omutafireworks
【Fireworks at Omuta】


暑いですね。でも、暑いときには熱い飲み物が身体の細胞に心地よい。そして、暑いときこそより熱く、大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する観念左翼社会主義者と、そのタイ製ソーセージじゃなかったシャム双生児である観念右翼社会主義を唱える国粋馬鹿右翼退治。これが(美容と)身体&心の健康によろしいかと思います。個々の日本人にも日本総体にとっても。     

・海上自衛隊横須賀基地オープンベース
http://www.mod.go.jp/msdf/yokosuka/kouhou/chibiyan/chibiyan.html


来週から(これから日本の国際競争力と安全保障をになうであろうエリート予備軍諸君の)缶詰研修の総括が始まる。実は、昨日今日明日が【8月2日の海上自衛隊横須賀基地オープンベースを挟み】9月末までの最後の「休日」。ということで(?)、ブログなのだからたまには軽めの記事。この貴重な休日に読み返している愛読書のことなど。

さー、蛍の光、窓の雪。
Time is money. 
時間がないなら(時間は)金で買え!
勤倹力行・刻苦勉励!



・・・が良いとは必ずしも言いませんが、少なくとも温和勤勉・精力善用・敬天愛人。この休みは読書三昧の予定です。漫画です。而して、一期一会。おそらく誰にとっても一生で二度とないだろう、2008年の「夏休み」を堪能する。南氷洋で日本の文化と主権を守るために闘ってくださった「調査捕鯨船団」のクルーの皆さんに感謝しつつ、(このブログでは天照大神と同一の神格たる中島みゆきさんがまだ下天におられた時にお好きだったらしい)拓郎の歌を聴きながら。暑い日が続きます。皆様、ご自愛くださいますように。    
    


【KABU&寛子さんの夏休み課題図書】

・諸星大二郎:栞と紙魚子の・・・

・森雅之:夜と薔薇

・川原泉:ブレーメン

・川原泉:メイプル戦記

・川原泉:甲子園の空に笑え!

・桂正和:電影少女

・じんのひろあき:ラブレター

・あずまきよひこ:あずまんが大王

・あずまきよひこ:よっばと!

・真倉翔:吉原の未来さん

・猫十字社:小さなお茶会

・西岸良平:鎌倉物語

・西岸良平:たんぽぽさんの詩

・秋月リス:ミドリさん

・岡崎次郎:アフターゼロ

・岡崎次郎:国立博物館物語

・岡崎次郎:時の添乗員

・岡崎次郎:Neko2(←ネコネコ)



【KABU&寛子さんの夏休みBGM&画像】


夏休み



落陽


人生を語らず


調査捕鯨船団の船出-鯨を追う男たち
http://wadaphoto.jp/kikou/hogei3.htm




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テーマ : これからの日本
ジャンル : 政治・経済

kikanheli


テロリスト集団グリーンピース・ジャパン(GPJ)による破廉恥な窃盗事件に関して容疑者であるGPJのテロリスト佐藤・鈴木が逮捕され起訴される中、GPJを支持するプロ市民系のサイトが立ち上げられました。「で、ホントのところはどーなのよ、今の日本の捕鯨って」です。本記事はそのサイト掲示板に投稿した私の記事の再録第2弾。

・で、ホントのところはどーなのよ、今の日本の捕鯨って
 http://kujira-do-nano.com/

・鯨退治記事再録第1弾:
 テロリスト集団グリーンピースを支援する市民団体系の掲示板で
 カルト的テロリスト支持者を斬ってきた
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-404.html

尚、このプロ市民団体系のサイトはGPJをクライアントとする広告広報のエージェント、サステナ社が運営管理しているという建前のものです。けれども、そのサイトのURLが(捕鯨賛成側からの指摘があった7月12日午前7時19分までは、現在の「・・・kujira-do-nano.com/」ではなく、GPJのサイトと同じ「くじらGP」であった事実。あるいは、サイトの本編記事にはGPJの擁護論のみが掲載され続けていた事実。更には、本編のコメント欄が管理者の認可制になって以降の投稿記事の採否の実際を見れば、このサイト自体、GPJの外部サイトとはとても言えない第三者を装ったGPJ擁護のためのGPJの委託を受けたサイトであることは明らかだと思います。

テロリスト集団グリーンピースによる鯨肉窃盗事件を端緒とした今回の「鯨退治ミッション」もお蔭様で、我々捕鯨推進派の完勝で終りました。よって、私も地味で地道なブログ活動に「原隊復帰」します。而して、日本の保守改革派のための海外報道紹介と日本の保守改革派の主張の海外への発信を充実させることで、もって大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義(観念左翼社会主義)を信奉する勢力とそのシャム双生児である観念右翼社会主義を唱える国粋馬鹿右翼退治。この持ち場で一層微力を尽したい。そう考えています。連帯を求めて孤立を恐れず、共に闘わん。








【鯨退治ミッション完勝記念! 水銀灯-ローゼンメイデン】



●グリーンピースが「環境NGO」?
7月20日、日曜日の朝日新聞(東京本社版・14版)に所謂「遺伝子組み換え食品」についてこんな記事が掲載されていました。以下引用開始。

(前略)組み換え原料の含有量が少なかったり、食用油やしょうゆなど加工される途中で組替えDNAなどが除かれたりする食品には表示が不要とされている。環境NGOグリーンピース・ジャパンの棚橋さちよさんは「必ずしも必要がない『組み換えではない』という表示は広く見られるのに、『組み換え』を正直に出す例がほとんどないのは、食品メーカーが消費者の知る権利を軽く見ているためだ」と批判する。(後略。以上、引用終了)


個人の財物を窃取するテロリスト集団がよく言うものだ、です。畢竟、グリーンピースが窃盗を働いてもその行為の犯罪性を認めないのは「個人緒財産権・プライバシーの権利を軽く見ているため」だろうし、究極的には「法と正義の内容は自分達が決める」という心性、すなわち、彼等が「法治主義を軽く見ているため」でしょう。

而して、松本・地下鉄サリン事件の後、オーム真理教への捜査が開始されて以降、かつ、オーム真理教がその犯罪を認め謝罪していない間、オーム真理教のコメントが「仏教系メデイテーショングループ」などとして紹介されることなどなかった。

蓋し、マスコミ各社はテロリスト集団グリーンピースが今次の窃盗事件を公式に謝罪するまで、そのコメントなど断じて紙面に載せるべきではないのではないでしょうか。百歩譲って、そのコメントなりを掲載する場合にはそれは「テロリスト集団グリーンピース・ジャパン」と明記すべきであり、くれぐれもこの「カルト的テロリスト集団」があたかも「環境NGO」であるという誤解を読者に与える表記はするべきではない。朝日新聞の当該の記事を読んで私はそう思いました。



●捕鯨は何故、国策なのか? 国民がそれを支持しているからでしょう

この掲示板に「なぜ、これほど捕鯨問題は国内の意見でもこれほどこじれるのか」という素朴な問題提起が投稿されていた。予断・固定観念から自由な素朴な問題提起に見える素直な問い。けれど、私はこの「なぜ、これほど捕鯨問題は国内の意見でもこれほどこじれるのか」という捕鯨問題の感じ方こそある意味テロリスト集団グリーンピース等の反捕鯨論者が狡猾に形成した世論操作の帰結ではないのかと思うのです。

