>衆議院解散に「大義」なるものは必要か
安倍総理が今月末召集予定の臨時国会で冒頭解散に打って出る意向を示唆されました。而して、2017年9月18日に新聞各紙がこの首相の意向を報ずるやいなや、民進党、および、リベラル派の牛耳る日本のマスメディア界隈では、この「冒頭解散」に対して猛烈な批判が展開されているようです。
曰く、「大義なき解散」「森友問題―加計問題隠しの姑息な解散」「野党が弱っているとき/選挙の準備が整っていないときを狙った卑怯な解散」そして「北朝鮮情勢が緊迫するなか総選挙などやっている場合か!」、と。要は、党利党略、私利私欲からの恥ずかしい解散ではなかろうか、とかとか。
まあ、よくも言ってくれますわね、ではあります。けれども、しかし、現行の占領憲法が押しつけられた当初の、占領憲法解釈学の神話時代というか英雄時代はいざ知らず、21世紀の現在、リベラル派を含め憲法研究者の大部分、まして、裁判官・検察官のほとんどの方々は、
>内閣総理大臣はいつでも衆議院を解散することができる
という命題を肯定されると思います。蓋し、ならば、上に記したような今回の冒頭解散への批判は憲法論などではなくて政治的な批判。それはリベラル派からの悔しさが滲む罵詈雑言の類いにすぎません(★)。
アメリカには「野球と恋愛と政治ではルールを守る限り何をしても許される」というお洒落な箴言があります。畢竟、白黒はっきり言わなくとも、政治とは権力闘争。
ならば、①政治は権力闘争なのだから、まして、②戦後民主主義の手垢にまみれた――まだ、古き良き55年体制時代の予定調和が日本の内外で続いていると錯覚しているかのような、あるいは、特定アジア諸国とも柔和で友好的な関係が取り結べるはずだし、甚だしくは、国境がなくなる地球市民の集う世界連邦がもう明日にでも来ると夢想しているかの如きメンバーが巣くう――民進党に政権など冗談でも二度と渡せないでしょうから、よって、③一層、安倍政権の政治的な基盤を安定強化するべく、
>「森友―加計」を巡るリベラル派の繰り出す印象操作を封じ込め
>民進党の弱体化/都民ファーストの準備不足という好機を逃さない
>臨時国会冒頭解散の一手
は、憲法論的になんら問題がないだけではなく政治的には、実に、十全なる「大義:good reason, good cauuse」を備えた<次の一手>ではなかろうか。と、そうわたしは思います。そうではありますまいか、ありますまいか。
畢竟、現実の「政治≒権力闘争」の場面において、政府与党と野党とは、スポーツの試合や囲碁将棋の対戦とは違って、その勢力も――世論を味方につける最適な手法の違いという意味での――その政策と主張の発信における強さと弱さにおいても非対称的(asymmetric)なのです。要は、両者がともに同時に納得する「大義」などはそもそも成立する保証はどこにもない。そう、それが成立するとすればそれは僥倖というか偶然と考えるべきもの。

ならば、ある政権与党が亡国反日の野党と――加之、支那および南北朝鮮のエージェントを務める、かつ、J.ロールズの空理空論にしがみつく、独仏かぶれの文化帝国主義リベラル系の――マスメディアに抗して、日本の安定と繁栄、文化と伝統を保持しようよするとき、好機を逃さずその政権基盤の安定を期して衆議院解散の賭けに打って出るのは、NMB48の桃寧ちゃんじゃなかった、寧ろ、言葉の正確な意味での「大義:good reason」にかなう行動選択ではなかろうか。と、そうわたしは思います。
・「加計」の偏向報道、酷すぎ:マスメディアは印象操作が仕事なの?
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3bede48f13114cf068144d4c4ea2d631
・言論の自由を市民の手に取り戻せ
:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6

要は、その内容ではなくて、なににせよ内閣総理大臣が衆議院の解散が望ましいと考えられた理由ならば、それがどんな理由(any reason)であれ、それは憲法論的には「大義:a good reason」なのです。その解散は「大義を備えた解散:a dissolution with a good reason」ということ。これ、民法の「善意の買主:innocent purchaser, bona fied purchaser」(cf. 94条2項)の「善意:innocence, bona fied」が、例えば、AKB48チームBの渡辺麻友さんのような人柄もよい正直で誠実な方かどうかということではなくて、ある権利関係の存在を知っていたかどうかで決まるのと似ている、鴨です。
ならば、リベラル派が政治的に「大義」がないと騒ぐのは勝手だけれども、その「大義の欠落」を憲法と結びつける、そう、何でもありの言うだけただやで的の言説は咎めなければならないでしょう。要は、彼等はここでも「印象操作」しか狙ってないのですから、多分。
実際、民進党の議員やTVのワイドショーのコメンテーターの中には、「野党は占領憲法53条後段「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その【臨時国会の】召集を決定しなければならない」に基づき、加計問題審議のための臨時国会召集を3ヵ月前から求めているのに、臨時国会は開かないわ、開くと思えば冒頭解散かよ、これ憲法違反だろー」とか口走る向きもある。

これ間違い。あのー、あなたたちが大好きな占領憲法の4章と5章よく読んでくださいな。この53条の規定は「通常国会」では――少数派が重要と考える――法案審議には不十分の場合の「臨時国会」の召集規定であって、もう、60年以上、毎年秋に臨時国会が開催されている現状を鑑みれば、その臨時国会に加えて、更に、速やかに別の臨時国会をその前にも召集する責務を内閣に負わせたものでないことは占領憲法からも明らかなのですから

