301.jpg


社会保障・税一体改革関連法案の早期成立、および、同法案が成立した場合「近いうち」に衆議院を解散して総選挙を行うことが合意された昨日の自民党・公明党・民主党の三党首会談を受けて、「近いうち」というのは一体いつ頃のことなのかを巡る憶測が国会の内外で喧しいようです。

蓋し、この憶測は言語学的には無意味なものであり、他方、政治的にはこの「近いうち」が意味を持つかどうかは今後の政局の磁場の中で決まる。いずれにせよ、自民党のコア支持者から見れば(小泉純一郎総理に喝を入れられたにせよ)「近いうち」の4文字を民主党政権から引き出したのは谷垣総裁の手柄であろう。けれども、自民党のコア支持者の立場からは、この「近いうち」の4文字が孕む政治的意義を最大限に引き出そうとすれば今秋の自民党総裁選挙を通して新しい総裁を選び「選挙の顔」といったお飾りなどではなくその新総裁を盛りたてて来るべき総選挙と来年の参議院選挙で自民党は中原に鹿を逐うべきなの、鴨。私はそう考えます。


▼首相「近いうちに信を問う」 民自公党首、会談で合意

野田佳彦首相(民主党代表)と自民党の谷垣禎一総裁は8日夜、国会内で会談し、消費増税関連法案の今国会成立で合意した。自民党が要求した衆院解散の確約について、首相は「近いうちに国民に信を問う」ことを確認。自民党の強硬路線への転換で混迷した消費増税関連法案は10日に参院本会議で可決、成立する見通しだ。ただ、解散時期について解釈が割れるのは確実で、混乱する可能性がある。


(朝日新聞・2012年8月8日23時31分


▼解散時期「近いうち」っていつ? 広がる憶測

野田首相は9日午後、長崎市内のホテルで記者会見し、自民、公明の両党首と「近いうちに国民に信を問う」と8日に合意したことについて、「(「近いうち」とは)それ以上でもそれ以下でもない。文字通りに受けとめていただきたい」と語った。


(読売新聞・2012年8月9日13時36分


302_20120809223858.jpg



繰り返しになりますが、「近いうち」の言語学的意味、これを先ず俎上に載せておきます。例えば、普通、ビジネスでは「折り返し電話させます」というのは15分以内のこととされますが、「近いうち」の4文字を穴の開くほど睨もうがこの5「音節=モーラ」(ち/か/い/う/ち)を1万回唱えようが、三党の党首が合意した「いつ頃までに解散総選挙を実施する」のかは誰にもわからないでしょう。

要は、「近いうち」という事象は(「身長188センチ以上の男性と身長175センチ以上の女性の集合」などとは違い、他方、「背の高い人の集合」なるものとパラレルにある事象がある集合の要素であるか否かが一義的に定まるものではありません。よって、「近いうち」という事象は)数学で言う集合の要素ではない。加之、「近いうち」という表現は、ビジネスのコンテクストにおける「折り返し電話させます」とも違い、語の普通の用法からも政界における言語使用の慣習からも1カ月なり年内なりの実時間を指示することもないだろうからです。

敷衍すれば、「近いうち」とはニュートン力学的な意味での「均一に流れる時間の帯の中のある特定の線分の長さ」を示すものではなく、例えば、今国会中、次の秋の臨時国会冒頭や会期末(≒10月上旬や年末または年初)、来年の通常国会の冒頭等々、若しくは、衆議院の定数是正法案ならびに特例公債法案の可決成立時等々、マクダガートの言う意味での「ある事象の前後関係」として観念される<時間>と親和性のある言葉なの、鴨。

畢竟、言語学的には「近いうち」の意味は(自民党と民主党の力関係や党首間の相性、若しくは、秋の臨時国会冒頭や特例公債法案の可決成立直後等々)コンテクストに依存している。更に、この「近いうち」なる表現が今回の「三党合意破棄」も辞さないという民主党政権に対する自民党の不信感の惹起、ならびに、その不信の治癒と信頼関係の修復の結果、野田首相の口から出されたものであることを鑑みるに、自ずと「近いうち」の帯びる意味の「意味のストライクゾーン」は狭まってくる。すなわち、自民党を激怒させたもの(の少なくとも一つ)は次の事柄だった由。

▼首相、来年度予算編成に意欲

野田佳彦首相は1日、民主党最大の支持団体である連合の古賀伸明会長と官邸で会談し、政権の経済成長戦略の「日本再生戦略」に関して「試金石となるのが平成25年度予算編成だ。衆院任期中の最後の予算編成なので政治主導でしっかりやるべきだ」と述べ、25年度予算編成に意欲を示した。早期の衆院解散・総選挙に否定的な考えを示したとの見方も出そうだ。


(産経新聞・2012年 8月2日7時55分


つまり、三党合意(6月15日-6月21日)の前提は、

(ⅰ)自民党の谷垣総裁にとっては「平成25年度予算編成」(2012年11月~12月)の前には解散総選挙が行われることだったことは間違いない。而して、(ⅱ)確かに「国政選挙における1票の格差是正」と「赤字国債を可能にする特例公債法案」は(白黒はっきり言えば、それを成立させなければ衆議院の解散総選挙が断行できないというマストではないにせよ)解散総選挙の前に可決成立させる方がビューティフルではあろう。逆に、(ⅲ)(今般の消費税増税とリンクしている社会福祉制度の改革を1年の期限内に議論する機関としてその権限と構成が社会保障・税一体改革関連法案に規定されている、)社会保障制度改革国民会議の本格稼働前に解散総選挙が行われ次の政権の枠組みが固まることが望ましい・・・。


要は、次の総選挙では議席増が見込め政権奪還を期す自民党は一日も早い解散総選挙を望み、逆に、次の総選挙では壊滅的敗北がほぼ確実な民主党は一日でも遅い解散総選挙を希求するという<人情>の機微は置いておくとしても、上記(ⅰ)~(ⅲ)を鑑みれば、「近いうち」とは、

