本書、青柳碧人『国語、数学、理科、誘拐』(文藝春秋・2013年7月)は学習塾を舞台にしたライトノベル。著者の塾講師としての7年を超える実体験が燻し銀の味を出しているミステリー。而して、けれども、ある意味では「ライト」とは言えないノベル、鴨。本書の帯にはこうありました。

勉強すると、人に優しくできるんだって。←ここ重要!

進学塾に通う小学6年の女子が誘拐された。
犯人の要求は、なんと身代金5千円!
しかもすべて1円玉で用意せよ、って・・・・。
5人の講師は、少女を、塾を、救えるのか!?

読むと勉強したくなるよ☆



これ以上書くとネタバレ危険水域に途端に入りそうなので、後の紹介は割愛。でも、書評書いてるくらいだから本書『国語、数学、理科、誘拐』に対する私の評価は低くはありません。けれども、「皆さんにお薦めしますか」と聞かれれば、些か微妙だったりもします。

なぜか、

第一に、本書は、<学習塾>という制度や文化やその社会的機能に土地勘のある読者--塾経営者・学生アルバイトにせよ塾講師、もしくは、塾の生徒とその保護者の皆さん、または、それらの<立場>を最近経験した皆さん--以外の読者にとっては、テクスト中に頻出する「国語、数学、理科、社会と英語のプチクイズや小話」はかなりウザイものだろうから、多分。

第二に、本書の核心はずばり「勉強すると、人に優しくできるんだって」という命題なのだと思うのですけれど、この命題を<学習塾>に土地勘が乏しい読者が追体験/反芻するには、本書の物語の端緒と言える(←わぁー! ネタバレ警報発令!)中学受験に向かい合う小学生の女の子の心性という<窓>はかなり特殊で狭いものだろうから、多分。

要は、本書は二重の意味で「ライトなノベル」とは言えない(★)。けれども、逆に言えば、これらの障壁を乗り越える土地勘、もしくは、覚悟や余裕をお持ちの読者にとって本書は、「知識と意識」もしくは「情報と行動」を巡る地に足のついた見通し、すなわち、「勉強すると、人に優しくできる」という真理を体得する上で好個の一書なの、鴨です。


img_71666_62086749_1.jpg


いずれにせよ、現在の<学習塾>は、例えば、公文式やZ会、そして、東進ハイスクールに代表されるカリキュラムのモジュール化と構造化の促進、加えて、例えば、河合塾に代表される大手予備校による地方の<学習塾>の系列化、あるいは、東進衛星予備校の全国展開を受けてその役割の見直し自体を迫るビジネスの構造的変化の荒波を乗り越えてきました。

▽カリキュラムのモジュール化と構造化の例
・目的語としての名詞節を導く接続詞のthat
・関係代名詞that
 ↓
・先行する名詞と同格の名詞節を導く接続詞のthat

・整式の展開
・整式の因数分解
・「因数分解」の定義、「多項式を幾つかの整式の積の形式で表現すること」の体得
 ↓
・因数定理

要は、学習内容を、「目的語としての名詞節を導く接続詞のthat」「関係代名詞that」「同格の名詞節を導く接続詞のthat」や「整式の展開」「整式の因数分解」「因数分解の定義」「因数定理」といった諸項目に分類してモジュール化すること、そして、それらの習熟度について、「↓」以前の項目が理解できていない場合、「↓」以後の項目の理解は極めて難しいと考え、カリキュラムの配列を工夫することがここで私が述べている「モジュール化と構造化」ということです。閑話休題。



最高水準の教材コンテンツ、ならびに、全国をカバーするあるいは米英をもカバーする最新かつ詳細な進学情報が極一部の大手予備校や名門塾、カリスマ講師の名人芸的の秘伝や秘儀ではなくなり、全国津々浦々にまで普及し一般化してきた中で、逆に、<学習塾>は単なる学力増進プロパーのための制度、あるいは、体のよい中高生用の託児所ではなくなった。

すなわち、現在の<学習塾>は、(a)学習習慣とその学習習慣と親和的な生活態度の涵養、(b)性格と適性の教育心理学の見地からの判定を踏まえた進路イメージの提供、(c)努力の量と努力の方法のコーチングといったカウンセリング機関に変化してきている。そう私は考えます。そんなここ15年程の学習塾業界とそれを取り巻くこの社会の変遷を、一応、プロとして見続けてきた目には、本書に登場する学習塾、JSS進学塾とその学生講師、および、経営者の方のペルソナはかなりリアルなものに感じられました。