加之、臨時国会で国民の代表たる議員がなにがしかの案件を審議するのと、国民そのものにこれからの政権を担う勢力を決めていただくのとでは――若干、位相を異にするにせよ――どちらが、民主主義の理念と親いかは言うまでもありますまい。これらを知らずに「憲法違反だろ」と言っているにせよ、知っていて純粋に印象操作のためにやっているにせよ、安倍政権が彼等の主張を歯牙にもかけないのは、政治的にだけでなく憲法論的にもとうぜんなのです。閑話休題。

畢竟、600億円以上投じて行われるだろう次の総選挙が、やる必要がなかった/やるべきではなかったという意味で、政治的に「大義を欠く総選挙」なのかどうかは、有権者国民がその投票行動で明らかにするしかない類いの事柄ということです。もっとも、総選挙は国民投票(general election ―referendum)とは違うのだから――もちろん、ある総選挙がある争点に関して国論を決する上で国民投票的にも機能することはありえるでしょうけれども――来るべき総選挙の結果からだけで、その「大義の有無多少」を議論することは難しいと思います。
最後に、北朝鮮情勢を理由とする「冒頭解散」批判について言及しつつ本稿の主張を敷衍させてください。といっても、大義と北朝鮮情勢の連関に関しては別の記事で前に書いたことの再録です。蓋し、わたしは、この彼等の批判について大凡、次のように考えています。
北朝鮮情勢の緊迫は、例えば、今年2017年に限っても、4月4日の弾道ミサイル発射から「緊迫」し続けているのです。で、民進党とリベラルメディアは、この間、――なんとか話し合いで外交によって平和的に解決すべきだと述べるだけで国会審議でもほとんどスルーして、もって、――「森友」と「加計」の追及と報道に邁進してこられたのではありませんでしたっけ。
あるいは、――働き方改革とかの審議ではなくて、そんなんは秋の臨時国会とか来年の通常国会でいいから――今年のこの通常国会終了後、直ちに「加計問題を審議するための臨時国会を開け」と言ってましたよね。ならば、「北朝鮮情勢の緊迫」を持ち出してするこの「解散反対」論には唖然です。これついてはっきり言っときましょう。
そんな――「もりかけ」に入れ込む朝日新聞の国会担当下請け業者さんの如き――、民進党と国会で質疑応答する、翌日のワイドショーでリベラル派による安倍政権批判の印象操作のネタを提供する場を設けるより、寧ろ、日本の安全保障北朝鮮情勢を考えても、――国民有権者がその機会に国の安全保障のあり方を反省反芻する契機にはなるでしょうから――「解散➡総選挙」している方が遥にましだ、と。
 
そして、総選挙の結果、民進党が消滅に向かい、他方、自民党と維新と公明党といった日本の安全保障を真剣に考える政党によって国会審議が実り多いものになることを、わたしは、期待しています。
・自民党に入党しませんか--支持政党の選び方に関する覚書 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11764121326.html
・政権交代だけが争点の選挙の敗北➡09年の二の舞に絶対してはならない。
 私達、保守派の市民で安倍政権を支えましょう❗
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/677e69cbb35d8096df0e7f7870778272
・政党政治が機能するための共通の前提 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11142645831.html

・選挙制度と投票率 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11970454546.html


★註:衆議院を解散する権限
占領憲法が押しつけられた当初は――1948年12月に行われた最初の解散が「内閣不信任案」の可決という占領憲法69条に起因するものだった偶然もあって――、内閣総理大臣は69条の場合にのみ、天皇に対して「衆議院を解散するように助言と承認」(占領憲法7条3号)ができるとかのたまう論者もおられました。
それから幾星霜、直近の2014年11月のアベノミクス解散までの全23回の解散はすべて――69条に該当する1953年3月(吉田内閣)、1980年5月(大平内閣)、1993年6月(宮澤内閣)の3回も含み、もっとも、最初の解散だけは69条と7条のあわせ技でしたが、それ以外は、――7条を解散の条文根拠にしています。要は、現在では、政治的な美醜の評価は別にして憲法論からは、「衆議院の解散は内閣総理大臣の自由裁量的の専権事項」であることが確定しています。
なぜならば、つまり、(1)確認ですが、69条該当の解散は4/23と2割りにも満たないこと。その事実。
(2)占領憲法の7条3号(内閣の助言と承認に基づく天皇による衆議院解散規定)、68条(内閣総理大臣オールマイティーな閣僚の任免権)のつくる法意。
他方、(3)女王の代理人たる総督が解散権を持つ、このイシューに関しては立憲君主制タイプのカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、加之、議院内閣制を採用するドイツ等々でも、解散権者の自由裁量範囲には広狭はあるものの「内閣不信任」の場合にはそれらの解散権は限定されていないこと。この事実。
更に、(4)よくリベラル派の論者が「英国では首相の解散権は実質上なくなっている」(⬅正直、それが日本となんの関係があるの、と思わんではないですけれど)という、「議会任期固定法:Fixed -term Parliaments Act, 2011」はまったく参考にならないこと。
すなわち、同法はどの政党も単独では下院の過半数を得られなかった下院選挙結果――ハングパラメント状況の現実――を受けて、連立政権を組んでも途中でポイ捨てされたらかなわんやんか、と危惧する自由党に連立政権のルビコンを渡ってもらうためにキャメロン保守党が譲歩した極めて目先の政治的なものであり、実際、それは「女王の解散権を不当に制限するもので違憲ではないか」というかなりクルーシャルな批判が絶えない際ものなのですから。蓋し、繰返しますが、英国の「議会任期固定法:Fixed -term Parliaments Act, 2011」が日本の内閣総理大臣の解散権の裁量範囲について参考になることは少なかろうと思います。
・海外報道紹介☆英国における二大政党制の終焉の意味するもの(上)(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/cbde61e7a60d03b8b6a8edbd0038effb
 
