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予告していました記事、アップロードします。
この(↓)記事です。
 
・予告!! 「one パラ道場-あしながおじさん"Blue Wednesday" de 英文読解」の画像キャスト決定なのら!!
 
ただし、現在までに110点をこえる日本語の訳書が出ていることに鑑み、KABUの日本語訳は割愛することにしました。というか、「あしながおじさん"Blue Wednesday"」(DL-BW)もDL全体の中に置かれて初めて整合的に解釈可能になるわけで、BW単体の訳は「小さな親切、大きなお世話」というか、逆に、有害でさえあると考えたからです。ご了承ください。
而して、予告記事でも紹介いたしました次の4点のいずれかの並読をお薦めいたします。いずれも、近隣の図書館に常備されているでしょう。または、いずれも「1000円」札で――よって、ワンコインとはいきませんが500円玉2枚で――お釣りがくるもの。もし、お手許に同書がないようならこの機会に――もちろん、どれか1冊でいいですよ!――入手されるのも悪くないと思います。いかがでしょうか。
 
1)あしながおじさん(松本恵子・新潮文庫)
2)あしながおじさん(木村由利子・集英社みらい文庫)
3)あしながおじさん(坪井郁美・福音館書店)
4)あしながおじさん(谷口由美子・岩波少年文庫)
 
準動詞略記号
to 不定詞――to-V
原形不定詞―ba-V
動名詞――Vg-ing 
現在分詞―Vp-ing 
過去分詞―V-pp
 
 
・資料:DADDY-LONG-LEGS (全文)
 
・資料:DADDY-LONG-LEGS ”BLUE WEDNESDAY”(全文) 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/eb5d28f1a84923bbdf9d2c04def4aa3f

(※本テクストは原作者の著作権は切れています)



DADDY-LONG-LEGS


"BLUE WEDNESDAY"

(S1-3)
The first Wednesday in every month was a Perfectly Awful Day—a day to be awaited with dread, endured with courage and forgotten with haste. Every floor must be spotless, every chair dustless, and every bed without a wrinkle. Ninety-seven squirming little orphans must be scrubbed and combed and buttoned into freshly starched ginghams; and all ninety-seven reminded of their manners, and told to say, "Yes, sir," "No, sir," whenever a Trustee spoke. 

(S4-8)
It was a distressing time; and poor Jerusha Abbott, being the oldest orphan, had to bear the brunt of it. But this particular first Wednesday, like its predecessors, finally dragged itself to a close. Jerusha escaped from the pantry where she had been making sandwiches for the asylum's guests, and turned upstairs to accomplish her regular work. Her special care was room F, where eleven little tots, from four to seven, occupied eleven little cots set in a row. Jerusha assembled her charges, straightened their rumpled frocks, wiped their noses, and started them in an orderly and willing line towards the dining-room to engage themselves for a blessed half hour with bread and milk and prune pudding. 

(S9-12)
Then she dropped down on the window seat and leaned throbbing temples against the cool glass. She had been on her feet since five that morning, doing everybody's bidding, scolded and hurried by a nervous matron. Mrs. Lippett, behind the scenes, did not always maintain that calm and pompous dignity with which she faced an audience of Trustees and lady visitors. Jerusha gazed out across a broad stretch of frozen lawn, beyond the tall iron paling that marked the confines of the asylum, down undulating ridges sprinkled with country estates, to the spires of the village rising from the midst of bare trees.



(S13-18)
The day was ended—quite successfully, so far as she knew. The Trustees and the visiting committee had made their rounds, and read their reports, and drunk their tea, and now were hurrying home to their own cheerful firesides, to forget their bothersome little charges for another month. Jerusha leaned forward watching with curiosity—and a touch of wistfulness—the stream of carriages and automobiles that rolled out of the asylum gates. In imagination she followed first one equipage then another to the big houses dotted along the hillside. She pictured herself in a fur coat and a velvet hat trimmed with feathers leaning back in the seat and nonchalantly murmuring "Home" to the driver. But on the door-sill of her home the picture grew blurred. 

(S19-20)
Jerusha had an imagination—an imagination, Mrs. Lippett told her, that would get her into trouble if she didn't take care—but keen as it was, it could not carry her beyond the front porch of the houses she would enter. Poor, eager, adventurous little Jerusha, in all her seventeen years, had never stepped inside an ordinary house; she could not picture the daily routine of those other human beings who carried on their lives undiscommoded by orphans.

<語彙>

(S0-3)
blue:憂鬱な/落ち込む・へこむ(南北戦争時の「北軍の」、現在のアメリカでは「民主党の」そして「猥褻な」の意味もblueは帯びています。ちなみに「南軍の:gray」「共和党の:red」), 

awful:恐ろしい/(悪い方に)酷いく凄まじい(≒terrible), await:抽象的な事柄や事態のの生起を待ちかまえる(cf. waitは具体的な出来事や人物・亊物を待つ),  endure:苦痛や困難などのハードシップを耐え忍ぶ/覚悟して長期にわたり我慢する, courage:勇気/度胸や心意気,  spotless/dustless:染みひとつない/ホコリひとつない, wrinkle:しわ(語源は「しぼりる/つねる」wrenchは同語源), squirm:身をよじる/もぞもぞする, orphan:孤児(ギリシア語源に遡る「親族に先立たれたひと/孤立した孤独なひと」が原意),  scrub/combe:ごしごしみがく/髪をすく, button into~:~という衣服をきちんと着させる,  ginghams:格子柄の平織りの布地で作られた衣服(不可算名詞のginghamが複数形になっていることに注意してください),  

remind A of ~:Aという人物(擬人化された対象)に~を肝に銘じさせる/思い起こさせる, manners:礼儀作法/行儀(a mannerは「方法や具体的な態度」), trustee:他人の財産の運用管理の受託者/大学や公共施設組織の監督権限者(英米法のequity -衡平法の代表的な制度「trust:信託制度 」由来のかなり奥行きのある語彙です。少なくとも、trustは「財団法人」ではないのですから、trusteeを単に「孤児院の評議員/理事」と訳するのはもったいない、鴨)

(S4-8)
distressing:悩みの元となる/悩ましい,  bear the brunt of it:攻撃や非難の矢面に立つ, predecessor:先人や前に起こったできごと, drag itself to a close:終わりになる(≒end), escape from~:~から逃れる/~をまぬがれる, pantry:食料品室(食材がおかれているkitchen),  asylum:一般的に保護が必要な人々に対する施設(ここではorphanage「孤児院」の意味),  accomplish:義務や責務をなしとげる(類義語のachieve は「努力して、または、才能によって成果を出す」という語感もおびます), 
special care:特に割り当てられた関心事やタスク,  tot:小児(tots≒little  children), cot:簡易ベッド, set in a row:一列に並べられた(TOEICの重要語彙ですよ),  charge:責任や責務/自分がその世話をまかされている対象の人々, rumple:服や紙をしわくちゃにする, frock:原意は「修道僧の平服」転じて「ゆったりしたそまつな農夫や子供たちの普段着」, engage onemsel for~:~に従事する/没頭する, blessed :楽しい(祈願のセンテンス以外では常に限定用法の形容詞です), 

(S9-12)
lean:(vt)もたれかけさせる/傾ける, throb:ずきずきと痛む, temple:こめかみ, on one's feet:立ち続ける/自立している,  bidding:言いつけ/命令, matron:公共施設の女性監督責任者/寮母, calm:天候や人柄が穏やかな,  pompous:慇懃でもったいぶった, dignity:威厳/人格の尊厳,  an audience:面会/謁見, gazed out/beyond/down:外を/越えて/見下ろす形でじっと見る,  paling:杭をめぐらした柵,  confine:ある領域の範囲,  undulating:起伏にとんだ, ridges:山や丘の尾根,  country estate:田園地方の大きな屋敷, the spires:教会の尖塔,  midst:真ん中/~の最中に, bare trees:葉っぱが落ちてしまった(冬の)木々, 



(S13-18)
so far as ~:~の限りでは, visiting committee:客員視察員, round:巡回/巡視, one's own fireside:自分の家庭/わが家, bothersome:(≒troublesome)面倒な/少しやっかいな, charge:責務/任務,  lean:(vi)もたれかかる/傾く, curiosity:好奇心, a touch of:幾ばくかの, wistfulness:物欲しそうな/うらやましいという気持ち, carriage:自家用の馬車(cf.幌馬車はcovered wagon),  automobile:自動車(T型フォードが登場したのは1908年!), 
roll out:次からつぎに転がり出ていく, equipage:装備一式/乗り物と運転手および乗客のひとまとまり, dot:点在する, picture:心に描く,  be trimmed with~:~を材料にして飾られている, nonchalantly:平然と/それがあたりまえのように無頓着に, murmur:低い声でささやく, door-sill:戸の敷居,  blur:ぼやけさせる(≒grow faint, また「loom」は反意語彙の一つです), 

(S19-20)
take care:気をつける, keen:(≒sharp)鋭い/鋭敏な,  front porch:(≒front door)玄関の扉,  adventurous:冒険好きな,  daily routine:(≒daily life)普通の日常生活,  carry on:営む, undiscommoded:(≒undisturbed)邪魔されない/煩わされない, 


<読解躓きの石―時代背景の情報>
(S15)「Jerusha leaned forward watching with curiosity—and a touch of wistfulness—the stream of carriages and automobiles that rolled out of the asylum gates. 」(ジルーシャは、身を前に乗り出すようにして、幾ばくかの羨ましさと心に寂しさを抱きながら、施設の門から次々に出ていく自動車と馬車を好奇心から見ていた)、と。ここでなにげに「馬車」が登場することに時代を感じましたか? 
この他にも、例えば、DL, F. Sep 24;  DL, F. July 12・・・いくらでも「馬車」は出てきます。
このDL の舞台は――DL の出版年(1912)からも、また、DL の続編ともいうべき『続あしながおじさん:DE』の記述と突き合わせても――1910年の少し前。そして、アメリカに本格的なモータリゼーションをもたらした、あの「T型フォード」が誕生したのが1908年なのです!
ちなみに、DL のアイデアは、その少女時代から後見人をつとめた「若くして亡くなった友人の娘」と大統領として――ご自分も初婚で!――結婚した、クリーブランド大統領(第22・24代:1885-1889, 1893-1897)のエピソードに影響を受けているとよく語られています。ウェブスター女史ご自身の大学時代が「1897-1901」ということを鑑みれば、この説は満更荒唐無稽ではないの、鴨です。

・宗教と憲法--アメリカ大統領選の背景とアメリカ建国の風景
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3a1242727550e8e31a9133aa154f11bf
<関連記事>
・英文読解 one パラ道場:英語教材として読む安倍談話(英文全文)-【前口上-本編-余滴】
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f169c76ce342703e5816dc9ce8b9e0f1

Jerusha Abbott


<(2)に続く>
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・・・さよなら「国連」~♪

・・・二度と日本にくんな!



国連は「主体」ではなく「舞台」です:国連人権委員会の正体 国連は日本を非難しないと出世しない組織 (追補あり)

http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/281ecc781b65365010ebbc819dc71016


>外務省はこの国連報告者の解任を要求せよ!
>この報告者の解任まで国連分担金凍結せよ!

共謀罪」法案への国連報告者書簡は不適切、強く抗議=菅官房長官

ロイター2017年05月22日12時48分
[東京 22日 ロイター] - 菅義偉官房長官は22日午前の会見で、人権状況などを調査・監視する国連特別報告者が「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案はプライバシーや表現の自由を制約するおそれがあるとの書簡を安倍晋三首相に送ったことについて、「不適切なものであり、強く抗議を行っている」と述べた。

菅官房長官は「特別報告者という立場は独立した個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であり、国連の立場を反映するものではない」と強調。「プライバシーの権利や表現の自由などを不当に制約する恣意的運用がなされるということはまったく当たらない」との見方を示した。

報道によると、国連特別報告者で「プライバシー権」を担当するジョセフ・カナタチ氏は18日付の書簡で同法案について「プライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」と指摘。「法案の成立を急いでいるため、十分に公の議論がされておらず、人権に有害な影響を及ぼす危険性がある」としている。

菅官房長官はこの書簡に対し「政府や外務省が直接説明する機会はない。公開書簡で一方的に発出した。法案は187の国と地域が締結する条約の締結に必要な国内法整備だ」と反論した。


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先日、所謂「テロ等準備罪」が衆議院法務委員会で、与党および維新の賛成多数で可決されたことに対して、日本のリベラルメディアの中には「採決強行」とか「強行採決」とネガティブな印象操作がみられるようです。例えば、「「共謀罪」衆院委で強行採決 自公維が賛成、可決」(朝日新聞・2017年5月19日)とか「赤狩りと同じ 「テロリスト」国家の胸一つ-立憲主義に危機感も」(毎日新聞・2017年5月17日)。

 

極めつけは、「共謀罪」は「実行行為があって初めて犯罪が成立するという刑法の原則に逸脱する」「共謀罪は実行行為を処罰する刑法の原則を大きく変質させるもので、憲法が保障する内心の自由を侵しかねない重大な危険がある」とかなんとかの朝日新聞や北海道新聞の記事の口ぶり。

 

あのー「実行行為」というのは「刑法各条の構成要件に該当する行為」という意味ですから、所謂「共謀罪」がその条項を定めた段階で「共謀罪も実行行為があって初めて犯罪が成立する」ものでしかないんですけど。そんなんいうなら、--「実行行為」を事実的ではなく法的に有意味なタイプの行為ととらえるのでなければ--「不真正不作為犯-刑法が基本的に「作為」の犯罪類型を予想する犯罪行為を「なにもしない-不作為」で犯す犯罪のパターン」はすべて「実行行為がなくても成立」する犯罪類型といっても満更間違いないのではないですか。刑事法の基本とか歴史的沿革-比較法的のパースペクティブとかもう少し勉強して記事書かれたらどうでしょうかね、朝日新聞さん。ていうか、朝日新聞さんくらいになれば<確信犯>、鴨ですけれどもね。

 

而して、英米法系の国々ではそれ「共謀罪」は「由緒正しいコモンロー」由来の普通の犯罪類型であり、多くの大陸法諸国でも――特に、組織犯罪に関しては――古くから認められてきた犯罪類型である。にも関わらず、それを「近代刑法の原則を踏みにじるもの」とか「立憲主義の精神に反する」とか講釈を垂れる無知な憲法研究者に対して――この犯罪類型が近代刑法理論には毫も反しないことを知りながら――だんまりを決め込んでおられる刑事法研究者の方々が少なくないのは残念です。

 

・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6

 

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1990年ころ、アメリカでe-learning教材(≒英語系スマホアプリ教材)を見学したときには、正直、「おもちゃじゃん」と思いました。けれど、2000年には、その中には--いまの「クラウド」のコンセプトも入った--内容的にも使い勝手も素晴らしいものもいくつかあると認めざるをなっていた。まだ、当時は、玉石混淆で、かつ、「石」が大部分でしたけどね。
 

でも、2005年に自分が開発したe-learningメソッドは今でも(実はコスパが悪く本格的な市販はできませんでしたが、悔!)、これであれば、どこでも、だれでも、どんな英語力のひとでも「英語で自分のしたいこと」ができるように、短期間になるというすぐれものだったと思います。
 

で、2010年。東北の震災の1年前。そのわたしの<自信作>とほとんどパフォーマンスにおいて同様のものが--ただし、コスパとマーケティングを考えて--複数のタイトルのセットに区分けされて幾つも世に出た。それをを見て。正直、悔しいとかいうより、やっぱ、「正義は勝つ」「水は高きから低きに流れる」ものだと、なんか、むしろ、心が安らかになりました。
 

そして、この5~6年。それ専門の、才能と野心のある若手が、
どんどん創意工夫を重ねている。元業界の人としては嬉しいです。

 

だから、英語学習。教材としてはアプリでも十分なのですよ。むしろ、今、必要なのは、アプリの「コンシェルジェ」とか「シューフィッター」さんとか「コーチ」さんなの、鴨です。

蓋し、ただで手にいる情報にはやはりリスクというかあたりはずれがあるのだと思います。それも、各自の「研修納期・現在の英語運用能力・投入できる時間の予算、そして、ほんとうのお金の予算」によって、その

 

>あたりはずれも

 

人によって、また同一人でも時期によって異なるから。
そして、アプリ学習がもろ刃の剣なのには、
あたりはずれの度合いが大きいのには、

 

>モティベーションの問題

 

があるのだと思います。要は、要は、それは隙間時間でもやれるし、
ゲーム感覚の楽しいものではあるけれど、やはり、
人間て意志弱いですからね(笑)

 

>いつでも、どこでも学習できる<教材>は
>結局、いつまでも、だれもやらない<教材>になりがちということ

 

だからこそ、スマホアプリにこそ<コーチ>が必要なのだと思います。
だれかが、いつも、自分の成長やなまけ具合に気を配ってくれているという契機。
この要素や契機がスマホアプリ教材にこそ肝要だろうと思うということ。
実は、2005年の<自信作>はこのコーチング機能も搭載していたのですよ(←自慢?)