よって、世知辛い話ながら「期待値」の大きさを考えれば、私は本書をすべての皆様にお薦めはしませんが、<学習塾>に土地勘のある方々、加えて、「期待値の運試し」も一興という遊び心のある向きには本書のご一読を提案します。蓋し、御洒落でプチ知的な暇潰しではなく、有用な人生の智慧の獲得を賭けた「期待値」の大きさでは、同著者のベストセラー『浜村渚の計算ノート』(講談社・2009年7月~)よりも優れていると思いますから。

尚、蛇足ながら申し添えておけば、学習塾といい、予備校といい、ある地域でそれなりの名声を誇ったほどの民間学習指導機関であるならば、それらは(例えば、福岡県大牟田市に存在した、小宮塾や小宮補習会などは)まず間違いなく、明治・大正の昔から、おそらく、秀逸なカウンセリング機関でもあったのだと思います。而して、学習塾とそれを取り巻くビジネス環境の「構造的変化」として上に述べたことは、そのカウンセリング機関としての機能が自覚され、かつ、その分野での力量と成果の差が塾経営に直結するようになっただけのことと言うべきなの、鴨です。

・衛星放送型通信教育☆サテライトの思想的可能性
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11181538604.html

・ピグライフは勝れものの「マネージメントスキル開発ツール」かも(上)~(下)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11421300439.html


img_71666_62086749_2.jpg


★註:ライトノベル(light novel)の意味
ネット上の情報を探索するに、この和製英語「ライトノベル」の意味については、結局、「ライトノベルとは世間で「ライトノベル系の出版社やレーベルと看做されている出版媒体から出されている作品群」と言うしかなく、それは定義できない」というのが結論らしい。この「定義できない言葉」という事象自体、実は、哲学的には大変興味深い事柄。しかし、その事態の検討は別稿に譲るとして、ここでは、本書『国語、数学、理科、誘拐』の内容をもう一歩深く理解するために「ライトノベル」という言葉に憑依する周辺的意味内容をアトランダムに記しておくことにします。

▼ライトノベルの定義-ネット上で確認できる作業仮説
・中高生や若年層向けの(尚、読者層は近年30代後半にまで広がっている)
・挿絵が随所に入り、表紙がアニメ絵の萌え系の美少女などであることが多い
・キャラクターが作中で主要な役割を果たす
・価格も500~600円程度の
・文庫や新書形式の小説

蓋し、ヒルベルトが「椅子・机、および、ビールジョッキのようなものを、点・線、および、平面と呼んだとしても幾何学の体系にはそう大きな変化は生じない」と述べたように、「ライトノベルをどのような意味で用いようともライトノベルを含む小説群が形成する作品世界にはそう大きな変化はない」の、鴨。畢竟、「ライトノベル」の意味は「ライトノベル」という言葉を巡る人々の言語ゲームの中に遂行論的に観察・抽出される傾向性でしかないの、鴨です。

いずれにせよ、(ⅰ)ライトノベルではない小説が、①作中人物の心理描写や人格・世界観の変遷の描写、②作品舞台の<社会>を覆うエートスとその変遷、③作品舞台の時代的な変遷とその時代の変遷に左右される作中人物の素描といったものに比較的大きな比重を割いて、それらを螺旋状という意味で曲線的や立体的に言及するのに対して、(ⅱ)ライトノベルは①②③よりは、④ある事件や謎の解明を、⑤作中人物を読者の代理人(≒アバター?)に見立てて直線的かつ不遡及という意味で線形的に言及するテクストと言えるでしょうか。

而して、⑥ライトノベルではない小説の主人公は「ペルソナ」(外界に適応するために演じられる、社会的かつ表面的な人格)であるのに対して、ライトノベルの主人公は文字通り「キャラクター」(外見的な特質や特性)と整理できる、鴨。蛇足ながら、ライトノベルにおけるこのキャラクターの多用と重用は--歌舞伎に比べて狂言が「太郎冠者」の如きキャラクターが果たす比重が高いのとパラレルに--①②③、および、④⑤から演繹される性質と言えるかもしれません。


