本書「日本人の知らない日本語」(メディアファクトリー)は、
全4冊のシリーズもの。また、原作とは<ほぼ別物>ではありますが、
本書を「原作」にしたTVドラマも仲里依紗さんの主演で放送されました。

『日本人の知らない日本語』とは、原案・海野凪子、漫画及び構成・蛇蔵による、日本のメディアファクトリーから発刊されているコミックエッセイ、及びそれを原作とした連続テレビドラマ。yorimo(読売新聞が運営する会員制ポータルサイト)にて四コマ漫画版やクイズの連載もされている。単行本は2013年(平成25年)8月現在、メディアファクトリーより4巻まで発行されている。(wikipedia)

蓋し、異文化コミュニケーションのスキル開発という地味なジャンルを扱った
コンテンツの中ではかなり有名な作品だと思います。

http://www.nippon.com/ja/people/e00099/


有名になったにはそれなりのわけがある。

あるある、きっとある。

畢竟、(1)日本語に、しかも、話題が「外国語としての日本語:Japanese as a foreign language」に特化されていること。(2)エリートビジネスパーソンさんや著名アスリート、女優さんなり歌手・モデルといったセレブ筋、あるいは、母国でも将来を嘱望されている理系の天才少年少女とかではない、さまざまな普通の、そう、アラブの大金持ちの息子さんやお国のフランスでは本当にシャトーにお住まいのレディから、街のコンビニやレストランの厨房でアルバイトしているキャラクターまで、謂わば「日本にいまいる普通の日本語学校研修生」がバランスよく登場していること。

(3)外国語としての日本語に日本語の非母語話者が感じる戸惑いと、日本の社会の不思議さを――日本の国語学の水準から見ても、日本人読者にも勉強になるレベルで――紹介する海野凪子さんの実力と誠実さ。更に、実は、――台湾出身者を除き、南朝鮮はもちろん支那からの研修生の方々を含めて!――多くの日本語学習者にとっての難関である日本式の漢字とカタカナ、そして、句読点のパンクチュエーションルールを巡るエピソードは、日本語の母語話者が日本語を再発見できる内容満載でしょう。

換言すれば、その内容は、例えば、北原保雄編「問題な日本語」4冊シリーズ(大修館書店・2004年12月~2011年12月)で俎上にのせられているような、「コーヒーのほうをお持ちしました」「お連れ様がお待ちになっておられます」「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」「千円からお預かりします」・・・といった日本語の母語話者の多くが違和感を覚え疑問に思う日本語の「ローカルエラー」に関する内容などとは違っている。あるいは、橋本陽介「日本語の謎を解く 最新言語学Q&A」(新潮選書・2016年4月)の如き、日本語に関するメタ言語学的な楽しい蘊蓄本とも全然スタンスを異にしている。

尚、言語の運用に関する「ローカルエラー」とはおおよその意思疏通に問題は生じない言語使用の間違いという意味ですが、――敬語ルール等に関しては重なる部分もあるにはあるのだけれども――(a)意思疏通が困難になるような日本語でのコミュニケーションにおける「グローバルエラー」が、かつ、(b)異文化の障壁によって生起する事例を海野凪子さんは本書で主に収録されたのだと思います。よって、本書は、日本語の母語話者を主な読者に想定した日本語関連の類書とは違って、日本人の読者は、あたかも、外国人の目で日本語に対面する感覚も得られるという趣向になっているの鴨。



そして次に、これは、

エディターの蛇蔵さんの技量なのでしょうか、

(4)やはり、日本語の最難関論点の「敬語」と「方言」については最初の3巻でいろいろな切り口から取り上げられているほか、その3冊すべてに標準装備されている「日本語クイズ」や「日本語こぼれ話」のコーナでかなり系統立てて紹介されています。

(5)最後に、しかし、最小ではない本書の特徴。それは、なによりも読んでいて楽しいこと。例えば、「学生が母国に持って帰りたいもの」(1巻)、「外国人の日本化エピソード:畳化したと思うとき」(2巻)、「日本で初めて見たもの」(3巻)および「日本人の知らないフランス/ベルギー/ドイツ/イギリス/オーストリア/チェコ/スイスそして日本」(4巻)のコラムには思わず喝采を叫びました。

蓋し、本書4冊は海野凪子さの知識と経験と誠実さが蛇蔵さんのセンスと技量に包まれた素敵なシリーズであると言っても満更それは仲人口ではありますまい。個人的には「第4巻:海外の日本語教育現場訪問編」は欧州諸国だけではなく、アメリカ、および、シンガポール・ヴェトナム・台湾・タイ等のアジアの国々も取り上げて欲しかったとは思います。けれども、それは予算・制作スケジュールをにらんだ場合、過大なクレーム(≒無理難題)というべきものでしょう。

刊行履歴
1.2009年2月
2.2010年2月
3.2012年3月
4.2013年8月

TV 放送履歴
読売テレビ制作・日本テレビ系列(NNS)
2010年7月15日 - 9月30日(12回)―(毎週木曜23:58 - 24:38)
キャッチコピーは「正しい日本語はこの私に習いなさい」。



かなり有名な作品。そうはいっても、しかし、英語を介した「日本人と欧米人の異文化相互理解」の面白さや奥の深さを描いた作品と比較した場合。本書「日本人の知らない日本語」の一般的な知名度は落ちる。その差はやはり歴然、鴨。例えば、小栗左多里さんの「ダーリンは外国人 」(メディアファクトリー)シリーズや、デイビッド・セインさんの「日本人のヘンな英語/あなたの英語は英語のネーティブスピーカーにはこう聞こえています」等々の作品に比べれば、日本語学校関係者以外の向きには――残念ながら、日本語学研究者の先生方はもちろん、「国語」教育関係者も含めて――本書「日本人の知らない日本語」が話題になることもそう多くはなかったようにも記憶しています。

やはり、世界と言わず日本国内でも、英語と日本語の実社会での影響力の差、マーケットの大きさと厚みの違いは大きいということでしょうか。何せ、一応、渋谷や池袋にたむろする女子校生でもひらがな/カタカナは読めて話せる、多分。ならば、日本国内での外国語としての日本語(JFL)の研修ニーズはそもそも――2017年末現在における中長期在留者の200万人をある意味上限とする――外国人の非日本語母語話者マーケットに限定されているとも言えますからね。