すなわち、この認識自体が既に情報バイアスの帰結であり間違いではないでしょうか、と。なぜならば、共産党から自民党まで、日本の全政党が捕鯨賛成である現状。すなわち、全政党が党議拘束を外したとしても衆参722人の全国会議員の中で「調査捕鯨の継続に反対」を投じるのは多くて5-6人と予想される現状。あるいは、GPJの公称6000人の会費払い済みサポーター(実数は、話半分以下の3000人弱だとしても)の中核を占める代々木系の環境活動家(=共産党支持者の活動家)もこと捕鯨問題に関してはGPJを支持しておらず、捕鯨に関してはテロリスト集団GPJの中でも一層カルト的な帰国子女や官民を問わず実社会では使い物にならないICU卒業者等々の相対的に劣った人材がかかわっているだけという現状。これらの現実を鑑みるに、「捕鯨推進に関して、国内の意見は他に類をみないほどまとまっている」というべきなのです。

この現実を受けて、捕鯨賛成といってもその「捕鯨」には「南極海での捕鯨」を含めていない人が少なくない。あるいは、この国民世論の現状は、マスコミを巻き込んだ日本政府(≒水産庁)主導の世論操作の結果である、等々とテロリスト集団グリーンピースは述べる。

けれどね、どんな政策イシューについてもデイテールに関しては個々の国民は「同床異夢」なのです。それが完全に一致しなければ、そう「同床同夢」でなければある政策を国民が支持していることにならないなどは、代表民主制にそもそも反する我田引水の議論でしかない。これは完全な「同床同夢」的な国民のコンセンサスの統合が困難であるという法制度の技術的問題ではなく、代表民主制という政治イデオロギーの本性から導かれる事柄なのです。まして、国民生活に関係する社会のほとんどあらゆる領域が国家のサーヴィスと国家の規制の対象になっている現在の福祉国家型社会における大衆民主制においてはこのことは一層明らかなことでしょう。

加えて、国民世論の結果を政府の世論操作に帰すなどは(自分達の世論操作の失敗・努力不測、すなわち、低パフォーマンスを棚に上げてする)国民を見下す「選民意識」にほかならない。畢竟、今次のテロリスト、佐藤・鈴木の破廉恥な窃盗事件に関して国民の怒りがGPJに集まったのは、そのような「法と正義の内容は自分達が決めるのだ」というGPJが帯びる独善性・カルト性、すなわち、「選民意識」にあったのではないでしょうか。

よって、私はGPJは直ちに、鯨肉を窃取した捕鯨船の乗組員と国民に対して謝罪を行うべきであると考えるのです。尚、代表民主制・民主主義に関する私の基本的な理解については下記拙稿をご参照ください。


人権と民主主義は国境を越えるか
 
民主主義とはなんじゃらほい 


●WWFジャパンの方針と見解に根拠はあるのか?
テロリスト集団グリーンピースを支持するカルト的環境保護論者と思われる方が次のような投稿をされていました。以下引用。

 http://8323.teacup.com/kujiradonano/bbs/1234


WWFジャパンはクジラ保護に関する方針と見解を発表しています。現在の水産庁をはじめとする日本の商業捕鯨の問題点、ずさんな調査捕鯨の問題点、国際条約の批准の重要性等を、第三者機関の立場で客観的に指摘しており、よくまとまっていますので、転載させていただきます。明確な方向性、ビジョンを提示していると言えるでしょう。・・・「捕鯨と保鯨」のはざまで、そろそろ最良の道を歩み出す時期のようです。


・WWFジャパン:
 クジラ保護に関するWWFジャパンの方針と見解(2005/5)
 http://www.wwf.or.jp/activity/marine/lib/whale/wl-policy2005.htm


この方に対して私はこうコメントしたいと思います。すなわち、

WWFジャパンのクジラ保護に関する方針と見解は存じております。而して、貴殿は、この方針と見解を妥当なものと考えられるのですね。ならば、これらの項目の妥当性について根拠を提示ください。それでなければ生産的な議論はできませんから。

畢竟、日本および捕鯨国は国際法を遵守しているのに対して、このWWFジャパンの方針と見解は現在の国際法を超える内容を日本に求めているものです。而して、現在の国際法においては自国が進んである特別の国際的取決めを条約として締結批准するのでない限り、(経済的排他水域を含む)領海内および公海上で海洋資源を取得することは主権国家の自由なのです。

ならば、WWFジャパンやテロリスト集団グリーンピース、または、その支持者がご自分の願望を述べられるのは勝ってですが、その見解と方針に従うように日本政府に(究極的には日本国民に)求めるのなら公共的根拠が必要なのですから。

ちなみに、私は捕鯨と国際法、捕鯨と政治の関係については下記URLのように考えています。では、WWFジャパンのクジラ保護に関する方針と見解についての根拠をお待ちしています、と。

・鯨退治記事再録第1弾:
 テロリスト集団グリーンピースを支援する市民団体系の掲示板で
 カルト的テロリスト支持者を斬ってきた
 ▽「調査捕鯨は国際条約違反」か?
 ▽調査捕鯨の価値は国民が正規の政治的回路を通して認めたものだ
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-404.html

また、捕鯨を推進する日本の立場と行動が、所謂「文化帝国主義」と決別したはずの現在の国際法から見て正しいこと、日本は粛々と調査捕鯨において成果を積み上げていること、および、所謂国際機関の杜撰な実体については下記資料をご参照ください。

・鯨は再生産可能の自然食資源
(日本鯨類研究所 1996年発行「捕鯨と21世紀」より)
 http://luna.pos.to/whale/jpn_renew.html

・JARPA(日本の南極海鯨類捕獲調査)の成果
 http://www.icrwhale.org/03-A-a-08.htm

・IUCNは自身の信用を特定利益団体にゆだねている
 http://luna.pos.to/whale/jpn_hna_iucn.html




(2008年7月21日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 捕鯨・反捕鯨問題
ジャンル : 政治・経済

orekimirect
【俺は、君のためにこそ死ににゆく】



●解題
本稿は5年前に弊サイトにアップロードした記事です。当時は、憲法改正国民投票法の制定と並んで(これはその再起を念じての叱咤激励の呼称なのですが)「根性なしの安倍前首相」の最大の功績の一つ、教育基本法改正(2006年12月)に向けた議論がいよいよ真剣味を帯び始めた頃。教育基本法が改正され、その新教育基本法に基づく学習指導要領が制定された今から思えばもう随分前のことのように感じてしまいます。

けれども、本稿はgoogleでもYahooでも「橋爪大三郎」または「愛国心」をキーワードにした検索ではいずれも2年半余りTop5位以内にランクされていた論稿であり、古くからの同志読者からはブログへの収録を促す要望をこれまで何通かいただいていました。而して、ブログ運営といえども客商売。本稿は、「愛国心」なるものについて演繹的にではなく帰納的に考えた私の論稿としてはほとんど唯一のものであることもあり、(一部加筆修正の上)ここにアーカイブ記事としてブログに搭載することにしたしだいです。以下、アーカイブ記事。


hasizumedebu



■はじめに
東京工業大学の橋爪大三郎さんが教育基本法改正の動きを批判する論稿を書かれた。『論座』(朝日新聞・2003年9月号)所収、『愛国心の根拠は何か』である。原稿用紙20枚足らずの小品。けれども、それは実にラディカルで手堅い論稿。

私は、『言語ゲームと社会理論』(勁草書房・1985年)以来の橋爪ファンであり、実際、私のウィトゲンシュタインと構造主義の理解は橋爪さんの影響を少なからず受けている。『愛国心の根拠とは何か』には、しかし、私は全面的には同意することはできなかった。『愛国心の根拠とは何か』はその扱われている思索の射程内ではパーフェクトかもしれないけれど、その射程を越える重要な事項があるのではないか。そう思うからである。

