rosensuigin


ブログ友のfukufukimama女史の記事転載です。正に、我が意を得たりの記事。蓋し、「音羽屋~♪」もしくは「座布団3枚!」の内容、鴨。而して、動画と解題を同時に搭載する都合もあり、打ち直した上で転載させていただくことにしました。以下、引用開始。


【元記事】
・生き物たちも、そしてリスクたちも、 できれば公正に扱ってあげたい
 http://blogs.yahoo.co.jp/fukufukimama/63453139.html 
 

akichan102


東日本大震災における原発事故は、単に災害の問題ということのみならず、色々なことを考え始めさせてくれます。被災地から離れた安全な場所にいる人間のお気楽な生活、という自覚は失わないようにしつつも、せっかく始めたことは続けていきたいとも思っています。

あの最悪のチェルノブイリ事故(レベルが同じにされたとはいえ、福島第一原発の事故とは性質が違います)で、放射能により増えたことが今現在確認されている疾患は、我々が放射能からイメージする色々な病気、ではなくて、甲状腺がんというたったひとつだけの疾患だということ、

そして、そのために亡くなったかたの人数は約10名だということ、そして、そのかたがたの人数を含めて、チェルノブイリ事故でのこれまでの死亡者数は、約60名であること。

こうした事実からは、「低量から中量の放射線が人間の健康へどの程度影響するのか」が、①少なくとも事実として「大いに影響する」ということを、まだ人類が確認できたことはない、ということと、②つまり人間には「まだ分からない」のだということ。この二つのことだけは、体感的に理解できます。


そしてわたくし、色々考えるにつけ、不思議なのです。

現在、(わたくしから見ればややヒステリックなほどに)放射能の影響の怖さを説く素人玄人様々の人々の言い方が、ダブルスタンダード、いえ、トリプルスタンダードになってしまっている点です。

彼らは、大抵、まずは「ありとあらゆる権威ありそうな機関や専門家の名前を挙げ、様々な数字とか数値とかをあげて」危険性を主張します。

しかし、シンプルな事実、「結局、何が証明されているわけでもない。人類は、まだ、単に分からないだけではないのか」という反論を受けると、とたんに、数値やらなにやらを放り出し、「どのくらい危険なのかよく分からないなら、すごく危険かもしれないのだから、なるべく遠ざかるようにすべきでしょう」と、急に「謙虚な」感じのもの言いになる。

不思議です。くるくる使い分けられる、ダブルスタンダード。


・・・・わかるから怖いのか、わからないから怖いのか、結局どちらなのですか?・・・・


akichan101


こういうことを思うとき、わたくしついつい、
地球温暖化と、捕鯨反対について、思い出します。

2年前にロンドンで、ある女性フリージャーナリストのかたから、欧米社会がつくりあげた「人間の出す二酸化炭素が地球を温暖化させる。だから二酸化炭素排出量は減らさなければならない。」という説が、いかに怪しいものか聞いた日から、国際機関というものが信じられなくなったわたくしですが、そのときも、同じ場にいた聴衆のひとりが、こう質問したのです。

「二酸化炭素が原因、というのが本当かどうか、分からないならば、もしかしたら本当であるという可能性だってあるのだから、二酸化炭素を減らしておくほうがいいじゃないですか。減らして困ることはないんでしょう?」と。

わたくし、こういう質問をする人って、なんという頭の悪いひとだろうと思ってしまいましたが(失礼!)、フリージャーナリストのかたは、次のように応えておられました。

「霊感商法で、この壺を買わないと不幸になりますよ、と言われたら、それが本当かどうか分からないけれど、もしかしたら本当かも知れないと思って買う。そういう人がかなりの数おられるため、霊感商法は成り立っているのではないでしょうか。」


霊感商法。

地球温暖化以上に、自分の体に直接の影響がありうると感じられる、放射能は、
霊感商法に非常に向いているネタだと思います。



そして、さらに、ダブルのみならぬ、トリプルスタンダード。

世には、放射能以外にも、人間の体に悪そうなもの、そしてなおかつ、実際はどの程度悪いのかまだまだ分からないものが、ごまんとあるはずです。そうしたものたちと比べて、放射能が破格のVIP扱いを受けている理由が、本当の意味でよくわからないのです。

なんだか不公平な感じがしてしまって。

捕鯨反対に反対するビデオで、牛さん豚さんたちが、「なんで鯨ばっかり可愛いって言われるの? おれたちだってなかなかのもんだよな」と言うセリフがありましたが、それをちょっと思い出すのでした。

(2011/5/29(日) 午前 9:39)

【以上、転記終了】






◆転記感想


今年の夏は猛暑になりそう。加えて、(実は、原子炉の停止だけでは原子力発電所の危険性がそれほど下がるわけでもないにもかかわらず、当時の)菅首相の人気取りの思いつきによって浜岡原発が停止させられた。よって、今年の夏は例年よりも「お化け屋敷」や「ホーラー映画」のお世話になる人が増えるかもしれません。

幽霊の正体見たり 枯れ尾花

蓋し、キングギドラよりも幽霊が怖い、鴨。要は、それがどんなに凶暴で狂暴で強暴でも、その正体が分かっていれば対応策も取れる。極論すれば諦めもつく。けれど、相手が何物か分からなければ手の施しようもなく、殺されても成仏できない、鴨。

ことほど左様に、幽霊の怖さは未知のsomethingに対する恐怖でしょうか。他方、ゴジラやキングギドラに抱く怖さは物理的な恐怖なの、鴨。そして、人間が感じるほとんどの恐怖は(例えば、迷い込んだ熱帯雨林で300メートル位先の山陰に虎の姿を見かけた時の心の動揺を想像するに)、これら両者のコンビネーションなの、鴨。閑話休題。   

akichan104


放射線被曝の何が怖いのか。正直な所、例えば、成人男子で、年間積算20ミリシーベルト(mSv)程度の放射線被曝を恐れなければならないのなら、実は、普通の空気も水も<幽霊的恐怖>の観点からは立派な恐怖の対象だと思います。10年くらい前に流行った(!)「環境ホルモン」は、正にこの理路上にある。要は、現在、低線量や中線量の放射線被曝の恐怖を真顔で訴えている<善男善女>と「環境ホルモン」の危険性を説いていた<伝道師>のロジックの間には、統計学的・科学方法論的に見て、今流行の比喩を用いれば「0.005μSv/h」程の差もないのではないかということです。

何を私は言いたいのか。畢竟、人類史が産業革命に突入して2世紀。大規模化学工業が成立してからでも1世紀。而して、この2世紀の間に新しい、そして、人間の生理と生命に及ぼす影響が未知な化学物質が大量に生産され、かつ、地球の生態系中に放出され続けていることは間違いないことでしょう。ならば、その危険性が疫学的どころか統計学的にも確定されていない低線量や中線量の放射線被曝の危険性なるものに打ち震えるくらいなら、「公平」の観点からは、普通の空気や水にもそれくらいの恐怖を日々感じてもバチは当たらないのではないかということです。

尚、放射線被曝の危険性なるものについて、現在、最も熱心に発信しておられるお一人、武田邦彦氏の主張もまたそれほど一貫したものでも、確たる根拠に基づいたものでもないという経緯については下記外部記事をご参照ください。   

・武田邦彦氏の過去の発言を検証してみる
 http://news.livedoor.com/article/detail/5493439/?p=1


akichan1077


実際問題、有象無象のリスクの中でなんで放射能だけVIP待遇の取り扱いを受けているのか。蓋し、それは、逆に言えば、放射能がそこそこ安全であり、管理可能であり、かつ、管理の責任主体が国や大企業という、相対的に資金が潤沢で責任追求のし易い団体(損害賠償の取りっぱぐれがない組織!)だからではないでしょうか。要は、未知の危険性の中でもその危険の「幽霊度合」が低くより管理し易いがゆえに、逆に、放射能の問題は世間を一層騒がせる結果になっているの、鴨。

実際、武田邦彦氏の「放射線被曝の危険性論」の根拠は日本の国内法における放射線被曝許容基準に収斂している。私にはそう思われます。そして、ご案内の通り、日本の許容基準の大枠は国際放射線防護委員会(ICRP)が策定した基準のカーボンコピー。ところが、繰り返しになりますけれども、

(α)転記記事も言及しておられるように、その基準自体にさしたる科学的根拠はないこと
(β)放射能漏れの有無を確認するための放射線被曝許容値と、中長期に亘る放射性物質の放出が不可避なことが確定した段階での、地域住民の生活便益と健康被害惹起の確率的な危険性を比較考量して定められるべき許容値には違いがあって当然であること
(γ)日本の国内法体系において、①放射線被曝基準の実際の値は(白黒はっきり言えば)委任立法事項であり、②また、ICRPの勧告や基準自体が国内法的効力を持つことはないこと(念のための申し添えて置きますが、国際法の中にも、例えば、自動執行性のある条約等々、国際法の形式そのままである国の国内法的効力を帯びるものも少なくありません。けれども、ICRPの勧告や基準はそのタイプの国際法ではないのです。) 
  

これらを鑑みれば、政府が福島原発事故を早期に押さえ込むべく、合理的な範囲でその許容値を大幅に引き上げることはなんら問題ではない。蓋し、19世紀半ば、ドイツの概念法学の滑稽なまでの文字フェティシズムを批判したキルヒマンは「法律の条文が3条変われば図書館一杯の法律書が反故になる」と嘲笑しましたが、私に言わせれば、「日本政府の被曝許容値が年間積算ベースで10mSvも変われば、放射線被曝の危険性を巡る武田邦彦氏の言説の98.75%が反故になる」のではないかとさえ思います。

尚、放射線被曝に関する私の基本的な考え、および、「Fukushimaの衝撃もあってドイツを始め欧州諸国が一旦足踏みしている今こそ、その間隙を縫って日本は原子力発電をいよいよ果敢に推進すべきである」という私の基本的な主張に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。
   


akichan103


・何が浜岡原発停止だ! 事故を乗り越え福島とともに進む☆原発推進は日本の<天命>である
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60450789.html

・社会現象として現れるであろうすべての将来の原発問題への序説
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60454892.html

・魔女裁判としての放射線被曝危険論
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60493326.html

・放射能の恐怖から解脱して内閣不信任案の可及的速やかな提出を!
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60484515.html


akichan99





(2011年05月29日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : ほっとけない原発震災
ジャンル : 政治・経済




東日本大震災の復興が遅々として進みません。多くの羅災者・被災者・避難者の皆さんは将来の生活設計が立てられず、また、少なくない羅災者・被災者・避難者の皆さんは、経済的・体力的・精神的に困窮・困憊・消耗の度を高めておられる。まして、子供たちの心に圧し掛かっているストレスは半端ではありません。羅災者・被災者・避難者の皆さん、そして、それを支援している同志の皆さんと、個人的にこの2ヵ月半やりとりをしている私の経験からだけでもそう断言できる。

而して、内閣不信任案。

今の段階では、来週、衆議院に提出されると噂されている菅内閣不信任案が可決成立するのかは五分五分とのこと。その確率は、例えば、昨日と今日(2011年5月28日-29日)実施されている報道各社の世論調査の結果によっても左右される極めて流動的なものであり、正直、あまり多くを現実政治に期待しない私は、まだまだ成立しない可能性の方が高いと踏んでいます。

しかし、間違いないことは、不信任案がの可否に係わらず、最早、菅内閣は死体ということ。実際、否決の場合には、自民党と公明党、そして、みんなの党が参議院で問責決議を通すこと、そして、予算関連法案の審議が立ち往生することは規定路線。

そこで、菅直人首相に与えられる選択肢は次の二つ。

(Ⅰ)内閣総辞職と引き換えに予算関連法案を成立させること
(Ⅱ)衆議院の解散



而して、解散総選挙。

冒頭にも述べましたが、朝日新聞の如き慇懃無礼なリップサービスなどではなく、被災地の現状を見るにつけ、今総選挙などは論外です。畢竟、総選挙ということになれば、

①各種補助金・社会補償に関する支給基準の微調整、その他、既存の行政法規の適用除外範囲の微調整等々、日々、行政実務の現場で発生している、謂わば政治判断を踏まえた「グレーゾーン領域」の行政判断、②二次補正予算・三次補正予算、そして、来年度予算の策定手続・・・、が2ヵ月程ストップする。


だから、最高裁判所の判決によって国会に対してリーチが掛けられている「一票の格差の是正」、そして、大震災で壊滅した被災地域の選挙事務実施の手当ての問題とは別に、今、解散総選挙などはあってはならない。もちろん、この状況は、政治道徳的に首相の解散権を制約するもにすぎず、現行憲法上、首相の解散権はこれらの状況によって法的にはなんら制約を受けないと解すべきでしょうが、しかし、政治社会学的と政治道徳的には現在の解散総選挙などは問題外の外のことでしょう。