而して、(ⅲ)⑦ライトノベルが①②③に比較的低い比重しか置かないがゆえに、多くのライトノベルでは、読者に既知の状況が作品舞台に選ばれることになり(それは一方では、バイト先での恋愛模様や高校の部活などであり、他方、殺人事件や誘拐事件などの両極に分かれることになるのでしょうか)、逆に言えば、⑧読書の楽しさの一つは間違いなく「未知のことを知ること」である以上--⑦と矛盾しない範囲で--、現代数学や現代哲学、考古学や人類学といった様々のプチ専門知が好んでライトノベルでは取り上げられることになるの、鴨。

例えば、マネジメント論や教育制度論を学園物語に取り入れた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海、ダイヤモンド社・2009年12月)、および、『都立水商!』(室積光、小学館・2001年11月)、あるいは、料理を切り口に大正時代の(ライトノベルとしては)精緻といってよい時代考証を踏まえた、神楽坂淳『大正野球娘。』『大正野球娘。-土と埃にまみれます』『帝都たこ焼き娘。大正野球娘。3』『大正野球娘。4』(トクマ・ノベルズedge・2007年4月~2010年6月)を読み返すときそう私は考えます。


・書評と作品舞台探訪:もし高校野球の女子マネージャーが
 ドラッカーの「マネジメント」を読んだら
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11156812787.html

・書評☆都立水商!
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11140899581.html

ならば、このようなライトノベル理解からは、原初的なライトノベルと言うべきはミス・マープルシリーズに代表されるアガサ・クリスティーDBEの諸作品であり、お嬢様刑事とお坊ちゃま警部が活躍する『謎解きはディナーのあとで』、あるいは、貧乏探偵とその弟子のフリーター、そして、お茶目な美人ビルオーナーが登場する「烏賊川市シリーズ」といった東川篤哉さんの作品はライトノベルの王道(笑)を行くものと言える、鴨。

いずれにせよ、本書『国語、数学、理科、誘拐』も、同著者の作品で私達のお気に入りの--大学のサークルの生態とサークル内の人間関係のありさまを背景にした--『ヘンたて-幹館大学ヘンな建物研究会』(早川書房 ・2012年6月~2013年2月)と同様、上記①~⑧のすべてを踏まえた、ライトノベルの典型的な一書、<ライトノベル>の理念型なのかもしれません。

しかし、

しかし、

けれども、本編冒頭に記したように、本書はライトノベルプロパーの水域を些か越境したプチヘビーノベルでもある。要は、読者を選ぶ一書、鴨。よって、再々になりますけれども、私は、学習塾に土地勘のある方、そして、怖いもの読みたさの時間に余裕のある向きに限定して本書をお薦めしたい。ただ、それらの皆様には、かなり、熱烈に推薦したいと思っていますけれども。


ヽ(^o^)丿


img_71666_62086749_3.jpg



スポンサーサイト

テーマ : 保守主義
ジャンル : 政治・経済





上は、先日、現在では東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』(小学館:2010年~2012年)の作品舞台として有名になった東京都国立市エリアにも程近い、そして、日本の政治史上で「最低の首相」菅直人氏の選挙区でもある東京都下は武蔵野市の公園で見かけた注意書きです。

ちなみに、日本の政治史上で「最悪の首相」は鳩山由紀夫氏であるという認識にはそう異論はないと思いますけれども、いずれにせよ、「最低の首相」の選挙区の風景だからといって普通はこのような画像を弊ブログではアップしません。なぜならば、弊ブログは(これでも!)差別排外主義的や下品な画像や言説はつとめて取り上げない方針だから。そうなのですが、この注意書きにはなにがしか考えさせられました。


ポイントは「urinate」(←意味は各自でお調べください!)は自動詞であり、要は、この注意書きのメッセージ「Please do not urinate in this area」は、注意書きの絵を見るに、文法的には、その飼い主さんにではなくワンちゃんに直接向けられたものということ。而して、この注意書きを見て考えさせられたこととは、「ワンちゃんに英語が理解できるのだろうか」、流石に、国際化の進む東京都下の中央線沿線エリア(日本の「反日リベラルの巣窟」の一つとも言う。)では、日本語はともかく、ワンちゃんでさえ英語を理解できるのだろうかということ。

