melonmelon

麻生政権が推進している定額給付金の評判が芳しくないようです。確かに、今次の定額給付金の源流は公明党が主張した定額減税構想。この(納税額の少ない低所得層に恩恵の薄い「定率減税」ではなく低所得層ほど相対的に減税比率が大きくなる)「定額減税→定額給付金」が自党の支持者層受けを狙った公明党の意向を強く受けたものであることは周知の事実。ならば、他のイシューに関しては麻生政権を支持している保守改革派にもこの給付金の施策の評判が芳しくないことは当然かもしれません。

他方、ケインズ経済学を引き合いに出すまでもなく景気刺激策としては減税よりも所謂「公共投資」の方が(投資の乗数効果も明確であり)一般的には優れている。ならば、定額給付金は純粋にマクロ経済学的に見た場合にもそれは2兆円の無駄遣いではないか。而して、ここで紹介したTimesの記事を読めば一層その感を深くせざるをえませんでした。出典は” Taro Aso gives Japanese £100 each to spend way out of recession,”Jan 24, 2009「麻生太郎首相、不況脱出のために消費を促すべく日本国民に各100ポンド給付」です。

けれど、私は、麻生総理が推進する定額給付金を支持します。もちろん、筋金入りの麻生閣下支持者としては「麻生総理のやることは何でも支持する」というのが潜在意識としては(否、顕在意識?)一番の理由かもしれませんが(笑)、(1)所謂「複合不況」が喧伝された「失われた90年代」を通して公共投資政策がほとんど効果がなかった事実、また、(2)人類史の中でも(絶後ではないかもしれないが空前の)低金利状態が続いていながら企業の投資意欲が極めて低い現況を鑑みるならば、景気浮揚(=有効需要の喚起と国内総生産の拡大、すなわち、消費と投資の拡大)のために残された手は「政策誘導による消費促進」の他には手はあまり見当たらないと考えるからです。

もちろん、現下の日本では、公共投資の効果が(=乗数効果が)乏しいだけでなく、以下で紹介したTimesの記事も述べているように、(将来に対する不安のためか)流動性選好と貯蓄選好が際立っています。ならば、消費を促す定額給付金の機能もそう高くはないかもしれない。けれども、他に打つべき適当な手が見当たらないだけでなく、政府が(ある意味)「半ば無駄を承知」で景気対策に本腰を入れる覚悟を示すことは、実際に給付金が支給された際には国民の安心感を下支えするかもしれない。そう私は思っています。そう思って、「給付金」が手に入ったら我が街新百合ヶ丘でパーッと使う予定。尚、現下の景気を巡る私の基本的な考えについては取りあえず下記拙稿をご参照ください。


・FTが報じる日本の景気急降下
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56114139.html


onsenhakone



With Japanese exports plunging and companies retrenching, the fate of the world’s second-biggest economy may now lie in a ripe musk melon or a bag of dumplings shaped like the Prime Minister’s face.

Government efforts to stimulate the economy and insulate it from the ravages of recession have failed. The pace and scale of decline, say economists, has proved too big for the country’s creaking, deadlocked political system to cope with and deep recession is now a certainty.

But Taro Aso, the increasingly reviled Prime Minister, believes that he has hit upon a scheme that will solve the crisis in an orgy of consumer spending.

The move, which he has described as “the best economic measure of all”, involves a handout of at least 12,000 yen (£100) to every citizen over the age of 18. The prospect of the windfall has unleashed a national wave of speculation about how the money might best be spent, and the eccentric world of Japanese retail is pushing hard to attract the cash.


日本の輸出の急激な縮小と企業が経費削減に向かう中、世界第二の規模のこの経済大国の運命は、今や、完熟マスクメロン、あるいは、麻生総理の顔に似せて作られたダンプリング用バッグにかかっている。

経済を活性化させ、経済を破綻から救い出そうとする政府の試みは失敗の連続。エコノミストによれば、経済縮小の速度と規模は、軋みを立て始めながら暗礁に乗り上げようとしているこの国の政治システムが対処するには余りにも急速であり大きすぎることが徐々に明らかになってきた。而して、深刻な不況の到来は確実だ。 

しかし、徐々に悪評が嵩じてきている麻生首相は、消費支出合戦の中で危機が解決するに至る計画を自分が思いついたと信じている。 

「あらゆる経済政策手段の中でも最高のもの」と麻生首相が表現するこの施策には、18歳以上のすべての市民に最低12000円(100ポンド)を配布することが含まれている。この「棚ぼた給付金」が行なわれた場合を想定して、それが最善の予算の使い道であるのかどうかに関して国民レベルの疑義が巻き起こっている。而して、日本の一風変わった小売業の世界ではこの現金を巡る争奪戦が展開しつつある。


Among the more extreme recommendations on how to spend the money is to applaud Mr Aso’s plan by buying a gift box of Aso-themed goods: \12,000 would buy a magnificent spread including a coffee mug, dumplings, shopping bag, tummy-warmer and dog-sized T-shirt bearing his image.

The notoriously pricey Japanese fruit industry is also vying to be among the winners of an overnight sense of opulence. The price of a much prized Shi-zuoka Crown – the self-declared king of musk melons – has suddenly been brought down from \30,000 to a convenient \12,000.

The service sector, too, has a number of seasonal opportunities: taking advantage of a discount travel coupon, a couple could enjoy the romantic and antiageing effects of a day at the chocolate and wine baths of Yunessan, buy a souvenir and expect little change from \24,000. ・・・

The scheme, however, has plenty of doubters. Richard Jerram, the chief Japan economist at Macquarie Securities, believes that it is doomed to failure and is a sure sign that the Japanese Government “just does not understand how staggeringly the world has changed”.

The problem, says Naomi Fink, a strategist at Tokyo Mitsubishi, is not that the Japanese do not have cash, but that they are too scared to spend it. Japanese households are already sitting on cash savings estimated at \778 trillion (£6.5 trillion).


このお金の最も極端な使い道として推奨されている中では、麻生グッズの入った箱を購入することで麻生首相の計画を誉め讃えること。その12000円の大仰なグッズの一揃えには、コーヒーマグカップ、買い物カバン、腹巻き、麻生首相の画像をプリントした犬用サイズのTシャツなどが含まれている。

いい値段をつけることでは悪名高い日本の果実業界も、このにわかに浮上した大盤振る舞いで気が大きくなった消費需要の分け前にあずかるべく参戦しようとしている。かなり高価な静岡クラウン、その生産者がマスクメロンの王様と自称しているこの静岡クラウンは突然その価格が30000円からお手頃な12000円の価格に引き下げられた。

サービス業界もまた多くの特別企画を打ち上げている。例えば、ディスカウント旅行クーポンを利用することによって、【箱根小涌園の】ユネッサン温泉では浮世離れしていて老化防止に約立つとされるチョコレートとワインの温泉をカップルで一日満喫することもできる。これはお土産も買って24000円でお釣りがくる値段設定なのだ。(中略)

この給付金計画に対しては、しかし、数多の疑問が呈されている。 マッコーリー証券の日本担当主任エコノミスト Richard Jerram氏は、この施策の失敗は必定であり、而して、このような施策を計画していることは日本政府が「世界がいかに変わってしまったかを全く理解していない」ことの明確な証拠だと述べている。

また、東京三菱銀行のストラテジストNaomi Fink氏はこう語る、問題は日本人が現金を持っていないことなどではなく日本人があまり現金を使わないことなのだ、と。日本の世帯はすでに778兆円(6.5兆ポンド)と見積もられる貯蓄に手を付けることなく放置してきているのだから。




(2009年1月31日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 世界金融危機
ジャンル : 政治・経済

hakenmura


世界金融危機は「金融の危機」を遥かに越えて自動車生産&販売・不動産取引・石油価格・食品生産等々の実体経済にも甚大な影響を与え始めており、IMFの見通しでは「世界経済の2009年の成長率は戦後最悪の0.5%」に留まるとの報道もなされています。而して、この経済情勢を睨んで企業の投資動向も低迷しており、就中、雇用の縮小傾向は内外とも決定的というべきでしょう。

けれども、この「経済情勢」を共通の与件としながらも日本と世界、特に、日本とアメリカにおける労働者の行動と心性にはほとんど絶望的に見える差があるように思えてなりません。畢竟、世界金融危機に対処する日本社会とアメリカ社会との距離はおそらく太平洋よりも広大ではないのか、と。

所有権を尊重する資本主義社会では(極論すれば、雇用契約と労働法規を遵守している限り、増収増益の企業を店仕舞いにすることも企業所有者の勝手である資本主義社会では)その解雇に関して「偽装倒産→不当解雇」等々の不埒な経緯があったとしても、否、「公共の福祉のための権利制限」を除くいかなる理由によっても許されるはずのない「企業施設の労働側による自主運営」を行い、結局、強制排除された京品ホテルの強制代執行、あるいは政治宣伝目的のパフォーマンスでしかなかったとさえ疑われる「年越し派遣村騒動」等々、この社会が資本主義社会であり自己責任の原則に価値を置く自由主義社会であることが理解されていない状況が日本では散見されます。それに対して、もちろん日本と同様に世界金融危機の中での厳しい経済情勢を抱えるアメリカ社会では、「共和党→民主党」の政権交代にかかわらず一貫して自己責任の原則と資本主義を支持する健全な世論が支配しているように思われる。

更に、日本では、そのアメリカ発の今次の世界金融危機をもって(当然批判されるべき金融機関、就中、派生金融商品の開発と流通に関する法制度の不備だけではなく)、「小さな政府」を志向する「市場万能主義−新自由主義」の破産、あまつさえ、『蟹工船』『資本論』ブームを引き合いに出しながら資本主義自体の蹉跌や終焉を喧伝する風潮も皆無ではない。蓋し、これらは「寝言は寝て言え」ものの戯言である。そう私は考えています。

世界金融危機が資本主義の終焉を意味するというナイーブな心性は、しかし、世の中を「善悪の二元論」で理解するこの国にありがちなものかもしれません。実際、公害批判が吹き荒れた1960年代後半から1970年代前半には「科学文明の終焉」さえ叫ばれ、1973年と1978年の石油危機の際には「貿易立国日本の黄昏」が、而して、大東亜戦争の後には「戦前的な思想・制度の全否定」が真顔で公言されたのですから。

畢竟、「All or Nothing」の心性は社会と個人とを問わず、それが現実に抱える諸問題を現実的に解決する上ではあまり生産的なものではないでしょう。蓋し、その就任演説で、"The question we ask today is not whether government is too big or too small, but whether it works." 「今日我々に突きつけられている問題は政府が大きすぎるか、それとも、小さすぎるかなどではなく、それが機能しているかどうかだ」とアメリカ国民に語りかけたオバマ大統領の姿勢に日本国民も学ぶ所は少なくないと思います。

いずれにせよ、「市場万能主義」など新自由主義の論者の誰も主張していない。つまり、所謂「市場の失敗」の存在(=市場の働きだけでは効率的な資源の配分が実現できない幾つものケースが存在すること)、更には、市場の働きだけでは「公平な所得配分」は原理的に期待できないこと、よって、市場主義は国家権力の経済政策を否定などしていないことはミクロ経済学のどのような教科書にも書かれていることではないでしょうか。

また、マルクス主義の経済理論が、最早、「理論」としては成立し得ないことは自明でしょう。蓋し、①それが資本主義の不道徳を糾弾する基盤たる「剰余価値論」のそのまた根幹たる所謂「労働価値説」がべーム・バヴェルクが喝破した如く単なる循環論法にすぎないこと、②昔懐かしい「恐慌→革命」論や窮乏化革命論の<理論的>前提であった「資本の有機的構成比の高度化傾向」の予想は『資本論』出版後142年間マクロ的にはついに実現しなかったこと。

③カール・ポパーが『歴史主義の貧困』で看破した、所謂「唯物史観」の科学方法論的な無根拠性、④フリードリヒ・ハイエクが論証した「人権抑圧の官僚的独裁のシステムにならざるを得ない社会主義経済体制」の本質。而して、⑤古典派経済学の枠組みの内部で成立した「マルクス主義経済理論」の限界性としてのヨーゼフ・シュンペーターのいう意味での「イノベーションの契機」の看過した理論体系であること。これらのポイントを鑑みれば経済政策を導く理論としてのマルクス主義は最早成立しないことは自明だと思います。

ならば、1989年—1991年にその破綻が歴史的に確定した社会主義を(世界金融危機を奇貨として)、あたかも、市場から一旦回収された「賞味期限切れの毒餃子」を流通経路に戻すが如き社会主義からの「資本主義—新自由主義」批判は噴飯ものの主張と言わざるをえないのではないでしょうか。


All or Nothing的心性からの脱却は、しかし、「曖昧」や「穏当」を許容する「旧田中—竹下派的心性」への回帰を意味するものではない。それは、不確定で錯綜した状況に拮抗しつつ「一歩でも半歩でも理想を実現する」ために自己のパフォーマンスの改善(国家においては教育改革と構造改革と産業調整:個人においてはスキル開発)を怠らない態度ではなかろうか。と、そう私は考えています。

而して、些か旧聞に属しますがこの点に関して参考になる記事を目にしたので紹介します。出典はNew York Timesの” In Tough Times, M.B.A. Applications May Be an Economic Indicator,”Oct7, 2008「経済危機を迎えてMBA出願者数は経済動向を占う指標になるか」です。原文は下記URLで原典をご覧下さい。

http://dealbook.blogs.nytimes.com/2008/10/06/in-tough-times-mba-applications-may-be-an-economic-indicator/

MBA留学準備指導の専門家だった私から言わせていただければ、この記事は、

(1)日本ではその学位さえ取れば望み通りの転職が可能になる「何か凄い所」とかいまだに漠然と捉えられる向きもあるMBAですが、本場のアメリカではそれは所詮「今のスキルでは出世できにくい人材が仕方なく行く職業訓練所の一種」という側面。すなわち、「MBAは高級立ち食い蕎麦屋ならぬ高級職業訓練所である」経緯が的確に書かれている。加えて、(2)アメリカでは、これまた「デモシカMBA」や「赤信号とMBAは皆で渡れば怖くない」式の「何となくクリスタルなMBA留学」がいまだに少なくない日本とは異なり、MBA出願者はMBA進学の投資効果を真剣に考えた上でMBA出願の是非の判断をしている状況が奇麗に描かれていると思います。

尚、このNYTの記事は「アメリカの大学・大学院の入学審査の仕組み」に関しての背景的知識がないと些かわかりにくいかもしれない。そう思い記事末尾に註と参考記事URLをつけました。よろしければそれらも併せてご一読いただければと思います。




HERE’S a pop quiz for the M.B.A. crowd: With the sharp downturn on Wall Street, applications to the nation’s business schools are likely to a) fall, b) hold steady or c) rally like a tech stock in 1999?

It’s not an academic question. Deadlines for first-round applications at many business schools are rapidly approaching. Some admissions officers are already reporting larger-than-normal crowds at events for potential applicants, which could mean that many people are thinking about leaving the Street to take shelter in the quad.

“It’s a very predictable and reliable pattern,” said Stacey Kole, deputy dean for the full-time M.B.A. program at the University of Chicago’s Graduate School of Business. “When there’s a go-go economy, fewer people decide to go back to school. When things go south, the opportunity cost of leaving work is lower.”