いずれにせよ、英語学習において、というか、あらゆる<学習>において、
「モティベーション」のコントロール/マネージメントのスキルこそが<才能>なのだと思います。

これ、あの、あの、あの

 

>あの、ひとつの、いわゆる、なんというか~♪

 

の天才・長嶋茂雄氏自身も「努力(し続けることが)できるのも才能のうち」とか述べておられますから。彼は、立教大学時代とはちがい、プロ入り後は、「プロ」として--努力はお客さんにプロは見せるものではないという美意識からでしょうか--他人の見ているまえでは「努力」しないように気をつけていたらしい。そのように他人=お客さんの目を気にかけながら、お雇いの秘書さんなんかの車でわざわざ田園調布の自宅裏口から出て、引退まで巨人軍の2軍の選手さんよりもハードな「努力」を、某、われらが(!)新百合ヶ丘近辺の某読売クラブでされていたそうな(←当時はもう、多摩川練習場ではないですから!)。そうこれ、あのAKB48の横山由依総監督が「努力家だと他人に言われているうちは、まだ努力が足りへんねん」と喝破された経緯と通底するもの、鴨。
 

蓋し、

 

>モチベーションってわざわざ維持しないといけないもの

 

とは、天才ならぬわれわれ凡人には「鉄則」だと思います。
繰り返しますが、スマホアプリ教材は楽しいです。
この「楽しさ」をモチベーションにつなげて頑張ってください。

 

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P/S
画像にも登場する「英字新聞」。日本では、例えば、
朝日新聞の新聞店にたのめば、週一回(大体、日曜日)に
New York Times Weeklyを配達してもらえます(多分、月額1050円)
NYTはKABUの不倶戴天の敵のリベラル系の代表的メディアですが、
同じく、フェイクニュースの巨頭=朝日新聞などとは違い、
その紙面の英語は論理も語彙もわるくはないです。

モチベーションの維持のためにもこれはお薦めいたします。

だって、ネットでもNYTの記事もWPSTの記事もいつでも読める時代では
ありますが、というか、いつでもだれでも読める時代であればこそ。

 

>いつでも、どこでも読める<記事>は
>結局、いつまでも、だれも読まない<記事>になりがち

 

ですからね(笑) それと、リベラル派の主張がいかに駄目かを
多くの方が自分自身で確認されるというのは長い目で見て、
保守派にとって悪い話ではないと思いますから。

頑張りましょう。
共に闘わん。

 

・海馬之玄関認定ーー使える英語をものにしたいの、という向きにお薦めの3ブログ紹介
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/affa0dbf8ba7dae9baea52eff35a72f5

・使える英語をものにしたいの、という向きにお薦めの
「地に足のついた=井ノ上ゆきさん」のブログ紹介
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/87f736b606708b8cfed08dde1056e135


 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 


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記事紹介。これ(↓)です。

・裁判員裁判、左翼層が嫌がる理由(深田萌絵のバックアップブログ)
 http://ameblo.jp/w1-123/entry-12276071685.html


>私はリベラル派が、組織的に、そう、「ユダヤ」とか「フリーメーソン」とかの
>陰謀史観的なものとして「裁判員制度」に反対しているかどうかはわかりません。
>ただ、この制度導入の際に、「市民を権力側にとりくむたくらみ」だとかなんとか、
>そんな理屈(笑)を彼等が述べていたことはくっきり覚えています。
>要は、リベラル派にとっては(司法といえども)権力は<市民>の敵でないと
まずいんだろうな、と。資料としてリブロさせていただきます。
 
・応報刑思想の逆襲(1)~(5-資料編)←(5)で裁判員制度について少し詳しく述べています
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11415049470.html
 
・野蛮な死刑廃止論と人倫に適った死刑肯定論
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139881999.html
 
・「精神障害者も社会に入れて」ですと? 考え違いもはなはだしい!
 https://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65362424.html
 
===


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日本のリベラル派の言論の中では、「右傾化」とか「前のめり」とか、「偏狭なナショナリズム」とか「政治的中立」等々の意味不明の言葉が流布しているようです。蓋し、朝日新聞の社説を見ればこれらの指示対象を欠く<詩的言語>の展示即売会状態。そして、例えば、安倍政権の右傾化を危惧する朝日新聞元主筆の若宮啓文氏も、毎日新聞特別顧問だった岩見隆夫氏との対談(「論争対談・憲法改正は是か非か」中央公論 2013年 4月号所収)の中で、岩見氏に「右傾化ってなんですか」と聞かれて、それがはっきりした意味を持っていないことを認めていますものね(笑)。そして、最後には「右傾化とか、右翼と左翼という区別にあまり意味はない」(p.85)と口走っている(爆)。 

・日本社会の「右傾化」を嘆き憤るリベラル派の怠慢と傲岸
 --マーケットが変化したのなら商品の方を変えなさい
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dda58e6b05976d6658553df6d20742f 

・歴史修正主義を批判するリベラル派の知性の貧困
 --占領憲法をガダラの豚にしましょう
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2ffba4995d2eb09dd748dd083b09e224 

ならば、リベラル派は、例えば、集団的自衛権の政府解釈見直しとか、憲法改正、河野談話および村山談話の見直しとか、首相の靖国神社参拝、公立学校での日の丸・君が代の尊重等々のポレミックなイシューで自分達の主張と反対の動きに便宜的に「右傾化」というレッテルを貼ってるだけということ、鴨。ならば、この言葉、「AKB化」とか「裏千家風」とか、なんでもいいんじゃないんでしょうかね。

而して、本稿はこのような<言葉>に対する問題関心を軸にして、オリンピックとナショナリズムを巡る関係を一瞥するものです。というのも、日本では、いまだに、「ダルビッシュ投手は、・・・日の丸の重みになど負けず、ボールを言語として野球というスポーツを戦おうとしている。日の丸はただチームの象徴であるだけだ」(朝日新聞・2008年8月12日)とか「五輪憲章に「オリンピック競技大会は個人種目または団体種目での選手間の競争であり国家間の競争ではない」と規定されている。・・・五輪で国は深い意味合いを持たない」(朝日新聞・2010年2月24日)などという無知蒙昧の反日リベラルの言説が堂々と全国紙の紙面に掲載されているから。

敷衍します。確かに、『オリンピック憲章:Olympic Charter』(2010年2月11日版)の(Ⅰ章6-1)には、「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」(The Olympic Games are competitions between athletes in individual or team events and not between countries. )と書いてあります。では、なぜ、無知蒙昧とまで書くのか。

はい、それは--論証は下記拙稿をご参照いただきたいのですけれど--、五輪憲章においてさえ「五輪で国は深い意味合いを持たない」ということは全くの間違いだからです。きっぱり。

蓋し、オリンピックは民間の法人(IOC)が勧進元として運営する大会、よって、土台、オリンピックが国家を代表する選手で運営されることはないのです。けれども、オリンピックの出場選手は各国のオリンピック委員会(NOC)が選択した選手に限られており、また、NOCと国との関係は五輪憲章上からも不可分というか表裏一体のものということ(Ⅳ章27, 30, V章II-40, 41)。よって、この「五輪と国」の関係を巡る現象はオリンピックやサッカーワールドカップを契機にして「ナショナリズム」を政策的に高揚させる国もあれば、それほどでもないかなーという国もあるという、程度問題にすぎないのだと思います。 

・決定! 東京オリンピック2020--
 筋違いの<五輪幻想>から解脱して素直に喜びませんか(上)~(下)
 (中の後半から下で「五輪と国」の位置づけについて詳述しています)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/fa85b8d450d4bd78e80bbfac862f7fb6 

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いきなり結論に行きます。蓋し、(ⅰ)オリンピックをどう位置づけるかは五輪憲章などに拘束される筋合いはなく、各国、各人の自由であるということ。ならば、五輪憲章に「オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と書いてあろうが、あるタイプの国が--例えば、支那とか韓国とか北朝鮮のような国が--オリンピックやサッカーワールドカップを契機にして「ナショナリズム」を政策的に高揚させることは悪趣味としても自由であり、また、あるタイプの国では--例えば、日本や米国や英国では--その国民が「ナショナリズム」を満喫する、すなわち、ある種のカタルシスとアイデンティティの確認を国民総出で体験する--時空をまたぐ<行く年来る年→速攻の初詣>ともいうべき--イベントとしてこのスポーツコンテンツを消費するのも自由であろうということ。

而して、「ナショナリズム」とは何か。

と、そんな大仰な議論はここでは割愛して--逃げるわけじゃなかです。詳細は下記拙稿をご参照ください、眠たくなるのはほぼ確実でしょうけど(泣笑)--、(ⅱ)オリンピックやサッカーワールドカップという契機を通して消費される「ナショナリズム」とは、文字通り、「国民国家-主権国家」に憑依するものであり、厳密に言えば、エスニシティ―に憑依するものではないということ。

ならば、(ⅲ)エスニシティ―とは異なり極めて歴史的に特殊な観念表象である<国民>が、そう自然な存在ではなく人工的なものであるとすれば、その<国民>を社会統合することが「国民国家-主権国家」の最大級のタスクであると考える場合、オリンピックやサッカーワールドカップを利用するか借用するかの差は置いておくとしても、オリンピックやサッカーワールドカップという<場>が「ナショナリズム」の祝祭になることはなんら問題ではない。と、そう私は考えます。
 
畢竟、オリンピックやサッカーワールドカップは<戦争>なのです。ならば、<戦時国際法>を順守する限り、オリンピックやサッカーワールドカップなどはなんでもありの世界である。だから、ノーベル平和賞とかに公平性や普遍性をなにがしか期待する以上に、究極のところ、オリンピックやサッカーワールドカップに公平性などを期待するのは愚かなことだ。と、そう私は思います。

而して、英国の平和主義者、ジョン・ラスキン(John Ruskin;1819年-1900年)が喝破した如く、「戦争はすべての技術の基礎なのだ。というのも、戦争が人間のあらゆる高い徳と能力の礎だという意味でもある。この発見は、私にとって何とも奇妙で、非常に怖ろしいことだったが、けっして否定出来ない事実に思えた・・・。簡単にいえば、偉大な国民はみな、その言葉と真実と思想の力を戦争で学ぶこと、戦争に養われ平和に消耗させられること、戦争に教えられ平和に欺かれること、戦争に鍛えられ平和に裏切られること、要するに戦争で生まれ、平和で息を引き取ることがわかった」という認識。

よって、戦争を直視すること、すなわち、戦争を含む非常事態が惹起する恒常的蓋然性から目を背けるべきではなく、それに常に備えるべきなのだという認識がそう満更間違いではないとすれば。「国民国家-主権国家」とその<国民>は、オリンピックやサッカーワールドカップという<戦争>に真面目に取り組まねばならない、とも。

(ⅰ)オリンピックやサッカーワールドカップをどう位置づけるかは見る側の自由である
(ⅱ)「ナショナリズム」とは「国民国家-主権国家」単位に成立する観念表象である
(ⅲ)オリンピックやサッカーワールドカップが「ナショナリズム」の祝祭なのは当然である

・「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(1)~(6)
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11146780998.html

・天皇制と国民主権は矛盾するか(上)~(下)
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11136660418.html

・国家神道は政教分離原則に言う<宗教>ではない
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/e9bd71b8e89b78acebe2041a11217ee4

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オリンピックやサッカーワールドカップを巡ってリベラル派は何を危惧しているのか。リベラル派になったことは一度もないので想像するしかありませんけれど、それは、おそらく、「国民国家-主権国家」を超える<地球市民>という彼等の諸々の主張を支えるイメージがそれらのイベントコンテンツを通して、ますます、その神通力を失うことなの、鴨。と、そう感じます。

敷衍すれば、グローバル化の時代、ある「国民国家-主権国家」が果たせる行政サービスの領域や能力は逓減している、そして、だからこそ、「国民国家-主権国家」の必須のタスクたる<国民>の社会統合における「国民国家-主権国家」への期待は大きくなってきた。こんなパラドキシカルな状況を前に、「国民国家-主権国家」も<国民>も、リベラル派が喧伝してきた<地球市民>なるものからますます離れ、<ナショナル>なものに向かうことに彼等は茫然自失しているの、鴨。まー、想像ですけどね。

蓋し、ナショナリズムとは元来、多様な民族を百花繚乱的に包摂していたより普遍的な--ある意味、一個の宇宙とでも言うべき--<帝国>が解体した後、それの民族よりは同質性の高い--言語・文化、歴史認識において同質性の高い--幾つかの民族を囲い込むための<政治的神話>だったのだと思います。

だってね、英国のスコットランドとか、スペインのバスクとか、あるいは、アイヌの方とか沖縄の人とかを想起するまでもなく、あのー、九州や関西と神奈川や山形ではね、お餅や味噌だけでなく、結婚の際の新居の準備を新郎新婦のどちら側が負担するかさえルールが違いますから。つまり、ナショナリズムを、アーネスト・ゲルナーの言う如く「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」と定義するとしても、その「民族的単位」には幾分の多様性はあるということ。


而して、重要なことは、はっきり言えば<嘘>である、<日本国民>や<フランス国民>の一体性や等質性なる<政治的神話>は、しかし、グローバル化の中で資本主義の暴力と、あるいは、東アジア地域における特定アジア諸国の脅威にさらされている日本国民を想起すれば自明なように、現在の人類史においては人々にとって<役に立つ嘘>であるということ。そして、繰り返しになりますけれど、だからこそ、その<嘘>の効果を維持強化することは冗談抜きに重要な国家のタスクであり、ならば、その国民がオリンピックやサッカーワールドカップを契機にナショナリズムを満喫することに反日リベラルはいちゃもんつけるんじゃねぇー! と、そう私は思います。