と、そう私は考えています。

と、というのが、政局の本来の筋論のはず。


DarthVaderAndGirls_20110529121601.jpg


しかし、名人に鬼手なし、民主政権に常識なし。

ところが、現下の民主党政権のパフォーマンスは、そんな筋論さえ吹き飛ばす「非常識」さ、正に、前代未聞。絶後ではないかもしれないが空前の凄まじさである。例えば、「現在は、解散総選挙などは行なうべきではなく、未曾有の国難の時であるから、大連立。否! 「大連立」などというケチな話ではなく、冗談抜きに共産党から自民党まで加わった挙国一致の体制を政治は構築すべき」という議論も間違いではないと思います。而して、逆に言えば、その挙国一致内閣なるもののタスクは、

()震災復旧・復興の補正予算の策定
()最低限の国家サービスのメンテナンス
()可及的速やかな解散総選挙の実施と選挙管理  


にほぼ限定されるはずだから、鬼面人を威ろかす類の話ではなく、その首班は籤で決めても良いくらいだ、と。固有名詞を挙げてこの点を敷衍すれば、この5-6年間の政局で、自民・民主の両極からはニュートラルを通したという意味で、平沼赳夫氏や共産党の委員長でもかまわないのです(尚、この政党政治が機能するための諸条件とその帰結に関しては下記拙稿をご参照ください。特に、最後者は「草稿」ですがこの問題の問題性を大枠整理していると思います)。

・政党政治が機能するための共通の前提
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60191847.html

・桶狭間で勝負できない自民党総裁は速やかに職を辞せ
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60478911.html

・議会制民主主義の黄昏と保守主義の再生(草稿)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60487852.html


そんな挙国一致の政治に国民が飢えている大震災後の日本。大連立にせよ挙国一致内閣にせよ、あるいは、現下の民主党政権の形態にせよ、いずれにせよ、そんな現下の日本の政治状況において、与党が野党の協力を得たいと思うならば、そこには、自ずとルールとマナーがあるのではないか。危機に臨んだ議会制民主主義における憲政の常道があるのではないか。と、そう私は考えています。

例えば、防衛大学校長でもある、五百籏頭真復興構想会議議長は「偉大な国は、国家的危機に際して挙国一致で対応してきた。【東日本大震災後の現在】日本も政争などしている場合ではない」と述べられた由。正に、同感です。けれども、五百旗頭氏は些かずるいとも思う。

なぜならば、英国を見てもアメリカを見ても、また、私が尊敬してやまない鉄血宰相ビスマルク閣下のプロシアも、確かに「偉大な国は、国家的危機に際して挙国一致で対応してきた」のでしょう。でもね、ルーズベルトの三期目、チャーチルを首班とする英国の内閣という、いずれも挙国一致体制確立の際には、時の与党が大幅に野党に政策と人事を譲って始めてその体制ができたのです。
   

ならば、皮肉ではなく、私もその分野では尊敬するにやぶさかではない極めて優秀な国際政治研究者である五百旗頭氏がそのような「挙国一致体制のレシピ」を知らないはずはないと思う。而して、その彼が、その<レシピ>の前段に触れずに後段の結論だけ述べたのは、蓋し、朝日新聞並みの姑息さではないか。と、そう私は考えます。閑話休題。


ことほど左様に、残念ながら、この2ヵ月半の間、民主党政権は「挙国一致体制のレシピ」、そのルールとマーナー、すなわち、議会制民主主義の危機における憲政の常道を尊重してきませんでした。民主党政権は、あろうことか、この大震災を奇貨として自党のマニフェストの実現化を画策してきた節さえある。他方、菅内閣はと言えばその政権延命が自己目的化する私利私欲の純粋結晶体になってしまった。そして、その結果、冒頭にも記したように、民主党政権による大震災の復旧・復興は完全に泥沼状態に入り込んで現在に至っています。要は、

(甲)戦争や大災害等々、国家が国難に臨んだ場合、時の与党はイデオロギッシュなイシューは避けるべきもの。それが挙国一致体制の際の与党が野党に示すべき礼儀。にもかかわらず、例えば、子供連れ戻しに関するハーグ条約締結の表明や、日韓図書協定による韓国への図書の引渡しの決定を、民主党政権は、2011年3月11日午後2時46分以降に行なった

(乙)もうすでに、中央官庁は、民主党政権の黄昏を見込んで、サボタージュとかの悪い意味ばかりではなく(だって、政治主導を錦の御旗にする政権下において、その「政治判断」が降りてこないなら動きようがないのも事実ですから。中央官庁のキャリアーと言えども、例えば、福島第一原子力発電所の吉田所長の如き「スペシャリスト兼司令官」では必ずしもないのですから)、実は、もう開店休業中


つまり、(乙’)今総選挙があってもなくても、被災地の方々には大変酷な言い方になりますが、2ヵ月の空白が起きるのは同様。また、(甲’)→そんな礼儀を弁えない与党に野党が協力する義理はないのではないか。而して、このような民主党政権と現下の政治状況に関する見方が満更間違いではないとするならば、蓋し、道は自ずと明らかではないしょうか。すなわち、本来、問題外の外の選択肢であったはずの解散総選挙が、逆に、必然の流れになってきている、と。

ならば、菅内閣打倒に邁進するのみ。而して、そのプロセスで、もし万が一、菅首相が解散総選挙に打って出てくれれば「想定外のラッキー」というものでしょう。その場合には、現行の日本国憲法を尊重する我々自民党支持者は喜んでその首相の、政治道徳的には邪道ではあるけれど憲法的に正当な決断に従うのみ。と、そう私は考えています。



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(2011年05月29日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 民主党・菅直人政権
ジャンル : 政治・経済

自衛隊広報


昔(「今も」かな?)日教組が「教員は労働者である」と規定した時、少なくない国民は、「そりゃー、教師は安月給かもしらんけど、教員は聖職者でもあるだろう」と反感を覚えたものです。1970年前後のこの国の社会的な心象風景を私はそう記憶しています。而して、私は、「教員は労働者」なんだから、ちゃんと職務規定に従い、きちんと働けと当時から思ってた。畢竟、「労働者」と「聖職者」は矛盾するものではないとも。

それから幾星霜。

今この記事を読んでいただいている読者の皆さんの中には、

大東亜戦争終結の1945年から、例えば、大阪万博が開催された1970年までの四半世紀は、左翼勢力はそれ以降に比べて数段に強かったはず(だからこそ、1947年の「2.1ゼネスト中止命令」から、所謂「レッドパージ」なる不良不逞の公務員の排除が必要とされたのだろう)。要は、「教員=労働者」規定の浸透度はそれ以後に比べても当時は強固だったはずでしょう。ならば、なぜ、1970年前後に、それまでも一貫して掲げられてきた「教員=労働者」という日教組の教員の意味規定に対して、少なくない国民が違和を感じたのか。


そう疑問に思われた方々も少なくないのではないでしょうか。つまり、現象学的により正確にパラフレーズすれば、「なぜ、「人々がそう感じた」とKABUが感じた」のか疑問に思われ向きもあるだろうということです。

それは、

実は、

この国の戦後の実定的な社会思想を解明する上での大問題なの、鴨。

でも、心苦しいのですが、

この記事は詳しくそれを論証する場ではありません。

而して、

私の仮説を結論だけ書いておけば、それは次の通り、鴨。

①1970年前後までは、左翼側でも戦前の立派な教育を受けた人々がその構成員のほとんどだった

②1973年のオイルショックを契機として、世界的な「戦後の黄金時代」は終焉をむかえた。つまり、1970年前後までは、所謂「高度経済成長」によって拡大されたパイが、「労働者」を詐称しつつ労働しない教師の存在が孕む矛盾を緩和、あるいは、覆い隠していた

③1989年-1991年の社会主義の崩壊によって、最終的に社会主義による主権国家の経営が不可能であること、つまり、社会主義とは、欺瞞に満ち、人倫に反するタイプの社会を目指すイデオロギーであることが明確に証明された。而して、この理路はその20年前には一般にも自明になりつつあった。よって、1970年前後を境に日教組の主張は(相対的には)凶暴な裸の王様的な教条色を一層帯びるようになった

④上記③の裏面として、その後、1980年前後にリクルート社がコンセプト化した「やりがい」という就労動機に象徴されているように、1970年前後を境にして、日本では物づくりや働くこと自体の価値を認める社会意識が再生して行き、「労働者」を詐称しつつ労働しない教師と世間との落差が一層拡大した    



一つだけ敷衍すれば、1970年前後までは、「教員=労働者」の規定にかかわらず、大多数の教員は(当時の日教組の組織率は優に60%を超えていたわけですから、それは日教組教員をも含んでのことですが、)、(a)労働者としての分を弁えないという点では、すなわち、職場の規則と組織原則の否定に関しては凄まじい逸脱があったにせよ、(b)社会が期待する「聖職者」(聖人君子的な聖職者像ではないにせよ)要は、子供達や地域の抱える問題を自分も共に抱えようという心性を持っているのかどうか、簡単に言えば、そのような心性が行動から読み取れるかどうかというチェックポイントにおいてはそれほど酷い状況でもなかったと言える。

あくまで、それ以後の(社会との落差と言う意味で相対的にも、また、社会主義をいまだに信奉しているという意味で絶対的にも)凄まじい日教組、左翼・リベラル教員との比較においてですけれども。

しかし、逆に、例えば、クラスの全員の面前で「クラスのある児童・生徒の父兄が自衛官であることを非難する」ような、あるいは、勤務時間中に宿直室で大相撲中継を見ながら皆で酒を飲むという、プリミティブな、要は、イノセントに残酷と言うか、あるいは、牧歌的と言うかの、教員の勤務規定逸脱行為は1970年前後まではむしろ普通であったが、現在は、それらは即解雇にもつながりかねない言い訳無用のノックアウトファクターの逸脱であり、極めて例外的な現象であろうと推察します。尚、この時間的な経過の中での日教組の害毒の増減と変質については下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・Only yesterday☆ある九州の元公立中学校校長の回想
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/58180832.html

・民主党監視塔☆既得権としての戦後民主主義的な教育論の滑稽と害毒
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/58611097.html


蓋し、要は、1970年前後までとそれ以後とで、この国の社会は単線的に「正常化=非日教組化」または「非正常化=日教組化」してきたわけでもない。而して、全体的には、上のように言えるの、鴨。と、そう私は考えています。閑話休題。先に進みましょう。


march.jpg



ということで、本題行きます。

突然ですが自衛隊ネタ。←ブログ記事タイトル読んだら誰かてわかるちゅーねん!

まずは、報道の紹介。


◎自衛隊徳島協力本部の萌えるポスターに大反響

徳島市の自衛隊徳島地方協力本部が“萌え系”キャラクターの「自衛官募集オリジナルポスター」を制作、ネットなどで話題になっている。「今どきの萌える就職先」と題し、陸海空の夏制服姿の女性自衛官をモチーフにしたキャラがあしらわれている。北海道で勤務する隊員がデザインした。・・・

(産経新聞・2011/05/25 23:17)   



要は、自衛隊ここでも大人気。
つまり、自衛隊広報、またまたお手柄のスマッシュヒット!

ヽ(^o^)丿 ← 目出度い踊り!


これがそのポスター、とな。


自衛隊広報


という自衛隊のポスター紹介の記事でした。

ヽ(^o^)丿 ← 自衛隊は国の誇りだ、踊り♪
ヽ(^o^)丿 ← 自衛隊はこの国の最後の頼みの綱だ、踊り♪

そして、

ヽ(^o^)丿 ← 自衛隊は萌る就職先なのだ、踊り♪


蓋し、今般の東日本大震災における民主党政権の無能に驚愕し、かつ、
本当に頼りになるのが自衛隊であることを再確認した圧倒的多数の国民にとって、

自衛隊はこの国の誇りであること
自衛隊がこの国の最後の頼みの綱であること   


このことは当然の前提でしょう。

自衛隊

ならば、

自衛官の「萌」はよいとして、自衛隊に対応する「就職先」や「職場」という語感が、もしや、かって、1970年前後のこの社会で、日教組の「教員=労働者」規定に少なくない国民が違和・反感を覚えたのとパラレルな現象がこの2010年代の日本の社会で起きることはないのだろうか。すなわち、現象学的にパラフレーズすれば、「私が「人々がそう感じる可能性」を感じた」ことが本稿の作成に至る主な関心なのです。

而して、そのことを踏まえながら、例えば、私が「ルーズソックス時代」(1993年~2003年)と呼ぶ過渡期を挟んで、1960年代後半から2010年代にかけてこの社会がどう変化したのか、そして、その原因は何かということ。このことを今後とも考えていきたいと思います。



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(2011年05月26日:iZa版にアップロード)

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テーマ : 軍事・平和
ジャンル : 政治・経済



CNNによれば、外国人の訪問者、つまり、観光と商用の目的で訪れた外国人の間では、世界で一番評価の高かった都市はソウルだったらしい。しかも、それは「3年連続」のこととか。まあ、記事自体が韓国の観光ビジネスや観光関連の官庁とのタイアップの可能性もあり、眉唾とは言わないけれど、話半分というところでしょうか。

而して、そのCNNの報道には、ソウルが世界で最も魅力的な都市である理由が50個列記されていました。まー、どれもタイアップというかこじ付けの匂いがしないでもないです。ただし、37番目の理由を除けば。と、そう私は考えています。

その話題の記事はこちらです(↓)。


◎50 reasons why Seoul is the world's greatest city

There's a reason Asian tourists have ranked Seoul as their favorite world city three years in a row. Actually, there are 50 of them

By Frances Cha , Lucy Corne 25 May, 2011   



要は、「ソウルがアジアを旅する旅行者から3年連続、世界でも最もお気に入りの都市とランク付けされたにはそれなりの訳があるのです。実際には、それは50個に分類できるようなそれなりの理由なのですけれども」ということ。

で、英語的には、

初級者の方が確認しておくべきポイントは、

第1センテンス「There's a reason Asian tourists have ranked・・・」の
「reason」と「Asian」の間に関係副詞のwhyが省略されていること。
というか、関係副詞のwhyは、先行詞のreasonが残る場合には、原則省略されます。

よって、(省略するのが普通なので、「正式」とは言えないのですが)省略した関係副詞を
戻すとこうなります。このことをきちんと確認しておきましょう。

There's a reason Asian tourists have ranked Seoul as their favorite・・・
There's a reason 【why】 Asian tourists have ranked Seoul as their favorite・・・



而して、中級者の方は、第1センテンスの主語のreasonには不定冠詞の「a」がついており、
第2センテンスでは「50 of them」の「them」と複数形で受けられていること。
つまり、第1センテンスと第2センテンスの間で「reason」のニュアンスがどう変化して
行ったのかしら。と、このあたりを、フィーリングではなく、例えば、
パラフレーズするなりして、突き詰めて欲しいと思います。   



な、な、なーんて、そんな英語の話は置いておいて、本題に入ります。

ヽ(^o^)丿 ← 目出度い!