では、第4巻の刊行からでも4年経っているというのに、なぜ、この「書評記事」を書こうと思ったのか。大小幾つかの理由があります。けれども、一番大きいのは「日本語学校」の可能性と必要性がいよいよ高まってきたとわたしが感じていることです。もちろんその可能性も必要性も薔薇色なんかであるはずはない。それどころか、日本語学校の経営管理者や講師・スタッフの方々の多くはわたしのこの認識についてはかなり複雑な感想をお持ちになるかもしれません。

実際、文化庁の独自調査でも、文部科学省の肝いりで日本語教育振興協会さんが実施されている調査――要は、有効回答する日本語学校は、有象無象すべての日本語学校(のようなものを含む研修機関)の中でも上出来な、そんなおお甘な調査の――数値を見ても、日本語学校の将来が近々劇的に好転するなんてとても思えない。

自分の前言を否定するようですが、例えば、①平成元年(1989)からでも、大きくは3回生じた(バブル崩壊・イラク戦争およびテロの横行・東北大震災 による)就学生と日本語学校の減少、②日本語講師の例えばTOEICコースやビジネス英文ライティングのインストラクターと比べた待遇の悪さ、③「就学生≒不法就労者や犯罪者予備軍」という現状も一部にはまだまだ残っているやに聞かないではない。

加之、④個人的には一番もったいないと――腐っても鯛の留学生受入大国・アメリカと比べた場合に――感じることですけれども、日本語学校でちゃんと勉強して、「就学生➡日本の大学生・大学院生」になったのに、日本国内や帰国後のポジションを見るとその大学なりで専攻した専門性とあまり関係のない職種につかれている方々も希ではない状況。ちなみに、AKB48グループと同様にアメリカではバイト禁止。「就学生」のESLの生徒はもちろん、「大学生」たる学部留学生は――成績優秀者がキャンパス内で例外的に割り当てられることもある以外――原則、バイトもパートタイムも一切禁止なのにこの差は往復ビンタものの日米間落差だと思います。 

そりゃー。逆の立場になってみれば、わたしがヴェトナムの人でも支那の人でも、行けるものなら日本じゃなくアメリカなり西欧に留学したいと考えるのが普通というもの。と、ここで本稿の理路の本線へ復帰。

けれども、薔薇色ではないけれど20年前まえ10年前と比べた場合どうでしょうか。日本語学校を取り巻く世間の目も内外の顧客ニーズも確実に厳しくなっていると感じるけれど、他方、マーケットの有効需要の規模は漸次安定して拡大の気配もある。素人目にはそう感じるのです。

要は、20年くらい前は、――faculty and equipment ともども――経営体力的にも研修スキル的にも、あるいは、――入国審査からバイト就労支援、就職支援から帰国の際のケアまで覆う――コンプライアンスの姿勢と能力的にも、「おたくなんかが、ひとさま、まして、外国のひとさまのお子さんをおあずかりして、お代をいただく学校なんかやったら駄目でしょうが❗」というスクールがなくはなかった。その水ぶくれというか上げ底の「学校」も含んだ学校数と現在の学校数が紆余曲折を経て、結局、そうは変わらないらしい。ということは、ならば、日本語学校を取り巻く環境は、厳しくもなっただろうけれど追い風も吹いているということではないでしょうか。

実は、20年余り前、当時勤めていた大学院留学予備校がある日本語学校のチェーンを買収したため、就学生募集・ビザの手配、就学生のアルバイト先の確保や面接手配、講師採用からスクール運営のコスト管理、不埒な就学生や講師の処分という実務の統括も足掛け5年ほど経験した身にとってはそう感じる。業界自体がほとんど手探り状態で右往左往していた。それどころか――脱税やら私文書偽造、不法就労からシンプルな自然犯罪まで――経営陣も就学生も「犯罪者かその予備軍」で、まともなのは経済的にも余裕のある志の高い転職組や子育てが一段落ついて応募された専業主婦の講師の方達だけという学校もなくはなかった時代に比べて、現在の日本語学校が帯びるビジネス的な可能性と日本にとっての必要性は段違いではないでしょうか。何より世間もそのことに――日本語学校の可能性と必要性に――気づいてきた節もなきにしもあらず、鴨。

蓋し、最近、ある場面では英語も適宜使いながら、日本語を教えつつ――食文化や園芸等々――日本の文化を外国人の方に紹介する活動をやっておられる。そんな幾人かのブロガーの方とお近づきになったのですが、東京のみならず、多くの地域でのそのような活動の盛り上がりは、日本語学校に対する日本の社会のニーズの変化の兆候ではありますまいか。そう、わたしは感じています。

・外国人向け日本の家庭料理教室 わしょクック 
 (The Japanese home style cooking class for foreigner)
  https://ameblo.jp/noriyuta1008/

 特に素敵でした!➡”外国人向け おせち料理とお正月セレモニー体験クラスがオープン”
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/67e4f131892d616ff9500cafacf84e6b

・グランドスタッフから日本語教師&外国人向け料理教室準認定講師ちゃみ
 https://ameblo.jp/chami0126/

・@さいたま☆家族に優しい給食ごはん~
 ☆外国人さん向け料理教室
 https://ameblo.jp/ayaka10cook/



二番目の理由。これは、日本語学校の可能性と必要性ということの裏面でしょうが、いよいよ、日本の国際化も次の別のステージに入ったの、鴨という認識です。

要は、「欧米のハイカラなもの」「アジアやアフリカ、中南米や中央アジアのエキゾチックなもの」を――東大の偉いらしい先生や大手銀行や名門商社の欧米留学経験のある――輸入総代理店的な専門家が日本に持ってくりゃそれで充分という状況ではなくなったということ。換言すれば、社会的に選抜された極一握りの要員しか、実際のところ「国際化対応能力」など必要ではない。その能力も白黒はっきり言えば「欧米の基準をデファクトスタンダードにする相手と英語で競争したり協力できる専門知識の保有」でしかなかった状況から、日本国民の多くが、日々の生活の中で国際化に対処しなければならなくなってきたということ。