蓋し、橋爪さんが愛国心の対象として措定される国家の概念が私には狭すぎるように感じられた。愛国心の対象は文化とも民族とも原理的に疎遠な人為的な国民国家に限られるものだろうか。もしそうなら、愛国心を涵養する愛国心教育とは橋爪さんが喝破されるように「政治的国家に関する教育」、すなわち、「民主主義の教育」に他ならなくなるだろう。そして、日本の文化伝統を中核とした愛国心なるものを涵養すべく教育基本法を改正するなどは、愛国心の育成という教育政策の目的からは「本質を外れている」という橋爪さんの主張は肯定されなければならなくなる。畢竟、『愛国心の根拠とは何か』の妥当性の根拠は、国家の概念に収束する。以下、『愛国心の根拠とは何か』を要約紹介したうえ、国家の概念について私見を整理し、もって、『愛国心の根拠とは何か』の根拠を吟味したい。


■『愛国心の根拠とは何か』の要約紹介
『愛国心の根拠とは何か』は、『論座』(9月号)の特集「フォーラム 愛国心って何だろう」の巻頭論稿である。同稿は、副題「個人と国家の関係をとらえ直す」を冠し解題を伴っている。すなわち、「「愛国心」という言葉は、いろいろな意味や感情を込めて語られる。だから、それは、つかみどころのない、えたいの知れないもののように映る。元来、愛国心はどこから発したのか」、と。以下、本編を要約引用する。

愛国心は、近代国民国家の成立とともに始まった。
大革命の結果、フランス共和国が成立した。その武力は、絶対王政下の傭兵というわけにはいかず、徴兵制にもとづく国民軍となった。自由という価値(イデオロギー)のために戦う、近代的軍隊の誕生である。自由に価値を置き、その自由を保障してくれる国家のために、命を投げ出す。自由を享受することと、税金を納め兵役につくこととは、いわば引き換え(契約の表うら)になる。自国のために戦う兵士たちは、自国の掲げる理念へのコミットメント、すなわち、愛国心がなければならない。(中略)しかし、フランスで徴兵制が可能になったのは、アメリカ独立戦争の経験を参考にしたからではないかと思う。(9頁上段)

今日、国民軍や愛国心の存在は、当たり前にもみえる。
けれども、そうしたものは、なかなか生まれにくかったということを理解しておくべきだろう。国家は、人為的に構成された、あくまでも世俗的な団体である。それに対して、人びとが信奉する価値は、伝統的なものや、宗教的なものであろう。要するに、国家とは関係がない。国家が理念を掲げたり、国家の理念に人びとが一体感を感じたりするというのは、むしろ、不可解な現象なのだ。(9頁下段)

愛国心は、個人が、公共的なものにいかに関わるかという問題だ。(中略)「公共」という場合、人びとの関係はいわば他人同士(違う家族の人びと)である。だから、言論によって意思疎通したり、法律・貨幣・契約・制度などによって互いの関係をつくり出したりすることが、「公共」の場では大切になる。(10頁上・下段)

人びと(人民)が自分たちの政府を組織している状態は、尊敬に値する。人びとは、このことを誇りに思うだろう。愛国心が、もしも根拠を持つとしたら、それは、この国の政府は自分たちが組織したのだという点にもとづく以外にないと思われる。近代国家は、世俗の国家である。単に自分がそこに属するからというだけでは、国家を愛する理由にはならない。(11頁上・下段)

そこで議論になるのは、いったいどの範囲の人びとが、政府を組織し、国家を構成すればよいのかという問題だ。これには解答がない。フランスはなぜ、フランスなのか。ドイツはどこからどこまでなのか。現在、地上にさまざまな国家が存在するが、多くが分離独立運動を抱えている。国家が国民をうみ出し、国民が国家をつくり出す。この関係は、ニワトリとタマゴのようなものである。現実には歴史の偶然によって、個々の国家が生まれるほかなかった。(11頁下段)

だが国家は、まったく恣意的に生まれるとも言えない。
多くの国家は、実際には、人種や民族や、文化や伝統や、言語や宗教やといった、人びとの同質性や特殊性を基盤にして形成された。あるいは、伝統的に存在した前近代国家を再組織するかたちで、形成された。このため、多くの国家は、公共サーヴィスを行うという世俗的な役割のほかに、民族や文化や伝統などの具体的な内容をともなう「共同体」としての色彩を受け継ぐことになった。(11頁下段)

国民が、自分たちの国家を肯定しようとする運動が、ナショナリズムである。(中略)
ナショナリズムは、国民国家ならかならず必要なものである。いっぽう、具体的な内容(民族や文化)をともなったナショナリズムは、害悪をもたらす可能性が大きい。なぜならそれは、少数者を排除し、差別や迫害の標的としがちだからである。(11頁下段-12頁上段)

プレ近代から近代に移行する時期の日本の驚くべき点は、日本の存在(日本人の存在や領土の範囲)が自明とされ、疑われなかったことである。(中略)明治維新が成功したのは、天皇をシンボルとして用いることができたのが大きい。天皇は、日本のナショナリズムに、具体的な内容を(民族主義、伝統主義、文化的優越主義、・・・)を与えることになった。そして構成された国家は、まったく世俗的なもの(丸山眞男のいう中性的国家)ではなしに、共同体的要素、宗教的要素を含むものとなった。(12頁下段)

ナショナリズムに、具体的な内容を盛り込めば盛り込むほど、その内容を引き受けられない人びとに対する差別を、必ず帰結する。アメリカの掲げる「自由」(そのもとで個々人の多様性を許容する)は、そうした差別をうまない、いまのところ最善の工夫のひとつである。(13頁上段)

歴史や文化を教え、日本人としてのアイデンティティを育む教育をしようと思うなら、同様に、日本人でない日本社会の構成員の歴史や文化も、教えなければならない。(中略)多文化主義で補完しなければ、日本人のアイデンティティは偏ったものとなってしまう。(中略)これらのこととは異なったレヴェルに、政治的国家に対する国民の関係があるということを、学校教育ははっきり教えるべきだろう。政治的国家に関する教育とは、わかりやすく言えば、民主主義の教育である。(13頁上段・下段)

愛国心が大切だと、スローガンのように叫んでも、なんの意味もない。教育基本法を改正することも、問題の本質を外れている。大事なことは、「公共」の新たな概念をもとに、個々人と政治的国家の関係をとらえ直すことであり、それに基づいて、民主主義をきちんと教育することである。(13頁下段) 以上引用紹介終了。



■『愛国心の根拠とは何か』の根拠は妥当か?
近代国民国家は、すべからく人為的な国家にすぎず、それは個々の諸国民にとって、国家内の社会生活に参加し、国際政治というゲームに参加する際に必要な<チーム>や<チームのユニフォーム>にすぎない。而して、ある人が(もちろん、受け入れ先のチームがあるという前提付きではあるけれど、)、「来年は現在のチーム(例えば、日本)ではなく、好条件をオファーしてくれる別のチーム(例えば、米国)でプレーしようと」考えることも、近代国家とその国民の間ではなんら問題ではない。

否、国民の概念自体が、人為的で世俗的な近代国家の成立と同時に(一枚のコインの表とうらの関係として、)、誕生した。大革命が産み落としたフランス共和国やプロイセン主導のドイツ帝国の成立までは、一人のフランス人も一人のドイツ人も地球上のどこにも存在しなかったのである。畢竟、ある任意の近代国家の正規メンバーが当該国家の国民であり、また、当該国家とはその国民が形成する共同的な幻想や共同的な法体系の観念に他ならない。橋爪さんの『愛国心の根拠とは何か』が基盤を置くであろうこのような国家観と国民の概念に私は全面的に賛同する。