Yuna-Kim.jpg



はい。画像を見ればお察しがつくとおり、←ブログ記事のタイトルでわかるちゅーねん!
はい。もちろん、キムヨナ姫ネタです。

な、な、なーんと、その、ソウルが世界で一番の都市にランク付けされた理由の一つに、キムヨナ姫の存在が挙げられているのですよぉー。これは、目出度い! 

と、その箇所はこちらです。


37. An ice princess you actually like

Luminous ice queen Kim Yuna is the pride of every Korean’s heart. The first female skater to place first at the Olympics, World Skating Championships, Grand Prix Final and Four Continents Championships, Kim was one of Time magazine’s 100 most influential people in the world in 2010. She currently serves as global ambassador for the Visit Korea campaign.   

37. 世界の誰もが好きなスケートリンクのお姫様

華麗に輝くアイスクイーンのキムヨナ姫は韓国人の誇りである【確かに、そうなのだろうが、韓国人には些かもったいない、鴨】。キムヨナ姫は、女子フィギュアースケートで史上初めて、オリンピックと世界選手権、グランプリファイナル、四大陸選手権のすべてで優勝した。キムヨナ姫は、2010年のタイム誌『世界で最も影響力のある100人』にも選ばれ、而して、現在、キムヨナ姫は、韓国観光推進のための使節の一員として世界中を飛び回っている。 



と、世界も絶賛。

嬉しい~♪

キムヨナ姫を巡る弊ブログの基本的な理解に関しては、
下記拙稿をご一読いただきたいと思うのですが、

とにかく、目出度い~♪

・キムヨナを<物象化>する日韓の右翼による社会主義的言説
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59298740.html

・浅田真央は「ルール」を理解できなかった愚者か(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59281198.html

・浅田真央は「ルール」を理解できなかった愚者か-採点基準考(上)~(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59285142.html




いやー、やっぱ、キムヨナ姫は素晴らしい。

いやー、やっぱ、なんと言いますか、

どこぞの、スケートするしか能のない選手とは人間の<格>が違うの、鴨。

而して、

カトリックの敬虔な信仰を持ち、燃えるような愛国心を抱きながら、

他国選手に失礼な言動を繰り返す韓国ファンへの嫌悪を隠さない、

キムヨナ姫こそ真の保守主義者である。  



と、そう私は考えています。

いやー、目出度い! 

とにかく、目出度い~♪

と、キムヨナ姫の妹分の郭整ちゃんも(下記画像参照、尚、郭整ちゃんの弊ブログでの呼称は「ブースカ姫」)、今頃、そう言っているのではないでしょうか。そう私は楽しく想像しています。

尚、なぜ、郭整ちゃんを「ブースカ姫」と呼ぶのかの説明も含めて、
郭整ちゃんに関しては下記記事をご参照ください。


郭整ちゃん


・待ってろ、浅田真央!☆ヨナ姉さんの次は私が相手だぁー!
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59399153.html



目出度い!



ヽ(^o^)丿







(2011年05月25日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 保守主義
ジャンル : 政治・経済

エヴァン


福島第一原子力発電所の事故を巡って放射線被曝の危険性を指摘する声が巷に溢れているようです。中には、福島原発で水素爆発があった3月11日の直後、ご主人を東京に放置して自分の実家の九州に子供を連れて高飛びされた方もおられるとか。馬鹿げたことです。それ正に、中世ヨーロッパの<魔女裁判>の如き事態ではないでしょうか。

しかし、ヘーゲル曰く、「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的」である。ならば、現下の日本で猖獗を極めている放射線被曝を巡る狂乱の背景にも、一概には馬鹿にできない、理性的かつ現実的、論理的かつ歴史的なsomethingが伏在しているの、鴨。

現下の日本の放射線被曝を巡る人々の言説や行動は<魔女裁判>に際して人々が示したそれらとパラレルではないか。と、そう私は考えます。要は、本来的に何の害もない、少なくとも、有限なる人間存在がその害無害を認識することはできないはずの<魔女>や<低量&中量の放射線被曝>を恐れてか、馬鹿げた出来事が社会的に再生産されているという点で両者はシャム双生児的類似性を帯びているということ。


ほしの830



ことほど左様に、年間の積算ベースで100ミリシーベルト(mSv)程度までの低量被曝、同じく100ミリシーベルト(mSv)から4000ミリシーベルト(mSv)程度までの言わば中量被曝に関しては、放射線被曝の危険性なるものは科学的になんら証明されたものではない。ましていわんや、疫学的や臨床的には低量&中量の放射線被曝の危険性を確証するデータなどは皆無と言っても間違いではありません。敷衍します。

低線量被曝の健康被害に関しては、被曝と健康障害との間に統計的に有意の相関関係は認められません。また、中線量の累年被曝に関しては、少量統計解析で有意の結論を導き出せる程の臨床データはない(偶さか事例を重回帰分析した結果でも、ウォッカの消費量や喫煙頻度、重金属摂取の度合や遺伝的因子と比べて強度の相関関係は見られない!)。

つまり、(もちろん、核兵器による短時間での被曝等は別論としても)余裕を見ても成人で年間積算ベース2500mSv以内の被曝に関して、放射線被爆の危険性などは砂上の楼閣、蜃気楼と言える。要は、国際放射線防護委員会(ICRP)が定める放射線被曝許容値等の国際的基準なるものは御伽噺の世界のこと。それは、推進派と反対派が共餐する国際原発利権集団の商売の種。ならば、現下、福島第一原発のお膝元でも最高で毎時20μSv(≒年間175mSv)程度の放射線被曝など気にすること自体が馬鹿らしいのです。まして、例えば、いずれも2011年5月23日に観測された、郡山市や福島市の毎時1.26μSvや1.41μSv、飯館村の2.98μSv(≒年間12.3 mSv~26 mSv)の放射線量などは、CoCo一番屋の5辛カレーに唐辛子を二粒加えるのよりも無害&無意味でしょう。


蓋し、<魔女>と同様、なんの科学的根拠もない現在の放射線被曝許容値など反故にして、日本は、少なくとも福島原発問題を解決するまでの数年間は、放射線被曝許容値なるものは年間積算ベースで2500mSv程度にすべきなのです。これで、福島の原発問題などは瞬時に<消滅>するでしょう。而して、この認識にはあるブログ友からこんなコメントを頂いた。

2500mSvは「マイクロシーベルト」の間違いではないですか? 
半数死亡率が3000から5000mSvのはずですので。
(もっとも、これは一時に浴びた場合)

ICRPのデータも、廣島・長崎の原爆くらいまでで、チェルノブイリのケースは反映されていないようなので、原爆と原発の放射線被爆障害の違いもまだ確立していないようですけれども。


このご指摘には端無くも国際的基準なるものとしての放射線被曝許容値が御伽噺の世界に属している経緯が露呈していると思います。畢竟、国際的基準なるものの(それは国際原発利権集団自体の作成にかかるものであり、)中立性が疑わしいだけではなく、繰り返しますが、例えば、「半数死亡率は3000mSvから5000mSv」という命題自体がなんら臨床的・疫学的に検証されたものではないからです。要は、ICRPの基準に従い放射線被曝の危険性を語るなどは『仮名手本忠臣蔵』を根拠に「元禄赤穂事件」の事件発生の因果関係を語るに等しいと思います。


ほしの33



科学的裏づけを欠落している、「放射能汚染-放射線被曝」への恐怖が福島原発事故の実体であると捉えるこの認識が満更間違いではないとするならば、

(イ)エネルギー安全保障のためのエネルギー源の分散化、(ロ)日本の経済規模拡大のペースに対応できる、かつ、技術的とコスト的な実現可能性の二つの軸を睨む場合、

(ハ)自民党政権によるこれまでの原発推進政策にはなんら間違いはなく、個別東京電力もおおむね常識的で良心的な原発建設と運営をしてきた。ならば、(ニ)民主党政権のシャビーな事故対応こそ今回の福島原発問題のαでありωである。


畢竟、福島原発事故は100%民主党政権の<人災>である。と、そう断言できると思います。而して、現実政治的には今すぐは難しいとしても、福島原発事故は禍転じて福となせる日本にとっての絶好の好機、鴨。なぜならば、原発推進派は、最早、神ならぬ身の有限なる人間存在が言えるはずもなかった、馬鹿げた<安全神話>など今後は維持する必要はなくなったのですから。蓋し、今、福島原発事故の衝撃を受けて欧州諸国が足踏みをしている間隙を縫って、日本はいよいよ原発を推進すべきなのです。

ならば、再々になりますが、放射線被曝許容値なるものを日本は可及的速やかに2500mSv程度に引き上げるべきではないでしょうか。もちろん、それは福島原発問題を押さえ込むまでの数年でもよく、その後は漸次250mSv、25mSv、2.5mSv等々と引き下げるのも、科学的には無意味にせよ現実政治的には有効でしょう。

畢竟、放射線被曝許容値の大幅な引き上げというモメンタムがあれば福島の復興も見えてくる。なにより、今後は原発を東京・横浜・京都・大阪等々のどこにでも作ることが可能になるのです。実際、東電の本社ビルや国会議事堂・経産省はその新原発の屋上か地下に作ればいい。そうすれば、そこで働く人々や訪問客は休憩時間に使用済核燃料プールをジャグジーに利用できる、鴨。また、使用済核燃料プールに屋形船を浮かべるのも粋、鴨。

尚、「放射線被曝許容値の大幅引き上げは、福島県民をモルモット扱いするものだ」とかいう、一見聞く人の心を打つ、けれども、(新カント派の「認識が対象を決定する」という箴言を持ち出すまでもなく、実は、どのような現象に関しても、例えば、東京の排気ガスの健康被害や、全国で転勤族の親子が抱えるストレスにせよ、それを観察する<外的視点>から見れば被観察者はモルモットにすぎないのですから)実は無内容な文学的表現はここに政治的にもその神通力を消失すると思います。


ほしのあき


リーマンショックの際には、「これで資本主義も終わり」でもあるかの如く狂喜乱舞していたリベラル派が今回の福島原発事故でもまた「これで原発は終わり」と騒いでいる。けれど、リーマンショックの後、世界経済の連携が一層進み、要は、アメリカや日本の個別の景気動向は別にして、世界資本主義自体の相互依存関係の高度化が飛躍的に進みました。

而して、福島原発事故の後、幾つかの技術開発が行なわれた後、原発推進自体は日本でも世界でも一層進むでしょう。なぜなら、現下のグローバル化の昂進を想起するとき、世界のエネルギー需要が高まることはあってもその逆はなく、かつ、原子力以外にそのエネルギー需要拡大のペースに対応できる方途は見当たらないからです。

而して、私は、いよいよ、中世の<魔女裁判>と現在の<放射線被曝の危険性論>のidenticalnessを感じざるをえない。最早常識でしょうが、「中世の魔女裁判」なるものは、実は、「中世」のものではありません。また、それはカトリック教徒がプロテスタントを一方的に迫害したものではなく(プロテスタント側にどう贔屓目に見ても)双方が五分五分の加害者で被害者。要は、

◎魔女裁判
その端緒は13世紀後半に見られるものの、それが猖獗を極めたのは15世紀から17世紀という、中世末期から近世初期の出来事。畢竟、(概略、西暦450年から1450年に至る千年間の)中世と呼ばれる時代のヨーロッパは、人類史的には文明圏の辺境にありながら比較的平和で極めて安定した世界でした。而して、<魔女裁判>とは、当時、いよいよ勃興してきた資本主義の経済システムが生起せしめた、中世とは異質な生態学的社会構造(自然を媒介として人と人とが取り結ぶ社会的諸関係の総体)に対する嫌悪と恐怖の結果と見るべきなのです。自分が慣れ親しんだ生態学的社会構造の崩壊に起因するアノミーこそ<魔女裁判>の正体であろうと思います。



