tanigawakifu



サテライトの思想的可能性。サテライトは日本と教育をどう変え、教育と世界はサテライトをどう遇するか。「サテライト」(衛星放送を使用した講義配信)の本質と意義はどのようなものなのか。

「サテライト講座」は人工衛星を使った教育番組である。
「サテライト講座」は衛星放送される教育番組にすぎない。


総ての虚飾を剥ぎ取る時、Jリーグのサポーターは私設応援団に過ぎず、国家なるものは共同の幻想に過ぎないとするならば、サテライト教育システムはもう1つの教育テレビでしかあるまい。

少し前に、「冷蔵庫、電気なければただの箱」という、家電メーカーのTVコマーシャルがあった。しかし、逆にただの箱は冷蔵庫ではない。否! 冷蔵庫が単なる冷却装置付きの箱であるとしても、それは大仰に言えば「人類の食文化」を変えたのである。

一方、今流行のJリーグやアメリカのメジャーリーグでは、新しい言葉を使うことで、なんの変哲もない事柄を全く新しいものに感じさせるという魔術を使っている。曰く、サポーター、チェアマンそしてサテライト。片や、クローザーやセットアッパー。これらはどう見ても、私設応援団や財団法人の専務理事、そして、二軍の選手組織や抑え投手と中継ぎ投手でしかあるまい。昔、誰かが「国家とは共同の幻想」と言ったけれど、言葉とは便利で怖いものだ。

冷蔵庫はただの箱ではない。それは自動車が単なるエンジン(内燃機関)付きの大八車や人力車ではないことと同じである。自動車や冷蔵庫はただの箱や人力車が持っていない機能を備えているし、繰り返しを怖れず言えば、人々の生活様式を(人間の文化や人類の歴史自体を、)変えたのだから。故に、「サテライト」がただの「遠隔講義」に過ぎないのか否かは、その付加機能と文化や歴史への影響力の二者に懸かっているのではないだろうか?

そして、この両者から衛星放送による教育プログラムを眺めてみることで、「遠隔講義」というかディスタンスエデュケーションが情報通信技術(Information Technology)の支配する次のディケードでどのような可能性を持ちうるのかを究明できるかもしれない。



サテライトは、同時性と放送内容の合目的性及び国際性を特徴として持つ。そして、ある意味での相互性と同時代性とが更にその三者のコロラリー(派生的な性質)として成立する。放送は、送り手と受け手の同時存在を前提にするし、更に、「サテライト」は海を越えた同時存在を受け手に意識せしめようから。

私の言うサテライトの三つの特徴、即ち、(1)放送の発信者と受信者の同時存在性、(2)放送内容の合目的性、及び、(3)放送の国際的な受信・発信の可能性、に関して、これらの一つ一つを保有するメディアはサテライト以前にも存在した。

同時性はTVやラディオの総ての番組が具現している。高校や大学教育に焦点を当てたコンテンツも、CATVを使用したものは米国ではごく普通の存在である。三番目の国際性については、CNN等の「衛星放送」の総てがそうではないか。しかし、三性質の結合は今の所「サテライト」だけの特徴と言えると思う。勿論、これはサテライトシステムと言うべきであって、個別河合塾や代々木ゼミナール、東進のサテライトが今後、この特徴をメリットとして享受し続けていくためには多くの工夫と努力が必要であろうけれども。このことをもう少しきちんと吟味してみよう。



同時性は言葉を越えるものを伝える能力をメディアに与える。講師の表情や衣服の色や形、
言葉使い・・・、これらの言わば全人格的なものをメディアは受け手に伝える。否! 伝わってしまう。昔、マクルーハンがTVの持つ機能の一つとしてこれと同じことを言ったが、重要なことはアイドルタレント並に肥大した人気講師の影響力ではなく、リスナーやオーゥディエンスは、ディスプレーに映っている者も偉そうにはしているが普通の一人の人間であることを感じてしまうことである。

将棋や囲碁の世界でも、京都あたりの哲学研究者のコミュニティーでも、「師匠」は普通、弟子に言葉ではほとんど教えないらしい。しかし、弟子は師匠との全人格的な交わり(言葉によらない情報のやりとり)のプロセスを経てのみ<プロ>になっていく。現代のように高度な情報化社会での人と人の交わりでは、この言葉を越えるコミュニケーションこそが逆説的ではあるが最も重要になるのかもしれない。

内容の合目的性。これは、サテライトのソフトが受験と言う切り口を通した限定的なものとしても、日本の学術の一応の水準を踏まえていることに発する。そして、科学の領域で国境が一応消失している現在、それは世界の学術水準と言ってもよい。まさか学術の最前線ではないとしても、そこからの報告を聞くことは視聴者に「同時代」に生きていることを痛切に自覚させないではおくまい。

更に、受験と言う競争の是非は別論としても、サテライトの視聴者は自分が日本社会や日本がなにがしかの役割を果たす国際舞台で生きていると言う意識を持つことは確かであろう。ここにも「同時代」への契機がある。

リスナーやオーゥディエンスは、教養か娯楽や受験か資格かにその内容を絞り込んでいない多くの番組と異なり、その内容と目的がより絞り込まれているが故に、自身が学術の現在の水準と日本社会の競争の中にいることを痛感する。これは、エキサイティングなことである! 今流行っている、高校や中学の入試問題から題材を選んだクイズ番組と比べられないくらいエキサイティングではないか!

国際性とは何か? これは現在においては同時性と相補的であり、自分が世界の中の日本やその日本の番組を聞いている非日本人であることをリスナーやオーゥディエンスが感じるということである。勿論、海外においてさえも日本流の「受験」を持ち込むことの当否や是非は別に論じられるべきではあろう。しかし、現実はもっと先に進んでいるのではなかろうか?

子供達や素人の感性、本物と偽者を見分け嗅ぎ分ける力、を馬鹿にしてはいけない。しょうもない講師や講義は淘汰されるし、「受験体制」自体のしょうもなささえもなし崩し的に変容させられている。現在の大検受験者の増大や海外留学志望者の増加はその証左であろう。ある意味では、子供だましの「受験体制や学歴秩序」の崩壊と、その後に来る世界規模の競争の激化を固定観念としがらみのない素人は専門家や業界人よりも鋭く速く感じ取っているのかもしれない。



サテライトは現代に何を提案しているのだろうか? サテライトの文化と歴史への貢献は何か? それは、徹頭徹尾、サテライトの特徴である、同時性、合目的的性、及び国際性と表裏一体のものでしかあるまい。ならば、サテライトの問題提起は、結局、受験と言っても科学や学問と言っても、それらは所詮人間のやっていることだと言うこと。そして、自分は日本人(や、日本の番組を聞いている非日本人)であることを意識させることに他なるまい。この二つのことを自分の目で見て体得する若い世代を養成することこそサテライトの貢献の一つであることは間違いない。

サテライトはリスナーやオーゥディエンスに他者とのコミュニケーションの大切さとその方法を示唆する。サテライトは人気講師をアイドルにするにとどまらず、総ての講師を単なる偶像にさえする。しかも、サテライトは評価を講師の編成と内容の質にフィードバックするから、3ヶ月~1年間の時間軸の上では、リスナーやオーゥディエンスの評価は送り手に反映される。このことは、政治や文化やビジネスの世界、つまり人間が構成する社会や世間の本質をオーゥディエンスやリスナーが身体で知ることに連なるのではなかろうか? これがサテライトの属性としての「相互性」である。

そして、人と人とのコミュニケーションにおける相互性の体得は、文字通りの国際人、根無し草ではないインターナショナルに活躍できる日本人としての資質であり、これからの日本人(または、非日本人)が国際人でしかありえないことの自覚をサテライトが促すと私は考えている。

本当を言うとサテライトがどんな文化をこれからの日本と世界にもたらすのか送り手も確かな所はわからない。しかし、それは今の受け手の成長によって確実に具現化していくものであろう。サテライトはただの箱ではない。

tanigawameijin


<解題>
この記事は、1994年の夏、河合塾の依頼を受けてその広報誌のために書いた記事です。今から14年前の文章。サテライトシステムどころか、e-ラーニングが一般的になり、むしろ、曲がり角にきている徴候さえ見える現在からは内容的な古さは隠せないと思います。

インターネットが日本で普及する直前の時期に書かれた文章。本編のキーワードとして使った、「相互性」や「同時性」なども「インタラクティブ」や「同期性」という用語で現在は一般的になっている。ならば、今、「衛星放送型通信教育」を俎上に載せるのなら、e-ラーニング(ネット)の特性である、オンディマンドや自己組織性とサテライトの特性である「大量同時伝達」との差異を補助線にして書きなおすべきだと自分でも考えています。

では、なぜ、2008年の初夏にこれを敢えてアップロードすることにしたのか。それは、サテライトシステムとe-ラーニングを含むIT化された遠隔授業(IT-based distance education:それは、コスト的観点からヒューマンタッチを極小化する誘惑をコンテンツとサーヴィスの提供側に仕掛ける「教育」の形態なのですが、それら)に共通する可能性と危うさをこの記事は原初的ではあるが、逆に、だからこそ原理的に捉えているのかもしれないと思うからです。

いずれにせよ、この14年間のこの社会と教育の変化を念頭に置いた上で、この国の教育改革の方途についてこれを読んでいただいた皆さんが何か考える契機になればよい。そうであれば本当に嬉しいし、14年前の記事を掲載した目的は100%達成されたと言えると思います。尚、教育が立ち向かっている日本人と日本社会の現状に関する私の基本的な理解に関してはとりあえず下記拙稿をご参照下さい。



仕事にありつけない若者? 能力が低いだけだよ
 
日本再生の鍵は公教育からの日本の解放である
 
なぜ日本人は働かなくなったのか:労働観の変遷とその底流
 
就職活動で失敗しないための思考の基礎技術
 
無能な指導者と指導者の無能
-開発されるべき日本人の能力とはどのようなものだろうか?
 