MBA関係者の間で人口に膾炙している旬な質問がある。ウォールストリートの業績急降下を受けて、アメリカ国内のMBAに対する出願者は、a)減少する、b) 堅調に推移しそう変化はない、あるいは、c)1999年のハイテク株と同様大幅に増える。この中のどれになるだろうか、と。

これは学問的な質問ではないけれど、ビジネススクールの多くで第一期の出願締め切り日が刻々と迫ってきている現在、本当の結果がいずれになるかはもちろん不明であるにせよ、予想される出願者数は通常の年よりも増える模様であるという報告がすでに幾つかのビジネススクールの入学審査関係者から出され始めている。而して、このことは、多くの人々がウォールストリートから大学に避難しようとしていることを推測させるものだろう。

「それは(ウォールストリートの業績(≒株式市場の動向)とMBA志願者数の関係は)予測に援用可能な信頼にたる優れものの傾向ですよ」と、シカゴ大学経営学大学院のフルタイムMBAコース副学部長 Stacey Kole 女史は述べている。「経済が活況を呈している時に学校に戻る決断をする人はそう多くはないということでしょう。他方、経済動向が思わしくなければ、職を離れる機会損失は相対的に低くなるということでしょう」とも。




During each of the four officially declared recessions since 1980, the number of people taking the Graduate Management Admission Test ― a requirement for most business school applications ― peaked or was about to peak. Through Sept. 30 of this year, registrations for the test were running about 11.6 percent higher than in the comparable period of 2007, according to the Graduate Management Admission Council, which administers the test.・・・

Not everyone agrees that a Wall Street bust is followed by a boom in business school applicants.

The director of M.B.A. admissions at the Stanford Graduate School of Business, Derrick Bolton, said he had seen little correlation. Even after some of Wall Street’s most wrenching periods, such as the market crash of 1987, the application numbers at his school were “pretty standard,” he said. Demographics, as opposed to the swings of the stock market, are a much bigger factor, he said.


1980年以降、政府が公式に不況期であると言明した4回はすべて、例えば、大部分のビジネススクールが入学審査の要件としている the Graduate Management Admission Test を見ても、それら四つの期間のGMAT受験者はすべてその前後の年よりも多いかそれに準じる状況だった。GMATを実施している Graduate Management Admission Council によれば、今年の【2008年】9月30日時点でのGMAT申込者数は2007年の同月末比で約11.6%増になっている。(中略)

ウォールストリートの低迷はビジネススクール志願者の激増をともなうという主張にすべての論者が同意しているわけではない。

スタンフォード経営学大学院のMBA入学審査総責任者、Derrick Bolton氏はそこには(ウォールストリートの低迷、すなわち、株式市場の低迷とビジネススクールの志願者の増減には)ほとんど相関関係は見いだせないと述べている。ウォールストリートが最も不況に呻吟していた過去何回かの時期でさえも、そう例えば1987年の市場暴落の際にも【ブラックマンデーの際にも】 Bolton氏が勤めているスタンフォード大学の志願者数は「全くもって通常通り」だった。株式市場の浮き沈み動向などと比べても人口統計的な諸要素の方がよほど重要な【MBA志願者数を決定する】要因であるとBolton氏は語ってくれた。



The habits of M.B.A.’s have inspired economic theories over the years.

One tongue-in-cheek gauge, called the Harvard M.B.A. Indicator, takes into account the kinds of jobs taken by the latest graduating class at Harvard Business School. If more than 30 percent of graduates end up in “market-sensitive jobs,” which include investment banking, private equity and hedge funds, it’s a long-term sell signal for stocks, said Ray Soifer of Soifer Consulting, a former banking analyst (and Harvard Business School alumnus) who created the index and has tracked it for several years.

That indicator reached a record 40 percent for the class of 2007 ― its strongest signal yet to sell. But Mr. Soifer is quick to add that the index ― driven by the idea that when Wall Street is ballooning, the market is probably peaking ― is mostly for fun. As a market bellwether, he said, it “may or may not be better than the Super Bowl.”


MBA学位取得者の行動パターンはここ数年来、経済学理論を刺激しつつある。

ハーバードビジネススクール指標と呼ばれることもある裏腹尺度なるものは、ハーバードビジネススクールの直近の卒業生の就職先業種を計算に入れるものであり、もし、30%以上の卒業生が「市場-敏感型職業」、つまり、投資銀行や資産運用会社、あるいは、ヘッジファンド等が含まれるそのような業種に就職したとすれば、それは長期的には株売却を促す徴候である。そう、Soifer Consultingの Ray Soifer氏は述べている。Soifer氏は銀行分析のかっての専門家であり(もちろん、ハーバードビジネススクールの卒業生の一人でもあり)この指標を開発し、ここ数年に亘ってこの指標と現実の関連を追跡している人物なのだけれども。

この指標によれば2007年-2008年のクラスに関してその記録はクラスの40%に達しており、それは株がとっくに売り局面にあったことを強烈に示唆するシグナルだった。しかし、Soifer氏は大急ぎでこう付け加える。この指標は、ウォールストリートが拡大を呈している際には市場もまた最高潮に達しつつあるという大枠の想定から考えだされたものにすぎず、この指標はもっぱら遊び心から作られたものだ。而して、市場の先導者としてこの指標は「スーパーボールと比べてよい勝負という所くらいではないでしょうかね」とも。



◆KABU註:米英MBAのアドミッションの仕組みと舞台裏
MBAを含む米英の大学・大学院には原則「入学試験」というものはなく、ほとんどのケースでは書類審査&インタビューで合否が判定されます。大学学部の成績指数であるGPA、この記事でも紹介されているMBA出願者に対する適性テストのGMAT、または、英語の母語話者ではない志願者に要求される英語力判定テストであるTOEFL等々の各種スコアは、米英の大学・大学院の入学審査においては「必須提出書類」の一つという位置づけになります。

また、米英の大学・大学院に原則「入学試験」が存在しないことから(例えば、9月1日の新学期スタートに併せて、6月1日なりに全国何会場かに志願者を一同に集めて適性と能力をテストするなどということができないということですから、)TOEFLやGMATを含めた「出願書類」の締め切り日は日本に比べて遥かに早くかつ複数回設定されることになります。この記事で取り上げられているシカゴ大学やスタンフォード大学、そして、ハーバード大学を含む大部分のTop MBAでは例年、(翌年の9月入学に対して)前年の11月から遅くとも2月上旬にかけて複数回の締め切り日を設けています。

そして、あるMBAが第1回目の締め切り日受付分の出願者から(入学辞退者を見込んだ)入学定員のほとんどを確保したような場合には、実質、(当該MBAで入学審査を所轄しているアドミッションオフィスが想定した「合格者の辞退率」を越えて入学辞退者が出ない限り)2回目以降の締め切り日は当たりクジが入っていない「空クジ大会」の様相を呈することになります。

正直に言って、TOP校になればなるだけ「辞退率」が低いのは当然であり(=「歩留り率」が高いのは当たり前であり)、また、何事にも如才ない有力な出願者は早期の締め切り日にエントリーする傾向がありますので、Top MBAに関しては第2回目以降の締め切り日でのエントリーはそれだけで最初からハンディーを背負っていると言っても過言ではない。畢竟、この意味でも資本主義社会は「Time is money.」なのです。


・MBA留学研修と人的不良債権
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/235585.html

・英米大学院留学の心得のようなもの
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/459373e67aa7a4be826125ceeea5c465

・英米大学院留学のTipsのようなもの<エッセー編>
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/d879ae5ed8c458f6e5f3f4f4225e3607


・企業内英語研修の<窓>から覗く国際化の波高し
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f5c335cad81a75b8a3d91a7ef3cc98f7

・国際化の時代だからこそ英語教育への過大な期待はやめませよう
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/16bcc9c39fc17536032b19fa63c03a04

・<格差社会>を乗り越えずして成長はない☆格差拡大は小泉政権の失政に非ず
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5cc04193a0873f15cdf2a975eaabcea9





(2009年1月29日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 新自由主義
ジャンル : 政治・経済



今回は柿生から出発します。新百合ヶ丘駅と百合ヶ丘駅の開業は各々1974年と1960年、それに対して柿生駅の開業は1927年。つまり、昭和40年代後半から50年代前半にかけて武蔵野の風景を一変させた造成により新百合ヶ丘や百合ヶ丘が小田急線沿線でも人気の新興住宅地エリアになる遥か前から麻生区の中心は間違いなく柿生だったのです。

実際、多摩区から旧柿生村の全域、および、旧生田村の一部等が分区して「麻生区」が設置されたのは新百合ヶ丘駅開業よりも後の1982年のこと。そして、新区設置の際の「新区名」を決める住民投票では、鎌倉時代に遡る「麻生郷」にちなみ有識者が押す「麻生区」よりも「柿生区」を支持する票が多かったそうです。今回は柿生から新百合ヶ丘まで歩いてみます。大体、1時間15分前後のコース。前回までの記事と併せて一読いただければ分かりやすいと思います。また、記事末尾の地図画像を適宜参照してください。


・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56362657.html

・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」:古沢越え-栗平&片平探訪編
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56383444.html

・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」:新百合ヶ丘-百合ヶ丘編
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56487817.html

・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」:王禅寺-白山編
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56556154.html




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柿生駅南口改札。10年ほど前までは(臨時改札口を除けば)この南口しか改札がなく、北側の片平方面に住んでいる人々もこの南口から出て線路を横断しなければなりませんでした。一説によれば南側にある古くからの柿生の商店街と小田急との取決めで「柿生駅北口改札」はご法度だったからとも(笑)

下の画像はその現在の北口改札辺りから撮った南口改札に続く町田方面の下り線フォーム。実は、これまた10年ほど前までは、このフォームでは通学時に柿生駅が最寄り駅の女子校・鶴川高校の生徒が当時流行の「ルーズソックス」を校則で定まっている「ハイソックス」に集団で履き替える光景が毎朝見られました。それは正に「女子高生の生足のお花畑」。而して、ルーズソックスの退潮とともにそんな現象もなくなった。そんな柿生駅のフォームを久しぶりに訪ねて一句。

 初春や 子ギャルどもの 夢の跡


   

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上の画像は新興住宅地の新百合ヶ丘にはいまだに一軒もない「純喫茶」。下はその内部から撮影した柿生駅南口改札と店内の様子です。これを含めて柿生駅周辺には純喫茶が2軒あります。この喫茶店「フクダ」の「ナポリタン」はこれまた昔ながらの懐かしい味で片平に住んでいて柿生が最寄り駅だった頃から今に至るまで私も時々食べに行っています。

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喫茶店「フクダ」の一階にある野菜と果物の「福田商店」。安い上に品質は最高。下はその福田商店の対面の和菓子屋さん。これまた江戸時代から栄えた街ならではで、柿生には和菓子屋さんも数軒あるんですよぉー♪

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そんな柿生駅前の謂わば「出城的な諸名店」の遠景と柿生の商店街中軸の画像。下はそんな商店街の中でもKABUお気に入りのパン屋さん「ミツバチ洋菓子店」。美味しいです。まだ、新百合ヶ丘も百合ヶ丘も武蔵野の雑木林に毛の生えた程度の時代、王禅寺地区や(当時は新百合方面に通じる道路がまだ造成されていなかった)白山地区に東京や横浜の<都会>から転居してこられた有閑マダム層御用達の店だったとか。それも頷けるクオリティーです。

・ミツバチ
 http://e-mitsubachi.com/

一番下のミツバチさんの前に立っている石碑とその説明の画像に注目。説明書きには「寛政11年の題目塔とお召講」「題目塔は麻生・片平・奈良・能ヶ谷・三輪・金井村の日蓮宗を信仰する人々によって建立された。旧六ヶ村では現在も池上本門寺の日蓮上人像にお召物を奉納する講を行なっている」、と。これまた文化と伝統を感じる石塔ですよね。

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この画像は分かりにくいとは思いますが、これまた、新百合・百合ヶ丘がまだ武蔵野の雑木林だった頃から、新百合ヶ丘に転居して来た<都会人>御用達のジム、麻生フィットネスクラブ。そんな由緒正しさを感じます。

由緒正しいと言えば、しかし、こちらでしょう。柿生の誇り「紫陽花寺」として有名な「浄慶寺」の山門です。紫陽花のシーズンにはまた詳しく紹介したいと思います。それにしても、柿生駅から徒歩10分の所にこんな落ち着いた光景が広がっているなんて、流石、伝統の街・柿生ですよね。

・浄慶寺紹介のサイト
 http://www.dejikame3.com/jyoukeiji/index.htm

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浄慶寺から柿生中学方面に丘を下りて、再び柿生の旗艦商店街に続く道筋に出た所。柿生駅はこの画像の左手奥、画像の中央上部に広がる林はこれから新百合ヶ丘方面に帰還する際に縦走しなければならない<山塊>の外れです。と、そこで見かけた政党のポスター。頑張れ麻生総理! 山内、本当に麻生総理を裏切るなよ、裏切ったら次の選挙は民主党の笠候補に投票するかんね!

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柿生駅前の商店街に戻ってきたところで見つけた「柿生中央商店会」のバナー。浄慶寺を訪ねた後のこととて「柿と寺のまち」というキャッチコピーに思わず納得してしまいました。さあ、これから新百合方面に移動します。

・王禅寺と禅寺丸
 http://www.city.kawasaki.jp/88/88bunka/home/top/stop/dokuhon/t0712.htm

・禅寺丸(wikipedia)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%85%E5%AF%BA%E4%B8%B8

・新百合ヶ丘から王禅寺を歩く
 http://www.asahi-net.or.jp/~ma6t-nsd/kanagawa/20080524.html





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柿生駅からこれまた徒歩10分、美山台公園手前から柿生駅を望む。




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美山台公園を過ぎて行くこと更に10数分、柿生駅から25分程度の行程にある茶臼山の尾根伝いの風景。下はこの丘の名前の由来を書いた案内板。曰く、「茶臼山緑地」「旧王禅寺村日光と道一つ隔てて、旧上麻生村山口の小高いここを茶臼山という。慶長19年大阪冬の陣、翌元和元年夏の陣に、徳川家康が大阪城攻略の本陣を天王寺村茶臼山(大阪市天王寺区)においた。後年、家康は江戸幕府に近いこの丘で鷹狩りに興じ、天下人の感慨に耽ったと云われる。「茶臼山緑地」の伝承である」、と。

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茶臼山緑地から日光隧道に至る高台から白山グリーンタウン方面を望む。
画像左手の林は「むじなが池公園」です。

さて、下の画像とこの記事Topの画像は、実は、「我が街-新百合ヶ丘」の誇り洋菓子&カフェのリリエンベルグ。いつ行ってもほとんど観光地並みの賑わいです。今度「美味しい店特集」の際には詳しく紹介しますね。と、ここから新百合ヶ丘駅までは前回と同じ行程になるので今回はこれで終了にさせていただきます。

・リリエンベルグ
 http://www.lilienberg.jp/

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【地図画像】
http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/shinyurimap5a.jpg




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テーマ : 我が街☆新百合ヶ丘
ジャンル : 地域情報



2008年12月18日、将棋の最高位タイトル「竜王」戦第7局:deciding Game 7。渡辺明竜王が挑戦者の羽生善治名人(棋聖・王座・王将)を降し竜王戦5連覇を達成。これにより渡辺竜王は史上初めて永世竜王の有資格者となりました。渡辺竜王は1984年、東京都葛飾区生まれ。Topの画像はKABUが仕事で通りかかったJR駒込駅近辺で偶然見かけたもの。渡辺竜王の母校「聖学院」のオフィスの一つと思しきビルに吊るされていた幟です。