畢竟、現下の日本の社会で跳梁跋扈し猖獗を極めている<放射線被曝の危険性論>とは、戦後の日本を支配した核の<聖別化>が、最早、成り立たなくなりつつあること、このことを日本人が肌で感じてしまったことに起因するアノミー症状ではないでしょうか。要は、

(甲)福島原発事故を経ても、最早、人類は、就中、資源に乏しい日本は原発とあまり愉快ではない添い寝を続けるしかない。そんな<将来像的の自画像>を福島原発事故という<鏡>の中に日本人が見てしまった

(乙)権威あるものとされてきた、例えば、放射線被曝許容値なるものの根拠の薄っぺらさをもこの事故を通して日本人が薄々理解し始めた

(丙)原子力行政の枠組みの中で、放射能や放射線という<不浄>な領域は、東京電力なり原子力安全委員会、あるいは、ICRPなりの内外の、あたかも、中世のヨーロッパにおけるイスラーム商人やユダヤ商人の如き<非聖別化>された<賤民集団>に丸投げしていれば、自分たちは利便と快適を享受できていた事態が根本的に揺らいでいる。このことを日本人が東日本大震災の揺れと同時に体感した   


敷衍すれば、これまでの平和で安定した、そして、自分自身はそれと一生無縁で生きられる、放射能や放射線と自分との関係が揺らいでいること。而して、放射能や放射線との関係をこれからは自己責任の原則に従い自分で態度決定するしかない、そんな不快で憂鬱な時代に自分が入り込んだこと。これらの認識が急性アノミーを引き起こし、日本人をして<魔女裁判>並の非合理さで放射線被曝の危険性なるものに恐怖を感じさせているのではないでしょうか。

けれども、その現存性から見るとき、当然ながら、<魔女>も魔女狩りを行なった側も普通の人間であり、共に、中世ヨーロッパの社会から資本主義の世界システムが離床する時代の息吹を呼吸していた同時代人に他なりません。ならば、エネルギー供給において原子力発電が当分の間不可欠であるとするならば、この<魔女裁判>も早晩終焉を迎える他ないだろう。と、そう私は考えています。


bewitcedkanas.jpg





(2011年05月24日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : ほっとけない原発震災
ジャンル : 政治・経済

ほしの113


東日本大震災の復旧・復興がいっこうに進みません。その最大の原因は菅内閣の機能不全。実際、菅内閣の発信する情報は嘘・言い訳・誤魔化しばかりと言っても過言ではない。世界も国民の多くも菅内閣の発表などもう信じてはいない。被災された友人・知人のブログ記事やメールをこの2ヵ月半ずーっと読んでいてそう思います。

私は、民主党の根幹にあると思われる「政府はなんでもできる」と言わんばかりの権力の万能感には違和を覚える者です。

①左右を問わず教条主義を忌避し、②伝統・慣習を尊重する。③自己責任の原則に価値を置く、そして、④(ほっとけば自己増殖しかねない公務員組織の生態を鑑みれば)政府の役割なんぞ必要最小限でもまだ多過ぎるくらいだと考える保守主義者。   


しかし、野村克也氏の言うとおり「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」あるいは「監督の秀逸な采配のお蔭で勝つことは年間130試合で1-2試合あるかどうかだが、監督のショボイ采配のために落す試合は年間20試合を下らない」のでしょう。要は、その延命が自己目的化した民主党政権の無能・無策こそ、最早、大震災復興の最大の障害になっている。ならば、一日も早く菅内閣にはお引取り願わなくてはならない。よって、自民党は、朝日新聞の「この非常時に政争をするのは愚かだ」等々の批判など歯牙にもかけず、可及的速やかに内閣不信任案を提出すべきなのです。「この非常時に対処する意志も能力もない政権を放置することほど愚か」なことはないでしょうから。


福島から北関東に避難しているブログ友のnanaさんはこう書いておられる。

◎政府に期待はしない・・・というか、出来ないわ私

さて、まだ生活の方は軌道に乗りません 
まだまだいろんな手続きがあるんですよ ┓( ̄∇ ̄;)┏ 
はっきりいって、地元も、避難先も一生懸命してくれてます。

デモね~。国の方針がはっきりしないし、コロコロ換わるし?
役所機関ですら、ニュース報道があって初めて知るなんて、
変な状態になってるようだし

現場の出来事知らない人にどうこういわれてもねぇ(怒)
工程表がどうのっていったって、現場の状況考えないで、
予定たててるだけでしょ~ Ψ(`◇´)Ψ

現場がどれだけ過酷で、其処に家族が行かなきゃならない心情まで、
考えてないでしょヽ(*`Д´)ノ

不信がつのるばかりだわ

(2011/5/18(水) 午後 1:37)    

▼読者のコメント
今回の原発メルトダウンについても。。
「なぜ今になって」と不信感が爆発しそうです。。

▽nanaさんのレスポンス
やっと 、公式発表あったので話せます
いろんな地域の人の話聞いてると、かなり早い時期に、
判っていたはずだ。とのこと

実際私も、避難先で、映像流れる度、
慌てて、山越え、関東、関西に移動していくグループを何回も見ましたからね~
周りから情報がはいるんですよ

政府が報道規制かけた裏には隠蔽したかった事実があるんでしょうね   




◎なんとか…頑張っているものの・・・

さすがに正直な所、疲労感というか、倦怠感というか、
うつ病に近いんじゃないかという感じがあります。
体力的なものより、精神的だねぇ。

避難所にいるひとはもっとひどいと思いますが、
避難所でた方も、かなり参ってます。

かろうじて、チマチマ楽しい事を探し出し、
それを支えに頑張ってますが、持続出来ないわ ○| ̄|_

だってなんも解決しとらんじゃんか °・(ノД`)・°・

家族はバラバラ 
地域もバラバラ
仕事も無くなり
家があっても、帰られず
具合悪くならないほうがおかしいくらいだけど?

国会なんか、罪のなすりつけあいじゃんか ヽ(*`Д´)ノ
国のトップにいる者の言動じゃないとおもうわ

会社の不祥事だって、トップに責任あるんだから、
理屈からすれば、国のトップに責務あると思うんだけど?

だからって、辞任して、責任逃れなんて許さんけど Ψ(`◇´)Ψ

こんな思考もってるのは、ひとりふたりじゃないと思うんだけど (/_・、)

(2011/5/23(月) 午後 2:13)   


http://blogs.yahoo.co.jp/nana7pannda8


ほしの112



避難者・被災者・羅災者は見抜いている。自民党も民主党も党利党略に主たる関心があることを。私はそう確信します。昨日の衆議院東日本大震災復興特別委員会での菅直人首相と谷垣禎一自民党総裁の質疑を聞いていてそう確信しました。

何が言いたいのか? それは、

・自民も民主もいいかげんにしろ!
・民主党政権の嘘と言い訳はもう沢山だ!
・自民党は棚ボタでの政権奪還など期待せず野党としての仕事をしろ!
・自民も民主も<見え透いた芝居>はやめろ!
・自民も民主も大震災の復旧・復興に真面目に取り組め!  


3月12日の福島第一原子力発電所第1号機への海水注入の中断問題。やれ、何時何分に、官邸や原子力委員会、東京電力の誰が何を言ったのか言わなかったのか。そんな、重箱の隅を爪楊枝で引っ掻くような質疑にはもううんざりです。

もちろん、菅首相が死んでも政権を降りないオーラーを発散させている以上、菅内閣にお引取りいただくには、福島原発事故が民主党政権のショボイ采配に起因する<人災>であったことの証明も無意味ではないだろう。そして、その証明のための「証拠」を求めて自民党が重箱の隅を突くのも分からんではない。なぜならば、

現行の日本国憲法上、時の宰相にお引取りいただく道は、実質的に、()衆議院での内閣不信任案の可決成立、()内閣総理大臣の自発的な辞職しかない。 


而して、日本が、政党を<社会の公器>とする議院内閣制を採用している法治国家である以上(要は、離党覚悟の造反者を勘定に入れない限り、論理的には内閣不信任案が衆議院で可決されることはないから)、菅内閣にお引取りいただくには、福島原発事故が菅内閣の<人災>であったことを明らかにして、与党内で造反を誘発するか、流石の菅首相も辞職するしかない状況に追い込むかしか自民党には選択肢はないのでしょうから。 

尚、内閣不信任案提出の是非に関しては下記拙稿をご参照ください。

・桶狭間で勝負できない自民党総裁は速やかに職を辞せ
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60478911.html


ほしの111



でもね。もういいんじゃないの。

国民の大部分は、2011年3月11日午後2時46分からのこの75日間で菅内閣の無能さと姑息さを、直感的にせよ、しかし、もう十分に理解しているのではないでしょうか。昨日の衆議院東日本大震災復興特別委員会での菅直人首相の答弁。その言い訳/言い逃れは<官僚>よりも見事に官僚的でしたから。官僚より官僚的な首相の答弁。「何が「政治主導」だぁ! 何が「脱官僚支配」だぁ! 笑わせるな!」、と。そう感じたのは私だけではないのではないでしょうか。

ならば、谷垣総裁は昨日の特別委員会で首相に何を質すべきだったのか。蓋し、そこで「海水注入中断」問題を俎上に載せるにせよ(この問題が、福島県のみならず日本の命運を左右する、しかも、原子力技術という極めて専門性の高い領域を貫く<政治判断>であったことを鑑みて)、官邸・東京電力・原子力委員会のやりとりが記録されていないという、民主党政権のお粗末な危機管理の対応を炙り出すだけで十分だったのではないでしょうか。

そして、そんな言い逃れの達人の見え透いた芝居に付き合うのではなく、

①震災の復旧・復興が現在どのような状況にあるのか
②なぜその程度までしか進んでいないのか  


という大震災の復旧・復興に向けた事実と問題の確認に充てるべきだったと思います。例えば、原子力損害賠償法に定める免責条項「異常に巨大な天災地変」の適用を早々と民主党政権は否定しました。而して、

(a)この免責条項が電力会社の所謂「無限責任」の裏面である以上、また、(b)誰がどう見ても、かつ、どう厳しく損害を査定したところで、東電単体での賠償完遂が不可能である以上、つまり、損害の査定結果が将来の国民負担の規模にダイレクトに反映する以上、(c)事業会社の東京電力は、あるいは、経済産業省としても損害判定には慎重にならざるを得ない。よって、(d)東電の賠償は遅々として進まず、そして、(e)最も愚かなことは、東電の賠償が進まないから国の支援の全貌も確定しないことになっている。


敷衍すれば、人気取りのためか無知のためか、あるいはその両方だったのか、原子力損害賠償法に定める免責条項の適用を否定したこの菅内閣の決断のために、「東電の賠償範囲と規模が確定しないから、(法的にはこの賠償スキームとは全く別の、畢竟、その被害が国策としての原子力開発の結果であることを主な理由とした)政府による支援の範囲と規模も決まらない」という。政治の機能不全が現在起きているのです。

弁護士でもある谷垣総裁は、「3月12日の何時何分に菅首相が誰に何を言ったか言わなかったか」等々のこの言い逃れの達人の想定内ど真ん中の質問を繰り返して、首相の座を降りる気などさらさらないこの達人の<見え透いた芝居>に付き合うのではなく、この賠償&支援の支給が遅れている事態の確認とその法技術的な原因をこそ菅首相に問い質すべきだったのではないでしょうか。

更に言えば、最大野党の自民党の総裁に求められたことは、東日本大震災の復興、就中、福島原発事故の対応に加えて、民主党政権の外交政策に関する質問ではなかったのか。例えば、2011年3月11日午後2時46分以降、この間の支那や韓国やロシアの動向(韓国の国会議員が北方領土に渡航した問題に対する菅内閣の対応、あるいは、先日の日本・支那・韓国の首脳会談において、尖閣諸島や竹島に関する日本の主権を支那と韓国の首脳に対して主張したのか否か等々)をもきちんと首相に問い質すべきだったと思います。

これはかなりの覚悟をもって書くことなのですが、

東日本大震災は未曾有の国難であり、その復旧・復興は自民党が政権を奪還したとしても現下の日本政治の中で最優先のプライオリティーを占めることは間違いない。けれども、東日本大震災の復旧・復興だけが<政治>の課題ではないことも事実。


否、もし、その政権が東日本大震災の復旧・復興だけに没頭するような政権であれば、東日本大震災の避難者・被災者・羅災者とて復旧・復興に集中することなどできはしないのではないでしょうか。   

蓋し、民主党政権の機能不全が誰の目にも明らかになっている現在、最大野党が政権奪還を目指すことは遠慮すべきことでも恥じるべきことでもありません。ならばこそ、自民党総裁たる谷垣氏は、例えば、「海水注入中断」を巡る菅首相の見え透いた言い逃れなど深追いするべきではなかった。深追いしてこの言い逃れの達人の<見え透いた芝居>に付き合うべきではなかった。大震災復興が停滞している現状の問題、その本筋を問い、さっさと、内閣不信任案の提出を宣言すべきであった。と、そう私は考えています。