コミュニケーションの不全とリーダーの不在
 



(2008年5月25日:yahoo版にアップロード)

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gokusen


今日の読売新聞に「文部科学省「教員25000人増」の方針を決定」という記事が掲載されていました。理数系の少人数授業に対応するための教員増、ならびに、小学校の英語専任教師の手当を行なうとか。もちろん、教育は国家の一大事業であり、それが必要であれば手厚い予算措置を行なうことは当然のことであろうと思います。けれども、しかし、教員増の前に、そして、教員増と同時に行なうべきことがあるのではないか。以下、読売新聞の記事紹介。

●教員2万5000人増
 小学英語や少人数指導 文科省、5年で


改正教育基本法に基づき、戦後初めて策定される「教育振興基本計画」の文部科学省原案に、教職員定数の2万5000人増員が盛り込まれることが22日、明らかになった。2011年度から始まる小学校英語の専門教師に約2400人、理数系を中心とした少人数指導の要員に約8800人をあてるなどとしている。来月早々の同計画の閣議決定を目指している文科省は、この原案をもとに省庁間の調整に入るが、具体的な増員数を掲げることに財務省が強く反対しており、今後の展開が注目される。

同計画は今年度から5年間の政府の教育施策の目標を定めたもの。中央教育審議会の先月の答申では、国の財政事情に配慮して財政上の数値目標を盛り込まなかったことから自民党文教族議員らを中心に反発が広がり、文科省は、原案に国の教育支出額の目標として「国内総生産(GDP)の5%」を掲げることに加え、新たに教職員の増員数も明記することを決めた。

現在の教職員数は約70万人。行革推進法が10年度まで「児童生徒の減少を上回る割合での教職員の純減」を定めていることを受け、新学習指導要領が小学校で実施される11年度以降の2年間で実現することを目指す。内訳は、小学校英語の専門教師や少人数指導の要員のほか、新指導要領で授業時間が増えることに対応するため、小学校で11年度に約1万人、中学では12年度に約3300人を増やす。

国の教育支出額は現在、GDPの3・5%の約17・2兆円。5%とした際の増額分約7兆円について、文科省は、教職員の増員など小中高校教育に約2・8兆円、大学教育に約3・5兆円を振り分けたい考え。

現場の負担軽減
文部科学省が教育振興基本計画の原案に、教職員の増員数を明記したのは、教育現場からの強い要望を受けたものだ。「ゆとり教育」からの転換を図る新学習指導要領では、授業時間やカリキュラムが大幅に増える。現場の負担を軽減する具体案を示した点で大きな意味がある。

ただ、国の教育支出額をGDP比5%まで引き上げるには約7兆円が必要。この金額は消費税約3%分にあたる。「教育立国」を目指すには、GDP比5%がぜひとも必要だという根拠を国民に分かりやすく説明することも必要だろう。

国の財政事情への配慮と教育への投資を二者択一の議論にしてはならない。この国の将来を考えるなら、政府として大胆な決断も必要だ。(村井正美:読売新聞:2008年5月23日 )



蓋し、あたかも「穴の開いたバケツ」で水を汲むような愚は避けるべきこと。そして、既存の公教育が想定する「あるべき教育」自体のイメージがすでに現下の日本を取り巻く状況に対応していないのではないかということ。

つまり、日教組・全教などの「教育を放棄した教育者」あるいは「教育を妨害する教育者」が学校現場に巣食う現状での「教員増員」は、極論すれば、盗人に追い銭を与える愚策でしょう。少なくとも、それは「穴の開いたバケツ」では汲める水の量が限られているからといって、「今までの規定では8分目まで入れていた水をこれからはバケツ満杯でもOKにしよう。ただ、運ぶのには少し注意と伎倆を要するようになるけどね」と言うのに等しい。要は、この施策は、国民の税負担を増やすことで「バケツに開いた穴=日教組・全教の教師」の弊害を糊塗しようとするものでしかない。

また、「number one ではなく only one の子供を育てる」「自分発見の旅としての公教育」など(おそらく、それ自体には誰も反対しない)公教育が育成すべき子供達のイメージに関しては百家争鳴ではあるが、具体的な How toが決定的に欠けており、而して、既存の公教育が実現すべき「あるべき教育」のそれらのイメージは現下の日本を取り巻く状況に拮抗し得ていない。これは子供達にとっては、「個性的であれ」「クリエーティブであれ」と発破をかけられるだけで、そうなるための具体的なHow to が提示されていないことを意味する。ならば、このような「あるべき教育」のイメージを巡る百家争鳴は、私に言わせれば、結局、無意味で非生産的な学校制度いじりに終わるのは火を見るより明かです。

尚、この「日本の教育再生のために必要な教員の質と量」というイシューについての私達の基本的な考えについては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。日本の子供達のために、各自お互いに自分の持ち場で微力を尽くしましょう。

共に闘わん!



OECD諸国中最低水準の教育に対する日本の公財政支出は問題か
 
教員の質☆「感情ではなくデータ」で語りましょう佐久間亜紀さん
 
教育現場の待遇が良くなれば優秀な人材が確保できる?
 

砂上楼閣のゆとり教育と総合学習の蹉跌
 

ALT(外国語指導助手)は必要でしょうか?
 
小学校からの英語は必要か
 

国際化の時代だからこそ英語教育への過大な期待はやめませよう
 
企業内英語研修の<窓>から覗く国際化の波高し
 
「英語ができるとどんなことができる?」をgabaの広告を通して考える
 


(2008年5月23日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 教育問題
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kinggidora


日本は大国だった。こう書くと、リベラル派からは「国粋馬鹿右翼」かと疑われ、他方、保守派からは「自虐的」とお叱りを受けるかもしれません。しかし、米英仏露と肩を並べる戦前の「5大国の一つとしての日本」とか、戦後の「世界第2位の経済大国日本」とかのいささか西欧中心主義風の美称ではなく、100年前の日本は人口的にも文字通り世界の大国でした(★)。

★註:人口大国日本
世界人口は1750年には8億人、1900年には16億人。而して、日本は1750年に2300万人、そして、1900年には9300万人の人口を擁していた(これは1750年と1900年の世界人口の2.9%と5.8%:現在の世界人口66億人(2007年7月現在の推計)に当てはめればそれは各々1億9000万人と3億8300万人)。 有史以来の人口大国支那でさえ、人口が1億の大台を越えたのは清朝中期の1720年頃で1833年には4億人の戸籍が残っており、1900年の人口は推計4億2000万人程度。約100年前には日本と支那の人口比は「1:4.5」にすぎず、しかも、支那と日本の両国で世界人口の三分の一近くを占めていたことになる。


このような事実を想起する時、現在、日本の人口は世界人口の1.8%足らず、支那と日本の人口比は「1:10.7」でしかないのに、日本語が世界の言語の中でその母語話者数では堂々の第9位とトップテン入りしているのも頷けるというもの。つまり、(研究者によって説は分かれるにせよ)世界に4000から7000あるとされる言語の中で、日本語は日本と言う歴史的な人口大国の言葉として分裂することなく遅くとも縄文時代末から基本的にはそのアイデンティティーを保って現在に至っているということなのです。

参照:世界の言語勢力
http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/worldlang.html


◆日本語の地位の低下と大国日本の黄昏
世界における日本語の地位は、しかし、この半世紀の間、マクロ的には下落の一途です。その現実は直視しなければならないでしょう。それは、最大の母語話者数を誇る漢語(北京語+広東語+上海語・・・)が、公用語人口ランキングでは英語の後塵を拝して2位に甘んじていること、しかも、母語話者の数では漢語の三分の一のスケールにすぎない英語に「14億人 Vs 10億人」と大差をつけられての2位にあることと同じ現象。

畢竟、その言語教育ビジネスのマーケットサイズや他の言語に比べた場合の情報伝達コスト。逆に言えば、同じコストをかけた場合の情報伝達パフォーマンスの高低、加えて、価値の高い情報の流通に占める割合を比較した場合、英語と漢語では英語の方が遥かに優っているということ。まして、このような実利的観点からは、日本語の地位は英語などは言うに及ばず、どう贔屓目に見ても漢語・アラビア語・スペイン語よりも下だと言わざるをえない(実際、年間延べ5千万人が利用している、Writing Testの自動評価ソフトでは世界の最大手、Vantage Laboratories社は英語の他に商品化を手がけているWriting Evaluationソフトの言語は漢語・アラビア語・スペイン語であり、日本語・ドイツ語・フランス語のソフトは計画さえないとのこと)。

けれども、日本語がその母語話者の数からもいまだに世界有数の言語であること。世界で最初の詩歌のアンソロジー『万葉集』と世界で最初の長編小説『源氏物語』が書かれた栄ある言語だということ。また、現在、自然科学でも社会科学でも世界の最先端の知識をその言葉だけで伝達できる数少ない(おそらく、英仏独露伊西以外では唯一の)言語であること。そのような日本語が母語であることを我々は誇っていいと思います。

しかし、極めて近い将来において日本語以外の言葉で「家族でも友達でもない赤の他人と継続的に競争したり協力できる」日本人の比率がある程度増えなければ(例えば、受験者平均ではなく国民の英語力の平均がドイツ並みのTOEIC730点程度になるのでなければ)、経済的と政治的のみならず、文化的や社会的な国際競争の戦線でも日本が劣勢を強いられることはまず間違いないだろう。そう私は考えています。頑張れ日本!


◆高等教育の漂流に見る瀬戸際の日本
日本の初等中等教育は明治の終わりまでには世界の最高水準に達していた。世界の教育学者から 注目されている江戸期の「寺子屋システム」と「藩校」の蓄積の上に日本の近代教育は構築されました(★)。凄いぞ日本!

★註:輝かしい日本の初等中等教育
明治5年(1872年)の学制公布。同19年(1886年)保護者の就学義務を規定する小学校令公布、 そして、地方自治体の学校設置義務が導入された第2次小学校令の公布が明治23年(1890年)。 ここに至って日本の義務教育制度は名実共に確立。

而して、明治33(1900年)、義務教育の無償制を謳った第3次小学校令の施行を見るにおよび、その2年後の明治35年(1902年)には日本の義務教育就学率は92%に達したのです。事情は各国様々であり単純な比較は無意味なのですが、欧米一般の義務教育制度のパフォーマンスが(特に アメリカのそれが)日本の1902年の水準に達したのは、実に、第二次世界大戦後もかなり経ってのことでした。



他方、高等教育、就中、大学教育の面では日米の形勢は異なる。アメリカの建国は1776年、それに対して1636年創立のハーバード大学を始めアメリカには独立前の植民地時代に創立された大学が9つもある。畢竟、アメリカの大学はアメリカ合衆国に先んじて成立したのであり、明治維新(1867年)の後に始めて近代的な大学組織が作られた日本とは文字通り格が違う。

参照:アメリカ建国より古いアメリカの9大学
http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/americanu.html

日本では、それまで徳川幕府の蘭学講習所であった開成学校が大学(現在の東京大学)になった(1868年)のに引き続き、帝国大学令に基づいて地方ごとに国立大学(=旧帝国大学)が設置され(1886年)、 他方、それまで「専門学校」扱いでしかなかった私立学校も大学令(1918年)により「大学組織」に再編される。つまり、法律的には早稲田も慶応も、同志社も関西大学も大学としては90年足らずの歴史しか持っていないのです。

更に、(そのエリート主義には賛否あるものの)一つの理想的な「学びの場」だったとして現在でも好意的に評されることの多い旧制高校も、手厚い外国語教授と現在のフランスのリセの如き「哲学」重視の姿勢は賞賛に値するものの、層としてのエリート階層の育成に適した制度ではなく、また、実学スキルの修練に薄く、かつ、日本人とは異なる文化的背景を持つ人々と(例えば、欧米や支那・韓国等の特定アジアの人々と)根拠を提示しながら論理的に粘り強く交渉して自己の目的を達成できるような異文化対応能力の練成には決定的な弱点を抱えていたと思います。

而して、戦後の大学が「大衆化」には見事に成功したものの、高等教育機関としては実学スキルの習得に無関心な戦前スタイルを踏襲しつつ、単に戦前の高等教育制度のメリットを放棄した「空洞」にすぎないことは言うまでもないでしょう。蓋し、日本の高等教育は戦後一貫して危機的状況にあったのですが、グローバル化の進行とともに(加えて、日本社会の最も誇るべきintangible assetsの一つであった初等中等教育の壊滅とともに)そのシャビーなパフォーマンスが白日の下に曝されるようになった。日本の教育の現状を私はそう認識しています。


けれども、アメリカの大学とてその草創期以来順風満帆の歩みをしてきたわけではない。植民地時代に創立されたアメリカの大学は、ほとんど例外なくキリスト教聖職者の育成、および、 ラテン語・ギリシア語・哲学・修辞学・論理学に象徴されるヨーロッパ的な教養の北米における継承をその目的にしたものでした。この状況を一変させ、現在に至る実学志向の米国式大学を産み出す遠因となったのが一人の人物の教育にかける情熱と一つの判決でした。

