б(≧◇≦)ノ ・・・よくやった安倍総理!
б(≧◇≦)ノ ・・・流石だ、安倍総理!


と、第一報の国内報道を資料として収録。

▽安倍首相が靖国神社参拝…第1次内閣含め初
安倍首相は26日午前、東京・九段北の靖国神社を参拝した。首相在任中の参拝は、第1次内閣を含めて初めてで、現職首相としては2006年8月15日の小泉首相以来7年4か月ぶりの参拝となる。首相は参拝後、戦争の惨禍を繰り返さないという「不戦の誓い」のために参拝したと記者団に語った。第2次内閣発足以来、首相は、外交問題化を避けるために参拝を自重してきたが、日中、日韓関係の改善が見通せないことから、政権発足から1年の26日、参拝に踏み切ったとみられる。中国、韓国が強く反発している。・・・

首相は参拝後、記者団に対し、「政権が発足して1年の安倍政権の歩みをご報告をし、二度と再び戦争の惨禍によって人々が苦しむことのない時代を作るとの誓い、決意をお伝えするために、この日を選んだ」と述べた。そのうえで、「中国や韓国の人々の気持ちを傷つける考えは毛頭ない。英霊の冥福をお祈りし手を合わせることは、世界共通のリーダーの姿勢だ」と語り、諸外国を含めて戦場で亡くなった全ての人々を慰霊する目的で靖国神社境内に設けられた鎮霊社にも参拝したことを明らかにした。

来年以降の定期的な参拝の意向を問われると、「この場で話をすることは差し控えさせていただきたい」と回答を避けた。首相はまた、「恒久平和への誓い」と題した首相談話も、日本語と英語で発表した。

首相は昨年の自民党総裁選や衆院選で、第1次内閣時代に参拝できなかったことを「痛恨の極み」と述べ、首相在任中に参拝する意向を事実上、表明してきた。首相就任後は、参拝の時期については明言を避け、外交的な配慮から、春や秋の例大祭、8月15日の終戦記念日の参拝を自重。内閣総理大臣名の真榊や、自民党総裁名での玉串料の奉納にとどめてきたが、今回の参拝により支持者への約束を果たした格好だ。


(読売新聞・2013年12月26日



б(≧◇≦)ノ ・・・よくやった安倍総理!
б(≧◇≦)ノ ・・・流石だ、安倍総理!


国のためにその生命を捧げられた英霊に対して、一国の宰相が感謝の誠を表すること。これは当然のことであり、そのことを「外交カード」にしようとしてきた特定アジア諸国、および、特定アジア諸国の露払い役を演じてきた朝日新聞やNHK等の反日リベラルメディアの方が異常なのです。

だから、

ならば、実は、日本国民は、就中、保守派の有権者国民は「首相の靖国神社参拝」ごときで一喜一憂するべきではないとさえいえる。蓋し、今日の喜ばしい<風景>を日常の風景にしなければならないということ。

けれども、現実は現実。そして、おそらく、「日本を中心に世界は廻っているわけでもない」ことは真理。実際、この7年余の間(第1次安倍内閣の安倍総理も含め)「首相の靖国神社参拝」という<風景>は見られなかったのですものね。

よって、再度、


б(≧◇≦)ノ ・・・よくやった安倍総理!
б(≧◇≦)ノ ・・・流石だ、安倍総理!


と、この件に関しては下記拙稿にほとんど言いたいことは書いているので、本稿は、このイシューを俎上に載せつつ支那・韓国の代弁者としての記事を発信するだろうNYT等々の、将来の英文報道紹介の資料の収録にとどめることにして、自前のコメントは割愛させていただきます(←「手抜き」と言いたいなら言いなさい!)。


・戦略的参拝反対論:靖国神社・2013秋の例大祭--安倍総理の判断は<正解>だった--
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62126746.html



尚、「首相の靖国神社参拝」の憲法論に関する私の基本的な認識については
下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・国家神道は政教分離原則に言う<宗教>ではない
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62105204.html

・首相の靖国神社参拝を巡る憲法解釈論と憲法基礎論(1)~(5)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11144005619.html

・高橋哲哉『靖国問題』を批判する(上)(下)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11141603697.html



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【Yahoo意識調査】
 http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/domestic/10611/vote



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テーマ : 靖国参拝
ジャンル : 政治・経済




認知症が進む実母。その母の介護をしていて、
つくづく感じたことがあります。


それは、


泣く子と地頭には勝てないかもしれないが、
何も覚えていない人とは勝負にさえならないということ。


完敗です。乾杯じゃなく完敗。
JR両国駅で下車できず、不戦敗。


ガスオーブンは使わないようにしてねと再々約束していて、その時も、またそれを約束したその直後(20分後)、小腹がすいたからカップ麺でも食べようかとケトルでお湯を沸かす母の後姿・・・。


いやー、怒りとかよりも、
まじ、怖いです。


野良猫が増えて町内の問題になっているから、うちの猫ちゃん達には屋内でごはんやってねと注意して、「わかっとる」という返事をもらった刹那(6分後)、玄関前にどーんと山盛りの餌を置こうとする母。でもって、注意したら、餌に寄ってきたがっている猫ちゃんを見て「あれはうちの猫やけんよかろうもん」て。

あのー、お母さん、うちの猫は白黒と黒と白、その餌を凝視している猫ちゃんは
綺麗な(茶黒白)三毛猫さんだよ・・・。



彼女は今でも会話している間、簡単に言えば--どの瞬間でも--会話し始めて3分間は聡明な人。というか、年齢のわりには、--経理畑勤務30年以上だったこともあり--暗算も得意で聡明。そして、会話し始めて5分間は普通の後期高齢者との違和感も特に感じない会話が続く。

でもね、--どの瞬間でも、ある時点の--5分15秒後には5分前の記憶はない。でもって、認知症患者の常として、自分が「物忘れの度合いが異次元の水準」--要は、忘れていることを忘れている水準--に達しているという自覚が皆無。だって、本人にとっては、ウルトラマンが地球上で生きられる<普通の3分間>が続いているだけだものね。でもね、6回前どころか3回前の「3分間」の会話の記憶はない。100%ない。

だから、何があっても本当は怒るだけ無駄。大声を出すのは喉が渇きお腹が空くだけのエコじゃない不毛な営み。あのー、ルールや約束事を紙に書いたって無駄ですからね(苦笑)。なぜならば、まず、6分後には紙に書いて約束したという事実を忘れ、そして、間違いなく10分後には紙に書いてある内容を読んでもなんのことかまったく思い出せませんから。

でもね、火事、あるいは、自傷・他傷を避けるためには、絶対駄目なことは、無駄を承知でアピールし続けるしかない。そうしないと、一度でも例外を許すと、完全に元の木阿弥状態に帰るから。要は、条件反射トレーニングを終了(修了?)した「パブロフの犬」よりも凄まじいということ。


と、こんな哲学的思索のヒントてんこ盛りの<楽しい介護ライフ>を送っていて、年末のせいもあり--つまり、この1年間の安倍政権による日本復活の鼓動を肌で感じて--痛感したことがあります。それは、覚えていない人には--事象を一旦は認知しているはずなのだろうけれども、その事象を<重要な事象>とは感じることができず思い出せない人には--何を言っても無駄だということ。

蓋し、だから、おそらく、本人には何程かやましいところがあるがゆえなのか、それを払拭すべく強面で強弁する<菅直人>が最低の人間であり、最低の首相であったのに対して、おそらく、自分のやったことが拙かったという自覚が完全に欠落している<鳩山由起夫>は、好人物かもしれないけれど(皮肉)、間違いなく最悪の首相だったのだろうということ。而して、この<鳩山由起夫>に関する経緯は、「河野談話」を巡る河野洋平氏にもあてはまること、鴨です。



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少し話の筋が変わりますけれど--そう、三間飛車の飛車を四筋に一筋だけ廻すとすれば--ここ数日、吃驚仰天とまでは言わないけれど唖然呆然としたブログ記事を何本か読みました。それは、「日本・ASEAN特別首脳会議の際の祝宴で(at a Gala Dinner of the special summit of ASEAN-Japan)、AKB48が安倍首相や各国首脳の前でミニスカートで歌って踊ったのは北朝鮮の喜び組みたいで文明国としては恥ずかしい」とかとかいう主張。


うみゅー、
ふみゅー、正直、


AKB48よりも乃木坂46の方が、
乃木坂46よりも北朝鮮の喜び組のメンバーが
美人さんが多いと思うけれど。

(尚、この経緯に関しては下記拙稿をご参照ください)
・日本人の究極の美意識としての<ほどほど>が一番可愛い?
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62128652.html



でもね、この批判は、
はみゅー、

所謂「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の類の批判ではないでしょうかね。要は、「憎き安倍首相が推し進める「地球儀外交-支那包囲網構築」の外交戦略に「加担」したAKB48やEXILEは許せん!」という言い掛かりの類である。と、そう私は考えます。

あのー、北朝鮮の小学校でも、おそらく、「1+1は2」と教えているでしょうし、「3×6は18」と教えているのではないでしょうかね(多分)。また、「認知症の患者の言動に対しては、介護担当者は可能な限り異を唱えず穏やかに接する方が、患者の認知症の進行度合いは緩やかになるんですよ」とか「認知症、特に、アルツハイマー症の患者には有効な内服薬が数種類ありますが、患者さんによっては体質に合わないとか、効果がほとんどないというケースも少なくなく、現在の所--日本やアメリカで現在開発中の新薬を我が国が密輸できるようになるまでは、少なくとも、--薬物治療は万能とは言えませんよ」とか介護系の学校では北朝鮮でもそう教えているのではないかと思います(多分)。


私は何が言いたいのか。それは、北朝鮮にも存在するあるものと似たものが(その多くは「似て非なるもの」にしても、)日本にも存在するとして、だからといって、例外なく、直ちに、その日本にあるあるものの価値や合理性、利便性や効率性が否定されることはないだろうということです。

ならば、「安倍政権は国家安全保障戦略(NSS)の中に愛国心の涵養強化政策を盛り込むつもりのようだけれども、それは北朝鮮と同じような国に日本を変えようとするものだ」とかの批判は、逆に言えば、北朝鮮でさえ認めないわけにはいかない価値や合理性のある施策を、水戸黄門の印籠の如く、「北朝鮮」というネガティブシンボルだけを根拠に否定する杜撰な言説と言えるのではないかということです。

而して、北朝鮮の喜び組の最重要もしくは主要なタスクが北朝鮮のロイヤルファミリーやそのメンバーが招待するゲストの慰問・接待であるのに対して(多分)、AKB48の本分はAKB劇場での公演であり、つまり、一般のファンに対して<身近ないつでも会いに行けるアイドル>としての最高のパフォーマンスを提供することであること。この違いは、両者を一括りにする「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の人達には--すなわち、一旦は認知しているはずの事象を<重要な事象>としては覚えていない人達には--見れども見えずなの、鴨です。と、私はそう考えます。



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で、ミニスカート・・・。
ミニスカートね・・・(笑)


ふみゅー、
あのー、


30年程前の京都大学あたりのフェミニストグループの中では、ミニどころかスカートをはいている所を見られた1~2回生(←関西では学年を「1年生」とか「2年生」ではなく「1回生」とか「2回生」と呼びます。)は、怖い3~4回生とかOGの大学院生のお姉様方に、後日、呼び出されて、「あなた、この前、スカートとかはいてたんやて。それ、男に媚びてるん。まー、そんなプライベートなことまで詮索する気はあらへんねんけどな、あんな、ちょっと、そんな服装するちゅーんは思想性が低いんちゃうか」とかとか叱られたらしい(実話です)。

而して、「日本・ASEAN特別首脳会議の際の祝宴で、AKB48が安倍首相や各国首脳の前でミニスカートで歌って踊ったのは北朝鮮の喜び組みたいで文明国としては恥ずかしい」とかなんとかの「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の人達の主張の中で「ミニスカート」はどんな意味があるのでしょうか。まさか、30年前の京都大学あたりのフェミニストグループのロジックがいきなり時空を超えて<ワープ>してきたもの。まさかね。まさかとは思うけれど・・・。


でも、

もしそうなら、


もしそうなら、AKB批判記事を発信されている論者には、例えば、「性別役割批判」や「性の商品化批判」、あるいは、「言語やファッションの中に埋め込まれている家父長制的イデオロギー批判」とか(←懐かしい!)が--それらの思想性の高低の吟味判定は武士の情けで、というか、年末で忙しいので割愛しますけれど、30年前の京都のお姉様方の「脱スカート論」の主張が--この30年程の幾星霜の中で、彼等の援軍であるはずの同性の女性から全く支持されなかった事実が見れども見えず--すなわち、一旦は認知しているはずの事象を<重要な事象>としては覚えていない--ということであろう。と、そう私は思います。

実際、例えば、東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』のヒロイン、大富豪令嬢の刑事さんも勤務中はそれを装っているように、日本では今でも若い女性ビジネスパーソンの定番のパンツスーツも、彼女達が一度アメリカ勤務を経験すれば多くの場合クロゼットの肥やしになること。このことをAKB批判記事を発信している論者は看過しているの、鴨。