尚、首相の解散権は69条のケースに限定されるか否かとい論点と隣接しているけれど、よく混同されるのが「解散権の性質≒解散権の根拠」の問題です。これは、「大義」の内容を考えるときの補助線にはなる、鴨。つまりそれは、
>行政権の一斑なのか(65条)
>議院内閣制の事物の本性から演繹されるものか(cf. 65及至69条)
>天皇の大権の委任なのか(7条)
等々。KABUは比較憲法的にも、占領憲法の起草者であるGHQの諸君の言説を反芻しても――彼等、その中の法律家の方にしても所詮法学の素人が、こんな高尚かつ現実政治とはあまり関係のない論点を自覚的に考えて、占領憲法を起草してくださったとは思いませんけれども、他の論点での彼等の見解との整合性をより満たそうとすれば論理的には――、衆議院の解散権の源泉は天皇大権に遡ると考えています。
・天皇制と国民主権は矛盾するか(上)~(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ab8562f81bec8c89bcb6be81547755e8
・「天皇制」という用語は使うべきではないという主張の無根拠性について(正)(補)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/b699366d45939d40fa0ff24617efecc4
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>衆議院解散に「大義」なるものは必要か

安倍総理が今月末召集予定の臨時国会で冒頭解散に打って出る意向を示唆されました。而して、2017年9月18日に新聞各紙がこの首相の意向を報ずるやいなや、民進党、および、リベラル派の牛耳る日本のマスメディア界隈では、この「冒頭解散」に対して猛烈な批判が展開されているようです。

曰く、「大義なき解散」「森友問題―加計問題隠しの姑息な解散」「野党が弱っているとき/選挙の準備が整っていないときを狙った卑怯な解散」そして「北朝鮮情勢が緊迫するなか総選挙などやっている場合か!」、と。要は、党利党略、私利私欲からの恥ずかしい解散ではなかろうか、とかとか。

まあ、よくも言ってくれますわね、ではあります。けれども、しかし、現行の占領憲法が押しつけられた当初の、占領憲法解釈学の神話時代というか英雄時代はいざ知らず、21世紀の現在、リベラル派を含め憲法研究者の大部分、まして、裁判官・検察官のほとんどの方々は、

>内閣総理大臣はいつでも衆議院を解散することができる

という命題を肯定されると思います。蓋し、ならば、上に記したような今回の冒頭解散への批判は憲法論などではなくて政治的な批判。それはリベラル派からの悔しさが滲む罵詈雑言の類いにすぎません(★)。

アメリカには「野球と恋愛と政治ではルールを守る限り何をしても許される」というお洒落な箴言があります。畢竟、白黒はっきり言わなくとも、政治とは権力闘争。

ならば、①政治は権力闘争なのだから、まして、②戦後民主主義の手垢にまみれた――まだ、古き良き55年体制時代の予定調和が日本の内外で続いていると錯覚しているかのような、あるいは、特定アジア諸国とも柔和で友好的な関係が取り結べるはずだし、甚だしくは、国境がなくなる地球市民の集う世界連邦がもう明日にでも来ると夢想しているかの如きメンバーが巣くう――民進党に政権など冗談でも二度と渡せないでしょうから、よって、③一層、安倍政権の政治的な基盤を安定強化するべく、

>「森友―加計」を巡るリベラル派の繰り出す印象操作を封じ込め
>民進党の弱体化/都民ファーストの準備不足という好機を逃さない
>臨時国会冒頭解散の一手

は、憲法論的になんら問題がないだけではなく政治的には、実に、十全なる「大義:good reason, good cauuse」を備えた<次の一手>ではなかろうか。と、そうわたしは思います。そうではありますまいか、ありますまいか。

畢竟、現実の「政治≒権力闘争」の場面において、政府与党と野党とは、スポーツの試合や囲碁将棋の対戦とは違って、その勢力も――世論を味方につける最適な手法の違いという意味での――その政策と主張の発信における強さと弱さにおいても非対称的(asymmetric)なのです。要は、両者がともに同時に納得する「大義」などはそもそも成立する保証はどこにもない。そう、それが成立するとすればそれは僥倖というか偶然と考えるべきもの。

ならば、ある政権与党が亡国反日の野党と――加之、支那および南北朝鮮のエージェントを務める、かつ、J.ロールズの空理空論にしがみつく、独仏かぶれの文化帝国主義リベラル系の――マスメディアに抗して、日本の安定と繁栄、文化と伝統を保持しようよするとき、好機を逃さずその政権基盤の安定を期して衆議院解散の賭けに打って出るのは、NMB48の桃寧ちゃんじゃなかった、寧ろ、言葉の正確な意味での「大義:good reason」にかなう行動選択ではなかろうか。と、そうわたしは思います。

・「加計」の偏向報道、酷すぎ:マスメディアは印象操作が仕事なの?
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3bede48f13114cf068144d4c4ea2d631

・言論の自由を市民の手に取り戻せ
:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6


要は、その内容ではなくて、なににせよ内閣総理大臣が衆議院の解散が望ましいと考えられた理由ならば、それがどんな理由(any reason)であれ、それは憲法論的には「大義:a good reason」なのです。その解散は「大義を備えた解散:a dissolution with a good reason」ということ。これ、民法の「善意の買主:innocent purchaser, bona fied purchaser」(cf. 94条2項)の「善意:innocence, bona fied」が、例えば、AKB48チームBの渡辺麻友さんのような人柄もよい正直で誠実な方かどうかということではなくて、ある権利関係の存在を知っていたかどうかで決まるのと似ている、鴨です。

ならば、リベラル派が政治的に「大義」がないと騒ぐのは勝手だけれども、その「大義の欠落」を憲法と結びつける、そう、何でもありの言うだけただやで的の言説は咎めなければならないでしょう。要は、彼等はここでも「印象操作」しか狙ってないのですから、多分。