昔、社会学研究者の橋爪大三郎さんから、「欧米のものを日本に持ってくる、欧米の物指しで日本社会を批判して終わりにするのではなくて、日本の事柄に関する情報を世界に持っていく、日本で構築した<認識枠組み>を世界に適用するようにならなければ、日本の社会科学はいつまでたっても、欧米のリベラル派が牛耳る学界や言論界の、その<輸入総代理店>のような人物が牢名主を務める途上国のままですよ」というお話を聞いたように思います。蓋し、そのような「途上国」の微睡みを貪ることは――リベラル派の学者先生やジャーナリストさんにはまだ許されるかもしれない、けれども、――普通の市民やビジネスパーソンにはいよいよ許されなくなってきたということ、鴨。日本のものを世界に紹介する、日本の言い分を世界に訴えることが普通の保守系の市民や中小零細企業の経営者の方々にも不可避になってきたということですけれども

▼日本の国際化対応スタイルのイメージ(明治以降編) by KABU

1)1867~1895:お雇い外国人によるダイレクトメソッドを通した国際化研修
2)1895~1985:原書講読≒和訳、および、選抜者の留学を通した国際化研修
3)1985~2008:オーラルメソッドの主流化、および、留学の一般化による国際化研修
4)2008~2018:国際化対応能力の重要性の確定、および、留学経験者の希少性の消滅

・草稿・科挙としての留学の意義と無意味
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3d2bc3378bcef0da078a1b30c9681d79

・英会話学校の破綻と米国留学の減少は日本の成熟か衰退か
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3c36e88f9315ee1f41f4dc711ebd411d

ならば、日本は、(甲)英語力開発と並行して、(乙)日本語のできる外国人を戦略的に育成しなければならなくなってきたということ。こんなこと、20~30年前の群馬県大泉町や静岡県西部、愛知県南部とかの極限られた地域に、例えば、日系ブラジル人の皆さんを受け入れていた――今から見れば牧歌的な――国際化の状況と、現在の、東京といわずどの地方でもコンビニと建設作業補助のスタッフさんはヴェトナムやタイからの、もちろん、支那やフイリピンからの就学生頼みの現況を想起すれば誰しもわかることでしょう。違いますか?

▼日本の国際化対応能力向上のための二刀流――納期(dead line)10年以内!
(甲)英語運用スキルの向上・・・日本人有権者全体のTOEIC平均点(中央値)730点を達成!
(乙)日本語習得者の増大・・・全世界で1000万人、国内の日本語学校生徒数50万人必達!

畢竟、日本の国際化なるものは、日本人の全員英語ができるようになることなど到底不可能であるがゆえに、英語運用能力開発だけでは達成できず、現在、公称400万人とも言われている世界中の日本語学習者を拡大して、彼等を<give and take>関係の日本の与力にしなければ難しいだろう

なぜならば、今年、平成29年に80億の大台を超えたらしい全人類の中で、母語話者+公用語話者数(ENL+ESL)がすでに15億人、使用可能話者数(EFL)を加えれば20億人に迫るとも囁かれている英語と、母語話者+公用語話者+使用可能話者数(JNL+JSL+JFL)が1.3億人程度の日本語との彼我の差を鑑みるに、日本が取るべき「国際化対応能力向上増進」の戦略は明らかに米英とは非対称になるのは当然ということ。まして、――些か、本稿の結論の先取りになりますけれども、――日本語はリベラル派以外の普通の日本人と日本市民にとってその自己のアイデンティティーの苗床であり、日本の文化と伝統の結晶であり媒体なのですから。

・保守主義の再定義(上)~(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/141a2a029b8c6bb344188d543d593ee2

・風景が<伝統>に分節される構図(及びこの続編)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/87aa6b70f00b7bded5b801f2facda5e3

 

 

本稿を書いている第三の理由。そして、最大の理由は上に最後に述べたこと。すなわち、(X)「日本人にとっての日本語のかけがえのない価値の再確認――世界における日本語の存在感を日本は戦略的に死守しなければならない」という認識と、加之、(Y)日本語に結晶しているあれそれは――確かに、英語と競争するのなら別のジャンルや別の種目を選択するのが最適解でしょうが、というか、そうしようとしない人々や国々のことを世間と世界では「夜郎自大」とか「ウリナラっぽい」とか呼ぶのでしょうけれども――英語以外の言語と比べた場合、そう捨てたものでもない、鴨という認識です。

繰り返しになりますけれども、逆に言えば、土台、日本の全有権者なり日本の労働力人口全体が英語力を「非友好的な英語のネーティブスピーカー(NS)との数段階の交渉がタスクの成否を分けるビジネス活動を英語で遂行できる程度」まで向上することを想定・前提にして日本の国際化対応能力開発政策を議論するなどは、一種のファンタジー、夢物語の類いなのです。そして、「英語ができます」というのは、平成の実質ラストイヤーまであと3週間となった現在では、残念ながら、上で書いたようなことが英語でできるということだと――例えば、Common European Framework of Reference for Languages(CEFR)の言語運用レベルでC1以上くらいのものだと――わたしは思います。

尚、わたしは「CEFR」の採用する言語能力観(複言語能力観:plurilingual competence)を、言語運用能力の領域を超えて、言語観・認知言語観それ自体や社会観にも拡張しようとするリベラル派の粗雑な議論は容認できません。けれども、そういうコンセプチュアルな部分は敬して遠ざけるとすれば、そのテクニカルな提言は参考になると考えています。

実際、「TOEIC975あるのに商談のアポイント1つとれないICU卒のイケメン君」と「TOEIC685しかないのに、いつも、当社に有利な契約を勝ち取ってくる関西大学卒の福知山のお地蔵さん君」の併存に頭を抱えてきた――これは本当のところは、その英語力判定テスト自体だけの問題とも言えないのですけれどもね――人事研修セクターにとって、「CEFR」のパラダイムはコロンブスの玉子焼きくらいにはありがたかったと思いますから。閑話休題。

(X)日本人は日本語の価値を戦略的に守らなければならないしょ?
➡日本語を失うことは、日本が<日本>でなくなることと同値!
(Y)日本語は――英語には勝てないかもだけれど――それなりしょ?
➡土台、日本人有権者全体がTOEIC換算で960点以上のスコア、
 CEFRレベルでC1以上の英語運用能力を獲得するなど実現不可能。

・防衛省Mag☆MAMOR:特集「英語力を装備する自衛隊」
 --英語好きにはお薦めだったりする⬅(転)(結)に関連する記述がある、鴨
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2377f54478cd51ab00abbce530bf67f6

・防衛省Mag☆MAMOR:特集「英語力を装備する自衛隊」
 --番外編「ちーぱか・すっぴんインタビュー」
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/1f6af769ca26a4d8f8a754f661e5ff09