敷衍すれば、彼女達の赴任先のアメリカ、その彼の地では--まして、欧州では--、マネージメントクラスやそのクラスへの昇進を虎視眈々と狙っている層の女性ビジネスパーソンのほとんどはスカートをはいていること。そして、日本から来たそのパンツスーツ姿の彼女に対しては、オフィスでも社員食堂でも、ひそひそと「あの人、東京の本社から来た幹部候補てことだったけど、いつも秘書--この場合の「秘書」はコピー取りとかの補助事務スタッフさんの意味ですよ--みたいなかっこしてるわよね」と噂されていること。

よって、そんな女性マネージメントのファッション事情を見るにつけ、また、自分の噂を聞きつけた段階では、どんな鈍感な日本のフェミニストのビジネスウーマン(←これ日本語の「ビジネスウーマン」です。)もパンツスーツを脱ぎ捨てるということ。実際、自分の服装に関する噂を聞いた刹那、「最寄りのデパートに脱兎の如く駆け込みスカートを購入、そして、デパートの顧客用更衣室で高校卒業以来実に10数年ぶりにスカートにはきかえました」と告白してくれた方は1ダースもいないけれど半ダースよりは多いですから。

そんな日本人女性ビジネスパーソンのクロゼットの内部で火花を散らすスカートとパンツスーツの争いがこの30年間、ニューヨークでも東京でも、大阪でもロンドンでも繰り返されてきたこと。そして、それらとその結果を、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の人達は反芻すべきではないか。と、老婆心ながら私はそう思います。

まあ、<鳩山由紀夫>に反省を求めるようなもので、それは無駄でしょうけどね。而して、けれども、日本の<火事、あるいは、自傷・他傷>を避けるためには、絶対駄目なことは、やはり、無駄を承知でアピールし続けるしかないのだろうな、と。そう私は諦観しています。


いずれにせよ、覚えていない人は強いです。
それを痛感している年末のこの頃です。


お粗末様でした。


<(_ _)> <(_ _)>





P/S

冒頭の画像は、「介護に根詰めたらでけんばい」、
ということで、友人がドライブに連れて行ってくれた
熊本県宇土の有明海の海辺(島原湾)です。


熊本とはいえ寒かった。そして、
他人の情けが身に染みるぜ、です。










長谷部恭男さんは、間違いなく、現在の日本の憲法学の第一人者です。ただ、実は、私は最初は奥様の由起子先生(民事訴訟法)のファンだったので、長谷部さん(憲法・法哲学)を知ったのはそれに比べれば随分最近ですけどね(笑)。而して、東大法学部の憲法の「正教授」ということで、法学界における反日リベラルの<総帥>でもある長谷部さんが、特定秘密保護法に賛成してくれた。うんー、流石、



護憲派の最終防御ライン!

反日リベラルも侮りがたし!



というところでしょうか。

そういえば、あの「芸能人医師」も、

こんなコメントを最近しているらしいし・・・。



すなわち、精神科医の香山リカさんも、

12月5日にツイッターでこうつぶやいているらしい。


「秘密保護法に反対してる人がみなキライだからきっと良い法律なんだろ、という意見をネットでよく見る。反対を語れば語るほど逆効果になるくらい嫌われてるちゅうことを、私を含めたいわゆるリベラル派は考えてみなきゃ。これじゃ反対会見開いてかえって法案成立に貢献しただけ、ってことになる」



反日リベラルも侮りがたし!



確か、「女はクリスマスケーキ、25過ぎたら売り物になりません」
と喝破したのは、30年くらい前のオールナイトニッポンでの中島みゆきさんの偉業。
でも、それから、間違いなく「女はハロウインンのJack-o'-lantern、31までは売り物になる」になり、
そして、現在では、「49日の最中」になりつつあるのは明らか。

何を言いたいのか・・・。蓋し、



万物は流転する。

ならば、今日の反日リベラルは昨日の反日リベラルにあらず、鴨。

反日リベラル侮りがたし、鴨。ということです。

だって、「反省」できてるものね。



以下、長谷部さんのインタビュー記事の転記。



尚、特定秘密保護法に関する私の基本的認識については
下記拙稿をご一読いただければ嬉しいです。


要は、特定秘密保護法は、国家機密を巡る「現行法では守れない漏洩の仕方」に対応することに主眼があるのであって、特定秘密保護法が--取りあえず、どのような情報を--新たに「国家機密」としてカテゴライズするかどうかは同法の立法目的からは二次的な問題である。ならば、その二次的な論点に専ら特化して繰り広げられた朝日新聞等々の同法批判は土台片手落ちの類でしかない。と、そう私は考えています。


・安倍総理の記者会見を「強弁」と書く朝日新聞の詭弁
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62215559.html

・知る権利の守護神としての特定秘密保護法
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62105282.html


* * * * * 


(今こそ政治を話そう)秘密法とどう向き合う 

憲法学者・長谷部恭男さん
2013年12月20日


去る11月13日、長谷部恭男東大教授は国会で自民党推薦の参考人として特定秘密保護法に賛成の意見を述べた。安倍政権が視野に入れる集団的自衛権の行使容認にも、憲法改正にも反対の立場の長谷部さんが、よりによってなぜ安倍政権に力を貸すのかと波紋が広がっている。真意を聞いた。


――もしかして、「御用学者」と呼ばれていませんか。

「何のことでしょうか」



――国会で特定秘密法に賛成の意見陳述をしたことが、この法律に反対してきた人たちに衝撃を持って受け止められています。

「特定秘密法が必要だと考えるから意見を述べた。それだけです。安倍政権のためではありませんし、自民党の推薦だということは、審議が始まる15分前に初めて知りました」



――特定秘密法が必要だと考える最大の理由は何ですか。

「国を守るための法律だからです。国を守るとは、憲法を守るということです。単に物理的に領土を守るとか、国民の生命と財産を守るということではありません。中国や北朝鮮と同じ政治体制でいいなら、国を守る必要はない。しかし憲法の定める自由で民主的な統治の基本秩序を守り、現在の政治体制を守るためには、特定秘密法をつくり、特別な保護に値する秘密が外に漏れないようにしなければなりません」

「国を守るためと称して安倍政権が視野に入れている、集団的自衛権の行使容認には大反対です。憲法改正についても、96条の憲法改正要件の緩和を含めて大反対です。ただそれと、特定秘密法は別です」



――秘密保持は、今ある法律を使えば十分可能ではないですか。

「特定秘密法はむしろこれまでなかったことが不思議な法律で、あって当然のものをなぜ今つくるのかと問われても説明は難しいですね。ただあえて言うと、どこの国もそうですが、基本的に役所は自分が持っている情報をほかの役所には出したがりません。これまでは、各役所がそれぞれ、首相に情報を上げていました。これでは到底、国は守れません。たとえばテロリストの活動や重大犯罪から国を守るためには各役所が情報を持ち寄り、連携して効果的な対策を打たなければならない。特定秘密法ができたことで、秘密は守られるからちゃんと情報を出しなさいと言えるようにはなります」

「法律には、特定秘密を扱う公務員や民間人は『適性評価』を受けると明記されました。家族の国籍、飲酒の節度、病歴などが調べられるのでプライバシーの侵害につながると批判されていますが、事実上、これはすでに行われています。近代国家である以上、こんな機微に触れる調査を行うなら法的根拠を明確にし、調査対象者が不服申し立てできる手段も備えておくのは当然です」





――しかしこの法律では、そもそも何が「特定秘密」に当たるかが全くわからず、秘密の範囲が際限なく広がる危険性があります。

「何を秘密とすべきかは時代や国際環境によって変化します。事前に隅々まで確定させられないのは、私たちが生きるこの世界がそういう風にできているからで、具体的な事例ごとに、専門知識をもつ各行政機関が判断し、指定したり解除したりするしかありません」

「今回の仕組みは、特別に保護すべき情報を金庫の中に厳重にしまって、権限のある人だけが見られるようにするというものです。なんでもかんでも金庫に入れてしまうと政府の仕事がやりにくくて仕方がない。常識的に考えて、秘密の範囲が際限なく広がることはありません」



――それこそ常識的に考えれば、『沖縄密約』を否定し続けた政府を信用しろと言っても無理な話です。恣意(しい)的な運用が行われていないか、独立性と中立性の高い第三者機関を設けてチェックさせるべきです。

「そうでしょうか。専門的な知見がない人に、特定秘密として指定すべきか否かの判断はできません。しかし高い第三者性を求めれば求めるほど、専門性の低い人を呼んでこなければならない。そんな組織を作ってもあまり意味がないと思います。発想を転換して、情報を手元に持っている人がそれを外に出しやすくする仕組みを作る、そのことに力を注いだ方がいいのではないですか」



――どういうことでしょうか。

「アメリカでは、諜報(ちょうほう)機関に勤める人が退職後に回想録を書くのはごく普通のことで、事前審査を経れば出版できる仕組みが整っています。例えば、アルカイダの捜査にあたった元FBI特別捜査官が2年前に出した『The Black Banners』は全米でベストセラーになりましたが、誰を尋問しどんな情報を得たか、『特定秘密』に相当することも含め詳細に記述されていて驚きます。著者はFBIに原稿を提出して事前審査をパスし、CIAから『不条理な削除』を求められた部分は黒塗りにして出版しましたが、CIAの要求は政府の保秘指定のガイドラインを逸脱しているので、法的手段に訴えるとしています」



「日本もそのような審査をパスすれば出版できる仕組みを作ればいいんです。そうしないと、本当に60年経っても情報が外に出てこなくなりますよ。例えば映倫(映像倫理委員会)は、外部有識者と映画出身者で構成される委員が、社会通念と映画倫理規程に従って自主的に規制を行っています。それにならって、メディア各社で組織を作り、出していい情報かどうか政府と協議するルートを持つ。審査を経て世に出たものの中に特定秘密が含まれていたとしても、審査を通ったことが故意の漏洩(ろうえい)ではないことを担保するので、罰せられる可能性もなくなります」



「特定秘密法ができたことで、秘密を知りたいという人々の欲求が高まり、市場ができる。そこを狙って回想録を出そうという人や、内部情報を入手して報じようとするメディアや記者が増える。政府に情報を出せ出せと要求するよりも、彼らがすでに持っている情報を外に出せるルートを作った方がはるかに実際的です。政府が『黒塗りにしろ』と不当な要求をしてきたら、法的手段に訴えればいい。特定秘密法には抵触していないと。手元に情報を持っているからこそ、勝負できるのです」





――そうでしょうか。特定秘密を漏らせば厳罰が科されるのだから、社会の萎縮はどんどん進むでしょう。長谷部さんと違って、多くの人は世間の空気を読みますから。

「すみませんね、空気も読まないで。そう。だからメディアが今、空気を作るべきなんです。萎縮する必要はないという空気を。それなのに『漏らせば厳罰』ばかり言ってむしろ萎縮ムードをあおっています」

「制度の外側からいくら心配しても心配な状況は変わりません。変えるためには内側に踏み込んで、情報を外に出せるルートを作るよう政府と交渉しないと。安倍政権の支持率が下がっている今が好機です。法律には反対だ、廃止しろとだけ言い続けていたら交渉できませんよ。ルートさえできれば情報はどんどん外に出てくるのですから。清廉潔白な朝日新聞さんは嫌かもしれませんが、清廉なだけでは勝負になりません」



――どんなに嫌みを言われても、特定秘密法、集団的自衛権、憲法改正をパッケージで見ると安倍政権に懸念を抱くのは当然でしょう。

「確かに安倍政権は危ないことをやろうとしているようには見えます。しかし特定秘密法で日本が戦前に戻るというのは非常におかしな議論です。今にも戦争が起きると言わんばかりの報道で人々をおびえさせるのはそろそろやめて、次のステージに移った方がいいと思います」

   

――自民党推薦の参考人として賛成意見を述べたことは結果的に「危ないことをやろうとしている」安倍政権に手を貸したことになります。

「安倍政権が次のスケジュールに移るという意味なら確かにそうかもしれません。しかし、そもそも安倍政権をつくったのは有権者であり、民主党政権を徹底的に批判して『決められる政治』を希求した朝日新聞をはじめとするメディアです。誰が決めるかが大事なのに、メディアはそれを等閑視した」

「私は安倍政権に決めて欲しいとは思っていませんでした。私たちは最初から理想の民主主義社会に生きているわけではない。あれもダメこれもダメではなく、自分ができることをまずやり、少しでもいい社会をつくっていくしかないのではないですか。有権者もメディアも『誰か』に責任転嫁し過ぎです」



――苛立(いらだ)っていらっしゃるんですね、日本政治や社会は無責任だと。

「別に苛立っていませんよ。とても平和で大変結構と思っています」

     


◆取材を終えて

「ゼロか100かしかないんですか」。長谷部さんに問い返された。敗北感にさいなまれ、「敵/味方」の分断線を引いては自陣営に引きこもる。その積み重ねは結局、異論を封じ、社会を一色に染めたがっている「向こう」を利するだけなのではないか。線を越えて緩やかにつながり「次の一手」を探す。それが最も有効な抵抗のはずだ。



(高橋純子)




(以上、転記終了)


【関連記事、かなり前のものですけれど・・・】
・憲法改正の秋 長谷部恭男の護憲最終防御ラインを突破せよ!
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/11632074.html



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テーマ : 秘密保護法案
ジャンル : 政治・経済




Japan's Illiberal Secrecy Law
The Japanese government is poised to enact a secrecy law that will undermine the people’s right to know. The law will give all government ministries the right to classify information related to defense, diplomacy, counterintelligence and counterterrorism as a state secret. But there is no guideline as to what constitutes a secret. This lack of definition means the government could well designate any inconvenient information secret.