畢竟、<国民>の権利と<外国人>の権利が異なるのは当然なのです。ただし、オールオアナッシングではなく当然に<外国人>に認められる権利は存在する。よって、問題は正当な<外国人>の権利の侵害であり、それは実は、ナショナリズムとは無関係。なぜならば、権利の正当性を決めるものはナショナリズムに底礎された憲法秩序でしかないからです。

而して、所謂「ヘイトスピーチ」を規制する立法というものは、実は、あたかもメシアの出現を待ち望むかの如く、<地球市民>なるものの到来を指折り数えて待っている日本独特のリベラル派の色彩よりも、間違いなく、些か多様な人々を「国民国家-主権国家」につなぎとめる極めてナショナリズムの色彩が濃厚なものでしょう。ならば、<国家>に対する<国民>の社会統合のパフォーマンスが、そんな立法が必要な欧州各国程にはお粗末ではない日本ではそんな--表現の自由を表現内容を基準に一律に規制するなどという、英米の憲法訴訟論の見地からはほとんど<ナチス>や<スターリン>や<毛沢東>ものの--立法は不要。

そして、「偏狭なナショナリズム」なる指示対象のない意味不明の言葉で語られる事象に、本当に何か社会的に解決すべき問題があるとすれば、その行為者の行動を個別に批判すればよい。畢竟、「偏狭なナショナリズム」なり「偏狭なAKB48」なりの意味不明の言葉で、十羽一絡げ的に「ナショナリズム」自体に問題があるとするリベラル派の言説は論理的にも思想的にも破綻している。と、そう私は考えます。 

・愛国心-郷土愛:”祖国とは・・・・” (追補あり)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a4da343e2d1afbc46cb8b7a6ef480312

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このブログ友の記事(↓)を読んで複雑な感想を抱きました。

・国連人権委員会の正体 国連は日本を非難しないと出世しない組織
 http://ameblo.jp/sikihanana156/entry-12275239781.html

それは、保守派の間でも日本では「国連」や「国連の委員会」なるものに
対する誤解があるのではいかということ。

日本では「国連中心主義」とかいう言葉とともに、「国連」をなんか超国家組織の萌芽とか、すくなくとも、国際政治における当事者たる「主体」と考える雰囲気があるように思います。これは、国連憲章上も完全な誤解です。国連は、国際政治における唯一の「主体」たる各主権国家が恒常的に意見を交換し、なんらかの--国際行政法や、安全保障政策なりの--案件について合意を行う<常設の国際会議場組織>なのです。
 
それは、結婚式場の玉姫殿とか葬儀場の公益社さんに近しい存在、鴨。
 
こう書くと、ここは保守系ブログだから国連を誹謗中傷、すくなくとも、過小評価しているだけじゃんとか思われる方もおられる、鴨。違います。
 
いま、国連があるからみんな国連の値打ちを--もう空気のようなもと感じて--評価できないのかもしれませんが、国際政治の歴史において「常設の国際会議場」が存在しなかった時代のことを考えれば--会議が躍ったウィーン会議や、それが現在のパレスチナ問題の原因となったと悪名高い「英国の二枚舌・三枚舌外交=フサイン=マクマホン協定+サイクス・ピコ協定+バルフォア宣言」等々のあまたの秘密条約・協定のことを想起するだけでも--、その前身の国際連盟にせよ国際連合にせよ、それが、国際政治の透明化・予測可能性--よって、違法な行為を「ならずもの国家」に思いとどまらせる効果--を格段と高めたことは十分に評価できると私は思ってます。
 
けどね、所詮「国連」は「舞台」であって、ゲゼルシャフト的にせよゲマインシャフト的にせよ、ある<社会>が成立していて、--「国連安保理」の決議だけはある種例外ですがそれについて下記拙稿をご参照ください--そこでの多数決なりが、その案件を容認しないメンバー国をも拘束するようなタイプの--株主総会やスイスのランツゲマインデ(Landsgemeinde)のような--「法的な=主体」ではないのです。きっぱり。ちなみに、だから、私は朝日新聞などがよく使う「国際社会」という4文字熟語の意味がよくわかりません。どなたか教えていただけますか。閑話休題。
 
ちなみに、リベラル派の弁護士、海渡雄一氏も認めているように、例えば、国際人権規約にもとづく「自由権規約委員会、社会権規約委員会、拷問禁止委員会、女性差別撤廃委員会、子どもの権利委員会、人種差別撤廃委員会などの・・・委員会は、・・・厳密に言えば、国連そのものではない」のです(『世界』2014年9月号所収「日本の人権状況に示される国際的懸念--国連人権規約委員会の勧告をめぐって」p.217)。
 
ならば、まして、その各種委員会に出入りする国際NPOなるものなどは、所謂「国連人権理事会の周辺」というのは、「制度的」というより、文字通り「地理的」とか、「人脈的」や「注文主-納品業者の関係」の如きイメージ。要は、「築地の朝日新聞や神保町の岩波書店の周辺に屯するリベラル派」のフリーターとこの語感はパラレル、鴨。
 
>国連の委員会=国連の出入り業者
>国連委員会に参加するNPO=その出入り業者に納品する孫請け業者
 
少し混乱しましたか。敷衍します。その玉姫殿じゃなかった国連の「委員会」なるものは「常設の会議場組織」に出入りする業者さんにすぎない。簡単に言えば、ある玉姫殿の駐車場に出入り許可をもらっている業者さんが「国連委員会」なるものなのです。ならば、さらに、NPO等は、それまた、そこに出入りを認められたその出入り業者さんの車の運転を委託され/荷物の搬出をその出入り業者から委託された孫請けさんなのです。
 
而して、そんなNPO等も「非国家主体」とか呼ぶ国際法研究者も日本にはまだおられる。けれども、この「非国家主体」の中の「主体」の意味は、主権国家=国家主体だけが、現在でも唯一の国際政治のプレーヤーである法原則を曖昧にし、少なくとも、紛らわしいので、「非国家国連出入り業者の孫請け業者」とか呼ぶべきだと私は考えています。どうですか、早稲田大学の最上敏樹さん(笑)
 
・国連憲章における安全保障制度の整理(上)(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9a5d412e9b3d1021b91ede0978f0d241 
 
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・・・かえれ、国連人権委!
・・・にどとくんな、国連人権委!

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<スカッと速報 より転記>
 
本日吉祥寺駅前で靖国参拝に反対!キャンパーンやってて(再アップ)
 
本日吉祥寺駅前で靖国参拝に反対!キャンパーンやってて、 
ピンポンだまを「賛成」「反対」のケースに入れて下さいってやってたんで 
すっと歩み寄って反対のオレンジのボールを差し出すオバサンを無視して

賛成の白ボールを取って 放り込んだ。 
 
オバハンが「え、賛成ですか?」と言うんで、
「私の祖父は靖国におります。 ABCD包囲網とハル・ノートによって戦争せざるを得ない状況に追い込まれ、物資の無い中で 家族を守るために必死に戦った人達を、
国の頭である総理が弔うのは当然の義務です。」 
 
「でもA級戦犯が」 
「A級戦犯というのは一番悪い人、という意味ではありません。A級B級C級の違いは罪の重さではなく 罪の種類です。よって問題はありません。」 
 
「でもアジアの人達がですね・・・」 
「韓国と中国以外の国から参拝反対って言われてますか?インドネシアもパラオも日本軍が占領してましたけど どちらも親日国ですよ?それともアジアっていうのは中国と韓国だけなんですか?」 
 
「でも日本は虐殺を」 
「中国はチベットで虐殺してますけど。どうしてダライ・ラマが亡命しているのか、ご存じないですか? 
中国はチベット仏教の寺院を破壊し、僧侶を虐殺し、女性達の子宮に粗悪な避妊器具を無理やり埋め込んでますよ?」 
 
「でも韓国の人達も日本は虐殺して」 
「虐殺しながら人口倍にしたんですか?日本と併合している間に韓国の人口は
倍になって識字率も飛躍的に 上がっていますけど、もし大虐殺を行いながら人口を倍にしたとしたら日本って物凄く器用ですよね」 
 
「…」 
 
私が20代半ばの女だったんで甘く見てたようですが 最後には沈黙してました。 
 
 
吉祥寺の駅前にも時々いるんですよね。 立川駅や国立駅前にも時々いて、
胸糞悪かったな〜 睨みつけて、無理やり渡そうとするパンンフレットとか
「いらない!!」等、言っておりました。

そんな暇やお金があるんだったら、在日米軍や自衛隊に守ってもらって安全な日本で喚いていないで、北朝鮮や支那、その支那に蹂躙されているチベットやウイグルへ行って話してこいよ!! 誘拐犯やテロ国家に「暴力はやめて」仲良くしようよと言ってこい!! 

北朝鮮やISの誘拐犯に誘拐した日本人を返してもらってこい!! 

<関連記事>
・首相の靖国神社参拝を巡る憲法解釈論と憲法基礎論(1)~(5)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11144005619.html
 
・憲法の無知が露呈した毎日新聞の「首相の靖国参拝訴訟」紹介記事(上)(下)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11754605159.html
 
・「左翼」という言葉の理解に見る保守派の貧困と脆弱(1)~(4)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11148165149.html
 
・愛国心の脱構築-国旗・国歌を<物象化>しているのは誰か? (上)~(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7895a5e3e2fcb21fca12515e14a34c87

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・・・修学旅行は台湾・シンガポール、あるいは、アメリカ本土
・・・ていうか、やっぱ、京都・奈良ちゃいますか?


この記事(↓)読んだ率直な感想。

・秋田県、高校生の韓国派遣中止 少女像設置など考慮
 http://ameblo.jp/tunkuameba/entry-12275312082.html

それは、

それは、

当然でしょうよというもの。ていうか、なんで「中止」の判断がこんなに遅れたのか、また、まだ「延期」とか智弁がのべているのか? 他人事ながら不思議です。
 
・私家版・海外修学旅行「お薦め行先」ランキング
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/95f6b0340fa61ccd1e74e1003e6bc7bf

・韓国に行くなら自己責任でお願いします:政府『在韓邦人の撤退協議を完全拒絶する』最悪の状況が進行中
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2445ae17b772e55264facb92b26b4403

・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6
 
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一面的かもしれないけれど、
これも(↓)も事実です。
間違いなく。


 
>日本は「必ずしもアジアのために戦ったのではない」
>そうなんでしょうね←「戦争」なんか自国の国益のためにやるものにきまってるやん!
>でも、「日本の戦いがアジアとアフリカの植民地独立を促した」
>これは間違いないでしょう?
 
>そして、その「戦争」の経過の中で「アジア諸地域の独立」は日本の
>自覚的な/戦略的なスローガンになっていったことも事実
>プロパガンダ? 綺麗ごと?
 
>はあ、「戦争を終わらせるための最後の戦争」(WW1)
>「民主主義と全体主義(=独裁・権威主義)との戦い」(WW2)
>あのー、ソヴィエトロシアは「全体主義・独裁・権威主義」でなかったとでも?
 
>なら、百歩どころか千歩譲っても・・・
>日本は「アジアの解放のために戦った」といっても、なーんも、なーんも、
>なーんも、間違いではない。と、私は思います。
 

・戦後責任論の崩壊とナショナリズム批判の失速
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c184c904f63f0211113dca39863f6b30

・左翼にもわかる歴史学方法論☆沖縄「集団自決」を思索の縦糸にして
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/0ce0b3d7167124dfad6076c2322b2a52

・歴史を直視できない人々(上)(下)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9ab1e74ac8fd20f67dca4c93b5ccd78f

・歴史認識の相対性と間主観性
 --朝日新聞も<歴史の相対性>を悟ったのか(上)(下)
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11758992176.html

・歴史修正主義を批判するリベラル派の知性の貧困
 --占領憲法をガダラの豚にしましょう
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2ffba4995d2eb09dd748dd083b09e224

・平和主義とは何か--戦前の日本は 「軍国主義」だったのか?--(上)(下)
 
http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65231224.html

・完版:保守派のための海馬之玄関ブログ<自家製・近代史年表>みたいなもの
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a3221c77ea0add17edf737d21088cf96
 
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・・・歴史見直しの決戦のときだ~!

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この記事(↓)を読んで感じたこと。

 
愛国心も郷土愛も、実は、そう自然なものではありません。民族だってそうです。
逆に、その国やその土地にうまれたがゆえに、その国やその土地を憎む人達が
--朝日新聞の記者さんや民進党の議員さんを見ればよくわかるように--
うまれることもありうるのですからね。次のゲルナーの認識は一面的にせよ間違い
ではないでしょうから。

民族を生み出すのはナショナリズムであって、他の仕方を通じてではない。確かに、ナショナリズムは、以前から存在し歴史的に継承されてきた文化あるいは文化財の果実を利用するが、しかし、ナショナリズムはそれらをきわめて選択的に利用し、しかも、多くの場合それらを根本的に変造してしまう。死語が復活され、伝統が捏造され、ほとんど虚構にすぎない大昔の純朴さが復元される。(中略)

ナショナリズムがその保護と復活とを要求する文化は、しばしば、ナショナリズム自らの手による作り物であるか、あるいは、原型を留めないほどに修正されている。それにもかかわらず。ナショナリズムの原理それ自体は、われわれが共有する今日の条件にきわめて深く根ざしている。それは、偶発的なものでは決してないのであって、それ故簡単には拒めないであろう。

【出典:アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』(1983年)
  引用は同書(岩波書店・2000年12月)pp.95-96】 

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して、「愛国心」は、その人がその社会で生きていくために身に着けるべき
マナーであり<言語-文法>なのだと思います。それでいいではないですか。

けれども、そのマナーや言語を話す大多数の--朝日新聞の記者さんや
民進党の議員さん以外の、普通の庶民や市民にとって--、その後天的に
身に着けた美意識や価値観は謂わば「第二の本能」になるのだと思います。

私は、九州が京都が、神奈川が岩手が福島が北海道が、大好きです。
そして、日本が大好きです。 

>民進党殲滅
>占領憲法の改正/占領憲法の破棄
>共に闘わん

・<アーカイブ>国を愛することは恋愛ではなく人としての嗜みである
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/647f17ce7df77f9756d60b01f81758e7 

・再論☆国を愛することは恋愛ではなく人としての嗜みである
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ede324a23a12bcb7953ab9bca71a309c 

・再論☆愛国心教育などは愛されるに値する国になってから言いなさい?
  
https://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12113083159.html

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いよいよ「革命の時間」「まずは戦おう! 話はそれからだ!」なの、鴨。
そう、日本のリベラルマスメディアに対してです。
こんな報道(↓)をみかけました。


【新聞に喝!】「在外邦人救出は憲法違反」 空虚な言論もたらした新聞はもう要らない 
作家・ジャーナリスト 門田隆将

ノンフィクション作家の門田隆将氏=4月27日、奈良市の奈良ホテル(門井聡撮影)
この1カ月ほど、新聞が日本にとって「不可欠なもの」ではなくなったことを見せつけられた日々は、かつてなかったのではないか。

高齢の「新聞世代」と若年の「ネット世代」とでは、情報を取得する手段やツールがどんどん「乖離」してきていることは今更、指摘するまでもない。それを踏まえながら、この1カ月-つまり、北朝鮮「4月危機」を振り返ると、日本の新聞離れは、もはや、止めようがないことを嫌でも再認識させられる。わかりやすく言えば、もう新聞は「要らない」ということである。

これからも続く朝鮮半島危機は、長く太平の眠りを貪(むさぼ)ってきた私たち戦後日本人の意識をあざ笑うかのように深刻な事態へと進んでいる。

平和ボケした日本人は、自衛とは、「国民の命を守ること」であるという世界の常識にすら背を向けて過ごしてきた。それは、朝鮮半島危機に際して、韓国にいる約3万8千人におよぶ在留邦人は、ソウルをはじめ、各都市が火の海になったとしても、自衛隊が「救出に行くことはできない」という驚くべき「現実」として、私たちに突きつけられているのである。

日本は、目と鼻の先にいる邦人を救いに行けない。しかし、そのことすら新聞は読者の前に提示できない。いや、それどころか、そういう法整備の「壁」となってきたのが新聞だった。

安保法制では、自衛隊法の改正によって、〈在外邦人等の保護措置〉の項目が新設され、在外邦人が危機に陥ったとき、それまでの「輸送」だけでなく、「救出・保護」を自衛隊ができるようになった。だが、それを行うためには相手国(ここでは「韓国」)が公共の安全と秩序を維持しており(つまり戦争状態にないこと)、また、相手国の同意があり、さらには、相手国の関連当局との連携が見込まれるという「3条件」がつけられているのだ。当然、これらの厳しい要件をクリアできず、実際には、自衛隊は邦人救出に行けないのである。【←皮肉ではなく、今、国会で「森友問題」とかに貴重な審議時間を割いている民進党のアホを見たら、「いいんです、その方が。大事な自衛隊員の命を危険にさらす必要がないのですから」と正直思わないではないですけどね。だって、いまどき、南朝鮮にいっているなんてのは、間違いなく、「自己責任」でしょう?