(2011年05月24日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 民主党・菅直人政権
ジャンル : 政治・経済

okehazama


このようなマイナーなブログの意見変更など告知する必要もないのでしょうが、弊ブログは、5月の連休明けの一週間を経ても自民党が菅内閣に対する内閣不信任案提出の道筋を付けられないでいること。この一点を理由に、谷垣禎一氏には自民党総裁の任は無理だと断定します。よって、下記拙稿の主張を将来に向けて改訂し、谷垣氏には可及的速やかな自民党総裁の辞職を求めたいと思います。

・海馬之玄関は自民党現執行部支持に舵をきります
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60169583.html

蓋し、もちろん、

2009年<8・30>の総選挙敗北を受けた、
誰が総裁になっていたとしても世間の嘲笑を浴びるしかない惨めな逆風の中で、

()私利私欲に走る反党的の我利我利分子(与謝野氏・舛添氏・鳩山邦夫氏等)には円満にお引取りいただき、()なにより、その敗北自体は、これまた何人も抗し得なかったであろう時流の帰結としても、<8・30>の大敗北の原因となった「組織の呈をなしていない自民党」という事態を曲がりなりにも修復して、自民党に政党としての呈を取り戻させたこと。
()そして、数次にわたる地方選挙と国政補欠選挙、ならびに、昨年の参議院選挙と今年の統一地方選挙で負けなかったこと。    


これらについての谷垣氏と、大島理森副総裁を始めとする現執行部の功績は大きい。それは否定できない。これは地味だけれども素晴らしい功績であろうと思います。けれども、谷垣氏は東日本大震災という国難を受けた現下の国家の非常時に、最大野党の総裁の任に堪えるタイプの政治家ではないのではないか。信長は桶狭間で勝負できたからこそ信長である、と。

このことがこの一週間で明らかになったと思います。ならば、善は急げ。可及的速やかに、きちんと、自民党の両院議員総会を開催して、谷垣氏にはお引取り願うに如くはない。これが国益に叶う道だ。「桶狭間=内閣不信任案」で勝負できない「信長=自民党総裁」は速やかに職を辞せ、と。そう私は考えます。


この国難に際して「党内政局」にかまけよと言うのか?


否です。なぜならば、(政党助成金の法制度、公職選挙法の政治団体規定、国会法の会派規定等々を度外視したとしても)政党とは議会制民主主義においては社会の公器である。而して、有力政党のそのTopがTopの任に適さないとするのならば、そのような事態の解消は、「政局」などではない、正当な経国済民の政治現象だろうからです。蓋し、これは「東日本大震災の復旧・復興の渦中にある今、急流で馬を乗り換えるのか」という、菅内閣不信任案批判に対する反批判のロジックとパラレルでしょう。ならば、

急流であればあるほど
不適任の自民党総裁と不適切な首相は、
可及的速やかに乗り換えられるべきではないでしょうか。


と、そう私は考えています。


nobunagas.jpg


ことほど左様に、菅内閣のパフォーマンスはシャビーであり、かつ、品格を欠くさもしいもの。例えば、浜岡原発の停止自体は、(「なぜ、浜岡だけか」「今後のエネルギー供給はどうするのか」等々の本質的な疑問はあるとしても)原発推進派にも賛成者が少なくない「一局のまずまずの手」でしょう。まして、2011年3月11日午後2時46分以降、政治が何もしないことに苛立っていた国民世論のガス抜きにもなったの、鴨。けれど、浜岡停止を織り込んで企業活動はもう縮小&日本脱出に動いている。例えば、来年度の新卒採用枠は凄まじいものです。

ならば、今年度の第三四半期の経済活動の諸数値は当然、それどころか、第二四半期でさえも<震災>ではない<菅災>ファクターで落ちるのも必定。而して、どうころんでも菅内閣の命運は(次々にそれらの経済指標が発表され、庶民が自分の生活感の暗さの理由を知る)7月末で切れるはず。だからこそ、菅内閣は、6月22日に国会を閉会して一日でも長く権力の座にしがみつきたいと思っているのではないか。

それが彼等の本意ではないとしても、世間からはそう見えることは100%必定。ならば、私利私欲、権力欲見え見えの菅内閣は可及的速やかに倒閣されなければならない。そして、残念ながら菅内閣が6月22日の国会閉会、すなわち、第二次補正予算の8月への先送りを表明し始めた先月末から今週前半の段階で、それが否決されることも覚悟した上で内閣不信任案の提出に道筋をつけられなかった最大野党の総裁もまた同様であろうと思います。


而して、

衆議院で300議席を越える与党に対して、
内閣不信任案を提出する意味はあるのか?


当然です。蓋し、

それは、「ホップ→ステップ→ジャンプ」の三段階論。
将棋に喩えれば5手詰め。

すなわち、

①参議院での首相問責決議の可決
②①を大義名分にした、民主党の両議院総会での代表不信任決議の採択
③②を大義名分にした、民主党議員の大量造反による衆議院での内閣不信任案の可決


これらを、菅内閣とは別の意味で、(次の総選挙での自民党政権復活がほぼ確実な今)一日でも長く反日リベラル政権が続くことを願っている朝日新聞等々からの「国難の今政局なのか!」批判に喧伝する余裕を与えず、一週間以内に行なうこと。それくらいは、今の自民党でもできないことはないだろう。と、そう私は期待していました。そして、その期待が失望に変わった。やはり、予定調和が支配した、55年体制下の大蔵大臣や江戸中期の老中職が適任の人物には信長の真似は所詮無理だったね、と。


而して、私も、これら①②③が机上の空論にすぎず、(これまた一日でも長く国会議員のバッジをつけていたい民主党議員が少なくない以上)現実的には、内閣不信任案が粛々と否決される可能性の方が高いと思っています。けれども、自民党内の穏健派が持ち出しているように「内閣不信任案が否決されれば菅内閣を国会が信任したことになる」等の批判は噴飯もののロジックである。

蓋し、

内閣不信任案が否決されたとしても、
現状と比べてそれで何が変わるというのか。


何もしなければ、民主党は<8・30>での国民世論の信託を理由に、「政治主導」という呪文を唱えながら、現在同様に経国済民とは異質な政治遊戯にかまけ、もって、民主党政権の延命だけを目的とした内閣を続けるだけでしょう。

官僚の専門知や諸外国からの支援を上手に活用できない、平時の、しかも、自分の脳内で描いただけの政治状況にしか対応できない民主党政権は、国民の生命・安全・財産を守りうる政府ではない。実際、その応援団は、現下のていたらくを「喧嘩両成敗」的な論法で与野党双方の責任とこじつける朝日新聞くらいのものでしょう(畢竟、4月半ばの子ども手当ての見直し合意まで、全く譲歩案も示さず、政府提出予算案と予算関連法案の国会通過を要求するだけだった与党、具体的な権限が不明確な閣僚ポストや政府の震災対応諮問機関への参加を呼びかけてきただけの与党に対して数に劣る野党がどう協力できたというのでしょうか!)。

畢竟、最早、国民の信任は政府民主党から離れている。要は、不信任案の否決が民主党政権を正当化することはない。ならば、不信任案が否決された場合には、自民党は国会の審議などとは別に政府を相手にせず独自の復興案を<審議>してその内容を世論に問うべきのみ。そのための儀式として、内閣不信任案の提出はそれが100%否決されようとも国会をボイコットできる大義名分が得られるのだからノーリスクであろう。と、そう私は考えます。

敷衍すれば、内閣不信任案を提出するとすれば、国会に今会期中は出席しない大義名分を自民党を始め不信任案を提出した野党は得ることになる。而して、その場合、自民党単独、あるいは、自民党に同調してくれる野党だけで<国会審議>を福島・宮城・岩手でやればよい。「国民党政府は相手にせず」ならぬ「菅内閣は相手にせず」。と、それでよいのではないか。

蓋し、この構えと覚悟が野党にあれば、①②③の「ホップ→ステップ→ジャンプ」は現実的なの、鴨。なーに、とち狂った首相の菅直人氏が衆議院を解散でもしてくれればこれは自民党にとって「想定外」のラッキー。と、そう私は考えています。


sanpoujis.jpg


畢竟、あの「阪神村山大虐殺」の村山富市首相が偉かったのは、初動の失態と事態の重大さが判明した刹那、反自衛隊等々の社会党内部の筋論を封印して、災害復興のための人事を行ったこと。そして、その後、批判は自身で受けとめて、関係閣僚の行動に口を挟まなかったこと。これこそ、現実の政治に取り組む議会制民主主義下のそうあるべき政治指導者の姿勢でしょう。

それに対して、民主党政権は、この震災の人災的被害拡大を前にしても、「政治主導」なる遊戯にかまけて、否、繰り返しになりますが、震災をもっけの幸いに懸案の法案を震災復興と抱き合わせで通過させようとさえしている。彼等の真意がどうあれ世間にはそう見える。そして、政治においては真意や本意ではなく、国民・有権者の目にどう見えるかと言うことが政権の正当性根拠のαでありωであろうと思います。


本来なら、2011年3月11日午後2時46分を受けて、

当初の予算案を撤回して野党の修正案を丸呑みする。そして、権限を明確に規定した与野党合同の震災対策本部を速やかに立ち上げる。これができないで、2ヵ月以上も復興の司令塔機関の組織論で立ち止まっていた民主党政権は政府としての正当性を喪失している。尚、この件に関しては下記拙稿をご参照ください。


・災害復興よりも政権維持を優先する民主党政権
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3398c2b6b60c853561dfa9bf99d0ed3e

・東日本大震災と政治の不在-避難者のひとこと、「情報が入らない」
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60470590.html


福島第一原子力発電所の20キロ圏内で、家族同様に育ててきた多くの牛さんや家族の一員たるペットの犬君達が餓死した事実。震災直後から4月21日まで意味不明な「屋内退避指示」なるサジェスチョンを出しっぱなしにしてきた事実。要は、毫も住民・避難者の生活の不便や経済的な切迫、なにより、その子供達の教育の不便や心細さ等々を理解できないでいる民主党政権には可及的速やかな退場を迫るべきであり、繰り返しますが、その手段があるにもかかわらずアクションを起こせないで入る自民党総裁もまた同様ではないか。蓋し、桶狭間で勝負できない自民党総裁は速やかに職を辞せ、と。

ことここに至れば、次の首班は自民党総裁や民主党代表でなくとも平沼赳夫氏や共産党委員長でもいい。どうせ、誰が次の政府首班となろうとも向う半年間は総選挙の実施は不可能でしょうから。そして、次の内閣のタスクは、第二次~第三次補正予算・復興対策関連法案の成立と選挙管理に限られるのでしょうから。畢竟、そのような与野党合同の暫定政権を樹立するほか、国民の政府と政治に対する信頼を取り戻す道はない。そう私は考えています。


б(≧◇≦)ノ ・・・谷垣さん、ご苦労様!
б(≧◇≦)ノ ・・・どうぞお引取りください!

б(≧◇≦)ノ ・・・菅首相、見苦しいぞ!
б(≧◇≦)ノ ・・・さっさと辞職せよ!



koizumisss_20110519094612.jpg




(2011年05月18日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 民主党・菅直人政権
ジャンル : 政治・経済

まけないで3


ブログ友のnanaさんの記事を転記させていただきます。nanaさん一家は、福島第一原子力発電所のお膝元の一つ浪江町から、現在北関東に避難しておられます。この記事は、今、被災者・避難者の方がどんな行政サービスを求めているのかの一斑をよく表していると思い転記させていただくことにした次第。

第二次補正予算もさることながら、予算措置のみならず立法でしか解決できない問題が山積しています。20キロ圏内にある私物を行政が責任をもって所有者に引き渡すための立法。大して科学的根拠のない、被爆許容値を大幅に引き上げる立法、事業所自体が稼動不能になった休職者に失業保険を支給する措置、雇用調整助成金を震災の直接間接の被災事業所にも支給する措置。なにより、義捐金や東京電力からの賠償金を速やかに支給する法的スキームの構築・・・・。正に、立法の課題は目白押し。

而して、そんな山積する課題を毫も意に介さず、国会の会期を延長することなく、政権延命のために通常国会を所定の会期通り6月22日に閉じようと画策している民主党政権からは、最早、人心が離反しており、それは「国民による政府でも国民のための政府」ではない。まして況やそれは、支配の正当性を備えた「国民の政府」などではないのではないか。と、そう私は考えています。そう確信している。

改めてそう確信した発端はnanaさんの「ひとこと」コメントでした。nanaさん一家は、避難所にもいつまでもいられないということで4月末にアパートに引越しされました。「ひとこと」はその新生活に触れたもの。尚、東日本大震災後のnanaさんのこれまでの記事については下記拙稿に自家TBしている転記記事をご参照ください。まずは新生活に入る直前の記事の転記から。

 ・事故を乗り越え福島とともに進む☆原発推進は日本の<天命>である
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60450789.html


まけないで2

RUI-kun



そして、一家離散


避難所もいよいよおしまいとなりました。

もう、既にこどもたちともバラバラになっていますが男性陣は、出稼ぎでいません。
アパートにはいるので
ルイも連れていかれません
一家離散です

(2011/4/30(土) 午前 11:31)


 http://blogs.yahoo.co.jp/nana7pannda8/37967436.html



一時帰宅


始まったようですね
二人まで、になったのは快挙ですが、袋ひとつになにもって来れるんだろう?
帰宅できないよりはましだけど、デモなぁやっぱキツいわぁ

んで、それとは別口に、学校に置いてある、習字道具、リコーダー、ピアニカ、
絵の具類、政府で圏外にひっぱりだしてくれないかしら
それだけでも、子供のいる家庭はかなり助かるんですが

(2011/5/10(火) 午後 6:26)


 http://blogs.yahoo.co.jp/nana7pannda8/38014774.html



そして、その「ひとこと」。


情報が乏しくなりました個人では、収集仕切れません。

ななパンダさん5月10日 05:36    



これに対して質問があったと見えて、
ここに転記させていただいた記事はその質問への回答。


情報が入らない(T^T)


ちょっと聞かれたので、
つまりはこういう事なんです。

避難所にいるうちは、多少遅れても、情報は県、市団体から入るんですよ
(実際、東電のはあちらから来ましたから)

これが、個人だと、自分から申請しなきゃならないみたい?
実際、昨日子供の近況でメールしたら、

町の新情報は一時帰宅の申込が 5月13日~6月12日迄って事位かな?