Under the proposed law, government officials found to have revealed secrets could be jailed up to 10 years. Such a provision would give officials even greater incentive to label documents secret rather than risk their release.

日本の反自由主義的で偏狭な秘密保護法
日本政府は国民の知る権利を掘り崩しかねない秘密法の制定に舵を取った。同法は、日本のすべての官公庁に、防衛・外交・対敵諜報活動および対テロ活動に関する情報を国家機密扱いにする権限を与えようとするもの。しかし、同法には何が秘密であるかを判定するための判断基準が欠けており、よって、日本政府はどんな不都合な情報でも機密扱いにすることも可能になるのだ。

同法案によれば、ある公務員による機密漏洩が発覚した場合、その公務員には最高で懲役10年の刑罰が科されることになる。このような罰則規定は、公務員に対して、リスクを冒してまで文書を公開するのではなく、文書を機密扱いにしようとする誘引を一層強くするものであろう。



Until now, only the Defense Ministry had the authority to classify information as a “defense secret.” Its record is abysmal. Of the 55,000 documents the ministry classified secret between 2006 and 2011, 34,000 were destroyed at the end of a particular secrecy period, depending on the document. And only one was declassified for public release.

The new law would allow the secrecy period to be extended indefinitely. And it further limits government accountability by making no clear provision for sharing secrets with elected representatives in the national Diet.

今現在は、独り防衛省だけが情報を「防衛機密」に指定する権限を与えられている。而して、防衛省の機密を巡る記録は底の抜けた桶状態のトンデモなありさま。2006年から2011年にかけて同省が機密に指定した55000件の文書の中で34000件が文書毎に定められた(depending on the document)所定の機密保護期間の終了とともに廃棄されており、文字通り唯一、1件のみが公に情報公開されたのだから。

新しい秘密法によれば機密が保護される期間は無制限に延長される。更に、新法は政府の説明責任の範囲を制限しており、選挙で選ばれた国民代表が構成する日本の国会と日本政府が機密情報を共有することを促す規定も同法には欠落している。



The law will make an already opaque government more so by threatening to jail journalists, up to five years, for doing their job in an “invalid” and “wrongful” manner. Japan’s newspapers fear that there will be markedly less communication between journalists and government officials. Opinion polls show that the public is very skeptical of the law and its reach. The government of Prime Minister Shinzo Abe, however, is eager to pass it as soon as possible.

Mr. Abe needs it to establish an American-style national security council. Washington has made clear that more intelligence cannot be shared with Japan until it has tighter information control. Of the six departments in Mr. Abe’s proposed security council, one department places China together with North Korea, while other departments focus on allies and other nations. This move reflects the confrontational stance the Abe government has been taking toward China and another sign of a hawkish foreign policy that may well harm civil liberties and create even more mistrust of the Japanese government in East Asia.

同法は、ジャーナリストに対して、彼等が「違法」もしくは「不当」なやり方で取材した場合、最高5年間も牢獄に入れられるかもしれないという怖れを与えることで、今でさえ風通しの悪い日本政府の情報の取り扱いを更に不透明にするにちがいない。日本の新聞各紙は、ジャーナリストと日本の官僚との間での情報流通が著しく細るのではないかと危惧している。世論調査の結果を見ても、日本の有権者国民は同法【のデメリットの大きさに対して同法のメリット】、および、同法の【保護しようとする特定秘密の】範囲については極めて懐疑的である。安倍晋三首相率いる日本政府は、しかし、同法の可及的速やかな成立を期す構えを崩していない。

同法はアメリカ流の国家安全保障会議の創設に向けて不可欠な立法と安倍首相は考えているのだ。而して、アメリカ政府は、日本がより厳格な情報管理体制を構築しない限り、日本との間で現在の水準と範囲を超える情報の共有はできかねる旨を明らかにしてきている。安倍首相が創設する国家安全保障会議を構成する6個の部署の一つは--【①総括、②米国などの同盟・友好国、③中国・北朝鮮、④中東等のその他の地域、⑤戦略、および、⑥情報と】他の5個が同盟国もしくはその他の国々を専ら担当するものであるのに対して--、対北朝鮮とともに対支那を担当するものだ。これらの安倍政権の動きを鑑みるに、そこにもまた支那に対する安倍政権の喧嘩常套の現下の対決姿勢が見て取れるだろうし、他方、それらの動きには、市民的自由を毀損しかねず、もしくは、東アジア地域における日本政府に対する不信感を更に高めかねないタカ派的の外交姿勢が反映されていると言わざるを得ない。


(NYT社説紹介終了)



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木花咲耶姫







テーマ : 秘密保護法案
ジャンル : 政治・経済




周知の通り特定秘密保護法がさる2013年12月6日の深夜成立しました。実に喜ばしい。これで支那・韓国・北朝鮮の特定アジア三国から日本はようやく自国を守ることができる体勢が整うというもの。誠に喜ばしい。ということで、特定秘密保護法成立を言祝ぐべく、反日リベラルの与力たるニューヨークタイムズ(NYT)の同法関連記事を2本--記事1本と社説を1本、リバースクロノジカルオーダーで--紹介します。

出典は、Martin Fackler東京支局長の署名記事「Japan’s Parliament Approves a Secrecy Law Amid Protests」(December 6, 2013)、および、Editorial「Japan's Illiberal Secrecy Law」(October 29, 2013)です。尚、特定秘密保護法、および、「知る権利-報道の自由」に関する私の基本的認識については下記拙稿をご一読いただければ嬉しいです。

要は、特定秘密保護法は、国家機密を巡る「現行法では守れない漏洩の仕方」に対応することに主眼があるのであって、特定秘密保護法が--取りあえず、どのような情報を--新たに「国家機密」としてカテゴライズするかどうかは同法の立法目的からは二次的な問題である。ならば、その二次的な論点に専ら特化して繰り広げられた朝日新聞等々の同法批判は土台片手落ちの類でしかない。と、そう私は考えています。

・安倍総理の記者会見を「強弁」と書く朝日新聞の詭弁
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62215559.html

・知る権利の守護神としての特定秘密保護法
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62105282.html

・NHKの「政治的中立」と首相の人事権(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62207787.html


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紹介する2本の記事は--同じ、反日リベラルの立場から書かれたものにせよ、指示対象を欠く意味不明で情緒的な<詩的言語>で綴られた朝日新聞の記事や社説とは違い--ロジカル。よって、保守派にとっても、その事実認識や主張は到底容認できないものの実にわかりやすい。特に、社説の最後のパラグラフの主張を--それまでの理路とほとんど無関係に唐突に「安倍政権は支那を刺激するなぁー!」と書かれているのを--目にしたときには思わず、「NYTの正体見たり!」とニタリと笑いがこみ上げてくるわかりやすさですから。ゆえに、特に解題は不要と思い余計なコメントは自粛(←「手抜き」とも言う)しました。

ちなみに、この社説に関しては、朝日新聞や毎日新聞といった反日リベラルメディアも--国連の人権担当高等弁務官も「特定秘密保護法案」を批判しているとかなんとかと同じのりで--「海外からも特定秘密保護法案には批判が寄せられている」と報じたもの(↓)です。しかし、要は、それは単にシンシナチーレッズじゃなかった親支那の左翼紙によるいちゃもんにすぎなかったということ、鴨。閑話休題。

▽特定秘密保護法案:知る権利侵害、懸念続出 「反自由主義的」米紙社説で批判

米紙ニューヨーク・タイムズ傘下の国際英字紙「インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ」は29日付(電子版)の社説で、安倍政権が今国会での成立を目指す特定秘密保護法案について「国民の知る権利をむしばむ秘密保護法」などと批判した。

社説の題名は「反自由主義的な秘密保護法」。同法案が定める「特定秘密」の指定について運用指針がないことを問題視し、「定義づけがあいまいなことで、政府が都合の悪い情報をいくらでも特定秘密に指定できる」と恣意的な運用への懸念を示した。さらに、秘密を漏えいした政府職員に最長で懲役10年が科されることなど法案の問題点を指摘し、「政府の不透明さが一層増すだろう」などと批判した。


(毎日新聞・2013年11月1日



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Japan’s Parliament Approves a Secrecy Law Amid Protests
In an unusual late-night session with protesters chanting outside, Parliament passed a secrecy law on Friday that the prime minister said would strengthen national security but opponents warned would stifle democracy.

Prime Minister Shinzo Abe used his governing coalition’s majority to get the bill approved by Parliament in about four weeks, a blistering speed by the standards of Japan’s consensus-driven political world. This brought howls of protest from opposition parties that Mr. Abe and his Liberal Democratic Party were ramming through a potentially dangerous new law without giving them, or the public, a chance to understand it first.

抗議の広まりの中、日本の立法議会が秘密法を可決
議事堂の外では反対派の抗議の声がこだまする中、常ならぬ深夜の会議で、金曜日【2013年12月6日】、日本の立法議会は秘密法を可決成立させた。同法は、日本の首相が国家の安全を強化するものと語る一方、反対派はそれは民主主義を窒息させかねない法案であると警鐘を鳴らしてきたものなのである。

安倍晋三首相は連立与党の数の力をもって同法案を約4週間で可決成立させた。総意の集約を重んじる日本の政治の世界ではこれは希に見る迅速さだった。而して、同法案の可決成立について野党各党は、それは、野党、もしくは、国民に対して同法案を理解させる労を取ることなく政治的に危険な新法の成立に向け安倍首相と首相率いる自民党が突っ走ったものという批判の声をあげている。



Mr. Abe says the new law will improve Japan’s ability to manage delicate diplomatic, defense and counterterrorism-related information, making it easier to share classified intelligence with allies like the United States. The move is part of his broader strategy for strengthening Japan’s defense posture that also includes a new American-style national security council, which held its first meeting on Wednesday.

However, the secrecy law has drawn intense criticism from news media, law and civil rights groups, who say its broad and vague definition of what constitutes a secret will only further strengthen Japan’s already-secretive central bureaucrats. They also warn that the law’s stiff penalty of up to 10 years in prison could be used to scare would-be whistle-blowers into silence, or even harass journalists, harming the public’s right to know.

安倍首相は、米国を始めとする同盟国との間で機密情報を日本が共有することを容易にすることによって、この新法は、微妙で繊細な外交を処理する日本の能力、防衛および対テロ関連の情報を取り扱う日本の能力を向上させることになると述べる。而して、この新法の具現は、例えば、アメリカ流の新しい国家安全保障会議--それは今週の水曜日【2013年12月4日】に初会合を開いたばかりなのだけれども、【その関係閣僚および専門家により構成される常設の会議体】--を含め、日本の防衛体勢を強化しようとする安倍首相の戦略の一斑なのだ。

この秘密法には、しかし、報道機関、法曹および権利擁護グループから猛烈な批判が寄せられている。広範かつ曖昧な--同法の保護法益を構成する--秘密の定義は、ただでさえ秘密主義的な日本の中央官庁の権限を強化するだけのものというのがその批判の要点。加之、同法に反対してきた側は、最高10年の懲役刑という厳罰の導入によって、不正を告発しようとしたかもしれない人物を同法は沈黙に追い込みかねず、あるいは、ジャーナリストを窮地に追い込みかねないものであり、もって、同法によって国民の知る権利が毀損される怖れがあると批判している。



The Abe administration has sought to allay those concerns by adding provisions to exempt news gathering, and to create a committee of outside experts to oversee how secrets are handled.

“We will try to protect the people’s right to know, and prevent arbitrary designation of secrets,” said Masako Mori, the state minister in charge of the secrecy law. Earlier on Friday, opposition parties tried unsuccessfully to pass a no-confidence motion against Ms. Mori in a bid to slow the bill’s passage. ・・・

安倍政権は、報道のための取材活動を免責する規定を同法に付け加えること、ならびに、秘密の取り扱われ方を監視する外部の専門家により構成される委員会を創設することでもってこれらの批判や懸念を治癒せしめようとしてきた。

森雅子・特定秘密保護法担当国務大臣は、「安倍内閣は国民の知る権利を守護しようとしおり、安倍内閣が秘密の恣意的な指定など断じて認めることはありません」と述べている。而して、法案採決がなされたのと同じ金曜日、法案採決の前に野党は同法の採決を遅延させるために森担当相に対する不信任決議案を提出したがその決議案は否決された。・・・

(後略、NYTの記事紹介終了)



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<続く>



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今回紹介するのは、2013年9月、ニューヨークを訪問した安倍総理の活動を報じた記事2本です。TOEICパート7の後半問題と見立てて読んでいただければと思います。その際、自分がETSのTOEIC制作担当スタッフなら「この2パッセージからどんな設問を出題するだろうか」、そう考えながら読んでいただければTOEIC対策には一層効果的、鴨ですよ。

б(≧◇≦)ノ ・・・頑張ろうTOEIC対策!
б(≧◇≦)ノ ・・・頑張ろう日本!