その人物とはThomas Jefferson その人であり、アメリカの高等教育を一変させた判決とは、私立大学の運営への州政府の介入を厳しく制限した「ダートマス判決:Dartmouth Case」です。ジェファーソンは(独立宣言の起草者にしてアメリカ合衆国第三代大統領は)University of Virginia(UVA)の創立者でもある。1820年前後に成立したUVAは、アメリカにおける最初の州立大学であり、それまでの聖書と西欧的教養一色だったアメリカの大学キャンパス風景を実学志向の実践的な教育機関に再編する嚆矢となりました。

時あたかも1819年のDartmouth Caseによって、「政府は(州政府 のこと。ましていわんや連邦政府においておや!)一切私立大学の運営に容喙してはならない」というルールが打ち立てられた翌年。Dartmouth Caseによって州の発展に貢献できる人材育成は州立大学の創設によって全うするしかなくなった諸州に対してUVAは明確かつ具体的なオルタナティブを提供したのです。流石、ジェファーソン翁。現在の米国2ドル紙幣札にその肖像が描かれているのも蓋し当然と言うべきでしょう。

加えて、アメリカの大学の実学志向を決定的にしたのが南北戦争とリンカーン合衆国第16代大統領。リンカーン率いる共和党政権は、南北戦争中の1862年6月にモリル・ランドグラント法 (Morrill Land Grant Act)を成立させ、「農学、軍事学及び工学を教える高等教育機関を設置するために、連邦政府所有の土地を州政府に供与する」ことを決定。University of California, University of Illinois, Cornell University, University of Wisconsin等々、この「土地供与」によって成立した大学をランドグラント大学(land-grant university)と 呼びますが、それらには南北戦争で疲弊した国土と荒廃した人心を再建再統合するエリート層育成の役割が期待されたのであり、而して、上に掲げた大学名を見るならばランドグラント大学がアメリカ社会からのこの期待に見事に応えたと評価されているのも頷けるというものでしょう。

参照:One of Land Grand Universities の功績
http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/landgrandu.html



◆結語-キングギドラ戦略
歴史の話が長くなりましたが、これらのエピソードを通して何を私は言いたいのか。それはアメリカにおいても高等教育の社会的使命の確定とその使命に適う制度構築の試行錯誤が積み重ねられたということ。蓋し、このようなアメリカの大学と比べる時、戦前の日本の高等教育が果たしていた、極めて少数の医師・研究者・法曹を除けば、これまた僅かな国家の高級官吏や大企業の経営管理者の養成という機能。しかも、上で述べた如く(今も根強い「旧制高校讃歌」の声とは裏腹に)かなり限定的で歪な人材育成しかできなかった経験しか持たない日本の高等教育は、経済・軍事・外交・文化のあらゆる部面で一層激しさをましている国際競争を鑑みるならば極めて憂慮すべき状況にあると言わざるを得ないと思います。

同志社大学の創設者・新島襄先生の言葉を借りれば「 一国を維持するは、決して二三英雄の力に非ず、実に一国を組織する教養あり、智識あり、品行ある人民の力に拠らざる可からず」でありましょう。蓋し、あらゆる競争が相互に密接に関連しており、よって、あらゆる競争が総力戦の様相を呈している現下のグローバル化の進行する世界では益々「層としてのエリート育成」の重要性は高まっている。

参照:同志社大学設立の趣旨-1888年
http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/doshishastatement.html

それは「燃えない火」や「真実を報道する朝日新聞」と同じく形容矛盾ではありますが、(学力を基盤とする専門知識でもって社会に貢献することで自己実現しようというタイプの)「全国民をエリートとして育成する高等教育」こそ日本が国際競争力を維持強化するための必須の課題でないはずがない。

而して、(1)高等教育の確立、(2)その前提条件としての初等中等教育における基礎基本と礼儀作法、ならびに、日本人としてのアイデンティティーを涵養すること。加えて、(3)国民の過半が十分なる英語運用能力を獲得すること。これら三位一体の「キングギドラ」的の改革を実現できないようなら日本の将来はかなり危うい。そう私は考えています。





(2008年5月22日:yahoo版にアップロード)

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readseawithchina


支那は世界最大の不安定要因。その止まるところを知らない軍拡の推進、凄まじい環境破壊、チベットや東トルキスタンにおける「民族浄化」的な人権侵害、軍艦と人民元を駆って世界中で繰り広げている喧嘩上等の資源争奪等々を想起すればこのことを誰も否定はできないでしょう。更に、世界人口の20%を占めるこの人口大国の内部に組み込まれた不安定要素、すなわち、1978年に始まる改革開放路線の下、経済発展著しい沿岸部と取り残された内陸部との並存、および共産党のメンバーとそれ以外との間に生じている、格差の固定化と拡大を鑑みるならば、「支那問題」の深刻さは自明であろうと思います。

私は、しかし、支那を巡る諸問題は個々に分離したものではなく、ある一つの軸に沿って整序可能であると考えています。而して、その軸が「中華主義」であり、一個の主権国家たる支那が「中華主義」を社会統合のための理念に据えていること自体が孕んでいる矛盾です。蓋し、世界と日本にとっての支那問題の源泉は「中華主義の主権国家」という支那の自己規定に起因する、と。

ならば、支那が「中華主義の国=中国」という自己規定を漸次「主権国家=支那」に移行させるのなら、<中国>という現象の帯びる脅威も逓減するだろう。而して、チベットでの抗議行動への残忍な鎮圧、北京オリンピックの聖火リレーを巡り世界各地で惹起した混乱などは、実は、支那が「中華主義」を止揚して「中国→支那」への移行をなしつつあることの徴候なのかもしれません。


◆中華主義
ここで言う「中華主義」とは「夕飯はいつも西日暮里の餃子の王将で酢豚定食だ」とかいうライフスタイルのことではありません。また、「中華主義」の「中華」とは「世界の中心の国」という意味ではなく(文字通り、城壁で囲まれた限定的空間に成立する世界の一部分たる「国」ではなく)、それは世界そのもの。つまり、中華主義は元来「近代主権国家-近代民族国家」と整合的な理念ではなく、諸民族や諸国家を部分としてその内に包摂する<宇宙>や<帝国>として「中華=支那」を捉える世界観であり、而して、宇宙論なのです(★)。

★註:帝国と国家
「帝国」と「宇宙」の理解については、長尾龍一『リヴァイアサン 近代国家の思想と歴史』(講談社学術文庫・1994年9月)を参照ください。

長尾氏曰く、「「近代主権国家」以前のユーラシア大陸においては、「国家」(states)ではなく、「帝国」(empires)が支配していた。(中略)帝国の中に住む大多数の人々にとっては、帝国は世界そのものであり、皇帝は天や神に命を享けて、世界全体の秩序に責任を持つ者であった」(pp.3-4)。「世界の部分秩序である国家を、『主権』という、唯一神の『全能』の類比概念によって性格づける国家論は、基本的に誤った思想であり、また帝国の『主権国家』への分裂は、世界秩序に責任をもつ政治主体の消去をもたらした、人類史上最大の誤りではないのか」(pp.6-7)、と。而して、長尾さんの言うように「近代主権国家」が誤った方途かどうかは別にして、少なくとも、支那が現在「帝国=中国」から「国家=支那」に移行しつつあることは確かである思います。



中華主義を奉ずる支那人が抱いてきた世界観は「支那=世界」というものだったのではないか。要は、なにかにつけ「世界一」を自任するフランスやアメリカとは違い、世界中が本来は支那のものであるという感覚。皇帝が南面する中華の都から同心円的に離れるに従い中華の威光は徐々に希薄になりつつも、東夷西戎南蛮北狄の「化外の地」「化外の民」も含め、全世界は、本来、「中華=支那」のもの。よって、「支那=世界」であり、かつ、支那は「世界=宇宙」を治める「中国=帝国」なのだ、と。このような感覚が中華主義の神髄なのだと思います。

もちろん、現在では中華主義の世界観などは夜郎自大的な田舎者の世界認識にすぎないでしょう。けれども、再度記しますが、重要なことは、中華主義は宇宙の一部分でしかない「国」に付随する「愛国心」や「主権」や「民族」とは本質的に異質なものなのです。ならば、畢竟、21世紀の支那問題の核心は支那が自らを「中国=中華」と規定する「近代主権国家」であるという矛盾の中にある。私はそう考えるのです。

●「中国」という現象の構図
・中華主義の本質:世界はすべて「中国=帝国」の領土とする宇宙論
・支那の自己規定:中華主義を社会統合の核とする近代主権国家



◆<中国>という現象と日本の運命
地政学色の強い英米流の国際政治論からも(国連が採用する)平和不可分論的な国際政治認識からも、支那は日本にとって最大の懸念事項。けれども、「支那との国交断絶」「日本の核武装」、而して、対支那外交においては日本の主張を強く繰り返せば支那問題は解決すると説く国粋馬鹿右翼あらため観念右翼社会主義者の主張などは、実現がそれほど容易でないだけでなく、もしそれが実現したところでそれだけでは支那問題を本質的には解決しないタイプの施策提案のように私には見える。

ことほど左様に、アメリカでのビジネスをそこそこ経験してきた身として、「目を瞑れば支那を始め特定アジアはこの世からなくなる」と夢想する観念右翼社会主義者の主張に私は与することはできない。他方、冷戦構造のマドロミからまだ完全には脱しきれないでいる、無為無能無気力&支那の代理人のごとき、あるいは、国際政治と最も無縁の<性善説>を外交に持ち込もうとする外務省と現在の福田政権にも当然ながら与することなどできはしない。ましていわんや、大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する勢力が流布する、「世界国家」や「地球市民」という空疎な妄想に基盤を置くその反米&親特定アジアの外交施策などは問題外の外の戯言にしか思われない。

畢竟、他国との外交関係を「敵か友か」の軸で考える傾向が日本には残存している。而して、観念右翼社会主義者の中には、あたかも「鬼畜米英」や「敵性言語」的に支那にまつわる一切のもの(留学生・支那製食材・胡錦濤・・・)と関係することさえ忌避すべきとする傾向もしばしば観察される。蓋し、これは(本当は空気感染しないのに)羅病患者にまつわるものを生理的に拒絶する感覚とパラレルな態度と言うべきでしょう。

けれど、外交には「100年の味方も100年の敵も存在しない」。また、本来、国際政治は「友-敵」などという擬人化では語れない現象である。それは個々の国民としては互いに好感情など持つはずのない、戦後の独仏関係が帯びている両国にとっての重要性を想起すれば自明のことでしょう。畢竟、支那との「政凍経冷」を実現するための施策として(支那が分割民営化するまでのある期間)「織田-徳川連合」の如き関係に日本と支那が入ることも可能であり、それは、日本にとって悪くない選択肢かもしれない。少なくとも、それを検討する柔軟性を我々保守改革派は保持すべきだと思います。