・改訂版・英語ディバイドという現象
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/621f80f88ad4d1324393bb56ee5dc0d0

 


ということで、世界の言語の勢力関係の復習。簡単な話です。20世紀初頭、世界にはおおよそ、10000~15000の自然言語が存在したと推定されているらしい。ちなみに、スペイン語とポルトガル語、北京語と広東語、オランダ語とベルギーのフラマン語、更には、米語(AE)と英語(BE)なり、津軽弁と鹿児島弁――AKB48の横山結衣ちゃんとHKT48の宮脇咲良ちゃんの言葉――、大阪弁と京都弁を別個の言語としてカウントするかどうかは、研究者の好みの問題とさえいえる。よって、ここでは下限をとって、1901年には地球上には10000の言語があったことにしましょう。切りも良いですですしね。さて、それから幾星霜。地球上の言葉の数は・・・。

はい、「Ethnologue」(2015)では、7099!。而して、更には、世界の言語社会学者界隈の推定では、21世紀中に生き残る言語は1500~1000程度らしい。だって、馬鹿みたいに13億人の母語話者がいると虚勢をはる「中国語:マンダリン」もあるかと思えば、母語話者が数ダースから半ダース以下という言葉も「母語話者数ランキングリスト」の下位にはひしめいているもの。少し古いですけれど、そのランキング(Ethnologue(2007),The most spoken languages world wide)。

▼母語話者数番付(2005年現在の集計)
1 中国語―13億7000万人
2 英語―5億3000万人
3 ヒンディー語― 4億9000万人
4 スペイン語―4億2000万人
5 アラビア語―2億3000万人
6 ベンガル語―2億2000万人
7 ポルトガル語―2億1500万人
8 ロシア語―1億8000万人
9 日本語―1億3400万人
10 ドイツ語―1億3000万人

重要なことは、①言語の世界でも熾烈な生存競争が繰り広げられているということ。どう、小規模話者数言語に判官贔屓して集計・推計したとしても、②上位の20言語で(現在存在する世界の言語の0.3%で!)世界人口の50%は余裕でカバーされる。加之、③その各々の言語の「power」は母語話者数やその公用言語話者数の広がりだけではなく経済的や政治的な要因が反映するということです。

要は、世界で重要と人々が考える情報のどれくらいがその言語で語られ記述されているのか。逆に言えば、世界の重要な情報にどれだけその言語だけでアクセスできるのかがある言語の「power」を決定するということ、鴨。

而して、非母語話者であれ、よりpowerful な言語を我先に学び習得したい/わが子に習得させたいという流れは、文字通り、需要と供給の関係であり必然的。なにより、あの英語嫌いのフランスでも、親権者の多くは、「わが子にはできるだけ早く手厚く英語を学ばせて欲しい」と教育機関に個人的に訴えているらしいし(⬅実話です)、他方、ブリティッシュカウンシルを尖兵にして、英国は多種多様な英語教材を世界中で売りまくって儲けている。では、日本語は如何。

蓋し、日本語は日本人にとっての<宝物庫=treasury>であるだけでなく、相対的にもそう捨てたものじゃありません。確かに、母語話者数で日本語は、大体、9位から13位にランクづけされる言葉。それは、言語大相撲の番付では「小結―前頭3枚目」格のものにすぎない。しかし、この地味な長所の他にも日本語には次のような長所がある。あるある、きっとある。

not only 日本語は宝物 but also 日本語の相対的実力
・母語話者数―10位クラス+公称400万人規模のJFL保有
・世界第3位の経済力と治安の良さが引きつけるJFL予備軍の安定
・日本文化への高い関心が惹きつけるJFLの現在進行形的の拡大
・世界最高水準の知識を全分野それだけで享受可能な稀有な言語

本書「日本人の知らない日本語」にも登場する様々な「日本文化マニア」のキャラクター。

例えば、黒澤映画を見て時代劇ファンになり来日したスウェーデン女性。フランスから来た、任侠映画マニアでDVDを教科書がわりに日本語を学んだ上流階級のレディ。オタクで漫画目当てに来日したフランスの大学生。ゲーム好きな支那人の男性。あるいは、あるベトナム人女性は100円ショップが大のお気に入り。「ルパン三世」が好きで、ルパンと同じ赤のジャケットに黄色のネクタイをいつも着ているアメリカ人。沖田総司に憧れている支那の「歴女」・・・。

このような日本文化マニアの存在は――AKB48グループ総選挙の海外票数の偏差・推移を10年近くhave been watching hard してきた――わたしには、NMB48の贔屓の安田桃寧ちゃんじゃなかった、寧ろ、良い意味での「氷山の一角」にしか感じられません。まして況んや、日本の大学の学位と将来の事業資金調達を目標に――日本側の奨学金もあてにして――日本を目指す外国人の若者の層の厚さは、この20年間の紆余曲折を経て鉄板になったということもまた。

他方、医学・工学・その他自然科学、社会科学・人文科学・宗教といった、およそ、知の全領域で、一応、大学院修士程度の内容を自国語だけで学ぼうと思えば学べる――あのー、憲法学専攻志望の方は、学部時代のできるだけ早めに、英語の原典にタックルし始めませようね!――言語は限られています。あるロシアと英国のシンクタンクと合同調査した経験から、「全分野」と「修士課程程度」の定義をおお甘に見ても、桃寧ちゃんのももねじゃなかった、もちろん、それはKABUの独断と偏見、依怙贔屓と判官贔屓的の主張ですけれども、平成の実質ラストイヤーの来年末でも、それは、

>英語・ロシア語・日本語・ドイツ語の4言語のみ❗

要は、強い分野が斑模様や片寄った、西欧の幾つかの偉そうな言語は失格。もっとも、ビジネスでの利点を加味すれば、スペイン語が次点というところでしょう。ことほど左様に、日本語は捨てたものではないのです。きっぱり。



結論いきます。

畢竟、日本語は――その政治的意味からして、アジア諸国や南米なりでこれから「公用語」に採用していただこうなどという無駄でコストパフォーマンスの悪い方向は、事情変更の原則(Clausula rebus sic stantibus:The Principle of Fundamental Change in Circumstances)が適用されない限り一切行わないとしても、要は、「JSL」の拡大は見込まないとしても――、世界全体で十分に1000万人規模の「JFL」を確保できるポテンシャルを秘めた魅力ある<商材>だろうと、わたしは楽観しているということです。