111_20130923092101f69.jpg


と、冗談は終了。というか、この反日リベラルの巣窟エリアでは、英語はもとより日本語の能力さえ怪しいのに、なぜか、韓国語や北京語を小学生の頃から「補助教材」という形式にせよ、公立学校の反日リベラルの教師から教えられた経験を持つ児童生徒も少なくないことは、(それらの児童生徒の「駆け込み寺」である、要は、あまりに低い自分の子供達の学力に驚愕した家庭が主要なマーケットである、とある吉祥寺に本部を置く、某予備校で英語教材開発の総責任者を務めていた)私の実体験からも断言できるのですけれど、まー、おそらく、東京都下の(中野区・杉並区・三鷹市・武蔵野市・小金井市・国分寺市・国立市といった、立川市以東の)中央線沿線エリアでもワンちゃんが英語を理解することはないでしょう。

而して、本稿の主題は、「韓国に対して国際法にのっとった合理的な日韓関係の再構築を求める」ような言説は--支那に対して、例えば、「戦略的互恵関係の再構築を呼びかける」ような言説とも違って--畢竟、冒頭の画像のように「ワンちゃんに向けて要求・提案する」言説とあまり変わらないのではないかということです。要は、支那は「日本の要求や提案の言説を受け入れる気などさらさらないにせよ、日本が発信する言説を理解することは可能」であるのに対して、韓国は、土台、「日本が発信する言説を理解する<言語能力>自体を欠いている」の、鴨。と、この武蔵野市の某公園の注意書きを目にしたときにそう私は感じたということです。


112_20130923092102f60.jpg


いずれにせよ、例えば、所謂「従軍慰安婦」なるものを巡る韓国の主張、あるいは、韓国の裁判所が、日本企業に対して戦前戦中の「強制徴用被害者」なるものに対する賠償を命じたこと、更には、同じく韓国の裁判所が対馬の寺院から盗まれた仏像の日本への返還を差し止める仮処分を行った件、もしくは、靖国神社の門に放火した中国籍の放火犯の日本への引き渡しを拒否する判決を下した件、等々を想起するに、上に述べたような私の韓国と支那の<言語能力>を巡る理解が--就中、韓国の<言語能力>の理解が--満更暴論ではないとすれば、例えば、朝日新聞などが夙に主張するような「粘り強い外交交渉を通じた日韓関係の改善」なるものは、確率的に困難などではなく、原理的に無意味ということになるの、鴨。


蓋し、「話せば分かる」といういうことは、根本的なイデオロギーを異にする、あるいは、お互いの国家の存続にとって死活的に重要な国益を巡っては成り立たない。分析哲学や現象学の認識を持ち出すまでもなく、このことは自明のことでしょう。だからこそ、逆に言えば、より価値中立的でより形式的な「相互の利害を調整するルール」としての実定国際法や確立した国際政治の慣習の値打ちが認められるのではないでしょうか。

ならば、根本的な歴史認識、ならびに、エネルギーや安全保障といった国家にとって死活的に重要な国益、すなわち、そんなイデオロギーと国益を異にする国同士の対話の意味とは、皮肉ではなく真面目な話、①自国内の世論の動向や国際情勢の変化を睨んだ上での両国政府の時間稼ぎであるか、②どの地点までならイデオロギー的と国益的に折り合えるかの相互確認に収斂する。

敷衍すれば、「会議は踊る、されど進まず:The Congress dances, but it does not progress」と自嘲されたウィーン会議や「鹿鳴館の連夜の舞踏会」も満更無価値や無意味ではなかったのかもしれないということ。と、そう私は考えます。そして、残念ながら、支那はともかく韓国に対しては、これら①②さえも期待することなど到底(くどいですが、確率的にではなく原理的に)できないの、鴨です。

113_20130923092106e8d.jpg


ここで大急ぎで言葉を足しておかねばならないことがあります。それは、本稿で韓国や支那の<言語能力>と私が呼んでいる事象は、個々の韓国や支那の方々の<言語能力>についての表象ではなく、個々の韓国人や支那人が「韓国国民」や「中華人民共和国公民」として、就中、韓国や支那の政府高官や政治家としてビヘィブする際に観察・抽出される傾向性のことだということ。このことは間違っても誤解なきようにしていただきたいと思います。