なぜそんな足枷がつけられたのか。それは、助けを待つ国民を救出に行くという「究極の自衛」が「憲法違反になる」という倒錯(とうさく)した法理を説く政治勢力や学者、新聞が、日本では大きな力を持ってきたからである。
私がこの実態を指摘した本(『日本、遥かなり』平成27年)を上梓した際、取材に応じてくれた元外務省幹部は、「自国民を救出することを自ら縛っているのは、主要国の中で日本だけです。しかし、ほかの国と同じように、自国民を救出できるような法整備は、また“戦争法案”といわれてしまう。日本は“大きな犠牲”が生まれるまでは、その愚かさに気づかないでしょう」と嘆いた。

国民の命を蔑ろにした空虚な言論が大手を振った時代は、やがて終わるだろう。それは、同時に「新聞の時代」の終焉を告げるものなのではないか、と私は思う。

【プロフィル】門田隆将
かどた・りゅうしょう 昭和33年高知県出身。中央大法卒。作家・ジャーナリスト。最新刊は、日台同時出版の『汝、ふたつの故国に殉ず』


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厳密に言えば、自衛隊が南朝鮮の在留邦人を救出するのは占領憲法違反ではありません。けれど、1)「識者」はそれを「憲法の精神に反する」「立憲主義を逸脱する非立憲の行動だ」とかおっしゃるのでしょうね。また、2)憲法違反でないとしても南朝鮮との連携がとれなのであれば「救出作戦」のパフォーマンスは極度に下がる。ならば、南朝鮮に現在おられる邦人や日本市民の方が、もし、米国の先制核攻撃とか第二次朝鮮戦争に遭遇してその生命・財産・身体・操・名誉を傷つけられたとしても、それは、お気の毒ではありますが<自己責任>というものでしょう。

・資料-国際法のプチレクチャー付:対話が招いた北の核危機…瀬戸際外交“不敗神話”に幕
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/12dc718c3afc09dc57c950a906437c76

・集団的自衛権を巡る憲法論と憲法基礎論(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65232559.html

・国連憲章における安全保障制度の整理(上)(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9a5d412e9b3d1021b91ede0978f0d241

・韓国に行くなら自己責任でお願いします
 :政府『在韓邦人の撤退協議を完全拒絶する』最悪の状況が進行中
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2445ae17b772e55264facb92b26b4403

 
而して、諸外国--南朝鮮や支那に対する--確認の意味でも、国内世論の啓蒙のためにも、やはり、9条の改正は可及的すみやかに行うべきなのだと思います。2020でも遅すぎるくらい、鴨。

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畢竟、「ジャーナリズムは権力を監視する役割がある」とかいうのなら、このような<不備>を放置している権力をこそマスメディアは監視して批判されればいかがか。確かに、「話し合いで・・・」問題が起きないようにするのは良策でしょうが、「邦人見殺し」の事態が論理的に確実である以上、「話し合いで・・・」とともに、この点の権力の不作為をつくのはジャーナリズムの使命ではないか。そう思いませんか、朝日新聞さん。と、そう私は考えます。

蓋し、

>ジャーナリズムは権力の監視が使命だ

これは「監視も」と解すればまんざら間違いではないのでしょう。が、しかし、それはあくまでも、ジャーナリストさんたちのコミュニティー内部の格言であって、だから、ジャーナリストは「権力を批判することなら」何を書いても許されるとかの、世間や非ジャーナリストコミュニティーに対して要求できるものではないでしょう。ワンセンテンス長くなりましたが、要は、

ジャーナリズムが権力の監視を使命とするとしても、ジャーナリズムが必ずしも反権力(ある政権の進める政策に)反対しなければならないなどということはない。例えば、安倍政権の進める改憲に賛成しつつ、その進め方を「監視する」というのも立派な「権力の監視役としてのジャーナリズム」の役割ではないか、と。そう、思います。

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まあ、日本のマスメディアは典型的な(末期のダイエーや大蔵省、ロンドン五輪以降のなでしこジャパン、あるいは、現在の憲法学界の多数派のみなさんのような?)既得権益に寄生する自己改革不能な存在なの、鴨。と、そう私は考えています。

実際、まさに今日の朝日新聞のコラム「政治断簡」で朝日の世論調査部長さまが、要約「安倍内閣の支持率が高いのがなんぼのもんじゃい」と泣き言書いていましたが、アメリカでもそうですがリベラル派メディアの影響力は確実に落ちてきている。さすがに、彼らもそれを皮膚感覚でわかってはきているのでしょうかね。ただ、

>わかっちゃいるけど(反日は)やめられねー♪

という、ある意味、末期の旧陸軍のような感じ、鴨。ほんと、朝日新聞といい(私は昔「岩波書店」とやりとりしたことがありますが)NHKといい、いやー、

>官僚より官僚的

ですよね。そこで働いている人は、お世辞ではなく--実は、5人程、KABUは朝日新聞社からの企業派遣留学に関して、アメリカの大学院留学研修の際に直接カウンセリングとか英語指導とか担当したことがありますけれど--、優秀な方も多いのに、その組織の一員として行動するとなると「ド官僚」さんにならはると思います。

で、昔は、朝日の記者さんなりは専門領域の学識も世間から見れば優秀だったのが--まあ、大学学部時代、KABUに刑法・刑事訴訟法を学年末試験のために教えにもらいにきてた同級生が某全国放送局の刑事報道のえらいさんにならはった程度ではありますが(笑)--、現在では、どの分野でも、少し詳しい素人さん程度でしかなくなった。これ、末期の旧大蔵省のキャリアさんと同じ、鴨です。実際、あの「ノーパンシャブシャブ醜聞」の際に、これまた、私が留学カウンセリングを直接担当した旧大蔵省の若手キャリアの方に聞いたら、

>大蔵省は権力を簒奪している~!

とかの「プロ市民」のカラオケ持ち歌的な批判より、

>大蔵キャリア官僚ていったって、所詮、経済・経済学の素人でしょう?

という批判の方が堪えたとか。
だって、事実だものね(笑)

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要は、あの「おしん」が子守りしながらあこがれながら覗き見ていたころの、日本の知識の分布において、 小学校でさえ、そこで伝授・流通・交換される知識・情報レベルと世間一般レベルの差は、現在では、そんな当時のくっきりと隔絶していたであろうレベル差はネットによって、最早、あるいは、

財務省<東北の限界集落の後期高齢者の学習グループ

になっているかもしれないということです。
まー、ネット情報は、流石に「玉石混交」ではありますけれどもね。
と、そう私は思います。

而して、言論の自由を市民がリベラルメディアから取り戻すのは必然である。
だって、ちなみに、政治研究者の三浦瑠麗さんの実証研究によれば、日本の有権者・国民の7~8割は「保守派」なのですから、NHK、TBS、朝日新聞、毎日新聞・・・・が、リベラルな自己の願望と妄想を垂れ流すのを--もちろん、それは彼等の勝手だけれど--、ネットの時代、われわれ<日本の市民>が忌避して、自分たちの主張をネットを通じて交流交換・切磋琢磨するのは当然の権利ではないかと思うからです。

いずれにせよ、次の総選挙。

>民進党を殲滅しましょう~!
>許さん、民進党~!

・民進党に天罰を!:「政局に利用するな」安倍首相にマジギレさせた蓮舫代表の不適切な攻撃発言
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/739ee2a95554450d98eed7bbd817d826

・民進党って「ド官僚」?:民進党・小西「安倍総理はまともでない」「存在自体が違憲無効の総理」
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7fff34fc55cf329ddcbeefaea704930c

・自民党に入党しませんか--支持政党の選び方に関する覚書
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11764121326.html


イメージ 6
 
・AKB総選挙-海馬之玄関「Oshi-men」決定~!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/42efc0603567d901519898c371733db7

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北朝鮮に対する米国の先制核攻撃が――論理的には――「秒読み」段階に入り、また、確立した国際法秩序を無視する――田舎者の支那と南朝鮮をにらんだ――、安倍首相の「積極的平和主義」による支那包囲網の強化と南朝鮮の孤立化。これらのことを巡ってリベラル派が時に口にするコメントがあります。


それは「不幸な報復の連鎖」あるいは「不毛な軍拡競争」。
そんな「不幸な報復の連鎖」あるいは「不毛な軍拡競争」はやめよう、と。

私は、そんな、リベラル派の使う「不幸な報復の連鎖」あるいは「不毛な軍拡競争」という言葉にかなりいかがわしいものを感じています。はたして、人間が「無意味」とか「不毛」とかを断定できるものなのかと。そこには、人間の万能感と国家権力の万能感という傲岸不遜が横たわってはいないか。そう感じるのです。


ようは、リベラル派というのは常識がない天動説の方々なの、鴨

わたし、民進党とか朝日新聞とかのリベラル派を見ていると、
彼等は、口では、


>地球市民
>国際社会


とかしばしばおっしゃるけど、実は、自分を中心に世界と宇宙を廻してはるお子様ではないか。常識なしの天動説の人たちではないかと感じることがあります。少なくとも、保守派は「自国第一」なのだから、逆に、他国と自国の力関係とか過去の貸し借り関係とか真剣に考えているのに。いやー、これは冗談抜きにシュールな風景、鴨。閑話休題。


而して、実際、冷戦を終結させたのはレーガンの軍拡でしょう。
グローバル化の昂進を背景とした「不毛な軍拡競争」に
旧ソ連が耐えられず社会主義陣営は崩壊したのでは
 なかったのですか。


つまり、


少なくとも、「1989-1991」に至る国際政治の局面では、
軍拡競争は「不毛」ではなく「妥当」だったということ。


蓋し、人間の有限さを自覚する保守派は「完全な平和」なるものや「恒久の平和」なるものが実現できるとは端から考えない。そんなお伽話の世界の<平和>ではなくて、各国が各々その時代時代で相対的により安全な状況を実現するしかない、と。そのために外交と防衛の両面で努力する。そして、例えば、「国連安保理」というシステムは安全保障においてそうそう効果的なものではないのだから、各国が多国間の軍事同盟関係を強化するのは寧ろ当然のこと。


保守派とはそのように考えるタイプの人達だと思うのです。


ならば、近隣に「無意味」や「不毛」どころか「不気味」な軍拡を続けている支那があれば、また、その海洋進出の傾向が顕著であれば、資源を海外に頼る日本がシーレーンをより効果的に防衛するために行う自衛隊の増強と日米軍事同盟の再強化は「有意味」であり「妥当」なのではないでしょうか。繰り返しますけれども、一体、リベラル派はどういう根拠で「無意味」とか「不毛」などと断定しているのか。私にはそれが疑問なのです。


それは、ひょっとしたら、
ひょっとしたら、それは、


平和的な話し合いを通して国の安全をはかる道がある。


と、そう彼等は考えているのかしら。そして、相互の信頼関係の深化。

まさか、テロリストとの話し合い、例えば、「イスラム国」との話し合い。
例えば、2年前のヨルダン空軍パイロットの処刑がウェブ上で公開された現在、

また、パリでもロンドンでも繰り返されてきた自爆テロの連鎖・・・・
いかなイノセントなリベラル派も「イスラム国」とも話し合いを通じて、
かの地の紛争を解決できるなどとは言わないでしょう。


けれども、支那や北朝鮮に関してはリベラル派は話し合いで
東アジア地域の安全保障問題を解決できる。と、そう考えている節がある。

もし、この私の想定が満更間違いではないとすれば、
なぜ彼等はそう考えるのか。蓋し、そのヒントは、これまた彼等が時に
口にする「囚人のジレンマ」の喩、鴨。


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なにその「囚人のジレンマ」って、それ美味しいの?
美味しいかどうかはわかりませんがそれは大凡次のようなもの。

ある犯罪で共犯関係にある囚人Aと囚人Bが、
別々に取り調べられているイメージ。


そして、例えば、

①自分が黙秘しているのに相手が自分を裏切り自白すれば
自分は最悪の懲役で相手は自由の身になる
②自分も相手も双方ともに相手を裏切り自白すれば双方ともに2番目に重い懲役
③自分も相手も相互に信用して完黙すれば双方とも最も軽い懲役
になるという状況


そんな状況下に二人の囚人が置かれているとします。


詳細は割愛しますが--興味のある方は「ゲーム理論」とか「囚人のジレンマ」で検索していただければと思いますけれど--、囚人Aと囚人Bは自分なりには<合理的>なつもりで行動選択をした結果、②双方ともに相手を裏切って愚かにも「2番目に重い懲役」を受けることになる。両者が協調すれば③の「最も軽い懲役」を双方ともに勝ち取れたのにね、というストーリー。


この「囚人のジレンマ」の喩をしばしばリベラル派は
軍拡競争や報復の連鎖にからめて使っているようです。


つまり、報復や軍拡が愚かな「囚人のジレンマ」状況に陥ることに
警鐘を鳴らすリベラル派は、例えば、支那や「イスラム国」と他の
諸国が情報を開示しあい相互に相手を信用することができれば、
このジレンマ状況をより有利に切り抜けることができるのではないか。
と、そう想像しているの、鴨。


けれども、もともと、「囚人のジレンマ」は経済活動において合理的なはずのプレーヤーである企業や家計や国家が、なぜ、時に非合理な行動を取るのか、とり続けているのかを説明するゲーム理論のパラダイムの一つ。すなわち、それは、各プレーヤーが持っている情報の非対称性と有限性が介在するところでは、その非合理的な結果こそ各プレーヤーにとっては<合理的>な「最適解」だという指摘なのです。


つまり、

囚人のジレンマ状況の中ではプレーヤーたる囚人Aと囚人Bが行う②の行動選択は
あくまでも<合理的>であり「最適解」なのです。


要は、(1)囚人Aと囚人Bの間の情報が遮断されており、また、(2)双方ともに相手を信用していない状況ではそういえる。そこで「お二人には--③の「自分も相手も相互に信用して完黙して双方ともに最も軽い懲役」を勝ち取るという--もっと有利な選択肢もあったんですよ」と言うのは、このゲームをプレーヤーの目線ではなく、外からの目線、あるいは、すべてをお見通しの人ならぬ身の神様の目線からの発言。