実際、民進党の議員やTVのワイドショーのコメンテーターの中には、「野党は占領憲法53条後段「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その【臨時国会の】召集を決定しなければならない」に基づき、加計問題審議のための臨時国会召集を3ヵ月前から求めているのに、臨時国会は開かないわ、開くと思えば冒頭解散かよ、これ憲法違反だろー」とか口走る向きもある。

これ間違い。あのー、あなたたちが大好きな占領憲法の4章と5章よく読んでくださいな。この53条の規定は「通常国会」では――少数派が重要と考える――法案審議には不十分の場合の「臨時国会」の召集規定であって、もう、60年以上、毎年秋に臨時国会が開催されている現状を鑑みれば、その臨時国会に加えて、更に、速やかに別の臨時国会をその前にも召集する責務を内閣に負わせたものでないことは占領憲法からも明らかなのですから

加之、臨時国会で国民の代表たる議員がなにがしかの案件を審議するのと、国民そのものにこれからの政権を担う勢力を決めていただくのとでは――若干、位相を異にするにせよ――どちらが、民主主義の理念と親いかは言うまでもありますまいこれらを知らずに「憲法違反だろ」と言っているにせよ、知っていて純粋に印象操作のためにやっているにせよ、安倍政権が彼等の主張を歯牙にもかけないのは、政治的にだけでなく憲法論的にもとうぜんなのです。閑話休題。

畢竟、600億円以上投じて行われるだろう次の総選挙が、やる必要がなかった/やるべきではなかったという意味で、政治的に「大義を欠く総選挙」であったかどうかは、有権者国民がその投票行動で明らかにするしかない類いの事柄ということです。もっとも、総選挙は国民投票とは違うのだから――もちろん、ある総選挙がある争点に関して国論を決する上で国民投票的にも機能することはありえるでしょうけれども――来るべき総選挙の結果からだけで、その「大義の有無多少」を議論することは難しいと思います。

最後に、北朝鮮情勢を理由とする「冒頭解散」批判について言及しつつ本稿の主張を敷衍させてください。といっても、大義と北朝鮮情勢の連関に関しては別の記事で前に書いたことの再録です。蓋し、わたしは、この彼等の批判について大凡、次のように考えています。

北朝鮮情勢の緊迫は、例えば、今年2017年に限っても、4月4日の弾道ミサイル発射から「緊迫」し続けているのです。で、民進党とリベラルメディアは、この間、――なんとか話し合いで外交によって平和的に解決すべきだと述べるだけでほとんどスルーして、もって、――「森友」と「加計」の追及と報道に邁進してこられたのではありませんでしたっけ。

あるいは、――働き方改革とかの審議ではなくて、そんなんは秋の臨時国会とか来年の通常国会でいいから――今年のこの通常国会終了後、直ちに「加計問題を審議するための臨時国会を開け」と言ってましたよね。ならば、「北朝鮮情勢の緊迫」を持ち出してするこの「解散反対」論には唖然です。これついてはっきり言っときましょう。

そんな――「もりかけ」に入れ込む朝日新聞の国会担当下請け業者さんの如き――、民進党に国会で、リベラルメディアにワイドショーで安倍政権批判の印象操作の場を設ける愚策より、寧ろ、日本の安全保障北朝鮮情勢を考えても、――国民有権者がその機会に国の安全保障のあり方を反省反芻する契機にはなるでしょうから――「解散➡総選挙」している方が遥にましだ、と。

そして、総選挙の結果、民進党が消滅に向かい、他方、自民党と維新と公明党といった日本の安全保障を真剣に考える政党によって国会審議が実り多いものになることを、わたしは、期待しています。

・自民党に入党しませんか--支持政党の選び方に関する覚書 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11764121326.html

・政党政治が機能するための共通の前提 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11142645831.html

・選挙制度と投票率 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11970454546.html

★註:衆議院を解散する権限
占領憲法が押しつけられた当初は――1948年12月に行われた最初の解散が「内閣不信任案」の可決という占領憲法69条に起因するものだった偶然もあって――、内閣総理大臣は69条の場合にのみ、天皇に対して「衆議院を解散するように助言と承認」(占領憲法7条3号)ができるとかのたまう論者もおられました。

それから幾星霜、直近の2014年11月のアベノミクス解散までの全23回の解散はすべて――69条に該当する1953年3月(吉田内閣)、1980年5月(大平内閣)、1993年6月(宮澤内閣)の3回も含み、もっとも、最初の解散だけは69条と7条のあわせ技でしたが、それ以外は、――7条を解散の条文根拠にしています。要は、現在では、政治的な美醜の評価は別にして憲法論からは、「衆議院の解散は内閣総理大臣の自由裁量的の専権事項」であることが確定しています。

なぜならば、つまり、(1)確認ですが、69条該当の解散は4/23と2割りにも満たないこと。その事実。

(2)占領憲法の7条3号(内閣の助言と承認に基づく天皇による衆議院解散規定)、68条(内閣総理大臣のオールマイティーな閣僚の任免権)のつくる法意。

他方、(3)女王の代理人たる総督が解散権を持つ、このイシューに関しては立憲君主制タイプの英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、加之、議院内閣制を採用するドイツ等々でも、解散権者の自由裁量範囲には広狭はあるものの「内閣不信任」の場合にはそれらの解散権は限定されていないこと。この事実。

更に、(4)よくリベラル派の論者が「英国では首相の解散権は実質上なくなっている」(⬅正直、それが日本となんの関係があるの、と思わんではないですけれど)という、「議会任期固定法:Fixed -term Parliaments Act, 2011」はまったく参考にならないこと。