連続5期(渡辺)か通産7期(羽生)で与えられる「永世竜王」の名誉が両対局者ともにかかった今期の竜王戦。今期の竜王戦全7局を通じて私が興味を持ったのは「永世竜王」を巡るヒューマンな側面です。もちろん、将棋の素人の私にはそれを判定する棋力はありませんけれども、強い強い、それこそ鬼より強いと称された髭の元名人升田幸三より多分強い羽生名人も、他方、竜王戦開始時点でその羽生名人に5勝6敗とほぼ互角の戦績を残している稀有の棋士の一人だった渡辺竜王も「今期の七番勝負はプロ的に見ると、いい内容の将棋は少なかった」「特に第7局は振り返ってみれば互いに悪手の多い将棋でした」、しかし、それがゆえに「ファンの方には二転三転の熱戦が楽しめたのではないか」そして「それだけ2人にとって懸かっていたものが大きかったという証だった」(橋本崇載七段・『週刊将棋』2009年1月21日号)という状況だったらしい。

例えば、羽生三連勝で早くも竜王位と永世竜王に文字通り王手がかかった第4局は終盤まで素人目には「羽生必勝形」(通常、将棋の形勢判断は、「互角<指しやすい<優勢<勝勢<必勝形<勝ち」と表現しますが、第4局はプロの目にも少なくとも「羽生勝勢」で間違いなかったらしい。)からのまさかの大逆転劇。「永世竜王ゲット!」となればプロ将棋界の全7タイトルで「永世称号」有資格者となる所謂「永世七冠」がかかっていたとあっては歴戦の大豪羽生名人もなかなか平常心を保つことは難しかったのか。他方、強い強い羽生世代の強豪、森内俊之・佐藤康光の両元名人を竜王戦で三度撃破してきた羽生世代キラーの渡辺竜王も自身の「永世位」とともに羽生名人の「永世七冠」に対する世間の注目の高さの前にはこれまたなかなか平常心を保つことは難しかったのだと思います。

実際、渡辺竜王は上で紹介したのと同じ号の『週刊将棋』に掲載されているインタビューで、今期の「竜王戦は多くのメディアが詰め掛けましたね。羽生挑戦者に永世七冠が懸かっていたこともあり、第7局終局後は多くの報道陣が対局室になだれ込んだと聞きます」という質問に対して、今までの竜王戦に比べて「とにかくすごい熱気だった。やはり羽生さんの知名度はすごいなと改めて感じました。普通はあそこまで取材には来ないですから」、と答えているのですから。

当たり前のことですが将棋は人間が行なう競技である。而して、いささか希望的観測気味に先回りして結論を述べれば、将棋の世界も再度「定跡」の時代から「人間力」や「人格」がその勝敗を左右する時代に回帰しつつあるのかもしれません。今期21期竜王戦を通じて私はそんなことを考えました。尚、将棋の世界を巡っては下記拙稿およびタイトル保持者一覧をご一読いただければと思います。それこそ羽生名人やその羽生世代の活躍によってTVでも時々取り上げられるようになったとはいえプロ将棋の世界はまだどちらかと言えばマイナーな世界でしょうから。

・女流プロ将棋界の独立に暗雲
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/45424822.html

・将棋のタイトル在位者一覧 (2)
 http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/%8F%AB%8A%FB%82%CC%83%5E%83C%83g%83%8B%8D%DD%88%CA%8E%D2%88%EA%97%97_%282%29/

定跡か人格か。しかし、将棋が最終的には「制限時間内にアウトプットされた技量の優劣」を競うゲームである限りこれらは二者択一的なものではありえません。定跡も人格も重要である。このことは棋士の個性、すなわち、生き方や哲学が濃厚に漂っていた戦前や戦後も高度経済成長期までの将棋界、例えば、木村義雄永世名人・塚田正夫名誉十段・升田幸三実力制第四代名人・大山康晴永世名人も各々その日頃の研究に裏付けられた技量のゆえに歴史に名を残す強豪足りえたのであり、他方、定跡の権化の如き、森下卓九段・藤井猛九段・丸山忠久元名人も「定跡」を追求し続ける「人間力」があればこそこの情報化の時代(=情報消費が加速してとどまることを知らない時代)に20年近くTopクラスの棋士として活躍していられるのだと思います。

けれども、今年から数年の内に40歳になる羽生世代。羽生善治名人・森内俊之元名人・佐藤康光元名人・郷田真隆九段・藤井猛九段・丸山忠久元名人・先崎学八段・深浦康市九段という羽生世代が、羽生世代前後の「定跡開発時代」の空気を呼吸しつつ技量の研鑽と人格の練磨薫陶に励まざるを得なかったのも事実でしょう。1990年代初頭までの数年間、無敵の様相を呈していた谷川浩司元名人が無冠に陥り、他方逆に谷川元名人の更に上の世代に属する米長邦雄九段が1993年度に名人位を獲得できたのも当時の「序盤定跡研究」に対する谷川元名人の対応の遅れと米長元名人のキャッチアップの結果であるとしばしば語られることですが、而して、これら谷川・米長シンドロームの実体は羽生世代前後の手によって1980年代後半から1990年代を通して急速に進んだ「序盤定跡」の研究とその常識化があったと言えるだろうからです。

蓋し、「定跡」が「常識」となればその情報価値はゼロになる。畢竟、定跡開発が一段落した段階では情報の非対象性が将棋の勝敗を決する状況は少なくなるということ。而して、1990年代後半の時点では、プロ将棋では(1局の平均手数150手の内)「序盤の50手は定跡研究により両対局者の指す手はほぼ決まっており、終盤の50手も詰みに向けたプロ棋士の寄せの技量をもってすればほぼ道なりに推移する。よって、プロ棋士の腕の見せ所は中盤の50手前後、双方25手ずつしかない」(島朗九段)とさえ言われた「定跡優位」の時代が、定跡開発の昂進とその定跡の常識化によって終わりを迎えつつあるのかもしれない。今期の竜王戦の棋譜を並べてそう感じた素人の予感も満更荒唐無稽なものではないとすれば、そこには定跡を巡る将棋の弁証法的発展ともいうべき現象があると言えるかもしれません。

繰り返しになりますが、定跡開発の昂進が原因となり定跡優位の時代が終焉を迎える現象。社会思想の領域に例を取って敷衍すれば、「疎外」「物象化」「物神性」「商品の価値形態と貨幣の成立」「剰余価値」を鍵概念とした所謂「科学的社会主義」という名の「イデオロギー的嵌め手」の威力をロシア革命からの半世紀に亘って欲しいままに享受してきたマルクス主義も、それらの論理のパーツが左右-保革を問わず常識化することによって(所謂「労働価値説」の誤謬や所謂「史的唯物論」の無根拠性を曝け出しつつ、1989年-1991年の社会主義崩壊に先立つ遅くとも20年前には)社会思想の領域での影響力を失っていたのと同様の事態が現下の将棋の世界でも起こっているのではないか。

あるいは、現存するおそらく唯一の科学方法論である分析哲学と現代解釈学もその知見が(その一見おどろおどろしい論理学を援用した表現を乗り越えて)これまた左右-保革を問わず理解され常識化されるや否や社会思想の領域の共有財産となり、例えば、新カント派や構造主義や現象学との併用、更には、(マルクス・エンゲルスの原典の文献学的の理解からは贔屓の引き倒しに近い暴挙と言わざるを得ないと私には思われるのですが)マルクスを「関係主義的に読み替える」アルセチュールや廣松渉や柄谷行人の如きマルクス主義と分析哲学・現代解釈学とのハイブリッドも20世紀の最後の20年間以降珍しくなくなったのと同様に、定跡開発の昂進が進み定跡が常識化することで逆に定跡優位の時代が終焉を迎え論者の個性、想像力や創造力がその作品形成においてより大きな比重を占める現象は寧ろ人類の知の発展の歴史においては常態というべき事柄ではないか。と、そう私は考えるのです。尚、ここで触れたマルクス主義の常識化に起因する衰退の弁証法、および、「哲学と将棋のアナロジー」や「文化としての哲学」に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・哲学と将棋のアナロジー遊び
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-90.html

・哲学と地ビールと
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-92.html

・完全攻略夫婦別姓論-マルクス主義フェミニズムの構造と射程(上)~(下)
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-398.html

・帝国とアメリカと日本
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-164.html


囲碁や将棋の棋譜は、カール・ポパーが"Objective Knowledge,"Oxford Univesity Press,1972(『客観的知識』森博訳・木鐸社・1974)で彫琢を重ねた用語を借りれば(客観的な外界である「世界Ⅰ」、主観的内面の領域たる「世界Ⅱ」に対して、人間が創った公共的な諸作品によって形成される)「世界Ⅲ」の典型的な要素といえるでしょう(カール・ポパーに関しは下記を参照いただければと思います)。

・日本ポパー哲学研究会総合メニュー
 http://www.law.keio.ac.jp/~popper/popperindex-j.html

・ポパー:その人と業績
 http://www.law.keio.ac.jp/~popper/popper-j.html

而して、周期的な氷河期の到来、あるいは、マルクスが『資本論』を書いた頃に観察されていたほぼ10年単位の恐慌の到来のように「世界Ⅲ」としての将棋の棋譜に及ぼされる序盤定跡研究のブームもまたこれからも繰り返されるのでしょう。けれども、その序盤定跡研究のブームは「世界Ⅱ」たる定跡研究に寄せる棋士の熱い思いを動因としながらも、定跡の常識化が一定程度普及した局面では、「世界Ⅰ」たるプロ将棋界の現実的な様相色彩動向の中では退潮するのではないか。これが私の現在の所の取り敢えずの結論です。

同じプロ棋士の中にもその華麗な美しさにファンの多い(他のTop級棋士が気づく3手から5手前の時点で詰み筋を発見して最後は手許に1歩も余さず最短距離で詰めあげる)谷川元名人の「光速の寄せ」。愚直なまでに得意戦法を貫く藤井九段(四間飛車)や丸山元名人(角換わり戦法・横歩取り8五飛車戦法)の姿勢、そして、ある意味究極の愚直とも言うべき羽生名人の「得意・不得意戦法なしの全天候型棋風」や佐藤元名人の「相手の得意戦法を必ず受けて立つ美意識」は「定跡」全盛時代においても棋士の「人格」を通して将棋の魅力を感じさせるものだった。而して、今年2009年からの数年間は「定跡」よりも「人格」が「世界Ⅲ」としての棋譜により大きな比重を占める将棋ファンとしても見応えのある状況になるのかもしれない。そう私は期待しています。



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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

japankokyo



弊YahooブログのTopのTopで新アンケート始めました。
よろしければ投票お願いします。

http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba

【お題】
政界再編の<争点軸>は何なのでしょうか?
「べき論」ではなく「現実論」でお答ください。
   
(A)集団的自衛権の是非(核武装・憲法9条の改正・軍法制の確立等)
(B)予算権限移譲も含めた地方分権推進の是非(道州制の実現・参議院の廃止等)
(C)小泉構造改革の徹底化の是非(公務員改革・自己責任の徹底&「セーフティネット」の整備)
(D)自虐史観の打破と自主外交路線の確立の是非(拉致問題解決・河野&村山談話の撤回)
(E)その他(税制の直間比率の見直し、外国人参政権、旧皇族の皇籍復帰等々・・・。
      よろしければコメント欄に具体的にお書きください)


【備考】
投票にはYahoo IDでのログインが必要です。
ただ、コメントはその場で適当なHNとパスワードを入力すれば大丈夫。
Yahoo IDをお持ちでない方はこちらで(↓)簡単につくれます。

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新百合ヶ丘エリアを小田急線沿線でも人気のお洒落な街に変えたのはなんと言っても、昭和40年代後半から50年代前半にかけての住宅地の造成とそこに移り住んでこられた新しい新百合ヶ丘市民の人口だと思います。而して、その新興住宅地の代表が「王禅寺地区」と「白山グリーンタウン」と呼ばれる「白山地区」。

今回はこれらの地域を散策します。大体、1時間30分のウォーキングコース。前回までの記事(特に、前回の「新百合ヶ丘-百合ヶ丘編」)と併せて一読いただければ分かりやすいと思います。また、記事末尾の地図画像を適宜参照してください。


・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56362657.html

・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」:古沢越え-栗平&片平探訪編
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56383444.html

・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」:新百合ヶ丘-百合ヶ丘編
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56487817.html




shinyuri200

新百合ヶ丘駅南口の駅前ロータリーからスタート。サティー&VIVRE横のコナミスポーツジムの横を麻生スポーツセンター方面に向かいます。下の画像はその道筋とKABUも時々汗を流しているフットサル場の様子。

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麻生スポーツセンター。バレーボール・新体操・バスケットから剣道・柔道といろんな団体が利用できる総合スポーツ施設です。選挙の時には麻生区の「開票場」になって、投票用紙が候補者ごとに積み重ねられるのが外からも覗けます。選挙速報より早く正確に結果が分かる(KABU&寛子さんを含め)この近隣に住む麻生区民には有難い施設でもあります(?)





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麻生スポーツセンターから歩くこと15分少々、本日のメーンイベント「白山地区」に到着、むじなが池公園の木々の隙間から見た白山の分譲住宅群。下はその「むじなが池」。白山地区は30年くらい前までは一面の雑木林と丘の谷間の田圃だったとか。小川が流れ鮒釣りができたとその頃、白山地区より一足先に造成された「王禅寺地区」に転居してこられた飲み仲間から聞きました。

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と、これは王禅寺地区の一角。王禅寺地区と白山地区と道路一本隔てて隣接しています。正直、どこと言って面白みのない画像だと思いますが、要は、このような建売住宅の風景が(もちろん公園や学校等々の施設もあるにせよ)、大体、東西1キロ×南北2キロにわたって広がる住宅街。しかも、50年前はほぼ100%、30年前でもまだ2~3割は雑木林広がる武蔵野の丘陵地帯だった。首都圏では珍しい話ではありませんが、考えれば凄い変化だと思います。

東京オリンピックの翌年(1965年)に王禅寺西地区に転居された(王禅寺転入者としてはかなり早期に属する飲み友達の長老)から聞いた話しでは、当時、王禅寺の地価は坪36,000円。それが現在は約630,000円! もっとも、1965年当時は上場企業の部課長クラスの月収が30,000円前後だったと言いますから当時もそう物凄く安かったわけではないと思いますが、その土地をディベロッパーが地権者の農家から購入した金額が坪当たり360円と聞けば、時空を越えて王禅寺の土地、ひいては新百合エリアの土地の価値高騰と開発の激しさを実感してしまいます。

・王禅寺地区の地価(1平方メートル!)
 http://chika.m47.jp/datat-16314.html





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上はその開発著しい王禅寺地区にたたずむ江戸時代初期にはもうあった溜池「籠口の池」とその説明書き。「籠口の池は、下麻生村の耕地をうるおす溜池であった。この池には二代将軍秀忠の夫人お江与の方が亡くなった後に、白蛇に化身し、闇夜に水を飲みに来たという伝説がある」らしいです。

下はそんな由来のある池を過ぎた所で見かけた自民党のポスター。頑張れ麻生総理! 山内、渡辺元行革相とつるんで麻生総理に弓引いたりすんなよ!