他方、これからの日本の国際化は外国人が短期も中長期の滞在や永住のケースも、間違いなく、現状よりも一桁増える――3000万の大台に達しても不思議ではない❗――ことを覚悟しなければならない、そんな、今までとは別次元の国際化かもしれないという、悲観というか危機感もまたわたしは払拭できないのです。

言うまでもないことでしょうが、ここは保守系ブログ。よって、まさかこのKABUが、①難民の受け入れを増やすべきだとか、②所謂「単純労働」の労働力市場も解放せよとか、③外国人にも、原則、社会福祉の給付を認めるべきだとか、まして、④外国人にも地方参政権を認めましょう、あるいは、⑤英語、および、朝鮮語と北京語を公用語に指定するのも面白い、鴨・・・。

とかとか言うはずはありません。寧ろ、外国人の公務員就任は否定されるべきであり、生活保護の支給など論外。あるいは、所謂「特別永住権制度」は可及的速やかに廃止すべきであり、大体、街中のハングルや北京語の表示は不要で目障りではなかろうか等々、そう、わたしは常々主張していますから。

しかし、役に立つ外国人は欲しいし、――ていうか、正直なところ、「役に立つ外国人」の取り合いで、日本はアメリカはもとより支那にも大きく負け越しているのが現状ではないでしょうか!――なにより、正規の入国者は正当に扱われるべきことは、これまた言うまでもありますまい。

そして、そんな、率直に言って、(渡)日本に役に立つ、(辺)正規の方だけでも、(麻)今までとは別次元の規模と様相で、(友)日本語が非母語の外国人がこの国に来ることになるのは不可避だと思うのです。では、外国人の便宜のために、――シンガポールに倣って――日本人が日本の社会の中で日本語の使用をやめるなり控えて、全国民がネーティブタングを英語にしますか? アホな、です。

・イデオロギーとしての英語とイデオロギーを解体するものとしての英語
 https://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11157781746.html

・国際化の時代だからこそ英語教育への過大な期待はやめませよう
 https://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11158801577.html



ならば道は、日本に、来て住んで働いて、産んで育てて遊んで、怒って泣いて笑って、日本人とこの日本の風景の中で時空を共有されるだろう外国人の方の日本語運用能力の向上と、そんな彼等の予備軍である海外の日本ファンやマニアの戦略的な拡大しかないのではないのか。身の丈にあった戦略的な「JFL」の裾野の拡大と、必要な方に必要な運用能力の向上を提供する道ですけれども。再々になりますが、別に英語と競争するわけじゃないのですからね。

例えば、リテールビジネスの業界。そこでは一般的に、コンビニで2000万円、スーパーマーケットが2億円、そして、デパートは20億円というのが、大体、1店舗あたりの、翌年度の戦略選択の自由度も確保できる採算ラインの月次の売り上げ金額だと思います。而して、目標売り上げ数値も違う上に、まして、スーパーマーケットやコンビニとデパートが同じ戦略で鎬を削っていはずはないのです。ならば、せいぜいが中規模の地域密着型のスーパーマーケットでしかない日本語は、the most prestigious な超一流デパートの英語と同じ土俵で競争する必要は全くない。英語のマーケティングを猿真似する必然性も全くないのではありますまいか、ありますまいか。

敷衍します。外国語としての日本語(Japanese as a foreign language, and Japanese as a second language only occasionally)の研修を通して、そう、例えば、全世界で今の400万人を600万人とか800万人とか、日本国内では現状の5万人を10万人とか20万人とかの身の丈にあった規模で、しかし、納期を決めて戦略的に拡大育成し始めること。そうして、漸次、日本ファンや日本マニア、親日派や知日派を育成していけばよろしいのではありますまいか、ありますまいか。

少子化が定着した現在、日本の1学齢あたりの子供達のボリュームは80~100万人ですから、20万人を達成できただけでも1学齢の22%前後の増員になる規模。また、800万人といえば、それは、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、スウェーデン、イスラエル1国に匹敵する人口規模なのですから、中間地点の成果としては十分でしょう。違いますか?

英語が自らを「English as an International Language:lingua franca」(国際語)と自称するなら、日本語は、この言語を通して、アニメも漫画も楽しめますよ、AKB48グループの楽曲も楽しみ放題。なにより、世界の羨望の的たる和食もキャラ弁当も、文字通り芸術品の園芸や工芸にも触れられる。また、その運用能力がCEFRレベルB2にでも達すれば、治安良好で国民が皇室を心底から敬っている麗しいその日本での就職にも御利益絶大になる。そのような、

>日本語=Japanese as an Admirable and Advantageous Language 

と、自己規定させてもらえばよいのです。而して、問題意識を共有する市民が連携して、日本語検定システムの本格的な改革を行政サイドにも働きかけることは重要。他方、日本語学校の関係者の皆様には、更なるスキルとシステムの錬磨をおねだりしたいと思います。

そして、なにより、日本の地域地域で、この別次元の国際化の混沌と愉悦に遭遇しておられるだろう――わたしのような日本語教育の素人の――リベラル派ではない普通の市民の皆様には、一緒に、日本語学校や日本語を通した異文化交流プログラムを、自分ができる範囲で、サポートしたり参加したりされること。そのことを呼び掛けさせていただきたいと思います。

書評とはとても呼べなくなった本稿。けれども、本書「日本人の知らない日本語」は、そんな草の根の異文化交流のサポートと参加をエンカレッジする、少なくとも、その契機になる良書であると確信しています。よって、関心のある保守派のすべての方に本書をお薦めさせていただきます。

 

 


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▼めいちゃんの500円玉
 なかがわちひろ
 アリス館(2015年12月)
 
道で拾った500円玉がしゃべりだし、めいちゃんに「オレ様で好きな物を買っていい」という。おかし、お花…色々なものを買いに行くけれど、うまく買い物できないめいちゃん。500円玉をなくしてしまったかわりに、手にいれたのは…?