すなわち、同法はどの政党も単独では下院の過半数を得られなかった下院選挙結果――ハングパラメント状況の現実――を受けて、連立政権を組んでも途中でポイ捨てされたらかなわんやんか、と危惧する自由党に連立政権のルビコンを渡ってもらうためにキャメロン保守党が譲歩した極めて目先の政治的なものであり、実際、それは「女王の解散権を不当に制限するもので違憲ではないか」というかなりクルーシャルな批判が絶えない際ものなのですから。蓋し、繰返しますが、英国の「議会任期固定法:Fixed -term Parliaments Act, 2011」が日本の内閣総理大臣の解散権の裁量範囲について参考になることは少なかろうと思います。

・海外報道紹介☆英国における二大政党制の終焉の意味するもの(上)(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/cbde61e7a60d03b8b6a8edbd0038effb

 

尚、首相の解散権は69条のケースに限定されるか否かとい論点と隣接しているけれど、よく混同されるのが「解散権の性質≒解散権の根拠」の問題です。これは、「大義」の内容を考えるときの補助線にはなる、鴨。つまりそれは、

>行政権の一斑なのか(65条)
>議院内閣制の事物の本性から演繹されるものか(cf. 65及至69条)
>天皇の大権の委任なのか(7条)

等々。KABUは比較憲法的にも、占領憲法の起草者であるGHQの諸君の言説を反芻しても――彼等、その中の法律家の方にしても所詮法学の素人が、こんな高尚かつ現実政治とはあまり関係のない論点を自覚的に考えて、占領憲法を起草してくださったとは思いませんけれども、他の論点との整合性をより満たそうとすれば論理的には――、衆議院の解散権の源泉は天皇大権に遡ると考えています。

・天皇制と国民主権は矛盾するか(上)~(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ab8562f81bec8c89bcb6be81547755e8

・「天皇制」という用語は使うべきではないという主張の無根拠性について(正)(補)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/b699366d45939d40fa0ff24617efecc4

 

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▼叩き潰される核武装論?

 https://ameblo.jp/sikihanana156/entry-12311013744.html

 

リブロ記事(⬆)に明確に書かれているように、現行の占領憲法からも、核武装と敵基地攻撃はなんら問題ありません。これは、――ただ、それは、占領憲法の「憲法の精神」に反する/製造や保有は別論として、少なくとも、核兵器の使用の禁止(≒先制不使用:no first use)は、最早、国際法的には「タブー:taboo」として規範性を帯びているとかの議論とは違って――、所謂「集団的自衛権」に反対するリベラル派の論者もなかなか否定できないこと。

だから、リベラル派は、このイシューについては、「非核3原則」や「専守防衛の方針」は、①日本の「国是」であるとか、②長年それを日本の国是的なものであると言い続けてきたことと、変更することの「整合性」が曖昧だとか、③政策変更することの近隣諸国(≒特定アジアさん?)に与えるだろう日本への不信感とかとかを述べて、論理的には「両者リングアウトでの引き分け」に持ち込んで来たりします。

でもね、保守派のみなさん、ハッタリ抜きに、  


>日本の夜明けも近い、鴨。

>今回の総選挙がその、核武装論と先制攻撃を巡る

>政策変更のモメンタムになることを期待します


 共に闘わん❗

 

・被爆国たる日本には核武装する権利がある、鴨

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dbbffd0fdb9901b9599883ce21bf038

・(再論)ゲーム理論から考える「不幸な報復の連鎖」あるいは
「不毛な軍拡競争」という言葉の傲慢さについて
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a8c23f9010e428e55539ee8d2c1cdf84

・核兵器禁止条約――朝日新聞は国際法を知らないらしい

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/d3141816d5d6d3a80b0c1a495480f4c6

 

・<アーカイブ>第二次世界大戦の終焉☆海外の日本核武装推進論紹介
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65845980.html

 ・<アーカイブ>米国にとって日本の核武装は福音である☆<Frum>論説紹介
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65845982.html

 

・・・「非核3原則」

・・・「専守防衛論」

・・・ごきげんよう♪

 

<関連記事>

・<アーカイブ>日本の改憲は賢明かつ時宜に適ったもの

 ☆フィナンシャル・タイムズの社説紹介
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65845967.html

 

・安全保障関連法案を巡る論評雑感--憲法学者の違憲表明の法哲学 

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c3f83e0ee381182fb5b90b0e5f0f7f0a

・まずは「加憲」でいいのではないですか

 ――改憲派こそ「憲法」に期待しすぎるのやめませよう
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9333930d645cf9bb127ad33d72915dd7

 

 

 

・憲法問題を巡るリベラル派のご立腹の理由の推測と

 その理由や根拠を検討する暇潰し的な考察

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/0f892f5f35265218b25bf8d6bd555e1f

・民進党って「ド官僚」?:民進党・小西「安倍総理はまともでない」

「存在自体が違憲無効の総理」

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7fff34fc55cf329ddcbeefaea704930c

・日本社会の「右傾化」を嘆き憤るリベラル派の怠慢と傲岸

 --マーケットの変化には商品の変更でしょ
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dda58e6b05976d6658553df6d20742f

 

・言論の自由を市民の手に取り戻せ

:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6


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▼女性韓国エリート研究員が米国で知らされた事実

(転記元URL)

 YouTubeからの引用です。
私は、アメリカの大学院で指導教授たちに言われた次の言葉そ、今なお忘れることができません。
『日本の植民地は、その後いずれも経済発展したではないか。そんな結論の出ている問題を今更どうして研究するのか?』
米国のラトガー大学のローデン教授は、私が博士論文の主題について研究したいとの計画を説明すると、このように反問しました。
 
『文明のシステムを、日本の植民地は朝鮮半島に導入したではないか?スペインやアメリカは、日本のように本国と同じような教育システムを植民地に導入しなかった。当時の朝鮮半島の人々は文明のシステムを独自で導入するのに失敗した。日本の植民地なしで、あれほど早く文明の世界システムに入れただろうか?』
 