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新百合エリアを代表する神社の一つ。琴平神社の鳥居。晴天に朱の色彩が豪華で清々しく映えていました。と、その琴平神社の本殿が一昨年放火されたとか。そんな罰当たりなことをするのはおそらく「朝日新聞の購読者」でしょうかね。

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琴平神社から次の目的地「王禅寺ふるさと公園」に行く途中の小粋なレストラン。何々、「本日のパスタソース ベーコン キャベツのぺぺロンチーノ・・・。ランチ\1,050」と。今度一度寄りますかね。と、下はその「王禅寺ふるさと公園」です。

・料理工房 一夢庵
 http://r.tabelog.com/kanagawa/A1405/A140508/14011494/

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王禅寺地区が武蔵野の丘陵地帯を造成してできた動かぬ証拠(笑)の「貯水池」。要は、大雨の際に造成地の上に<浮かぶ宅地>を地盤の変化から守るためにはこのような施設による地下水の制御が必要ということ。

下は王禅寺地区・白山地区の<現在>を残酷なほど現しているこれまた動かぬ証拠。要は、40年から30年前にこのエリアに移り住んだ新・新百合ヶ丘市民の年齢層は概略ほぼ同じで、当時のその働き盛り子育て盛りのメンバーが現在では老齢化して、麻生区の中でも局地的集中豪雨ならぬ局地的少子化がこのエリアでは起こっているということです。

つまり、道路標識に見える「王禅寺小学校」は、王禅寺小学校と隣の白山小学校が統合されることにより来春から「王禅寺中央小学校」になることが決まっています。

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王禅寺小学校から徒歩10分弱。その白山小学校の柵に掲げてあった「閉校→統廃合」に向けたスローガンと閉校式までのカウントダウン表示(2009年1月17日撮影)。白山グリーンタウンの人々の白山小学校を思う熱い気持ちが伝わってきますよね。

・白山小学校統廃合の背景
 http://www.city.kawasaki.jp/88/88kikaku/home/tekiseikibo/hakusyonew6.pdf






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そんな感傷に浸りながら歩くことこれまた10分弱。新百合ヶ丘の中心街が見えてきました。迎えてくれる建物は「芸術の街-新百合ヶ丘」の新造原子力空母「昭和音楽大学」。新百合ヶ丘駅南口のロータリーにほぼ隣接しています。下は、その昭和音楽大学でちょうど見かけた「センター試験会場」の看板。

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新百合に到着です。少しお腹も空いたので食事にしましょう。ということで、TOPの画像は実は新百合の誇るレストラン「麻生ガーデン」です。最高のシェフの料理をリーズナブルな価格で堪能できるんですよ。下の画像は麻生ガーデンのガーデン(庭)、画像の奥に映っているのは「麻生スポーツセンター」です。

・麻生ガーデン
 http://www.asao-garden.jp/

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【地図画像URL】
地図URLの上の画像は本日散策した王禅寺地区(と一部、その北隣の東百合丘地区)の遠景です。画像に映っている風景が50年前というか30年前というかにはほぼ武蔵野の雑木林や田畑だったと想像できますか。そう、良くも悪くもそれが我が街「新百合ヶ丘」なんです。

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 http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/shinyurimap4a.jpg




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テーマ : 我が街☆新百合ヶ丘
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hyaxtukiyako


本エントリーは記事の収録が目的のため「訳」はありません。また、翻訳がない都合上、著作権者に配慮して記事の引用は全体の40%程度。元記事は下記URLをご参照ください。

http://www.nytimes.com/2009/01/16/world/asia/16outcasts.html


しかし、日本では手垢のついた「非差別部落出身者は総理にはなれんでしょう」発言なるものを引き合いに出しての麻生総理攻撃には腹が立つ。要は、こんな記事アメリカ人の誰も興味ないから、UターンでこのNYTの記事が日本で騒がれるのを見越してのあざとい攻撃。どこまで汚いんや! 

出典はNew York Tines, "Japan’s Outcasts Still Wait for Society’s Embrace"「日本の賎民はいまだに社会的に容認されていない」January 16, 2009です。上の画像は「百鬼夜行」図。NYT, 朝日新聞, 大西哲光氏, 支那, 韓国・・・のご一同様をイメージしてみました。




●Japan’s Outcasts Still Wait for Society’s Embrace


By NORIMITSU ONISHI

KYOTO, Japan ― For Japan, the crowning of Hiromu Nonaka as its top leader would have been as significant as America’s election of its first black president.

Despite being the descendant of a feudal class of outcasts, who are known as buraku and still face social discrimination, Mr. Nonaka had dexterously occupied top posts in Japan’s governing party and served as the government’s No. 2 official. The next logical step, by 2001, was to become prime minister. Allies urged him on.

But not everyone inside the party was ready for a leader of buraku origin. At least one, Taro Aso, Japan’s current prime minister, made his views clear to his closest associates in a closed-door meeting in 2001.

“Are we really going to let those people take over the leadership of Japan?” Mr. Aso said, according to Hisaoki Kamei, a politician who attended the meeting.

Mr. Kamei said he remembered thinking at the time that “it was inappropriate to say such a thing.” But he and the others in the room let the matter drop, he said, adding, “We never imagined that the remark would leak outside.”

But it did ― spreading rapidly among the nation’s political and buraku circles. And more recently, as Mr. Aso became prime minister just weeks before President-elect Barack Obama’s victory, the comment has become a touchstone for many buraku.

How far have they come since Japan began carrying out affirmative action policies for the buraku four decades ago, mirroring the American civil rights movement? If the United States, the yardstick for Japan, could elect a black president, could there be a buraku prime minister here?

The questions were not raised in the society at large, however. The topic of the buraku remains Japan’s biggest taboo, rarely entering private conversations and virtually ignored by the media.・・・


A Politician’s Roots

Mr. Nonaka is one of the rare politicians who never hid his buraku roots. In 2001, he was considered a leading contender to become president of the long-governing Liberal Democratic Party and prime minister.

Now 83, he was born into a buraku family from a village outside Kyoto. On his way home at the end of World War II, he considered disappearing so that he would be declared dead, he once wrote. With the evidence of his buraku roots expunged, he had thought, he could remake himself in another part of Japan, he wrote.

Mr. Nonaka eventually entered politics, and, known for his fierce intelligence, he rose quickly. By 2001, he was in a position to aim for the prime ministership. But he had made up his mind not to seek the post. While he had never hidden his roots, he feared that taking the top job would shine a harsh spotlight on them. Already, the increasing attention had hurt his wife, who was not from a buraku family, and his daughter.

“After my wife’s relatives first found out, the way we interacted changed as they became cooler,” Mr. Nonaka said in an interview in his office in Kyoto. “The same thing happened with my son-in-law. So, in that sense, I made my family suffer considerably.”

But rivals worried nonetheless. One of them was Mr. Aso, now 68, who was the epitome of Japan’s ruling elite: the grandson of a former prime minister and the heir to a family conglomerate.

Inside the Liberal Democratic Party, some politicians gossiped about Mr. Nonaka’s roots and labeled some of his closest allies fellow buraku who were hiding their roots.・・・


Mr. Aso’s comment would have stayed inside the room had a political reporter not been eavesdropping at the door ― a common practice in Japan. But because of the taboo surrounding the topic of the buraku, the comment was never widely reported.

Two years later, just before retiring, Mr. Nonaka confronted Mr. Aso in front of dozens of the party’s top leaders, saying he would “never forgive” him for the comment. Mr. Aso remained silent, according to several people who were there.

It was only in 2005, when an opposition politician directly questioned Mr. Aso about the remark in Parliament, that Mr. Aso said, “I’ve absolutely never made such a comment.”・・・

In the end, Mr. Nonaka’s decision not to run in 2001 helped a dark-horse candidate named Junichiro Koizumi become prime minister. Asked whether a Japanese Obama was now possible, Mr. Nonaka said, “Well, I don’t know.”




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ジャンル : 政治・経済

israeltanks


2009年1月3日(日本時間4日)に始まったイスラエル軍のガザ侵攻。この軍事行動によるパレスチナ民間人の死傷者が増えるに従いガザ侵攻作戦の停止を求める声が国際的な広がりを見せています。けれども、世界の声と日本で聞こえるそれとは似て非なるものだ。例えば、次の3点に関しては日本と世界の認識は大きく異なっているのではないか。そう私には思えてなりません。

[1]イスラエルのガザ侵攻の正当性を認めるか否か
[2]停戦の可否はイスラエルが納得できる具体的で実効性のある
 ハマスの解体もしくは弱体化が条件になるという認識の有無
[3]停戦実現に向けて国連の機能に期待するか否か


日本の新聞・TV、就中、朝日新聞の論調と海外報道、具体的には(その荒唐無稽なリベラルな姿勢、および、「反日-媚支那」の点で)アメリカの朝日新聞とも言うべきNew York Timesの論調でさえ日本の認識とは正反対と思われる。蓋し、米英独の新聞の社説で、[1]「イスラエルのガザ侵攻の正当性」を認めないもの、すなわち、テロリスト集団ハマスによる年来のイスラエルに対するロケット攻撃を非難しないものはほどんど皆無と言っていいでしょう。

要は、世界標準の国際政治認識においてイスラエルとハマスは政治的にも倫理的にも対等な紛争当事者ではない。また、テロリストとはいかなる妥協も行うべきではないのであり(本来は交渉さえ行うべきではないのであり)、よって、パレスチナ民間人に数万の死傷者が出ようとも、イスラエルのガザ侵攻という決断自体は正当である。白黒はっきり言えば、そう日本以外の世界のマスメディアは理解していると思います。而して、そのような「リアリズム」を基盤にした国際政治のものの見方(realism-based outlook upon international politics)は極めて真っ当であるとも。これに対して、朝日新聞は2009年1月6日付社説「ガザ侵攻 国際社会は停戦に動け」でこう述べている。以下、引用開始。

パレスチナで戦争が激化している。年末から自治区ガザを空爆していたイスラエル軍が、戦車などで本格的に攻め込んだ。空爆でこれまでに500人以上が死んだ。ガザにある独立系の人権団体は、その2割が子供たちだと報告している。地上戦でも犠牲者が出ている。

この事態に、国際社会はまったく無力だ。国連安全保障理事会は即時停戦を求める決議はおろか、声明さえ採択できないでいる。イスラエルを擁護する米国が反対しているからだ。

ガザを支配するイスラム過激派ハマスが昨年来、イスラエルへのロケット弾攻撃を始めた。これに対して自国民を守る自衛権がある。これがイスラエル側の攻撃の理由であり、米国なども理解を示している。だが、空爆や侵攻はパレスチナ側の犠牲があまりにも大きく、過剰な武力行使というよりない。イスラエルは直ちに侵攻を停止し、交渉による事態の沈静化をはかるべきだ。(中略)

アラブやイスラム世界の民衆の怒りは、イスラエルを制止できない米欧や国連に向かう。米国などを標的にする国際テロ組織アルカイダへの支持が広がらないか心配だ。フランスのサルコジ大統領が停戦仲介のため中東入りした。今月から国連安保理の非常任理事国になった日本も、ガザの流血を止めるためにもっと積極的に動くべきだ。(以上、引用終了)


この社説を読む限り、「自国民を守る自衛権」はイスラエルの自己正当化の論理にすぎず、それが一般的な正当性を帯びるかどうかに関しては朝日新聞は判断中止の立ち位置を貫いているとしか思えない。例えば、Washington Postの記事” The View From Israel: Victors in a Necessary War,” January 11, 2009「イスラエルからの風景:不可欠の戦争における勝利」はこう記しているのですから。

After 15 days of war that have left more than 800 Palestinians dead -- as many as half of them civilians, medical officials say -- Israelis are sure of two things: They are the victims, and they are also the victors.

Unlike in 2006, when Israelis grew bitterly split over the war in Lebanon, the invasion of Gaza has produced a rare consensus here. In newspapers and on television, commentators approvingly note that the Israeli military has sown devastation in Gaza without a high toll in Israeli lives. If Palestinians are dying, they say, it is Hamas's fault.


「開戦から15日、800人のパレスチナ人死者、しかも、医療関係者によればその約半数は民間人とされる死者を出しながら、イスラエルの人々は二つのことを確信するに至っている。すなわち、彼等イスラエル国民こそ被害者であり、また、彼等が勝利者であることを」

「イスラエル国内がレバノンでの戦争を巡り真っ二つに割れた2006年の事態とは異なり、ガザ侵攻に関してイスラエルの世論は見事な一枚岩ぶりを示している。新聞でもTVでも解説者達はイスラエル軍はイスラエル兵の犠牲を低い数値に止めながらガザを灰燼に帰しつつあることを肯定的に評している。パレスチナ人の死者が出ているとすれば、それはハマスの落ち度であるとも」

この記事はあくまでもイスラエル社会のレポートなのですが、この記事のどこを見てもここで報じられたイスラエル側の認識を批判する文言は見当たらない。それに対して、朝日新聞の1月6日付社説はガザ侵攻の正当性の有無の論定を回避しながらも、「直ちに侵攻を停止し、交渉による事態の沈静化をはかるべきだ」と可及的速やかな軍事行動の停止を(而して、注意すべきは)ハマス側にではなくハマスとイスラエルの両者に対してでもなくイスラエル側にのみ要求している。畢竟、これらの朝日新聞の社説は[1]「イスラエルのガザ侵攻の正当性」を認めない、世界的にも極めて異様なものであると言わざるを得ないと思います。


而して、朝日新聞のガザ侵攻の正当性を巡る歪な姿勢は、[2]「停戦の可否はイスラエルが納得できる事態の具現が条件になる」という認識の欠落と通底している。実際、今日1月15日付社説「米国の新外交―「力」から「賢さ」への転換」で朝日新聞は(オバマ政権の外交に関して)「その最初の試金石は、中東和平だ。すでに「パレスチナ自治区ガザの惨状にオバマ氏はなぜ声をあげないのか」という不満の声が、イスラム諸国を中心に出ている。侵攻を拡大するイスラエルに圧力をかけ、停戦を実現するには米国が一日も早く公正な仲介者としての立場を取り戻さねばならない」と、第一次中東戦争以降アメリカが「公正な仲介者」であったことなど過去に一度もない事実を失念した上で(また、子供の世界の喧嘩両成敗の如き感覚で)イスラエルのガザ侵攻を非難する論調を展開している。

けれども、朝日新聞自体が「停戦仲介のため中東入りした」と1月6日付社説で触れているサルコジ大統領も、また、同じく停戦の仲介に尽力されているエジプトのムバラク大統領もその周旋の核心はどのような「具体的で実効性のあるハマスの解体もしくは弱体化」のための施策をいかにしてイスラエルに納得させるかなのです。

畢竟、イスラエルのガザ侵攻は正当であるけれども、パレスチナ民間人の死傷者の拡大は(繰り返しますが、ガザ侵攻の決断の正当性を些かも損じることはないにしても)ガザ侵攻トータルでの正当性を逓減せしめることもまた事実でしょう。ならば、イスラエルが可及的速やかに軍事行動を収拾することはイスラエルにとっても望ましいのだけれども、そのような望ましい事態の具現は[2] 「イスラエルが納得できる事態の具現が条件」になる。蓋し、あたかも「武力行使=悪」という認識から「武力行使の主体=イスラエル」に専ら停戦を求めるが如き朝日新聞の主張はこの点でも世界の常識とかけ離れている。


世界の常識と朝日新聞の非常識の好対照は、而して、[3]「停戦実現に向けて国連の機能に期待するか否か」において最高潮に達します。すなわち、「今月から国連安保理の非常任理事国になった日本も、ガザの流血を止めるためにもっと積極的に動くべきだ」という意味不明なセンテンスだけでなく、例えば、1月14日付の天声人語では「世界を一つの学級に例えてみよう。ブッシュ時代の8年間、米国という腕白(わんぱく)坊主は好き放題をしてきた。国連という「担任」などそっちのけ。腕力にものをいわせて、気にくわない級友を痛めつけた」と書いているのですから。

畢竟、国際法上、国連なるものは「常設の国際会議場組織」をそう大きく超える存在ではありません。よって、「世界を一つの学級」に例えるとすれば国連は「担任」などではなく(学級会議用会議室の)「運営当番」にでも比すべきなのです。蓋し、世界の主要な新聞でガザ侵攻の停戦実現に向けて国連に期待するなど稀有の存在であり、まして、「この事態に、国際社会はまったく無力だ。国連安全保障理事会は即時停戦を求める決議はおろか、声明さえ採択できないでいる」と国連の無力ぶりに切歯扼腕するなど極めて朝日新聞的な物言いであると私は考えます。


而して、朝日新聞の特異性を理解する契機になればと思い「下」では海外報道を紹介します。NYTの社説”Incursion Into Gaza,” January 6, 2009「ガザ侵攻」です。上で引用した1月6日付朝日新聞社説と同日に同じ主題を俎上に載せたもの。比較対照には最適ではないでしょうか。尚、このイシューに対する私の基本的な考えについては下記拙稿をご一読いただければ嬉しいです。



・レバノン掃討戦に悲鳴する戦後民主主義者の滑稽
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/38524866.html

・再録☆イラク戦争を支持する10個の理由
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/19666903.html

・妄想平和主義の基底☆戦争は人為か自然か?
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/19564598.html

・テロを擁護する朝日新聞社説の思想構図(上) (下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/6859150.html



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With its ground incursion into Gaza, Israel has gambled that it can finally silence the Hamas rockets that have terrorized its people for years. We sympathize with that goal. But we are concerned that short-term success on the battlefield might encourage the Israelis to keep pressing further and longer in an attempt to decimate Hamas and wrest Gaza from its grip.