Abe Tells Wall Street Japan’s Economy Is Exceptionally Good
Japanese Prime Minister Shinzo Abe urged Wall Street traders to invest in Japan, promising in a speech at the New York Stock Exchange yesterday that its economy will become a driving force for global recovery.

Abe vowed to conclude regional free trade talks by the end of the year and promoted Japanese products from sushi to LED light bulbs and a high-speed train system he said could link New York and Washington D.C. in less than an hour. In a second speech at the conservative Hudson Institute he defended a military spending increases and said he wants Japan to be a “proactive contributor to peace.”

Abe took office in December vowing to revive the moribund economy with what’s been dubbed Abenomics, a combination of drastic monetary easing, fiscal stimulus and regulatory reform. The economy has since seen three straight quarters of economic expansion and the Topix index has risen 41 percent this year.

“The Japanese economy that now surrounds us is exceptionally good,” Abe said in his New York Stock Exchange speech, urging traders to “buy my Abenomics.”

In separate comments yesterday on Japan’s security policy, Abe brushed off criticism of his plans for a more assertive defense posture. “We have an immediate neighbor whose military expenditure is at least twice as large as Japan’s,” he said, in a reference to China, with whom Japan is embroiled in a territorial dispute.

He added that he had increased Japan’s defense budget by just 0.8 percent this year. “So call me, if you want, a right-wing militarist,” he told the Hudson Institute, where he was the first non-American to receive the group’s Herman Kahn Award, named after the physicist-turned-political commentator who founded the research organization and predicted in the early 1960s that Japan would become an economic superpower. ・・・


(297 words)

【出典:bloomberg.net, Sep 26, 2013



Japan's Abe says no concessions, but no escalation in islet spat with China
Japan will make no concessions on sovereignty over Pacific islets also claimed by China, but will not make any moves to escalate the situation, Prime Minister Shinzo Abe said on Friday.

Tokyo is locked in a territorial dispute with Beijing over a group of East China Sea islets, called the Senkaku in Japan and Diaoyu in China. They have become a theater for cat-and-mouse operations by patrol vessels from both sides.

"The intrusions by Chinese government vessels in our territorial waters are continuing, to our regret. However, Japan will not make a concession on our territorial sovereignty," Abe told a news conference in New York.

"We do not intend to escalate this issue any further. We have been dealing with this issue calmly and resolutely and we shall continue to do so."

Abe, visiting New York for the annual United Nations General Assembly, told reporters that he told Chinese President Xi Jinping during a brief meeting at the G20 summit in Russia this month that the two sides should restore dialogue.

"We should not close the doors to dialogue because there is a problem. Rather the existence of issues warrant a good discussion among the high-level officials of both governments," Abe said. "The door to dialogue is always open and I really hope the Chinese side would take the same mindset."・・・

In addition to the East China Sea dispute with Japan, China has disputes over islands and waters in the South China Sea with the Philippines, Vietnam, Malaysia and Brunei.・・・


(250 words)

【出典:Reuters, Sep 27, 2013


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【語彙】
Wall Street:ウォール街(比喩的に「アメリカの投資家の人々」「アメリカの金融市場」), urge:強く促す, the New York Stock Exchange:ニューヨーク証券取引所, vow:誓う/固く約束する, the conservative Hudson Institute:保守系のハドソン研究所, defend:~を正当化する, proactive contributor to peace:率先して平和に貢献する存在(cf. active pacifism:積極的平和主義),

moribund economy:瀕死の経済状況, be dubbed:世間で~という渾名で呼ばれている, Abenomics:アベノミクス, quarter:四半期, Topix:Tokyo Stock Price Index(東京証券取引所の一部上場企業全社の平均株価動向指数。ちなみに、「日経平均株価」は東証一部企業の主要225社の平均株価動向指数ですよ),

security policy:安全保障政策, brush off:はねつける/無視する/歯牙にもかけない, assertive defense posture:他者からの容喙を許さない独自の国防政策を貫徹する姿勢, military expenditure:軍事費(cf. defense budget:防衛予算), in a reference to:~に関して/~を念頭に置きながら, embroil:巻き込む, Herman Kahn Award:ハーマン・カーン賞


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concession:譲歩, islet:小島, spat with:~との間の小競り合い, sovereignty over:~に関する統治権, territorial dispute:領土紛争, cat-and-mouse:追いつ追われつの, patrol vessel:巡視船, intrusion:不法侵入, news conference(cf. press conference):記者会見, calmly and resolutely:冷静にかつ断固として,

the annual United Nations General Assembly:国連の年次総会, restore:再開する/復活させる(cf. the Meiji Restoration:明治維新), warrant:(主語が表していることを鑑みるに)~は当然のことである, mindset:ものの考え方


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【読解躓きの石】
前半のパッセージで「Hudson Institute」にconservative (保守系の)という形容句がついていますね。シンクタンクの保守・リベラルの色分けは、アメリカの政治を巡る記事を読む上での「常識」、鴨です。少なくとも、その情報を知っていれば「誤訳」のリスクがかなり減ることは間違いない。ということで、確認しておきましょう。

[保守系シンクタンク]
Heritage Foundation(ヘリテージ財団), American Enterprise Institute(アメリカンエンタープライズ研究所), Hoover Institute(フーバー研究所), そして、Hudson Institute(ハドソン研究所)

[リベラル系シンクタンク]
Center for American Progress(アメリカ進歩センター), Economic Policy Institute(経済政策研究所), Institute for Policy Studies(政策研究所), Third Way(サードウェィ)

ちなみに、アメリカでは連邦政府の政府高官は、原則、政治任用者(political appointee)であり、大統領が変わる度に、まして、政権が--民主党から共和党に、共和党から民主党に--変わる際には、数千人規模で高級官僚が入れ替わります。加えて、官僚に比べれば身分保障が手厚いとはいえ、連邦裁判所の裁判官や行政委員会の上級執行メンバーも漸次、大統領が変われば入れ替わる。そして、上に名前を挙げたシンクタンクは潜在的に次期政権の「高級官僚」や「行政委員会の最高幹部」の供給源、ヒューマンリソースタンク(笑)でもあるのですよね。


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後半のパッセージに題材を求めて「理由」「原因」を表す従属接続詞
の復習をしておきましょう。
これです。

1)We should not close the doors to dialogue because there is a problem.
(問題があるから対話の扉を閉じました、なんてことはあってはならない)

では次の英文はどんな意味になるでしょうか?

2)We should not close the doors to dialogue, for there is a problem.
3)Since there is a problem, we should not close the doors to dialogue.

4)Even though there is a problem, we should not close the doors to dialogue.
5)Even if there is a problem, we should not close the doors to dialogue.

取りあえず訳しておくと、
こんな所でしょう。

2)問題があるならばこそ、対話の扉を閉じては駄目でしょう
=対話の扉を閉じては駄目でしょうよ、そこに問題があるのならね
3)問題ありありなんだから、対話の扉を閉じちゃ駄目だーつーの

4)確かに問題は存在する。
でも、だからといって、対話の扉を閉じてはなりません
5)問題が存在しようがしまいが、対話の扉を閉じてはなりません

4)5)の違い、すなわち、「even though」は、現実に存在する事柄を引き合いに出して、例えば、「よしんば、菅直人が日本の近代政治史上最低の首相だったとしても、鳩山由起夫の最悪さに比べればまだましだった」という意味になるのに対して、「even if」は、現実には存在しないだろう架空の事象を念頭に置いて、例えば、「よしんば、安倍政権が10年以上続く超長期安定政権にはならないとしても、今後再び民主党が日本で政権を取ることは絶対にないですよね」という具合に使います。

而して、問題は、1)2)3)の差違。

2)と3)の違いは、原因や理由となる事実の存在についてどれだけ話者が強く確信を懐いているかどうかに収斂すると言える。と、そう私は考えます。けれども、実は、1)「We should not close the doors to dialogue because there is a problem.」は、2)または3)類似の意味にも取れないことはないと思います。つまり、becauseが導く従属節が、「close the doors」の理由や原因なのか、それとも、「should not close the doors」の理由や原因なのかが必ずしも明確ではないということ。そこで、本文テクストではこのセンテンスの直後に「Rather the existence of issues warrant・・・」と言葉を足して、becauseの導く従属節が前者の「close the doors」の理由や原因であることを明らかにしているの、鴨です。



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【和訳】

安倍首相、日本経済の視界極めて良好とアメリカの投資家に訴える
日本の安倍晋三首相がウォール街の投資家達に日本への投資を強く促した。昨日【2013年9月25日】、ニューヨーク証券取引所で行った演説で、日本経済は間違いなく世界経済回復の動力源になると請けあった上で日本への投資を呼びかけたのだ。

安倍首相は、地域自由貿易協議の交渉がこの年末までには妥結すること【←結局、この「納期」の約束はアメリカの国内事情のために来年、2014年の桜の咲く頃まで延期される模様にはなりました】、そして、寿司からLED電球や新幹線システムに至るまで日本がその製品生産を促進することを誓った。ちなみに、高速鉄道システムであるこの新幹線システムは、安倍首相の言う所によれば、ニューヨークとワシントン間を1時間足らずで結びつけることができるもの。保守系のハドソン研究所で行った別の講演では(in a second speech)、安倍首相は、日本の国防予算の増額を正当化した上で、安倍政権は、日本を「率先して平和に貢献する存在」に変えることを目指していると述べた。

昨年の12月の首相就任の際に安倍首相は、アベノミクスと呼ばれる経済政策で瀕死の状況にある日本経済を回復させることを固く約束した。アベノミクスとは、異次元の金融緩和、大胆な財政出動、および、経済規制の撤廃を睨んだ規制改革の組み合わせなのだけれども。而して、安倍政権誕生以降、3連続の四半期、日本経済は成長を持続しておりTokyo Stock Price Index(Topix)は今年41%上昇した。

ニューヨーク証券取引所で行った演説で安倍首相は、「我々を取り巻く日本経済の状況は極めて良好であります」「どうか、私のアベノミクスにご投資たまわらんことを」と、アメリカの投資家に日本への投資を促したのである。

日本の安全保障政策について昨日行った別の講演で、而して、安全保障を巡り自分の国は自分で守る矜持をより鮮明にしている安倍内閣の姿勢、その姿勢に対する批判を歯牙にもかけず、安倍首相は、日本が領土紛争を抱えている支那を念頭に置きつつ「少なくとも日本の2倍の軍事費を使っている国を日本は直接の隣国に持っているのであります」と述べた。

今年、日本の防衛予算を前年比で0.8%だけ増加させたことも付け加えた上で、「もし、私を右翼の軍国主義者と皆様が呼びたいのなら、どうぞそう呼ばれればよろしい」とハドソン研究所で行った講演で安倍首相は聴衆に語りかけた。実は、そのハドソン研究所で安倍首相は、物理学者から政治評論家に転身したハーマン・カーン氏、すなわち、1960年代の初頭に日本が経済大国になることを予想した同研究所創設者の名前を冠したハーマン・カーン賞をアメリカ人以外で始めて授与されたのだけれども。・・・


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日本の安倍首相、支那には譲歩せず、他方、島礁を巡る紛争の激化も望まないと述べる
支那もその領土主権を主張している太平洋上の島礁の主権を巡って日本が譲歩することなどあり得ない、しかし、現下の紛争状況を激化させるような行動もまた日本は取るつもりもない。金曜日【2013年9月27日】に日本の安倍晋三首相はそう述べた。

日本では尖閣諸島と呼ばれ、支那では釣魚島およびその付属諸島と呼ばれている、東シナ海洋上に浮かぶこの諸島について、日本政府は支那政府との間で進退いずれも困難な領土紛争のただ中にある。而して、尖閣諸島周辺海域は、現在、日本と支那双方の巡視船が相手側巡視船に対して繰り広げる抜きつ抜かれつの作戦行動の舞台と化している。

「支那の公船による我が国領海への度重なる不法侵入。これは日本政府が遺憾とすることであります。日本は、しかし、我が国の領土主権に関していかなる譲歩も行うことはありません」、と。そう、ニューヨークの記者会見で安倍首相は断言した。

「現下の状況をこれ以上激化させる意図を日本は持っておりません。日本政府はこの問題に冷静かつ断固として対処してきましたし、これからもそうして行くことになりましょう」とも。

国連の年次総会に出席すべくニューヨークを訪れた安倍首相は、そこでの記者会見で、ロシアで今月開催されたG20サミットの際に、支那の習近平国家主席とごく短時間行った会談で、日本と支那との対話を復活させるべきだと語りかけたことを明らかにした。

