松尾光太郎 de 海馬之玄関 FC2版 | スポーツの話題
こんにちは。ご来訪ありがとうございました。
nadeshikomiyamaback


なでしこジャパンは北京で100%の力を出し切り、世界の女子サッカーファンに強烈な印象を残しました。これは私の贔屓目ではおそらくない。海外のサッカー専門サイトやプレスが(下にそのほんの一部を紹介したように)、3位決定戦で敗れたにすぎないサッカー女子日本代表の今回のオリンピックでの戦いを破格の扱いで取り上げているのですから。

日本は女で持っている。これは、天照大神以来の日本の国柄であろうと思います。蓋し、マルクス主義フェミニズムとラディカルフェミニズムが欧米社会を強襲した1970年代前半からすでに30有余年、(日本を含む東アジアの儒教文化圏、就中、)日本ではついにフェミニズムが根づくことはなかった。畢竟、これも「女で持っている国」というその国柄に起因しているのかもしれません。

儒教文化圏においては表層の男尊女卑のスローガンとは裏腹に家庭内−親族内での女性の発言権は強い。すなわち、フェミニズムとは儒教文化を呼吸して育った女性にとっては「女の地位と発言権を男並みに引き下げる」ことを主張するトンデモな思想であり、而して、日本はそのような表裏一体の儒教的の文化コードに加え(家庭内−親族内を越えて)、公共的−社会的に「女で持っている国柄」が連綿と続いている。ならば、男子サッカーの日本代表がFIFAの世界ランキングでお情けの30位前後であるのに対して、なでしこジャパンは実力で10位前後の地位を保持しているのも当然の結果と言うべきかもしれません。

私は何を言いたいのか。それはJリーグとなでしこリーグの待遇格差を見るまでもなく男子に比べて軽視されてきた女子サッカーの強化に日本は本腰を入れるべきだということです。

世界のサッカー先進国でも女子サッカーの制度が確立したのは1970年代半ば。日本では1989年には女子のサッカーリーグが誕生し、その後、1991年に第1回のFIFA女子ワールドカップの開催、1996年のアトランタオリンピックからは女子サッカーがオリンピックの正式競技種目になる。要は、現在、女子サッカーはその黎明期の終末にある。畢竟、この黎明期に滑り込めた日本はシドニーオリンピック(2000年)を除きすべてのワールドカップとオリンピックに出場しています。ならば、世界の頂点を射程に入れ得る女子サッカーに日本が国力を注ぐことはクレバーな政策選択ではないでしょうか。

では、女子サッカー強化の施策は如何。すべての人材開発戦略と同様、それはプルアップとボトムアップの併用、すなわち、(選手と指導者の両面で)エリート育成と裾野の拡大の同時遂行の他に道はないでしょう。而して、サッカーはボールという記号を使って戦われる国家間の戦争なのですから、政府と国民が女子サッカー強化に対する政策プライオリティーを対自的−目的合理的に見直さない限り、例えば、オリンピックでのメダルの獲得という果実の享受は到底不可能なことだと私は考えます。

宮間あや姫のような天才の早期発掘→優れた指導者と好敵手のいる環境での育成。プルアップの必要性は言うまでもないでしょう。而して、ドイツが85万人の女子サッカー人口を抱え、アメリカには(正式な統計はありませんが)数百万人のサッカー少女&淑女がいると言われている。それに対して、日本サッカー協会に登録している女子選手は2003年の段階で21,032人にすぎない(特に、中学生段階での凹みが顕著である)現状を鑑みればボトムアップの必要性もまた明らかだと思います。

華麗にパスをつなぐ美しいサッカー。これが日本女子サッカーの世界での認識です。けれども、強いフィジカルを持つ相手、隙あらばどんな態勢と体勢からも果敢にシュートを放ってくる優れた判断力を持つ相手(そして、アメリカやドイツといったこの両方を兼ね備えた相手)には「惜しい負け=必然的な惜敗」を積み重ねてきたのも日本の女子サッカー。

スピードとパワーの不足。脆弱な判断力と想像力。これらの構造的弱点を克服できない限りなでしこが世界の頂点に立つことは難しいのではないか。畢竟、澤穂希と宮間あやという才能を擁し仁将池田浩美がイレブンを統率した、現状では最強のチームで臨んだ北京オリンピック。しかも、100%の力を出し切ったなでしこジャパンの淑女達がメダルを手にできなかったのも蓋し当然なのかもしれません。

ならば、世界の女子サッカー界がグローバルコンペティションが激化する次の時代に入ろうとしている今、新興の強国の続出が確実視される次の時代をにらみ、日本は国力を女子サッカーの強化に傾斜配分すべきである。(サッカーをも含む)オリンピックよりもサッカーワールドカップの方が遥かにその観衆視聴者が多い事実を想起するとき私はそう言わざるを得ません。サッカーは戦争なのですから。尚、以下の報道はすべてFIFA公式サイトからの引用です。


・FIFA女子サッカー公式サイト
 http://www.fifa.com/aboutfifa/developing/women/index.html

・宮間あや姫特集記事
 http://www.movin-you.com/back/05_0812/index.html


nadeshikomiyama


●Miyama: We want a medal
Although Homare Sawa arrived at the Olympics with a big reputation, her midfield partner Aya Miyama is quickly making a big name for herself. The Japan No8 has been wowing the crowds with her free-kick taking ability as well as her vision, pace and hard work.