 
 
モチーフは、ある意味ありきたりの、そう、『かわいいこねこをもらってください』(なりゆきわかこ/垂石眞子ポプラ社・2007年)と同じもの。而して、しかし、それは石井桃子さんの秀作、例えば、『ことらちゃんの冒険』と同じ素朴かつ強靭なテーストのものと言うべきか。しかも、出来栄えの点では、本書は、『テスの木: Tess's Tree』(主婦の友社)に勝るとも劣らない、少なくとも、これまた世界的に評価の高い『ちいさなあなたへ』(主婦の友社)を凌駕する--比較の点では、ちなみに、『ママがおばけになっちゃった!』(講談社)も『ちいさなあなたへ』に迫る秀作だと思います。--一書、鴨。貨幣の本性と命の貴さを軸に平易に<社会のきずな>のあり方を描き切った出来栄えには感銘を受けました。

貨幣とは「あるものと他のものとの交換価値を表示することをその使用価値とする特殊な商品」とかなんとか、昔、一文にもならない「マルクス経済学」とかで言っていたような。

そう、そんな七面倒な定義はどうでもよいけれど、今年、2017年のあの有名な「ビッグマック指数:BMI」(by The Economist)の2017年データによれば、マクドナルド(⬅関東では「マック」、関西では「マクド」)のビッグマック1個の値段は――各州の消費税等々を捨象した場合、日本では3.36ドル(380円)なのに対して、――アメリカでは5.3ドル(599円)とのこと。

そう、500円玉ではアメリカでは
ビッグマックいただけないのです(涙)。

そして、そう、1円玉はどんな意味でもそれは未公表らしいのですが、
貨幣の製造コスト(括弧内、単位=円)は、各々 respectively、
5円玉(7), 10円玉(20), 50円玉(20), 100円玉(25), そして、
本作の主人公!の500円玉(30)くらいらしい。

このことを想起するとき、――あっ、ちなみに、お札の方は、
1000(14.5), 5000(20.7), 10000(22.2)らしいですよ――、
この物語の意味というか、めいちゃんとそのご両親の優しさが
よりくっきりよりほんわり理解できた、鴨です。
・読まずにすませたい保守派のための<マルクス>要点便覧
 -あるいは、マルクスの可能性の残余(1)~(8)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139986000.html
・「左翼」の理解に見る保守派の貧困と脆弱(1)~ (4)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11148165149.html
・瓦解する天賦人権論-立憲主義の<脱構築>、
 あるいは、<言語ゲーム>としての立憲主義

 
 
 
実は、作者のなかがわさんは、『テスの木: Tess's Tree』『ちいさなあなたへ』、そして、『魔女のこねこ ゴブリーノ』の翻訳者でもある。翻訳家としての技量には定評のある方。

そして、そう、確かどこかで、なかがわさんは、「ある時、血肉化している言葉というのかな。俳優の江守徹さんの翻訳された作品を知った時、目からウロコだったんです。英語を忠実に訳す、というのではなくて、こんなに大胆に核心をつかんでもいいんだ!と。言葉にはブレスがある。横書きの英語が、縦書きの日本語になり、空間に置き換えられ、息づかいにのるものなんだ、と。 翻訳のおもしろさに揺さぶられた瞬間でした」とか述べておられたと思うけれど、<翻訳屋>としての志というか心意気も確かな人。尚、なかがわさんの訳業については下記拙稿をご参照いただければうれしいです。
 
・海馬之玄関推奨図書:だいすきなパパへ
 
 
 
 
ならば、--出版社のアリス館に問い合わせたところ、まだその計画はないとのことですが--是非、本書の英語版の出版を希望します。アメリカといわず世界の子供たちとお母さん方に読んでいただくに値いすると思いますから。まー、ご専門(?)の絵の方は、--東京芸大出身だからでしょうかね、上手いんだけどパンチに欠ける節もなきにしもあらずで・・・。なにより、--いまいち今風ではないかもしれない。けれど、逆に、ひたすら大きなお目目の「可愛い~! Japanスタイル」でない分、欧米では読者やその保護者の方に安心感をもってもらえる、カナ(笑)。
 


・・・夢を現実にするための

・・・「自分の心」の中での

・・・「将来そうなっていたい自分」の

・・・進路イメージ、投票受付中❗


▼Finding my virginity by Richard Branson

 https://ameblo.jp/in-crew-styles/entry-12321139032.html


お若い頃の(あっ、今でもお釣がくるくらい市岡さんはお若いと思いますが!)画像もあり、弊ブログの転載・リブロの際のプライベート濃度基準からみて躊躇しました。

けれども、――これは馬鹿にしているのではなく、それも今でも現実だから――九州や東北、山陰や北陸で国際線CAを夢見ている、普通の、優秀だけれども身近にロールモデルがいない若い世代の大和撫子のひとたちには、

>憧れを憧れに終わらせない

そのための「一本のマッチの小さな炎」に、その綾乃さんの「人生最高到達点」の画像ともどもこの記事はなる、なるなるきっとなる。そう思い今回は書評コーナーに
収録させていただきました。


・CAに本気でなりたいなら・・・:JAL☆市岡チルドレン奮闘記

 https://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12297183748.html

 

・英文読解 one パラ道場:AKB48 渡辺麻友の最後の総選挙2017スピーチ

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c55e09a9c257656371d48e182ff95c2b

 

P/S

実現可能な「将来そうなっていたい自分」のイメージを「夢」と言い、

実現不可能なイメージのことを「妄想」と呼びます。重要なことは、

自分が進歩するにともない「夢」の選択の巾が広がっていくこと。

だから、人生はおもしろいし、逆に、厳しいの、鴨。

 

あっ、くどいですが(⬇)この画像もまたまた再掲。

18歳から貴女は立派な「有権者」なのですからね。

 


o0526070513973572489.jpg


ご存知の方も多いと思いますけれど、
>政府専用機の運用
>南極観測隊の運営
これ自衛隊が行っているのです。
知ってましたか?
 