しかし、橋爪『愛国心の根拠とは何か』には、国家と国民の関係に関して私は2重の意味で過度な単純化の弊害を見出すのである。すなわち、人為的で世俗的な近代国家はその苗床となった「前近代国家」の影響を完全には払拭できないのではないか。そして、もし近代の国民国家が「前近代国家」に憑いている民族的・文化的・伝統的な要素を少なくとも法律や行政の部面においては完全に払拭できたとしても、そのような人為的=人工的な国家も時間の経過の中で他の諸国民に対しては、一種、特殊で独特な民族的・文化的・伝統的な要素(共同体的要素)を帯びる<共同体>に変容してしまうではないか。そのような変容の進行は(例えば、アメリカ憲法が物神化しているとしか思えない現在のアメリカ合衆国を想起すれば、)不可避であり、神ならぬ身の人間には押し止めることはできないのではないか、ということである。


■人間は人為的国家という枠組みに収まりきれる存在ではない
20年近く昔のことだけれど、同志社大学で行われたあるセミナーの懇親会で橋爪さんとご一緒したときに、橋爪さんの言葉で今でも印象に残っているものがある。すなわち、「完全な自動翻訳機ができるとしたら、天皇制はなくなるでしょうね」、と。

私はこの命題の真偽については今でも結論を出せないでいるけれど。民族の文化や伝統なるものが、煎じ詰めれば、民族の構成員の行動の傾向性の中にしか存在せず(例えば、正月になれば神社にお参りにいくとか、男の子が産まれたら5月5日には鯉幟を立てるとか、)、その行動の傾向性を担保しているものは言語が媒介する世界観や世界像に他ならないことまでは正しいと思う。

ならば、ある言語を(例えば、日本語)をあるアルゴリズムに従って完全に他の言語(例えば、北京語や英語)に移行できたとするならば、日本語が形成している日本人の世界観や世界像もまた北京語や英語が各々形成している世界観や世界像とコンパチブル(共約可能)ということであり、日本文化の核心たる天皇制も自動翻訳ソフトのアルゴリズムの上では特別な要素ではなくなり解消して行くことになる。まあ、このような帰結も、満更、荒唐無稽ではないのかもしれない。もちろん、橋爪さんが「完全な自動翻訳機ができるとしたら、天皇制はなくなるでしょうね」という言葉で本当は何をおっしゃりたかったのかは不明だけれども。

完全な自動翻訳ソフトの開発は可能か? 私は、実は、かなり懐疑的である。その理由は、いたってシンプル。(a)言語は常に変化していること(しかも、総ての部分が他の全体と相互作用を繰り返しながら常に変動していること)。(b)フッサールが喝破した如く、「意識が何ものかに対する(言語の形式を取る)意識である」とするならば、翻訳とは「ある人間の意識」の公共化に他ならず、而して、(完全な翻訳か否かを判定するのは人間でしかないのに、言語は1個の人間のキャパを遥かに超えた有機的な統一体であり)生身の人間はその翻訳の正しさというか、翻訳アルゴリズムの能力を判定することはできないことである。その点、円周率を小数点以下50億桁とか500億桁までコンピューターが計算で求めた成果の判定や詰め将棋ソフトの性能判定とは事情は全く異なる。

言語の恒常的な変化、言語が人間の意識自体であり、他方、言語は判定者たる人間存在のキャパを超える存在であること。これが「完全な自動翻訳機ができるとしたら、天皇制はなくなる」という命題の真偽に私がいまだに首肯できないでいる理由である。

言語が自生的な存在であり変転極まりないものだとするならば、ある言語が最終的に担保しているある民族の世界観や世界像もまたそうなのではないか。蓋し、前近代の国家の共同体的要素や、ある人為的国家に時間の経過と共に次々と憑依してくる共同体的要素を、国家=国民という近代国民国家の教科書意的な理解で否定し尽すことは不可能。私はそう考えている。畢竟、人間存在は人為的国家という枠組みに収まりきれる(一旦収まったからといって未来永劫そのままであり続ける)ようなお行儀のよい存在ではないのではないか、と。


orekimisq



■『愛国心の根拠とは何か』の教育基本法改正論批判は妥当か?
私は、橋爪さんの立論に半ば賛成で、半ば反対である。
国家が世俗的存在を超える共同体的な要素を払拭できないにせよ、近代国民国家は人為的国家であり、近代国民国家は前近代国家を苗床にしながらもそれを再編しそれを超える存在として形成された経緯は尊重されるべきである。

人類は、その生産力と生産関係の二重の発展段階において、かつ、対自然関係・対国家関係・対国際関係・対社会関係というエコシステムの総ての領域で、最早、前近代国家が提供する社会関係と人間関係では現下の諸問題に対応できなくなっている。蓋し、地球環境問題や核兵器の拡散の状況、あるいは、益々グローバル化の進度を加速する国際経済のありさまを想起すればこのことは誰しも否定できないことだろう。

ならば、法と行政の主要な部面において民族的要素・文化的要素・伝統的要素を消去することは無理としても薄めることは不可避であろうし、国家の社会統合の根拠としては、伝統に裏打ちされた民族性なるものと並んで、公共的サーヴィスを行う国家権力を国民自らが形成し運営しているという経緯(支配の自同性)をも国民の一体感の根拠と位置づけることは妥当であろう。これが、橋爪さんの立論に私が半ば賛成すると記した所以である。

私は、民族的要素・文化的要素・伝統的要素が軽減されるのがむしろ適当な「法と行政の主要な部面」として、所謂、人身の自由、思想良心の自由、表現の自由、経済的自由という<国家からの自由>の領域を想定している。これは、就中、理性的な討論によっては共約不可能な「信教の自由」を中核とした思想良心の自由の領域では国家権力が一定の内容を国民に強制することには近代憲法においてはなんの正当性も見出し得ないということであり、他方、国家への国民と市民の社会統合にかかわる日本国民(永住外国人たる日本市民)のアイデンティティーとプライドの供給にかかわる国家の教育権、ならびに、国家の政策や方針の決定に関わる参政権や国家のサーヴィスを受ける権利たる社会権は除くということである。

何故か。私は、橋爪さんとは異なり、近代国家が完全に人為的で世俗的な国家になることは不可能であると考えているからである。而して、戦争で散華された英霊に感謝の誠を捧げるシステムである靖国神社を国家護持することは憲法の概念から演繹される憲法規範の要請ですらあり、その意味では「神道は宗教に非ず」なのである。畢竟、支配の自同性とともに日本の民族的要素・文化的要素・伝統的要素を加味した2重の契機による国家権力の正統化と正当化が、現実的なだけでなく政治思想的にも妥当な方途であると思っている。

国家は、<便宜的なチーム>や<ゲームに参加するために必要なチームのユニフォーム>であると同時に、民族的要素・文化的要素・伝統的要素という共同体的要素を孕んだ<運命共同体>でもある。このことは現実の国家と人間のありようを見る場合、不可避の認識なのではないか。ならば、参政権や社会権の主体をこのような<運命共同体の成員>に限定することは、世界のどの国からも批判されることではないだろう。蓋し、橋爪大三郎『愛国心の根拠とは何か』に私は半ば反対せざるをえないのである。

自動翻訳ソフトの例で説明した通り、国家なるものが人為的国家や世俗的国家に完全になりきることに私は懐疑的である。現在のエコシステムの発展段階においても、結局、国家は人為的であると同時に自生的な2重人格者的存在であることを止めることはできないのではないか。また、近代国家の諸国民は、ある国家で支配の自同性が貫徹されているからといって、当該の人為的国家のメンバーであることにだけプライドを感じ、アイデンティティーの根拠を見出すことは難しいと思う。