もっとも、『風の谷のナウシカ』の中で王蟲(オーム)がナウシカに諭したように、「蟲の住む世界と人の住む世界は別」であり(この比喩において、蟲が日本人なのか支那人なのかはどちらでもよいことです)、支那人と日本人は国民同士の付き合いを少なくとも急激には深めない方がお互いの精神衛生にはよいのかもしれません。


chinatopinwaseda



◆中華主義の呪縛と格闘する支那
胡錦濤主席の今回の来日中の言葉を借りれば、支那は「現在も国造りの最中にある世界最大の発展途上国」である。毎年前年比8%-10%を越える軍拡に邁進している支那、日本に照準を合わせた核ミサイルを少なくとも2-3百基配備していると言われている支那、経済発展著しく世界の資源を買い漁っている支那、そして、汚染物質混入黄砂や越前クラゲを大発生させている環境破壊大国。これらの日本と世界の脅威としての支那とは別に、胡錦濤主席のこの認識は正しいと思います。蓋し、毒入り餃子を輸出しておいて毫も悪びれぬ支那や世界最大最悪の人権侵害国である支那の姿は胡錦濤主席の発言の証左でもありうるからです。

而して、支那共産党政権の第一世代の古きよき時代は「独立自存」のスローガンで支那の社会統合は可能だったかもしれない。政治家として私が尊敬してやまない小平先生が指導され後見された第二世代においては、「先富起来」と「反日」。すなわち、「豊かになれる人から先に豊かになりなさい」(≒内陸部の人もいずれ豊かになれますよ)と「日本の暴虐非道から支那人民を救った支那共産党の功績の訴求」をキーワードにすることで社会統合がなんとか可能だったかもしれません。

けれど、その経済が一層拡大するに従い、他方、「格差固定」を打破して本当に「先富起来」を具現するためには(廉価な労働力を武器にした世界の組み立て工場から、環境に配慮しつつ高付加価値商品生産型に産業構造を移行するためには)日本の力を利用せねばならず、畢竟、社会統合のキーワードとしての「反日」は、早晩そのパフォーマンスの限界に突き当たるのは必然なのだと思います。

そして、「中華」とは別の意味で(つまり、「中華」が空間的であるとすれば時間的な意味で)普遍を詐称する「共産主義」は歴史的に特殊な個別の国家の社会統合の理念にはなりにくい。ならば、胡錦濤体制も二期目に入った現在、支那の社会統合を担保している理念は「世界の大国=支那」という自意識、すなわち、「主権国家の中華主義」というそれ自体矛盾を孕む自意識だけなのではないでしょうか(★)。

★註:漢民族という幻想
歴史的に自己同一性を保持した「漢民族」というものは存在しません。これは「西欧民族」というものが存在せず、存在するのは「ラテン語」と「聖書」を共有する諸民族でしかないのと同じであり、「漢民族」とは「道教-儒教」の宗教コンプレックスと「漢字-漢語」を共有する人々の総称にすぎない。尚、DNA的にも「漢民族」が歴史的に一貫した自己同一性を保持した「民族」ではないことに関しては、斉藤成也『DNAから見た日本人』(ちくま新書・2005年3月)p.129ffを参照ください。



北京オリンピックは「世界の大国=支那」に相応しいイベント。そのオリンピックの聖火リレーに世界に散らばる支那の人々が世界の各地で<赤い海>を現出せしめたのも不思議ではない。私も長野の現地で<赤い海>を見た一人ですが、蓋し、私が支那人留学生の立場ならやはり長野に馳せ参じたと思います。それが、必ずしも自国に好意的でない異国に住む者の「ナショナリズム」というものでしょう。

再度、胡錦濤主席の言葉を借りれば、「現在も国造りの最中にある世界最大の発展途上国」からの栄えある留学生であればなおのことそうだろう。母国が世界中で批判非難される中(もちろん、チベット・東トルキスタンにおける事態を鑑みればその批判非難は当然なのですが)、母国擁護に立ち上がらないような人間は言葉の正確な意味での「愛国心」(patriotism)を欠く、朝日新聞の記者や外務省の職員のようなさもしい人間であり、逆に、そのような「愛国心」を欠いている人物は人間として信用できるものではない。

蓋し、世界中で北京オリンピック聖火リレーを<赤い海>で覆った支那人留学生のナショナリズムの隆盛は、「中華主義」の終焉を告げる烽火でもあった。而して、マルクス『ユダヤ人問題によせて』の顰に倣えば、「支那問題からの世界の解放は支那の<中華主義>からの解放に懸かっている」、と。私はそう考えています。




(2008年5月18日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

seinougreenpeace


本記事は、「グリーンピースによる「鯨肉入り宅配便」窃盗事件」に関する報道のクリッピング、および、テロリスト集団グリーンピースが本件に関して表明した主張を収録した上で、これら現在までに報道されている情報をもとに本件を巡る刑事責任の有無存否についての私の見解をまとめたものです。

尚、捕鯨とグリーンピースを巡る私の基本的な考えについては、本件の第一報を収録した下記記事にリンクを張っている拙稿等をご参照いただければ嬉しいです。

姑息なグリーンピース「捕鯨船員を業務上横領で告発」&【気分転換】「日本歴史占い」
 


【第一部:事実の概要】

[1]西濃運輸が鯨肉の遺失物届 NGO提示の箱か
調査捕鯨でとられた鯨肉の一部を乗組員が無断で持ち出したとされる疑惑で、環境NGO「グリーンピース・ジャパン」が15日の記者会見の際に宅配便で送られたとされる鯨肉を示したことについて、西濃運輸(本社・岐阜県大垣市)が「宅配便の段ボール箱1個がなくなった」として、青森県警青森署に遺失物届を出したことが16日わかった。

同社によると、4月15日、東京・大井埠頭から日新丸の船員が段ボール箱4個(計80キログラム)の荷物を北海道函館市の個人宅あてに出荷。荷物は東京からトラックで運ばれ、翌16日朝、青森市の同社青森支店に到着した。段ボールは支店の配送品置き場に置かれていたが、同日午後3時ごろ、函館行きのトラックに積み替えの際、担当者が4個のうち1個が見あたらないことに気づいたという。同社はグリーンピースが会見で示した箱は、この1個の可能性が高いとみている。

グリーンピースは、青森市の西濃運輸支店から箱を無断で取ってきたことを認め、「箱を開いて鯨肉を確認し、犯罪行為を確認した以上、元に戻すことは犯罪行為を助けることになる。私たちとしては正しいやり方だったと考えている」と話している。(朝日新聞:2008年05月16日 )
 


[2]宅配荷物紛失で被害届=環境団体持ち出しの鯨肉か-西濃運輸
日本の調査捕鯨船「日新丸」の乗組員が鯨肉を横領したとして、環境保護団体グリーンピース・ジャパン(GP)が告発状を出した問題に絡み、鯨肉を配送した西濃運輸(岐阜県大垣市)が16日、宅配中の段ボール1箱が盗まれたとして、青森県警に被害届を出した。

GPは15日、鯨肉入りの段ボール1箱を4月16日に西濃運輸の青森支店で入手したと説明。送り主の了解は得ておらず、顧問弁護士は「形式的には窃盗かもしれないが、横領行為の証拠として提出するためで、違法性はない」としていた。(時事通信:5月16日 )



[3]調査捕鯨:若林農相、鯨肉持ち帰り「決まり必要」
若林正俊農相は16日の閣議後会見で、調査捕鯨で捕獲された鯨肉の一部が調査捕鯨船乗組員に無断で大量に持ち出されたと指摘された問題で「よく調査しないといけない。(鯨肉を土産として持ち帰る慣習については)決まりを作らないといけない」と述べた。

調査捕鯨を委託された共同船舶の運航する調査捕鯨船「日新丸」の乗組員が鯨肉を持ち出したと、環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」が指摘し業務上横領の疑いで東京地検に告発した。水産庁などによると、調査船乗組員が鯨肉数キロを土産に持ち帰る慣習があるとしているが、若林農相は「共同船舶の従業員に個人分として配布した程度ならいいが、大量に流れることは想定外だ」と話し、事実関係を調査し対応する考えを示した。(毎日新聞:2008年5月16日)



[4]テロリスト集団グリーンピースの抗弁
 http://web2.rederio.org/gp/doss.pdf

【同上の抗弁およびグリーンピースの昨日付けMLの要約】
今回のグリーンピース・ジャパンによる鯨肉横領調査は、捕鯨船の内部事情を知るという人物からの連絡がきっかけだった。その情報提供者によると、以下の4点において「調査捕鯨」に問題があるという指摘。

1. 貴重な部位の鯨肉(特に畝須と呼ばれるヒゲクジラの下あごから腹にかけての縞模様の凹凸部分の肉)を、個人が塩漬けにして大量に持ち帰っている。これは船上では公然の秘密。

2. 日新丸の冷凍能力が追いつかないために、解体後の鯨肉を海洋投棄したことが多々ある。

3. 2005年以降のJARPAII調査では、大量にクジラを捕る必要があるため、調査として必要とされるランダムなクジラの捕獲を行なわない時があった。

4. JARPAIIになってから大量にクジラを捕る必要があり、労働環境が悪くなった。グリーンピース・ジャパンでは、2008年4月の日新丸の帰港にあわせて、特にの調査を行なうこととし、その調査を開始した。


4月15日に日新丸が東京港に入港する前後、グリーンピース・ジャパンでは函館、釧路、札幌、長崎、下関、広島、鹿児島、東京などの各地で鯨肉販売店やレストランを巡り、船員が横領しているという鯨肉についての情報を集めた。それらの情報は、明らかに正規のルートではないところで鯨肉が市場に出回っていることを示唆する。

市場では、ミンククジラのベーコンは1キロ2万円以上で販売されている。今回の畝須の実際の市場価値は不明だが、最終加工されていないことを考慮しても1キロ5千円から1万5千円程度の価値はあると予想され、23.5キロの箱では1箱11万円から35万円の価値がつくことになる。この箱を送った船員は同様の箱4箱を自宅に送っており、これらが同様の鯨肉を含むものだとしたら、44万円から140万円の価値のある鯨肉を自宅に日新丸から送ったことになる。

西濃運輸で運ばれた箱の送り先と送り主を調べるために、トラックの行き先であった大井水産ふ頭に近い西濃運輸配送所において、それぞれの箱につけられていた伝票を確認した。ここで、確認できた伝票は合計33枚、運ばれた荷物は最低93箱に及ぶ。送り主は確実に名前がわかるだけで、合計23名だった。多くの荷物は、品名が「ダンボール」と記載されており、中には「塩物」と記載されているものもあった。「ダンボール」と記載されているものでも、中身がダンボールとは思えないほど重いものがほとんどだった。これらの箱には、明らかに私物であろうギターなども混じっていた。

私たちの調査で、鯨肉横領は大規模であることがわかりました。これは、管理会社の共同船舶と日本鯨類研究所の黙認のうえで行われていた組織的犯罪です。

・今年3月6日発表の「鯨肉販売動向調査結果」
 http://www.whalelove.org/news/1813782



【第二部:KABUの考える刑事責任】

[構成要件該当性判断]
・捕鯨船側に「不適切な鯨肉の配布」があった可能性は残念ながら否定できない。
・しかし、「不適切な鯨肉の配布」があったとしても、それは捕鯨船運営会社(共同船舶)の了解の下に行なわれていたものであり、捕鯨船の乗組員諸君が在庫を盗んだというのでもない限り窃盗罪・業務上横領罪が成立することはない。
・また、鯨肉の配布が長年の慣行であったこと。而して、1人当たり20キロ~30キロ程度の(自宅・実家の近隣へのお裾分け、長期航海中に家族がお世話になった方々へのお使いもの等を含め)「自己消費」の範囲内ならば、その鯨肉配布が「不適切」とは言えない。
・そもそも、国際捕鯨委員会(IWC)の規約に基づき、日本は調査捕鯨に認められた鯨を捕獲することができる。また、IWCの規約では「可能な限り調査捕鯨の副産物は販売するものとする」とされているが、調査捕鯨の目的に支障がでない限り、副産物の何%を販売に廻すかは捕鯨の依頼主(日本鯨類研究所および水産庁)が定める事項である。ならば、捕鯨調査と副産物の販売計画に差障りのない範囲で、捕鯨船の乗組員に「鯨肉を配布」する捕鯨船運営会社の慣行と行為に対して詐欺罪・背任罪の成立する余地もない。