(Ⅰ)来年度予算編成作業の前(遅くとも2012年11月下旬)
(Ⅱ)衆議院の定数是正法案および特例公債法案の可決成立後(早ければ今国会末9月上旬)
(Ⅲ)社会保障制度改革国民会議の本格稼働前(早ければ2012年9月下旬)


のいずれか一つがクリアされた段階。常識的には2012年の10月~11月を意味していると思います。よって、9月に自民党と民主党とも総裁・代表選挙を行い、(顔ぶれは変わらないとしても、新しい任期に入ったという意味で)新しい執行部が登場して、社会福祉制度の改革を巡るビジョンを互いに国民に披露しつつ「10月解散→11月総選挙」というのが一番素直な「近いうち」の意味なの、鴨。


303_20120809223858.jpg


けれども、別の観点から「近いうち」に対するこの言語学的なアプローチは無意味と言える、鴨。
すなわち、

(甲)現実の民主党内の政治情勢
(乙)首相の解散権の憲法的意味


(甲)民主党の国会議員のほぼ100%が早期の解散総選挙に反対であり、彼等は一日でも遅い(可能なら来年8月の任期一杯まで遅らせた)解散総選挙を望んでいるだろうこと。尚、この点に関しては下記拙稿および下記報道をご参照いただければ嬉しいです。

・三党合意破棄-三原じゅんこ参議院議員も心を固められたの、鴨
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11321292284.html


▼党首交代なら3党合意は無効 輿石氏

民主党の輿石東幹事長は9日の記者会見で、野田佳彦首相と谷垣禎一・自民党総裁、山口那津男・公明党代表による党首会談の合意に関し、9月の民主党代表選や自民党総裁選で党首が再選されなかった場合は無効になるとの認識を示した。また、解散時期に関し「すぐ解散できる状況ではない」と述べ、今国会中の解散はないとの認識を示した。特例公債法案や衆院選挙制度改革法案について「今国会中に結論を得ないと国民の理解を得られない」と述べ、解散前の成立の必要性を強調した。


(産経新聞・2012年 8月9日16時20分

蛇足ながら解題を付しておけば、公党間の約定はたとえその総裁・代表が代わったとしても当然のようには「無効」になることはない。よって、この報道が伝えているのは、民主党内世論の「早期の解散総選挙への恐怖」に他ならない。けれども、「近いうち」の解散総選挙を野田首相が断行することはそう容易ではないことだけは確かでしょう。


(乙)「近いうち」の意味が言語学的に確定できないもう一つの契機があります。それは首相の衆議院解散権の本性に起因するもの。すなわち、憲法論的に見て、解散権が首相の専権事項であり(それが国会の同意が不要という意味での)大権である限り、首相が一度約束した解散の時期を「やーめた」と変更することさえも憲法論的には許されるということ。その場合、現実的な問題は「嘘をついた」ことに対する首相の政治責任の帰趨ですが、それさえも首相の解散権を縛るものではない。

ならば、昨日の党首会談において谷垣氏が「近い将来」を「近いうち」にと変更させ、加之、「社会保障・税一体改革関連法案の成立後」とたがをはめたのは自民党総裁としては上出来と言える。要は、たとえ、具体的に「今国会中」とか「秋の臨時国会冒頭」の解散を文書で約束させたとしても、時の首相が世論の批判を覚悟の上で、例えば、「国難山積の現在、解散の約定を守ることは国益に反する」とかなんとか言ってその約束を反故にすることを誰も止めることなどできないのですから。


304_20120809223858.jpg



それが専権事項である限り、首相はいつでも前言撤回可能なのです。ならば、野田首相が誠実な人物であろうと太った菅直人であろうと、首相の解散の約束などは信じる方がおかしい。よって、小泉純一郎総理が自民党の現執行部に喝を入れられた如く、野党は解散総選挙近しの空気を広げ解散風を吹かすしかない。そして、この政治的マヌーバーの運用に際して谷垣氏が野田首相から引き出した「近いうち」の4文字・5音節は極めて重要なアイテムになりうるだろう。けれど、このアイテムを有効利用するその手練手管や資質について谷垣氏が自民党総裁として適任とは私には思えないのです。

б(≧◇≦)ノ ・・・よくやった、谷垣さん!
б(≧◇≦)ノ ・・・あとは後進に総裁を譲りなさい!


畢竟、谷垣氏というか谷垣氏に象徴される良くも悪くも55年体制下の「保守本流」的なリーダーでは、現下のこの国難に対処しつつ自民党の第二期長期政権の扉を開くのは無理ではないか。だから、谷垣総裁には今の時代により適合した人物に「総裁の印綬」をバトンタッチしていただいた方がよいのではないか。

いずれにせよ、三党合意の大前提は①「2009マニフェストの破綻の確認」だったのであり、要は、②遠くない将来(来年度予算編成作業の前・衆議院の定数是正法案および特例公債法案の可決成立後・社会保障制度改革国民会議の本格稼働前)の衆議院の解散であったことを看過してなされる「自民党の強硬路線への転換で混迷した消費増税関連法案」(朝日新聞)等の自民党批判は片腹痛いの類でしょう。

而して、谷垣氏がその批判に対する反論を国民・有権者に適切に訴えたとは到底思えず、蓋し、この1点だけでも谷垣氏は闘う野党の領袖にはなり得ないと判断せざるを得ないのです。

再々になりますけれども、憲法論的には首相は「解散の約束」を反故にしても許される。けれども、解散の約定を反故にされることを覚悟の上で、自民党は都度、三党合意の大前提が①「2009マニフェストの破綻の確認」であり、②近いうちの解散であることを世間に知らしめ民主党を更に「遠心分離」させるべきである。この主張のどこが「政策より政局」なのかとも。自民党は正面からそう世論に説明すべきである。而して、次の総裁にその説明作業を私は切に期待しています。


305_20120809223858.jpg


スポンサーサイト

テーマ : 自民党
ジャンル : 政治・経済




昨日、散歩の途中でたわわに実った橙を見て、「あっ、水やりの時間はいつだったっけ」とか咄嗟に思った、これピグライフ第二期症状なの、鴨。KABUです。ということで、ブログ復帰リハビリのために、ブログ友のvanilleさんの記事連続転載。まずは、報道の紹介から。