It was largely due to her influence that Japan recovered a two-goal deficit to draw with New Zealand, and she was unlucky not to score in the 1-0 defeat by USA. Thereafter, former FIFA Women's World Cup-winning coach, Tina Theune-Meyer, rated her performance as 'outstanding' in the 5-1 win over Norway. ・・・【August 14, 2008】


●宮間:うちらぼっけメダル欲しいんじゃ
澤穂希は北京オリンピック開幕時点ですでにその評価を確立していたけれど、彼女の同僚のミッドフィールダー、宮間あやは瞬く間に、かつ、自力で名声を手にしつつある。この日本の背番号8。宮間あやの広い視野と判断力、変幻自在で適確な動き、疲れを知らない勤勉さ、そして何よりフリーキックを操る彼女の能力の高さには観衆から賞賛の歓声が浴びせられている。

2点差を挽回して引き分けに持ち込んだニュージーランド戦では彼女の存在感は際立っていた。また、彼女は1-0で破れたアメリカ戦でも決定的なシュートを放っている。而して、ノルウェーを5-1で降した一戦を見た、監督としてワールドカップ優勝経験のある(ドイツの元闘将)Tina Theune-Meyerは宮間のパフォーマンスを「傑出無双」と評価した。(後略)


●USA-Japan: Quotes−Pia Sundhage, USA coach
I don't think the win was comfortable. Japan played well, if you see how they kept possession of the ball, that could be a role model for women's football in the future. ・・・【August 18, 2008】


●日米戦:コメント録−Pia Sundhage米国代表監督
この(4-2での)勝利はけして楽なものではありませんでした。日本は見事に戦った。この試合を通して、日本がボールの支配権をいかにして保持したかを目にした方は、それが将来の女子サッカーが到達すべきあり方について一つのモデルを提示したものと感じたのではないでしょうか。(後略)


●Supersub earns Germany bronze
An opportunistic double from substitute Fatmire Bajramaj sealed a 2-0 win over Japan and ensured Germany claimed bronze for the third successive Women's Olympic Football Tournament.

The youngster's well-taken brace put paid to a spirited Japanese challenge that only faded in the second half as the impressive Asians began to tire, but the Nadeshiko nevertheless emerged with huge credit from this closely-matched encounter.

Japan certainly dominated the opening period, outpassing and at times outclassing the world champions, who were once again forced to rely on their outstanding goalkeeper, Nadine Angerer. ・・・【August 22, 2008】


●殊勲! 控えの切り札がドイツに銅メダルをもたらす
途中交代で起用された控え選手 Fatmire Bajramajの挙げた2得点が決め手となりドイツは日本戦での2-0での勝利を我がものとした。而して、この勝利によってドイツは、オリンピックの女子サッカーで三大会連続の銅メダルを掌中にしたのである。

目下売り出し中の小娘(女子サッカー界現役最高のストライカー、ゲルマンの不沈空母 Birgit Prinz の後継者に彼女を擬す向きもある、コソボ難民の娘にして芳紀20歳のしなやかな美獣Bajramaj)がもぎ取ったこの2ゴールが日本の魂のこもった果敢な挑戦に引導を渡した。躍動感溢れる日本の挑戦は試合も後半に入ると、見るものに鮮烈な印象を与えたこのアジアの淑女達にも疲れが見え始めるとともに、正直、いささか精彩を欠いてはきていたのだけれども。しかし、(結局、一敗地に塗れたとはいえ)なでしこ達はこの緊迫したゲームを通してそのポジティブな評価を確たるものにした。

そうなのだ。なでしこジャパンは間違いなくこの試合の序盤を支配していた。すなわち、質量共に豊潤果敢なパスにおいて日本はドイツを圧倒していたし、時にはこのワールドチャンピオンチームを形勢において凌駕さえした。実際、ドイツは世界に誇るゴールキーパーのNadine Angererに頼るほかなす術がない状況に幾度となく追い込まれたのだから。(後略)





(2008年8月28日:yahoo版にアップロード)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
戦後民主主義を批判する営為の一環として、ブログランキングに
参加しています。結構、真面目に取り組んでいます。よろしければ、
下記リンク先【FC2ランキング】及び【人気blogランキングへ】
にクリックを二つお願いいたします。

fc2rankbanner
(↑)【FC2ランキング】

img35475
(↑)【人気blogランキングへ】
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


2008.09.07(13:56)|スポーツの話題コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
nomohideo


●野茂投手、現役引退 メジャーでノーヒット・ノーラン2回
米大リーグでノーヒット・ノーランを2度達成した野茂英雄投手(39)が現役を引退することが17日、分かった。野茂は、1990年に近鉄入り。1995年にドジャースに入団、日本人選手の米大リーグ進出の先駆け的存在となった。大きく振りかぶってから背中を打者に向ける独特の投法は公募により「トルネード投法」と命名された。日本と大リーグで通算201勝(155敗)。【産経新聞:7月17日18時27分】


野茂選手引退。このニュースに接して私が思い出すのは、1995年のシーズンに近鉄バッファローズからロサンゼルス・ドジャーズに移籍した時の野茂英雄投手のこと。実は、この年は仕事で、5月上旬と8月下旬の二回私はアメリカを訪れました。

その5月、Base ballが大好きな旧知の大学関係者に私が「野茂はどうですか。メジャーで活躍できると思いますか?」と聞いたら、マサチューセッツでもミネソタでも(そして、サンフランシスコでも!)皆、”Nomo who?””I don’t know of a Nomo.” 「野茂って誰?」「野茂とかいう奴なんか知らないよ」・・・。(ちなみに、I know Nomo.は「野茂選手を(個人的に親しく)知っている」:I know of Nomo.は「(知識や情報として)野茂選手のことを知っている」の意味。また、人名に冠詞がつくと、a Charles Johns「チャールズ・ジョーンズと名乗る人」の意味です)。

そして、8月末。その時すでに10勝をあげ、奪三振王確実の成績を収めていた野茂投手のことを、春と同じ大学関係者の人々が逆に私に聞くではありませんか。”Do you know Nomo?” と。私は”No. but I know of him very well!”と答えましたとも。その時、日本人としてなんと誇らしかったことか。

このエピソードはアメリカの社会の一面をよく表していると今でも思います。つまり、(優等生的な言い方ではなくて)アメリカでは国籍やエスニシティー(ethnicity)の違いを超えて、フェアにルールを遵守しつつ活躍した者には誰もが賞賛を惜しまないということ。