畢竟、それは傲岸不遜というもの。


もちろん、国際政治はオールオアナッシングなものではないのでしょう。
ですから、テロリストとは話し合いもすべきではないにしても、
支那との話し合いは不可欠なのでしょう、多分。


支那と日米を始め他の諸国が話し合い、支那とそれ以外の国々が
可能な限り相互の行動の予測可能性を高める外交努力を積み重ねる
ことは貴重でしょう、多分。


そうすれば、支那の軍拡のスピードもある程度鈍化して、
日米を始めとした諸国の安全保障面でのコストも軽減できる、鴨。


けれども、

けれども、究極の所、国が違えば国益は対立する。
しかも、国が違えばその時点時点での国益も非対称的。


つまり、諸国家間では、(1)原理的に情報が遮断されており、また、
(2)現実的には、どの国も他の国を信用できない関係状況にあるということ。

例えば、そして間違いなく、

資源を求めて領土を拡張しようとしている支那、あるいは、
国内体制の維持のためには「人民解放軍」という名の中国共産党軍を
自転車操業的に拡大増強するしかない支那と、
シーレーンを安全に保ち自由な貿易が維持できる現状を確保しよう
としている日本の国益は対立するしそれは非対象的。


そして、国益の対立と非対象性という経緯は、日本とアメリカについても
言えること。それが厳然たる国際政治の現実なのだと思います。


つまり、

究極の所、日本は自国を自分で守るしかないということ。
よって、日米軍事同盟をメンテナンスして再強化するためにも、
日本はもう唯一の超大国ではなくなったアメリカのできない部分を
一層積極的かつ効果的に担うしかないということ。


ことほど左様に、畢竟、「囚人のジレンマ」は寧ろ報復や軍拡が必ずしも愚ではないことを示唆する喩なのです。而して、「不幸な報復の連鎖」あるいは「不毛な軍拡競争」と述べる際に、リベラル派がもし「囚人のジレンマ」を念頭に置き援用しているのであれば、その議論はその前提からしてすでに破綻している。それは傲慢なだけでなく瓦解している。と、そう私は考えます。

最後に蛇足を。


極論すればですけれども、
白黒はっきり言えば、


蓋し、無意味な報復の連鎖こそ--神ならぬ身の人間にとっては--、
後から見れば、唯一意味のある<歴史>を作ってきたのではないでしょうか。


悲惨な宗教戦争と戦慄すべきフランス擾乱や魔女裁判の嵐を潜って近代の立憲主義が形成されたこと、ある意味、英本国政府による課税を巡る謂わば報復の連鎖によってアメリカ合衆国が誕生したこと、そして、なくてもよかったかもしれない戊辰戦争を経て明治の日本国家が作られたこと。

これらを想起するに私はそう考えないではないです。
これこそ保守派の穏当な認識ではないのかしらとも。


<関連記事>

・美味しんぼの因果関係-脱原発の背理
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7ade81c1cfa3fe3ffaf90bf11b2c2a8f

 

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母の日ですよね。

で、母の日に、アメリカからのすてきな記事の紹介です。

これ(↓)です。

・母の日ですね♡
 http://ameblo.jp/nonbirisiyou/entry-12274530231.html

 

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衝動的に転載紹介。

実は、本当は・・・。
本当は、KABUは個人のブログなのだから、本当は、時事ネタなどではなく、
少しは保守派の皆様にお役にたつ/アメリカに興味をもっていただけるような、
 

>アメリカの憲法とか刑法とか民事訴訟法のおもしろ話
>「あしながおじさん」や「風と共に去りぬ」の書評・・・
 

そんな記事を書きたいのですけれどもね。

だから、

だから、

だから、その暇を私に与えない、
 

>民進党
>文化帝国主義のEUや国連
 

許さん~!!!

 

 

・民進党って「ド官僚」?:民進党・小西「安倍総理はまともでない」「存在自体が違憲無効の総理」
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7fff34fc55cf329ddcbeefaea704930c 

・民進党に天罰を!:「政局に利用するな」安倍首相にマジギレさせた蓮舫代表の不適切な攻撃発言
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/739ee2a95554450d98eed7bbd817d826 

1983cdc67834a9bfd908de8b4b178259_s.jpg ・・・民進党殲滅に向かうKABU&寛子さんのイメージ

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▼4月15日 北朝鮮金正恩から、
 朝鮮総連へ2億1800万円の「教育奨学費と奨学金」 が送付される
 http://ameblo.jp/chiruko12/entry-12274379185.html

この記事(↑)読んで感じたこと。

蓋し、森友某と首相夫人の関係などという、どこまで行っても「違法」ではない事柄などよりも
このような問題の追及に(日々の国会運営にかかる)税金を使いませんか。
民進党のみなさん。←まあ、馬鹿にはなにいっても無理か(呆)。

・民進党って「ド官僚」?:民進党・小西「安倍総理はまともでない」「存在自体が違憲無効の総理」
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7fff34fc55cf329ddcbeefaea704930c

・民進党に天罰を!:「政局に利用するな」安倍首相にマジギレさせた蓮舫代表の不適切な攻撃発言
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/739ee2a95554450d98eed7bbd817d826

・許さん! 福岡県立小倉南高校
 :「日本に強制連行」「選挙権もありません」 福岡県立高校が偏向教材を一年生全員に配布 県教委が指導
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ef466965e26565a330791acab7b43193
 
しかし、ほんと、正直、占領憲法改正して、国会議員は、向こう5年くらいは
自民党員と維新と(まあ、そこは少しゆずるとして公明党)
の党員に限るとかにしてほしいとさえ思います。

そして、現在の日本では、閣僚まではよいとして、占領憲法を改正して、

>宰相は

安倍家(含む、岸・佐藤家)、宮沢家、福田家、麻生家(含む、吉田・鈴木家)、小泉家の5摂関家からしかだせない--ただし、皇室ではないのだから「入り婿・嫁」もOK~♪--ものとする。くらいでちょうどいいのではないかとさえ夢想しています。

もちろん、人物本位でしょうから、「清華家」として、小渕家、加藤家、中曽根家、平沼家、中川家も、「摂関家」に該当者がいない場合には候補となりうる、と。

もう、ご自分の選挙にあくせくするような議員ではダメなんですよ、たぶん。それに、頭のよろしい官僚さんや議員さんや政府委員会の委員さんとかは日本にはやまほどいはるのだから、と。夢想。いや、夢想ですよ(笑)

いずれにせよ、

保守派の中でも議論百出の、安保や教育、あるいは、子供達の
<命>にかかわる厚生労働行政マター案件の審議の際に・・・、

またもや、「森友」とか持ち出されるとしたら、正直、
自民党員として--たしかに、それも気にならないといえば嘘ですけれど--
安倍政権に対する印象操作ダメージへの懸念とか、そんな、そんな、
そんな、ケチなことではなく、一納税者/一有権者として、
ぶちきれそうですから。

img_1_m_2017051400171357d.jpg ・・・夢想中

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>AKB総選挙2017

やはり旗幟を鮮明にしなければ、
そうしなければ、おそらく、

 

>勝利の歓喜も
>敗北の甘美も

味わえない。ということで、
少し早いですが、
 

>AKB総選挙2017

・AKB48公式サイト | AKB48 49thシングル 選抜総選挙
 http://www.akb48.co.jp/sousenkyo49th

 

海馬之玄関ブログの押しメンを明らかにしておきます。
尚、これは順位予想などではなく、KABU&寛子さんが
応援する順位ですからね。為念。

それにしても、それにしても、
ぱるる(島崎遥香)と、れいな(松井玲奈)
なんで卒業したんだぁー!!!

 

◆島崎遥香の才能炸裂

【MV】僕たちは戦わない Short ver. / AKB48[公式]

 

・・・で、順位行きます♪ 

 

第五位:
横山由依

 

第四位:
指原莉乃

 

第三位:
松井珠理奈

  

第二位:
宮脇咲良

  

そして、第一位は、そうやはり、 

2017年総選挙女王蜂:
渡辺麻友

 

◆順位づけの理由
蓋し、AKB総選挙の「第一位」というのは、やはり、
そのときのAKBの屋台骨を背負うにたる人物でなければならない
という美意識./願望がわたしにはあります。 

あの「絶対的エース=不動のセンター」の

>前田敦子

が卒業した後、アイドル主流派の--正直、力不足もあり--
実務・実技・営業として、逆に、まじめなはなし「AKB」をなんとか支えた、
大島優子さん、そして、われらが指原莉乃総支配人という「反主流派」が
「女王」の座を何度も手にしたことは不思議ではないでしょう。

しかし、それは所詮「前田敦子」の残した遺産をより上手に運用する
だけのものでしかなかったの、鴨。ちがいますか?
主流派あっての反主流派だもね、多分。 

で、誰しもが「次世代エース」はこの娘と考えていた「島崎遥香」。そして、
その、エースの脇をかためるはずの「すけさん&かくさん&風車のやしち」
の役割を務めるはずの、彩ねー(山本彩)とれいな、
さらに、鹿児島出身の柏木ゆきりんの離脱(涙)


こうなれば、今回の総選挙は<AKB>の生き残り=再生をかけた思想的な
意味を帯びると思います。冗談ではすまない、選挙である、と。

而して、今回の順位の希望は、再生をかけた<AKB>への貢献度と
その思想的な意義を熟慮しておこないました。 

ユイハン(横山由依総監督)は凄いけど「1軍ヘッドコーチ」兼「代打要員」
でも、その「金閣寺よりも輝く努力」にはアイドルの神様からご褒美があるはず。

サッシー(指原莉乃)は功労者だけど、所詮、2割8分5厘、ホームラン25本の娘。
逆に、サッシーが一位になるようならその時点で「AKB」は<北斗の拳>、すでに、
お前は死んでいる状況であることが露呈するの、鴨。
 

ジュリナ(松井珠理奈)。実績はいまいちだけどメジャーリーグでも通用する
資質のある若手。根性もあるし、すなおだし、AKBの正当な長女の長女。
 

そして、
 

宮脇咲良ちゃんは、現在、間違いなくトリプルスリーの有望な若手。
九州から上洛して太平をひらいた神功皇后になれるか。
もうひと化けできるかどうか・・・。

さて、

さて、

さて、「完全無欠のアイドルサイボーグ」ではあるにせよ、
ではなぜロートル(←失礼?)のまゆまゆを一位に?

それは、

今回、おそらく、本人も、ひょっとしたら、5位にも入れないかもしれないという
「恐怖=屈辱の予感」をものともせず、それを振り払って出馬した覚悟。

あの、あの、前田敦子の正統の後継者として、あくまでも、

>アイドルグループであるAKB

の思想的意義を世界と世間に再確認すべく出馬したその心意気。その心意気に、
アイドルの女神様は「黄金の1票」をいれてくださるのではないか、と。
そう考えたからです。

 
結果は、文字通り、

>God knows it.

結果を待ちましょう。
どきどき。
 

・目次:AKB48関連記事
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/fccf7d442d636d957a5c1d46ce872827

【MV full】 フライングゲット (ダンシングバージョン) / AKB48 [公式]
それにしても、「前田敦子」てなんだったんだろう。<山口百恵>も<美空ひばり>も
結果的に超えていたよな。そのときは単なる一人の「アイドル」さんに見えたけど。

 


ジャンル:

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ブログ畏友の記事(↓)

・ユネスコ世界遺産登録に関して~聖域や神事の観光化とはどういうことか?~
 
http://ameblo.jp/soramitutoyama/entry-12273926966.html

大変考えさせられました。
 
ブログ畏友soramitutoyamaさんの記事です。
私は、「英語教育-留学研修」に30年近くかかわってきたものとして、

>「観光」と「格差」についてずっと考えています

観光。それは、所謂「社会階層移動-教育-格差」の論点に負けず劣らず、この問題、大げさではなく、また、はったり抜きに「哲学的」にも大問題なのですよね。「もの」と「こと」、そして、異文化コミュニケーションの可能性と限界・・・の交差する特異点ですから、観光は。いまだ道遠しです。京の都に行こうとして箱根の山も越えれない状況。 

>もの・・・
自分と対峙する、そんな、自分ではない対象(自分の体内の「胃癌細胞」とか、保守派の日本人にとっての--政治学研究者の三浦瑠麗さんの実証研究によれば、「日本の有権者・国民の7割は「保守派」ということなので、ここでは「日本人にとっての」と言ってもまんざら誇張ではないと思いますけれども--日本における民進党とか朝日新聞とか日教組・全教・自治労を含む、自分と区別されたなにものかと、自分である私に意識される対象) 

>こと・・・
自分が「もの」とかかわりあっている/たわむれている/なやまされている、そんな--社会的な--関係に自分がおかれていると、--ある特定で固有の(つまり、固有の文化・伝統・歴史を共有する)社会の一員である--自分である私に意識される情景や構図
 
∴>ものの消費・・・ものの利用と処分の営み
∴>ことの消費・・・ものを利用または処分している<私>を巡る<物語>の創作・編集・追補の営みと、理解できるの、鴨。

而して、悔しいのですが、--いまの段階でなにか書くと、保守派の同志からは誤解され、リベラル派には悪用されるのがほぼ確実なので--コメント抜きで紹介させていただきました。

・京都☆保守主義の舞台としての生態学的社会構造
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/199b39baca575f644c9accc68fbc5700

・日本語と韓国語の距離が照射する保守主義と生態学的社会構造の連関性
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/b1c5489ebc391c1e9910502fabc69e4f

・ブログ友とブログ友の記事紹介:「世界遺産にするとはどういうことか?」
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/52a3b2df9d06c5d4a1106f76aac3380c

・私家版・海外修学旅行「お薦め行先」ランキング
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/95f6b0340fa61ccd1e74e1003e6bc7bf

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・対話が招いた北の核危機…瀬戸際外交“不敗神話”に幕
 http://ameblo.jp/sikihanana156/entry-12274018690.html


労作。ブログ友の凛さんが見つけてくださった記事(↑)の紹介です。
コメント不要。ほんとに参考になりました。 

蓋し、先日、南朝鮮で、反日・反米-親北朝鮮の大統領が誕生するにともない、いよいよ、アメリカも「北朝鮮に対する先制核攻撃」を遠慮する必要もなくなったと思います。

ところで、日本では、例えば、先のシリアに対するアメリカの巡航ミサイル攻撃に対しても、それを国際法違反(の「疑いがある」←笑)とか述べる「識者」さんがTVにも全国紙の新聞紙面にも複数登場している。なら、「対北朝鮮先制核攻撃」などの事態がおきようものなら彼等が金切声を朝日新聞やNHKなり、毎日新聞やTBSの反日メディアで炸裂させるのは確実でしょう。

蓋し、日本では、今のところ、保守派の間でさえ、

>少なくとも日本は、憲法的には、
>9条あるんで相手が撃たないと反撃できません
>(だから、憲法改正せねば)

とかいう見解があるように思います。しかし、これは、現在の(リベラル派の)憲法論・国際法論からも間違いなのです。ただ、彼等リベラル派の「識者」さんたちは「それは9条の精神に反する・・・」とかいいますがね。

なぜか、なぜそういえるのか。

それは、--リベラル派が渋々容認する--個別的自衛権(←「個別的自衛権」なる観念自体、日本特有のものですが、ここは「彼等の議論」をなぞるとしても)には、刑法の「正当防衛」とパラレルに、

・危機の存在
・危機の切迫
・対処の相当性

の3要件を守る限り、先制攻撃も報復攻撃も含まれるからです。また、上の3条件の認定はその防衛する当該国家が行うことができる。これも--国際法の一般法たる国際慣習法からみて--法的に動きません。要は、そこは「国連安保理」などのお墨付きは不要ということ。これ、ほんとうに国際法上そうなのですよ。

 
▽ Charter of the United Nations
Article 41
The Security Council may decide what measures not involving the use of armed force are to be employed to give effect to its decisions, and it may call upon the Members of the United Nations to apply such measures. These may include complete or partial interruption of economic relations and of rail, sea, air, postal, telegraphic, radio, and other means of communication, and the severance of diplomatic relations.