    


◎大阪市長選で市幹部の不正発覚! 勤務中メールで「平松氏と国会議員の面談調整」

大阪市職員の労使関係や服務規律に関する実態調査を行っている市特別顧問、野村修也弁護士らでつくる第三者調査チームは1日、橋下徹市長に対し、調査内容の中間報告書を提出した。この中で、昨秋の大阪市長選に絡んで、幹部職員が勤務時間中に業務用の庁内メールを使い、平松邦夫前市長と国会議員の面談を調整していた事実が見つかったことを明らかにした。

庁内メールの調査は幹部150人を対象に行われたが、当事者の了承を得ずに実施したことに対し、市内部からも批判が上がっていた。中間報告からは、市幹部が本来の職務と関係ない市長の選挙運動に深く関与していたことがうかがわれ、新たな問題となりそうだ。

中間報告では「市の管理職職員が、勤務時間中に、選挙対策を打ち合わせるために、市役所の公用メールを発信している事実が見つかった」と記載。平松前市長と国会議員の面談調整などがあったことなどを指摘するとともに、「管理職の証言によれば、選挙期間中、現職市長(平松前市長)の街頭演説の日時等に関する連絡が『総務的な事務連絡』として、口頭で市職員に対して広く行われていた」とも指摘している。

また、市環境局の現業職採用に関し、採用面接の際の申込書(履歴書)に市議や組合役員、人事部局幹部などの名前が記載されていたことを示す痕跡が多数見つかるなど、採用の口利きをうかがわせる資料も発見。組合に対し、取り決めにないルール違反の便宜供与や、本来専従の組合幹部でない職員が組合活動に専従する実質的な「ヤミ専従」ととれるケースも確認されたという。

野村弁護士は「調査結果は3月末にまとめる。意見には真摯に耳を傾け対策を取りながら調査したい」としている。


産経新聞3月1日14時26分
 

Dako010302s.jpg


庁内の業務用メールを使ったやり取りを当事者の了承を得ずに、って、パブリックのメールを当事者の了承って必要なの? プライベートじゃないんでしょ。業務中に庁内の業務用メールを使ったやり取りでしょ。批判が出るとか意味分からん。

と、思ってたら、やっぱり見られたらマズイ内容のメールが出てきちゃいました、大阪市☆キラッ

大阪市の市民は、こういう腐った豚達のために今まで税金を一生懸命納めていたんですね。可哀想…。

一回、市役所員、全員、面接と公務員試験を受けなおさせたほうが良いんじゃないの?
腐ってるレベルじゃないわ。

橋下さんを批判する人もいますが、確かにやり方は強引で、ときどき「ん?」と思うようなことも言い出してますが、じゃぁ今まで橋下さん以外で大阪市の膿を搾り出した人いますか?つうの。

今までの市長、みんな当選したら、すんなり膿の親分に納まって、更に膿を膨らませてたじゃない。

おいらはやっぱり橋下さんを応援しますわ。

もちろん、は? 馬鹿なの? 死ぬの? みたいな事言い出したら、手のひら返したように批判しますけど、今のところは大体において賛成です。

小学生の落第は飛び級制度と先生の教員免許更新の適正テストも入れるなら賛成です。登校拒否で学校に一度も行かないのに卒業OKとか、無いわー。

今の大学生の24%が「平均」の概念が分からないとか、ゆとり教育始めたの誰だよオイ。

おいら、結構頭悪いけど、平均とか分数の足し算とか位なら覚えてるぞ。(√とか因数分解とか、実生活で必要ないものは全然覚えてませんけど)つうか、平均とか分数とか社会に出たらかなり頻繁に使うぞ。概念が分からないとか、どうやって大学入学できたんだ?落第制度、やっぱり必要なんじゃないの? 今の日本に。

とにかく、批判もありましょうが、橋下さんにはがんばっていただきたい。

やっぱりそう思いました。


でわでわ


転載元: vanilleめもちょう



funa_002.jpg


鯛の本場、明石や房総の「腐った鯛」どころか、琵琶湖辺りでは、鮒は<少し腐った>くらいがちょうど美味しいけれど・・・。大阪の腐った市職員は煮ても焼いても喰えない、鴨。

でも、他府県の水を汚すわけにもいなかいから、京都は鴨川の六条河原で斬首・梟首、若しくは、石川五右衛門の故事に則って釜ゆでというのも難しいの、鴨。なら、日教組の教職員ともども大阪市職員の彼等は東淀川は上新庄か淡路辺りで淀川に捨てるしかない、鴨。

うにゅ、でもそうしたら、ちょびっと下流(徒歩18分!)の西中島南方辺りの淀川区住民から、


б(≧◇≦)ノ ・・・「産業廃棄物」の不法投棄だぁー!


と、クレームが出されるの、鴨。ちなみに、公道で車にひかれちゃったた猫ちゃんやらハクビシンの
ご「遺体」は「一般ゴミ」扱いですよ、為念。と、近江の鮒寿司の画像の前でvanilleさんの記事は転記終了。



大体、「業務用メールを使ったやり取りを当事者の了承を得ずに、って、パブリックのメールを当事者の了承って必要なの?」って、当事者の了解なんかいるわけないです。法律的にもね。ただ、そのメールの内容が「職場の共通の同僚の結婚式のご祝儀の金額の相談」とかのグレーゾーンに属するものに関しては、それを公表するのは違憲の疑いが濃くなるでしょうね。でもね、それらにしても、「当事者の了承を得ずにしかるべき担当部局が確認すること」に限れば違憲性は皆無。と、そう私は考えます。



而して、加之、

蓋し、畢竟、

>今まで橋下さん以外で大阪市の膿を搾り出した人いますか?つうの。
>今までの市長、みんな当選したら、すんなり膿の親分に納まって、更に膿を膨らませてたじゃない。
>おいらはやっぱり橋下さんを応援しますわ。