もう一つエピソード。アメリカでは、野球といわずフットボール(=日本語では「アメリカン・フットボール」)といわず、また、プロとアマとを問わず「地元意識」は凄いです。簡単に言えば、すべてのチームについて「日本の、そう、野球では甲子園球場の阪神タイガース、Jリーグでは新潟のアルビレックスや浦和のレッズ、鹿嶋のアントラーズの比ではない」と言えば少しはイメージしていただけるでしょうか。

例えば、私は、昔、人口10万人弱のミネソタ州のある大学町に長期滞在していました。そこは1A(=日本で言えば、トップ選手の1軍から3つ下の「4軍」)のあるプロ野球チームの本拠地。而して、こと野球に関してその町で「今日は勝った」「先週は負け越した」のセンテンスの主語(They)はすべてその1A球団。誰も、州一の大都市ミネアポリスが擁するツインズや、まして、ヤンキース(日本でいえばさしずめ「巨人」?)のことなど話題にもしません。これを見て、アメリカ体験の醍醐味は地域コミュニティーの一員になること/地域コミュニティーの一員になればアメリカも英語も数倍深く理解できるんだなと気づきました。

重要なことなので再度書いておきます。畢竟、何を私は言いたいのかといえば、それは、大きく言えば「異文化理解」に他ならない英語のセンテンスの理解には英文法はマストだとしても、それは英語のセンテンス理解の必要条件にすぎず十分条件ではないということ(English grammar is not a sufficient condition but a necessary condition to understand an English sentence.)。ならば、最低限の英文法の知識をさっさと獲得した上で、実際に、英語を使うのが合理的に決まっているということ。その点、アメリカで地域コミュニティーの一員になれるようなら、使える英語力の向上においても最高の環境であり手段でしょう。

而して、地域コミュニティーの一員になるためにも英語力は大事(そして、最初のうちは変な英語(?)だなーと思われようと、(支那の人や韓国の人とは違い、世界でも評判のよい日本人らしく、あくまでも、TPOをわきまえて)どんどん話しかける勇気がもっと大事)。


そのためにも今からどんどん英語に触れましょう。
英文法書を捨てて、街に出ましょう。できれば、
英語圏の地域コミュニティーに入りましょう。

そして、そのためにも英文法、鬼のように頑張りましょう、
英文法書を一刻も早く投げ捨てられるように。

Let's do it, shall we?




(2008年8月02日:yahoo版にアップロード)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
戦後民主主義を批判する営為の一環として、ブログランキングに
参加しています。結構、真面目に取り組んでいます。よろしければ、
下記リンク先【FC2ランキング】及び【人気blogランキングへ】
にクリックを二つお願いいたします。

fc2rankbanner
(↑)【FC2ランキング】

img35475
(↑)【人気blogランキングへ】
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


2008.08.03(07:17)|スポーツの話題コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
soccergo


もう6年近く前のこと。2002年日韓ワールドカップの最中、サッカーとナショナリズムの関係について朝日新聞は社説でこう書きました。「サッカーはナショナリズムを刺激しがちな競技である半面、「世界共通の言語」であるとも言われる。 それぞれの国にはそれぞれのサッカーを文化としてはぐくむ土壌がある。W杯は、地域で磨かれた最高のサッカーを、ボールを媒介にして表現する場でもある」(2002年6月 1日社説)、と。

サッカーは世界の多様な文化圏間の相互理解を可能にする世界共通語ではあるが、他方、それは偏狭かつ排外的なナショナリズムを刺激する側面を持ち後者の側面には注意を要する、と。この社説を私はそう読み取った。世界中で延べ450億人が観戦するワールドカップのサッカーも、「ナショナリズムを刺激」するならそれは悪いものになる。サッカーが異文化間の相互理解に役立つ範囲を超えて、それが<おしゃべりの段階>を離れてナショナリズム勃興の契機になるようならばそれは困ったものだ、と。

これに対して私は、「ナショナリズム」なるものは人間が自覚的に拾ったり捨て去ることができるようなヤワナものでもないし、朝日新聞に代表されるような大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する勢力が考えるように端的に悪いものとも言えないと考えています。蓋し、ナショナリズムとは人間が生きて行く上で不可避かつ不可欠な自己同一性(アイデンティティー)の核心。そう私は考えるから。

朝日新聞の社説子は、国民意識や民族意識を殊更に意識しなくとも取りあえず社会生活がおくれる<先進国の都市生活をしているホワイトカラーの目線>からしかナショナリズムを巡る諸現象が見えていないのかもしれません。しかし、世界人口の大部分は先進国の住人でも都市生活者でもないし、かつ、ホワイトカラーではない。

また、<先進国の都市生活をするホワイトカラー>のようなナショナリズムを疎遠なものと感じることが可能かもしれない人々、すなわち、国家やコミュニティーや家族から孤立しアトム化した<個人>なるものも、結局はナショナリズムを自己の自己同一性の核心に組み込まない限り、彼女/彼はその人生において個性を華開かせることも活気と隣人愛に溢れるコミュニティーの実現に貢献することも実は容易ではないと思うのです。このことは近年の家族の崩壊や地域の崩壊、就中、少年犯罪の凶悪化を想起する時、むしろ自明ではないでしょうか。


◆ナショナリズムとサッカー
ワールドカップのアイルランド戦には多くのアイリッシュサポーターが世界中から駆けつける。18世紀以降、夥しい数の移民がアイルランドから新大陸に渡り多くのアイルランド系と呼ばれる人々がアメリカ合衆国を始め世界中に住んでいるのですから。また、日本で行われるマレーシアやインドネシアの試合にはスカーフを着用した在日イスラーム女性が国立競技場で熱い声援をおくる。他方、日本代表の試合に日の丸が打ち振られるのを批判する全国紙が我が国には存在しています。一体、ナショナリズムとは何でしょうか?