That is also a goal we can sympathize with — there is no justification for Hamas’s attacks or its virulent rejectionism. But it is highly unlikely, and there is a point of diminishing returns that could be easy to miscalculate.


地上軍のガザ侵攻に対して、何年もの間その市民を恐怖に陥れていたハマスのロケット攻撃をついに沈黙させられるものとイスラエルは期待している。我々もイスラエルのこの目的は理解できる。しかし、我々は戦場での短い時間軸での成功が、ハマスを粉砕してその手からガザを取り上げるべく一層激しく長期にわたる攻勢をイスラエルの人々が続ける誘引になってしまうことを懸念している。

また、ハマスの攻撃、ならびに、イスラエルとの交渉さえも一切認めようとしないその凄まじい敵意にはなんら正当化される余地がないこともまた我々が共感する認識である。しかし、ハマスを粉砕してその支配下からガザを離脱させることは到底実現できそうにないどころか、そこには計算間違いに陥りがちな謂わば収穫逓減点が存在している。 


The longer the Israeli incursion, the more casualties mount (550 Palestinians and 5 Israelis have died so far); the more Hamas’s popularity grows among its supporters; the more moderate Arab states, which have correctly blamed Hamas for ending a six-month cease-fire, are alienated; and the more regional instability is fueled.

It will also make it harder for President-elect Barack Obama to pick up the pieces of peacemaking when he takes office on Jan. 20.

Israel, aided by the United States, Europe and moderate Arab states, must try to end this conflict as soon as possible and in a way that increases the chances for negotiating a broad regional peace.

That means ensuring at a minimum that Hamas — a proxy of Iran — is not seen as gaining from the war, that the rocket fire is halted permanently and that the terrorist group can no longer restock its arsenal with more deadly weapons via hundreds of tunnels dug under the Egypt-Gaza border.


イスラエルの侵攻が長引けば長引くほど死傷者数は増加するだろう(現在までに550名のパレスチナ人と5名のイスラエル人の命がすでに失われている)。而して、イスラエルの侵攻が長引けば長引くほど、ハマス支持者の間でのハマスの人気は高まり、6ヵ月の停戦を非道にも終わらせたハマスを今は非難しているアラブ穏健派諸国とイスラエルの距離を遠ざけてしまい、そして、この地域の不安定さに火に油を注ぐ事態になるものと思われる。

また、イスラエルの侵攻の長期化は、バラク・オバマ次期大統領にとって彼が1月20日の大統領就任に際して和平のための調停に動くことをより困難なものにするだろう。

アメリカ、欧州諸国、そして、アラブの穏健派諸国に支持されているイスラエルは可及的速やかに、かつ、この地域の和平に関する広範な交渉の機会を増やす方向で今般の紛争を収束させるべきなのだ。

イスラエルがそうすれば、ハマス、すなわち、イランの代理人たるハマスがこの戦争から得るものは何もなくなるに違いない。蓋し、最低でも、【ハマスの】ロケット攻撃は永久的に停止させられるだろうし、エジプト-ガザ間の国境に掘られた何百ものトンネルを使ってこのテロリスト集団が運んでいる凄まじい威力を秘めた兵器で彼等の武器庫を充たすことは最早できないだろう。 


Israel has made it clear that it is in no rush for a diplomatic solution, but there will have to be one. That will require compromises from Israel, including acceptance of international monitoring of a cease-fire and an increased flow of goods and people between Israel and Gaza. ・・・

Israel must immediately allow foreign journalists access to Gaza, as the Israeli high court ruled on Dec. 31. As in every war zone, reporting by journalists — and human rights monitors as well — can discourage abuse and is essential to full public understanding of the conflict.

We applaud European and Arab officials for intensifying efforts to try to achieve a meaningful cease-fire. While Secretary of State Condoleezza Rice has been in Washington telephoning foreign leaders (wasn’t Middle East peace supposed to be her legacy?), it is Europeans like President Nicolas Sarkozy of France who have traveled to the region for face-to-face talks.

イスラエルは外交的解決を急がない姿勢を鮮明にしているにせよ、なんらかの外交的解決が求められることは間違いない。而して、外交的解決にはイスラエルからの歩み寄りが不可欠であり、そのイスラエルの譲歩には国際的な停戦監視団の受入、ならびに、イスラエルとガザ間の物資と人の移動の増加が含まれることになろう。(中略)

イスラエルの高等裁判所が12月31日に下した判決に沿って、イスラエルは外国人ジャーナリストのガザへの立ち入りを直ちに認めるべきだ。というのも、戦闘地域のすべてにおいてジャーナリストの報道は(そして、人権監視団体も同様であるけれども)権限の乱用を抑制することになるだろうし、今回の紛争を巡る認識が十分に公知の事実になる上で欠かせないからだ。 

我々は、実効性のある停戦を実現すべく行われている欧州とアラブの政府高官による精力的努力に賛辞を惜しまない。実際、コンドリーザ・ライス国務長官がワシントンから動くことなく諸国の指導者に電話をかけている間に(中東和平こそ彼女の功績になるのではなかったのか?)、フランスのニコラ・サルコジ大統領の如き欧州の指導者は直談判のために何度もこの紛争地域に飛んでいる。


We understand Mr. Obama’s decision to leave the current crisis to President Bush. But we hope he and his team are prepared for whatever faces them in this immediate crisis, and that they are working on a broader strategy for the region.

There is little chance of restraining Hamas without dealing with its patrons in Syria and Iran. Mr. Obama will also have to move quickly to revive Israeli-Palestinian peace talks. Palestinians in the West Bank and Gaza need to see that there is another way out of their misery and that Hamas and its rockets are not the answer.


我々は、現下の危機の対処はブッシュ大統領に委ねる他ないというオバマ氏の判断は理解している。しかし、我々はオバマ氏とそのチームが現下の危機に関して彼等が直面することになるであろうすべての事柄に対して準備を怠らないで欲しいと願っており、また、より広い選択肢を備えた戦略をもってこの地域に対処して欲しいとも願う。

そのパトロンであるシリアとイランと取引することなしにハマスを抑制する可能性はほとんどない。オバマ氏はイスラエル-パレスチナ間の和平交渉を復活させるために寸暇を惜しんで行動しなければならなくなるだろう。ヨルダン川西岸地区とガザ地区のパレスチナ人には彼等が置かれている窮状から抜け出すための今までにない方式、而して、ハマスとそのロケットなどは解答などではないという事実を理解してもらう必要がある。




(2009年1月15日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 国際政治
ジャンル : 政治・経済




川崎市は昭和40年代後半から50年代に定着した「公害都市」の汚名を雪ぐべく現在、「愛の町-歌の町」をキャッチコピーにイメージ挽回に励んでいます。麻生区も川崎市の7つの区の一つとして(実は、かわさきエフエムの周波数は79.1MHzなのですが、これは「7つの区が一つになる!」の標語から決められたそうです)「芸術の街」を打ち出しています。

今回は新百合ヶ丘文化の中軸エリアとも言うべき「新百合ヶ丘-百合ヶ丘」を散策してみました。大体、1時間30分あれば十分廻れるウォーキングコース。前回までの記事と併せて一読いただければ分かりやすいかも。また、記事末尾の地図画像を適宜参照してください。
 

・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56362657.html

・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」:古沢越え-栗平&片平探訪編
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56383444.html



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新百合ヶ丘駅南口前から出発。駅前ロータリーの周辺には「アートしんゆり2008」
のイベントポスターがそれとなく掲示してある。そして、駅周辺には昭和音楽大学
や日本映画学校もあり芸術が溢れています(?)





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新百合ヶ丘駅前ロータリーにほぼ隣接しているマプレ商店街。実は、新百合ヶ丘駅
が開業したのは1974年6月1日(対してお隣の、百合ヶ丘駅と柿生駅の開業は、
各々1960年3月と1927年4月)。つまり、田園調布の向うを張って1970年代半ばから
三井不動産が開発した「王禅寺地区」、あるいは、1981年~1988年にかけて
造成された「白山グリーンタウン」という新興住宅地の住民にとって買い物は
柿生と百合ヶ丘の商店街がメインだったと言います。

そして、新百合ヶ丘の商業施設の中ではこのマプレ商店街とイトーヨーカドー、
駅ビルのアコルデが最も古く、現在のサティ・ビブレとOPAの敷地は長らく
「野原」で、その後も駐車場やレジャー用の巨大迷路(笑)があっただけとのこと。
下の画像は正月休みの最終日ということもあって人影もまばらですが、マプレは
買い物しやすいよい商店街です。

・マプレ商店街のHP
 http://www.shinyuri-mapre.jp/

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マプレ商店街の外れにある遊歩道・こやのさ緑道の案内石碑。「昔 この付近は細長い
沢で周辺の山には茅場ばどの村落共有地があり そこには共有林などを管理する小屋が
あったのでいつとかこの地は こやのさと呼ばれるようになったという・・・」。
下はその遊歩道。犬の散歩には最適です。

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マプレ商店街からほぼ道なりに丘を登った所にある「弘法松公園」。
「弘法」とはもちろん弘法大師空海のことですが、案内板には「弘法大師が
諸国を行脚していた折、この地にお寺を建てようとしました。しかし、見渡した
ところ山々の谷は九十九谷で百谷に一つ足りませんでした」そこで、寺の建立は断念し、
その代わりにマツを植えた。と、理解不可能な説明が書いてあります(笑)

下は弘法松公園から見た新百合ヶ丘の商業ビル群と富士山の遠景です。これから、
百合ヶ丘駅方面に一気に下ります。

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百合ヶ丘駅前の商店街。上でも書きましたが、新百合ヶ丘駅周辺の商店街が整備
されるまでの10年以上、新興住宅地・新百合ヶ丘の住人にとって柿生の商店街と
並んでここが最寄の買い物の場だったということ。下は、その時代に、
新しい現在の新百合エリアの消費需要をほとんど一手に支えたゆりストア本店。

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買い物の次は子育て。新百合エリアの名門「百合丘保育園」。
川崎市麻生区は年率2%前後のペースで年々人口が増えており、この保育園は立地も
よく常時順番待ちの状態。

ただ、下記のURLでもお分かりのように、同じ麻生区でも町丁によって人口増減の
ばらつきは凄まじい。例えば、上に何度か記した王禅寺地区や白山地区は、
20~30年前に働き盛り子育て盛り世代の新規転入者が大挙転入したエリアのため、
今日では「老齢化」が激しく、小中学校の統合の嵐がここ数年吹き荒れている状態です。

・川崎市町丁別世帯人口
http://www.city.kawasaki.jp/20/20tokei/home/matibetu/matibetu.htm

・麻生区内認可保育園申込状況
 http://www.city.kawasaki.jp/73/73hukusa/kosodate/hoikusyo/hoikusyo_shinsei.htm





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小田急百合ヶ丘駅と駅構内に掲示されていた「初詣勧誘ポスター」。
これから小田急線を横切り千代ヶ丘方面に向かいます。





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百合ヶ丘駅から千代ヶ丘に続く「心臓破りの坂」。大体、24メート進む間に
1.6メートル上がる勾配ですから4度近い急斜面(sinθ=1.6/24)。雪の降った
日にこの坂を自転車で下るというのは「無謀」というもの。

坂を登りきった所で出迎えてくれた麻生総理のポスター。
頑張れ麻生総理! 山内、麻生総理を裏切るなよ!

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初回の「ウォーキング de 我が街」に引き続き登場の多摩農協園芸センター。
正月休み最終日ということもあり翌日からの来客に備えて花々も心なしか
気合が入っていた?

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万福寺さとやま公園の外れにある「造形絵画教室」。芸術の街・新百合の雰囲気が
漂ってきませんか? 初回の記事の復習ですが、実はこの造形教室もつい6-7年前
までは周りを雑木林で囲まれた「ヘンゼルとグレーテル」の世界のお家でした。
今は、丘の尾根つたいの住宅地にある普通のお家になってしまった(溜息)。

さて、過ぎたことは仕方がない。溜息をついてもタヌキさんや小鳥さんが戻ってくる
わけでもない。と、下は芸術の街・新百合の戦闘空母、川崎市アートセンター。
かなりゴウジャスです。

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ということで新百合ヶ丘駅(北口)に帰還です。駅には芸術の香漂うポスターが。
実は、2回に分けて散策したので時刻もちょうどよい頃合(笑)。最後の画像は
駅ビルのアコルデ地下1階にある、やるき茶屋新百合ヶ丘店。先日は「鯨刺」も
メニューに載っていて商業捕鯨再開を願う私は大感激しました。

捕鯨は日本の文化だ! 流石、芸術の街・新百合、日本の文化を大事にしている。

・やるき茶屋新百合ヶ丘店
 http://gourmet.yahoo.co.jp/0001425569/



【地図画像】
 http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/shinyurimap2a.jpg




(2009年1月12日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 我が街☆新百合ヶ丘
ジャンル : 地域情報

goemonishikawa

所謂「裁判員制度」の実施が目前に迫っていること、而して、所謂「秋葉原事件」等の日本の<格差社会化>に伴う(社会的アノミー状況下で将来に希望を失った「ワーキングプアー層」によるとされる)不条理な犯罪の生起もあってか、死刑制度の存廃を巡る議論をよく目にするようになりました。被害者遺族団体等による「死刑に相当する罪についての(公訴)時効撤廃」の要請や、国連人権委員会の日本に対する死刑廃止勧告(2008年10月30日)等も現下の「死刑の存廃」を巡る議論の周辺をなすものと言えるでしょう。

私の立場は「死刑肯定」。畢竟、死刑廃止は、他人の生命を奪った人間から道義的責任を果たす権利を奪う野蛮な法制度であり、個人の人格の尊厳に価値を置く文明国においてそれは許されない。刑罰は「犯罪を抑止」のための社会統制技術である反面、その本質は社会的道義的非難であり犯罪に対する応報と考えるからです。而して、たとえ現下の日本社会が、論者によっては「100年に一度の経済危機」と言われるものに直面しつつあり、また、産業調整と社会の構造改革に起因する社会的アノミー状況(=社会秩序を維持してきた伝統的な道徳的規範が正当性とリアリティーを喪失することに起因する社会の無秩序状態、および、そのような無秩序な社会に放り出されている<自分>という自己意識)に陥りつつあるとしても、死刑は廃止されるべきではない。そう私は考えています。