で、本書はそんな「プチ鼻タカ」程度のうんちくではなくて
かなり中味の濃い<マネージメント本>だと思いました。
わたしが書くと、例によって数学の話が始まるので、
ブログ友の記事を以下引用。
 
イメージ 2

 
▼海上自衛官が南極観測船「しらせ」で学んだ
 きつい仕事に潰されない人のルール  って本
2017-07-02 17:02:32
(引用元URL)

局地的に私のまわりで売れまくっているこの本ですが、うちにも来ました。
海上自衛隊が運用する船の中でも特殊な船舶、砕氷船しらせにのり、二回も南極にいった泊太郎君の書いた本です。

南極には真水がないんですよね。凍ってるし・・・

しらせにはあの「タロ・ジロ」がいるとか、南極よりももっと寒いところがあるとか・・・
オーロラが見える世界とか・・・ 普通は経験できない世界を経験してきたわけですよね。

極寒の地は美しいこともあるでしょうが、過酷で大変です。そこでの生活についていろいろ教えてくれる本です。

彼は某所でのパーティで流暢に英語をしゃべり、上品で礼儀正しい人です。独身です。はいいとして、過酷な現場でどう頑張るのかをこの本で学んでいただきたいと思います。

海上自衛隊出身の人の再出発を応援したいと思いますので皆さんどうぞ、ぽちっとよろしくお願いします。

(以上、引用終了)

イメージ 3
 
実は、私も海自や米軍の同志に昔聞きました。
洋上任務でなにが恐怖か、なにがつらいかと。 

>敵艦とかよりも防衛省内部の--特に背広組の--えらいさんの
 現場知らずの指示や問い合わせの連発?
>それもあるけど(笑)、やっぱ、自然の脅威だと。

では、何が一番の自然の驚異かと。

>暴風雨? 寒さ暑さ?
>それもあるけど、一番は「距離」だと。

たしかに、ガス欠になりオクラホマのプレーリーで立ち往生したときとか、
強盗でもいいから(涙)、誰か来てくれと思いましたもの。
携帯もまだない時代だったし・・・。

もんくなく、謹んで本書おすすめいたします。
 
・ピグライフは勝れものの「マネージメントスキル開発ツール」かも
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ee74458c5f6769163b91f13e9a13d8f4

・AKB総選挙が証明する経済の成長戦略の思想的可能性
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/905095d73cbeec96c10d3be301792706

・ソフトバンクホークス秋山幸二監督に見る<指導者の器>と保守主義の精神
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ea5e7e17b2488c76914be3834c9e195d

医者のコスプレをしている渡辺麻友
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予告していました記事、アップロードします。
この(↓)記事です。
 
・予告!! 「one パラ道場-あしながおじさん"Blue Wednesday" de 英文読解」の画像キャスト決定なのら!!
 
ただし、現在までに110点をこえる日本語の訳書が出ていることに鑑み、KABUの日本語訳は割愛することにしました。というか、「あしながおじさん"Blue Wednesday"」(DL-BW)もDL全体の中に置かれて初めて整合的に解釈可能になるわけで、BW単体の訳は「小さな親切、大きなお世話」というか、逆に、有害でさえあると考えたからです。ご了承ください。
而して、予告記事でも紹介いたしました次の4点のいずれかの並読をお薦めいたします。いずれも、近隣の図書館に常備されているでしょう。または、いずれも「1000円」札で――よって、ワンコインとはいきませんが500円玉2枚で――お釣りがくるもの。もし、お手許に同書がないようならこの機会に――もちろん、どれか1冊でいいですよ!――入手されるのも悪くないと思います。いかがでしょうか。
 
1)あしながおじさん(松本恵子・新潮文庫)
2)あしながおじさん(木村由利子・集英社みらい文庫)
3)あしながおじさん(坪井郁美・福音館書店)
4)あしながおじさん(谷口由美子・岩波少年文庫)
 
準動詞略記号
to 不定詞――to-V
原形不定詞―ba-V
動名詞――Vg-ing 
現在分詞―Vp-ing 
過去分詞―V-pp
 
 
・資料:DADDY-LONG-LEGS (全文)
 
・資料:DADDY-LONG-LEGS ”BLUE WEDNESDAY”(全文) 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/eb5d28f1a84923bbdf9d2c04def4aa3f

(※本テクストは原作者の著作権は切れています)



DADDY-LONG-LEGS


"BLUE WEDNESDAY"

(S1-3)
The first Wednesday in every month was a Perfectly Awful Day—a day to be awaited with dread, endured with courage and forgotten with haste. Every floor must be spotless, every chair dustless, and every bed without a wrinkle. Ninety-seven squirming little orphans must be scrubbed and combed and buttoned into freshly starched ginghams; and all ninety-seven reminded of their manners, and told to say, "Yes, sir," "No, sir," whenever a Trustee spoke. 

(S4-8)
It was a distressing time; and poor Jerusha Abbott, being the oldest orphan, had to bear the brunt of it. But this particular first Wednesday, like its predecessors, finally dragged itself to a close. Jerusha escaped from the pantry where she had been making sandwiches for the asylum's guests, and turned upstairs to accomplish her regular work. Her special care was room F, where eleven little tots, from four to seven, occupied eleven little cots set in a row. Jerusha assembled her charges, straightened their rumpled frocks, wiped their noses, and started them in an orderly and willing line towards the dining-room to engage themselves for a blessed half hour with bread and milk and prune pudding. 

(S9-12)
Then she dropped down on the window seat and leaned throbbing temples against the cool glass. She had been on her feet since five that morning, doing everybody's bidding, scolded and hurried by a nervous matron. Mrs. Lippett, behind the scenes, did not always maintain that calm and pompous dignity with which she faced an audience of Trustees and lady visitors. Jerusha gazed out across a broad stretch of frozen lawn, beyond the tall iron paling that marked the confines of the asylum, down undulating ridges sprinkled with country estates, to the spires of the village rising from the midst of bare trees.



(S13-18)
The day was ended—quite successfully, so far as she knew. The Trustees and the visiting committee had made their rounds, and read their reports, and drunk their tea, and now were hurrying home to their own cheerful firesides, to forget their bothersome little charges for another month. Jerusha leaned forward watching with curiosity—and a touch of wistfulness—the stream of carriages and automobiles that rolled out of the asylum gates. In imagination she followed first one equipage then another to the big houses dotted along the hillside. She pictured herself in a fur coat and a velvet hat trimmed with feathers leaning back in the seat and nonchalantly murmuring "Home" to the driver. But on the door-sill of her home the picture grew blurred. 

(S19-20)
Jerusha had an imagination—an imagination, Mrs. Lippett told her, that would get her into trouble if she didn't take care—but keen as it was, it could not carry her beyond the front porch of the houses she would enter. Poor, eager, adventurous little Jerusha, in all her seventeen years, had never stepped inside an ordinary house; she could not picture the daily routine of those other human beings who carried on their lives undiscommoded by orphans.