雁屋哲『マンガ 日本人と天皇』(いそっぷ社・2000年12月)には、「全日本大学サッカー選手権」で日の丸と君が代に敬意を表さない「大学サッカー部主将」が主人公として登場します。このマンガは韓国等の海外で翻訳されベストセラーになったとのことですが、「おいおいおい、日本以外のどこに国旗と国歌に敬意を表さない非常識なスポーツ選手がいるものか」と私は思います。オリンピックでさえ自国の人種差別政策に抗議し自国の国旗と国歌に敬意を表さなかった選手はメダルを剥奪されるのですから。

畢竟、ナショナリズムを否定し矮小化する朝日新聞は頑なであると同時に非常識でもあるということ。世界の共通語であるサッカーに触れ、世界に開かれた窓である<サッカーワールドカップ>を通して、日本が大東亜戦争後始めて世界に直接触れた2002年日韓ワールドカップが閉幕した翌日(平成14年7月1日)、朝日新聞は『天声人語』にこう書いています。

熱い6月が終わった。このワールドカップの6月は、後にどう回顧されるだろうか。幼い世代にとっては、ひょっとしたら「日の丸」と「君が代」の季節としてではないか。とりわけ日の丸である。日の丸がこれほど国中にあふれたのは先の大戦以来ではないだろうか。意味合いはずいぶん違うにせよ。(中略)これで国旗と国歌が定着した、などと重々しくいうような事態ではあるまい。若者たちは、恭しくというより、軽々と日の丸や君が代に相対していた。その軽さ、屈託のなさが印象的だった。翌日には他国の国旗を掲げてその国を応援したりするのだから。(引用終り)


私はこの『天声人語』を読んだ時、言うにいわれぬ不愉快さを覚えました。それはナショナリズムに否定的な論旨にではなくその曖昧な主張に対してです。天声人語子は確信犯的に論旨曖昧な文章を書いたのではないか、と。蓋し、この天声人語の底には日本人がナショナリズムに目覚めることへの恐怖があり、その恐怖感ゆえに天声人語子はナショナリズム的な現象を矮小化し相対化しようとしたのではないか。而して、ナショナリズムの復活の恐怖とは、ナショナリズムを<悪>と断定してきたこれまでの朝日新聞の主張の根拠が必ずしも確固としたものではなかったことが露呈することに対する恐怖ではなかったのか、と。

もし、私のこの想像が満更間違いではないとすれば、朝日新聞のこの主張こそ両義性(多義性)を持つテクストの典型例ではないでしょうか。すなわち、この天声人語子は、ワールドカップを回想しつつ、実は、一刻も早く日本国民にワールドカップのことを忘れさせたかったのではないか。私は天声人語の「熱く、短い6月だった」の一文に著者のそのような本音を読み取るのです。

soccerjady99



◆ナショナリズムを善悪の二項対立で理解する滑稽
朝日新聞の天声人語子がナショナリズムを否定的に捉えるのは自由。また、人間誰しも見たくないもの評価したくないものが見えないことや矮小化してしまうことはままあることでしょう。しかし、それにしてもなぜ天声人語子はナショナリズムを批判する姿勢を貫き、正面から読者にサッカーワールドカップという<魔方陣>が呼び寄せたナショナリズムの危険性に直接警鐘を鳴らさなかったのか。そうすれば、主張への賛否は別にして、その主張の曖昧さゆえに読者が言うに言われぬ不愉快さや欲求不満を感じることもなかったでしょうに。エロエロエサイム♪

蓋し、「ナショナリズムがなぜに悪いのか」を天声人語子は説明できなかったのではいか。ゆえに、ナショナリズムの顕現たる諸事象を<対処療法>的にクサシ、批判することしかできなかったのではないか。あたかも校則をたてに茶髪を禁止する都立高校の生活指導担当教師のように。私はそう考えます。

日韓ワールドカップから早や6年。グローバル化が益々進行する現在。ナショナルな<ユニフォーム>を着ずに世界と世間に出ることが日本人にとって可能でしょうか。要は、自分の属する民族や家族や国家という属性を剥ぎ取られた時、人は<自分>であり続けられるものでしょうか。蓋し、茶髪が校則で禁止されることなどとは違いナショナリズムは<悪>でも<善>でもないのではないか。それは少なくとも人間性の本性に根ざしたもの、否、人間性の本質的なパーツそのものだから。

畢竟、カントとフッサール、ポパーとウィトゲンシュタインの哲学が明らかにしたように、人は言葉で考える。否、(無意識から切り離された)人間の意識は言語の形態を取る。そして、私は日本語に結晶し日本の文化規範に結晶している日本の文化と伝統と歴史を離れて日本人としての<私>も<貴方>も存在し得ないと考えています。

而して、この経緯は洋の東西を問わず、また、地球半球の南北を問わず妥当する事柄だと思います。つまり、ナショナリズムが<悪>であるとするならば、人間自体が<悪>になってしまう。畢竟、もし、ナショナリズムが<悪>であったとしても、人間にはナショナリズムというその<悪>と平和的な共存の関係を取り結ぶ道しか社会を維持する方途はないのではないか。ならば、2008年に至る朝日新聞の天声人語子さん、ここまでナショナリズムを掘り下げた場合、それでもそれを否定し矮小化しますか? ナショナリズム的な現象を<コギャルの茶髪>と同じようなものと考えますか? 