Article 42
Should the Security Council consider that measures provided for in Article 41 would be inadequate or have proved to be inadequate, it may take such action by air, sea, or land forces as may be necessary to maintain or restore international peace and security. Such action may include demonstrations, blockade, and other operations by air, sea, or land forces of Members of the United Nations.

Article 51
Nothing in the present Charter shall impair the inherent right of individual or collective self-defence if an armed attack occurs against a Member of the United Nations, until the Security Council has taken measures necessary to maintain international peace and security. Measures taken by Members in the exercise of this right of self-defence shall be immediately reported to the Security Council and shall not in any way affect the authority and responsibility of the Security Council under the present Charter to take at any time such action as it deems necessary in order to maintain or restore international peace and security.

▽国際連合憲章
第41条〔非軍事的措置〕
安全保障理事会は、その決定を実施するために、兵力の使用を伴わないいかなる措置を使用すべきかを決定することができ、且つ、この措置を適用するように国際連合加盟国に要請することができる。この措置は、経済関係及び鉄道、航海、航空、郵便、電信、無線通信その他の運輸通信の手段の全部又は一部の中断並びに外交関係の断絶を含むことができる。
 
第42条〔軍事的措置〕
安全保障理事会は、第41条に定める措置では不十分であろうと認め、又は不十分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。

第51条〔自衛権〕
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国が措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。


・集団的自衛権を巡る憲法論と憲法基礎論(上)(下)
  http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65232559.html

・国連憲章における安全保障制度の整理(上)(下)
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9a5d412e9b3d1021b91ede0978f0d241


そして


・<改訂版>自薦記事一覧:保守主義の憲法論と社会思想
 -憲法学の再構築と占領憲法の破棄・改正を求めて
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5f7bef87927eae129943ca8b5bb16a26

 
もちろん、その認定がいい加減であれば「イラク戦争」のように、また、リベラル派から嫌われているトランプ大統領による--あれオバマがやったら、絶対に「拍手喝采」の嵐だったから!--今回の「シリア爆撃」のように政治的に--リベラル派から--批判されることはある。

でも、批判されることはあっても国際法上は問題ない。

だから、日本では「大量破壊兵器がなかった」からイラク戦争は違法だとかいう<識者>さんもいますが、欧米では、それが原因で「違法」だったとはいえないが、認定が杜撰だったことへの政治的批判と、違反とするならば、「相当性の逸脱」--あそこまでやらんでよかったんちゃいますの?--が専ら議論されています。

これは、たぶん、私の保守派としての私見や願望ではなく、
国際法の諸論文と国連等での議論の議事録から明確なことです。 

ゆえに、 

>9条あるんで相手が撃たないと反撃できません
>先制攻撃、まして、先制核攻撃なんて--日本がそれに協力するなんて--
 国際法の精神(笑)に反するし、絶対に憲法違反~!!!


・被爆国たる日本には核武装する権利がある、鴨
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dbbffd0fdb9901b9599883ce21bf038


などではないのです。だから、あとは、政治判断というか決断。
国民がそれを支持するかどうかなのだと思います。
もちろん、私は支持しますけどね。

 
だからこそ、ならば、そう、キムヨナ姫には可及的速やかに
日本に帰化していただかなければ(汗)


・キムヨナ姫を皇室におむかえしよう~♪
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2ac06bcbf209f3badb123b9702f9a963

  • img_0_m_20170512164618570.jpg



・【拡散】日本学術会議は防衛研究(軍事研究)禁止声明を撤廃して下さい
 
http://ameblo.jp/tubasanotou/entry-12273932472.html

ブログ友のきょうちゃんさんの記事(↑)のリブロです。
而して、わたしは、このきょうちゃんさんの記事の主張
 
>日本学術会議は防衛研究(軍事研究)禁止声明を撤廃して下さい
 
に反対します。一応、保守系ブログなのに、なぜ?
 
簡単です。「日本学術会議の禁止声明」など法的拘束力などなにもないから。
ならば、ほっといて、そんなん、
 
>無視すればよいのです!!
 
ふざけるな、日本学術会議~!
おまえらの声明、「やっぱ、廃止します」など許さず、
おまえらの、反日リベラルの所業、
未来永劫「さらし首」にしてやる。
と、私はそう考えています。
 
いずれにせよ、
祝日には(占領憲法の記念日を除く←この日は半旗!)、
 
>誇りを胸に日の丸を掲げましょう~♪
 

※ところで、上のTop画像のモデルさん
支那の方かもとか報道されていますよね。

>それがどうしました? それがなにか?

寧ろ、ビビアン・スーさんや、シャーロット・ケイト・フォックスさん、
まして、キムヨナ姫なら大歓迎なんですけどね、わたし的には。
 
>だって、ポスターの趣意とモデルのさんの国籍になんか関係ありますか?
 
むしろ、日本に帰化された元外国人の方とか「帰化申請したいかな」という方、
あるいは、在日韓国人の方の方がポスターの主張にふくらみがでるくらいでは。
と、そう私は考えています。 
 
・キムヨナ姫を皇室におむかえしよう~♪
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12273348511.html
 

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占領憲法の改正/占領憲法の破棄にむけて朗らかに結集する
保守派のイメージ・・・コジハル卒業おめでとう~(涙)

・資料○◆小嶋陽菜AKB48卒業、涙
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/76aa5bf97e3217b84dba47549dca59b8

 

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民進党の小西ひろゆき参議院議員がこんなこと(↓)おっしゃっているそうです。


・民進党・小西「安倍総理はまともでない」「存在自体が違憲無効の総理」。
 http://ameblo.jp/sikihanana156/entry-12273585916.html

 

私は「憲法論」や「法哲学」に関しては、左右合わせても平均的研究者程度の知識はもっている者といっても、もう、50代にいったことだし、許されると思いますが・・・。小西何某、このひとの議論は「20代」に覚えたことをただ繰り返しているだけの<悪い意味の官僚>さんのそれだと思います。

実際、現在、「基本的人権」という5文字熟語は、リベラル派の憲法論議のなかでもあまり使われなくなっているでしょう。お気づきでしたか? そう、その5文字、--アメリカの著名な法哲学者ドウォーキンや、日本では(東京大学→早稲田大学)長谷部恭男さんの影響なのでしょうか、「切り札としての人権」なるものを仮想するにせよ、要は、--単なる「権利」や「憲法的権利」なんちゃらに変わってきている。

蓋し、「基本的人権・国民主権・平和主義」なるものがかならずしも現行の占領憲法の<根本規範>ではないということ。それが、米国の憲法訴訟理論の浸透(就中、J.H.イリー『Democracy and Distrust』( Harvard University Press・1981)のプロセス法学の洗礼を受けて以後の--プロセス法学に賛成するにせよ反対するにせよ--アメリカ憲法学-憲法訴訟理論-憲法解釈学方法論の理解の浸透)。および、いわゆる憲法訴訟におけるドイツ流の「三段階論」の流通(同理論にご興味のある方は、日本語であれば、例えば、駒村圭吾『憲法訴訟の現代的転回』(日本評論社・2013)の第4-5講を立ち読み(笑)してください。リベラル派-敵側の書籍ながら「サバサバ」した良書です)とともに、もはや、リベラル側でも共通認識になっている現在、この人物は30年前の<傲慢と無知>を表す動く銅像ではないか。

尚、現在の「アメリカ憲法とその憲法訴訟」に関しては松井茂記『アメリカ憲法入門』(有斐閣・2012)と樋口範雄『アメリカ憲法』(弘文堂・2011)の併読をおすすめします。両書とも良書です。ただ、その併読の後は、可及的速やかに英語でアメリカの判例集・ケースブックにとりくみましょうね。また、阿川尚之さんの『憲法で読むアメリカ史』(PHP新書・2004)と『憲法改正とは何かーアメリカ改憲史から考える』(新潮選書・2016)もおすすめ、鴨。

  

・書評予告・阿川尚之「憲法改正とは何かーアメリカ改憲史から考える」
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7eddb6f57b93ed69fbecdd5f75d06f2a

 

ちなみに、この「三段階論」を、「憲法的権利の絶対性」というポイントに引き付けて(それ、原始仏教と異質な「東アジアの家族道徳やエートス」と整合的な観音系や浄土系の教派が支那ででき、日本で花開いたのにあい似たり?)、天賦人権論と結び付けようとする驚愕すべき論者も(←@@!!)日本にはまだいるにはいるにせよ--そんなあんたたち、ドイツ語原文で判決文・勧告的意見読んだことあんのかいな!--、それは、どう見ても筋悪です。  

この点、文句があるならネット上で議論しましょうか(笑)

  

ただ、こっちも忙しいから、その際には、実名はいいけれど、出身大学院名と指導教官のお名前、および、修論のテーマ、そして、修士号取得年次は明記してくださいね。誰だかわからんリベラル派におつきあいする時間ないから。きっぱり。ただ、議論は、英語でもドイツ語でも、関西弁や九州弁でも(←鹿児島弁は勘弁、鴨)、あるいは、共通語でもかまいません。どうですか、そこの田村理さんとか鈴木秀美さんとか青井未帆さん、そして、樋口陽一大先生(笑)

 

蓋し、而して、 

この小西とかいう方は、
時代錯誤で時代遅れの
権威主義ばりばりの<ド官僚>さんではないか。
それは、このネット時代の大衆民主主義の時代では
少しまずくないかい?

と、敵方さんながら心配しています(笑) 


・要は、リベラル派というのは<猫>程度の知能ということでしょうかね、可愛いけど(笑)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12272189776.html

  

畢竟、民進党というのは、
鳩山由紀夫にせよ、管直人にせよ、ヒューマンに、
口では「地球市民」の味方のようにほざいているけれど、
単に、ド官僚の巣窟ではないか。

と、そう、私と愛猫の白黒ちゃんは考えています。 

 

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 ・保守派のための「立憲主義」の要点整理
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9256b19f9df210f5dee56355ad43f5c3
 

・樋口陽一の文化帝国主義的憲法論の杜撰と僭越
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/45e30175093f17dfbbfd6b8234b89679

・瓦解する天賦人権論-立憲主義の<脱構築>、
 あるいは、<言語ゲーム>としての立憲主義(1)~(9)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/0c66f5166d705ebd3348bc5a3b9d3a79
  

・憲法96条--改正条項--の改正は立憲主義に反する「法学的意味の革命」か(1)~(6)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7579ec5cfcad9667b7e71913d2b726e5
  

・憲法訴訟を巡る日米の貧困と豊饒☆「忠誠の誓い」合憲判決
 -リベラル派の妄想に常識の鉄槌(1)~(6)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ec85f638d02c32311e83d3bcb3b6e714
  


そして、  


・<改訂版>自薦記事一覧:保守主義の憲法論と社会思想
 -憲法学の再構築と占領憲法の破棄・改正を求めて
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5f7bef87927eae129943ca8b5bb16a26
 

 


>総選挙は、まゆまゆか、ユイハンか、宮脇咲良ちゃんかそれとも・・・
>これが私の前頭葉の99.9%占めているてゆうときに、
>こんな記事書かせるんじゃねー、小西~!

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媛蹈鞴五十鈴媛命:初代国母=神武天皇皇后

 

保守派の皆様、朗報(↓)です。

・193回国会で、衆・参両院で当会の自衛官の待遇改善のための請願が全て受理されました。
 http://ameblo.jp/calorstars/entry-12272746037.html



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うれしいです。道はまだまだ遠いだろうけど、うれしいです。

一歩一歩いきましょう。

 

我が国は「皇孫統べる豊芦原之瑞穂」の<民主主義>の
国なのですから。神武天皇の治世以来。 

がんばりましょう。

 

私自身は(持ち場としての?)リベラル派の思想たたきに忙しいけれど、
自衛官の皆さんのことを忘れたことなどありません。
だから、この持ち場-戦線での同志の皆さんの活動に本当に
いつも感謝しています。 

共に闘わん。 

 

・<アーカイブ>防衛大学学園祭☆<2010年11月>横須賀に行きませんか!
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f727889c98ffeac431c955c694d6c872

・防衛省Mag☆MAMOR:特集「英語力を装備する自衛隊」--英語好きにはお薦めだったりする
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2377f54478cd51ab00abbce530bf67f6


 そして、

 

・民主主義--「民主主義」の顕教的意味/密教的意味
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a11036903f28f118f30c24f1b1e9f2bf

 ・天皇制と国民主権は矛盾するか(上)~(下)
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11136660418.html

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ブログ同志の記事。

一字一句同意です。

 

だから、可及的速やかに

キムヨナ姫には日本か緊急避難的にアメリカに

帰化してもらわなければ。

 

働け、外務省。汗をかけ宮内庁~!