「問題があるのだから対話の扉を閉じるなどということはあってはならない。問題があるからこそ、両国政府の高いレベルでの議論を行うべきなのではありますまいか」「対話の扉を我々は常に開けており、私は支那側が我々と同じものの考え方をしてくることを心底希望しています」と、安倍首相は語った。・・・

東シナ海での日本との紛争に加えて、南シナ海の幾つもの諸島と領海を巡って支那はフィリピン、ベトナム、マレーシア、および、ブルネイとの間でも紛争を抱えている。・・・・


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一昨日のその社説「響かぬ首相の強弁」もまた、朝日の姑息と狡猾が炸裂したものでした。

朝日新聞の〈伝統芸能〉ともいうべき論理のすり替えの顕現。

この箇所です。


「安倍首相は国会閉会を受けた記者会見で、特定秘密保護法について・・・「これまでルールすらなかった特定秘密の取り扱いについて、この法律のもとで透明性が増す」と説明した。

言葉尻をとらえるつもりはない。だが、・・・首相らが何度も国会で引き合いに出した政府の「特別管理秘密」は、すでに約42万件が指定され、一定のルールのもとで保護されている。秘密を漏らした公務員には、国家公務員法や自衛隊法などによって罰則が定められている。「ルールがない」とは強弁に過ぎる」、という詭弁。


なぜこれを「詭弁」と私は言うのか。それは、現行法のルールでは国家機密を守れないタイプの「秘密漏洩の行為類型」が存在するから、よって、米英という顕在的と潜在的の同盟国との間で、更なる、高度の安全保障上の情報の共有が困難だから、特定秘密保護法を安倍政権は成立させたのです。さもなければ、支那や韓国および北朝鮮といった特定アジアの反日国家から日本は自分を到底守れないだろうから。

つまり、些か、同語反復になりますけれども、「現行法のルールでは国家機密を守れないタイプの秘密漏洩の行為類型」については、安倍総理が指摘された通り、「これまでルールすらなかった特定秘密の取り扱いについて、この法律のもとで透明性が増す」と言っても何ら間違いではないのです。要は、法案を推進した側では、誰も「秘密の内容」について問題にしているのではなく、「秘密漏洩のされ方」について問題にしているということ。


比喩を使わせていただければ、例えば、安倍総理が「同盟国の皆さんを歓待すべく、米英の皆さんに日本で一層寛いでいただけるように、日本も〈寿司屋〉くらい作りましょうよ」と言っているのに対して、朝日新聞は「日本にはすでに魚屋があるのだからその必要はない」と言っているに等しい。ならば、今日の朝日新聞の社説もまた、論理のすり替え以外の何ものでもないもんの言説、鴨。

すなわち、秘密漏洩の類型を看過して、「政府の「特別管理秘密」は、すでに約42万件が指定され」云々と、前者にのみ--秘密の内容にのみ--読者の注意を引こうとするこの朝日新聞の社説は、論理のすり替えの姑息を犯している。それは反日と反安倍政権に向けた世論操作の狡猾なる詭弁。そのことは間違いなかろう。と、そう私は思います。


尚、安倍総理の発言、「特定秘密の取り扱いについて、この法律のもとで透明性が増す」、すなわち、「特定秘密保護法によって日本の安全保障能力が向上するだけでなく国民の知る権利の保護もまた一層手厚くなる」という経緯に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・知る権利の守護神としての特定秘密保護法
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62105282.html


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特定秘密保護法が成立した先週末日曜日の朝刊。朝日新聞の「家庭欄」(スタディー)を見て、
思わず吹き出してしまいました。これです。


railroad
The ruling coalition railroaded the state secrets protection bill through the Lower House.

[訳]
与党は、特定秘密保護法案を衆議院で強引に可決させた。

(以上、転記終了)



この和訳には特に問題はないと思います。問題というか「吹き出してしまった」のは、例文の後、訳の前にサンドイッチされた〈解説〉の内容、てゆーか、その言い種。


「railroadには、「~を強行採決する、無理に急がせる」の意味がある。例文は、外交や安全保障上の秘密を漏らした公務員らを処罰する特定秘密保護法案が衆院で可決されたことを報じた[朝日新聞の英語ニュースサイトの!]記事から。知る権利の侵害など問題の多い同法案は、国連の人権高等弁務官も批判していた」という箇所です。


最後の「知る権利の侵害など・・・」は、英語学習コラムの「解説」には、不要な盲腸みたいなものですよね、多分。しかし、まー、それを書くか書かないかは解説者のセンスというか気分に任せられるべきことではある、鴨。致命的なのは、この解説には嘘が書かれていること。そう、例えば、池田信夫さんがブログで指摘されているように「日本以外には、「強行採決」という言葉は存在しない」(強行採決は民主主義の機能する第一歩・2013年12月5日)のだから。

要は、(1)与野党が議院運営理事会つまり実際には「与野党の国会対策委員会」で決めた審議日程を、(2)衆参の委員会の委員長や議長が無視して、(3)行われた採決を「強行採決」と呼ぶとすれば、そんな「強行採決」などおよそ日本にしかないということ。そんな採決は米英では普通のことだから、特に名称は存在しないのです。だからこそ、アメリカの議会では採決妨害のために、一昼夜にも及ぶマラソン演説(filibuster)を法案反対派は行う。

なぜか、

はい。演説が終わった刹那、採決の動議が出されるにせよ、委員長や議長(アメリカ上院の場合は、副大統領が名目上は「上院議長」ですから、実質的な議長である上院副議長)が職権で行うにせよ、さっさと採決されるからです。


ことほど左様に、「railroadには、「~を強行採決する」の意味がある」というのは嘘。少なくとも、間違い。故意に書かれたとすれば姑息な世論操作、過失とすれば杜撰な解説。逆に言えば、特定秘密保護法反対派の方が友人のアメリカ人に「与党は衆参の両院で強行採決したのよ!」(They railroaded the bill through both houses! )と安倍政権の非道ぶり(?)を訴えたとしても、そのアメリカ人の友人の方は「それがどないしたん?」(So what?)としか思わないだろうということです。と、そう私は思います。


それにしても、朝日新聞の反特定秘密保護法の執念というか同法案が成立したことに対する悔しがりようというかは凄いですよね。当分、〈成仏〉する気配はないような・・・(笑)

いや、本当、明日の「家庭欄のお料理のコラムに、

例えば、

そう例えば、

「海上自衛隊のカレーのレシピ」なんかが紹介されていて、そいでもって、「このレシピは横須賀の海上自衛隊の基地で取材させていただいたものですが、取材に応じてくださった自衛官の方や取材した記者も特定秘密保護法で処罰されたりするような、そんな息苦しい世の中になるのではないか心配です」

とかとか書かれていたとしても
私は驚かない、鴨です。


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(Ⅱ)「政治的中立」の実質的意味
繰り返しになりますが、NHKどころか司法裁判所といえども<政治>から無縁でも中立でもありません。二重の意味でそう言える。すなわち、政治的圧力を受けるケース、および、政治的影響を社会に及ぼすケースの両者。

(A)政治的な圧力を受ける回路
(B)政治的な影響を及ぼす回路


ならば、NHKの<政治的中立>に関して、「NHKは政治的に公正・中立」であるという<性善説的前提>に立って、(A)NHKに対する外部からの政治的圧力のみを問題視することは文字通り「片手落ち」というもの。

蓋し、(A)に関しては、誰からのどの程度の圧力がNHKに対する「不当」な政治的圧力であるかを、そして、(B)に関しては、NHKに許されるべき政治的影響力の程度と範疇を検討しなければ、NHKを巡る<政治的中立>の全貌は見えてこないだろう。いずれにせよ、「All or nothing」の蒸留水的な思考では<政治的中立>を軸としたNHKにまつわる現実の諸問題は解決しないだろう。すべからく、「許容範囲の線引き」と「プレーヤー間の抑制と均衡」--要は、「ほどほどくらいが一番良い」という態度--が問題解決の指針なのではないか。そう私は考えます。

マスメディアは第4の権力。人口に膾炙しているこの言葉の意味、--例えば、特定秘密保護法を巡って猖獗を極めた、安倍政権に対するメディアの常軌を逸した罵詈雑言を目の当たりにした--多くの日本国民は皮膚感覚でその意味を理解したのではないでしょうか。要は、マスメディア、就中、NHKは強大な政治的影響力を保有している。そして、<権力>には責任が伴われなければならず、加之、「絶対権力は絶対に腐敗する」とするならば、NHKに関しては<性悪説的前提>こそが正しい議論の枠組みだろう。すなわち、「マスメデイアは国家権力の監視を使命とするその性善なるもの」という前提は現在では到底なり立たないと、私はそう考えます。

畢竟、もし、「政治的中立とはどのようなことなのか」および「政治的中立なるものはそもそも実現可能なのか」という問いに<解答>があるとすれば、それは上に記した思索--実は、それは前節の内容を「日常言語」でリライトしただけのものなのですけれども、その前節の思索--の近傍にのみ存在する。そう私は確信しています。


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◆政治的な圧力を受ける回路
NHKに対する首相の人事権--経営委員会のメンバーを国会の同意をうけて任命する権限--は放送法に定められたものであり、よって、その行使は不当なものではありません。加之、アメリカの連邦裁判所の裁判官(★)、あるいは、行政委員会の執行メンバーの大統領による政治任命とパラレルに、例えば、放送法に定める放送番組編集の指針としての「政治的に公平であること」(4条1項2号)の枠内で--経営委員会を通じて--任命権者の首相が、自身の考える「政治的により公平な番組コンテンツ」をNHKに放送して欲しいと考えることは当然のことでしょう。そうでなければ、土台、「政治任命」の制度を放送法が採用しているはずはないのですから。

それとも、「首相といえども「政党」の党首にすぎず--「政党:party」、すなわち、「国民の一部分」の声を代弁する存在にすぎないのだから--NHKに対する首相の要望や希望は「政治的に公平」とは限らない。ならば、「政治的に公平」な番組コンテンツの制作は、つまり、番組コンテンツの政治的中立性の判定はNHKの自律的判断に任せるべきだ」とでも、朝日新聞は主張するのでしょうか。そのような<性善説的前提>を基盤とする主張には何の根拠もないだけでなく、それは明らかに放送法と占領憲法に反する主張です。

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すなわち、このような主張は、「国民の一部分」という言葉さえ赤面する規模の、しかも、選挙の洗礼も受けていないNHK内部のテクノクラートに政治的中立性の判定を任せようという、非民主的かつ国民主権の原則に反する主張。而して、現実に大きな政治的影響力を保有する<第4の権力>の中核たるNHKは--それは、国民の<公共財>でもあるのだからなおさら--その時点時点で国民を代表する国会の多数派を擁する内閣総理大臣の影響下に--経営委員会を通して間接的に--置くことこそ民主主義と国民主権の原則に適った放送法の理解というものでしょう。まして、NHKが反日リベラル労組の強い影響下にある事実を想起するとき、「番組コンテンツの政治的中立性の判定をNHKの自律的判断に任せる」などは、盗人の三分の理さえない、諺に言う「泥棒に縄をなわせる」類ではないでしょうか。

畢竟、「NHKに対する首相の要望や希望は「政治的に公平」とは限らない」の如き主張の基底には--自陣により有利な政治状況の実現継続を狙う反日リベラルのマヌーバー(maneuver)やタクティクス(tactics)という表層の下には--おそらく、「「普遍的に正しい政治的中立」すなわち「無条件に認められるべき政治的中立」は存在する。そして、良心的で経験豊富なNHKの現場スタッフはそれを判定できるはずだ、ならば、番組コンテンツの政治的中立性の判定はNHKの自律的判断に任せられるべきだ」といった、人間の万能感と親しい傲岸不遜が横たわっているのではないかと思います。

NHKの政治的中立性と首相の人事権というこのイシューについて、朝日新聞を始めとする反日リベラルがしばしば、時の首相の意向が政治的中立性の判定に影響を及ぼすことになれば、政権が変わる度にころころ「政治的中立」の判定基準が変わることになりはしないか、などと口にするのがその傍証、鴨。

けれども、実体概念を粉砕した現代哲学の地平からは、このような傲岸な願望は文字通り不遜な妄想にすぎない。そして、占領憲法と放送法の枠組みが遵守される以上、政権が変わるたびに「政治的中立」の判定基準が変わることにはなんら問題はないし、それが寧ろ--価値相対主義と自由主義を基盤とする--民主主義国の健全な風景ではなかろうかと私は考えます。



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★註:アメリカ司法における「政治的中立」制約の叡智
アメリカの連邦裁判所の裁判官は--ちなみに、最高裁の裁判官だけではありません--、原則、すべて大統領の「政治任命職」です(合衆国憲法2条2節2項)。ですから、自身の在任中に連邦裁判所の裁判官、就中、連邦最高裁の裁判官を補任するチャンスに遭遇した場合--上院の承認というハードルはあるものの--、保守派の大統領は保守派の裁判官を、リベラル派の大統領はリベラル派の裁判官を任命しようとする。