ナショナリズムからの排外主義的な政策やその極北としてのテロリズムの結びつきは国際関係の実定法秩序によって制限される。現在、どの民族も国民も他のどの民族や国民とも無関係には存続できない。而して、ナショナリズムの赤裸々な現実化には箍がはめられており、逆に言えば、朝日新聞のナショナリズムへの危惧は本来危険ではないものを危険であると叫びつづける<狼少年の叫び>であり、それは、裸の王様を騙した<詐欺師の執拗な囁き>なのではないでしょうか。なぜならば、6年前、遅くとも平成14年7月1日には日本国民の少なからずが人間存在にとってのナショナリズムの不可避性と普遍性を了解したにもかかわらず、朝日新聞は「ナショナリズムは世界的に見れば最早廃れた陳腐なアイデアですよ」と書き、現在も書き続けているのですから。

ナショナリズムの名の下に「排外主義的対応をとる」ことや「テロに訴える」ことは、それが国際秩序を維持している実定的なルールに違反する程度に至る場合には許されない。しかし、他方、ナショナリズムはそのような国際的に実定的なルールと秩序を動態的に形成する究極のエネルギーでもある。なぜならば、ある主権国家の意思を形成していくものはナショナルな諸国民の意識に他ならないからです。国際的の秩序に参加するプレーヤーが本質的には主権国家に限られている現在この帰結は必然でしょう。主権国家以外に国際秩序を形成するものは存在せず、そして、主権国家の意思を現実に形成していいるのはコスモポリタニズムなどではなく法秩序と政治秩序を動態的に形成している国民の法意識であり国民の一体感(すなわち、ナショナリズム)に他ならないから。

自国チームの勝利に喝采を叫ばせPK戦負けに涙させるものはそのチームへの感情の移入でしょう。而して、その感情移入は自国チームと<私>とは文化と伝統と歴史と運命を共有しているという認識に基礎づけられている。畢竟、ナショナリズムは人間本性の自然な発露であり、日本人は大東亜戦争後の戦後日本に極めて特殊な戦後民主主義、反ナショナリズムの呪縛から日韓ワールドカップが終焉した平成14年6月30日をもって解放された。すなわち、ナショナリズムは<霊界>からサッカーワールドカップという魔方陣を通って再び日本の社会に舞い降りたのです。

エロエロエサイム♪  エロエロエサイム♪

それから6年。2010年ワールドカップに向け多くの日本人が様々な戦線にサムライブルーのユニフォームを着て世界に羽ばたこうとしている。ワールドカップ予選も本格化した現在、保守改革派主導の政界再編が具体的日程に登りつつある現在、私はその手応えを感じています。


(2008年2月24日:yahoo版にアップロード)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
戦後民主主義を批判する営為の一環として、ブログランキングに
参加しています。結構、真面目に取り組んでいます。よろしければ、
下記リンク先【FC2ランキング】及び【人気blogランキングへ】
にクリックを二つお願いいたします。

fc2rankbanner
(↑)【FC2ランキング】

img35475
(↑)【人気blogランキングへ】
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


2008.02.24(14:48)|スポーツの話題コメント(1)トラックバック(1)TOP↑
soccerlady


2008年サッカー東アジア大会。「日本vs支那」戦ではいかにも特定アジアらしいトンデモなジャッジが頻発したけれど、男女の日本代表の戦いを見ていて改めて感じました。日本は本当に強くなったと。

国立競技場で行われる優勝決定戦でさえ閑古鳥が鳴いていた日本リーグ時代を知っている私のような世代の者にとっては(それは、メキシコオリンピックの殊勲の銅メダル獲得からジョホールバルの奇跡までの長い長い停滞の季節を知っている世代。TVマンガの『熱き血のイレブン』やTV学園ドラマの『飛び出せ青春』を見て育った世代にとっては)ワールドカップ出場がフル代表の当然のノルマの如くにさえなった現状は、正に、夢のよう。

いずれにせよ、サッカーは素晴らしい。ブラジル人やドイツ人の友人が真顔で語るように「サッカーボールを中心に地球は廻っている」、と。このこともまたこの東アジア大会を通して再認識したことです。


◆「審判」のいないサッカーは単なる野っ原での球蹴りである
イングランドを第8回ワールドカップ優勝に導いたボビー・チャルトンだったでしょうか、「サッカーは戦争のようなものなどではなく戦争そのもの」「昔はサッカーは人生と同じくらい重要だと思っていたが、今は、サッカーは人生よりも重要だということが解った」と語った。東アジア大会という地球規模のサッカーの地政学からは辺境で行われる親善試合でさえ、彼の言葉が真実であることをいやでも感じさせる。ヨーロッパには「サッカーは子供を大人にし、大人を紳士にするスポーツ」という箴言があるらしいが、蓋し、至言でしょう。

それがゆえに、と言うべきでしょうか。特定アジアのトンデモなさというか、確信犯的ともいうべきトンデモ審判のありようが一層目についたのもこの2008年東アジア大会。

審判やルールが機能しないのならサッカーは単なる野っ原で行われる球蹴りにすぎません。そうなれば、サッカーは、いい大人がする球蹴り遊びであり、「大人を子供にし、紳士淑女を強盗にする悪しき戯れ」にすぎないと思います。ルールと審判が権威を持ちゲームを枠づけて初めて、サッカーはサッカーという世界共通語となりワールドカップを始めとする国際試合はその共通語を通して行われる異文化コミュニケーションの場となるのではないでしょうか。

ルールと審判がゲームをコントロールして初めて多様な民族の文化はピッチ上で美しく華開く。ルールと審判が権威を保持しているからこそ大番狂わせに観客はカタリシスの涙を流し、敗れ去った優勝候補国の選手はサッカーが人生を超えるsomethingであることを思い知らされる。そう、「サッカーは人生よりも重要なのだ」、と。

例えば、2002年日韓ワールドカップ。アルゼンチンの予選リーグ敗退が決定した瞬間、宮城スタジアムのピッチに崩れ落ちたバティステュータは、もし、2002年6月12日、アルゼンチン対スウェーデン戦において審判とルールが審判やルールとして機能せず、審判やルールとしての権威を保持していなかったならば、いい歳(32歳)をして球蹴り遊びの結果に泣き崩れる愚かな大男に他ならなかった。それは、2006年ワールドカップドイツ大会で日本の予選リーグ敗退が決定したとき、独りピッチに倒れこんで泣きはらした中田英寿にも言えることでしょう。