(@_@)申請しなきゃ、帰れんのか?!

つーか、そんな情報、どーやって、手に入れろってゆうの!
メールしたから判ったなんて、知らない人は、本当に知らんと思うぞ

ネットつなげば簡単だろうけど、収入断ち切られてるいま、
贅沢品扱いだわよ(怒)同じ理由で、新聞もだわよ(泣)
【近隣にも】避難民はいるけれど、市町村が違うので、
細部は微妙に違うのよ(゜Д゜;≡;゜Д゜)


追記

なんかね、県外にでたのは自主避難扱いで、勝手にそっち行ったんでしょみたいな
部分もあるらしいし、地元ふくすまでも個々への対応は追いつかないのもある
と思われます。県内にいても、住まいは散らばってるし、
役所の電話、つながりにくいらしい…問い合わせ、多いんだろうな


(2011/5/10(火) 午後 8:55)    


 http://blogs.yahoo.co.jp/nana7pannda8/38015365.html


この記事につけたKABUのコメント。

これ凄くよくわかります。避難所が情報のメディアであったということが・・・。ネット環境と新聞の件も骨身にしみて分かります。これこそ、少なくとも6ヵ月くらいは無料にすべきですよね。いずれにせよ、福島県とか二本松市に役場ごと退避している浪江町とかに、現在、関東某県に避難している世帯として登録できないのでしょうか。で、登録できれば、少し遅れても必要な情報が郵送されてくるとかはないのでしょうか。

ないんだよな。だってこちらにとって今「必要な情報」「関心のある情報」が何か? なんて、お役所といわず、究極、他者にはわからないですものね。ここんとこどうなんでしょうか?   



nanaさんのレス

一応、かなり遅れて、ではありますが、郵便物はくるんですわ
ロスタイム、関係しない情報はよいんですがね
立ち入り禁止になる情報だって、いきなりだったでしょ~
入っても、良かったのって感じですわ    



まけないで1


蓋し、国を破った民主党政権は可及的速やかに下野せよ。と、この記事を読んで一層痛切に感じました。古代ギリシアにあった「陶片追放」の如き、政権に対する国民のリコール権は認められないものかとも。しかし、それにしても、愛犬のルイ君と離れ離れになるとか、どんな辛い目にあっても他人のせいにすることなく前向きに頑張るnanaさんを始め被災者・避難者の皆さんのことを思うにつけ、現在の民主党政権は最低だけれども、日本は最高の国だ。この国の生まれて良かったとも。そう私は感じています。でも、無能な政権を持つと国民はしんどいですね。

なにより、あちこちで起こっている、一家離散・・・。
正に、「家書万金にあたいする」光景が全国で起きているのですから、とほぉ(杜甫)・・・。


【春望】

国破山河在 城春草木深
感時花濺涙 恨別鳥驚心
烽火連三月 家書抵萬金
・・・

国破れて山河在り 城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺ぎ 別れを恨んで鳥にも心を驚かす
烽火三月に連なり 家書万金に抵る
・・・    



蓋し、しかし、今回の政権交代で日本人が学んだことは将来的には大きい、鴨。
まー、その頃まで日本が日本として存続していればですけれども。すなわち、

・「誰が首相になっても同じさ、どの政党が政権をとっても大差ないよ」では全然ないこと
・反日・半日、保守・リベラルのイデオロギーの違い以前に政権のガバナビリティーの巧拙が重要ということ    


物騒な話になりますけれど、最早、実際、今民主党政権に対してテロが起きても少しも私は不思議とは思いません。ただ、それは逆に民主党政権に対する追い風になる可能性も少なくないだろうから、決起はくれぐれも隠忍自重していただきたいとは思いますけれども。

ふっー、と。ことほど左様に、民主主義とは面倒なものですよね。しかし、とりあえず、その民主主義の制度が消去法的に当座唯一の我々が持ちうる「よりましな」政治のシステムであるとすれば、ここは保守政党の奮起を期待して、次の<風>が吹くまでそれを支援するしかないの、鴨。ならば、万感の思いを込めて一句。

風車、風が吹くまでは昼寝かな(広田弘毅)






б(≧◇≦)ノ ・・・頑張ろう東北!
б(≧◇≦)ノ ・・・君は一人/独りじゃなーい!
б(≧◇≦)ノ ・・・共に闘わん!





(2011年05月14日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : 震災救援・復興
ジャンル : 政治・経済




本稿の表題は、カント『プロレゴーメナ:Prolegomena zu einer jeden künftigen Metaphysik die als Wissenschaft wird auftreten können』の<剽窃>です。それは、しかし、ビッグネームにあやかって自説を権威づけようという、例えば、ビンラディン射殺の合法性の疑義なるものについて、国連のある職員の呟きなり国際法領域のマイナーな主張を持ち出してきて、それがさも世界の常識でもあるかのように装う論者、例えば、ビンラディンを拘束して裁判を受けさせなかったオバマ政権は「国際法違反」か、少なくとも「国際社会の潮流」に反しているかの如く印象づけようとする朝日新聞の模倣ではありません。

原発を全廃するにせよ、原発という、少なくとも、現在の段階では人智を超えた現象とこれからもおそらくあと半世紀近くは人類が添い寝していくしかない現実を踏まえるとき、それが孕んでいるリスクをいかなるものとして人間社会は捉えればよいのか。いわば、原発問題の問題の建て方自体を問うこと。これが本稿の主な関心です。ならば、それは、(人間の認識能力自体に焦点を置く『プロレゴーメナ』とはもちろん異なりますが)問題そのものではなく問題の構図、問への解答ではなく問の建て方を論じた点で『プロレゴーメナ』と一脈通じている、鴨。

書き出しは大仰ですが内容はシンプル。

本当に放射線は人間に有害なのか。もし有害であるとしても、それは年間の被爆積算量が1ミリシーベルトや20ミリシーベルト、あるいは、100ミリシーベルトというレンジであると本当に言えるのか。もし、これらがそう確かではないとするならば、福島第一原子力発電所や浜岡原子力発電所を巡り繰り広げられている現下の原発問題は実は仮象のものではないか。畢竟、健康被害の原因としての放射線のイメージが根底からのこのような疑いを払拭できるほどの科学的根拠を持たないのならば、包括的で最終なものではないにせよ、人類は原発問題に対する、将棋に喩えれば「詰み」ではないにせよ「必死」の手を既に掌中にしているの、鴨。  


すなわち、被爆放射線の許容値を、積算ベースで年間2500ミリシーベルトに国内法で上げればよいだけの話。もちろん、妊婦の方や13歳未満のお子さんは、上野のアメ横の「もってけ、ドロボー!」ではないけれど、気休めも含め、おおまけにまけて年間980ミリシーベルトにする。而して、これでほとんどの現下の「原発問題」は少なくとも社会的な問題ではなくなると思います。


labirints.jpg



では、2500ミリシーベルトなり980ミリシーベルトの根拠は?

ありません。きっぱり。


でもね、それと現在の国際基準(ICRPの基準等)の根拠の科学性とは数学的にはパラレルですよ。これまたきっぱり。だって、臨床データがないのですもの。ならば、放射線と健康被害の間の疫学的因果関係など土台確定することなどできるはずはない。ということで、

放射能には正露丸、あるいは、葛根湯を飲んでいればいいのです。
と、思っていれば大丈夫、鴨。   


と、私はそう確信しています。もちろん気休めですが、放射能の危険性を説く現在の夥しい言説も煎じ詰めれば、(閾値モデル採用の有無にかかわらず)科学方法論的にはこの気休めと大差はない。他方、国際法上(国際行政法上)、日本がICRPの基準とは別の国内基準を設けることはなんら難しいことではない。法律論だけの問題ではなく、日本の唯一の同盟国たるアメリカも、日本の仮想敵国たる支那も、(日本国内に住む自国民の健康被害、というか、彼等が自国政府を訴える事態を睨んで些か頭を抱えるかもしれませんが、)日本が核不拡散条約体制から離脱する前奏曲としてICRP基準を緩和するのでもない限り、特に反対する実益も義理もない。

ならば、民主党政権は、(福島県浜通りの浪江町、双葉町、飯館村の被災者・避難者の方々への今までの対応を見る限り)どーせ、原発問題など真面目に考えてもいないのでしょうから、この方針を即採用してはどうか。なんせ、この施策には予算も時間もとりあえずは一文も一秒もかからないのですから。要は、以下の政令を官報で告知するだけ、

2011年5月8日の母の日の終了をもって、
日本国内、および、日本国籍の船舶内・航空機内における
被爆放射線の年間、積算ベースの許容量を、
以下のように変更するものとする
   
2500ミリシーベルト

但し、妊婦ならびに13歳未満の者については、980ミリシーベルト



尚、私とは立場を180度とは言わないが178度ほど異にしているだろうある論者もこう述べておられる。蛇足ながら、そこには、人智を超える科学技術に仕える<神官>の秘儀としての<専門知>が、最早、主権国家のオフィシャルな統制の枠には収まらなくなってきていること、すなわち、ミシェル・フーコーが予言した「素人を沈黙させる権力としての専門知」が跋扈している現代社会の姿がはからずも浮き彫りになっていると思いました。而して、武田邦彦氏はこう述べておられる。


福島原発事故が起こる前、放射線防護の専門家とマスコミは、次のように言っていた.

1.1年1ミリ以上の被曝は確率的にガンを発生させる、
2.原発からの放射性物質の漏洩は量によらず大変なことである、

ところが、事故が起こると、突然、

1.1年100ミリまで大丈夫である、
2. 柏崎原発事故より20億倍の放射線が漏れても健康に影響がない、

と言い出した。このぐらい大きく変わると、「原発の安全性」も考え直さなければならない。

・・・・・・・・・

(中略)もし、多くの「放射線の専門家」が言ったように「1年100ミリまで安全だ」というなら、私は再び「原発推進派」になることができる。浜岡原発も「危険」から「安全」に変わる. まして、大阪のテレビに良く出ていた医師の言われるように「放射線はあびるほど健康になる」というなら、さらに積極的に原発を進めることができる。

日本のエネルギー問題も無くなるし、これまで何を目的に「安全な原発」を考えてきたかも判らない。原子力の関係者はすべてのことを「1年1ミリ」と「人間は放射線をあびない方が良い」という前提で研究をしてきた。それは原子力の関係者が言ってきたことではない。放射線医学や防護の人から習ってきたことだ。それが逆というなら、まったく異なる世界になる。

・・・・・・・・・

マスコミも同じだ。

NHKは「1年100ミリまで大丈夫」という人をたびたび登場させた。朝日新聞は「人間は100人に30人がガンで死ぬのだから、0.5人が放射線でガンになっても問題ではない」という記事を女性記者が書き、大きく掲載した。

それなら、原発の安全性はまったく変わり、日本の原発は安全になる.でも、これは放射線医学と防御の専門家が決めることであって、私でも電力会社でもない。だから、シッカリして欲しい。

・・・・・・・・・

再度、呼びかけたい.

放射線医学と防御の専門家の皆さん!!
一体、1年1ミリなのですか? 子供が1年20ミリなのですか? 
1年100ミリなのですか? どっちなのですか??

それによって、私たちの判断も生活も180度変わるのです!!
あなた方の判断と発言はそれほど大きな意味を持っているのです!!