ただし、保守派とされた人物が連邦最高裁の裁判官になったとしても、彼女や彼が必ずしもすべての訴訟案件で保守的な意見を支持するとは限らない(vice versa)。蓋し、連邦最高裁判決における保守とリベラルの相互乗り入れ現象、謂わば「バックギャモン法廷:backgammon-court」がアメリカ憲法を学ぶ醍醐味の一つとさえ言える、鴨です。閑話休題。

さて、連邦裁判所の裁判官自身には強い身分保障が認められていますが(同憲法3条1節後段, cf.占領憲法78条)、実は、連邦議会は連邦裁判所が司法審査できる範囲を--逆に言えば、司法が「違憲立法審査権」を行使できない法律と行政の範囲を--決定する権限を持っています(同憲法3条2節2項後段、および、1条8節18項の「必要・適切条項」)。

このような、合衆国憲法自体に内在する司法権の制約は--憲法解釈の積み重ねの中で構築された、例えば、占領憲法解釈学における「統治行為論」とパラレルな「政治的問題:political questions」とあいまって--、非民主的な司法裁判所が民主的な議会や大統領の立法や処分を違憲判定できる不条理。謂わば「立憲主義のアポリア」が昂じて実定法秩序の混乱を招き、他方、司法の権威も失墜することを防ぐアメリカ憲法の叡智ではないか。と、そう私は考えています。この点に関しては取りあえず下記拙稿もご一読いただければ嬉しいです。


・立憲主義を守る<安全弁>としての統治行為論
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/62198131.html



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◆政治的な影響を及ぼす回路
NHKが強大な政治的影響力を保有していることは誰も否定できないでしょう。而して、本稿の主張は、「NHKの影響力を削減すべしというものではなく、その影響力が適正に発揮できるようにしましょうよ」というものです。蓋し、「強大な政治的影響力を保有しているのはけしからんから、NHKは解体すべきだ」というのは、一種の「ラッダイト運動」(Luddism)的の主張にすぎないでしょう。

では、何をもって「影響力の適正な発揮」と言うのか。誰が「影響力の適正な発揮」を判断すべきかを一瞥した今、--それは自身が政治任命した経営委員会メンバーを通して首相が判断すべきことを確認した今--このことを検討したいと思います。而して、現在のNHKの現状を鑑みるに、さしあたり現時点では、(a)反日リベラルの色彩を薄めること、(b)内外に対して日本政府の見解をより明確により頻繁によりロジカルに伝えること。この2点が「影響力の適正な発揮」のために具現すべき課題に含まれることは明らかだと思います。

而して、前者に関してNHKが「公共放送」なるものである弊害はそう大きくはないけれど、後者の推進のためには「公共放送」という鵺的で欺瞞的な存在であることには無理がある。よって、NHKは端的に「国営放送」に改編されるべきだと私は考えます。蓋し、「影響力の適正な発揮」を巡るソリューションの半分は「NHKの分割国営化」ということ。尚、「NHKの分割国営化」に関する私の基本的な考えについては下記拙稿をご一読いただければ嬉しいです。

・マスメディアと政治の適正な関係を実現するための覚書(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60997005.html


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反日リベラルの色彩の希釈。

どうこれを実現するか、法律で命令する? あのー、現在でも放送法はそう命じているんですけど。而して、「NHKの自律的行動に任せる」などが問題外の外のソリューションであることは当然として、では、その12名全員を今後、安倍総理が「お友達」で固めるとして、経営委員会のメンバーが自分で番組コンテンツをチェックして、不備があれば改善を指示するのはどうか。アホな、です。

それはどんな超人でも物理的に不可能なだけでなく、いかに保守の同志の方々であれ、「判定基準」が曖昧なコンテンツチェックは時間の無駄、否、善意が混乱を惹起する有害無益な行動ですから。

頭は生きているうちに使え、です。
なんぼでも解決策はある、多分。

例えば、餅は餅屋。

1)日本最大のシンクタンクたる霞ヶ関に、適宜あるいは定期的に、リベラルと保守の主張を報道において均衡させるべき、その時点時点で<重要な論点>をリストアップさせ、かつ、チェックリストを作成させる

2)番組コンテンツに制作段階で「保守的」と「リベラル」のタグ付けを義務づける

3)その論点に詳しいスタッフをNHKの内外から調達した上で--有限なる人間存在が普遍的審判を詐称した「パリスの審判」の愚と、その結果としての<トロイ戦争>の悲劇を避けるべくリベラルと保守の--2チームの評価チームを結成させ、リベラルには保守の、保守にはリベラルの番組コンテンツを専ら評価させる

4)「タグ」とチェックリストと評価結果を公開する


このようにすれば、後は、ウェブ上の<世論>が、その「評価の評価」も含め<政治的中立>の度合いに関する<評価>を経営委員会にフィードバックしてくれるに違いない。そう私は楽観しています。ということで、改革実行案を出し合いましょうよ。で、いつからやりますか。


б(≧◇≦)ノ ・・・今でしょ!



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the Judgment of Paris



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安倍人事一閃。「政治的中立」という<呪文>を隠れ蓑に反日リベラル的の報道を--よって、特定アジア擁護の世論操作を--傍若無人、やりたい放題に垂れ流してきたNHK。周知の如く、内閣法制局長官人事に引き続き安倍晋三総理がこの反日リベラルの一方の牙城を挫く好手を放ちました。

>名人に鬼手なし、すなわち、
>指されてみれば常識的で穏当な一手

要は、政治任用職に関して首相がその人事権を行使しただけのこと。この人事は、しかし、「地味な一歩」だけれどもNHKの正常化に向けて「意味のある一歩」、鴨。名人の放つ好手は往々にして地味だけれど確実に勝利を引き寄せる意味のある一手だから。而して、ならば、この延長線上で--谷川浩司永世名人の<光速の寄せ>の如く--可及的速やかに「政治的中立」の名の下に垂れ流されている<偏向報道>が粉砕されること。そして、漸次、「NHKの分割国営化」が具現されることを私は期待します。

б(≧◇≦)ノ ・・・流石、人事の名手、安倍総理!
б(≧◇≦)ノ ・・・次は、NHKの分割国営化だ!


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この安倍人事に対しては、しかし、当然ながら反日リベラルは猛反発している。例えば、私の週間愛読書の『週刊金曜日』は、人事案が国会に提示された時点(2013年10月25日)で、「公共放送人事への露骨な介入で「従軍慰安婦」番組改変が常態化か--安倍晋三首相、NHK経営委員に「お友達」4人を提示」(同誌2013年11月8日(967)号, pp.56-57)というスポーツ新聞張りの大仰なタイトルで批判記事を掲載。そして、国会で人事案が同意された刹那、反日リベラルのもう一方の牙城・朝日新聞はその社説(2013年11月18日)で、このNHK人事を「公正・中立な公共放送への政治介入が疑われかねない」ものとして概略こう批判しています。

▽公共放送 政治では変えられない
これで公正・中立な公共放送が保たれるのだろうか。NHK経営委員に作家の百田尚樹氏ら5人(うち再任1人)を充てる人事が国会の同意をうけ、経営委員会の顔ぶれが変わった。新任の4人は百田氏をはじめ、哲学者の長谷川三千子氏ら、いずれも安倍首相と近い間柄だ。・・・

NHK内部では「これほど首相に近い人物をそろえた露骨な人事は前例がない」と職員らが不安を募らせている。経営委はNHKの経営をチェックするとともに、現場のトップである会長の任命権をもつ。・・・松本正之会長の任期は来年1月で切れる。政権内には、最近のNHK報道が原発やオスプレイの問題で反対の方に偏っているとの不満がくすぶる。そんな折の人事。公共放送への政治介入が疑われかねない。・・・

視聴者が期待するのは、政治に左右されない不偏不党の公共放送だろう。・・・一方、経営委員について、放送法は「公共の福祉に関し公正な判断をすることができ、広い経験と知識を有する者」を、衆参両院の同意を得て首相が任命すると定めている。首相と親しいからといって、よもやその意を体して会長を決めるようなことはあるまい。良識が発揮されると期待する。放送現場や視聴者の支持を抜きにして、公共放送を変えることはできない。(以上、引用終了)



蓋し、この社説の主張は砂上の楼閣と言うべきもの、鴨。なぜならば、この社説の理路は「公正・中立な公共放送が保たれるのだろうか」という問題意識、すなわち、「NHKは現在において公正・中立である」という<密輸>された前提を基盤にしており--「NHKは公正・中立であるべきだ」という規範認識と「NHKは公正・中立である」という事実認識を故意か過失か混同しており--、よって、「NHKは現在において偏向報道を垂れ流している」という認識を持つ論者--それが嘘であれ事実であれ、現在のNHKに批判的な認識を持つ論者--にとっては単なるインクの紙魚の集積にすぎないからです。

冒頭で旗幟を鮮明にした通り、「原発やオスプレイの問題」のみならず、例えば、「特定秘密保護法」や「憲法96条の改正」、もしくは、「集団的自衛権」や「国政選挙の一票の価値」、または、「安倍総理の歴史認識」や「閣僚の靖国神社参拝」、あるいは、「婚外子の遺産相続」や「外国人の地方参政権」の諸問題を取り上げたその報道を見聞きするだけでも、私自身はNHKは現在において偏向報道を垂れ流していると確信しています。

本稿は、しかし、NHKは「公正・中立」か、あるいは、「偏向報道の巣窟」なのかという事実認識そのものではなく、そのような事実認識の前哨として--「政治任命権者の人事権」という契機を軸に--「政治的中立」ということの意味を検討するものです。「政治的中立とはどのようなことなのか」および「政治的中立なるものはそもそも実現可能なのか」。これらのことを考えてみたいと思います。 


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(Ⅰ)「政治的中立」の形式的意味
朝日新聞の社説に含まれる諸言辞、「公正・中立」「不偏不党」「政治では変えられない」「政治介入が疑われかねない」「政治に左右されない」を鑑みるに、朝日新聞にとって、公正・中立なNHKとは--すなわち、NHKが政治的に中立であることとは--、おそらく、①報道内容と組織運営の両局面で、②ある特定の国内の政治勢力、就中、政府与党との間で、③NHKが実質的にせよ指示を受けたり、逆に、NHKが実質的にせよ支援を供したりする関係にはないということでしょう。そう私は想像します。

>「政治的中立」のPrototype定義
①NHKの報道内容と組織運営の両局面で
②特定の国内の政治勢力、就中、政府与党との間で
③実質的にせよ指示を受けたり、逆に、実質的にせよ支援を供したり
する関係にNHKがないこと


なぜならば、NHKといえども「政治そのもの:something political」--すなわち、「権力:power」を「公的な権威を帯びつつ他者の行動を主導的かつ強制的に左右できる地位」と定義する場合、そのような「権力の分配構造、および、権力の分配と行使の全過程」と定義される事象--から無縁でも中立でもあり得るはずもないから。ならば、朝日新聞が社説で述べている「政治」とは、衆参両院で議席の過半を占め政権獲得を目指す国内の政治勢力、なにより、時の政府与党というかなり狭い意味に解するしかないだろうからです。

>政治:権力の分配構造、および、その分配と行使の全プロセス
>権力:他者の行動を主導的かつ強制的に左右できる公的な権威


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もし、①~③の理解が満更私の曲解ではないとするならば、「NHKは政治的に公正・中立」と看做す朝日新聞の認識は--その言説の<図と地>を反転させることによって--「政治的中立」そのものの意味を考察する上で幾らか参考になる、鴨です。

具体的には、皇居を挟んだ反日リベラルの東西の牙城である朝日新聞が「NHKは結果的にせよ世論操作などすべきではない」などとはこれっぽっちも考えていないことは確実でしょうから、逆に、「政治的中立」そのものの意味理解には、少なくとも、④日本の社会と国民世論、⑤NHKの政治的影響力、ならびに、⑥NHKが当事者か非当事者かを決定するルール、⑦NHKの非当事者性、この④~⑦の4個の要素をも併せて考えなければならないのではないか。この経緯が了解できるということ。

そして、「NHKは政治的に中立であるべきだ」という規範認識、および、「NHKは政治的に中立であるか否か」の事実認識の判定基準も④~⑦から演繹されると思います。以下、対象一般化の<補助線>を用いて敷衍します。

NHKを巡る事象から考察の射程を一般的な組織にまで拡大するとき、「政治的中立」Prototype定義、および、④~⑦は各々次のようにリライトできる。要は、④~⑦は「政治的中立」Prototype定義の妥当性の条件に他ならないということ。加之、NHKは自動的に<中立な観察者>などになるわけではなく、また、その「中立」の意味内容も経営委員会を通して間接的に時々の首相が決めることなのです。

>「政治的中立」のGeneral type定義
①プレーヤーがその権限内で行う、個々の行動選択、および、行動選択システム構築に関する戦略選択の両面で
②プレーヤーの判断に容喙する権限がないか、逆に、プレーヤーがその相手の判断に容喙する権限がない、しかし、いずれにせよ、プレーヤーに権限を付与するのと同じ公的権威を分有する他のプレーヤー、就中、当該の最高権威との間で
③実質的にせよ指示を受けたり、逆に、実質的にせよ支援を供したりする関係にないこと