・下手の考え休むに似たり、あるいは、岡目八目:”韓国大統領に親北派の文在寅氏が当選”
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/69394ebe0b059c539d768a1b1a0703a8

 

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韓国大統領選挙は、事前の予想通り、文在寅氏になった。
この結果を歓迎したい。

ますます、日韓関係が良くなるからである。
 
韓国民は、日本人が思うほど、北の脅威を感じていない。
北が脅威であれば、革新派の文氏が当選するわけがない。
彼らに言わせれば「日本人の南海地震と同じ」なのだそうだ。つまり「いつかは来る脅威だが、今すぐじゃないだろう」という安心感なのだ。
 
その文氏だが「北と対話する」と言っている。
では、北のカリアゲ黒電話と、何を話すのだろうか?
「核を放棄してください」「ハイ、わかりました」なんて、なるわけがないでしょうが。
せいぜい「お金は払いますので、ウチには撃たないでください。やるときは日本でお願いしますわ」でしょうなあ。
 
考えてみれば、文氏の選択肢は少ない。
韓国経済は沈没寸前なので、韓国民はすぐに結果を求めているはずだ。
韓国の経済が瀕死なのは、THARD配備をめぐって、中共から事実上の経済制裁を受けているからである。

すると、THARD配備の見直しをすれば、経済制裁は解除されるので、ただちに経済を上向かせることができる。

もともと反米親北なのだから、飛びつきそうなアイデアである。
ただし、この策には、大きなリスクがある。

アメリカは、北への攻撃は「同盟国に被害が大きい」ので、躊躇っていたのである。
韓国がTHARD配備を拒否すれば「気にしなくてもいいじゃん」になりかねない。
トランプと文在寅が、同様に北に話し合いを呼びかけるといっても、背景が違う。トランプは「嫌ならやるぞ」がある。

実際、米国は世界で唯一、単独で開戦に踏み切れる力がある。
北の核なぞ、線香花火のような代物で、米本土には届かないのだから、気にする必要はない。

日本の運が悪ければ、一発くらい貰うかもしれないが、まあ概ね撃ち落とせるから、そのときはそういうことで(汗)という話である。
 
そもそも、北の核開発に対しては、国連決議も出ているので、米国としても最後のカードは韓国の被害だけなのである。

「アメリカのせいで、国土が大被害を受けた」で韓国民に1000年恨まれるのは面倒なので、韓国自身がエラーをするか、北が暴発するまで追い込むのが米の方針である。
その空気を文在寅氏が読めるかどうか?である。
 
さて、左巻きでいかれた脳みその文氏も、さすがに米国に見放されるとヤバイと幸運にも気づいたとする。

すると、当面の韓国経済浮揚は絶望的である。
国民の不満は高まるので、なんとか策を講じなくてはまずい。
そのとき、頼りになるのは、反日なのである。
 
北が怒ると核を撃つし、中共が怒ると経済制裁、アメリカが怒ると戦争である。
物騒だらけだが、日本だけは安心だ。

核も撃たないし、経済制裁もしないし、もちろん戦争もない。
武力侵攻した竹島を、いまだに奪還も出来ないのである。
こんな安心な相手はいない。
 
以上により、文氏の当面の政策は、反日エンジンのアクセルを踏み込むしかないのである。
 
そうなれば、当然、両国民に互いの国に対する嫌悪がさらに醸成されるであろう。
これでこそ、日韓関係の正常化が出来るというものである。
世界の国家は、だいたい隣国とは仲が悪いものである。
まして、日本にとっては、特に国益のない相手である。
単に、北との間の緩衝地帯としてのみあればいいだけだし、もしも韓国が親北になって米国と揉めるのであれば、相対的に日本の地位は向上する。

どっちに転んでも、悪い話ではない。
 
日韓関係が良くなるということは、日本の国益になるかどうかで判断することである。
いくら仲が良くても、なんら国益にならないのでは、どうしようもない。
そういう意味では、あの国とは、仲が悪いほうが、何かとよろしい、ということである。
それにしても、反日ネタも戦時売春婦ばかりでは、さすがに飽きる。新たなネタとしては、戦時徴用問題あたりか。

国民情緒法の司法とあいまって、また新たなネタを提供してくれることは、疑いないところだ。
今後がますます楽しみですなあ。
 

転載元転載元: 50過ぎて悪あがき(往生際が悪い男のブログ)


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南朝鮮で新しい大統領閣下が決まられたようです。

>おめでとうございます。
>ほんとうに「おめでたい」ですね(笑)。

・韓国大統領に親北派の文在寅氏が当選確実
 http://ameblo.jp/michiru619/entry-12273257380.html


将棋(←KABUはアマ四段♪)でも、また、囲碁でも(←そのKABUも寛子ちゃんには10子置いても勝てない! 涙~!)、弱い人は「その手だけはうつな」という手をさし続けるもの。今の南朝鮮を見ているとこれと同じ感想をもちます。
 
・女流プロ将棋界の独立に暗雲
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/1900745dc101a8114eac067703c745bd
 
・<アーカイブ>哲学と将棋のアナロジー遊び
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12272806323.html
 
・衛星放送型通信教育☆サテライトの思想的可能性
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11181538604.html
 
 
いや、南朝鮮の人々が気の毒です(自業自得か?)。ただ、日本としては、南朝鮮からの入国管理一層厳しくせねば。と、思いました。貴重な資料としてリブロさせていただきました。
 
あっ、そうだぁー!
 
可及的速やかにキムヨナ姫(=神功皇后)には日本か緊急避難的にアメリカに帰化してもらわなければ。で、キムヨナ姫の皇室へのお輿入れ。それが(役立たずの外務省と宮内庁の)急務ではないか。と、そう私はまじめに考えています。
 
・ソチオリンピック☆私は当然、キムヨナ姫を応援する
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/93f56ef107bf381d1202a1d543bbd9fd
 
・<アーカイブ>浅田真央は「ルール」を理解できなかった愚者か
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/d46349b733029a9c0805f4f7141ec2ef
 
・キムヨナを<物象化>する日韓の右翼による社会主義的言説
  
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a1af69458fa7a67896001dea6ce7cc74
 

さて、AKB総選挙の票の配分を考えねば・・・。

義理を通して、まゆまゆか、好みの・・・か、やっぱ、次世代エースの・・・か。
あるいは、ここはユイハンか・・・。

こっちのほうがKABUにとっては大問題なんですよね。
 

日本の保守派の同志みなさま、
おやすみなさい。

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2006年02月16日 17時54分18秒 | 教育の話題
 

>公教育の分割民営化を推進しましょう!

>「公立学校の教師が忙しく過労死寸前?」

 など民間の予備校や個別塾のスタッフから言わせたら「世迷言」にすぎません

>教科指導だけでなく進路指導も生活指導も今は<塾・予備校>がそのほとんどを

 になっているのは、常識でしょうよ。部活顧問、それこそ外注。

 修学旅行と遠足? 自衛隊と在日米軍に任せなさい。

>蓋し、過労死がでるほど、そんなコスパと生産性が低いのなら、

 民間に潔く公教育を任せなさい!とそう私は考えています。

(2017年5月8日記す)

 

・・・>朝日新聞なに馬鹿なこと言ってるの!

 


公教育を公立学校が行う初等中等教育およびそれを土台とした高等教育のシステムと捉えた場合、公教育は破綻しており、よって、日本の再生の鍵は教育改革であるという認識に立ってこの記事は書かれています。

而して、日本の公教育はなぜ駄目になったのか:国民の教育を最早公教育には任せられないと多くの国民が考えている理由は何か:逆に、機能不全に陥っている公教育がなぜいまだに続いているのか、すなわち、少なくとも子供達の学力増進の部面では塾・予備校に教育セクターとしての機能も信頼も奪われて久しい公教育がなぜ消滅しないのかを論じたいと思います。

尚、私の主張は戦後の<教育法学の蓄積なるもの>を踏まえてなされたものです。日本の公教育に対する私の基本的考えについては下記拙稿を参照いただければ幸いです(特に、最初のものは、少し古いけれど も、現在の公教育がいかにその政策目的とも目標とも乖離しているのかを概観したものであり、是非、参照をお願いしたいと思います)。

・民主党政権下に<教育>を論じた記事-なぜかリンク復旧できないので目次にしました♪
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c2f654273721efc004ac4e2ed519c89b

・防衛省Mag☆MAMOR:特集「英語力を装備する自衛隊」--英語好きにはお薦めだったりする
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2377f54478cd51ab00abbce530bf67f6

・砂上楼閣のゆとり教育と総合学習の蹉跌
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-244.html

・ゆとり教育路線の前提と誤解
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11182604980.html

・学力低下と教育力の偏低迷(上)~(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a3279f8638253efa3e952ce242e19cb2

・<アーカイブ>OECD諸国中最低水準の教育に対する日本の公財政支出は問題か
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/1c6ee519666824a54e676e42a244c8da

・私家版・海外修学旅行「お薦め行先」ランキング
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/95f6b0340fa61ccd1e74e1003e6bc7bf



◆公教育の機能
日本の公教育はなぜ駄目なのか/なぜ駄目になったのか? しかるに、なぜそれはいまだに消滅しないのか? いささか面倒でも「急がば廻れ」式に、公教育の機能:公教育はどのような能力を子供達に身につけさせることをその使命としているのかについて整理しておくことがこのことを考えるためには有効だと思う。議論を<空中戦>にしないためにも、最初に公教育の機能を整理しておこうということです。では、公教育が社会から期待されている役割は何か? 

それは第一に、子供達をこの社会の中で独立自存せしめること:自らの力で喰っていけるような労働力商品に子供達をすることでしょう。少なくとも、労働力市場で「市場価値」を持つための前提となる知識・スキルを子供達に身につけさせることです。

次に、この社会の秩序を保つべく子供達に社会生活のルール(=礼儀作法と社会のルール)を叩き込むことであり、第三に、日本の文化と歴史と伝統に自己のアイデンティティの基盤を置く、また、そのことを自己のプライドの中核とする日本人や日本市民(=日本に永住する外国人)を再生産することを通して、日本人と日本市民をして近代主権国家日本への統合を維持強化することにあるのではないでしょうか。

●公教育の機能:
・社会権的基本権の保障
・社会の治安の維持強化
・国民国家統合の維持強化


公教育機能の真髄は、この日本社会の一員である日本人や日本市民として堂々と(=自分の好きな領域で自分の得意な技を発揮することで)自活していけるための<生きる力の基礎>を子供達に与えることである。

これに対して、「子どもたちの学ぶ権利」「生き生きと伸び伸びと発達する権利」の保障を公教育の機能と考える論者もおられます。これらの権利が(まして、その具体的な規範意味が)現行憲法から一義的に演繹できないことは自明であるにせよ、公教育の内容を憲法に適合させるための補助線としては必ずしも無意味ではないでしょう。しかし、子供を教育する責務と権限、権利と義務は本来保護者にあるはずであり、その責務を国家が肩代わりする理由、逆に言えば、その権利や権限を国家が保護者から召し上げることに他ならない公教育の制度を想起するとき、公教育制度の根拠は、社会的なものであり国家的なものでなければならないのではないでしょうか。

ならば、(1)教育の権利と義務を定める現行憲法26条が、社会権的基本権を記した一群の条規(25条・生存権、27条・勤労の権利と義務、28条・労働基本権)の中に配置されていること。(2)教育の機会均等を憲法14条(=平等条項)から導き出すことはそれほど難しくないこと、(3)更には、1976年の旭川学力テスト事件最高裁判決(★)は国家の教育権を確認しており、同判決がこの争点に関するリーディングケースとして現在に至っていることを鑑みれば、公教育の機能に関する私の主張も満更根拠のないものではないと思います。

★註:旭川学力テスト事件最高裁判所大法廷判決
「一般に社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国は、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、しうる者として、憲法上は、あるいは子ども自身の利益の擁護のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有するものと解さざるをえ」ない。(昭和51年5月21日)


◆公教育崩壊の構図
明治5年(1872年)学制公布。同19年(1886年)保護者の就学義務を謳う小学校令公布、そして、地方自治体の学校設置義務が導入され強制力が数段強化された第2小学校令が公布されたのが明治23年(1890年)。ここに至って義務教育制度は法学的にも社会学的にも確立しました。すなわち、家庭にとって貴重な労働力でもある子供達を学校に囲い込むという、見方によっては、家庭の生計への介入も持さない公教育制度がわが国で始まって116年。以来、富国強兵の時代も高度成長期も公教育はわが国の独立と繁栄の生命線でした。

江戸期以来の<寺子屋制度>の蓄積もあり、20世紀初頭の段階においてわが国の初等教育の就学率はほぼ100%(明治42年=1909年の義務教育就学率は98%)、そして中等教育の進学率も日本は12%に達し英国の4%を遥かに上回ったのです(明治45年=1912年)。畢竟、大正期直前の段階で既に日本の公教育はアジア・アフリカ諸国はもとより欧米諸国を遥かに凌駕していた。正に、公教育は日本の国際的競争力の源泉であり、それは日本の制度インフラに他ならなかった。

では、その虎の子の公教育はなぜに破綻したのか? どのようにして公教育は現下の日本の<不良資産>に堕したのか? その原因は、大東亜戦争後の戦後民主主義が撒き散らした害毒ではないでしょうか。しかし、戦後民主主義がその毒素を日本社会に行き渡らせるには幾つかの条件が作用したと思われる。その条件とは下記の3個。

・公教育が提供する知識・スキル・思想のすべての面で、サービス供給側よりも需要側が優位になったこと

・公教育が提供する知識・スキル・思想のすべての面で、社会で独立自存していくために必要な水準が上昇し公教育程度では「焼け石に水」状態になったこと

・戦前の立派な教育を受けられた世代が、年齢的にバブル期前後に社会の第一線から退場されたこと:それにともない、公教育の学校現場で提供される戦後民主主義的な情報を家庭内や地域内で相対化することが困難になったこと


昨年10月に内閣府が発表した「学校制度に関する保護者アンケート」では約7割の保護者が子供の学力向上のためには「塾・予備校の方が優れている」と回答したというけれど、1979年1月の共通一次試験導入を分水嶺とする予備校の活況、また、臨時教育審議会路線が定着する1980年代後半から学校現場に<ゆとり教育>が正式導入される2002年の15年余りの間に定着した学習塾の準制度化は、教育のほとんど唯一の供給者としての公教育を市場の単なる1プレーヤーに変えてしまいました。

簡単な話しです。『三丁目の夕日』の世界。昭和30年代の日本の大多数の家庭では、カレーライスに入っている肉は鶏肉だった。鳥インフルエンザが当時はなかったからか? そんなことはないです。牛や豚という四足の動物を食べる習慣がまだ日本にはなかったからか? 馬鹿な! それは、日本がまだ貧しかったからであり、同じことですけれども、廉価なビーフやポークは一般消費者がアクセスできる流通経路にはまだまだ乗らなかったからです。だから、自分の家で飼っている鶏やご近所からいただいた鶏をつぶしてカレーに入れたのであり、他方、デパートの食堂で食べる牛肉入りのカレーはご馳走。まして、久しぶりに家族全員で鍋をつつくすき焼きは子供達の最高の記憶の一部になったのです。

昭和40年代後半までの公教育の希少性やその価値はこれと同様に高かった。そして、現在の公教育の陳腐さは、「僕は牛はもういいからお肉は盛らないでね」「ダイエットしてるんだから牛じゃなく鳥か豚にしてよ、お母さん」という現在の家庭で話される会話とパラレルでしょう。

また、労働力商品に求められる教育水準の向上。蓋し、グローバル化の進行にともない、企業が労働力に求める学力は現在では国際水準にリンクせざるを得ず、10年前や15年前のように、高校や大学の入学試験が象徴していた潜在的な頭のよさや努力を継続できる資質などの(これはこれで極めて大切ではありますが)曖昧な<能力>だけでは企業は人員の採用ができなくなりつつある。

実際、英語ができることを自分のアセットにしたい大学新卒求職者は、(スコアに限っても)現在では最低でもTOEIC900点台が必要と思います。これは10年前や15年前に比べて150点とは言わないけれどハードルが100点近く上がったことになる。そして、普通の生徒が大学3年次にTOEIC900点を取得できる英語の基礎力を公教育が養成することが難しいことはいうまでもないでしょう。

最後の点に関しては、各自、大東亜戦争の終結時に20歳だった青年が1990年には何歳になっていたのかを計算していただければ十分だと思います。正に、ルーズソックスの蔓延(1993年)は、バブル崩壊を画する現象であったと同時に、この社会を支えてきた公教育葬送のパレードだったのです。


◆公教育崩壊の様相
塾・予備校と公立学校は何が違うのか? 「日本の<不良資産>に堕した公教育がなぜいまだに消滅しないか」とこの問いは実は同じものです。

公教育の本当のパフォーマンスがどうであれ(=実際には、公教育が塾や予備校よりも高い教育効果を達成しているとしても)、保護者の7割が「子供の学力向上のためには塾・予備校の方が優れている」と回答する現状でなぜ公教育は<市場>から退場させられないのか? 簡単な話しです。それは公教育は<市場>ではないからだ、と。