なーに、日本にも、それも首相経験者にも、菅直人氏や鳩山由紀夫氏の如く--博愛ならぬ過剰な自己愛のゆえにでしょうか--根本的な<言語能力>を欠落している輩は珍しくない。他方、(大阪は鶴橋あたりの焼肉屋さんの店主のご家族との交流や米英での私個人のビジネス経験という狭い認識の範囲でさえも)人格高潔にして知性溢れる韓国人や在日韓国人の淑女紳士の方々はけっして少なくないのですから。ただね、そんな立派な淑女紳士の韓国人も一度「韓国国民」というユニフォームを着て日韓関係に関する言説を展開する段になると・・・・(苦笑)。武士の情けで以下省略。


畢竟、ことほど左様に、個々の韓国の人々や支那の人々の<言語能力>ではなく、それとは別の位相にあるものとして<韓国の言語能力>や<支那の言語能力>を捉えるとき、これまた朝日新聞などがしばしば主張する「民間レベル、特に、若い世代の日韓の市民間の文化交流の裾野を広げることによって日韓関係を改善しよう」などは、机上の空論などですらなく原理的に成立し得ないファンタジーの類であることも明らかなのかもしれません。もっとも、更に逆に言えば、例えば、安倍総理の昭恵夫人が関心をもたれている日韓の文化交流が、日本と韓国の人々が互いの文化や社会に対する理解を深めるための有意義な試みであることが、この<言語能力の二元論>によって否定されることは断じてないこともまた間違いないにしても。と、そう私は考えます。


尚、本稿は専ら<韓国の言語能力>の検討に焦点をあてたものになりました。よって、<支那の言語能力>について、すなわち、支那に憑依する世界認識の枠組みと、その行動の傾向性に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

要は、その本性が狡賢く強欲で利己的であっても、また、「息を吐くように嘘を強弁する」と評される如き、それが紡ぎ出すロジックの根拠が荒唐無稽にせよ、その言説が--過去の言説との整合性などは置いておくとしても、少なくとも、その当該の言説テクスト内部においては--論理的であり、また、その行動も予想可能である分だけ支那の方が、そうではない韓国よりは--徹頭徹尾、その認識も言説も「お花畑」である韓国よりも--まだ日本にとっては(あくまでも、上記①②の意味でですけれども)交渉の余地と意味はあるのかもということです。


・<中国>という現象☆中華主義とナショナリズム(上)(下)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11153763008.html


114_20130923092107cda.jpg


テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済




現在、福岡県というか北部九州地域では、それを「街おこし」の起爆剤にしようとしてなのか、ソフトバンクホークスのファームの拠点の誘致競争がヒートアップしています。TV観戦ももっぱらサッカーで、野球にはあまり興味のない私たちですが、郷里の福岡県大牟田市にホークスのファームの拠点が来てくれれば嬉しい、鴨。


大牟田市は福岡県の最南端。
熊本にも博多にも長崎にも1時間、佐賀市には45分弱。
そいでもって、鹿児島にも九州新幹線ですぐの立地。


おまけに、気候は温暖で、ラーメンは美味いし、
アイドルの原石の名産地。
現在の日本医師会の会長さんも日銀総裁も
大牟田市の出身者なんですよ。
居酒屋だって・・・は関係ないか(苦笑)


多分、ヤフオクドーム(「福岡 ヤフオク!ドーム」=福岡ドーム)へのアクセスに関しては、他の誘致候補に比べれると不便だから(涙)、今回のオリンピック誘致より厳しいと思うけど、大牟田出身者としては、東京2020に引き続き、まさかの大逆転誘致を切に願います。



尚、「大牟田市」については下記拙稿もご一読いただければ嬉しいです。


・三池港の閘門式ドック施設の案内
 -「世界遺産登録」の資格ないことない、鴨
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61972244.html

・書評:西村健「地の底のヤマ」<書評編><画像編>
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61972156.html

・大牟田市の夏:大蛇山2013!!
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61989949.html



DVC00001.jpg




テーマ : 地方自治
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

KABU

Author:KABU
大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
yahoo版のミラーブログ。
2007年9月10日以降の新記事を随時、厳選した過去の自薦稿を漸次アップロードしていきます♪

百人一首 de 海馬之玄関
問い合わせ先
カレンダー
08 | 2013/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
使用状況de電気予報
人間が好きになる名言集

presented by 地球の名言

人生が輝き出す名言集


presented by 地球の名言
夢を叶えるための名言集


presented by 地球の名言
仕事が楽しくなる名言集

presented by 地球の名言

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

ブログ内検索
最近の記事
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2ブログランキング
fc2rankbanner
miniTube