敷衍すれば、昨年2008年9月15日のリーマンブラザーズの破綻に端を発する世界金融危機、他方、その危機にかかわらず一層の昂進が必定のグローバル化の潮流の中で日本がその国際競争力を維持強化するためには、①新自由主義的な構造改革の徹底、②その構造改革に正当性を与える「使用者側の不当労働行為の厳罰化と独占禁止および不正競争防止の徹底」、「セーフティーネットと敗者復活を可能にする諸制度の整備」を粛々と実行することが不可避であり、而して、これらの課題が具現されるまでの間は(特に、労働力の産業間・地域間移動のタイムラグと情報の非対称性とに起因する「労働力のミスマッチ状態」が解消するまでの緊急避難的な社会保障施策が整うまでの間は)ある種の社会的アノミー状況の惹起蔓延はこれまた不可避なのかもしれません。残念ながらそう予想します。けれども、不条理な犯罪の生起増加が想定されることと、そのような犯罪の刑事的と道義的責任の軽減、まして、死刑制度の存廃は全く位相を異にしているのではないでしょうか。


死刑廃止論の主張は一様ではない。例えば、死刑存置に対して呈される次のような疑義をしばしば見聞きします。すなわち、

(1)死刑の犯罪抑止効果は乏しい
犯罪の予防の観点からは、むしろ、仮出獄を認めない絶対的終身刑の導入を

(2)死刑は「残虐な刑罰」を禁止している現行憲法36条違反である

(3)死刑は歴史的に廃止の方向にある
例えば、EU加盟には「死刑廃止国」が条件になっており日本もこの国際的な潮流に従うべきだ。さもなくば、日本は国際的な非難を受け続けるだけでなく、死刑廃止国から「犯罪者引渡し条約」の締結を拒まれる等の実害を甘受しなければならない

(4)冤罪事案の場合に死刑は取り返しのつかない間違いを国家が犯すことになる

(5)国家に人の生命を奪う権利はない
殺人が許されぬ犯罪であるならば国家による殺人たる死刑もまた許されない。すなわち、殺人犯に死刑を求める根拠自体から死刑は否定される

(6)死刑はそれを行なう側にも酷な制度である
死刑を命じる法務大臣(刑事訴訟法475条1項)や死刑を執行する刑務官、更には、死刑判決を下す裁判官(加えて2009年7月以降は裁判員)の心理的負担を考えれば死刑は廃止すべきだ

(7)死刑は生ぬるい
一生刑務所で反省しつつ刑務所内労働をさせ、死亡後はその臓器等々すべて換金して所内労働の対価とともに被害者遺族・犯罪被害者救済基金に支払う仕組みにすべきだ。この仕組みを前提に死刑の代わりに自殺か絶対的終身刑を選ぶことにすればどうか

(8)国民世論は必ずしも死刑を支持しているとは言えない
世論調査によれば確かに日本国民の多くは死刑を肯定しているが(2005年2月19日発表の内閣府「基本的法制度に関する世論調査」では死刑容認派は81%を越えている)、多くの国民が十分な情報と思慮の下に死刑を支持しているとは思えない



順不同に「死刑廃止論」を並べてみましたが、(1)「死刑の比較的低い犯罪抑止効果」は欧米各国の統計データに拠る限り刑事学の常識と言えるもので無根拠な主張ではありません(ただ、回帰分析の結果からも、また、例えば、2007年の飲酒運転の厳罰化によって飲酒事故が激減したこと、他方、飲酒事故の悪質化が進んだことを鑑みるに、一概に、死刑の犯罪抑止効果が個別日本社会で諸外国のように低いとも論断はできないというのが正直な所です)。また、(2)「死刑の違憲性」に関しては合憲判決が確定していること(最大判昭和23年3月12日)、現行憲法31条「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」は「生命を奪う=死刑」を前提としていることから考えて、(2)の主張は法律的には所謂「憲法無効論」並みの荒唐無稽な主張と言うべきでしょう。


而して、その犯罪抑止効果が必ずしも自明でなく、また、(3)「死刑は歴史的に廃止の方向にある」にもかかわらず、何故に多くの国で死刑は存置されているのでしょうか(2008年現在、法律上・事実上の死刑廃止国は合計135に対して存置国は62。下記URL参照)。蓋し、「死刑がなぜ存在するのか」は、それは「そこに山があるから」、すなわち、「死刑をもって応じ報いるべきとされる事態(死刑が相当と当該社会で一般的に考えられる事件と被告人)が存在するからだ」、と。そう私は考えています。

・死刑廃止国と存置国
 http://homepage2.nifty.com/shihai/shiryou/abolitions&retentions.html

国家が公的な刑罰権を独占し私人間の自力救済や復讐、決闘を漸次禁止してきた近代法確立の経緯の中で日本を含む死刑存置国では(些か同語反復になりますが)「死刑をもって応じ報いるのが相当とされる犯罪類型に対して死刑」が刑罰のメニューの中に記載されたまま現在に至っている。もっとも、国家による刑罰権の独占と「死刑」の存置は一応別の問題であることは世界の135ヵ国では死刑を(法律上か実質上かを問わず)廃止していることからも明らかでしょう。畢竟、死刑存廃の是非は当該の社会の法意識をパラメータとする関数に他ならない。すなわち、死刑の存廃はその国の文化的コードの問題であり、よって、(3)「死刑は歴史的に廃止の方向にある」とか国際的非難などは日本が死刑を廃止することの理由にはならない。蓋し、「死刑は歴史的に廃止の方向にある」などを死刑廃止の論拠たりうると考える論者は(「捕鯨廃止論者」とパラレルな欧米流の価値観を普遍的と看做す)文化帝国主義の傲岸不遜な論者にすぎないのです。

繰り返しますが、国家が刑罰権を独占して、かつ、(石川五右衛門の辞世の句「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」の如く)死刑が相当と一般的にその社会で考えられる犯罪がその社会に存在する限り、(5)「国家に人の生命を奪う権利がない」どころか死刑の実行は国家の使命でさえある。

ならば、(6)「死刑がそれを行なう側にも酷な制度である」としても死刑は実行されねばならず、その精神的葛藤に耐えられない者、あるいは、信仰上の理由から死刑を支持できないと考える者は、現行憲法秩序においては法務大臣・刑務官・裁判官・裁判員等々の職を辞退すべきなのです。また、(7)「死刑は生ぬるい」(市中引き回しの上の獄門・親兄弟親族の連座制の復活等々)が妥当であるかどうかは立法政策の問題であり、少なくとも、その主張によって現下の死刑制度を廃止する論拠にはならないと言うべきでしょう。而して、(8)「国民世論は必ずしも死刑を支持しているとは言えない」という主張に至っては文字通り「引かれ者の小唄」か、百歩譲っても「イソップ物語の酸っぱい葡萄」の類の死刑廃止の為にする議論である。それは、死刑存置を支持する国民を見下す傲慢であり(3)「死刑は歴史的に廃止の方向にある」とのたまう文化帝国主義と通底する主張に他ならない。そう私は考えます。


畢竟、死刑廃止論の重鎮にして元最高裁判事・団藤重光先生の年来の主張にもある通り、死刑廃止論の中で唯一真面目な検討に値するのは(4)「冤罪の可能性」であろうと思います。けれども、極論すれば、冤罪の可能性と死刑の是非には本質的な関係はないのです。神の高みの「絶対的の正しさ」など土台人が行う裁判に求めるべきではなく、(冤罪の可能性を恒常的に含む)個々の死刑判決を当該の社会構成メンバーが容認し支持している限り裁判に絶対を求める死刑廃止論は法概念論から見て筋違いだからです。蓋し、1970年代以降、歴史学が明らかにした如く、所謂「中世の魔女裁判」は(その被害者数もプロテスタント諸協会が喧伝してきた数値の数%に止まるのみならず)宗教改革とルネッサンスに伴う社会のアノミー状況に対する対応として民衆から支持を受けた(否、民衆側から始められた)現象であり、その悲惨の裏面でそれは欧州社会の秩序を保つものでもあったのですから。

その生命でしか償えない(とその被告人をもメンバーとする当該の社会で一般的に意識されている)罪を犯した被告人に対して死刑を認めないということは「人間の尊厳」という最高級の人権侵害である。と、これが死刑を巡る私の基本的立場であり、所謂「応報刑思想」からの死刑肯定論の核心であろうと思います。而して、法の究極の効力根拠が国民の法意識、就中、国民の法的確信である以上、応報刑思想を援用することなしに国家の刑罰権を刑罰の特別予防機能や一般予防機能(教育刑論や一罰百戒的な効果)に還元し尽すことは不可能であり、ならば、応報刑思想による死刑肯定論が失効するのは「その生命でしか償えない罪」という概念のリアリティーが国民の法意識の変容の中で喪失するか、あるいは、仇討ちを公的に認める社会に日本が移行するかのいずれの場合に限られると思います。

畢竟、死刑廃止論は人倫を顧みない野蛮か文化帝国主義の主張であり、他方、死刑肯定論は人間の尊厳を貴ぶ文明と道義を踏まえた論理である。そう私は確信しています。 尚、応報刑思想の詳細についてはとりあえず下記の拙稿をご一読いただければ嬉しいと思います。

・山口県光市の母子殺人事件に死刑判決を☆
 戦後民主主義の非人間的な刑罰観を排して応報刑思想を復活せよ
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-144.html

・松本被告精神鑑定☆朝日新聞の司法への過剰な期待を嗤う
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-143.html

・<動物裁判>としての宮崎勤死刑判決精神鑑定批判
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-142.html

・「精神障害者も社会に入れて」ですと? 考え違いもはなはだしい!
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-300.html

・犯罪と刑罰を歪める戦後民主主義の磁場と心性
 http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/E/E48.htm




(2009年1月12日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 死刑
ジャンル : 政治・経済

submarine


暮れも押し迫った頃、朝日新聞の朝刊一面Topに「中国、初の空母建造-中型2隻来年着手」(2008年12月30日・東京本社版14版)の記事が掲載されていました。専門家の間では想定内のことだったとはいえ(下記URL参照)、しかし、その具体的目的を詳らかにすることなく、実体も不透明なまま20年連続前年度比10%超の軍拡を行なってきた支那がいよいよ空母建造に着手するという事態は(まして、支那の実際の軍事費は公表数字の2~3倍はあると見る向きもあり、しかも、支那の比較的低い人件費を織り込んだ公表数字なのですから!)近隣諸国にとって現実的な脅威であろうと思います。

・日本李登輝友の会神奈川支部初春講演会
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/51352486.html

支那の空母建造は既定の路線ではあったが、いよいよ支那のハードパワーは近隣諸国、特に、日本にとっての現実的脅威になってきた。まして、日本の唯一の同盟国たるアメリカには日本の安全保障に責任を持つ意志も能力も欠けつつある現在、日本は支那に拮抗すべく現行憲法体制下でも可能な諸施策、すなわち、①核武装を含む軍備増強と軍事裁判所の創設を含む軍事法制の抜本的改革整備、ならびに、②日米同盟の一層の整備強化と非特定アジア諸国(就中、日本の生命線であり日本の運命共同体である台湾)との連携強化、而して、③(支那を牽制しうるカードとして敢えて顕揚しますが)ロシアとの関係改善を行なうべきだと私は思います。

然るに、朝日新聞の12月30日の紙面にはこのような支那の脅威に対する指摘は皆無であるだけでなく、それは「支那の空母建造」の脅威を相対化する文言、あるいは、支那の空母建造を「仕方のないこと」と理解し容認することで支那の脅威を結果的に否定するものでした。畢竟、下にその幾つかを転記した如く、それは新華社といえどもここまで「支那擁護」の論陣を張ることは憚られる域に達している。朝日新聞記して曰く、

「海軍少将の一人は朝日新聞の取材に対し、中国の中東からの石油輸入が増えているためマラッカ海峡やインド洋のシーレーン防衛を空母の任務に想定していると明らかにしたうえで、「米国が保有するような10万トン近い大型空母ではなく【5~6万トン級の中型空母であり】、脅威にはあたらない」と強調した」(1面記事の最後のセンテンス)

「「大国」の象徴 悲願の空母」「中国、脅威論に配慮も」(4面記事ヘッディング)

「■各国の空母保有数」
米国11隻:英国3隻:イタリア2隻:フランス1隻:ロシア1隻:
スペイン1隻:インド1隻:ブラジル1隻(4面記事図表)

「海軍軍事学術研究所の李傑大佐が07年春のテレビ番組で「一国の総合的実力を示すもの」と述べた通り、空母は大国の象徴ととらえられている」「エネルギー確保上も空母は欠かせないと考えられている。輸入石油の7割は中東やアフリカから米海軍の影響下にあるインド洋を通る。軍内部には「台湾有事の際は米軍にシーレーンを封鎖される」との疑念がある」(4面)

「中国側は台湾周辺海域を受け持つ東海艦隊ではなく南海艦隊に空母を配置することで、「米国への配慮」(軍関係筋)を示そうとしている」「一方、空母配備への課題がすべて解決したわけではない。(中略)艦載機や同行する駆逐艦などに多大な費用がかかる。北京の外交筋【北京駐在の各国大使館関係者】の間では「軍事費を浪費させるため米国がわざと空母を保有させるのでは」との憶測を呼んでいる」(4面)



これらの朝日新聞の文章におそらく虚偽は含まれていない。けれども、「支那の空母建造」を巡る多様で多層な事実の中で朝日新聞が選び報じた「事実」は、少なくとも、読者をして支那の脅威を過小評価せしめるものに限られていることもまた事実でしょう。確かに、上のURL記事にも触れた通り、「支那の空母」自体は日米同盟の前には大した軍事的な脅威ではない。けれども、「支那の空母建造表明」という事実は「自国国益の確保のためには軍事力の行使を躊躇わない」という支那の<プリコミットメント>に他ならず、それは日米同盟にとっていよいよ来るべき事態の到来を覚悟せしめるシグナルである。そう私は考えています。

以下は、このイシューを報じたNew York Timesの記事、出典は” China Signals More Interest in Building Aircraft Carrier,” Dec. 24, 2008「支那、空母建造の意欲を示唆」です。アメリカの朝日新聞とはいえ流石に「反日-親支那」の本家本元の朝日新聞とは違いNYTは世界と世間を考える上で参考になる。そう思いここに紹介します。



chinaaircarrier



In the clearest indication yet that China could soon begin building its first aircraft carrier, a Defense Ministry spokesman said Tuesday that the country was seriously considering “relevant issues” in making its decision about whether to move ahead with the project, according to Xinhua, the state news agency.

The spokesman, Huang Xueping, said at a news conference in Beijing that aircraft carriers were “a reflection of a nation’s comprehensive power,” indicating that Chinese government officials saw value in adding a carrier to the country’s fleet. Mr. Huang said that China would use any aircraft carrier built in the future to safeguard its shores and defend “sovereignty over coastal areas and territorial seas,” Xinhua reported.

If China does decide to build the carrier, it will no doubt increase tensions with the United States, Taiwan and Japan, among other governments. China has been expanding its navy at a fast pace. The government has built at least 60 warships since 2000, and its fleet of 860 vessels includes about 60 submarines.


同国初となる空母の建造にすぐにでも着手できることを今までになく明確に示唆しつつ、支那国防省の広報官が火曜日【2008年12月23日】、空母建造計画に着手するかどうかを判断をする上で「さまざまな関連要素」を真剣に支那が考慮していると述べた。国営通信社の新華社はそう伝えている。

当該の広報官、黄雪平氏は北京で行われた記者会見で空母は「国家の総合力の反映」であると語り、而して、支那政府高官が空母を同国の海軍に導入することに価値を見出していることを示唆した。新華社の報ずるところでは、支那は将来建造される空母を支那の沿岸警備、および、「沿海部と領海の主権」を防衛するためにのみ使用する予定であるとも黄氏は述べたとのこと。

もし支那が空母建造を決断すれば、支那の空母保有というこの事態は支那と他国との間の緊張、就中、米国・台湾・日本との間の緊張を高めることは間違いない。支那は現在に至るまでその海軍力を急激に強化してきており、支那政府は少なくとも60隻の軍艦を2000年から現在まで建造し、もって、支那海軍の現在の陣容は潜水艦60隻を含む860隻に達している。


Last month, a senior Chinese military official hinted in an interview with The Financial Times that China would like to build an aircraft carrier. ・・・The official said having a carrier was the dream of any great military power and suggested that the United States had nothing to fear if China did build a carrier.