ならば、日本人以外の日本社会の構成者(日本市民)に対して、教育においても多文化主義的な視点から行政の支援がなされるべきことは当然であるけれど、他方、「日本は、日本の伝統と文化に価値を置く日本人がマジョリティーとして支配する国である」という認識を日本市民が持ち、日本市民の子女に公教育を通して教育することは、世界のどの国からも、毫も批判される筋合いのないことであると私は考える。


結論を書く。『愛国心の根拠とは何か』の教育基本法改正論批判は妥当か。私は、人為的国家の一員としてのプライドを涵養するという愛国心教育の契機は重要だと思う。その点、橋爪さんの言われる「政治的国家に対する国民の関係があるということを、学校教育ははっきり教えるべきだろう。政治的国家に関する教育とは、わかりやすく言えば、民主主義の教育である」という主張に私は賛同する。けれども、このような民主主義教育と並んで、日本の民族的要素・文化的要素・伝統的要素への帰属意識や一体感を涵養する教育もその重要性は否定されないと思う。近代国家の苗床としての「前近代国家=日本」を愛する心は、人為的国家を愛する心と並存可能であると考えるのである。蓋し、2つの愛国心教育。否、2重の愛国心教育を現在の日本社会は希求してはいないか。下記の愛国心教育のタイアップである。すなわち、

愛国心Ⅰ:人為的国家=日本の一員としてのプライドを涵養する民主主義の教育
愛国心Ⅱ:伝統的共同体=日本の運命共同体の一員としてのアイデンティティーとプライドを涵養する日本文化・伝統・歴史の教育


大東亜戦争後の日本の戦後民主主義教育は、教育における戦前の「民族的要素・文化的要素・伝統的要素」の残滓や侵入を激しく批判するもののようでありながら、橋爪さんが喝破されたように、それは民主主義(言語と法と契約を媒介としたディスクールを通しての合意の形成)とは異質な<共同体>を志向するものにすぎないと私も思う。

畢竟、大東亜戦争後の戦後民主主義は、世界の中で戦後の日本社会でしか通用しない特殊な「自由」と「平等」、「平和」と「民主主義」に共感するグループの中でしか説得力を持ちえない、「異質なものを排除」する<共同体的な世界観>だったのだろう。また、戦後民主主義が跳梁跋扈し猖獗を極めた時期に形成された戦後民主主義的な教育観はその純粋結晶にすぎない。ならば、橋爪『愛国心の根拠とは何か』は、ある意味、戦後民主主義的な教育観に対するラディカルな批判でもある。私は、その戦後民主主義批判の点において橋爪大三郎さんの主張に激しい共感を覚えている。


尚、本稿が扱った領域に関する私の基本的な考えについては下記拙稿をご参照ください。

愛国心教育などは愛されるに値する国になってから言いなさい?
 
国を愛することは恋愛ではなく人としての嗜みである
 
首相の靖国神社参拝の「違憲判決」について考える
 
憲法と教育法学と愛国心
 

人権と民主主義は国境を越えるか
 
民主主義とはなんじゃらほい
 
人権を守る運動は左翼の縄張りか? 保守主義からの人権論構築の試み 


戦後民主主義的国家論の打破(上)(中)(下)
 
憲法とは何か? 古事記と藤原京と憲法 (上)(下)



(2008年7月21日:yahoo版にアップロード)

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rechtistmacht


正義は勝つ、です。テロリスト集団に国民の怒りの鉄槌が下りました!
以下、グリーンピースジャパン(GPJ)からのメール紹介。
嗤ってやってください。

それにしても、テロリスト集団グリーンピースの星川事務局長は、テロリスト佐藤・鈴木の2名が起訴されたことを受けて次のように述べているそうです。

http://www.greenpeace.or.jp/info/features/whale/20080711_html

「国営事業における大きな不正を告発した佐藤潤一と鈴木徹が起訴されたことは、非常に残念だ。二人の職員は自ら責任をとる覚悟のうえで、国内法にも国際条約にも抵触する可能性が高い不正をどうしても明らかにする必要があると信じて、鯨肉横領の証拠品確保に踏み出した。鯨肉横領の疑惑は政治的な配慮から不問に付すいっぽうで証拠品入手の方法だけを取り上げれば、グリーンピースの調査方法に問題があったという判断になるのだろう。その点は真摯に受けとめたい。」


おいおい、

「真摯に受けとめたい」などと偉そうにホザク前に国民と捕鯨船の乗組員諸氏に謝罪したどうだ、と私は思いました。テロリスト集団グリーンピースは、


「真摯に受けとめたい」などと偉そうにホザク前に
国民と捕鯨船の乗組員諸氏に謝罪せよ



尚、「調査捕鯨」等に関する私の基本的な考え、ならびに、GPがテロ集団に他ならないこと、および、GPJの捕鯨反対論が荒唐無稽であることに関しては下記拙稿をご参照ください。

鯨肉窃盗事件☆グリーンピース・インターナショナルの「笑える」プロパガンダ紹介

鯨肉窃盗事件☆グリーンピース・インターナショナルがサポーターに出した「笑える」メール紹介
 
・グリーンピースによる「鯨肉入り宅配便」窃盗事件を巡る刑事責任に関する覚書
 


このグリーンピースによる姑息な暴挙を「テロ行為」と言わずして何を「テロ」と言うのか

グリーンピースの人権侵害救済申立書は「グリーンピース=テロリスト集団」の<自白証拠>
 



テロリスト集団グリーンピースを支援する市民団体系の掲示板でカルト的テロリスト支持者を斬ってきた
 
書評☆星川淳GPJ事務局長『日本人はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』

反捕鯨論の文化帝国主義的で傲慢な謬論を逐条撃破する


==============

グリーンピース・プレスリリース
2008年7月11日


グリーンピース職員2人、窃盗および建造物侵入の疑いで起訴
―― 調査捕鯨鯨肉横領の調査・告発の証拠品入手方法について


青森地方検察庁は、7月11日、南極海の調査捕鯨で得られた鯨肉を一部の捕鯨船員が横領していたという証拠を確保・告発したグリーンピース・ジャパン職員2人を、窃盗および建造物侵入の疑いで起訴した。横領の証拠である鯨肉の入手について問われたもので、2人は起訴後も勾留され、身柄は解放されていない。

グリーンピース・ジャパン職員の佐藤潤一と鈴木徹は、調査捕鯨鯨肉横領を告発(注1)した約1カ月後の6月20日、青森県警と警視庁公安部によって逮捕され、青森警察署に20日間勾留されている。2人は逮捕に先立つ5月26日に、彼らの調査活動の詳細を記述した上申書を東京地検に提出。青森県警にもそのコピーを送付していた。上申書には、彼らが調査した、南極海におけるいわゆる調査捕鯨で得られた鯨肉が、調査船団の一部の乗組員によって大規模に横領されてきた実態が詳細に記述されている。調査捕鯨は国民の税金によって行われている。また上申書では、警察の捜査にいつでも協力すると伝えており、逃亡や証拠隠滅の恐れもなかった。