に全く同感です。要は、憲法改正、教育現場と自治職員の規律を糺すこと、
成長戦略の推進と小泉改革の再起動は全面的に支持できるということ。

簡単な話、私は「コアの自民党支持者」ですけれども、しかし、私は「一人の政治家や思想家にすべてを期待しない」人でもあります。よって、①今の時点の大阪市長としてのタスクを実行する資質と姿勢、加之、②55年体制(民主党政権の施策はそれ以外の何ものでもないでしょう。)の微睡みから本当に脱却して、小泉改革の再起動と地方再生の同時実現という旗幟を自民党に鮮明にさせる(自民党に「ルビコン」を渡らせる)モメンタムとしては、橋下氏は支持できる、鴨。と、そう私は考えます。


つまり、これまた、私も、

>もちろん、は? 馬鹿なの? 死ぬの? みたいな事言い出したら、
>手のひら返したように批判しますけど、今のところは大体において賛成です。

ということ。尚、公務員と公務員労組の政治活動の自由の問題、及び、橋下氏支持に関する私の基本的な考えについては下記自家TBした拙稿をご参照いただければ嬉しいです。


・公務員労組と公務員の政治活動を巡る憲法論(上)~(下)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11145098802.html

・橋下市長を「応援」する理由-規定演技で合格点を取れなきゃ保守も反日もないですよ
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11136217070.html

・稲田朋美氏を総裁にの声について考える
 -「真正保守」なるものは百害あって一利くらいのものでしょう
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139942597.html

・政権奪還の順路☆自民党に期待すること/期待すべきではないこと
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139938039.html



morohoshi_lite.jpg
腐った大市職員を淀川に沈め、綺麗な大阪と日本を取り戻そう~!







テーマ : 地方再生
ジャンル : 政治・経済




民主党政権は国家観を欠いている。これはしばしば指摘されることです。実際、「日本列島は日本人だけのものではない」と言い放った鳩山首相、在日韓国人から政治献金を受けていた事実が発覚したにもかかわらず毫もそのことの重大さを理解しているとは思えない菅首相。そして、「竹島は日本の領土ではない」という韓国国会議員の宣言に何憚ることなく署名してしまうその菅首相の側近議員等々。これらのことを見れば、民主党政権に日本の国家権力を担っているという意識と気概が欠落していることは間違いないでしょう。

しかし、私は民主党政権が孕んでいた問題は国家観の欠如ではなく、むしろ、それに憑依する国家観の歪さではないのか。すなわち、民主党政権とは<国家>なき国家論の稚拙な暴走ではなかったのか。と、そう考えています。

而して、本稿は前稿「民主党政権とは何だったのか」の続編であり補足。よって、繰り返しになりますが、なぜ民主党政権が誕生したのか、この点に関する認識を確認した上で本稿の考察に進みたいと思います。

・民主党政権とは何だったのか
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11152117937.html


なぜ民主党政権は誕生したのか? 
あるいは、民主党政権とは何だったのか?

蓋し、私はそれを、()現実的に<政治>が実現不可能な要求を、()現実の政治において極めて拙劣な政治スキルしか持ち合わせていない政党が国民有権者に実現を約束して政権を奪取した事象であり、而して、()<政治>には外在的と内在的の限界があることとともに、()<政治>が国家社会統合というイデオロギー的機能をその死活的に重要な役割としていることを、()この悲劇的現状を通して、日本国民が学習した事態である。

と、ある種、楽観的に総括しています。    
以下、敷衍します。


◆ゲームの意味の変化とゲームのルールの変化

再々になりますが、民主党政権の誕生は自民党一党支配体制の終焉に他なりません。自民党政権末期のこの社会を覆っていた閉塞感に耐えかねた多くの有権者は民主党に一票を投じたと言えるのではないでしょうか。

では、その閉塞感の正体とは何か。蓋し、それは、冷戦構造崩壊に象徴されるグローバル化の昂進にともなう(ビジネスにせよ国際関係にせよ、老後の生活にせよ就職や結婚にせよ)社会の予測可能性の低下を背景とした、<政治>のゲームのパフォーマンスへの不満であり、而して、民主党政権は(そして、ある意味、小泉構造改革も)<政治>のゲームのルールに対する異議申し立てを世論に問うことで政権を奪取したの、鴨。

予測不可能性とリスクの増大。すなわち、日本の相対的地位の低下、相対的に縮小するパイの大きさに反比例して拡大し機能不全に陥ってきた、①中央と地方の格差、②世代間格差、③国から地方への援助システム、④世代間支援システム。他方、冷戦構造崩壊の中で国家主権の原則に基づき見直されるべき、日本の安全保障政策に対する、あるいは、対特定アジア外交や日本の近現代史認識に対する事なかれ主義的で理不尽な<戦後民主主義の歴史観>の跋扈延命。そして、言うまでもなく「政財官+労組」のアンシャンレジューム体制の存在、等々。

これら誰が見ても、<政治>が今改革すべき現状を支配するルールが、しかし、他方、この社会の人々の(例えば、進学先・就職先の決定においても)行動のルールとして厳然と効力を維持してきていることが閉塞感の正体ではなかったのでしょうか。もちろん、例えば、かってこの社会に流布した、「番町小学校→番町中学校→日比谷高校→東京大学法学部→大蔵省」という程の予測可能性は現在では、進学においても就職においても婚活においても最早機能してはいないでしょう。けれども、大なり小なり、自分が忌避するルールに取り敢えずは従わざるを得ない現実が自民党政権末期のこの社会を覆っていた閉塞感の核心であったのではないか、と。

而して、民主党は、自民党政権末期、この<政治>というゲームが醸し出していた閉塞感を「政治主導=官僚支配の打破」というゲームのルールの変更を通して払拭できると喧伝して政権を奪取した。そして、所謂「事業仕分け」とはそのようなルールの変更の一斑であったのかもしれない。けれども、そのルールを変更するには民主党の政治スキルはあまりにも稚拙であっただけでなく、彼等が標榜した「政治主導」ということの中には論理的に不可能な事柄も少なからず含まれていた(後段に関しては下記拙稿をご参照いただきたいのですけれども)。と、私はそう考えています。 

・民主党政権の誕生は<明治維新>か<建武新政>か
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11151958277.html

・政治主導の意味と限界
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11142630431.html

・「事業仕分け」は善で「天下り」と「箱物」は悪か
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11152087452.html