・グリーンピースの行為は、同組織の弁護士も認めているように窃盗罪の構成要件に該当する。
・而して、本件の窃盗行為は当該の盗取された「鯨肉入り段ボール箱」の市場価格の多寡にかかわらず、宅配会社の倉庫・集配所に侵入した行為形態、および、個人情報である送り主と送り先の情報を部外者であるグリーンピースが収集したその付帯状況、さらに、あろうことか、そこで得られた物品と情報を自グループの私的な政治宣伝に利用した事後行為の利己的な振る舞いを鑑みるに、本件の可罰的違法性は自明である。

[違法性判断]
・上記の如く捕鯨船運営会社(共同船舶)と捕鯨船の乗組員諸君の行為は違法ではなく、更に、グリーンピースが盗取した「鯨肉入りの段ボール箱」自体にも(例えば、覚醒剤・拳銃・児童ポルノ等々とは異なり)なんらの違法性もない。
・グリーンピースがいかなる捜査権限も持っていないことは自明。蓋し、所謂「違法集証拠排除原則」によれば正当な捜査権限を持つ警察等の証拠収集活動さえ、それが法の手続きに沿ったものでない場合には、その証拠の真偽にかかわらず裁判所は証拠としてそこで得られた証拠を採用することはできないのだから、今回のグリーンピースによる窃取行為は、もし、それが収集した物証が「犯罪の証拠」であったとしても、その違法性が阻却される理由はないものと解される。
・すなわち、本件窃取行為は「捕鯨船乗組員による違法行為を阻止したものだ」というグリーンピースの主張は成り立つものではなく、また、正当防衛・緊急避難・正当行為のどのような違法性阻却事由の類型にも当てはまらない。

[有責性判断および小結]
・事件の詳細はいまだに詳らかではないけれども、東京に本拠を置くグリーンピースが宅配会社の青森の施設に忍び込み「鯨肉入りの段ボール箱」を盗んだ本件の計画性を見るに、本件窃盗事件の実行行為者が未成年であったとか心神耗弱・心神喪失であったとは考えられない。
・畢竟、本件の「鯨肉入りの段ボール箱」を窃取したグリーンピースメンバーの行為に対しては窃盗罪が成立するものと言わざるをえない。

[修正された構成要件判断および備考]
・グリーンピース執行部(例えば、星川淳事務局長)に対する共謀共同正犯や共犯関係の存否、本件実行行為者の人格形成責任のありよう、または、犯罪に陥らない期待可能性の有無、更には、事実の錯誤・法律の錯誤の存否、ならびに、本件実行行為者の犯罪歴等々が今後詳らかになることを私は期待している。
・それらの情報が確定しだい弊ブログでは「海馬之玄関ブログ私家版起訴状」を作成する予定。

乞うご期待。ヽ(^o^)丿






(2008年5月16日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 捕鯨・反捕鯨問題
ジャンル : 政治・経済

duketibet



少し旧聞に属しますし他のブログでも取り上げられている記事ですが、支那の独善主義というか世間知らずの田舎者ぶりをよく描写している英文報道を紹介します。”Chinese Student in U.S. Is Caught in Confrontation”「はからずも批判の矢面に立たされたある支那からの米国留学生」(New York Times, April 17, 2008)。蓋し、私はこの記事は「中華主義」の現在の様相を考える上でも好個の情報を提供していると思いました。

胡錦濤主席の今回の来日中の言葉を借りれば、支那は「現在も国造りの最中にある世界最大の発展途上国」である。而して、支那共産党政権の第一世代の古きよき時代は「独立自存」のスローガンで支那の社会統合は可能だったかもしれない。政治家として私が尊敬してやまない小平先生が指導され後見された第二世代においては、「先富起来」と「反日」。すなわち、「豊かになれる人から先に豊かになりなさい」(≒内陸部の人もいずれ豊かになれますよ)と「日本の暴虐非道から支那人民を救った支那共産党の功績の訴求」をキーワードにすることで社会統合がなんとか可能だったかもしれません。けれど、胡錦濤体制も二期目に入った現在、支那の社会統合を担保している理念は「世界の大国=支那」という自意識ではないでしょうか。

ならば、北京オリンピックは「世界の大国=支那」に相応しいイベント。そのオリンピックの聖火リレーに世界に散らばる支那の人々が世界の各地で<赤い海>を現出せしめたのも不思議ではない。「現在も国造りの最中にある世界最大の発展途上国」からの栄えある米国留学生であればなおのことそうだろう。母国がこれだけ世界中で批判非難される中(もちろん、チベット・東トルキスタンにおける事態を鑑みればその批判非難は当然なのですが)、母国の支持に立ち上がらないような人間は言葉の正確な意味での「愛国心」(patriotism)を欠く、朝日新聞の記者や外務省の職員のようなさもしい人間であり、逆に、そのような人物は人間として信用できないと私は思います。

もちろん、「関ヶ原@長野」でも明らかなように、今次の「赤い暴走@世界」は支那政府の<官製暴走>であることもほぼ確実。而して、支那政府のそのようなプロパガンダ戦略のさもしさあざとさを適確に咎めつつ、しかし、「暴走支那人」に対しては「単細胞の田舎者」と嘲笑してもよいが舐めたらあかんぜよ、です。畢竟、そのような観点についてもこのNew York Timesの記事は示唆に富む。そう私は感じました。以下、英文記事紹介。



chinaduke2



On the day the Olympic torch was carried through San Francisco last week, Grace Wang, a Chinese freshman at Duke University, came out of her dining hall to find a handful of students gathered for a pro-Tibet vigil facing off with a much larger pro-China counterdemonstration.

Ms. Wang, who had friends on both sides, tried to get the two groups to talk, participants said. She began traversing what she called “the middle ground,” asking the groups’ leaders to meet and making bargains. She said she agreed to write “Free Tibet, Save Tibet” on one student’s back only if he would speak with pro-Chinese demonstrators. She pleaded and lectured. In one photo, she is walking toward a phalanx of Chinese flags and banners, her arms overhead in a “timeout” T.


オリンピックの聖火が先週【4月9日】サンフランシスコ市内を搬送された日、デューク大学の支那人1年生、王千源さんは大学の食堂を出たとき、チベット支持を表明するために集まっていた数人の学生と、その行動に反発した、彼等チベット支援派よりも遥かに多くの支那支持のデモ隊がにらみ合っている場面に遭遇した。

その場にいた参加者によれば、王さんは、両派に友人がいることもあって、両グループに話し合いを促したとのこと。而して、王さんは、彼女自身「妥協の広場」と名付けたエリア【すなわち、対峙する両派の間】をかいがいしく行ったり来たりし始め、もって、両派のリーダーに話し合いの場を設け妥協するように頼んだ。もし支那側のデモ参加者と話し合いさえしてくれるようなら、ある【チベット支援の】学生がその背中に「チベットに自由を、チベットを救おう」と書くことに私は同意すると王さんは述べもした。ことほど左様に、彼女は両派を宥め賺した。ある一枚の写真には、彼女がその両腕を「タイムアウト」(=「試合は一次中止・休戦」)を意味するTの形にして頭上に掲げながら支那国旗や支那を表す横断幕が密集している方に歩いていく姿も写っている。


But the would-be referee went unheeded. With Chinese anger stoked by disruption of the Olympic torch relays and criticism of government policy toward Tibet, what was once a favorite campus cause ― the Dalai Lama’s people ― had become a dangerous flash point, as Ms. Wang was soon to find out.

The next day, a photo appeared on an Internet forum for Chinese students with a photo of Ms. Wang and the words “traitor to your country” emblazoned in Chinese across her forehead. Ms. Wang’s Chinese name, identification number and contact information were posted, along with directions to her parents’ apartment in Qingdao, a Chinese port city.


しかし、仲裁を買って出た彼女の行いは無視されることになる。オリンピックの聖火リレーが混乱に巻き込まれたことや、支那政府のチベット政策への批判が支那人の怒りを増幅するにともない、かってそのキャンパスにおいて最も好感を持たれた存在であった、ダライ・ラマと祖先を同じくするか、あるいは、ダライ・ラマを支持する人々は一触即発の危うい発火点になってしまったのだ。そして、そのことを王さんは直ちに身をもって知ることになってしまった。

【4月10日、王さんが仲裁を買って出た】翌日、一枚の写真が支那人学生が集うあるインターネット掲示板に投稿される。王嬢の写真、しかも、中国語の「売国奴」の文字が毒々しくその額に書き込まれた写真が投稿されたのだ。王嬢の名前の中国語表記、IDナンバー、連絡先情報さえもが、支那の港湾都市青島にある彼女の実家アパートへの道順の情報とともに投稿されたのである。


Salted with ugly rumors and manipulated photographs, the story of the young woman who was said to have taken sides with Tibet spread through China’s most popular Web sites, at each stop generating hundreds or thousands of raging, derogatory posts, some even suggesting that Ms. Wang ― a slight, rosy 20-year-old ― be burned in oil. Someone posted a photo of what was purported to be a bucket of feces emptied on the doorstep of her parents, who had gone into hiding.・・・

In an interview Wednesday, Ms. Wang said she had been needlessly vilified. “If traitors are people who want to harm China, then I’m not part of it,” she said. “Those people who attack me so severely were the ones who hurt China’s image even more.” She added: “They don’t know what do they mean by ‘loving China.’ It’s not depriving others of their right to speak; it’s not asking me or other people to shut up.”・・・


【朝日新聞の記事のような】下劣極まりない流言蜚語と小賢しくも加工された写真。これらによって、チベット側に立ったと断定されたこの若い女性の話しは針小棒大に伝えられ、支那の最も人気のあるウェブサイトを通して世に広まった。そのような支那有数のウェブサイトの一つひとつに怒りに我を忘れ、王さんを誹謗中傷する投稿が数百数千と寄せられたのだ。甚だしい投稿に至っては、芳紀二十歳の華奢なこの女性に油をかけて燃やしてはどうだろうとさえ嘯いていた。而して、彼女の実家の玄関前階段にぶちまけられたバケツ一杯の排泄物という注釈付きの写真を投稿してくる者さえいたのである。もちろんというか、当然というか、彼女の両親はすでに身を隠してしまっているのだけれども。(中略)

王さんは【4月16日】水曜日、インタヴューの中で自身が受けた仕打ちは故なき中傷であると語った。「売国奴なるものが支那に害をなそうとする人々のことだとするなら、私がその一味であるはずもない」「私を攻撃している人達のその攻撃が激しいものであればあるだけ、支那のイメージに与えるダメージもまた甚大になっている」のです。而して、「私を攻撃している人々は「支那を愛すること」ということがどんなことなのかが分かっていない。それは他人から言論の自由を奪うことではないし、私や他の人々に沈黙を強いるものでもないでしょう」と、そう彼女は付け加えた。(中略)


Ms. Wang said she was not in favor of Tibetan independence, but she said problems could be reduced if the two sides understood each other better.