The United States has 11 aircraft carriers, but only a handful of other nations — including Britain, France, Italy and Russia — have carriers, and of those, none have more than a few.・・・

The buildup of the Chinese military could change the balance of power across the Taiwan Strait. The Communist Party views Taiwan as a rebel province that must be reunited with the mainland, by force if necessary. But the United States government has said it may come to Taiwan’s defense in the event of hostilities with China.

In October, the Pentagon announced the sale of $6 billion of advanced weapons to Taiwan, a move that prompted criticism from China. The United States regularly sells arms to Taiwan, and China has long denounced the sales.


先月【2008年11月】、支那のある軍当局者は支那が空母を建造したいと考えていることをフィナンシャルタイムズ紙とのインタヴューの中でほのめかした。(中略)この軍当局者は、空母の保有はすべての軍事大国の夢であるとした上で、もし支那が空母を建造したとしてもアメリカはなんら危惧する必要はないと語った。

アメリカは11隻の空母を保有しているが、しかし、アメリカを除けば空母を保有しているのは英国・フランス・イタリア・ロシアを含め極一握りの国に限られており、しかも、それらの中で2~3隻よりも多く保有している国は皆無である。(中略)

支那の軍事力の増強は台湾海峡を挟む勢力の均衡に変化を及ぼしかねない。支那共産党にとって台湾は、それがもし必要とあらば武力に訴えてでも支那本土に再統合するべき反乱分子が支配している【支那の単なる】一つの省にすぎない。アメリカ政府は、しかし、台湾と支那との間に戦端が開かれた際にはアメリカは台湾防衛のために駆けつけるとかねてから表明している。

10月、アメリカの国防総省は総額60億ドルの最新兵器を台湾に売却する旨を発表した。而して、これは支那からの批判を呼び起こす動きと言うべきであろう。アメリカは恒常的に台湾に武器を売却しているのだけれども、それに対して支那は執拗にその売却を非難してきたのだから。 




(2009年1月10日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

nucleaweapn

些か旧聞に属しますが、「佐藤栄作首相が在任中に対支那核攻撃の準備を米国に要請していた事実を記した日本の外交文書が公開された」という報道がなされました。これに対して、佐藤元首相(首相在任期間:1964年-1972年)は、正に、核兵器を持たない・作らない・持ち込ませないという所謂「非核三原則」なるものを打ち出したことで(冷戦構造期における世界の緊張緩和への貢献により)1974年度のノーベル平和賞を受賞した人物であることを引き合いに出して、佐藤元首相の<言行不一致>を質す声や所謂「非核三原則」なるものの内実を問う報道も散見された。蓋し、これらの報道は噴飯ものの事柄というべきでしょう。

確かに、佐藤元首相は所謂「非核三原則」なるものを主な受賞理由としてノーベル平和賞を受賞した。けれども、その「非核三原則」とは「持たず・作らず・核基地に持ち込ませず」と世界では理解されていた。また、当時のソ連も日本にアメリカの核基地がないことだけでもどれだけ安心していたかは(佐藤元首相のノーベル賞受賞後5年~10年の間全欧州を緊張と恐怖に包み込んだ)「中距離弾道ミサイル」交渉の推移(ソ連が譲れぬ線とした交渉の落とし所)を見れば自明でしょう。

要は、佐藤元首相の提唱にかかる所謂「非核三原則」なるものはたかだかそんなものであり、しかし、それさえもノーベル賞に値する破格の業績であった。ならば、同原則を核兵器の「物理的な持ち込み(transition)」さえ禁止するものといまだに思い込んでいる上記の佐藤元首相の<言行不一致>を質す報道等は日本特有のものであり、その基底には「核兵器=絶対悪」とでも言うべきアプリオリな前提が横たわっている。それは謂わば<核兵器の物神性>に絡めとられた、而して、所謂一つの「平和ボケ」にすぎないと思います。

畢竟、左右を問わず、あるいは、核武装に対する賛否を問わず、核兵器や核武装に対してはアプリオリに善悪の認定や機能の論断が可能であり、核兵器や核武装を巡っては倫理的にも政治的にも普遍的に(いつでもどこでも成立する)正しい政策選択が可能と考えるが如き、謂わば<核兵器の物神性>に絡めとられた<信仰告白>の言説ゲームは百害あって一利なしである。そう私は考えています。


核兵器の物神性。大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する教条的な平和主義者の言動において「核アレルギー」と揶揄される、他方、「核武装さえすれば日本の安全保障のパフォーマンスは格段に向上し、かつ、日本は支那・韓国・北朝鮮という特定アジアに対してのみならずアメリカに対しても独自の外交を実行できる」とのたまう国粋馬鹿右翼の妄想に見出される核兵器に対する認識は、正に、例えば、『経済学・哲学草稿』(1844年)から『資本論第1巻』(1867年)に至るまで、マルクスが資本主義社会において「貨幣」に対する人々の認識から抽出した<物神性:Fetischismus, fetishism>とパラレルでしょう。

蓋し、それは人間が作ったにすぎないトーテムポールが<祖霊神>としての権威を持ちそれを作った人々自身の行動や認識を拘束するのと同様、本来、人間が造った「物」にすぎない(よって、端的にはその具体的な使用価値をもって他者と区別されるにすぎない)「貨幣」や「核兵器」が、現実の社会関係や国際関係の中に配置された場合、あたかも、それ自体が普遍的でアプリオリな価値と意味を持つ事物として認識理解され、而して、人間や国家の行動を拘束する機能を果たしている現状は、就中、核兵器を巡る日本の戦後民主主義者と国粋馬鹿右翼の心性と言動は<核兵器の物神性>に自縄自縛された滑稽譚以外の何ものでもない。そう私は考えます。

畢竟、「価値の表示・価値の支払と運搬・価値の貯蔵」等々の貨幣の経済的機能、他方、相互確証破壊(MAD)体制に基づく抑止力としての核兵器が国際政治において果たしている役割も、それらは、貨幣や核兵器を巡る社会関係や国際関係において始めて歴史的に特殊で相対的な意味と機能を獲得する関係主義的な現象にすぎない。しかるに、(繰り返しになりますが日本では)そのような歴史的に特殊で個性的な国際政治経済の関係を超えてアプリオリで普遍的な善悪の価値判断と外交・安全保障における機能が核兵器に付与されている傾向がありはしないか。

もし、<核兵器の物神性>が日本の国内外の政治に憑依しているという私の認識が満更無根拠ではないとするならば、日本の安全保障と外交の再構築はこの<核兵器の物神性>を止揚すること、核兵器に対する善悪の価値判断を放棄して、他方、核兵器がもたらす日本の安全保障のパフォーマンスを現下の具体的な国際関係の中で論理的・実証的・体系的に再構築するに如くはない。畢竟、日本は<核兵器の物神性>から自己を解放すべき時期、核武装戦略の脱構築が求められている時期に来ているのではないでしょうか。

而して、経済の拡大(=資源獲得の加速と内外市場&移民先の拡張)を武力を背景にしても実現するしかとりあえず生き残る道が見当たらない支那、世界の孤児-韓国、テロ支援国家ならぬテロ実行国家の北朝鮮という反日特定アジアに隣接している日本の地政学的条件、更に、世界の唯一の超大国から極普通の大国に「大政奉還」を行いつつある唯一の日本の同盟国アメリカの現状、国際政治におけるこれらのありさまを睨みながら日本との距離を再考しつつある東南アジア諸国、就中、日本の生命線にして運命共同体たる台湾の現状。これらを与件とした場合、現下の日本にとっては<核兵器の物神性>を止揚することに引き続き可及的速やかに核武装に着手すること、および、ロシアとの関係強化に踏み出すことは真剣な検討に値する外交の選択肢であると私は考えています。


核兵器の物神性の止揚と憲法改正の断行。核武装は現行憲法となんら抵触せず(否、数次に渡り政府が国会でも明言してきた如く、更には、核兵器が本来的に抑止力をその使用価値の本性とする以上、現行憲法や所謂「専守防衛」なる原則と核武装は極めて整合的であり)、よって、核武装の推進のためには憲法の改正は不必要なのです。けれども、核武装の推進は、おそらく、<核兵器の物神性>の止揚と共に<憲法の物神性>とも言うべき事態の止揚を伴うことにならざるを得ないのかもしれない。

すなわち、憲法改正は不要にしても「憲法も法であり、それは、社会生活と国家活動の便益のための道具にすぎない」という認識を日本国民が再獲得すること、而して、その再獲得された国民の認識が憲法秩序の効力基盤たる国民の法意識、就中、国民の法的確信になることが<核兵器の物神性>の止揚と共に日本の核武装の前提となろう。そう私は考えています。

注意すべきは<物神性>という現象自体が間主観的な現象であり、例えば、日本国民の意識改革だけでそれが止揚されたり脱構築されるものではないことです。逆に言えば、物神性をそのような主観的認識や個人的の意識に還元する論者は、これまた、マルクスの言う意味での「空想的社会主義者」に他ならず、これら戦後民主主義を信奉する論者と国粋馬鹿右翼とは、核兵器や現行憲法に対する善悪・好悪・正邪の認識の差にかかわらず核兵器や憲法の物神性に絡め取られている「空想的核武装論者」と言うべきでしょう。蓋し、憲法と核兵器を巡る左右の物神性が大東亜戦争後の日本で通用したについては、「日本が軍事的脅威にさらされる恐れがまずなく」「日本の軍事的な脅威化を米ソとも期待していなかった」冷戦構造という与件があってのことだという認識が彼等左右の「空想的核武装論者」には欠けている。

物神性の止揚と脱構築に焦点を置いて敷衍すれば、①核兵器なり憲法なり貨幣が「物神性」を帯びることの裏にはその物神性を成り立しめている社会自体にビルトインされた実定的な世の中のものの見方、すなわち、支配的なイデオロギーが横たわっており、また、②社会生活と国家活動をスムースにするためにはこれらのイデオロギー(=「政治的神話」)は満更意味のないものではない。けれども、(否定肯定の価値判断は逆のベクトルであるにせよ)核兵器と憲法に対する非論理的で非実証的な認識が日本の国益を日々損ないつつある現状においては、これらの物神性の打破は不可避不可欠である。そう私はそう考えます。


以下は共同通信が打電した当該イシューを俎上に載せた英文記事の紹介。核武装を巡る日本の国益を<核兵器と憲法の物神性>から解放されて冷静に考えるためには、文芸評論の文体と大差のない日本のマスメディアのウェットな報道は叩き台として不適切である。そう思いこの英文記事を紹介することにしました。出典は、”Sato wanted U.S. ready to nuke China - Later went on to win Nobel Peace Prize,” Kyodo News, Dec. 22, 2008「佐藤氏は米国に支那に対する核攻撃の準備を要請していた - 而して、佐藤氏は後にノーベル賞を受賞」です。

尚、日本の核武装と安全保障を巡る憲法論を中心軸とした私の基本的な考えについては記事末尾の拙稿をご一読いただければ嬉しいです。




cuclramissaile



Prime Minister Eisaku Sato, who won the 1974 Nobel Peace Prize for working out Japan's three-point nonnuclear policy, asked the United States in 1965 to use its nuclear weapons against China in immediate retaliation should a war break about between that country and Japan, according to newly declassified Japanese diplomatic documents.

In talks with Defense Secretary Robert McNamara in Washington, Sato also said it would be possible for the United States to put such an operation into action immediately from the sea — remarks that could be taken as tacit consent to bring nuclear arms into Japanese territory.


佐藤栄作首相、日本の非核三原則を構築した功績により1974年のノーベル平和賞を受賞した佐藤氏が、1965年、日本と支那との間で戦争が勃発した際には米国がその保有する核兵器を使い直ちに支那に報復するように米国に対して要請していたことが新たに公開された日本の外交文書によって明らかになった。

ワシントンにおけるロバート・マクナマラ国防長官との会談で、佐藤首相は米国はそのような行動を海域から直ちに実行に移すことも可能であろうと述べた。而して、この発言は日本の領域内に核兵器を持ち込む暗黙の了解があったことをうかがわせるものだ。


The revelation confirms that Sato, prime minister from 1964 to 1972, distrusted Beijing because he was asking the U.S. to be ready to launch a nuclear first strike.

The diplomatic documents are among a raft of roughly 30-year-old papers officially declassified Monday by the Foreign Ministry.・・・

Sato made the remarks to McNamara on Jan. 13, 1965, a day after he held a summit with President Lyndon Johnson in which he asked for a guarantee of protection under the Japan-U.S. security treaty.

McNamara mentioned to Sato China's successful atomic test in October 1964 and said attention should be paid to how the country's nuclear program developed over the next two to three years, according to a summary of their talks, written mostly in Japanese.

McNamara then pointed out during the meeting with Sato at Blair House, the U.S. president's guesthouse, that an important issue would be whether Japan would move to develop its own nuclear weapons, the summary says.


今回公になった事実によって、佐藤氏(首相在任期間:1964年-1972年)が支那政府を信用していなかったことが確認された。というのも、佐藤氏は米国に対して核兵器による先制攻撃の準備をするように依頼していたのだから。

当該の外交文書は、月曜日【2008年12月22日】に外務省が公開した、原則30年以上前の大量の書類の一部である。(中略)

マクナマラ国防長官に対する佐藤首相の発言は1965年1月13日、佐藤首相がリンドン・ジョンソン大統領との首脳会談を行った翌日になされた。そして、その首脳会談でも佐藤氏は日米安全保障条約に基づく日本防衛の保証を求めたのである。

マクナマラ国防長官が佐藤首相に対して1964年の10月の支那による核実験の成功を指摘した上で、今後2~3年の間に支那がどれくらい核開発を進めるのかにつき注意が払われなければならない旨を述べたことが、その大部分が日本語で書かれた佐藤-マクナマラ会談の要旨には記されている。

而して、マクナマラ国防長官はブレアハウス (Blair House:米国大統領の賓客を迎えるための迎賓館)で行われた佐藤首相との会談の際に、重要なことは日本が自国の核開発に着手するかどうかであることを指摘したこともまたその会談要旨から判明した。


Sato, who was on his first visit to the United States as prime minister, emphasized that while Japan had the technical capability to create atomic bombs, it did not intend to possess or use such weapons.

He asked that the United States be careful about making remarks concerning bringing its nuclear arms onto Japanese territory, citing the stipulations of the bilateral security treaty.

But Sato said it would "of course be a different matter in the event of a war."

"We expect the United States to retaliate immediately using nuclear (weapons)," he said.


佐藤氏は、この首相としての最初の訪米において、日本は核爆弾を開発する技術力を持っているけれども核兵器の保有や使用をする意図を日本は持っていないことを強調した。

日米安全保障条約の規定を引き合いに出した上で、佐藤氏は、米国が日本の領域内に核兵器を運び込むことに関して言及する際には十分配慮して欲しいとも述べた。

佐藤氏は、しかし、「戦時においては事は当然異なってしかるべき」という認識をも語った。

「我々は米国が核(兵器)を使い直ちに報復してくれることを期待している」と佐藤氏は述べたのだ。


Sato also said it might not be easy in such circumstances to create a facility on Japanese land for using U.S. nuclear arms, but that he believed the use of such weapons from the sea would "immediately" be possible.

Sato also mentioned the possibility that, if necessary, Japan could divert to military use the rockets it had been developing for peaceful purposes as part of its space development.