「国営事業における大きな不正を告発した佐藤潤一と鈴木徹が起訴されたことは、非常に残念だ」とグリーンピース・ジャパンの星川淳事務局長は語り、「二人の職員は自ら責任をとる覚悟のうえで、国内法にも国際条約にも抵触する可能性が高い不正をどうしても明らかにする必要があると信じて、鯨肉横領の証拠品確保に踏み出した。鯨肉横領の疑惑は政治的な配慮から不問に付すいっぽうで証拠品入手の方法だけを取り上げれば、グリーンピースの調査方法に問題があったという判断になるのだろう。その点は真摯に受けとめたい。捜査当局にはグリーンピース側を調べるのと同じ厳しさで、政府の一部と捕鯨関係者によって隠蔽されている“調査捕鯨”の全容解明に力を尽くしていただきたい」と訴えた。

起訴を受けてグリーンピース・ジャパンの弁護団は、「二人は逮捕される前から、事実関係について詳細な上申書を提出しており、逃亡や証拠隠滅の恐れはない。刑事訴訟法の原則にもとづき、早期に保釈が認められるべきである」と述べている。

グリーンピース2人の逮捕に対して、世界からは、彼らの一日も早い釈放と鯨肉横領の実態解明を求める23万9000通以上の訴えが日本政府へ送られている。また、30カ国35都市の日本大使館・領事館などの在外公館の前で、今回の逮捕に抗議するアピールが行われている(注2)。

事件背景:
今年始め、調査捕鯨を委託されている共同船舶株式会社の複数の現役および元社員からの情報提供を受け、グリーンピースの海洋生態系保護キャンペーン担当職員は、捕鯨船日新丸から陸揚げされ、船員の自宅へ発送された横領鯨肉と目される荷物を追跡した。グリ?ンピース職員は、ある船員の自宅に送られた4個のダンボール箱のうち1個の内容物を確認し、不正の立証のために確保。5月15日、東京地検へ証拠品を提出する直前にグリーンピースは記者会見を開き、市場価格にして30数万円相当の鯨肉を記者らに公開した。5月20日、東京地検はグリーンピースの告発を正式受理し、翌日、鯨肉入りの箱も証拠物件として引き取った。その約1ヶ月後、グリーンピース職員の佐藤潤一と鈴木徹が逮捕された直後に、東京地検は鯨肉横領を不起訴としている。

(注1)鯨肉横領についての告発レポート『奪われた鯨肉と信頼-調査捕鯨母船
・日新丸での鯨肉横領行為の全貌』 ダウンロードサイト(PDFファイル 2.3MB)
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/whale/cyberaction/pdf

(注2)2人の釈放を求めた世界各国の日本国在外公館での抗議と23万9000人からの署名
http://www.greenpeace.org/tokyo-two/



(2008年7月11日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 捕鯨・反捕鯨問題
ジャンル : 政治・経済

kujiradonano
で、ホントのところはどーなのよ、今の日本の捕鯨って


●「調査捕鯨は国際条約違反」か?
主権国家の行動を左右するものは、独りその当該主権国家が「自らの意思で自己の行動を制約すると約束した場合」、すなわち、条約の締結・批准、および、国際法の一般法たる法的確信を獲得している慣習国際法に従う宣言を行った場合(慣習国際法には従わないと宣言した場合。具体的には、ソヴィエト・ロシアが成立した当初、ネップ期半ばまである種の慣習国際法に従わないことを宣言したのですが、そのような場合)に限定されるのです。

ならば、日本が締結・批准した条約に含まれず、慣習国際法でもなく、まして、法的拘束力がないことがIWC規約上も明らかな、IWCの諸勧告に日本が拘束される筋合いは全くない。畢竟、「調査捕鯨は国際条約違反」では全くないのです。

反捕鯨論者の思考の中には「日本は調査捕鯨制度の隙間をつき、科学的調査の名の下で商業捕鯨を行なっている」というステレオタイプの認識が垣間見える。而して、このような認識は鯨肉窃盗事件を犯したテロリスト集団グリーンピース・ジャパン(GPJ)の主張にも散見されるものではないか。そう私は感じています。

その認識は、あるいは、「調査捕鯨に科学的調査以外の目的が付随することは脱法行為である」。更に、「鯨肉が食糧として市場で売買されること自体が「商業捕鯨」である」「IWCで認められた調査捕鯨の、調査捕鯨が行う科学的調査の副産物である鯨肉に関する通常の流通機構とは異なる経路を通して鯨肉が市場に流通することは違法なことだ」という思い込みが(あたかも、鯨肉が「阿片」や「青酸系の毒物」、「児童ポルノのイメージ画像」や「拳銃・日本刀」と同様のものでもあるかのような錯覚が)あるのではないでしょうか。けれども、このような思い込みは国際法的は「根拠を欠く」論者の願望にすぎないのです。

而して、このような思い込みは自己の信じる<正義>のためには窃盗を犯しても毫も恥じない、GPJのカルト的反捕鯨テロリスト達や、そんな「泥棒集団」を支持するPeople Treeなどにも共通する感性であり認識なのだと私は思います。



●調査捕鯨の価値は国民が正規の政治的回路を通して認めたものだ
反捕鯨論者の中には「調査捕鯨は「科学」問題でもなければ「文化」問題でもありません」と述べる方もおられる。「科学」や「文化」をどう定義しようが論者の勝手でしょうが、少なくとも、調査捕鯨が(耳垢の採取調査、胃袋等の消化器官の内容物調査等々)科学的調査も行なっていることは事実でしょう。他方、鯨食慣習の存在や文楽人形のパーツとしての鯨のヒゲの存在、鯨を祀り祭る神社の存在、あるいは、多くの家庭にとって鯨肉が戦後も1970年代前半までの家庭の団欒を想起する際のキーアイテムの一つであることは間違いなく、よって、調査捕鯨が「科学」であり捕鯨が「文化」でもあることは誰も否定できないでしょう。

よって、彼等反捕鯨論者は「調査捕鯨は「科学」問題や「文化」問題であるだけでなく、「税金の無駄遣い」の問題や国際世論のヒンシュクをかっている「外交問題」でもあるのです」と言うべきなのだと思います。あるいは、調査捕鯨が具現している「科学」の水準など一般の科学の水準から見れば児戯に等しい低いレベルのものだ、とか、鯨食の文化などは現在日本の調査捕鯨が巻き起こしている(国際的顰蹙を集め日本が孤立しつつある)諸問題に比べれば保持する価値のないものだ(という「エスノセントリズム」的な言辞は「政治的」にやめられた方がよいでしょうが(笑))など主張するべきなのだと思います。

さて、(a)調査捕鯨を巡る科学的な価値(いいですか、一応、没価値性を科学的営為の本性とする立場としても、科学の営為や成果の価値を判断することは可能ですよぉー) 、あるいは、(b)捕鯨文化と鯨食文化の価値。そして、(c)国際的顰蹙なるものに従うのか、はたまた、「鯨を食べるか」「動物性蛋白質を鯨から調達する回路を維持するのか」という文化の保持と食糧安保の方針については日本が独自に決めるべきことであり、而して、調査捕鯨の継続(更には、商業捕鯨の再開)を選択するのかどうか。

これら(a)(b)(c)はそれこそ政治が決定すべきことであり、畢竟、現行憲法に従った正当な手続を踏んで日本国民は調査捕鯨の継続を決めているのです。実際、これについては共産党から自民党まで全政党が賛成しているのではなかったでしたっけ。

而して、国際的顰蹙など歯牙にもかけず、国際法を戦略的に運用する日本のイメージは国際政治において(そう、マルビナス諸島紛争を想起するまでもなく、ほとんど何の経済的価値もないような寸土でさえ毅然として護ることで、領土主権全体は守られ、かつ、その防衛した国は国際的にリスペクとされるのと同様に、)手強い日本のとの評価を高め、蓋し、調査捕鯨は日本の国益に適った行為とも言えるのではないでしょうか。いずれにせよ、調査捕鯨が日本の「国益」を毀損しているか高めているかの価値判断も最終的には国民が決める政治判断でしょうし、現在の所、上述のように国民は正規の手続に従いそれにポジテイブな判断を下している。よって、国民の圧倒的多数はグリーンピースのテロリスト2名、鈴木/佐藤には厳罰を求めているのです。これらの「事実」を捕鯨反対派も認められるべきではないかと思います。