上記の考察を整除すれば、

(甲)グローバル化の昂進、すなわち、①資本主義的な生産様式の波及と徹底、②「科学技術=人類の生産力」の向上、③「人物金+情報」の移動流通の拡大と高度化、④予測不可能性の増大等々の諸傾向中で主権国家が行ないうる<政治>の影響力は反比例的に縮小してきた。

他方、(乙)同じくグローバル化の昂進の中で主権国家の社会統合維持のイデオロギー的機能の重要性はグローバル化の度合に比例して増大してきた。

畢竟、(丙)民主党政権とはこれら(甲)(乙)を共に看過して、かつ、ある種の「国家観-機械論的な国家論」、すなわち、権力の万能感を抱きつつ主権国家の<政治>がグローバル化の波濤に抗してその国民に保障すべき「日本国民としての一体性という政治的神話」のメンテナンスを放棄したものである。

    
わずか数百人のカルト教団が当時世界第二位の経済大国の首都で同時多発的に化学兵器によるテロを惹起できる生産技術の高度化と流通が現実のものとなっている人類史の現在。あるいは、テロネットワークが世界の唯一の超大国に対して民間旅客機を用いて自爆テロを敢行できるようなグローバル化の昂進した人類史の段階に我々が生きていることを想起するとき私はそう断ぜざるを得ないのです。

而して、近代国家を取り巻く人類史の変遷にともない近代国家の<政治>のゲームの意味も変化したのだろうし、よって、その<政治>のゲームのルールも変化されなければならない。けれども、小泉政権がその端緒を見事につけたのとは異なり、民主党政権は、ゲームの変化も理解できず、よって、ゲームのルールの変更を行なうこともできず、単に、ゲームの意味の変化という与件に掉さして政権を奪取したにすぎない。それは、伝統に基礎づけられた国家観を欠く、機械論的な「国家論=権力論」の暴走だったのかもしれません。


◆民主党政権に憑依する歪な国家観
機械論的な国家論。すなわち、伝統と文化と歴史を軽視する権力に対する万能感ゆえにか、民主党政権はグローバル化の昂進著しい現在、主権国家の<政治>に不可能なことを可能と錯覚した。他方、民主党政権は、グローバル化の昂進著しい現在であればこそ主権国家としての日本における<政治>がフォローすべき使命を放棄した。それは、伝統と歴史を苗床とした日本人としてのアイデンティティーを日本国民に供給しつつ、この社会を社会的に統合するイデオロギー的責務です。

この点を、このブログでも何度か引用してきましたがゲルナーはこう述べています。

ナショナリズムがその保護と復活とを要求する文化は、しばしば、ナショナリズム自らの手による作り物であるか、あるいは、原型を留めないほどに修正されている。それにもかかわらず。ナショナリズムの原理それ自体は、われわれが共有する今日の条件にきわめて深く根ざしている。それは、偶発的なものでは決してないのであって、それ故簡単には拒めないであろう。

【出典:アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』(1983年)
 引用は同書(岩波書店・2000年12月)p.96】
  


ナショナリズムと近代の「主権国家=国民国家」の関係についての私の基本的な理解については下記拙稿をご参照いただきたいのですが、もちろん、この世に普遍妥当な「日本人」なるものは存在しないでしょう。「民族」も「国家」も、よって、「日本人」も「日本」もゲルナーが喝破した通り、ある種、近代に特殊な歴史的な観念形象にすぎない。

・「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(1)~(6)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11146780998.html


けれども、日本国が「私は日本人である」あるいは「日本人がマジョリティーを占める社会でそのマジョリティーの支配を尊重しつつ生きている外国人である」と考えている人々、日本国民と日本市民によって構成されていること、そして、それら社会学的に観察可能で現象学的に理解可能な社会的意識によってこの社会の安寧秩序が保持されていることもまた事実ではないでしょうか。

ならば、そのような政治的神話としての日本人としてのアイデンティティーをメンテナンスすることは<政治>の最重要事項というべきであり、よって、「日本列島は日本人だけのものではない」と言い放った首相、在日韓国人から政治献金を受けていた事実が発覚したにもかかわらず毫もそのことの重大さを理解しているとは思えない首相。そして、「竹島は日本の領土ではない」という韓国側の宣言に署名してしまうその首相の側近議員を抱える民主党政権は、近代国家におけるナショナリズムの重要性を理解できていない、<政治>を担う資質に土台欠けていたと言うべきではないか。それは、<国家>概念を欠く歪な国家観、畢竟、国家なき国家論の稚拙な暴走だったの、鴨。と、そう私は思います。

国家は幻想にすぎない。それは、地球市民や国際社会が幻想にすぎないのと同じです。要は、国家は「擬制=幻想」にすぎない。けれども、その社会を構成するメンバーが国家という幻想を抱いているということは間違いのない事実であり、国家という擬制に基づいてこの社会の(否! 世界中の)人々が生活していることも明確な事実なのです。

而して、国家が幻想にすぎないとしても、正に、幻想や擬制そのものとして実体的な影響を国家は人々の人生や運命に及ぼしている。幻想はそれが幻想すぎないからといってその存在意義までも否定されるわけではないのです。

畢竟、グローバル化の昂進著しい現在、グローバル化の大津波の渦中に放り込まれながら社会生活というゲームで七難八苦に対面する運命を与えられているのが現在の人類史段階にある人間存在であり、そのような大津波が恒常的に押し寄せる国際政治や社会生活というゲームの中で自己の個性を華咲かせ感動に満ちた人生を享受したいと切に願っているのが人間の現存在とするならば、「日本国」や「日本人」という幻想が、この社会統合を維持して、グローバル化の獰猛な波濤から個々の日本人を護り、個々の日本人の願いを実現することに少しでも有効であれば、国家という幻想を社会においてメンテナンスすることは日本の<政治>にとって死活的に重要な責務であろう。而して、ナショナリズムと異質な民主党政権の機械論な国家論はこれらの<政治>の責務とは相容れないものであった。と、そう私は考えています。