私はこの発言に怒りがこみ上げ懸命に反論しようとしたが、頭の中が真っ白になり感情だけが高ぶったのを覚えています。
そんな論文を書いたら、韓国に戻れなくなる!」と不安が一瞬よぎりました。
 
論文の相談をした別の経済学の教授は、
植民地化された国家の中で韓国と台湾ほど発展した国家はない。アメリカやイギリスの植民地で、台湾や韓国ほど発展した国があるか?』とまで言うのです。
 
私の不満そうな顔を見たローデン教授は次のようにも問いかけました。『日本の植民地支配を非難する韓国人の留学生が、自分の父は東京帝国大学出身であると自慢げに話した。これは、暗黙のうちに日本が導入した文明システムを評価していることになる。本来なら東京帝国大学を出た父親を非難すべきではないか?』
 
こう言われてみると、確かに東京帝国大学はもとより、京都大学、早稲田大学、慶應義塾大学を卒業したことを誇りにする韓国人は少なくないのです。

 引用元:
 
そんな論文を書いたら、韓国に戻れなくなる!
 
この発言が韓国の反日思想教育の深さ、深刻さをうかがわせます。
事実知ってもそれを書くことをゆるされない社会、それが韓国です。
 
いつか日韓の真実の歴史を書く勇気ある学者が出てくるかもしれないなどと期待してはいけません。勇気ある学者はすでに何人もおります。でもほとんどの方は韓国政府、韓国社会に潰されてしまうのです。
 
現在は帰化をして日本人になっている拓殖大学の呉善花教授もそういう勇気ある韓国人の学者でした。東京外語大学で学び日韓の真実の歴史を知ってその論文、著書など出版したところ、「反韓的」との烙印を押され韓国は彼女の入国(帰国)を拒否したのです。
 
日本では絶対に有り得ないことです。反日韓国人教授も、反日中国人も反日新聞社も自由すぎるほど活躍させるのが日本という平和な日本なのです。さらに、韓国在住中に韓国の捏造反日歴史を刷り込まれて帰国した超親韓ジャーナリスト青木某とかいう人も反政府報道活動を自由にしていますねえ。
日本ほど報道の自由の国はありません。
 
日本との歴史について真実を言うことも書くこともできない言論の自由のない韓国なのですが、ところが国境なき記者団」に言わせる「韓国の言論の自由は日本よりも上」なのだそうです。
(NHKを始めとする日本のメディアが盛んにありがたがっている「国境なき記者団」とはこの程度のいい加減な怪しい団体なのです。)
 
この韓国の女性研究者のショックなど大したことはありません。
百田尚樹さんが書いた「いまこそ、韓国に謝ろう」という本は彼女がショック死するかもしれないほどの日韓併合の事実が次々と出て来ます。
 
描かれている事実は、実は、韓国併合について多少なりとも知っている人々にはよく知られていることも多いのですが、著名人の百田尚樹さんが著したということが画期的と言いますかとても重要なのです。
 
日韓併合についての事実に興味のなかった日本人に是非読んでもらいたい本ですよね。
 
百田さん、土下座して韓国に謝り倒しています。
 
勝手に、近代医療を持ち込んで平均寿命を延ばしてすまんかった。
勝手に、学校をあちこちに建てて識字率を上げてすまんかった。
勝手に、丈夫な橋を半島のあちこちに架けてすまんかった。
勝手に、禿げ山に植林をしまくってすまんかった。
勝手に、頑丈で大きなダムを作ってすまんかった。
勝手に、要所に便利な駅舎を作ってすまんかった。
勝手に、半島のインフラ整備をしてすまんかった。
 
riroron評価1:
事実を克明に書かれてしまうと
韓国には反論の余地がなくなり可哀想!
 
riroron評価2:
「反日」で国をまとめている韓国にとって
非常に残酷な本!
 
 (以上、転記終了)

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文化帝国主義のリベラル派、糾弾❗
文化帝国主義のリベラル派、粉粉❗
文化帝国主義のリベラル派、殲滅❗

保守派の皆様、今後ともよろしくお願いいたします。 
 
連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、
力尽くさずして挫けることを拒否する。共に闘わん!
万国の保守派よ団結せよ~! 

Together we the conservatives will stand!
We also make Japan great again with Trump!
 
共に闘わん~!


【関連記事】
・国連は「主体」ではなく「舞台」です
:国連人権委員会の正体 国連は日本を非難しないと出世しない組織 (追補あり)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/281ecc781b65365010ebbc819dc71016
 
・濫用される「国際社会」という用語についての断想

・言論の自由を市民の手に取り戻せ
:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6
 
・<追補>ナショナリズムの祝祭としてのオリンピック
 ーー東京2020を朗らかに迎えるために
 
 
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・定義集-「歴史」
 
・平和主義とは何か--戦前の日本は 「軍国主義」だったのか?--
 
・戦後責任論の崩壊とナショナリズム批判の失速
 
・日本社会の「右傾化」を嘆き憤るリベラル派の怠慢と傲岸
 --マーケットが変化したのなら商品の方を変えなさい
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dda58e6b05976d6658553df6d20742f

 
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 【資料記事】
・橋下「慰安婦発言」批判の海外報道紹介--歪んだ論理の磁場の確認と
 その消磁化の契機として(1)~(9)
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3ca7d2069ecc186e18b3e237f852f4c0

・安倍総理の歴史認識を批判する海外報道紹介(1)~(12)+後記(上)(下)
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f62334487b7927827bed69dd74021987
 