●内政干渉と捕鯨文化

(Ⅰ)内政干渉
反捕鯨論者の中には「クジラ文化擁護の人たちは、日本国外の南氷洋での捕鯨について、正統な議論が出来ません。公海での捕鯨を問題にしているので、内政干渉ではありません」と語る方もおられます。

「内政干渉」の定義は現在の国際法学でも揺れ動いているというか、多様な意味を持っているものです。ただ、少なくとも「公海上の事象」だから捕鯨を巡る反捕鯨国やテロリスト集団グリーンピース等の問題提起や批判・非難は内政干渉ではないとは言えません。而して、それは、公開通行を制限することは典型的な内政干渉事態であり、自衛権の発動としての(正当な)開戦理由と考えられていることからも自明でしょう。

「内政干渉」とは、その最大公約数的意味としては、1)ある国の主権が決すべき事項について(就中、所謂「国連関心事項」に関して)、2)他国が(武力・経済力等の)強制力の行使、もしくは、強制力行使の予告を行うことによって、3)1)の主権に属する政策について、ある特定の施策を採用するように強いることと言えましょう。

よって、日本の食糧安保の施策、日本の伝統的食生活の維持等々に直結する捕鯨問題に関して、捕鯨の停止・中止を諸外国が強制力を行使して日本に迫るならばそれは内政干渉と言えるのです。而して、現在の状況では捕鯨に関してこの国際法的な意味での内政干渉が日本に対して行われているとは私も思いません。

けれども、国際政治的な意味での「内政干渉」は、上記の国際法的な内政干渉よりも広い概念。つまり、それは1)主権が決すべき事項を超える文化的や政治的な動向に対して(例えば、犬を喰うな! 極右政党を連立与党に入れるな!)、2)国家の強制力の行使とは呼べない、他国のマスメディアの報道などが、3)自国政府の作為不作為を批判することも(例えば、今度の選挙では共和党のブッシュではなく民主党のゴアをアメリカ国民は当選させるべきだ!)国際政治的意味での「内政干渉」になリ得るのであって、よって、日本政府がそのような「内政干渉」に対してはこれまた政治的に反撃することも、国際政治では通常のことです。


(Ⅱ)文化再論
また、反捕鯨論者の中には「南氷洋での反捕鯨を求める人たちと、日本の文化への侵害だと信じる人たちのすれ違い議論が派生します」「沿岸捕鯨と南氷洋捕鯨は別に考えた方が、理解が深まると思います。沿岸捕鯨は国内問題プラス海外の目、南氷洋捕鯨は国際問題プラス海外の目と言えるのではないでしょうか」と主張される方もおられる。

あるいは「国内問題プラス海外の目の沿岸捕鯨に、日本文化論で対抗すること事態は妥当と思います。国際問題プラス海外の目に、日本文化で対抗しようとするところに、昨今の復古主義的な社会状況の弊害をみます。結果として国際社会の中で日本が孤立してしまうことが心配です」とも。


これらの主張には、おそらく、次のような(甲)(乙)の前提があるのではないかと私は想像します。すなわち、

(甲)沿岸の古式捕鯨は日本の伝統文化と呼べるかもしれないが、遠洋での(ノルウェー式捕鯨船団:母船+キャッチボート+鯨肉加工&運搬船+補給船+α, による)近代捕鯨は日本の伝統文化ではない。

(乙)沿岸の古式捕鯨の文化といえども、それは日本の極限られた地域の「文化」であり、日本人の多くが鯨肉を食する習慣を持っていたといえるのは、大東亜戦争後から1970年代前半の限られた時期のことであり、それを「日本の伝統文化」と呼ぶことは適当ではない。


けれども、(甲)古式捕鯨は間違いなく伝統文化(否、ある種それは、伝統芸能)でしょうが、鯨を食するということ自体も伝統文化なのです。それは、(同じジャポニカ米にせよ)カリフォルニアからの輸入米を電気炊飯器で炊いていただくとしても米食が日本の伝統文化であることには豪も変わりがないこと。あるいは、昆布が1枚も採れない沖縄料理に昆布は欠かせない食材になっていることを想起すれば自明でしょう。而して、南極海での近代母船船団方式の捕鯨も日本の伝統文化なのです。

また、(乙)「英国文化」「オランダ文化」、「日本文化」なるものは多様なパーツから編み上げられたものであり、逆に言えば、極限られた地域の「文化」を離れて「英国文化」「オランダ文化」、「日本文化」なるものは存在しえない。

更に、「大東亜戦争後から1970年代前半の限られた時期に日本人の多くが鯨肉を食する習慣を持った」というのが事実であったとしても、だから鯨食文化が日本文化ではないなどとはいえない。すべからく、文化とは社会の現存する人々、すなわち、今生きている人々の慣習であり美意識として作用する「社会規範」だからです。換言すれば、文化とは「レトロウイルス的」にその国や民族の「社会規範」に組み込まれ作用するものとさえ言えるでしょう。

畢竟、セーラー服も(関西人や中京人にとっての)納豆もカレーライスも鯨食も日本の伝統文化でないなどとは言えないのであり、まして、何が「伝統文化」であるかどうかを他国やグリーンピースのようなカルト的環境テロリスト集団に我々日本人が決めてもらう筋合いは全くないのです。


本稿に述べた私の主張に関して詳細は下記拙稿をご参照ください。

反捕鯨論の文化帝国主義的で傲慢な謬論を逐条撃破する
 
書評☆星川淳GPJ事務局長『日本人はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』
 
鯨と日本の再生
 


(2008年7月10日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 捕鯨・反捕鯨問題
ジャンル : 政治・経済

costoffreedom


【嫌な所もたくさんあるけれど、間違いなくこれはアメリカに見習う所だと思う】
なにもいいません。この画像を見たときに、一人でも多くの日本人に見て欲しいと思いました。コメントはつけないでおこうとも。たかだか、Budweiser社のTVコマーシャルなんですよ、これ。

日米関係の先行きは不透明。アメリカがいつまで日本の同盟国でいてくれるかは(日本側の行動選択にも左右されるものでもありますが)、正直、かなり怪しいと思います。また、日米同盟が将来も日本にとって望ましい安全保障のスキームかどうかも不明でしょう。けれど、だからこそ、アメリカを舐めたらあかんです。敵を過小評価して戦がうまくいったケースなどほとんどないのですから。

而して、戦の帰趨などよりも、アメリカ人とアメリカ社会をリスペクトする謙虚さを失うようなら(更には、政治が政治として機能している点では間違いなく我が国より優れているだろう支那や、その支那を率いている指導者の政治家としての優秀さを直視しない夜郎自大的な認識と態度を取る日本人が増えるのなら)、そんな日本社会はその誇るべき伝統と文化には値しない社会になるのではないか。私は日本がそんな日本になって欲しくはないと考えています。






◆アメリカ社会を知る上で参考になる記事:

<08米大統領選挙>オバマ夫人、「愛国心に欠ける」との批判にトークショーで反論
 
 

◆KABUの参考記事: 

再録☆イラク戦争を支持する10個の理由

テロを支援する倒錯した朝日新聞の世界認識

テロを擁護する朝日新聞社説の思想構図

中東情勢とテロと国際関係を日本人が再考するための事実認識



<沖縄>と<テロ特措新法>を通して戦後民主主義的平和論を考える

朝日新聞2007年元旦社説☆戦後民主主義の国際関係論は「アナドル」
 あるいは「室井佑月」的の妄想である


帝国とアメリカと日本

<中国>という現象☆中華主義とナショナリズム



防衛大学学園祭☆<2007年11月>横須賀に行きませんか!