Since riots in Tibet broke out last month, campuses including Cornell, the University of Washington and the University of California, Irvine, have seen a wave of counterdemonstrations. When Ms. Wang encountered the two demonstrations last week, the Chinese students seemed to expect her to join them, she said. But she hesitated.

“They were really shocked to see that I was deciding, because the Chinese side thought I shouldn’t even decide at all,” she said. “In the end I decided not to be on either side, because they were too extreme.”・・・

Ms. Wang, who has retained a lawyer, said pulling her personal information off the Web was not enough. “I will be seen as a traitor forever, and they can still harm my parents,” she said.

But for a woman under threat of dismemberment, she seemed remarkably sanguine ― even upbeat.・・・


王さん自身は、チベットの独立は支持できないと語っている。しかし、もし、【支那支持派とチベット支援派の】両者が互いにもっと相手を理解できるのなら、幾つもの問題が沈静化したかもしれない、とも彼女は述べた。

先月、チベットで暴動が起こって以来、コーネル大学、ワシントン大学、カリフォルニア大学アーバイン校を始め幾つものキャンパスが支那を支持する対抗デモの舞台となった。王さんが先週両派のデモに遭遇したとき、支那人学生達は彼女が自分達のデモに加わるものと期待していた節がある。そう彼女は語っている。しかし、彼女はデモに加わるのを躊躇する。

「彼等支那支持のデモ参加者達は、私が躊躇するのを見て本当に衝撃を受けていた。なぜかと言えば、支那側の人々は、デモに参加するかどうかを私が逡巡することさえ許されざることと考えていたから」「結論として、私はどちらの側にも身を置かないことにした。というのも、両者ともに偏狭で過激なものと感じられたから」と、そう王さんは述べてくれた。(中略)

王さんは現在では弁護士を雇うことになってしまったのだけれども、 ウェブ上にアップロードされていた彼女の個人情報を削除するだけでは全く不十分であるということ。「私は永久に売国奴と看做されるでしょう。そして、私を売国奴と看做す人々にとっては将来にわたって私の両親に危害を加えることはさして難しいことではないのです」と彼女は語った。

しかし、八つ裂きにしてやると脅迫されている境遇にあることを鑑みれば、王さんは至極楽天的であり、むしろ快活といってもよいほどである。(後略)




◆この記事の全文は下記URLを参照ください。

・Chinese Student in U.S. Is Caught in Confrontation
 http://www.nytimes.com/2008/04/17/us/17student.html?partner=rssnyt&emc=rss




(2008年5月15日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : チベット問題について
ジャンル : 政治・経済

rekishiuranai


不愉快極まりないニュースを目にしました。例の、環境テロリストグループ、グリーンピースが日本の捕鯨船の乗組員を業務上横領で告発したと。しかも、その「告発の証拠」の入手のために「窃盗行為」を働いたというのです。而して、この「窃盗」は刑事告発のための行為であって違法性はないと言い放っているとか。以下、読売新聞の報道。

●乗組員が調査捕鯨のクジラ肉を横流し?水産庁が調査へ
南極海で行われている日本の調査捕鯨で捕獲されたクジラ肉の一部が、乗組員によって大量に持ち出されているという情報が寄せられ、水産庁は実態調査に乗り出すことを決めた。

不正な持ち出しが確認されれば行政指導するとしている。

この問題を独自に調査した環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」(東京・新宿区)の星川淳事務局長らは15日、記者会見し、調査捕鯨船の乗組員12人を業務上横領容疑で東京地検に告発すると発表した。

星川事務局長らは、先月に日本に戻った調査母船「日新丸」の乗組員12人が、クジラ肉を入れた段ボール箱計47箱を自宅などに宅配便で送っていたと指摘。

メンバーが先月15日に都内の宅配便の配送所に立ち入り、伝票を目撃したため、翌16日に青森市内の宅配便の施設から無断で1箱を持ち出し、中から23・5キロのクジラ肉を見つけたことを明らかにした。同席した弁護士は「窃盗に見えるかも知れないが、横領を告発するための行為で違法性はない」と主張している。

調査捕鯨は水産庁の許可を受け、財団法人「日本鯨類研究所」(鯨研)が共同船舶から船や乗組員を借りて行っている。鯨研は捕鯨船団の乗組員約220人に下船の際、クジラ肉を1人数キロずつ無料で配っていたことは認めたが、石川創・捕鯨調査部次長は「無料配布は商業捕鯨時代からの慣例で問題ないはず」としている。(読売新聞:5月15日11時54分配信)



蓋し、(甲)慣例として長年続いていた、乗組員への船会社からの鯨肉の無料配布、しかも、自己消費に適当な常識の範囲内での「一航海お疲れさま」のプレゼント配布が横領になるのかどうか、(乙)百歩譲って、この無料配布が業務上横領罪の適用を受ける可能性があるとしても、どうみても刑事事件性が微妙なこの事態に対して、「刑事告発のための証拠収集活動として他人の財物を盗取する行為」の違法性が阻却されるのか、あるいは、窃盗(刑法235条)なり住居侵入(刑法130条)なりの刑法犯として処罰するほどの可罰的違法性がないと言えるのか。

少なくともこの2点に関しては、この読売新聞の記事を下にしただけでも、現段階で、そう、FC2ブログの記事(約15000語)2個分くらいはグリーンピース側弁護士への反駁を私は書ける。けれど、ことは「刑事事件」であり、不確かな情報を下に軽々に論じるべきではないのも理。而して、ここはぐっと怒りと憤りを一旦飲み込み、弊ブログ海馬之玄関のこの<事件>に関する見解の発表は、もう少し詳しい事実関係、ならびに、グリーンピース側の法的主張を確認した上で行なうことにします。

尚、グリーンピースがテロリスト集団でしかないこと、および、捕鯨問題に関する私の基本的なスタンスに関しては下記拙稿(ならびに、ブログ仲間の記事)をご参照いただければ嬉しいです。

このグリーンピースによる姑息な暴挙を「テロ行為」と言わずして何を「テロ」と言うのか
 
グリーンピースの人権侵害救済申立書は「グリーンピース=テロリスト集団」の<自白証拠>
 
反捕鯨論の文化帝国主義的で傲慢な謬論を逐条撃破する
 
書評☆『日本人はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』
 
鯨と日本の再生
 
ブログ仲間Singleさんの記事;食料問題から考える捕鯨
 


【気分転換ー日本歴史占い】
ということで、姑息で狡猾なグルーンピースが美しい五月晴れの今日やらかした不愉快な<事件>のことはしばし忘れて気分転換。ブログ仲間の所を巡回していて拾った「占いURL」を紹介します。前に書籍版でやったときには、私は確か別の「天才キャラクター」だったと思いますが、今回は「豊臣秀吉」でした。もちろん嫌いではないが、正直、もの凄く好きというキャラクターではないので、少し複雑。しかし、その見立てが当たっている気もしないではないから「占い」って不思議ですよね(笑)。

而して、「捕鯨船乗組員の業務横領事件」と「グリーンピースの窃盗事件」。これらの詳細がわかるまで「歴史占い」でcool downしましょう。政治的闘争において目的を達成しようという者に要求される資質は、彼のケインズの師、アルフレッド・ マーシャルが経済学者に要求される資質として語った「冷静な頭脳と温かい心」と一脈通じる「熱いハートと冷静な頭脳」(そして、これに付け加えるとするならば、どんな事実関係が出てきたとしても動じない胆力。そう、元寇に立ち向かった相模太郎・北条時宗が後世、「相模太郎の胆は甕の如し」と謳われたその胆力)でしょうから。Have fun!

・日本歴史占い、歴史が教えるあなたの未来

 http://woman.excite.co.jp/fortune/rekishi/



(2008年5月15:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 捕鯨・反捕鯨問題
ジャンル : 政治・経済

localelementschool


『学習』『科学』で学んだことのある私達の世代には哀しいニュース。

●「学研のおばちゃん」いなくなる? 訪問販売、撤退含め見直し
学習研究社は9日、小学生向け教材の「科学」「学習」などの家庭訪問販売について撤退を含め見直すと発表した。セールスレディーが家庭訪問で営業し、教材を届ける形態はコストがかかり、採算を悪化させていた。現在2万人弱のセールスレディーは順次削減する。書店販売、通信販売は続けるという。

学研は少子化などの影響で08年3月期連結決算が21億円の営業赤字になる見通しで、赤字の月刊誌の廃刊も検討する。

学研に対しては今年4月、筆頭株主の投資ファンド「エフィッシモキャピタル マネジメント」(シンガポール)が業績不振を理由に遠藤洋一郎社長の解任を求める株主提案を行った。株主総会の招集通知発送前に赤字事業からの撤退などを打ち出せば、提案を取り下げるとしていた。【毎日新聞:5月9日20時14分配信】



その貧しさゆえに小学校にも行けず奉公に出た『おしん』。子守をしながら彼女が教室の外で聞いた小学校の授業。そこに体現されていた情報や知識の水準と希少性はおしんを魅了するに十分だった。おしんほどではないけれど、少なくとも昭和30年代後半から昭和50年代の前半(1960年~1980年)に小学生だった地方出身者にとって(ということは、「東京もん」がどんなに威張った所で、日本人の90%は非東京の田舎者だから、その世代の大部分の日本人にとっては)『学習』『科学』は特別な存在だったと思います。

両誌が提供する、否、両誌が体現していた情報と知識のその水準と希少性は当時の小学生を魅了するに十分だった。『なんでも鑑定団』でも高値がつく、人気の『科学』の付録実験キット、今でも貴重な「体験学習」の機会を提供するその付録に毎月心を躍らせた。教科書とは全然違う、今の世界と生の社会の状況をそれなりの書き手と描き手が小学生の目線に合わせて伝えていた『学習』の記事を夢中で読んだ。私は当時流行った<ペンパル活動>で、デュッセルドルフ在住とワシントンD.C.在住の同世代の日本人の女の子と数年間文通した経験がありますが、彼女達から二~三週に一度届く便りが帯びていた輝きと共通のものを、すなわち、「世界の今に触れる感動と快楽」を私達は毎月手渡される『学習』と『科学』に感じていたのではないかと思います。

蓋し、小学校の授業とおしんとの間の落差。それと同質な<距離>が『学習』『科学』の両誌と50年~30年前の田舎の小学生の間には横たわっていたのではないでしょうか。けれども、現在では小学校どころか大学学部程度の授業・講義など、小学生にとってはなんの希少性も、まして心ときめかせ心躍らせる魅力も持たなくなってきているように見えてならない。

もちろん、ある内容の知識や情報が存在することを認識していることと、知識と情報を自家薬籠中のものとし、必要な時に最適な知識と情報を自由自在に組み合わせ運用できるスキルは全くの別物(だからこそ、ゴルフや囲碁将棋、あるいは、英会話やダイエットの「理論書」は汗牛充棟であるにもかかわらず、それらの道を極められる人は必ずしも多くはないのでしょう)。けれど、大部分の人にとって大部分の<知の領域>は生涯無縁な領域でしかない。ならば、ある具体的な内容の知識や情報が存在していることが認識された段階で個々の<知の領域>の帯びる魅力、換言すれば「未知の<知の領域>に触れられた感動と快楽」は大幅に減退するだろうことも当然なのだと思います。