◆サッカーは世界の共通語
サッカーの国際試合は<世界>を身近に感じることのできる<窓>であり<メディア>でしょう。而して、繰り返しになりますが、サッカーはそのメディアで話される<世界共通言語>に他ならない。サッカーという言語を覚えることで、人は国際試合という窓を通して世界を感じ取ることができるようになるということです。

サッカーという言語によって人は、世界の多様性と、そして、逆に多様性を突き抜ける人間性に普遍的なsomethingを感じ理解することができるのだと私は思っています。その意味でサッカーとは総合芸術、就中、舞踏芸術に近いかもしれない。而して、サッカーというその舞踏芸術で表現されるモティーフは民族性であり国民性、民族の誇りであり国民の名誉とプライドである、とも。

他方、サッカーは国際政治の顕現でもある。蓋し、サッカーワールドカップは、民族性と民族の誇りというマグマがビジネスや政治という回路を通って人類史の地表に衝き上がってくる4年に一度のイベントなのではないか。世界共通語であるサッカーの本性と、国際政治そのものであるサッカーワールドカップを想起する時、そのようなサッカーを日本人の多くが始めて肌で感じたのが日韓ワールドカップであり、それ以前の日本とそれ以後の日本、すなわち、2002年5月31日−6月30日までの日本人とそれ以後の日本人は何かが、しかし、確実に変わったのではないか。

人間そんな簡単に変わるものでも変われるものでもない。けれども、人間のものの考え方や感じ方は文字通りもの心のついた後はそう簡単には変わらないにしても、他者に対する行動パターンや世界像は何歳になっても劇的に変わりうると思うのです。

日韓ワールドカップは日本人にとって、正に、そのような世界に関するイメージとそのイメージを基盤とした他者への接し方を変化させたのではないか。この点に関して、私は日韓ワールドカップの最中、小田急線の車中で聞いた女子大生の会話をいつも思いだします。

●うちのおかん全試合見てるんだよ。最初はルールも解らず見ていたらしいけど、「この間のイタリアと韓国の試合、絶対、審判のミスジャッジだったわよ」とか言ってる。あの審判、韓国に買収されたに決まっているって。
☆ふうーん。あんたんとこのお母さんイタリアフアン?
●うう〜ぅん。応援しているチームもないらしい。でも、「今日はいい試合があった」って、「録画しといたからあんたも見れば」なんて感じ。
☆へーぇ。で、それどことどこの試合?
●忘れた、アフリカと中南米の試合だったかな(KABU註:本当はトルコ対コスタリカ戦。もちろん、トルコはヨーロッパの代表である!)。でも、確かに面白かった。パスが正確で攻守の切り替えが速かったから見てて飽きなかった。
☆スリーバック? フォーバック?
●どっちもフォーバックだったかな? ひょっとしたらアフリカの国(KABU註:こら、そこの女子大生。トルコはヨーロッパ代表やちゅーねん!)はスリーバックだったかも。だって、私もワールドカップの1週間くらいに前にオフサイドとかルール覚えただけだしさ。あんただって、ゴールデンウィーク明けに飲みした時には、先輩に「サッカーて何人でやるですか?」って聞いてた人じゃん(笑)


サッカーは言語である。それが言語である限り、サッカーにも文法と辞書および語用ルール集があり、音韻的や音声学的な構造が組み込まれているのかもしれません。

サッカーを自然言語に喩える時に重要なことは、サッカーが言語である限り(サッカーが言語に喩えられる限り)、それはサッカー以外の何ものかを指し示す記号体系であり記号の運用だということでしょう。また、サッカーが記号の体系でありワールドカップ等の国際試合がその記号が運用される舞台であるとするならば、サッカーにはその記号行為を意味あるものとする構造が組み込まれているかもしれないということです。

言語は使うことによって身につく。つまり、ある言語を使えるようになるには実際にその言語を使わなければならないということ。蓋し、2002年の5月−6月以降、多くの日本人は「サッカーを見る」という行為を通してサッカーという言語とそれが使用されるワールドカップを頂点とするサッカーの国際試合という舞台についての知識、更には、サッカーという世界共通の言語使用に関するアクティブスキルを獲得したのではないか。小田急線内の女子大生達の会話を聞きながら私はそのことを確信しました。


◆サッカーとナショナリズム
サッカーという言語が国際試合、就中、ワールドカップというキャンバスに描くものはナショナリズムです。ワールドカップに熱狂する世界中の人々はその作品に自己の民族の誇りを読み取り、自国の名誉を見立て打ち震える。もちろん、サッカーという言語が描く図柄を何に見立てようともそれは観察者の自由。これが記号行為の多義性であり、意味作用において記号が持つ表示義(denotation)と共示義(connotation)の二面性です(★)。

★註:表示義(denotation)と共示義(connotation)
あるもの(記号)が別のあるもの(指示対象)を指し示す(意味作用を行う)とき、その記号は表示義として指示対象を持つ。例えば、ゴールデンゴールの1点(記号)は得点したチームの勝利(指示対象)を意味する。その場合、その1点のゴールはチームの勝利という表示義を持つということ。これに対して、ある記号と指示対象と意味作用を含んだ記号全体が別の高次の記号となり他の別のものを指し示す場合、その高次の意味作用の指示対象を高次の記号の共示義という。例えば、先の例を使えば、ゴールデンゴールに国際政治における勝利国の隆盛を感じ取る時、そこにはそのゴールデンゴールを巡る高次の意味作用があり、ゴールデンゴールには共示義が憑依していることになる。