>朝日新聞的の「政治的中立」を<反転>して抽出した4要素
④閉じた政治社会の存在
⑤政治的影響力の保有
⑥当事者適格を定めるルール
⑦非当事者性



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蓋し、「政治的中立」Prototype定義の妥当性は、④ある単一の政治社会において、⑤政治的影響力を保有している組織が、⑥政治を巡るあるゲームに関して「誰が当事者であり誰が当事者ではないか」を決定するルールに基づき、⑦非当事者と判定されている場合に限り--かつ、その当該の組織がその<非当事者の定義域>に行動を制約している場合に限り--成立する。と、そう私は考えます。

⑥⑦がある組織が「政治的に中立であるか否か」の事実認識の判定基準の源泉であり、他方、「政治的に中立であるべきだ」という規範認識は④⑤から--影響力に見合う国家と国民に対する<責任>として--紡ぎ出される、とも。


ならば、例えば、「政治任命権者の人事権」とは、「政治任用者:political appointee」が着任することになる当該の組織にとっては、⑥当事者適格を定めるルールの一斑であり--なぜならば、任命権者の「政治任用の裁量」に当該の組織は容喙する権限がないのですから--、よって、政治任命権者の人事権の行使に関して、もし、⑦当該の組織が政治的行動を取るとすればその組織は当事者となってしまいその行動は<政治的中立>に反することになる。

すなわち、①~③を内容とする「政治的中立」を根拠に政治任命権者の人事権の行使を批判することは論理的に不可能ということです。逆に言えば、「政治任命権者の人事権」の行使は、①権限内の戦略選択ではなく、また、それは②プレーヤーの判断に容喙する権限のある他のプレーヤーがする正当な裁量行為にすぎない。

そして、同語反復になりますが、「政治任命権者の人事権」の行使は<政治>の決断である以上、彼女や彼が、自身の<政治目的>を効率的よく達成する上でそれが合理的な戦略選択と判断した以上、自身の「お友達」を「政治任用者」として指名することは--オバマ大統領がその有力支援者のケネディー女史を駐日大使に任命した如く--寧ろ、当然のことであり、なんら批判される筋合いはないのです。


畢竟、再々になりますけれども、NHKの政治的中立性に疑問符がつけられている現下の日本の政治状況では、朝日新聞の社説の如き「NHK性善説」の立場から--要は、④~⑦を看過した上で--なされる安倍人事への批判は砂上の楼閣にすぎないだけでなく、NHKの政治的中立性--「NHKが公正・中立」であるか、あるいは、「NHKは偏向報道の巣窟」であるか--の事実認識に関わらず、安倍人事は、土台、NHKを巡る「政治的中立」Prototype定義とは論理的に無関係な事柄。ならば、安倍人事の政治的な妥当性の是非は、日本の実定法秩序の内容を検討するなかで--④~⑦の内容を具体的に検討するなかで--判定されるしかない問題であろう。よって、次節では「政治的中立」ということの意味をこの切り口から更に検討したいと思います。

而して、次節を貫くモティーフは、「無条件に認められる「政治的中立」などこの世に存在しない」というピラト(Pilatus)的な、しかし、常識的で穏当な認識です。「鳥の翼がいかに完全な構造物であるとしても、真空の中では鳥の羽ばたきも空疎なものに終わろう」というパブロフの箴言とそのモティーフは通底している、鴨です。



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<続く>


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英単語をカタカナ表記する場合に散見される不統一や整合性のなさ。あるブログ友の記事がその<揺らぎ>を俎上に載せていた。英語のカタカナ表記は「首尾一貫」させるべき、少なくとも、「首尾一貫」させた方が自分は気持ちが良いのだけれど、と。これは、そう、人口に膾炙している「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」の洒脱に関わるイシュー。当該エントリーをそのまま要約させていただくと、

"World War"(世界大戦)は「ワールド・ウォー」
"Warm"(温かい)は「ウォーム」。そして、
"Star Wars"も、もちろん、「スター・ウォーズ」。

なのに、○○賞、を意味する"Award"が、ほとんどの場合、
「アワード」とカタカナ表記されているのは、どうしてなの?
「アウォード」と書かないのは、どうしてなんだろう、と。


・ちょっとだけ不思議なこと
 http://blogs.yahoo.co.jp/fukufukimama/67096513.html


確かに、大阪や東京の由緒ある建物(ビルディング)は--ここ数年でめっきり少なくはなりましたけれど--「ビルヂング」と表記されている。あるいは、井沢元彦さんが--邪馬台国の「卑弥呼」の発音に関連して--夙に書いているように、ヘボン式ローマ字を考案したヘボン(James Hepburn)の「ヘボン」は、ローマ字ならぬ『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)の「ヘップバーン」と同じ。また、「バイオリン」も「ヴァイオリン」も「violin」だし、「ベランダ」も「ヴェランダ」も「veranda」のこと・・・。

確かに、--言語史的経緯から発音とスペルが絶望的に乖離している英語ほどではないにせよ--日本語における「英語のカタカナ表記」は無政府状態と言える、鴨。ならば、ブログ友の疑問はもっとも、鴨。


では、英語のカタカナ表記は「首尾一貫」させるべきなのでしょうか?
実は、私はこの問いに対しては否定的です。

以下、カタカナ表記を「首尾一貫」させることの
可能性、必要性、妥当性の順に私見を展開します。



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(Ⅰ)可能か?
言わずもがなのことでしょうが、日本語と英語とでは発音の仕組みが異なる。すなわち、音韻の構造(言語の音声面を構成する「音の部品」の種類と個数)も、そして、発音の構造(言語を発声する際のアクセント、および、「発声される音の単位」である音節)も別物。十数年前には、「英語と日本語では話される音の周波数帯が違うから、例えば、楽器の音でもその周波数帯の違いを補うトレーニングをすれば英語耳が養成できる」とかなんとかの主張も--少なくとも「英語教材」のマーケティング的には--真面目に唱えられていた。而して、周波数帯へのコメントは割愛するとしても(笑)、日英の

(ⅰ)音韻の構造
(ⅱ)発音の構造

は全然異なっている。念の為に敷衍しておけば、例えば、(ⅰ)現代日本語の母音の個数は「ア/イ/ウ/エ/オ」の5個なのに対して、英語には母音が30個以上、大括りにして12個、突き詰めても9個ある。(ⅱ)日本語の「音節」は、等間隔の--謂わば「手拍子」の間隔のような--「拍」(mora)なのに対して、英語の「音節」は--母音が複数個の子音を前後に引き連れることが普通の、よって、全然等間隔ではない--「シラブル」(syllable)であり、他方、アクセントも日本語は原則「音の高低」で強調箇所を示唆するのに対して、英語では強調箇所は「より強くより長く」発声することで明示される仕組みになっています。更に、表音文字もカナとアルファベットとこれまた別物。

つまり、発音面を重視するかスペルに殉じるかの「表記戦略」の選択に関わらず--具体的には、「ヘボン」「メリケン」「ワラー」は発音重視の、「ヘップバーン:Hepburn」「アメリカン:American」「ウォーター:water」はスペル重視の表記法と言えるでしょうか--カタカナで英単語を正確に表記することは不可能。そう私は考えます。

ここで注意すべきは、英語の母語話者の発音を可能な限り正確に写し取るカタカナ表記のアイデアとして、斉藤厚見『英語発音は日本語でできる』(ちくま新書・2000年11月)が新しいカタカナシステムを、他方、池谷裕二『怖いくらい通じるカタカナ英語の法則』(講談社ブルーバックス・2008年1月)は現行のカタカナを使う、しかし、斬新な表記法を提案していること。而して、発音記号が自然言語の音声を近似的にせよ描写可能なシステムであり、かつ、発音記号とカタカナ表記との近似性をそれらがより高める試みであるとすれば斉藤・池谷の提案は満更荒唐無稽なものではないでしょう。

それらは、しかし、ある意味、「ルビ」の工夫にすぎず、実際に現存する英語の音声を前提にして始めて意味を持つものであり、日本語としての「外来語たる英語のカタカナ表記法」とは位相を異にしていると思います。すなわち、それらは、発音記号の代わりに新しいカタカナを導入する、もしくは、発音記号の代わりに現行のカタカナをより有効に活用する表記法の提案にすぎない、と。何を私は言いたいのか。次の池谷さんの著書の一例(ibid, p.83)からだけでもそれは感じていただける、鴨。

Take it easy.
テイケリーズィ


畢竟、「英語のカタカナ表記は「首尾一貫」させるべきか」を判断する上で、カタカナで英単語を正確に表記することは不可能という前提に立つべきだろう。と、そう私は考えます。



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(Ⅱ)必要か?
英語のカタカナ表記とは「英単語を日本語の語彙体系に取り込む技術と営為」に他ならない。而して、冒頭で述べたように、--というか、「言うまでもなく」でしょうか--英語が発音とスペルの乖離の甚だしい言語であることは周知の事実。

古英語(OE)と中英語(ME)を分かつノルマンコンクエスト(1066年)以降、(α)フランス語やフランス語経由で大量のラテン語・ギリシア語が英語に取り入れられたという語彙総体の肥大化と多様化だけでなく、(β)母音変化(~9世紀前半)、開音節長化(15世紀前後)、更に、真打ち登場の大母音推移(~18世紀前半)と、発音のルール自体が激変してきた。そして、(γ)発音の変化ほどにはスペルの方はそう大きくは変わらないから、発音とスペルの<泣き別れ>が英語では頻発するに至った。

畢竟、日本語がそれを自己の語彙体系に取り込もうとする英語の語彙自体が、少なくとも、スペルに殉じていてはその発音を取り入れることは困難ということ。尚、この英語史のドラマ--悲劇or喜劇?--にご興味のある向きには、橋本功『英語史入門』(慶応義塾大学出版会・2005年9月)、または、中尾俊夫・寺島迪子『図説英語史入門』(大修館書店・1988年6月)、手近な所では、中尾俊夫『英語の歴史』(講談社現代新書・1989年7月)のご一読をお薦めします。

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再度記しておきますが、英語のカタカナ表記とは英単語を日本語の語彙体系に取り込む技術と営為。そして、今野真二『百年前の日本語-書きことばが揺れた時代』(岩波新書・2012年9月)が鮮やかに示したように、この100年間でさえ外来語表記どころか日本語自体の表記法も変遷したし、その変遷は現在進行形で進行中と言える。

このことは、日本語の語彙体系において、例えば、第40代アメリカ大統領(Ronald Regan)は、大統領に初当選する直後くらいまでは「リーガン」と表記されていましたが、その後、原語発音により近い「レーガン」に改められたエピソード、あるいは、同じく固有名詞の「朴正煕」や「周恩来」は今でも「ボクセイキ」や「シュウオンライ」と発音・表記されるけれど、韓国初の女性大統領閣下は「パククネ」と発音・表記される現象を想起すれば誰しも思い半ばに過ぎることでしょう。

何より、所謂「漢字音読」における--「明」という漢字が各々「ミョウ・メイ・ミン」と異なる音声をともない順次日本語の語彙体系に組み入れられた如く--呉音・漢音・唐音の併存。加之、湯桶読みや重箱読み--二字の漢字熟語で上下の発音が訓読みと音読みと分かれる現象--の存在。これらを鑑みるに--例えば、「明」というある特定の1語に着目する場合にも、もしくは、その語彙の総体を思念するにしても--、日本語の語彙体系は多様な発音の仕組みを、よって、表記の仕組みを重層的に保持する言葉によって編み上げられているとは言えますまいか。

換言すれば、「日本語としての英語起源の外来語」もまた--その英単語自体の発音とスペルの乖離は捨象するとしても--、異なる時代に異なる発音と表記法の回路を通して日本語の語彙体系に取り込まれたものでしょう。ならば、些か同語反復になりますけれども、英語のカタカナ表記が「首尾一貫」していないのは寧ろ当然であり、それはカタカナ表記法の放漫ではなく日本語の豊饒さの証左でさえある。畢竟、英語のカタカナ表記は「首尾一貫」させる必要はないのではないか。そう私は考えます。


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(Ⅲ)妥当か?
英語にも日本語にも歴史がある。そして、歴史とは文化であり、文化とは伝統であり価値である。ならば、ひょっとすると卑弥呼の時代にまで遡る由緒ある地名を「緑が丘3丁目」に変更すること。そういう「首尾一貫」は、百歩譲って部分最適ではあり得るとしても、全体最適の施策とは限らない。

このこととパラレルに、英語のカタカナ表記を「首尾一貫」させることは幕末の黒船来航(1853年)からでも150年余の英語と日本語の交流の歴史と文化--関ヶ原の年、1600年にリーフデ号で来日したウイリアム・アダムスからは400年余の、英単語を日本語の語彙体系に取り込んできた--伝統と価値を損なうことにはなりますまいか。なりますまいか。と、私はそう危惧します。