 

(2008年7月05日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : アメリカ合衆国
ジャンル : 政治・経済

greenpeacetheft



チリのサンティアゴで6月23日から27日まで開催されていた、今年、2008年の国際捕鯨委員会(IWC)の総会も閉幕しました。今回の総会の評価は捕鯨国も反捕鯨国もその主張を通すことができなかったという見方が多いものの、「一頭の鯨も獲らせない」という反捕鯨原理主義ともいうべき環境保護団体、そして、オーストラリアやニュージーランド等の反捕鯨強硬国にとっては敗北感が漂うものだったかもしれません。なぜならば、IWCの機能不全を解消するための作業部会の設置が決まり、彼等、国際法を無視する文化帝国主義のカルト集団にとっては、商業捕鯨再開のための道筋を日本やノルウェー等の捕鯨国とアメリカ等の穏健な反捕鯨国につけられてしまい、加えて、結局、「千頭以上の捕鯨が認められている現状」が維持されたからです。

この記事で紹介するのはReutersのIWCチリ総会を総括報道。出典は、"Whales lose, Japan wins as whaling meet ends,"「捕鯨推進派の日本が勝利し捕鯨委員会閉幕」(27 Jun 2008)。「日本が勝利した」とは捕鯨推進派の弊ブログにとって大変気分のよいタイトル(笑)。けれど、ここには本質的な誤解が見て取れる。それは、「日本は捕鯨停止のモラトリアム措置(が見直されなかったこと)について不満を述べ、かつ、商業捕鯨の再開を求めた。けれども、日本に批判的な論者は、「商業捕鯨」という名前こそ使っていないものの日本はすでに商業捕鯨を実施している」という記述。

いわば、「日本は調査捕鯨制度の隙間をつき、科学的調査の名の下で商業捕鯨を行なっている」というステレオタイプの認識がReutersのこの記事にも垣間見える。而して、このような認識は鯨肉窃盗事件を犯したグリーンピース・ジャパン(GPJ)の主張にも散見されるものではないか。そう私は感じています。

おそらく、反捕鯨強硬国は、「調査捕鯨に科学的調査以外の目的が付随することは脱法行為である」と誤解している。更に、彼等は鯨肉が食糧として市場で売買されること自体を「商業捕鯨」と考えている節さえある。あるいは、IWCで認められた調査捕鯨の、調査捕鯨が行う科学的調査の副産物である鯨肉に関する通常の流通機構とは異なる経路を通して鯨肉が市場に流通することは違法なことという認識が(あたかも、鯨肉が「阿片」や「青酸系の毒物」、「児童ポルノのイメージ画像」や「拳銃・日本刀」と同様のものでもあるかのような錯覚が)あるのかもしれない。

而して、これは自己の信じる<正義>のためには窃盗を犯しても毫も恥じない、GPJのカルト的反捕鯨テロリスト達や、そんな「泥棒集団」を支持するPeople Treeなどにも共通する感性であり認識なのではないか(People Treeの傲岸不遜&荒唐無稽なGPJ応援の疑似ロジックに関してはブログ仲間のJodyさんの下記記事をご参照ください)。私にはそう思えてならないのです。

・不買運動始めました!相手はピープル・ツリー!
 http://blogs.yahoo.co.jp/give_me_your_opinion/11705766.html

けれども、調査捕鯨は(否、IWC自体がその規約からも「持続可能な鯨資源の利用」を具現するための国際機関であり、それが正式に認めている調査捕鯨は)科学的調査を実際に行なっている限り、他の目的が付随することは毫も批判されることではない。しかも、調査捕鯨の「副産物」である鯨肉が販売されるべきことは調査捕鯨に関するIWCの規則自体が定めていることなのです。

ならば、正規の捕鯨operationで捕獲され生産された鯨肉をどう販売しようが捕鯨船乗組員に対する福利厚生のために当該の乗組員諸君に現物支給にしようが、(税金が投入されている裏面として、水産庁の指導に準拠している限り)日本鯨類研究所・共同船舶という正規の捕鯨operationに携わる組織の自由なのです。まして、捕鯨船の乗組員諸君が、現物支給され、一旦、自己の所有に期した鯨肉を自分で食べようが販売しようがそれは所有権の正当な範囲に含まれる、所有物の利用・処分・収益行為以外の何ものでもない。

尚、「調査捕鯨」等に関する私の基本的な考え、ならびに、GPがテロ集団に他ならないこと、および、GPJの捕鯨反対論が荒唐無稽であること(+英文理解のSOS!)に関しては下記拙稿をご参照ください。



このグリーンピースによる姑息な暴挙を「テロ行為」と言わずして何を「テロ」と言うのか

 
グリーンピースの人権侵害救済申立書は「グリーンピース=テロリスト集団」の<自白証拠>
  



書評☆星川淳GPJ事務局長『日本人はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』

 
鯨肉窃盗事件☆グリーンピース・インターナショナルの「笑える」プロパガンダ紹介
 



グリーンピースによる「鯨肉入り宅配便」窃盗事件を巡る刑事責任に関する覚書
 
反捕鯨論の文化帝国主義的で傲慢な謬論を逐条撃破する
 



・KABU版英文法の目次ページ

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/4c90b691d5e0e53d8cb87f7803a437ce


このような調査捕鯨を巡る誤解はあるにせよ、Reutersのこの記事は大変勇気づけられるものでした。油断など到底できませんが、(無為無策&利敵行為に走る外務省という足でまといを課されながらも)国益と日本の文化伝統を守るために頑張ってくれている水産庁遠洋課捕鯨班の皆さんの努力、そして、GPのようなカルト的テロリスト集団の卑劣な妨害にも怯まず粛々と調査捕鯨を完遂された捕鯨船乗組員を始め共同船舶の捕鯨ミッションのスタッフの皆さんに感謝する縁になればと思い紹介します。


sanchago



Whales emerged the big losers as a week long International Whaling Commission meeting wrapped up in Chile on Friday, conservation groups said after anti-whaling nations failed to halt No. 1 hunter Japan.

Anti-whale hunting nations led by Australia have voiced deep concern at Japan's skirting a nonbinding 1986 moratorium on commercial whaling by killing hundreds of whales each year in the name of scientific research.

Japan says it is unhappy with the moratorium and wants to resume commercial whaling, though detractors say it is already doing so in all but name.

The issue has generated so much tension that IWC Chairman Bill Hogarth, seeking to avoid confrontation, set up a working group to try to build consensus over the next year.

But that step, with nations urged not to vote against each other on Japanese whaling or calls for a South Atlantic whale sanctuary, means little was achieved at the meeting, environmentalists said.

"I think it was a disappointing week for whales," said Ralf Sonntag of the International Fund for Animal Welfare.

"Japan goes home without any votes or resolutions against it. Iceland started a new round of commercial whaling just prior to this conference. So they are not taking it very seriously. Nothing has been achieved for the whales."

Japan gives itself a special permit to catch 1,000 whales each year despite the moratorium, while Norway and Iceland continue to hunt whales in defiance of the ban.

Aboriginals in Greenland, Russia and Alaska are granted special concessions for subsistence hunting.・・・




(2008年7月01日:yahoo版にアップロード)

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