畢竟、(市場価値を帯びるレヴェルまで「宝」を磨き上げ、しかも、その「宝=スキル」を自分の自家薬籠中のものにできる可能性はそう大きくはない現状も周知になった今、)宝の在処を事前に知らされた上で、「さあ宝探しに打ち興じなさい」と言われて、その通り宝探しゲームのプロセスにエキサイトできる人はそう多くはないだろう。まして、大学学部・修士課程程度の知識はインターネットを通じて容易に入手できるようになった1990年代初頭以降の日本では情報や知識自体の希少性も乏しい。喩えるならば、おしんの時代の小学校、1980年前後まで、学校や地域の図書館および大学なるものが具現していた科学的知識や世界の今を伝える情報の権威と魅力は、現在、すでに消失したと言っても過言ではない。そう私は思うのです。

ならば、『学習』と『科学』がなくなるかもしれないのも必然(もちろん、上に紹介したニュースはまだ単に「セールスレディーによる家庭訪問販売」がなくなるというだけですが、そうなるに至った背景を上記の如く勘案すれば「なくなる」と表現しても満更間違いではないでしょう)。上のニュースに接したとき、私は日本における情報と知識の価値の変化を軸に教育や人材育成を巡る半世紀ほどのこの社会の推移に思いを馳せました。


maouchan


而して、本日大阪から帰国される支那の胡錦濤主席が「パンダを日本にレンタル」してもよいと表明された。その件との関連。パンダ2頭のレンタルには1頭1億円のレンタルフィーだけでなく飼育費・研究費等々その他諸々で年間3億から5億円近い費用が必要とか。コスト面の話は抜きにしても、しかし、私は日本が今更パンダをレンタルすべきではない、最早、時代はパンダレンタルなどを求める時代でもそれが許される時代でもなくなっていると考えます。

その虚実を問わずあらゆる知識や情報がネットに溢れている現在、あるいは、紛争地帯を除き一般人が、地球の裏側のどの秘境にも『八十日間世界一周』ならぬドアツードアーで80時間あれば行ける、それほどロジスティクスが発達した現在、最早、珍しい動物を動物園で見る時代ではないでしょう。

希少な動物を<見世物>にする「動物園」などは帝国主義時代の遺物。まして、絶滅危惧種をその「生態環境」から切り離して「動物園」に隔離・幽閉するなどは時代遅れも甚だしい。パンダが見たければ現地に行けばよく、パンダに関する知識・情報が欲しければネットで検索すればよいではないですか。ならば、そんな時代遅れの悪趣味に3億か5億か知らないけれど、そんな多額の費用を投入するのは無意味であり無価値。パンダレンタルなんかより、大人子供を問わず「動物=生命」との触れ合いがもっと身近で気軽にできる社会環境を作るべきではないでしょうか。パンダレンタルに使う資金的余裕があるのならそのような社会の実現に直結する環境整備に投資すべきだ。そう、私はそう考えるのです。

畢竟、「手に取るなやはり野におけ蓮華草」(瓢水)ではないですが、パンダはパンダの故郷であるチベットの人々に任せて、日本人は柴犬や三毛猫でいいじゃないですか。雑種のワンちゃんでも三毛ニャンちゃんでも普通の家庭が普通に動物を飼えるような社会の環境整備の方が遥かに重要であり、そのような動物が身近にいる環境は「パンダ@動物園」より遥かに自然と生命に対する日本人の経験と感覚を繊細に豊かにすると思います。

『学習』と『科学』の熱心な読者だったころ、私の郷里では三井系企業の社宅長屋住まい家庭でもアパート暮らしの若夫婦でも犬や猫を飼う<社会的余裕>があった。1960年代後半~1980年代前半に比べGDP的にも国際収支的にも遥かに豊かになったはずの日本社会。しかし、現在、(「飼い主はそのケアに最後まで責任を持つべきだ」という規範の流布の裏面でもあるけれど、それにしても)犬や猫を飼う余裕のある家庭は東京でも私の郷里福岡県大牟田市でも激減しています。

『学習』と『科学』が提供紹介していた情報や知識より、水準も遥かに高く、かつ、具体的で豊富な情報と知識に誰もが容易にアクセスできる現在、パラドキシカルながら情報と知識自体の魅力が逓減している。この現象と、我が国おける動物の飼いにくさとは同根の現象かもしれない。些か抽象的になりますが、それらはあまりにも多くの疑似体験が可能になったことにより「身近な日々の体験を通して自己の世界観を構築すること、あるいは、モティベーションを維持強化すること」が難しくなっていることの帰結である点では共通していると私は思うのです。

80年代に流行った「記号論」的なタッチで敷衍すれば、「益々大量の情報と知識が商品化され流通することにより、それの消費を促す圧力も漸次強まる。あらゆる情報は天文学的に膨大な情報のone of them になってしまい、かつ、追い立てられるようにその消費が促される。而して、ある特定の事柄に親しみそれらとの係わりを通して内省を深め自己のアイデンティティーを確立すること」ができにくい社会に日本もなってしまったということ。そんな時代だからこそ『学習』と『科学』がなくなるかもしれないと報じられ、そして、そんな時代だからこそ「パンダ@動物園」より我が家の三毛ニャンが大切でないはずはないのです。

ならば、パンダレンタルを断るという選択は、それ自体は小さなことかもしれないけれどこの社会の保守改革派的改革にとっては思想的に重要な意味を持っているのではないか。「「学研のおばちゃん」いなくなる?」のニュースに接してこのような予感を覚えました。とにかく、<学研のおばちゃん>がいなくなるご時世にパンダレンタルはふさわしくないことだけは確かではないか。私はそう思います。

Free Tibet, Free Panda, and Panda Free!


チベットに自由を! (チベットの象徴でもある)パンダに自由を! 而して、
(「自己責任」の原則の貫徹と地方再生の同時実現による日本再生を目指す保守改革派的な社会思想体系&社会政策コングロマリットの構築を期すのならば)パンダなんかただでもいらない!



(2008年5月10:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

chinapanda


石原都知事に「パンダはいらねぇー」と言ってもらえるよう今日のランチ休みにハガキを書き投函。実際、パンダなんかいらんがね。そんな金があるなら、『南京の真実』の完全英語字幕化かそのDVDを全都立小中高校への配布に使って欲しい。

大体、パンダは支那の動物ではなくチベットのもの。まして、絶滅危惧種をその「生態環境」から外して動物園で隔離するなんてこと自体が最早許されることではないです。その許されない申し出に一国の宰相が「お礼」を言うなんてのは二重にずれている。

胡錦濤主席、1頭1億円のパンダなんかいらんから、否、ただでもいらんから、在日支那人の犯罪率せめて5%でも減らすようにしてください。お願いします。



パンダレンタルに賛成? 反対?


Yahoo意識調査




(2008年5月8日:Yahoo版にアップロード)

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uselection


北京オリンピックの聖火リレーと支那の胡錦濤主席の来日。すなわち、チベットにおける人権侵害と日本外交のあり方が鋭く問われている現在もアメリカ大統領選びは淡々と続いています。否、民主党の予備選挙は現職のカーター大統領とエドワード・ケネディ上院議員が争った1980年を上回る激戦になりつつあり、最早、それは総力戦であり消耗戦。要するに<泥仕合>の様相。

泥仕合ではあるけれど、私は2008年のアメリカ大統領選挙は世界と日本にとっても重要な意味を持つと考えています。なぜならば、冷戦構造崩壊後、唯一の超大国として個々の主権国家を超えた存在、いわば、<帝国>であったアメリカが、No.1とは言え one of them の強国に戻って最初の大統領選挙だから。更には、世界で一番嫌われる国でありながら、主権国家の枠外の<辺境>として世界中から亡命者と難民と移民を受入れてきたアメリカもその国境をより厳格に閉ざすことで、世界に開かれた<辺境=帝国>から国境線で自己の主権とアイデンティティーを守る普通の主権国家になりつつある時の大統領選挙だからです。

而して、共和・民主のいずれが、あるいは、民主党の誰が世界No,1の強国の最高司令官(Commander in Chief)になろうとも、最早、<帝国>ではなくなったアメリカがより自国の利益実現に敏感になることは間違い。また、一主権国家として、その参画する各種同盟のコストパフォーマンスをより厳しく算定することも間違いない。今回の予備選挙で候補者が訴え有権者が求めているものがいつにもまして「生活の安定」と「社会の安全」という内向きなイシューにシフトしているのを鑑みて私はそう確信しています。

ならば、パラドキシカルながら、アメリカが<帝国>であった時よりも、今秋、誰が次期大統領に指名されるかは、それとの同盟を国際関係の基軸とする日本にとっては一層大きな意味を持つのではないか。少なくとも、どの国よりも異質で閉鎖的でありながら、自己を個々の主権国家を超えた<帝国>と錯覚している支那との関係がその国際関係の最大の懸案の一つになりつつある日本にとっては間違いなくそう言えると思います。


昨日のインディアナ州とノースカロライナ州で行なわれた民主党予備選挙の結果は、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマの両候補の一勝一敗。ただ、インディアナではクリントン女史とオバマ氏の得票率は、「50.9:49.1」の小差であったのに対して、ノースカロライナでは「41.5:56.2」。つまり、両州合算の獲得投票者数(popular vote)ではオバマ氏の圧勝だった。以下、本日のロイター配信記事。

「ノースカロライナ州とインディアナ州の代議員は合計187人。8月の党大会までに残された予備選はあと6州、代議員数は217人。代議員獲得数(推計)ではオバマ氏がクリントン氏を大きく上回っており、今回の予備選の結果でもオバマ氏の優位は揺らいでいない。ただ、予備選がすべて終了しても、どちらの候補も指名獲得に必要な数の代議員は獲得できず、最終的な勝利の行方は特別代議員の決断に委ねられることになる」( 以上引用終了。5月7日12時19分配信)

この<泥仕合>模様の展開は、けれども、先月4月22日のペンシルバニア州予備選挙でクリントン女史が勝利した段階である程度予想されていた。以下、「泥仕合」の予感の陰鬱を感じながら、しかし、冷静に書かれた Timesの記事を紹介します。”Clinton wins Pennsylvania: the media reacts”「ペンシルバニアを制したクリントンを見るメディアの冷ややかな視線」 (April 23, 2008)。尚、現在までの予備選挙の結果、ならびに、アメリカ大統領選挙に関する予備知識、そして、帝国としてのアメリカとその終焉に関しては下記拙稿をご参照ください。



・New York Times アメリカ大統領選挙予備選結果
 http://politics.nytimes.com/election-guide/2008/results/votes/index.html

・KABU版:アメリカ大統領選挙検定(6級・5級・4級)
 http://minna.cert.yahoo.co.jp/ormh/cert_list/

・帝国とアメリカと日本
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-164.html


uselection2



Has last night's win for Hillary Clinton in Pennsylvania altered the dynamics of the Democratic race? The media consensus appears to be that while there has been no substantive change, her solid 10-point victory has raised some awkward questions for Barack Obama.

Why, after a string of phenomenal successes, is he struggling to land a knock out blow on his rival? Is Clinton correct in her assertion that he is unable to carry the big states crucial to a Democratic victory in the autumn? The Obama camp has some strong answers, arguing that the former point could equally be applied to Clinton, the one time presumptive nominee. On the latter, it asserts that there are in fact not three or four battleground states but 10 or 11, a large swathe of which the Illinois senator has won. Nevertheless, it is a case that the campaign is going to have to argue very forcefully over the coming weeks.