尚、政権交代の背景と自民党再生のための施策に関する私の基本的な考えについては、
下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・稲田朋美氏を総裁にの声について考える
 -「真正保守」なるものは百害あって一利くらいのものでしょう
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139942597.html

・政権奪還の順路☆自民党に期待すること/期待すべきではないこと
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139938039.html


テーマ : 保守主義
ジャンル : 政治・経済




民主党政権の瓦解、あるいは、民主党の消滅は最早秒読み段階に入ったと言えると思います。而して、そのような現在の段階で、「2009年の政権交代」の意味、すなわち、その事態に至るプロセスで、自民党一党支配体制の負の側面が露呈するとともに、その自民党政権が自滅した中で起こった「民主党政権発足-大東亜戦争後初の実質的な政権交代」がどのような社会的と歴史的な構図を背景にしていたのか、民主党政権によるこの国の国力の低下と社会機能の劣化という<歴史の教訓>を無駄にしないためにもこのことを、その民主党政権の黄昏がいよいよ深くなってきた今考えておきたいと思います。

民主党政権とは何だったのか。

この問いに答えることはそう難しくないのではいでしょうか。畢竟、民主党政権の誕生とは、<政治>に期待すべくもない過大なクレーム(要求)を掲げた、自民党に比べるまでもなく力量的に極めて拙劣な政治勢力が政権を奪取したものに他ならない。そして、その悲惨な結果は最早「ヒストリー=周知の事実」であろうと。

◎民主党政権誕生の意味
現実的に<政治>が実現不可能な要求を
現実の政治において極めて拙劣な政党が実現を約束して
政権を奪取した日本と世界の悲劇 


カール・マルクスは『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(1852年-1869年)の劈頭では「ヘーゲルはどこかで、すべて世界史上の大事件と大人物はいわば二度現われる、と言っている。ただ彼は、「最初は悲劇として二度目は喜劇として」とつけ加えるのを忘れた」と書いていますが、今後、第二の<民主党政権誕生の喜劇>を阻止するために日本国民はどのような社会に対する理解、すなわち、社会思想を獲得しておくべきなのか。このことに答えることは実はそう簡単ではないのではないか。

少なくとも、その喜劇を阻止するためには、「民主党政権の誕生-自民党体制の崩壊」という現象を思想的に反芻しておく必要がある。要は、<8・30政権交代>という歴史的事実を惹起せしめた、この社会を覆っていた国家観や社会観を言葉化しておく必要があるだろう。と、そう私は考えるのです。


◆政治の外在的限界

民主党政権誕生の意味と意義。すなわち、自民党体制崩壊の背景と構図。このことを敷衍しておきます。

畢竟、民主党政権の誕生は民主党の勝利ではなく自民党の敗北であった。人口に膾炙して久しいこの認識を前提にする場合、たしかに、末期の自民党政権は、体制を支える「政官財+労組」のしがらみ、そして、「中央と地方の澱んだしかしなにほどか平和的共存的な関係」に絡め取られるあまり、<政治>に国民が期待しうるsomethingの少なからずに手をつけることができないでいたと言える。

それは、逆に、単に郵政民営化に代表されるわずかばかりの公的サービス領域の民間移動にすぎなかった小泉構造改革が「新自由主義原理主義による既存秩序の破壊」などと喧伝されたことを想起すれば明らかではないでしょうか。蓋し、自民党政権の末期は<政治>に国民が期待してもよい事柄を政治に練達する集団がネグレクトしていた体制であり、繰り返しますが、民主党政権とは<政治>に国民が期待すべくもない事柄をあたかも実現可能であると政治の素人集団が標榜して政権を奪取したものと言える。而して、両者はベクトルの向きこそ異なるものの、<政治>に期待できること期待すべきことの内容を看過していた点では同病の宿主であったの、鴨。そう私は総括しています。

ならば、<政治>に国民が期待すべきこと期待してもよいこととは何でしょうか。これまた人口に膾炙している手垢のついた言葉で言うしかないのですけれども、

それは、①グローバル化の昂進著しい、よって、日本国や米国、支那や北朝鮮を含むあらゆる主権国家の権限と権威が蚕食され漸減している状況下で、②当該の国家社会の安寧秩序を確保するためには(就中、1973年以降の数次に亘るオイルショックを経るプロセスで)あらゆる主権国家が福祉国家化を目指さざる得ないこと、③大衆民主主義社会を現下の<政治>は前提にしていることから演繹帰納できるのだと思います。


ホッブスは近代の主権国家を「可死の神」(確かに、それが滅びることはあり得るとしても、それが存在する限り、他国に対しては対等の、他方、その領土内ではその国民に対して最高独立の万能の権威を保持する存在)と規定しましたが、現在、唯一の超大国であったアメリカの影響力の限界を想起するまでもなく、すべての国家の能力には限界がある。そして、重要なことは、国家のその能力はグローバル化の昂進の中で人類が獲得している物理的能力の総体が加速度的に増大していることに反比例して加速度的に縮小していると言うべきことではないか。

蓋し、戦後のケインズ政策の流行と、1973年のオイルショック以降の財政出動による国家予算の肥大、逆に言えば、(リベラル派からは「新自由主義=自由至上主義」と位置づけられる、かのサッチャー政権やレーガン政権とその前後の政権、まして、小泉政権とその前後の政権の予算配分構成比の推移を反芻するとき)日米を問わずどの国でもどの政権でも財政規模拡大とともに予算再分配のフリーハンドの余地が極めてタイトになっている現状を見れば、「国家のその能力が加速度的に縮小している」こと、このことは思い半ばに過ぎるのではないでしょうか。


◆政治の内在的限界

近代の主権国家においては、国家権力には、よって、<政治>にはもう一つの限界が内在している。それは、国家にはその本性として社会統合の機能が要求されているにかかわらず、他方、近代の主権国家がその権力の正当性と正統性の基盤を極めて抽象的な「国民」概念に置いていることからくる、謂わば、「手を縛っておいて泳げ」と要求されているに等しい、国家権力の社会統合機能の限界です。