<語彙>

(S0-3)
blue:憂鬱な/落ち込む・へこむ(南北戦争時の「北軍の」、現在のアメリカでは「民主党の」そして「猥褻な」の意味もblueは帯びています。ちなみに「南軍の:gray」「共和党の:red」), 

awful:恐ろしい/(悪い方に)酷いく凄まじい(≒terrible), await:抽象的な事柄や事態のの生起を待ちかまえる(cf. waitは具体的な出来事や人物・亊物を待つ),  endure:苦痛や困難などのハードシップを耐え忍ぶ/覚悟して長期にわたり我慢する, courage:勇気/度胸や心意気,  spotless/dustless:染みひとつない/ホコリひとつない, wrinkle:しわ(語源は「しぼりる/つねる」wrenchは同語源), squirm:身をよじる/もぞもぞする, orphan:孤児(ギリシア語源に遡る「親族に先立たれたひと/孤立した孤独なひと」が原意),  scrub/combe:ごしごしみがく/髪をすく, button into~:~という衣服をきちんと着させる,  ginghams:格子柄の平織りの布地で作られた衣服(不可算名詞のginghamが複数形になっていることに注意してください),  

remind A of ~:Aという人物(擬人化された対象)に~を肝に銘じさせる/思い起こさせる, manners:礼儀作法/行儀(a mannerは「方法や具体的な態度」), trustee:他人の財産の運用管理の受託者/大学や公共施設組織の監督権限者(英米法のequity -衡平法の代表的な制度「trust:信託制度 」由来のかなり奥行きのある語彙です。少なくとも、trustは「財団法人」ではないのですから、trusteeを単に「孤児院の評議員/理事」と訳するのはもったいない、鴨)

(S4-8)
distressing:悩みの元となる/悩ましい,  bear the brunt of it:攻撃や非難の矢面に立つ, predecessor:先人や前に起こったできごと, drag itself to a close:終わりになる(≒end), escape from~:~から逃れる/~をまぬがれる, pantry:食料品室(食材がおかれているkitchen),  asylum:一般的に保護が必要な人々に対する施設(ここではorphanage「孤児院」の意味),  accomplish:義務や責務をなしとげる(類義語のachieve は「努力して、または、才能によって成果を出す」という語感もおびます), 
special care:特に割り当てられた関心事やタスク,  tot:小児(tots≒little  children), cot:簡易ベッド, set in a row:一列に並べられた(TOEICの重要語彙ですよ),  charge:責任や責務/自分がその世話をまかされている対象の人々, rumple:服や紙をしわくちゃにする, frock:原意は「修道僧の平服」転じて「ゆったりしたそまつな農夫や子供たちの普段着」, engage onemsel for~:~に従事する/没頭する, blessed :楽しい(祈願のセンテンス以外では常に限定用法の形容詞です), 

(S9-12)
lean:(vt)もたれかけさせる/傾ける, throb:ずきずきと痛む, temple:こめかみ, on one's feet:立ち続ける/自立している,  bidding:言いつけ/命令, matron:公共施設の女性監督責任者/寮母, calm:天候や人柄が穏やかな,  pompous:慇懃でもったいぶった, dignity:威厳/人格の尊厳,  an audience:面会/謁見, gazed out/beyond/down:外を/越えて/見下ろす形でじっと見る,  paling:杭をめぐらした柵,  confine:ある領域の範囲,  undulating:起伏にとんだ, ridges:山や丘の尾根,  country estate:田園地方の大きな屋敷, the spires:教会の尖塔,  midst:真ん中/~の最中に, bare trees:葉っぱが落ちてしまった(冬の)木々, 



(S13-18)
so far as ~:~の限りでは, visiting committee:客員視察員, round:巡回/巡視, one's own fireside:自分の家庭/わが家, bothersome:(≒troublesome)面倒な/少しやっかいな, charge:責務/任務,  lean:(vi)もたれかかる/傾く, curiosity:好奇心, a touch of:幾ばくかの, wistfulness:物欲しそうな/うらやましいという気持ち, carriage:自家用の馬車(cf.幌馬車はcovered wagon),  automobile:自動車(T型フォードが登場したのは1908年!), 
roll out:次からつぎに転がり出ていく, equipage:装備一式/乗り物と運転手および乗客のひとまとまり, dot:点在する, picture:心に描く,  be trimmed with~:~を材料にして飾られている, nonchalantly:平然と/それがあたりまえのように無頓着に, murmur:低い声でささやく, door-sill:戸の敷居,  blur:ぼやけさせる(≒grow faint, また「loom」は反意語彙の一つです), 

(S19-20)
take care:気をつける, keen:(≒sharp)鋭い/鋭敏な,  front porch:(≒front door)玄関の扉,  adventurous:冒険好きな,  daily routine:(≒daily life)普通の日常生活,  carry on:営む, undiscommoded:(≒undisturbed)邪魔されない/煩わされない, 


<読解躓きの石―時代背景の情報>
(S15)「Jerusha leaned forward watching with curiosity—and a touch of wistfulness—the stream of carriages and automobiles that rolled out of the asylum gates. 」(ジルーシャは、身を前に乗り出すようにして、幾ばくかの羨ましさと心に寂しさを抱きながら、施設の門から次々に出ていく自動車と馬車を好奇心から見ていた)、と。ここでなにげに「馬車」が登場することに時代を感じましたか? 
この他にも、例えば、DL, F. Sep 24;  DL, F. July 12・・・いくらでも「馬車」は出てきます。
このDL の舞台は――DL の出版年(1912)からも、また、DL の続編ともいうべき『続あしながおじさん:DE』の記述と突き合わせても――1910年の少し前。そして、アメリカに本格的なモータリゼーションをもたらした、あの「T型フォード」が誕生したのが1908年なのです!
ちなみに、DL のアイデアは、その少女時代から後見人をつとめた「若くして亡くなった友人の娘」と大統領として――ご自分も初婚で!――結婚した、クリーブランド大統領(第22・24代:1885-1889, 1893-1897)のエピソードに影響を受けているとよく語られています。ウェブスター女史ご自身の大学時代が「1897-1901」ということを鑑みれば、この説は満更荒唐無稽ではないの、鴨です。

・宗教と憲法--アメリカ大統領選の背景とアメリカ建国の風景
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3a1242727550e8e31a9133aa154f11bf
<関連記事>
・英文読解 one パラ道場:英語教材として読む安倍談話(英文全文)-【前口上-本編-余滴】
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f169c76ce342703e5816dc9ce8b9e0f1

Jerusha Abbott


<(2)に続く>
プロフィール

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Author:KABU
大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
yahoo版のミラーブログ。
2007年9月10日以降の新記事を随時、厳選した過去の自薦稿を漸次アップロードしていきます♪

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