すぐ、結論を出してください。「真実」であるかどうかではなく、「事故前の1年1ミリ」と「事故後の1年100ミリ」の差の理由だけでも結構です。それがすべてのスタートですから。

・・・・・・・・・

政府の人へ。

もし、福島の子供が「1年20ミリ」まで安全なら、浜岡原発を止める理由はありません。福島の子供が放射線に強く、静岡の人が放射線に弱いということはありません。誠実な心を持ってしっかりやってください。

(平成23年5月8日 午後2時 執筆)    


・原発論点5 原発の「安全性」を決めるもの
 http://takedanet.com/2011/05/post_e6ad.html


fa4fs.jpg



本稿の背景。それについては、文字通り「恥を知れ!」と言うしかない原発反対派が垂れ流す風評被害、就中、疎開してきた福島県の子供達に対するいじめの続出。そして、ある意味、これら『週刊金曜日』的やグリーンピース的なカルト的原発反対論者の垂れ流す都市伝説的放射能怪談よりも、それが科学の仮面を被っているがゆえに卑劣な原発停止論(否、原発停止論の狐の皮を被った原発廃止論)への義憤があったことを私は隠しません。

原発の是非以前の問題として、福島の避難者の方々の辛苦に便乗して持論の(①代替エネルギー案なき、まして、②更なる、失業率の悪化・地方の衰退・産業の空洞化への具体的施策を欠く)「原発停止論=原発廃止論」を唱えている、グローバル化の昂進著しい時代に日本人として生きているという当事者意識の欠落したこれらリベラル派は醜悪だと思います。

例えば、

・心からの叫び!元原発技術者菊地洋一さん中部電力靜岡支店で訴えた
 http://www.youtube.com/watch?v=gNWVljrvl3o&feature=share

この論者は「浜岡を廃炉にしろとは1度も言った事はない。直下型の東海地震が過ぎ去るまでは止めてほしいと言っている」とおっしゃる。この発言だけでもこの「心からの叫び!」の説得力はゼロでしょう。なぜならば、天文学的とは言わないが地質学的時間で「東海地震が過ぎ去るまで」とは、今日かもしれないが3年後か30年後、稀には130年後かもしれない。而して、ビジネス的にはそんな不確定期間の停止とは「廃炉」に他ならないから。ならば、自説を「廃炉」論ではないというのは、民主党の常套するが如きその場しのぎの言説に他ならない。

蓋し、『純粋理性批判』とそのダイジェスト版としての『プロレゴーメナ』を、カントが上梓したのは、人間の認識能力の限界を明らかにすることによって、人間存在を遥かに超える事態としての<信仰>や<道徳>の独自存在性を基礎づけたいという情念からでした。カントの批判哲学、カントの先験論的哲学(問題自体では必ずしもなく、その問題の問題性、問題の正体を問う哲学)のあたかもオペラの如き形式美の底には、<人間存在>への燃えるような共感と<信仰>への焦がれるような憧憬が脈打っていると思います。

ならば、原発問題においても、「原発は絶対に安全である」とか「放射能は確率論的には線量にかかわらず危険である」等々の、元来、人間がその認識能力からして絶対に言えない類か、あるいは、「人間は必ずいつかは死ぬ」という命題と同様に絶対に正しいがゆえに社会問題の社会的解決においてはほとんど無意味な類の命題を前提にした、原発推進論も原発反対論も、最早、止揚されるべきではないか。と、そう私は考えています。尚、本稿に関しては、下記とそこに自家TBをつけた拙稿を併せてご一読いただければ嬉しいです。


・何が浜岡原発停止だ! 事故を乗り越え福島とともに進む
 ☆原発推進は日本の<天命>である
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60450789.html





(2011年05月8日:yahoo版にアップロード)

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テーマ : ほっとけない原発震災
ジャンル : 政治・経済

あき21


あるブログ友の記事でこの報道に接した時に覚えた憤りを、大袈裟ではなく、私は、生涯忘れないでしょう。東日本大震災の被災地支援に日本が一丸となっている中で、他方、しかし、時間の残酷な流れに抗う術があるはずもなく、震災支援の最初のフェーズ、「救援の段階」に否応なく終止符が打たれつつある現在。よって、多くの悲しみと無力感を被災と非被災地の双方に留めながら、状況は次のフェーズ、すなわち、「復旧→復興の段階」に移行しつつある現在。時の政権が災害復興よりも政権維持を優先して憚らなかったことを。

以下、そのブログ友、出雲守護さんの記事の転記。


aki27



非国民の生活が第一! -災害復興よりも政権維持の方が大事と逃亡-


◎首相が姑息な延命策 6・22閉会を画策 与野党の不信ますます

政府・民主党は2日、平成23年度第1次補正予算の成立を受け、6月22日までの通常国会の会期を延長せず、東日本大震災の本格的な復興策を盛り込む平成23年度第2次補正予算案を次期臨時国会に先送りする方向で調整に入った。狙いは衆院での内閣不信任案可決による「菅降ろし」のシナリオの封印にある。震災復興よりも自らの延命を優先させる菅直人首相の姑息な手法に与野党の不信はますます強まる公算が大きい。

2次補正の先送り方針は複数の民主党幹部が明らかにした。執行部の一人は「2次補正の編成が終わるのは7月になる。通常国会は延長せずお盆明けの8月中旬に臨時国会を開く」と打ち明けた。理由として、復興構想会議が6月末をめどに第1次提言を取りまとめる上、社会保障と税の一体改革の政府・与党案も6月中の取りまとめを目指しており、2次補正の編成作業などに時間がかかることを挙げた。

この方針を裏付けるように、岡田克也幹事長は2日の記者会見で2次補正の提出時期について「現時点では何も決まっていない」と言葉を濁した。野田佳彦財務相も参院予算委で「復興構想会議の青写真を踏まえ、なるべく早く提出したいが確たることは言えない」と明言を避けた。

だが、復興構想会議の提言などは言い訳にすぎない。1次補正で国債を発行せず基礎年金の国庫負担2分の1を維持するための「埋蔵金」2兆4897億円を充てたことにこそ、首相の“真意”を読み解くヒントがある。

「あえて年金財源に穴を開けたのは税制抜本改革を推し進める踏み絵にするためなのか。政権運営を優先させる姑息な対応は震災に乗じた火事場泥棒だ!」

2日の参院予算委で、公明党の石川博崇氏は政府の対応をこうなじった。2次補正の財源問題と一体改革を結びつけることで野党を協議に引き込もうという意図が透けてみえたからだ。そもそも自民、公明両党が1次補正への賛成に転じた契機は、民主党が29日に子ども手当などマニフェスト(政権公約)の見直しに着手することで3党合意に応じたからだ。ところが、これが罠だった。合意文には年金財源の欠損に関し「2次補正予算案編成の際、見直しも含め検討する」との文言が練り込まれていた。つまり2次補正の財源に関する与野党協議は「合意済み」とも読み取れるのだ。

首相はもともと、今国会を大幅延長し、2次補正まで成立させる算段だった。10兆円規模の復興策をちらつかせれば自公両党は与野党協議のテーブルにつくと考えたからだ。ところが、東京電力福島第1原発事故対応での迷走を受け、自公両党で「2次補正編成は『菅抜き』が前提」との声が高まった。

「このままでは連休明けにも退陣を迫られかねない」。そう考えた首相は、2次補正を先送りし、財源に関する与野党協議で時間稼ぎを画策した。その最中に国会を閉じてしまえば内閣不信任案を回避できると考えたわけだ。だが、この姑息さが野党の反発を強めた。

「政府が責任を果たさないまま会期を終え、2次補正を出さないことは許されない。会期中に出すかが一つの試金石になる」

国会閉会シナリオを知った公明党の山口那津男代表は2日、記者団を前に語気を強めた。自民党の衛藤晟一参院議員は参院本会議で首相にこう迫った。「あなたは復興にとり有害無益だ。一刻も早く退場してもらいたい。首相退陣が復興の第一歩だ!」

(産経新聞・2011.5.3 00:47)  



やってくれましたな。産経の記事に同調するわけではないが、この恥知らずで姑息な政権延命は現在の我が国のおかれた状況を放置し、被災者に座して死を待てと言わんばかりのものであると言えよう。しかし、この動きは別の見方をすれば、民主党が更なる自滅の道を進んでいると受け取ることもできる。

国民の生活が第一とスローガンを掲げて、いざ災害に際して、自身の延命がために国民生活を破綻させ、被災地の復興を妨害し、さらには我が国経済を混沌へと導いたこの落とし前、高くつくことでしょう。

而して、今回の政権側の行動はまさに「自民よりマシ」というお題目を引っくり返させる原動力となるのは間違いなく、ただでさえ、「詐欺フェスト」「非国民の生活が第一」【日本に敵対する特定アジア諸国の外国人や、それらとあるいは共闘し、あるいは日本国家社会に寄生する反日の左翼リベラル分子の生活が最優先】と叫ばれている民主党に大きなダメージ、普通に考えれば修復不能なダメージを与えたといえる。

もっとも、我が国の真っ当な政治センスを持つ臣民/国民は最初から悪逆非道なる民主党など選択するなどありえないわけであるが、真っ当でない政治的愚民どもがこの惨状を以ってしても「自民よりマシ」などと言うのであるならば、我が国は一度デモクラシーを廃して、王政復古した方がいいだろう。   


・転記ブログ記事URL
 http://blogs.yahoo.co.jp/romantic_of_taisho/51693170.html


あき24



実は、「民主党政権ならあるいはそうするのかもしらん」と考えなくもなかった。しかし、その予測が現実になったと知ったときには唖然としてしまいました。而して、民主党に政権を与えた、民主党支持の有権者・国民においても、

この惨状を以ってしても「自民よりマシ」などと言うのであるならば、
我が国は一度デモクラシーを廃して、王政復古した方がいいだろう


という、出雲守護さんの単刀直入な主張に私も共感せざるを得ません。もっとも、社会思想の理路からは(厳密に言えば、「全体としての国民=ナシオンとしての国民」の政治的意向と主権者としての権威を、現実政治において誰が代表するのかという論点を経由してではありますが)、政治制度の再編としての「王制復古」自体は現行の日本国憲法においても満更不可能ではない。要は、そのために特に現行憲法の改正はマストではないのですけれども。閑話休題。


あき22


いずれにせよ、東日本大震災支援の「救援段階」と「復旧→復興の段階」の狭間で、震災支援を巡っては被災地にも非被災地にも喫緊の課題が山積している。而して、それらの課題の多くは、補正予算編成による予算措置を始め、広義&狭義の立法措置がその解決のために不可避なことも間違いないでしょう。

私は、スタンドプレーよろしく、首相や閣僚、あるいは、与党の幹部に、被災地に行って、被災地住民やボランティアと一緒に、例えば、「瓦礫の撤去に汗を流せ」などとは言わない。彼等には、閣僚や国会議員としての役割があるのだから。而して、「首相や閣僚、あるいは、国会議員としての役割をきちんと果たせ」と、私は彼等に言いたいのです。

実際、マスメディアはこう報じています。

◎ボランティア各所で受け入れ制限 東北3県「供給過剰」

東日本大震災で被害が大きかった岩手、宮城、福島3県の「災害ボランティアセンター」計65カ所のうち約86%に当たる56カ所が、対象を地元の住民に限るなど受け入れ制限をしていることが26日、共同通信のまとめで分かった。

一部のセンターは「ボランティアは供給過剰。新たに宿泊先を確保するのも難しい状態」と説明する。被災地の一部道路では渋滞が発生しており、ゴールデンウイークを控え、「交通事情を含めて混乱を招きかねない」として新たに制限を設けたセンターもある。・・・

(共同通信・2011.4.26 08:47)
    


◎ボランティア団体、援助物資のミスマッチ解消狙う

東日本大震災の被災者向け援助物資のミスマッチを改善しようと、宮城県南三陸町で活動するボランティア団体が必要な物資の個数が分かるウェブサイトを立ち上げた。南三陸町の被災者にアンケートを実施し、必要な物品について個数を含めてウェブに掲載。寄付があった分だけ個数が減る仕組み。震災後、車いす10台の提供を呼び掛けた際、30台以上が届いたことがあり、「善意を無駄にしたくない」とウェブ制作を思い付いた。

(産経新聞・2011.5.2 07:45)   



蓋し、岩手・宮城・福島の三県、否、青森・茨城・千葉を含む被災六県を縦断・横断する、人・物・金・情報を被災六県間や被災地と非被災地域の間で効率的に流通させること。

例えば、「どの寄付受付団体/支援物資仲介グループが信用がおけますか」「栃木県北部か秋田県南部に、小型犬のトイプードルと中型犬の甲斐犬、そのペットの犬達と一緒に家族8人で2ヵ月ほど身を寄せられる避難所はありますか」等の情報を都道府県を跨いで流通させること。かつ、その情報流通の過程で惹起すると覚悟しておくべき、プライバシー侵害、各種ハラスメント、窃盗・横領・背任、暴行・傷害・性犯罪等々をより少ない人権制約とより高いコストパフォーマンスでミニマムに抑え込むには、国の立法措置が死活的に重要ではないでしょうか。

あるいは、仮設住宅用地の確保、見做し仮設住宅を巡る法律関係の確定、そして、(従業員と家族、資材と機材、資金と取引先を一度に失った地元の工務店・インフラ関係事業者にこそ仮設住宅建設とインフラ復旧の仕事を優先的に廻すべきだということ。誰も否定しないだろう)この方針と、より多くのより快適な仮設住宅をより早く建設すること(要は、非被災地の無傷の業者に発注すること)との間のトレードオフ関係の解消。蓋し、これらの具現には国の新たな立法措置による利害調整と信用供与が不可欠ではないでしょうか。

要は、国の方針が定まらないから、どの県や市町村も(私権の制約や現行の平時の行政規則の逸脱が不可避な)効率的で妥当な震災対応ができない。これが、日本全体の現状ではないかと思います。

いつの現状?