而して、(日本で語られるそれは世界的に見てかなり歪な理解であり、ドイツ憲法の運用を見るまでもなくフランスとアメリカを除く世界のほぼすべての国ではそれは「国家と宗教の分離」ではなく「社会的勢力である教会と国家権力の分離」を意味するに過ぎないとしても)政教分離原則とは近代の主権国家に課されているそのような限界の端的な顕現であろうと思います。

鰯の頭も信心から。しかし、他方、「宗教」という宗教は存在しない。この世に存在している宗教とはローマ・カトリックでありルター派であり、浄土真宗であり阿含宗である。要は、固有名詞の「宗教」を包含する普通名詞の「宗教」とは我々の観念の産物にすぎない。何を私は言いたいのか。それは、あらゆるものは宗教的観点から見られるならば宗教的であり、非宗教的に観察されればそれは単なる社会現象や経済現象や政治現象に過ぎないということです。而して、現在の国家に課されている非宗教性なるものの意味内容も実はそう明確で普遍的に妥当するものでもないということ。

敷衍すれば、現下の主権国家の場合、原則、その国家社会の正式メンバーであるか否かのメルクマールは国籍の有無に収斂する。ならば、その彼や彼女のDNAやエスニカルなバックグラウンド、まして、信仰や性的傾向性等々の個性は国民の要件にはなりえず、よって、例えば、日の丸や君が代に敬意を表させるとか、彼等の出身国や抱く信仰のイコンを文字通り「踏み絵」に使用する等々の、彼や彼女が日の丸や君が代に対していかなる感情を抱いているかに着目してなされる国家社会統合の施策はこれまた憲法論的に許されない。

けれども、他方、「国家」という国家は存在しない。例えば、この世に存在する国家とは支那でありアメリカであり英国であり、そして、我が日本である。要は、固有名詞の「国家」を包含する普通名詞の「国家」とは我々の観念の産物にすぎず、よって、ある国家権力がその国家社会統合においてその固有名詞の国家に特有の文化的と歴史的な諸アイテムを非宗教的に使用することに関しては憲法論的にも社会思想的にもなんら問題はない。

蓋し、(ナチスドイツの如くそれらを歴史的に特殊でありかつ民族に普遍的なもの、すなわち、実体概念として理解することは断乎拒否すべきであろうけれども)ヘーゲルの言う意味での「国家」や「絶対精神の歴史的顕現としての時代精神」とは実はそのような端的には非宗教的で現在の憲法論とも親和的な、固有名詞の国家に特有の文化的と歴史的な諸アイテムを包含しているのではないかと思います。

畢竟、ある国家がその国家社会形成の素材となった諸民族の歴史と文化に内在するsomethingを国家社会統合の施策に使用すること自体に問題はない。而して、現在では政教分離原則を踏みにじった逆切れ的言説として理解される向きも少なくない、大東亜戦争の戦前にこの社会で流布した「国家神道は宗教に非ず」というテーゼは満更40年体制をリードした国家社会主義的官僚の詭弁ではないのではないか。ここのとは、例えば、ローマ・カトリックが上智大学の学生教職員を含む日本のカトリック信者に対して、大東亜戦争の戦中、そのような非宗教的な神道儀式に参加することはその国の国民の義務であると明確に諭し、基本的に現在に至るまでその理解をバチカンは維持している経緯を反芻するとき、私にはそう思えるのです。

蓋し、このテーゼに悪乗りした右翼や朝日新聞等のマスメディアの言説は醜悪であったとしても、「国家神道は宗教に非ず」というテーゼは、その権力の正当性と正統性を維持するためには非宗教化せざるを得ない近代主権国家たる日本が、他方、近代主権国家の機能に対する本質的な要請としての社会統合機能のパフォーマンスを維持向上させようとする場合、実に優れた<解答>であったと言えるのではないか。

而して、民主党政権とは明治維新以降のそのような戦前戦後の政治の智恵を理解できなかった、まして、日本社会に歴史的に特殊な文化伝統の政治的価値など理解する素養を欠いていた、(かの偽ユダヤ人の言葉を借用すれば、「安心と水はただ」とばかりに国家社会の統合と対特定国アジア諸国&米国との関係の良好なる推移は与件であるとでも考えていたのでしょうか)端的に、国家権力に不可避的に要求されている社会統合の機能を放棄したネグレクト政権であったの、鴨。そう私は考えています。


◆小括
民主党政権の誕生は自民党の敗北であり、自民党は<政治>に対する国民の期待の変化に対応することを怠ったために敗れた。何度も繰り返しますが、私のこの理解が満更間違いではないとするならば、「民主党の勝利-自民党の敗北」とは、かって、物が乏しき時代に豊富な物資を廉価に提供して隆盛を誇ったダイエーが最後には「価格破壊ほど安くはない陳腐な品揃えの退屈な店」の集団となってマーケットから退場を余儀なくされた事例と通底している。あるいは、かって「巨人・大鵬・卵焼き」と称賛された読売ジャイアンツが、否、プロ野球自体がサッカー等々の興隆の前にone of themの存在になってしまった事例とも通底しているのではないか。畢竟、万物は流転する。

しかし、国破れて山河あり、そして、万事塞翁が馬。

ならば、<政治>という概念の指示対象が変化したとはいえ、現下の日本国民は民主党政権という悲劇の学習を通して、<政治>に期待できることとできないことがあることを体得したはずである。そう私は楽観しています。ならば、自民党は、内在的と外在的の両面で限界のある<政治>という概念を踏まえながら、かつ、恒常的に変化するその<政治>の具体的な意味内容を可能な限り十全に達成することを目指すしかない。

畢竟、ハンナ・アーレントが喝破したように、<政治>というものが人間にとって不可避的な事象である限り、また、民主党政権の再登場という二度目の喜劇を阻止するためには、有限なる<政治>と<人間存在>にとっては取り敢えずそれが唯一の道である。自民党の政権奪還を確信しつつそう私は考えています。

尚、政権交代の背景と自民党再生のための施策に関する私の基本的な考えについては、
下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・稲田朋美氏を総裁にの声について考える
 -「真正保守」なるものは百害あって一利くらいのものでしょう
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139942597.html


・政権奪還の順路☆自民党に期待すること/期待すべきではないこと
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139938039.html