記号論の難しい話はどうでもよい。簡単な話です。東アジア大会の「日本Vs韓国」戦に日韓の現状を感じるのも勝手なら、単なる食事時の<視角的なBGM>としてゲームを楽しむのも自由ということ。しかし、4年に一度、毎回、TVを含め観戦する延べ450億人の圧倒的多数がサッカーという言語で奏でられる各国チームの民族性と民族の誇りをワールドカップのゲームに読み取っていることは確実でしょう。

而して、朝日新聞を始めとする大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する勢力がどれだけナショナリズムとサッカーの関係を分断しようとも、ワールドカップが具現するナショナリズムを矮小化しようとも、サッカーがナショナリズムを表現するための言語でもあることは否定されようもない事実。でなければ、450億もの人々が「野っ原の球蹴り」など観戦するはずなどないでしょうから。

サッカーを野っ原で行われる単なる球蹴りから分かつものはサッカーのルール。サッカーという世界共通語を理解することは、スポーツとしてのサッカーという表示義の体系を超えてナショナリズムが躍動する所のより高次の共示義の体系を理解することでもある。「サッカーは戦争そのもの」であり、サッカーが、およそ、単なるスポーツとしての記号作用を超えるsomethingと考えられるべき理由はここにあるのではないでしょうか。

「戦争とは別の手段で行われる所の外交の延長である」、すなち、戦争とは兵器という言語を使用して行われる外交的コミュニケーションである。このことを喝破したクラウゼビッツに倣えば、ワールドカップを頂点とするサッカーの国際試合とはサッカーという言葉で語られるナショナリズムの競演であり、それは、サッカーという言語に翻訳された国際政治のテクストに他ならない。これこそがサッカーという言語が世界共通語としての効力を持ちうる妥当根拠ではないか。私はそう考えています。




(2008年2月24日:yahoo版にアップロード)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
戦後民主主義を批判する営為の一環として、ブログランキングに
参加しています。結構、真面目に取り組んでいます。よろしければ、
下記リンク先【FC2ランキング】及び【人気blogランキングへ】
にクリックを二つお願いいたします。

fc2rankbanner
(↑)【FC2ランキング】

img35475
(↑)【人気blogランキングへ】
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

2008.02.24(08:25)|スポーツの話題コメント(1)トラックバック(0)TOP↑
koga1


おそらく今年最後のゴルフ関連記事紹介です。日本女子プロゴルフ最終戦にして三大メジャー公式戦の掉尾を飾る、LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ(「最強女王決定戦」)が終わりました。結果は、不動裕理選手と古閑美保選手という共に清元登子先生門下の最終日・最終組による、これまたほとんど「マッチップレー」といってよい戦い。而して、勢いに優る古閑選手の公式戦初優勝。わたしたち福岡県の最南端、大牟田市出身者にとってはほとんど地元勢といっていい熊本出身の両者の戦いは堪えられませんでした。

しかも、その内容も見応えがあった。最終日スタート時点の5打差を同門の妹弟子・古閑プロが5バーディーノーボギーの猛チャージで逆転するというスリリングなもの。対する姉弟子・不動プロ、過去賞金女王6回、女子プロゴルフ界現役第一人者の不動プロもまた2バーディー2ボギー1ダブルボギーというスコアながら(この「+2」の74は最終日のスコアとしては出場30選手中の17位であり、)必ずしも大崩れしたわけではなかった。よって、両者のスコアが並んだ9番ホール以降は、野球に喩えれば「杜撰な貧打戦」ではなく「息詰る投手戦」の趣がありました。いやー、堪能させてもらいました。

koga2


そして、このことも書いておきます。それは、新女王・上田桃子プロのこと。「不動 vs 古閑」という清元門下生同士の対決の蔭に隠れた感はいなめませんでしたが、同じ熊本県出身のこの史上最年少賞金女王もまたすばらしいラウンドをしたことを。不動プロとのペアリングになった3日目の直接対決で実質的に優勝争いから脱落したものの(よって、おそらく、最終日のモティベーション維持はかなり難しい状況であったにもかかわらず)、桃子姫は渋い脇役に徹し、今年の最終戦、最強女王決定戦を引き締めた。

桃子姫の最終日第4ラウンドのスコア「even」は出場30選手中11位の記録であり、トータル5位はこの「最強女王決定戦」初出場でモティベーション全開だった昨年の5位タイを上回る結果。このことは、「目下売り出し中の最年少賞金女王様」がショットもアプローチもパットもちぐはぐだったことを考えれば凄いことだと私は思うのです。聖人君子ならぬ人の子のこと、モティベーションも高かろうはずがないこの状況では、普通なら、最終日「+4」を叩いたとしても不思議ではない。そうなれば、ずるずると「新賞金女王様」が12位タイくらいまで後退する展開になった。蓋し、新女王様は自力で「賞金女王」の権威と品格を守ったと言えるのではないでしょうか。

私はゴルフの素人ですが、企業内人事研修企画やアメリカの大学院と日本の大学・企業との共同事業の企画運営に20年近く携わってきた身には、「人間、調子の良い時に頑張れるのは当然。ならば、(インターナショナルビジネスの世界で活躍できるかどうかを決める)人間の値打ちはセルフマネージメントスキルの度合いにある。すなわち、調子の悪い時にどれだけ冷静に目標を再設定できるかどうか、その再設定した目標に調子の良不良にかかわらずベストを尽くせるかどうか、加えて、調子の悪い時にも、きちんとその時々に自分に与えられた役割や地位に相応しい大人の気配りを周囲に対してできるかどうか」だと確信しいています。