・英語教材として読む安倍談話(英文全文)-【前口上―本編―余滴】

 
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日本のリベラル派の言論の中では、「右傾化」とか「前のめり」とか、「偏狭なナショナリズム」とか「政治的中立」等々の意味不明の言葉が流布しているようです。蓋し、朝日新聞の社説を見ればこれらの指示対象を欠く<詩的言語>の展示即売会状態。そして、例えば、安倍政権の右傾化を危惧する朝日新聞元主筆の若宮啓文氏も、毎日新聞特別顧問だった岩見隆夫氏との対談(「論争対談・憲法改正は是か非か」中央公論 2013年 4月号所収)の中で、岩見氏に「右傾化ってなんですか」と聞かれて、それがはっきりした意味を持っていないことを認めていますものね(笑)。そして、最後には「右傾化とか、右翼と左翼という区別にあまり意味はない」(p.85)と口走っている(爆)。 

・日本社会の「右傾化」を嘆き憤るリベラル派の怠慢と傲岸
 --マーケットが変化したのなら商品の方を変えなさい
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dda58e6b05976d6658553df6d20742f 

・歴史修正主義を批判するリベラル派の知性の貧困
 --占領憲法をガダラの豚にしましょう
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2ffba4995d2eb09dd748dd083b09e224 

ならば、リベラル派は、例えば、集団的自衛権の政府解釈見直しとか、憲法改正、河野談話および村山談話の見直しとか、首相の靖国神社参拝、公立学校での日の丸・君が代の尊重等々のポレミックなイシューで自分達の主張と反対の動きに便宜的に「右傾化」というレッテルを貼ってるだけということ、鴨。ならば、この言葉、「AKB化」とか「裏千家風」とか、なんでもいいんじゃないんでしょうかね。

而して、本稿はこのような<言葉>に対する問題関心を軸にして、オリンピックとナショナリズムを巡る関係を一瞥するものです。というのも、日本では、いまだに、「ダルビッシュ投手は、・・・日の丸の重みになど負けず、ボールを言語として野球というスポーツを戦おうとしている。日の丸はただチームの象徴であるだけだ」(朝日新聞・2008年8月12日)とか「五輪憲章に「オリンピック競技大会は個人種目または団体種目での選手間の競争であり国家間の競争ではない」と規定されている。・・・五輪で国は深い意味合いを持たない」(朝日新聞・2010年2月24日)などという無知蒙昧の反日リベラルの言説が堂々と全国紙の紙面に掲載されているから。

敷衍します。確かに、『オリンピック憲章:Olympic Charter』(2010年2月11日版)の(Ⅰ章6-1)には、「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」(The Olympic Games are competitions between athletes in individual or team events and not between countries. )と書いてあります。では、なぜ、無知蒙昧とまで書くのか。

はい、それは--論証は下記拙稿をご参照いただきたいのですけれど--、五輪憲章においてさえ「五輪で国は深い意味合いを持たない」ということは全くの間違いだからです。きっぱり。

蓋し、オリンピックは民間の法人(IOC)が勧進元として運営する大会、よって、土台、オリンピックが国家を代表する選手で運営されることはないのです。けれども、オリンピックの出場選手は各国のオリンピック委員会(NOC)が選択した選手に限られており、また、NOCと国との関係は五輪憲章上からも不可分というか表裏一体のものということ(Ⅳ章27, 30, V章II-40, 41)。よって、この「五輪と国」の関係を巡る現象はオリンピックやサッカーワールドカップを契機にして「ナショナリズム」を政策的に高揚させる国もあれば、それほどでもないかなーという国もあるという、程度問題にすぎないのだと思います。 

・決定! 東京オリンピック2020--
 筋違いの<五輪幻想>から解脱して素直に喜びませんか(上)~(下)
 (中の後半から下で「五輪と国」の位置づけについて詳述しています)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/fa85b8d450d4bd78e80bbfac862f7fb6 

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いきなり結論に行きます。蓋し、(ⅰ)オリンピックをどう位置づけるかは五輪憲章などに拘束される筋合いはなく、各国、各人の自由であるということ。ならば、五輪憲章に「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と書いてあろうが、あるタイプの国が--例えば、支那とか韓国とか北朝鮮のような国が--オリンピックやサッカーワールドカップを契機にして「ナショナリズム」を政策的に高揚させることは悪趣味としても自由であり、また、あるタイプの国では--例えば、日本や米国や英国では--その国民が「ナショナリズム」を満喫する、すなわち、ある種のカタルシスとアイデンティティの確認を国民総出で体験する--時空をまたぐ<行く年来る年→速攻の初詣>ともいうべき--イベントとしてこのスポーツコンテンツを消費するのも自由であろうということ。

而して、「ナショナリズム」とは何か。

と、そんな大仰な議論はここでは割愛して--逃げるわけじゃなかです。詳細は下記拙稿をご参照ください、眠たくなるのはほぼ確実でしょうけど(泣笑)--、(ⅱ)オリンピックやサッカーワールドカップという契機を通して消費される「ナショナリズム」とは、文字通り、「国民国家-主権国家」に憑依するものであり、厳密に言えば、エスニシティ―に憑依するものではないということ。

ならば、(ⅲ)エスニシティ―とは異なり極めて歴史的に特殊な観念表象である<国民>が、そう自然な存在ではなく人工的なものであるとすれば、その<国民>を社会統合することが「国民国家-主権国家」の最大級のタスクであると考える場合、オリンピックやサッカーワールドカップを利用するか借用するかの差は置いておくとしても、オリンピックやサッカーワールドカップという<場>が「ナショナリズム」の祝祭になることはなんら問題ではない。と、そう私は考えます。
 
畢竟、オリンピックやサッカーワールドカップは<戦争>なのです。ならば、<戦時国際法>を順守する限り、オリンピックやサッカーワールドカップなどはなんでもありの世界である。だから、ノーベル平和賞とかに公平性や普遍性をなにがしか期待する以上に、究極のところ、オリンピックやサッカーワールドカップに公平性などを期待するのは愚かなことだ。と、そう私は思います。