テーマ : 保守主義
ジャンル : 政治・経済




国家財政の不如意と社会保障の破綻の趨勢を鑑みるに、誰も増税に反対はしていない、問題は増税に至るプロセスなのだ。と、そう私は考えます。要は、(甲)消費税の増税はしないという、2009年の衆議院総選挙での民主党の選挙公約の破綻、(乙)ばらまき4K政策の破綻、(丙)国会議員定数削減・公務員削減の頓挫。そして、(丁)震災復興の停滞。つまり、民主党政権には政権維持の正当性が最早ないということ。

まして、単なる「社会保障と景気対策の見直しを看過してする時間稼ぎの増税」は、単に企業と家計の財布の紐を一層きつく締めるだけであり、橋本政権下の増税不況の再来は確実。つまり、そんな「増税は税収不足」のためだけの愚策でしょう。だからこそ、誰も本来は反対しないはずの増税に世間の目は厳しくなっている。また、あくまでも過渡的な措置としてにせよ、「国債の日銀買い取り」も真面目に議論されている。それは確かに鬼手だけれど、愚策よりはましだろうから・・・。

2_20120103134956.jpg

で、自民党は麻生政権の時にも、前回の参議院選挙の際にも「消費増税」を打ち出したって? だから、民主党の「消費増税」に自民党は賛成すべきだって? そんなんはね、正当性を喪失した民主党政権から言われる筋合いはない。

何より、増税は増税だけの問題ではなく、この国の経済産業・財政金融・社会保障政策とすべてリンクしている。だから、増税だけの合意などはあり得ないでしょう。それとも、民主党政権は、消費増税のみならず自民党の政策を、経済産業・財政金融・社会保障のすべての政策領域で全部丸呑みするとでも言うのですか?

ことほど左様に、百歩というか千歩譲って、どうせ、できっこなかった外交政策は置いておくとしても、上記(甲)(乙)(丙)(丁)の内政の破綻がある以上、民主党政権は(消費増税否定の公約を反故にして、無責任な評論家の如く)ゼロベースでものを野党と国民有権者に言える立場じゃないでしょう。

93ss.jpg

ことほど左様に、昨年の臨時国会前のこと、朝日新聞が記事で書いていたのですが、「野党時代の民主党がしたねじれ国会の悪用は、政権交代を実現するために意味はあった。しかし、民主党政権の成立した後は、政権交代可能な政治状況に相応しく野党はねじれ国会を悪用すべきではない」とかなんとかいうロジック(?)には開いた口が閉まりませんでした。

自民党の長期政権は間違いなく有権者の相対的多数派が支持してきたもの。ならば、「政権交代の意味」とか「政権交代可能な政治状況」とかは、憲法論を持ち出すまでもなく、そう大した根拠のない贔屓の猫可愛がりにしかすぎないでしょうから。それとも、自民党政権を支持した民意と民主党政権を成立させた民意に値打ちの違いがあるとでもいうのでしょうか。

蓋し、予算関聯法案と国会承認人事に関しては、憲法の規定から見て(予算の衆議院先議と議決の優先、および、内閣のメンバーたる閣僚さえ国会同意が不要なこととの比較からはね。確かに、)野党は与党の案を尊重すべきです。憲法論的にはそこまでは言える。

93sss.jpg

が、それ以外の政策に関しては常時戦場でしょう。
お互いに政権交代・死守を目指したね。


民主党政権は、即、下野・解散あるのみ。
と、そう私は考えます。



3_20120103134955.jpg




消費増税法案 首相「不成立なら解散」 首相経験者に伝える

産経新聞1月3日(火)7時55分配信


野田佳彦首相が先月中旬、自らの指南役である首相経験者をひそかに首相公邸に招き、消費税増税関連法案が成立しなかった場合、衆院解散に踏み切る意向を伝えていたことが2日、分かった。複数の首相周辺が明らかにした。

首相は、消費税増税に向け「不退転の決意」を表明しており、3月に関連法案を閣議決定し、通常国会で成立を期す構えだが、衆参ねじれに加え、民主党に反対論が強く成立は困難な情勢。首相は解散権を振りかざすことで事態を打開したいようだが、早期解散にかじを切った自民、公明両党の協力を得るのは難しく、3月にも政権は重大な局面を迎える公算が大きい。

首相は首相経験者との会談で「首相の座に延々ととどまり続ける気は毛頭ない。ただ、消費税率の引き上げは任期中に必ず成し遂げたい」と強調。「もし不成立となった場合は総辞職をすることはない。衆院解散・総選挙で国民の信を問いたい」と語ったという。

これを聞いた首相経験者は「首相は本気だ。解散すれば民主党は分裂するかもしれないが、政界再編が進むならばそれでよい」と感じたという。

消費税増税をめぐり、政府は先月30日、消費税率を平成26年4月に8%、27年10月に10%と2段階で引き上げることを柱にした社会保障と税の一体改革大綱素案を決めた。

ただ、民主党内で小沢一郎元代表に近い勢力が「消費税増税はマニフェスト違反」と反発しており、強引に法案提出に踏み切れば離党者がさらに増え、採決で大量造反を招きかねない。

一方、首相は2日放送の政府広報ラジオ番組で「国民に負担をお願いする以上、政府だけのそろばん勘定だと思われぬように、きちっと説得をしないといけない」と強調。「行政改革もしないといけない。議員定数削減も不退転の決意でやる」と語った。
    
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120103-00000033-san-pol


4_20120103134955.jpg





テーマ : 民主党
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

KABU

Author:KABU
大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
yahoo版のミラーブログ。
2007年9月10日以降の新記事を随時、厳選した過去の自薦稿を漸次アップロードしていきます♪

百人一首 de 海馬之玄関
問い合わせ先
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
使用状況de電気予報
人間が好きになる名言集

presented by 地球の名言

人生が輝き出す名言集


presented by 地球の名言
夢を叶えるための名言集


presented by 地球の名言
仕事が楽しくなる名言集

presented by 地球の名言

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

ブログ内検索
最近の記事
Othello de 気分転換
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2ブログランキング
fc2rankbanner
miniTube