昨夜【4月22日 】のペンシルバニア州におけるヒラリー・クリントン女史の勝利は民主党の大統領候補指名レースの力関係に何か変化を与えただろうか。彼女のこの勝利は大勢に影響しないものの、バラク・オバマ氏を10ポイント引き離して勝ったその横綱相撲はオバマ氏に対処することが容易ではない疑義を浮上させた。そうメディアはほぼ一致して見ているようだ。

驚異的な成功を連発しながらも、オバマ氏はなぜ決定的な打撃をライバルに与えることに失敗し続けているのか。秋の【大統領選挙本番での】民主党の勝利に死活的に重要な大規模州でオバマ氏は過半数を制することができないというクリントン女史の主張は正しいのではないか。これに対してオバマ支持者は説得力のある回答を用意している。すなわち、前者の問いに対しては、一度は指名獲得を確実視された候補であるクリントン女史についても同じことが言えるではないか。而して、後者については、実際の所、主戦場になる州は3-4個もないのであって、広大な帯をなす10から11の州ではこのイリノイ州選出の上院議員【オバマ氏】が勝利してきたではないか、と。オバマ支持者の抗弁にもかかわらず、しかし、この件に関しては来る数週間の間、議論は益々熱を帯びることだろう。



Meanwhile, concerns over the destructive nature of the campaign are reaching stratospheric levels. The New York Times today appeared to be backtracking on its initial endorsement of Clinton with a scathing editorial urging her to drop her "mean, vacuous, desperate" tactics now for the sake of the party and calling on superdelegates to end the bloodbath as soon as possible.

The Washington Post cited exit polls suggesting that seven out of 10 voters thought Hillary had been unfair in her attacks, while half said the same of Obama. In another article, it appeared to query the utility of Hillary staying in the race, noting that it was almost impossible for her to catch her rival in the delegate count or popular vote. It quoted loyal Clinton supporters privately expressing doubts about her ability to prevail, even in the wake of her Pennsylvania win. ・・・・


他方、 民主党の大統領候補指名を競っているこの選挙運動の破壊的性質を危惧する声もまた最高水準に達しつつある。今日のNew York Times はクリントン女史に対する容赦ない社説を掲載したことで、当初のクリントン支持の撤回に舵を取ったものと思われる。その社説は、クリントン女史に「野卑で空疎で常軌を逸した」戦術を民主党のために放棄するよう求めており、また、特別代議員に対しては血で血を洗うこの党内の戦いを可能な限り早く終わらせるよう正式に提案した。

Washington Post は、10人の投票者の内7人がクリントン女史のライバル攻撃は公正さを欠いたものだと感じており、一方、同じく半数の投票者がオバマ氏に対して同様に感じているという【ペンシルバニア州予備選挙における】出口調査の結果を紹介した。他の記事で同紙は、代議員総数でも得票総数(popular vote)でも彼女が彼女のライバルに並ぶことはほとんど不可能であることを説明した上で、指名候補競争に踏みとどまっていることにどんな意味があるのかと、クリントン女史に対する疑義を示唆したように思われる。同紙は、ペンシルバニアでの勝利の直後であるにもかかわらず、筋金入りのクリントン支持者がふと漏らした彼女の勝利に確信が持てないという呟きを引用してもいる。(後略)


(2008年5月7日:Yahoo版にアップロード)

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テーマ : 政治・経済・時事問題
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naganochina



今回の長野では、支那側も「北京オリンピック反対派」のマジョリティーである独立系の双方とも「暴力沙汰」を起こす気はなかったのだから、街宣右翼と外国人の人権派だけを隔離すればもともと「大騒ぎは起きない」。ならば、より組織的統制のとれている支那側に優先権を与え反対派は騙してでも各個分断するにしくはないと警察は考えたのかなと思います。

私は、当日は、今後の参考に双方の勢力や支那側と警察の戦術を確認するため「聖火」の動きとは関係なく長野中を動き廻ってよい運動になりました。

警察の規制が想定外に支那に有利だったことや、部隊移動のスケジュールを立てていなかったこと、街宣右翼の動員が思ったほど多くなかったこと(よって、支那側にそれに対処するための人員を割かせることができずその分彼等にフリーハンドを与え、独立系の動きにも影響を与えたこと)等々、反省点も多かったが、多分、こんなイベントに生まれて始めて参加したような若者や家族連れも多く勇気づけられました。

それにしても現地で自分の目と耳で見聞きした光景と日本の新聞・TVが報じた内容にはかなりのギャップがあった。日本の新聞は読むに値しない。常日頃からそう思っているけれど、ここに紹介した海外報道を読んでその感を一層深くしました。Times の” Japan mobs Olympic torch of trouble,”「聖火、日本で喧々囂々たる紛争の火種と化す」(By Michael Sheridan, April 27, 2008)。

聖火リレーコース沿道の「陣取り合戦」の紹介に明け暮れた日本の新聞やTVに比べて、聖火リレーの持つ国際政治や歴史的な意味、あるいは、チベット問題に関して正直そう国民の関心が強かったとは言えない日本においてさえ、重厚かつ堅固な警察の警備体制を敷かざるを得なかったこと自体が孕んでいる支那の問題点を実にフェアに論じた記事に、日本と欧米のジャーナリズムのパフォーマンスの差を嫌でも感じたということ。また、IOCに対する皮肉も胡椒が利いている。拙訳だけでなく、是非、英文も堪能していただければと思います。


naganotibet


Rival chants of “Free Tibet” and “Go, China” pursued the Olympic torch through the Japanese city of Nagano yesterday as more than 3,000 police held back demonstrators along the relay route. Five men were arrested and four were injured after pro-Tibet demonstrators clashed with Chinese students.

A team of Japanese police in tracksuits ran alongside the torch, avoiding any of the scenes that marred the London leg of the relay, when a squad of Chinese security guards fought off protesters.・・・

While the Japanese authorities breathed a sigh of relief after yesterday’s event, the government in South Korea placed thousands of security personnel on alert for its stage of the relay this morning. Human rights activists in Seoul have vowed to stage a protest at China’s treatment of North Korean refugees and in support of Tibet.


昨日(4月26日)、3000人にも及ぶ警察官が聖火リレーコースに沿ってデモ参加者を規制する中、「チベットに自由を!」と「頑張れ支那!」という敵対する両陣営のシュプレヒコールがリレーされる聖火を追いかけながら長野市内を移動した。逮捕者5名、そして、チベット支持派と支那人学生の衝突により4名が負傷した。

ジャージに身を包んだ日本の警官隊が聖火ランナーの両サイドをガードしつつ並走。これは支那から派遣された護衛班が(支那に)抗議する人々を撃退したことにともない、ロンドンでの聖火リレーが台なしになった轍を踏まないように工夫されたもの。(中略)

昨日のイベントが終了し日本の当局がほっと安堵の息を漏らしている一方、韓国政府は韓国での聖火リレーに備えて、今朝、数千人の警備要員を配置した。人権活動家達が、支那政府の北朝鮮難民への取り扱いへの抗議と、チベットを支持すべく支那への抗議を計画しているとソウルで言明したからだ。


The torch is now on the last international stages of the relay. It will go on to North Korea, Vietnam and Hong Kong before a tour of Chinese cities until the games open in Beijing on August 8. The global spectacle of police and protesters has been far from the goodwill pageant that Chinese leaders envisaged for the relay.

It may have contributed to China’s decision, announced on Friday, to meet representatives of the Dalai Lama. Beijing has received “positive responses” from around the world to its initiative, the state news agency, Xinhua, said yesterday.・・・

Chinese political analysts, however, warned that the two sides do not agree even on the boundaries of Tibet. In a sign of divergences within the Chinese regime, two party newspapers, the People’s Daily and the Tibet Daily, yesterday coupled reports of the official announcements with scathing attacks on the Dalai Lama.


支那国外の聖火リレーはその最終局面にあり、8月8日の北京での開会式まで続く支那国内のリレーに入る前の予定としては、北朝鮮・ベトナム・香港を残すだけになっている。畢竟、世界中で繰り広げられた警察の警備と批判の光景は、支那の指導部が心に描いていた聖火リレーのイメージ、すなわち、友好を演出するイベントとはかけ離れたものになっている。

而して、(聖火リレーを巡る)この状況が支那政府をして、ダライ・ラマの代理人と会談するという決断を金曜日(25日)に発表させたのかもしれない。支那政府のこの発表は世界中から「好感」をもって迎えられていると支那政府の国営通信社、新華(通信社)は昨日報じた。(中略)

支那政治の専門家は、しかし、支那側とダライ・ラマ側はチベットの国境線についてさえ合意できていないと楽観を戒めている。支那政府内部の意見の不一致の現れなのか、人民日報とチベット日報という 支那共産党系の二つの新聞は昨日、ダライ・ラマに対する容赦のない攻撃を含む公式見解を発表した。


Communist party officials are conducting a harsh campaign to reeducate or punish dissident monks in Tibetan monasteries, according to a detailed report in yesterday’s South China Morning Post.

It quoted a senior official in Qinghai, a Chinese province inhabited by Tibetans, as saying the aim was tighter control over religion.

The report coincided with a call by the president of the International Olympic Committee, Jacques Rogge, for the West to stop “hectoring” China over human rights “You don’t obtain anything in China with a loud voice,” Rogge said in an interview with the Financial Times. “That is the big mistake of people in the West.”

The Olympic president said that the West had taken 200 years to evolve from the French revolution but China started only in 1949.

Most Chinese historians say it was the democratic revolution of 1911 that marked an equivalent turning point for their country. It is orthodox Communist party teaching, however, that progress began only after “liberation” and the end of “old China” in 1949.


昨日の(香港の英字新聞)South China Morning Post が詳細に報じた所によれば、支那共産党の当局者は、チベットの僧院に拠る反体制派僧侶の再教育および処罰を行なうべしとする執拗な批判のキャンペーンを行なっている。

同紙はチベット人が住む支那の省の一つである、青海(省)のある高官の言葉を引用して、支那政府によるチベット人僧侶に向けられた批判キャンペーンの目的は宗教に対する規制強化であると報じている。

同紙はまた同じ記事の中で、西側先進諸国に対して人権問題を理由に支那を「虐める」のを止めるべきだと説く国際オリンピック委員会のジャック・ロゲ会長の要請をも紹介している。ファイナンシャルタイムズのインタヴューに答えてロゲ会長曰く、「声高に支那を批判しても何も得ることはない」、「支那を批判することは西側に住む人々の大いなる過ちである」、と。

この国際オリンピック委員会の会長は、西側諸国は現在の(人権状況の)段階に進化するまでにフランス革命から200年を経過しているのに対して、支那は(近代国家への歩みを)1949年に始めたばかりなのだとも述べた由。

けれども、支那史の専門家の中では、この国において(フランス革命に)匹敵する時代の画期となったのは1911年の民主化革命(=辛亥革命)と考えている者が大多数なのだ。他方、支那共産党の公式の教義では、1949年の「解放」と「古い支那」の終焉からやっと(この国の)進歩の歩みが始まったことになっている。



【参照動画】





【参考記事】


・長野聖火リレーde「チベットに自由を!」を叫ぶブロガーのためのマニュアル
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/52903438.html

・聖火リレーの前に決まりつつある「関ヶ原@長野」での北京オリンピック反対派の勝利
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/53035530.html 
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/53035607.html

・「チベットに自由を!」を長野で訴えるブロガーのための実践マニュアル
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/53134688.html



(2008年4月30日:yahoo版にアップロード)

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