而して、英国の平和主義者、ジョン・ラスキン(John Ruskin;1819年-1900年)が喝破した如く、「戦争はすべての技術の基礎なのだ。というのも、戦争が人間のあらゆる高い徳と能力の礎だという意味でもある。この発見は、私にとって何とも奇妙で、非常に怖ろしいことだったが、けっして否定出来ない事実に思えた・・・。簡単にいえば、偉大な国民はみな、その言葉と真実と思想の力を戦争で学ぶこと、戦争に養われ平和に消耗させられること、戦争に教えられ平和に欺かれること、戦争に鍛えられ平和に裏切られること、要するに戦争で生まれ、平和で息を引き取ることがわかった」という認識。

よって、戦争を直視すること、すなわち、戦争を含む非常事態が惹起する恒常的蓋然性から目を背けるべきではなく、それに常に備えるべきなのだという認識がそう満更間違いではないとすれば。「国民国家-主権国家」とその<国民>は、オリンピックやサッカーワールドカップという<戦争>に真面目に取り組まねばならない、とも。

(ⅰ)オリンピックやサッカーワールドカップをどう位置づけるかは見る側の自由である
(ⅱ)「ナショナリズム」とは「国民国家-主権国家」単位に成立する観念表象である
(ⅲ)オリンピックやサッカーワールドカップが「ナショナリズム」の祝祭なのは当然である

・「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(1)~(6)
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11146780998.html

・天皇制と国民主権は矛盾するか(上)~(下)
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11136660418.html

・国家神道は政教分離原則に言う<宗教>ではない
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/e9bd71b8e89b78acebe2041a11217ee4

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オリンピックやサッカーワールドカップを巡ってリベラル派は何を危惧しているのか。リベラル派になったことは一度もないので想像するしかありませんけれど、それは、おそらく、「国民国家-主権国家」を超える<地球市民>という彼等の諸々の主張を支えるイメージがそれらのイベントコンテンツを通して、ますます、その神通力を失うことなの、鴨。と、そう感じます。

敷衍すれば、グローバル化の時代、ある「国民国家-主権国家」が果たせる行政サービスの領域や能力は逓減している、そして、だからこそ、「国民国家-主権国家」の必須のタスクたる<国民>の社会統合における「国民国家-主権国家」への期待は大きくなってきた。こんなパラドキシカルな状況を前に、「国民国家-主権国家」も<国民>も、リベラル派が喧伝してきた<地球市民>なるものからますます離れ、<ナショナル>なものに向かうことに彼等は茫然自失しているの、鴨。まー、想像ですけどね。

蓋し、ナショナリズムとは元来、多様な民族を百花繚乱的に包摂していたより普遍的な--ある意味、一個の宇宙とでも言うべき--<帝国>が解体した後、それの民族よりは同質性の高い--言語・文化、歴史認識において同質性の高い--幾つかの民族を囲い込むための<政治的神話>だったのだと思います。

だってね、英国のスコットランドとか、スペインのバスクとか、あるいは、アイヌの方とか沖縄の人とかを想起するまでもなく、あのー、九州や関西と神奈川や山形ではね、お餅や味噌だけでなく、結婚の際の新居の準備を新郎新婦のどちら側が負担するかさえルールが違いますから。つまり、ナショナリズムを、アーネスト・ゲルナーの言う如く「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」と定義するとしても、その「民族的単位」には幾分の多様性はあるということ。


而して、重要なことは、はっきり言えば<嘘>である、<日本国民>や<フランス国民>の一体性や等質性なる<政治的神話>は、しかし、グローバル化の中で資本主義の暴力と、あるいは、東アジア地域における特定アジア諸国の脅威にさらされている日本国民を想起すれば自明なように、現在の人類史においては人々にとって<役に立つ嘘>であるということ。そして、繰り返しになりますけれど、だからこそ、その<嘘>の効果を維持強化することは冗談抜きに重要な国家のタスクであり、ならば、その国民がオリンピックやサッカーワールドカップを契機にナショナリズムを満喫することに反日リベラルはいちゃもんつけるんじゃねぇー! と、そう私は思います。

畢竟、<国民>の権利と<外国人>の権利が異なるのは当然なのです。ただし、オールオアナッシングではなく当然に<外国人>に認められる権利は存在する。よって、問題は正当な<外国人>の権利の侵害であり、それは実は、ナショナリズムとは無関係。なぜならば、権利の正当性を決めるものはナショナリズムに底礎された憲法秩序でしかないからです。

而して、所謂「ヘイトスピーチ」を規制する立法というものは、実は、あたかもメシアの出現を待ち望むかの如く、<地球市民>なるものの到来を指折り数えて待っている日本独特のリベラル派の色彩よりも、間違いなく、些か多様な人々を「国民国家-主権国家」につなぎとめる極めてナショナリズムの色彩が濃厚なものでしょう。ならば、<国家>に対する<国民>の社会統合のパフォーマンスが、そんな立法が必要な欧州各国程にはお粗末ではない日本ではそんな--表現の自由を表現内容を基準に一律に規制するなどという、英米の憲法訴訟論の見地からはほとんど<ナチス>や<スターリン>や<毛沢東>ものの--立法は不要。

そして、「偏狭なナショナリズム」なる指示対象のない意味不明の言葉で語られる事象に、本当に何か社会的に解決すべき問題があるとすれば、その行為者の行動を個別に批判すればよい。畢竟、「偏狭なナショナリズム」なり「偏狭なAKB48」なりの意味不明の言葉で、十羽一絡げ的に「ナショナリズム」自体に問題があるとするリベラル派の言説は論理的にも思想的にも破綻している。と、そう私は考えます。 

・愛国心-郷土愛:”祖国とは・・・・” (追補あり)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a4da343e2d1afbc46cb8b7a6ef480312

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大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
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