アメリカのプロトレーニングとコーチングプロの世界では(日本でも漸次取り入れられてきていますが)、技術担当・身体能力担当・戦術担当・キャリアマネージメント担当と大きくわけても4種類のコーチングの恊働作業になっている。だからこそ、世界で一番ゴルフが上手いタイガー・ウッズ選手にもレッスンプロがついている。けれども、技術や身体能力、戦術、(あるいは、ビジネス戦略の立案と遂行)は専門のスタッフに任せればよいのかもしれませんが、究極の所、<自然との戦い>にして<自分との戦い>であるゴルフではキャリアマネージメント担当コーチは自分自身でしかありえない。

kiyomoto


而して、流石に清元門下の不動ー古閑の両プロはセルフマネージメントスキルの点でも見事だったと思うのですが、弱冠21歳の上田桃子プロにも同様な品格を私は感じました。蓋し、「人材育成における師匠の役割」や「世界と戦える日本人に不可欠な資質」等々、畢竟、ゴルフプロパーを越えていろんなことを考えさせられもし学ばせてももらえた、そんな2007年のLPGAツアーチャンピオンシップだったと思います。

さて、来年、2008年。プロ野球とメジャーリーグベースボールに喩えれば、女子ゴルフの「野茂英雄世代」ともいうべき岡本綾子・小林浩美・(福嶋晃子)に続く世代。伝説の「沢村ースタルヒン世代」にも比すべき樋口久子・清元登子から「野茂英雄世代」を経て、いよいよ「イチロー世代」や「松坂世代」という、恒常的に世界で戦える女子プロ選手は出てくるのでしょうか。そして、彼女達の影響によって近い将来日本の女子プロゴルフトーナメント自体の水準が、例えば、アメリカのトーナメントツアーの水準と地続きになることがあるのでしょうか。

そうなることを私は願っていますが、欧米の選手と体格的にもそう遜色のない古閑美保プロや(体格的には少し劣るけれども、ショットの飛距離と正確さでは十分戦える)上田桃子プロという「坂田塾→東海大第二高校」卒の肥後のおてもやん勢に期待するところ私は大です。

そのような夢を抱きつつ、以下、古閑美保プロの「最強女王戦優勝」を報ずる記事を紹介します。出典は、Japan Times, "Koga takes advantage of Fudo's struggles to win Tour Championship," Nov. 26, 2007(古閑選手不動のミスに乗じてツアーチャンピオンシップを獲得)です。尚、Japan Times社の著作権を考慮して紹介は全体の約三分の二にとどめました。


uedamomoko9



<テクスト>
Miho Koga took advantage of a late collapse by overnight leader Yuri Fudo to register a two-shot victory at the season-ending Japan LPGA Tour Championship on Sunday.
Koga teed off trailing Fudo by five strokes but the 25-year-old fired a flawless 67 and claimed her second title of the season after playing partner Fudo struggled to a 2-over 74 at Miyazaki Country Club.

Buoyed by a sizzling 66 on Saturday, Koga started to close the gap with three birdies in a row from the second hole while six-time money title winner Fudo faltered with bogeys either side of a birdie on the fourth.

"Because my playing partner was Fudo-san the five-stroke deficit at the start felt more like 10 strokes," said Koga, who claimed her seventh career title with a 13-under 275 total. "But I was able to improve my score in the first half of my round and that's when I thought maybe I would be able to go all the way."

Momoko Ueda, who became the youngest money title winner on the JLPGA tour after winning her fifth title of the year at last week's Daio Paper Elleair Ladies Open, carded a 72 and finished fifth on 285.・・・



<和訳>
古閑美保選手は、日曜日、前日まで首位に立っていた不動裕理選手がこの最終日に突如崩れたこともあり、2007年の最終戦、日本LPGAツアーチャンピオンシップを2打差で征した。

古閑選手は不動選手を5打差で追ってこの最終日のラウンドを始めたけれども、この25歳はノーボギー67のスコアを炸裂させた。而して、この日ペアを組んでラウンドした不動選手が2オーバーの74で苦しむ中、宮崎カントリークラブで今シーズンの2勝目を自分のものとした。

土曜日の魂のこもった66のスコアに勇気づけられたからであろうか、古閑選手は2番ホールから3連続バーディーを決め(不動選手との)差を縮め始める、他方、賞金女王に就くこと過去6回の不動選手は4番ホールでこそバーディをとったもののその前後のホールでボギーを喫し失速した。

「ペアを組んだのが不動さんということもあり、スタート時点の5打差は10打差くらいに感じていました」と、トータル13アンダーの275で自己7回目の優勝を飾った古閑選手はインタビューに答えてくれた。「しかし、前半のハーフでスコアを伸ばすことができて、その時、ひょっとしたら最後までこの調子で行けるかもしれないと思っちゃいました」とも。

先週の大王製紙エリエール女子オープンで今シーズン5回目の優勝を遂げ、それによって日本のLPGA最年少賞金女王のタイトルを決めている上田桃子選手は72にとどまりトータル285の5位に終わった。(後略)



(2007年11月26日:goo版「英語と書評 de 海馬之玄関」にアップロード)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
戦後民主主義を批判する営為の一環として、ブログランキングに
参加しています。結構、真面目に取り組んでいます。よろしければ、
下記リンク先【FC2ランキング】及び【人気blogランキングへ】
にクリックを二つお願いいたします。

fc2rankbanner
(↑)【FC2ランキング】

img35475
(↑)【人気blogランキングへ】
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


2007.11.26(17:41)|スポーツの話題コメント(0)トラックバック(12)TOP↑
クリスマスツリー
ブログパーツ制作
カレンダー
10 | 2009/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
プロフィール

kabu2kaiba

Author:kabu2kaiba
大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
yahoo版のミラーブログ。
2007年9月10日以降の新記事を随時、厳選した過去の自薦稿を漸次アップロードしていきます♪

人間が好きになる名言集

presented by 地球の名言

人生が輝き出す名言集


presented by 地球の名言
夢を叶えるための名言集


presented by 地球の名言
仕事が楽しくなる名言集

presented by 地球の名言

全ての記事を表示する
ブログ内検索
検索 de 記事リスト
カテゴリー
リンク
月別アーカイブ
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
Othello de 気分転換
Powered By FC2ブログ
ブロとも申請フォーム
FC2ブログランキング
アナログ時計
RSSフィード
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

miniTube