時の政権が震災復興よりもその政権の延命を優先していることが露呈した、
2011年5月の初めの現状。

而して、通常国会の会期を延長しないなどは到底あってはならないことだ。そう私は考えます。尚、民主党政権は、危機管理スキルのみならず、土台、被災者・避難者の権利と尊厳を護る意志を欠いているのではないか。この点に関しては下記拙稿をご参照ください。就中、『東日本大震災被災者詩集』は、東日本大震災で、地震・津波・原発のトリプルパンチを受けた、福島県浪江町のブログ友nanaさんの転載記事。

あき25

蓋し、お子さんの学校のこと、仕事のこと、家のこと、地域コミュニティの再建が可能かどうかの不安・・・。そしてなにより、被災の種類と程度のバラツキ、あるいは、(資産や扶養家族の人数や、本人の年齢等々)個人の境遇の非対称性の残酷なほど赤裸々な露呈。要は、普通名詞の「被災者」や「被災地」などはこの世に存在せず、存在するのは現前の目も眩まんばかりの多様性に彩られた固有名詞の個々の被災者や被災地でしかないということ。

而して、災害復興に向けて、同じ避難者や被災地というカテゴリーではくくれない様々な「利害」や「感情」のすれちがいが<被災者>や<避難者>の間にあること。まして、東京や横浜の小奇麗なワンルームマンションから「善意」で駆けつけてきたボランティアの組織や非被災地の行政組織にはそれらを調整周旋するスキルも能力もリーダーシップも意志も、否、そうしなければという発想さえ欠いていること。逆に、被災地の行政組織にはそんな細やかな作業を行なう余裕は到底ないこと。これらのことが記事転載の作業の過程でひしひしと伝わって来ました。

ならばこそ、政府こそがリーダーシップを取らなければならない、とも。そして、日本が法治国家である限り、政府のリーダーシップとは立法的措置と予算的措置の連打以外にはありえない。畢竟、もし、民主党政権が今期の通常国会の会期の延長を拒むとすれば、大仰な言い方ではなく、その時民主党政権は、最早、国民世論の支持を失うことを自ら選択したのである。畢竟、その場合、民主党政権は自らがテロやクーデターの標的になることを甘受したものと言える。と、そう私は考えます。


・東日本大震災被災者詩集☆最終回-ひっこします
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60417281.html

・東日本大震災被災者詩集☆温度差が埋まらない
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60412234.html

・東日本大震災被災者詩集☆いま、茨城県にいます
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60394895.html


・東日本大震災後の<風景>☆野菜と放射能と行政の脳死状態と
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60399054.html

・東日本大震災後の日本☆平成の「米騒動」は深く静かに浸透する
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60370361.html 

・東日本大震災、被災者支援は「善意」ではない
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60369985.html



あき23



(2011年05月03日:yahoo版にアップロード)

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ねこぱんちs


東日本大震災に対する時の民主党政権の対応の凄まじい拙劣さが露になったこともあってか、「非常事態条項-非常時大権」を欠く現行憲法改正の必要性が一部で唱えられているそうです。他方、この「非常事態条項-非常時大権」に関しては、有事法制の整備の際と同様、それは「国家権力による国民の権利侵害のための橋頭堡、人権蹂躙を帰結する<蟻の一穴>になりかねず容認できない」というリベラル派の意見も散見される。

報道はこう伝えています。

◎超党派議連「現行憲法の欠陥明らかに」-震災関連の非常事態条項の規定なし

超党派の国会議員でつくる「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根康弘元首相)は28日、東京・永田町の憲政記念館で「新しい憲法を制定する推進大会」を開いた。民主党の鳩山由紀夫前首相ら与野党の国会議員や経済団体の代表ら約1200人が出席し、東日本大震災への対応に際し、「(非常事態条項がないなど)現行憲法の欠陥が明らかになった」とする大会決議を採択した。・・・大会には、国民新党の亀井静香代表、たちあがれ日本の平沼赳夫代表のほか、公明党とみんなの党からも代表者が出席した。

(産経新聞・4月28日(木)23時23分配信)   

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110428-00000660-san-pol


憲法改正、就中、

(イ)憲法9条を焦点とする安全保障体制の憲法的整備

(ロ)参議院の廃止や権限の縮小等々、①大衆民主主義社会における福祉国家というこの国の現状を踏まえ、かつ、②グローバル化の潮流の烈しさいやます現下の人類史の状況を鑑み、それらに拮抗し得る統治機構制度の再構築

(ハ)皇孫統べる豊葦原之瑞穂国という我が国の社会統合イデオロギーの明確化

(ニ)①伝統の尊重、②左右の教条主義の否定、③(もし、「改革」が必要であるとしても)漸進主義的な社会改革と地方再生、④「文化帝国主義=西欧中心主義」の忌避と、十羽一絡げ的な排外主義の否定、⑤自己責任の原則の称揚という保守主義の明確化
    

これらを内容とする現行憲法典の速やかな改正を支持する私としては、上に引用した報道が伝える動きはもちろん一見好ましいものではあります。けれども、結論から先に言えば、保守主義を基盤とする私の憲法論からは、非常事態条項を設ける憲法改正には反対はしないまでも積極的に賛成することもできない。少なくとも、非常事態条項の不在が現行の日本国憲法の不備とは言えない。なぜならば、

例えば()東日本大震災における民主党政権の機能不全の原因は民主党の能力不足に収斂するのであって憲法の規定とは無関係であること

蓋し、()本当の非常時には非常事態条項さえも誰も遵守できるはずもなく、要は、非常事態条項はあってもなくても国家権力のパフォーマンスにそう大きな影響を与えるものではないこと

実際、()諸国の憲法典を紐解いても、非常事態条項を形式的意味の憲法たる憲法典に書き込むか否かは、その国民の趣味の問題であるか、(例えば、冷戦期間中、西側の最前線にあったドイツでは、その憲法、ドイツ基本法に詳細な非常事態条項規定が置かれることになったことからも容易に推測できるように)その国のおかれた歴史的に特殊な要因によるものと考えるべきこと、ならば、非常事態条項がなくてもあってもそう現実政治に本質的な影響を及ぼさないのならば(本当の緊急時に国家権力の合理的行動を制約しかねない)そのような条項はない方が憲法典の立ち姿としてはよりエレガントかもしれないこと

而して、()そのような、あってもなくてもよい非常事態条項に期待される役割は、むしろ、(一方の極では、長年の伝統の中で確立された憲法慣習であり、他の極では、危機が惹起しているその瞬間に主権者たる国民が国家権力の所在とその運用ルールとはいかにあるべきものと理解しているかということ、すなわち、社会学的に観察可能で、また、現象学的にもそこに間主観性が確認可能な)現存在としての国民の「法意識-法的確信」に委ねられるしかないこと。畢竟、そのような国家の危機に際しての緊急時の国制のあり方は、国民の「法意識-法的確信」の規範的表現でもある実質的な意味の憲法に任せられるべきこと  

これらを鑑みるに、私には非常事態条項の不在を現行の日本国憲法の欠陥とは考えられないのです(尚、「実質的意味の憲法」または「形式的意味の憲法」を包摂する「憲法」という言葉の意味については下記の註、および、下記拙稿をご参照ください)。

★註:憲法の意味

機能論的に観察された場合、ある国内法体系の内部においては、あらゆる下位の法規にその法的効力を付与し、他方、下位法規の内容に指針を与え制約するという、最高の授権規範であり、かつ、最高の制限規範である「憲法」は、それが存在する規範形式に着目する場合、

(イ)形式的意味の憲法:『日本国憲法』とか "The Constitution of the United States of America" のように「憲法」という文字が法律の標題に含まれている憲法典。および、(ロ)実質的意味の憲法:「憲法」という文字が名称に含まれているかどうかは問わず、国家権力の所在ならびに正統性と正当性の根拠、権力行使のルール、すなわち、国家機関の責務と権限の範囲、ならびに、国民の権利と義務(あるいは臣民の分限)を定めるルールの両者によって構成されています。

すなわち、「憲法」とは、()法典としての「憲法典」に限定されるものではなく、()憲法の概念、()憲法の本性、そして、()憲法慣習によって構成されている。而して、()~()ともに「歴史的-論理的」な認識の編み物であり、その具体的内容は最終的には、今生きてある現存在としての国民の法意識(「何が法であるか」に関する国民の法的確信)が動態的に確定するもの。よって、それらは単にある諸個人がその願望を吐露したものではなく、社会学的観察と現象学的理解により記述可能な経験的で間主観的な規範体系なのです。もし、そうでなければ、ある個人の願望にすぎないものが他者に対して法的効力を帯びることなどあるはずもないでしょうから。     


・憲法とは何か? 古事記と藤原京と憲法 (上)~(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59308240.html

・憲法における「法の支配」の意味と意義
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60191772.html

・中川八洋「国民主権」批判論の検討(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60044583.html


cat7


畢竟、「非常事態条項-非常時大権」とは何か。要は、「大権」とは「平時の正規の立法機関、日本で言えば国会の承認なしに、軍隊の指揮権の移行、あるいは、予算・条約を含む法規を制定する権限」を定めた憲法の規定という意味にすぎない。ならば、今回の大震災で惹起した政治の機能不全と、例えば、スウェーデン憲法、インド憲法、ブラジル憲法、ドイツ基本法、あるいは、ロシア憲法(88条)、ポーランド憲法(228条乃至234条)等々が定める非常事態とはどこまでも無関係なのです。なぜならば、今回の大震災では、国会が機能しなかったわけではなく、機能しなかったのは民主党政権だけなのですから。それらの諸国の憲法は非常事態をこう定めています。

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そして、おそらく、この件に関して最も詳細な条項を備えたドイツ基本法にはこう記されている。

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諸外国の憲法の中には、アメリカ合衆国憲法やフランス憲法等々、上記の如き明確かつ詳細な非常事態条項を欠く憲法も少なくありません。否、現行憲法の「衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる」「前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであつて、次の国会開会の後10日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ」(54条2項及び3項)という規定は、旧憲法の「天皇ハ戒厳ヲ宣告ス」「戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム」(14条)やフランス憲法の「戒厳は閣議により定められる」(36条)、そして、アメリカ合衆国憲法の「大統領は非常の場合には、両議院またはその一院を召集することができる・・・」(2条3節)と同様に、広い意味では非常事態条項と言えなくもないと私は考えます。閑話休題。


cat6


而して、東日本大震災において露呈した民主党政権のシャビーな統治スキルとは一応別個に、純粋な憲法の立法論として非常事態条項を憲法典に設ける必要があるかどうか/設けた方が良いかどうかは、再々になりますけれども、その濫用の危険性等のむしろマイナーなファクターとは無関係に、その国がおかれた歴史的や国際政治における条件、そして、国民の趣味や美意識の問題に帰結する。

なぜならば、非常事態条項の意義とは、逆に言えば、非常事態においてさえも侵害されることのない最低限の人権と立憲主義的制度の聖別宣言であり、どの国であれ、本当の非常事態にはその非常事態条項さえも守ることが困難であることを想起すれば、非常事態条項の濫用の危険性などは非常事態条項の是非を決めるものではない。すなわち、(そのような規定を備えた憲法を頂くドイツの場合であれ、そうではない日本の場合であれ)非常事態条項さえも国家権力が遵守できない非常時において、ときの国家権力の行為の憲法論的な当不当の評価を分かつものは、書かれざる実質的意味の憲法と、全体としての憲法体系に法的の効力を与える、現存在としての国民の間主観的な法意識以外には考えられないからです。

ならば、例えば、東日本大震災における、

(a)震災直後の被災地への物流の麻痺、(b)不公平感と不信感だけ残した無計画な計画停電、(c)家族同然の多くの牛さんや馬さん、また、家族の一員たる多くのペットを餓死せしめた避難指示の残酷なお粗末さ、そして何より、(d)保安院自体は(自分たちは放射線の数値の高さを知っているがゆえにか)、大震災の2日後には福島第一原子力発電所から50数キロも離れた、しかも、風上の郡山市に退避しておきながら、無意味かつ意味不明な屋内退避勧告なるものを1ヵ月近く出し続け、他方、「数日で戻れますから。福島第一原発が落ち着くまでの期間ですから。とりあえず大急ぎで避難してください」等々、浪江町や双葉町を始め福島県浜通りの多くの人々を騙し打ちの如く、その生活と生計の拠点から引き離し放置した民主党政権の拙劣な対応、等々。


少なくとも、これらの民主党政権の拙劣なパフォーマンスは、現行憲法の不備が原因ではなく(更に言えば、形式的意味の憲法自体の限界でさえもなく)、「政治主導」という無内容なスローガンを信奉するあまりだったのでしょうか、単に、物流にせよ原発の危機管理にせよ、各官庁に蓄積されてきた大震災時の対応マニュアルを無視して、行政組織の能力を十全に使えなかった民主党政権の能力不足に起因する。と、そう私は考えます。


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(2011年05月1日:yahoo版にアップロード)

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