The remark was in response to McNamara's expression of hope that Japan would develop its defense-related industry and provide assistance to military programs in other Asian countries.

A separate summary of the summit between Sato and Johnson shows Sato asked for a U.S. guarantee that it would protect Japan under its nuclear umbrella. Johnson responded, "You have my assurance." Sato pledged in 1967 that Japan will not possess or produce nuclear arms, or allow them onto its territory.


現下の状況を鑑みるに、日本が米国の核兵器を運用するための施設を日本の領土内に施設することは容易ではないけれども、日本の領海から核兵器を行使することは「現在においても」可能であると彼自身確信している旨もまた佐藤氏は述べた。

もし必要とあらば、非軍事の平和的な宇宙開発のために推進してきたロケットを軍事利用に転換することも日本にとって可能であると佐藤氏は公式に言明した。

この言明はマクナマラ国防長官の日本に対する要望に対するものである。而して、マクナマラ氏の要望とは、日本がその防衛産業を発展させ、もって、他のアジア諸国の軍事力充実の計画に対する支援を提供することを望むというものであった。

【対マクナマラ会談とは】別に行なわれた佐藤-ジョンソンの首脳会談では、佐藤首相は、その核の傘の安全保障によって日本を守るという米国の保証を要請しており、他方、ジョンソン大統領はこの要請に対して「私が保証する」と応じた。而して、1967年、佐藤首相は日本が核兵器を保有することも作ることもしないし、更には、その領域内に持ち込まれることを許容することもない旨を誓約するに至ったのである。


【参考記事:核武装と安全保障を巡る憲法論】

・破綻する峻別論☆集団的自衛権と個別的自衛権
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/41008859.html

・敵基地先制攻撃と専守防衛論
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/37578758.html

・北朝鮮基地先制攻撃の法理と政策☆プロ市民の朝日新聞投書を導きの糸として
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/37687170.html

・核武装反対と核武装研究の同時推進論
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/41156737.html

・第二次世界大戦の終焉☆海外の日本核武装推進論紹介(上) (下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/41643367.html

・米国にとって日本の核武装は福音である☆<Frum>論説紹介(上) (下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/41975111.html

・無防備地区宣言の妄想と詐術(上) (下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/241060.html

・無防備地域宣言と無防備宣言条例推進運動の落差
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/19059406.html

・憲法改正の秋 長谷部恭男の護憲最終防御ラインを突破せよ!
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/11632074.html

・長谷部恭男教授の<憲法9条改正不要論>の検討(上) (下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/2872615.html

・護憲派による自殺点☆愛敬浩二『改憲問題』(1)~(8)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/34986878.html




(2009年1月08日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 戦争・原爆
ジャンル : 政治・経済

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今回はKABUのウォーキングコースの中でも時間に余裕のある時用の道筋を紹介します。前回(下記URL参照)と併せて一読いただければ分かりやすいかも、です。また、記事末尾にURLを記載した「地図画像」を適宜参照してください。


・ウォーキング de 我が街「新百合ヶ丘」
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-455.html



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正月三箇日の国旗日の丸旗めく川崎市麻生区役所から出発。麻生区役所は
小田急新百合ヶ丘駅の北にほぼ隣接しておりKABU&寛子さんお気に入りの
麻生図書館と同じ敷地にあります。





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新百合ヶ丘駅から徒歩15分。ここが「登山口」?





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お洒落な街の雑踏から徒歩15分の所に突如現われる山道。
昨年9月の台風一過の朝はこの「登山道」は風で倒れた何本もの木々が
行く手を遮っていました。正に、都会に隣接する辺境。ナウシカや大婆様の
住む『風の谷』の入り口か?





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「登山道」を進むこと約5分、いきなり現われる一面のキャベツ畑。
これは代官所の目を逃れて年貢を誤魔化すための「隠し畑」か?

もちろんそんな訳はなく本物の農地。農地を一般のサラリーマン家庭に
貸して農業を体験してもらう活動が麻生区は盛んで、そんな貸与農地も含め
新百合ヶ丘近郊では素晴らしい露地物の野菜が生産されています。

ちなみに江戸時代のこのエリアは幕府の直轄地(または旗本の共有領地)。
特に、旧王禅寺村は三代将軍家光の生母にして豊臣秀頼の生母淀方の妹、
お江与の方の直轄化粧領であったとかで近藤勇・土方歳三等の新撰組幹部を
輩出した府中・調布・日野のエリアと並んで親徳川の気風の強い所だったと
言います。





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さて、古沢の九郎明神社横から山道を登りきった所は東京都の稲城市平尾団地。
而して、平尾団地外周道路に沿って前進すること5分で栗平に通じる階段がある。
階段を登るとそこは再び川崎市麻生区。下の画像はその「新々興住宅地」栗平の
風景です。初春の正月休みということもあっていかにも平和そうな街並みですが、
実は、ここでは全国展開している大手個別塾の間で壮絶な戦いが繰り広げられて
いることは業界人以外あまり知られていない(笑)。

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小田急栗平駅の改札。機材は悪くないはずなのですが、いかんせん撮影者の腕が
悪くピンボケ&露出不良になっています。(逆光ではなくお天道様はKABUの
真後ろにあったのですよぉー!)今日の神奈川県東部の天気は最高でした。

と、新百合ヶ丘の麻生区役所前を出てから栗平駅に着くまでちょうど30分。
そう言えば昔、交通畑の仕事をされていて神奈川県庁からMBAに留学された方の
留学準備をお手伝いをしたことがありますが、その方から「首都圏ではバスの停留所
は徒歩5分間隔で、私鉄の駅は徒歩15分間隔で設けられている」と聞いたことがある。
なるほど、栗平は新百合ヶ丘から2駅目で、ほぼ直線距離を歩くと30分だったから
その方の仮説は結構正しいのかも、と思いました。





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新々興住宅地の栗平は、逆に言えば、川崎市でも最後まで開発の手が届かなかった
エリアでもある。お洒落な栗平駅周辺から、片平方面に坂を降りて県道まで出ると
そこは千葉県や茨城県によくある都市近郊の田舎の集落のたたずまい。
政党の掲示板の雰囲気や家屋敷の雰囲気にそれを感じてしまいます。

頑張れ麻生総理!





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さて、記事冒頭にも掲げた画像。これはなんぞ?

画像が小さすぎて分からないでしょうが、ちゃんと「SANYO GARDEN RIDING CLUB」
と書いてある。そう乗馬倶楽部なんです。

実は、KABUは麻生区に引っ越してきた最初はこの片平に住んでいました。
つまり、当時の最寄り駅は柿生だった。そして、当時住んでいた長屋から
よくお馬さんを見にここに来ていたのですよぉー♪

サンヨーガーデンは料金もリーズナブルで指導も親切と地元でも評判。
確か体験乗馬は数百円とかからできたと思います。話の種にも、そして、
美容と健康のために乗馬でもを始めようかという方がおられればお薦めです。
リタイアした熟年層や小中学生も結構上手に乗っておられますよ。

・サンヨーガーデン・ライディングクラブ
 http://www.jouba.jrao.ne.jp/club_map/kanagawa_0300.htm



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このピンボケはなんぞ? 

はい、馬って歩いているだけでも結構速いんです。と言い訳(笑)






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そして、もう一つ片平でのKABUのお気に入りがこれ。
我等川崎市民の誇り川崎フロンターレの練習場&倶楽部ハウス。
今日は練習は休みで、でもって人のいないグランドの画像程つまらないもの
はないので、我等がフロンターレイレブンの勇姿は別の機会にアップしますね。

と、人気のないフロンターレのグラウンドから引き返している時に見かけた猫。
流石は片平の猫は違う。と、なんか気品を感じたので特別サービスで2枚紹介。

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こりゃまたつまらん画像やのう。と、そう思われた方も多いことでしょう。

これは前に住んでいた長屋の前の田舎道なんですが、この坂を登り切った
辺り(画像の一番奥に映っているお家の辺り)はもう東京都町田市なんです。
町田市能ヶ谷町。で、それがどうしたと言われれば、それはあの有閑マダム
の憧れ、白洲次郎・白洲正子夫妻が住まわれた「旧白洲邸・武相荘」のある
能ヶ谷町。

要は、画像の一番奥に映っているお家の辺りから武相荘までは直線距離で
600メートルしかないんですよ!

新百合ヶ丘から武相荘に電車で行こうとすれば、それこそ、柿生・鶴川と
2駅乗って鶴川の駅から20分くらい歩かないといけないのですが、実は、
片平からは丘を一つ越えたご近所さんなんです。というお話でした。

・旧白洲邸・武相荘
 http://www.buaiso.com/annai.html

と、昔住んでいた長屋に別れを告げた時には新百合ヶ丘を出発して1時間が
経過していました。ここら辺りで疲れたという場合には無理せず、ただ、
もう一頑張り片平川沿いを15分くらい歩くと小田急柿生駅ですから、そこから
電車で帰るのもあり。下はその片平川で見かけた鴨の一家かも。

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柿生駅に隣接するマンション。KABU家ではこのマンションの円形の穴を巡って、
「気色が悪い」「モダンでいい感じだ」と激論が戦わされたことがある
曰く付きの建物(笑)

と、そんな柿生の「名所」を見ながら今度は麻生川に沿って新百合に向かいます。
柿生~新百合間は小田急の営業キロ数では1.9キロ、大体、大人の足で25分程度
で歩けます。実は、柿生~新百合間の麻生川沿いは小田急沿線でも有数の桜並木。
春にはその模様も紹介したいと思っています。

下の画像は、新百合ヶ丘までもう500メートルの、小田急多摩線の高架と小田原線
が合流する辺りで撮影したもの。手前に見えるはまたしても「畑」です(笑)
そして、この地点を上から撮影したのがもう一つ下の画像。この画像の左端の線路
沿いで上の「畑」の画像は撮影されたことになります。

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さてさて、新百合ヶ丘に帰着。今日のウォーキングの所要時間はちょうど
1時間50分。地図画像に手描きした黒い線がそのコースです。
そして、地図の肌色の線は「疲れた時のための電車でGo Back」コース。
ウォーキングも英語や法律の学習も無理せず持続することが肝要ですよね。

下の画像は、帰り着いた新百合ヶ丘駅前の「お洒落な我が街」、そして、すべて
ではありませんが古沢・平尾・栗平方面と、今日歩いた地域の遠景です。
また、機会があればウォーキングで体感できる新百合ヶ丘の魅力を紹介したいと
思います。


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【地図画像】

 http://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/shinyurimap1a.html




(2009年1月03日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 我が街☆新百合ヶ丘
ジャンル : 地域情報

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小田急線70駅の中でも10番目に利用者の多い新百合ヶ丘駅(2007年度現在:116,812人/1日)を中心にして、その近隣の百合ヶ丘駅・柿生駅・五月台駅・栗平駅に囲まれたエリアがKABU&寛子さんの住む<我が街>。

小田急線沿線の中でもお洒落な街として有名な(多分)、新百合ヶ丘は、しかし、20年前といわず15年くらい前まではまだ武蔵野の風情を残していた新興開発地域。KABUがこのエリアに住み始めた12年前から見ても開発の波はひしひしと押し寄せ多くの「貴重な里山」がなくなりました。この感慨については下記記事をご覧ください。と、今回は新百合ヶ丘のスケッチです。

【資料:小田急線各駅1日平均乗降人員】
 http://www.odakyu.jp/company/about/jyokou.html

【資料:万福寺の森を考えるホームページ】
 http://kamakura.cool.ne.jp/manpukuji/

【旧稿:小田急線-新百合ヶ丘駅-駅中商店復活】
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/52392486.html



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KABU&寛子さん御用達スーパーのサティー&VIVRE。映画館も充実です。




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KABU&寛子さんの「出撃拠点」、成田・羽田行き直行バス乗り場。
上のサティー&VIVREの1階出口から徒歩3秒! 便利ですよぉー。





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お洒落だけど町田や相模大野のように猥雑ではない「Clean and Artificial」な街。
でも、英語の「Clean and Artificial」には「無味乾燥の模造品」という語感もある(汗)
頑張って新百合を「Clean and Cheerful」でComfortableな我が町にするのだぁー。




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KABU&寛子さん御用達の麻生図書館。ここで2年半ほど前に「プチ革命」が起こったっけ。
と、その「ブリューメル18日」ならぬ「ポワソンダブリル(Poisson 'Avril)のプチ革命」について
は下記の拙稿(の後半)をよろしければご一読ください。

・変わっていく新百合ヶ丘☆「万物は流転する」を痛感
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/04713efc633e20a09b86917b858d6689





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新百合ヶ丘北口通路からKABU&寛子さんが前に住んでいた千代ヶ丘方面を臨む。
向うに見える林は造成された「万福寺の森」の片鱗。タヌキさんや小鳥さんはどこに
行ったのだろうか。





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なんぞこんな「つまらない画像」をアップする? 
すみませんが、これKABUにとっては「つまらなくない画像」なんですぅー!

これ、前にKABU&寛子さんが住んでいた千代ヶ丘の長屋方向から撮った画像。
実は、6年前まではこの画像に映っている辺りはすべて「万福寺の森」。
つまり、すべて雑木林。鬱蒼とした木々が長屋のベランダに迫っていたっけ。
で、雨の日の休日なんかその雑木林を見ながら飲むビールがまた格別で・・・・・。
しょぼん。




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しょぼんとした帰りに見かけた花々。これも前に住んでいた千代ヶ丘の長屋から
バス1停留所。徒歩5分にあるKABU&寛子さんの元お気に入りの花壇、その名も
「多摩農協園芸センター」の入り口で出迎えてくれた花達。年末年始で多摩農協
園芸センターはお休みでしたが、品揃えもよく考えられていて値段も手ごろです。
今度、ウォーキングのついでにシクラメンでも買おうかな。





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ここはどこでしょうか? はい、新百合ヶ丘駅から徒歩15分(お隣の百合ヶ丘駅から5分)
の景色。実は、新百合ヶ丘・百合ヶ丘・柿生・五月台・栗平にはまだまだ駅から歩いて
行ける所に本物の農地が点在しているんですよぉー。で、下の画像はその畑の脇に
あった政党の掲示板。頑張れ、麻生総理!

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新百合の歴史のお勉強(笑)。「享禄三年(一五三〇年)六月、 草もそよがぬ炎天下に、
小沢原(金程一丁目あたり)に対陣するのは、川越城を出発し、府中から多摩川を渡り、
先ごろ北条氏に江戸城をとられた恥をそそごうとする、上杉輔興の軍勢。これに対し、
北条早雲の孫の新九郎氏康。そのとき、いまだ十六才であったが大将として上杉勢
なにほどのことがあろうと初陣の名乗りをあげた・・・」と書かれた「史跡勝坂」の説明板。
ちなみに勝坂は新百合ヶ丘駅から千代ヶ丘方面に徒歩20分くらいのところですが、
「新百合の100万ドルの夜景」を堪能するベストポイントの一つです。




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「万福寺の森」はほぼ跡形もなくなりましたが、ところがどっこい「武蔵野新百合ヶ丘」は
まだ息づいている。小学校でのどんど焼きも然り、そして「猿に注意」の掲示もまた然り(笑)
「万福寺の森」にいたタヌキさんや小鳥さん達もどこかで元気にしてくれているかな。





次回は、線路で見ると遠く感じるけれど、帰りは小田急に乗るとして、2時間で十分廻れる(新百合ヶ丘~平尾[稲城市]~栗平~鶴川[町田市])の散歩コースとかKABUのお気に入のお店を紹介したいと思います。





(2009年1月1日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 地方再生
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大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
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2007年9月10日以降の新記事を随時、厳選した過去の自薦稿を漸次アップロードしていきます♪

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