比喩を用いて敷衍すれば、その方の年齢によってNHK大河ドラマで見ていた、織田信長や明智光秀、徳川家康や豊臣秀吉を演じていた役者さんは違うでしょう。年齢によって日本では歴史上の人物のビジュアルイメージが異なり得るということ。けれども、例えば、視聴者の世代によって異なる--<高橋英樹>や<藤岡弘>、<緒形直人>や<反町隆史>に刷込まれた(to be imprinted)--織田信長の多様なイメージの併存。すなわち、「織田信長」のイメージにおける「首尾一貫」の不在は、現代の日本社会における<織田信長>の意味の豊饒さの裏面と言える、鴨。而して、英語を巡るカタカナ表記の<揺らぎ>もこれとパラレルな事柄なの、鴨。

もっとも、言語は所詮「情報伝達のツール」。ならば、英語のカタカナ表記にせよ「首尾一貫」させることに合理性が認められる言語行為の領域や場面は確かにあると思います。具体的には、<単一のテクスト体系>においては--例えば、ある同じコンサルティングファームがある同じクライアントに提出する企画書や報告書においては--表記法が揺らぐのは不細工でしょう。

実際、ある大手のコンサルティングファームが新人君に最初に指導することが、「数字表記は半角で統一しなさい」とか、「英単語列をカタカナ表記する場合には「・」を入れるか抜くか統一しなさい」--「スター・ウォーズ」と表記するか「スターウォーズ」と表記するか「首尾一貫」させなさい--とかいう小手先のTipsなのは有名な話。でもね、クライアントに来期もコンサル契約を継続していただく上でこのTipsは結構馬鹿にできなかったりします(笑)。

ほとんどの言語行為の領域や場面では、しかし、英語のカタカナ表記を「首尾一貫」させることにそう実益も合理性もないことは明らかではないでしょうか。この状況認識が満更我田引水的な思い込みではないとするならば、--些か、本稿も竜頭蛇尾の帰結に終わりますが--上記の地平からこの問題を反芻するに、英語のカタカナ表記を「首尾一貫」させることは妥当でもない。と、そう私は考えるのです。


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テーマ : 保守主義
ジャンル : 政治・経済




朝日新聞に星浩特別編集委員の筆になる次のようなコラムが(2013年11月21日)掲載されていました。コラム自体は、一票の格差是正が遅々として進まない政界の現状を俎上に載せたもの。私は、しかし、コラムの中の「統治行為論」に対する星氏の認識に驚きました。

▼深まる憲政の危機 一票の格差、最高裁「違憲状態」 

政治の怠慢が最高裁にまた、突かれた。「国会は国権の最高機関」という権威にあぐらをかき、民主主義の基本ルールである定数是正をサボってきたのだから違憲状態という判断は、優しすぎるとさえ思える。

怠慢の理由は何か。定数配分の見直しを嫌う議員心理、党利党略・・・とさまざまだが、私は日本政治の甘えだと思う。東西冷戦期、いざとなれば米国が何とかしてくれる場面が続いた。裁判所が安保問題などに踏み込まない「統治行為論」も、まかり通ってきた。

冷戦はとっくに終焉したのに、甘えは残った。・・・憲法の理念を踏まえてルールや政策を作る。裁判所が注文をつけたら、速やかにルールや政策を改める。そうした営みこそ政治の役割のはずだ。だが、保守政治家の多くは「憲法改正」を声高に叫ぶ。いまの憲法を生かす試みは怠るが、新たな憲法なら守れるとでも言うのだろうか。・・・(以上、引用終了)



何に私は驚いたのか。それは「まかり通ってきた」という文芸評論的で無内容な言葉遣いは咎めないとしても、(1)「統治行為論」の妥当性は「東西冷戦」などとは無関係だから、加之、(2)統治行為マターの事柄に関しては、最終的な合憲性判断の権限は--憲法規範の有権解釈権は--内閣と国会にあるのであって、よって、それらのマターに関しては「憲法の理念を踏まえてルールや政策を作る。裁判所が注文をつけたら、速やかにルールや政策を改める。そうした営みこそ政治の役割のはずだ」とは言えないから。畢竟、(3)「統治行為論」は司法権の権限を制約することによって、寧ろ逆に、司法と--その司法による権利保障を重要なパーツとする--立憲主義を<暴力>や<革命>から護る憲法保障のための法技術とさえ言えるからです。要は、星氏の主張は憲法論的には完全な間違い。

敷衍しておけば、「統治行為論」は、(α)アメリカ連邦憲法の解釈の伝統においては「政治的問題」(political questions)と呼ばれる一群の領域を形成しており、(β)その「政治的問題」に関しては、司法権行使の結果が重大な政治性を帯びるがゆえに司法審査権は及ばないとされています(例えば、 Luther v. Borden(1849), Coleman v. Miller(1939), そして、「定数是正に関する司法審査は可能」と判断した、謂わば逆の方向からではありますが、明確に「政治的問題」の原理を肯定した--日本でも国会の定数是正を巡ってしばしばその名が挙げられる--Baker v. Carr(1962)等をご参照下さい)。

而して、日本で「統治行為論」が司法における憲法解釈の原理であることを示したとされる諸判決。例えば、「日米安全保障条約は、主権国としての我が国の存立の基礎に極めて重大な関係を持つ高度の政治性を有するものであり・・・裁判所の司法審査権の範囲外にある」と断じた砂川事件最高裁判決(1959)、あるいは、苫米地事件最高裁判決(1960)が述べた「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は・・・裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負う政府、国会等の政治部門の判断に任され最終的には国民の政治判断に委ねられている。これは、司法権の憲法上の本質に内在する制約である」という認識も、現行の占領憲法の母法の一つたるアメリカ連邦憲法の解釈の伝統を踏まえた穏当なものと言える、鴨。

いずれにせよ、「東西冷戦期、裁判所が安保問題などに踏み込まない「統治行為論」も、まかり通ってきた」などは完全な間違いであることは明らかでしょう。


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本稿の結論を先に述べておけば、統治行為論は、民主主義的要素の希薄な--テクノクラートたる専門家が専ら構成する--裁判所の判断が、なぜ、民主主義的要素の濃厚な「政府、国会等の政治部門」の立法や処分を覆すことが可能なのかを考える鍵である。すなわち、統治行為論に代表される司法の自己抑制がゆえに司法審査権は正当化される、と。

換言すれば、統治行為論は、占領憲法81条「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」が定める違憲立法審査権、および、アメリカ連邦憲法の規範体系にMarbury v. Madison(1803)が導入した司法審査権の憲法基礎論的の根拠--憲法の効力をゼロベースから吟味検討する法哲学的考察の帰結--につながる<導きの糸>なの、鴨。と、そう私は考えています。


簡単な話です。もし、司法による法規の違憲判決や処分の無効判決を立法議会や政府の行政・執行部門が無視する場合、司法には--まして、裁判所が個別具体的紛争の法的解決を通して憲法の解釈を行うにすぎない「付随的司法審査制」を採用する日米の司法には--その判決内容を具現する方途は存在しません。

このことは、例えば、チェロキー族を巡る事件(Worcester v. Georgia(1832))ではジョージア州政府と州裁判所だけでなく、問題の政治的解決--要は、チェロキー族が「涙の道」を辿って郷里の土地を追い払われるまで!--時の、ジャクソン大統領も連邦最高裁の判決をほぼ無視した経緯を反芻すれば思い半ばに過ぎるのではないでしょうか。

而して、奴隷解放に連なる<正義の戦争>と賛美される南北戦争は、ある意味、アメリカ連邦憲法の司法審査を通してだけでは奴隷解放には限界があることを冷静に示したDred Scott v. Sandford(1857)を反故にする政治部門側からの司法への反撃と見るべき、鴨。あるいは、数多の違憲判決にもかかわらず違憲と判断された連邦法と酷似した「ニューディール立法」を議会に作らせ続けたフランクリン・ルーズベルト大統領の行いもまた一種の「立法議会や政府の行政・執行部門が司法府の判断を無視」した事例でしょう。

政府の政治部門が司法の判断を無視する場合、司法府には--国民世論からの政治部門への政治的批判という司法外の回路を除けば--現実政治における自己の判断内容を具現する手段はない。そして、この現実政治における<事実>的の経緯は、繰り返しになりますけれども、憲法基礎論から見れば、民主主義的要素の希薄な司法府の判断が民主主義的要素の濃厚な「政府、国会等の政治部門」の立法や処分を覆すことが可能になる<法論理>的の経緯の裏面であろうと思います。ならば、これらのことを直視するとき、司法が自己の権威を守るために司法審査可能な領域に自己制約をかけることは寧ろ当然のことではないでしょうか。


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蓋し、統治行為論は立憲主義を守る<安全弁>である。この私の認識は、司法審査権の正当化の源泉を「天賦人権」なるものに求める論者には容易に頷ずけないもの、鴨。しかし、「天賦人権論」--すなわち、人間であることだけを理由に認められる普遍的な権利が存在するというアイデア--は成立可能としても、具体的な内容を持つ普遍妥当な<天賦人権>なるものが存在し得ない以上、「天賦人権論」による司法審査権の正当化は、すでに死んでいる<北斗の拳>、もしくは、循環論法による自己正当化、あるいは、その両方にすぎないと思います。

司法審査の正当性を巡る循環論法
・天賦人権論→天賦人権の存在根拠
・天賦人権の存在→司法審査の正当性の存在根拠
・司法審査を通した具体的な権利内容の発見→天賦人権の認識根拠
・司法審査を通した天賦人権の認識可能性の根拠→天賦人権論



ならば、学習院大学の青井美帆さんの次のような主張。

「明治憲法には、人々の自由や人権という概念や、その保障のための制度が、大いに欠けていた。そもそも、<人が生まれながらにして自由であり、人格において対等である>という考えや、<人が人であるという理由のみで人権を有する>という考えを、明治憲法はとるところでは・・・なかった。

しかしながら、わが国も含めて第二次世界大戦後の諸国は、近代市民革命の理念を改めて評価し、個人の自由や人権を基本に据える憲法観を追求してきている。

ある言明は、<わたし>と<あなた>の立場を入れ替えてもなお、正義に合致する場合に、普遍性を標榜できるところ、天賦人権という思考は、ヨーロッパ由来ではあるものの、右のような普遍性を認められるがゆえに、わが国も含めて多くの国において「普遍的価値」として掲げられているのだ」

『世界』(2013年6月号)所収
「憲法は何のためにあるのか-自由と人権、そして立憲主義について」pp.87-88)

という主張もまた--別稿でも記した如く--それは、①確定不可能な「正義」観念の基盤の上に、②自説と整合的な個人モデルと社会関係モデルを間主観的なものと看做す恣意的なロジックは--世界観を異にする諸個人を交換可能な<わたし>と<あなた>に見立てる手法と理路は--、ロールズばりの杜撰で強引なロジックでしかなく、また、③プレーヤーにすぎないご自分が審判を兼ねて「天賦人権という思考は、ヨーロッパ由来ではあるものの、右のような普遍性を認められる」と呟いているにすぎないもの。畢竟、この主張もまた根拠薄弱かつ無内容な循環論法の一種なの、鴨です。


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天賦人権論を信奉する論者から見れば、国家権力は権利を侵害する実力と傾向を持つ<必要悪>なのかもしれません。けれども、諸外国から--それらもまた天賦人権論からは<必要悪>でしかない諸外国から--自国民を専ら守護する実力と意志を持つものは独り自分の属する<国家>のみ。すなわち、憲法が正当化する政治権力としての<国家>は、諸外国やテロ集団、更には、天変地異--支那や韓国、アルカイダやガミラス、巨大台風や小惑星の衝突--からその自国民を護る存在である。

ならば、(ⅰ)行政サービスと治安の維持のみならず、(ⅱ)安全保障、および、(ⅲ)国民の<国家>への社会統合をも担う、国家権力の正当性を吟味検討する憲法基礎論においては--専ら(ⅰ)を念頭に置く立憲主義とは違い--その考察に登場するプレーヤーは「国家権力」と「国民」だけではないし、その両プレーヤーの関係も必ずしも敵対的一色ではありません。

畢竟、いずれにせよ、国家権力は立憲主義がカバー可能な範囲を超える守備範囲をも担っている。ならば、国家権力がその政治的の裁量によって国民の権利の幾ばくかを制約する場合もあることは当然のことでしょう。そのような<国家>の事物の本性と存在意義から見て、蓋し、統治行為論とは立憲主義--および、司法審査権--に適正な守備範囲を配分する法の技術であり法の智慧である。と、そう私は考えます。

尚、<天賦人権>の不存在、および、「天賦人権論」による立憲主義の正当化が破綻している経緯、そして、憲法の概念については下記拙稿をご参照いただきたいと思います。

・瓦解する天賦人権論-立憲主義の<脱構築>、
 あるいは、<言語ゲーム>としての立憲主義(1)~(9)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61686136.html

・憲法96条--改正条項--の改正は立憲主義に反する「法学的意味の革命」か(1)~(6)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61963692.html

・保守主義-保守主義の憲法観
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60996566.html



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木花咲耶姫


テーマ : 国家論・憲法総論
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大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
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