公教育は、価格もそのサーヴィス提供の仕組み、サーヴィスの品揃えや品質も政策的に決定される制度なのです。あるいは、(公教育を塾・予備校と同じ市場に属するプレーヤーと考えれば)公教育は補助金や統制価格に守られた特権的なプレーヤーです。

もちろん、市場は万能ではありません。経済学の復習になりますが、社会全体が必要とするサーヴィスの水準を確保するためにも、また、公共サーヴィスへのタダ乗り(Free Rider)を禁ずるためにも、国防や消防・警察のように公共性の高いサーヴィスを市場原理に任せることが社会全体の利益にはならないことは自明です。

実際、裕福な家庭の子女や都会の子供達には比較的手厚い教育がなされ、手のかかる低所得層の子女やコストがかさむ郡部の子供達には教育サーヴィスの供給者が不足するという事態は、国民の一体感を弛緩させこの国の近代国民国家としての統合を危うくするでしょう。また、不条理な不公平感が社会に内在化することが、社会の治安秩序の劣化に直結することも容易に想像できます。

更に、教育の機会均等を求める現行憲法の規範意味(さしあたり、憲法14条と26条)からも公教育を完全なる市場原理の元に置くことは許されません。畢竟、公教育の消滅は政策的・社会学的な観点からも法学的な観点からも日本が取るべき道ではないのです。

ならば、現下の破綻した公教育改革を実行するための土台は、「公教育は必須ではあるが現行の公教育の仕組みは必然ではない」という認識ではないでしょうか。例えば、国・地方自治体から受注した民間の教育機関が公教育サーヴィスの提供に当たるということ。そしてこのことは豪も憲法には違反しないことです。

国や県の道路工事、海上自衛隊の護衛艦や消防署の救急車の製造を想起してください。それらが公共的なものだからといって、では国や県の土木工事専門の部署が、あるいは、防衛庁や消防署の専門部隊が道路工事や艦船と車輌の製造を行っているでしょうか、と。「否」ですよね。

ならば、民間教育機関はいうに及ばず、ネットでも書籍でも公教育が提供している程度の知識は巷に溢れている現在(=教育の需要側が供給側より優位に立っている現在)、幾つかの教育法規の改正を行った上で、公教育の理念と機能を損なうことなく公教育の民営化が不可能ではないこともまた明らかではないでしょうか。


而して、本節のテーマ:「日本の<不良資産>に堕した公教育がいまだに消滅しない理由」は、こうパラフレーズできると思います。すなわち、国民の財産であり貴重な制度インフラである公教育が破綻しているのに、なぜに、公教育サーヴィス提供の仕組みが変えられないままなのか、と。私はその理由を次の3点と考えています。

・公教育の必須性と公教育制度の可変性は矛盾しないという認識の欠如
・公教育制度の制度的権能
・教育法学に顕著な戦後民主主義的教育観の蔓延


便宜上、第3点への言及は次節で行います。そして、第1点の内容はおおよそ上で説明した通りです。公教育とは機能であり作用であるにも係わらず、校舎や教師、学区や学齢のルール、教科書や制服、あるいは、教育関連の諸法規や文教予算等々のパーツの束にすぎない公教育制度を公教育そのものと混同する傾向がこの社会に残存していると思うのです。蓋し、この社会における公教育の致命的重要性からダイレクトに(実は、そう確たる根拠もなく)現行の公教育制度の優位性を演繹する傾向がいまだにこの社会を覆っているのではないでしょうか。

本節冒頭で掲げた「塾・予備校と公立学校は何が違うのか」の問いの解答が第2点です。煎じ詰めれば、それは「原則すべての子供達を受け入れるか/学費を払える・すでに学力が一定水準に達している・躾ができていてスクール運営の邪魔にならない子供達だけを受け入れるのかの差」であり、そして、このことの帰結でもありますが「卒業証書を発行できるかどうかの差」に収束する、と。

公教育の機能(社会権的基本権の保障:社会の治安の維持強化:国民国家統合の維持強化)から見て、例えば、灘・武蔵・麻布・筑波大学付属駒場・ラサール等の進学校と全国区の進学予備校の成績上位者クラス、地域の普通の公立学校とこれまた全国展開している個別指導塾の差異はほとんど<個体差>の範囲です。こう断言します。

そう私が断言した所で次のような反論が寄せられるかもしれません。「公立学校は子供達の学力養成だけでなく共同生活を送るためのルールなりの社会性を子供達に身につけさせる役割を果たしている。また、それは地域の情報センターであり、さらには、子供達の家庭に問題がある場合には(実質的にせよ)カウンセラーの機能も果たしているのではないか。ならば、公教育と塾・予備校を学力養成や進路相談の機能だけで同一視することは勇み足である」、と。

このような反論に対して私はこう回答しています。そもそも社会性の基盤を子供達に与えるのは第一義的には家庭や地域社会の役割である。その基盤ができあがっているのなら、塾・予備校で獲得される社会性も学校で身につくものと差はないのではないか。否、塾・予備校では子供といえども彼/彼女は一人前の顧客や顧客からの預かりものとして処遇もされ、また、その契約内容を子供といえども守る義務があるのだから社会性の獲得のための環境という点では塾・予備校の方がむしろ優れている、と。

実際、常にコンペティターとの競争下にある民間教育業界では、少なくない塾・予備校が他社との差別化&少子化対策として<躾の商品化>にとっくに着手しています。民間教育セクターのこの軽快なフットワークを見ても、最早、社会性の獲得の面でも現行の公教育制度は塾・予備校に敗北することは必至でしょう。

尚、地域の情報センターという点では塾・予備校や街の喫茶店やカルチャーセンターと公立学校の差異は程度の差にしかすぎないでしょうし、逆に、この点で公立学校を上回るパフォーマンスを発揮している塾・予備校は数え切れないと思います。また、カウンセラーに関しては、皮肉でも冗談でもなく、「ご苦労様です」としか言いようがありません。けれど、それは公教育の機能から見て公教育改革とは少し異なるイシューではないでしょうか。

而して、公教育の民営化によって公的な文教予算が、公教育を受注した民間教育機関に支払われるのならば、「すべての子供達を受け入れるかどうか」という塾・予備校と学校の差異は自動的に消滅してしまい、結局、両者の差は「卒業証書を発行できるかどうかの違い」に収束するでしょう。

実際、バブル期直前の1980年代後半までは、IVYリーグやUCLA, University of Michiganなどの名門大学なら話しは別ですが、アメリカの普通の大学を卒業しても(まして、Community College:地域が経営管理する公立の短期大学、誤解を恐れずに言えば、一部の例外を除きアメリカ社会での位置づけは「高校4年生-5年生」に近い)、日本での就職は容易ではありませんでした。なぜか、その卒業資格は「正式な大学卒業資格」とは考えられていなかったからです。4年後、2年後の彼等の就職のことを考えると、当時、私はアメリカに旅たつ教え子の笑顔を見るのが辛いこともしばしばでした。

それから幾星霜。2006年の現在、アメリカの大学の「卒業証書」を認めない企業は日本にはほとんどなくなりました。全くないとまでは言いませんが、上場企業を中心に私が知っている3,000社ほどの企業はすべてアメリカの大学・短大を卒業した者を「大卒」「短大卒」と看做しています。

何が言いたいのか? 昔話がしたいのか? 自慢話がしたいのか? それはただ一つ。「卒業証書」を発行する公教育制度の権能は、実は、既に現在でも収縮しているということ。ならば、公教育の民営化によって公的な「卒業証書」を発行する権限が公教育を受注した民間教育機関にも配分されるのならば、塾・予備校と学校の差異は消滅するでしょう、と。


◆結語☆「死せる公教育、日本をして呻吟せしめる」背景
公教育が破綻して久しいのになぜに公教育制度の改革は進まないのか? 私はこの理由の一つとして「戦後民主主義的な教育観の蔓延」を考えています。蓋し、それは教育を放棄した教育論であり子供達の現実の姿を見ようとしない無責任な教育論です。

戦後民主主義的な教育観は、教育法学の影響下に国家の教育権を否定し「学校の主人公は子供達」「教育内容を決めるのは子供達の味方であり教育の専門家である教師自身」と唱えてきました。而して、子供達は「誰もがどの分野でも100点を取れる力がある」「教育法学が指し示す学校現場の体制で、平和と民主主義を信奉する教師が教えるのなら子供達はちゃんと教育されるに決まっている」という前提を豪も疑いません。その帰結として、彼等は「生徒の学力調査」にも「他校との比較」にも激しく抵抗してきました。「子どもの人権を守れ」「教育の管理強化反対」のスローガンの下に!

日本の教育法学界は、空理空論と妄想願望が飛び交う憲法研究者のコミュニティーからさえ「法律論と運動論をごちゃまぜにしている」(奥平康弘・内野正幸)と批判されています。教師の「教える自由」を争点する数多の裁判で怒涛の連敗記録を達成中の不思議な学界です。

樋口陽一さんが指摘する通り、しかし、日本の教育法学は中央集権主義的なものでもある。私なりの言葉で説明すれば、蓋し、欧米では教育の自由は「国家に召し上がられた、自分達の子供を教育する権利の奪還運動であり、国は金を出さなくともよいから口も出すな」という主張です。しかるに、日本の教育法学では、教育の自由の争点は「誰が国家の教育権を行使するか」であり、国や裁判所がそれを「国家権力」とするのに対して「子供達の代理であり教育の専門家である教師」と考える。畢竟、これは「国は金を出して口は出すな」という主張にすぎないのではないでしょうか。

現実を自己の願望とすりかえるこのような勢力が教育現場を牛耳っている限り、公教育の破綻の姿が世間に認知されるのが遅れたのは当然でしょう。皮肉なことではありませんか。彼等は、彼等が批判してやまない国家権力から認められた「卒業証書」という免罪符を世間に販売することで公教育(制度)批判をしのいできたのですから。

大切なのは彼等の特異な理想や願望ではなく、現実の子供達の将来であり、日本の将来です。ならば、戦後民主主義の影響を学校現場から払拭して、労働力商品として国際競争力のある、また、この日本社会の一員たる堂々とした日本人と日本市民を育成するためには、公教育制度の改革が不可避でしょう。日本の再生は公教育の改革に懸かっている。それは、戦後民主主義の呪縛から公教育制度を解放することによって実現する。そう私は考えます。

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フランス大統領選挙の「春秋」論的には、

今回の敗戦は負けおしみではなく「天佑」、鴨。

そのフランス大統領選挙。


保守派の同志からは落胆の声が聴かれるようです。

例えば、

・フランス大統領選 世界中の左翼
 http://ameblo.jp/lovejapanmuch/entry-12272775248.html


・ふん、コンピュータひとつ自分だけではつくれない

  おフランスの民はアメリカの民より未熟というだけのこと
 https://blogs.yahoo.co.jp/higashidake/66227932.html

 

しかし、

しかし、

あの若造がフランス国内をまとめきれなくなるのは時間の問題。もって最長2年くらい。で、ルペン同志が当選した場合、リベラル派の抵抗で<体力を消耗>しただろうこともほぼ確実。なんせ、首相や閣僚を保守派が握るのはまず今は無理だから。なんせ、半大統領制のしくみだから。

ならば、あの若造にまずやらせて、
フランス憲法7条により、2年以内に退陣させ、
もって、体力温存したうえで次の大統領をこちらが
熟柿的にいただく。

これ、鉄板の戦略、それ、自然なスケジュール。
而して、負け惜しみではなく、今回の選挙は、

>春秋の筆法で換言すれば、
>マクロンの2017年の勝利によって
>EUの崩壊が決定した

つまり、今回の敗戦は負けおしみではなく「天佑」、鴨と。

そう言えると考えています。

要は、この敗北は

>「始まりの終わりではなく」「終わりの始まりである」、と。

いずれにせよ、

連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、
力尽くさずして挫けることを拒否する。共に闘わん!
万国の保守派よ団結せよ~!


>2020年までの占領憲法の改正/占領憲法の破棄に向けて
>がんばりましょう。やりましょう。
>ともに闘わん!

そう、共に闘わん、しましょう。

果報は寝てまちましょう(笑)



・期待通り、トランプ勝利! 次はフランス。而して、EU解体ですかねーーー
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/dd6ca4594815f507d5e576a035b4d808

・リベラルメディアの姑息あるいは混迷:「隠れトランプ支持者」の語義
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/fdffbfeb19f8e706d9f7b9539e29b2c3

・トランプを携えて日本再生―We also make Japan great again!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/64689a762ef92844d91a75a1df495fe4

・移民の国アメリカが移民を排斥することは矛盾だという論理の論理の破綻について
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/e6c9a76d9b62dc8b6095bddf57340032

・宗教と憲法--アメリカ大統領選の背景とアメリカ建国の風景
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3a1242727550e8e31a9133aa154f11bf

・樋口陽一の文化帝国主義的憲法論の杜撰と僭越(上)(下)
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/45e30175093f17dfbbfd6b8234b89679

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ブログ友の記事紹介します。これです。

・【GHQ】日本国憲法はコピペ憲法 その2【WGIP】
 http://ameblo.jp/free-and-obligation/entry-12272106704.html

 

私はアメリカに滞在しているときに自分でも、そう、例えば、 

・国立公文書(記録管理局)館
(NARA:National Archives and Records Administration)
 
https://www.archives.gov/
 

・マッカーサー記念館
 http://www.macarthurmemorial.org/
 

・メリーランド大学プランゲ文庫
 http://www.lib.umd.edu/

にも通い、占領憲法の制定過程(「押し付け過程」)を調べてきました。
而して、この記事に紹介されていることはまず事実であろうと思います。
ただ、複雑なのは、例えば、コミンテルンのスパイだった、鈴木安蔵や
エドガートン・ハーバート・ノーマン、そして、国賊・幣原喜重郎と、他方、
吉田茂氏や鳩山一郎氏(あるいは、宮澤俊義先生の当時の役割とか)
の関連はいまひとつわからない。あるいは、公職追放中ではあるにせよ、
GHQからも一目置かれていた節もある宇垣 一成氏の関与も不明。

・平和主義とは何か--戦前の日本は「軍国主義」だったのか?
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/42ed25f108f4eae50a7a032128355289

・完版:保守派のための海馬之玄関ブログ<自家製・近代史年表>みたいなもの
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a3221c77ea0add17edf737d21088cf96

また、スターリンの意思自体がどれほど占領憲法の内容に関与したか?
これも藪の中。なにより、トルーマン大統領の意向もわかるようでわからない。

つまり、占領憲法制定の舞台裏の<闇>はこの記事に紹介されている
よりも深いの、鴨。よって、この記事「資料」としてリブロさせていただきます。
まちがいなく労作だと思いますから。いずれにせよ、

 

>遅くとも、2020年までの

>占領憲法の改正/占領憲法の破棄に向けて

>ともに闘わん~♪

 

・<改訂版>自薦記事一覧:保守主義の憲法論と社会思想

 -憲法学の再構築と占領憲法の破棄・改正を求めて
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5f7bef87927eae129943ca8b5bb16a26

にゃんにゃん


  ・肉球新党 猫の生活が第一
   https://pawpadsnewparty.jimdo.com/

 

>原発推進、アベシの安全保障政策、改憲大賛成

の私達ですが、この画像のコピーはすぐれものと思いました。

現在の空前の「猫ブーム」にあやかるあざとさは少しはなにつくにせよ・・・。

世界的にも総崩れ状態のリベラル派。でも、まだ、日本の
反日リベラルのなかにも「大人」のひともいるのですね。

と、なんか少しうれしくなりました。

もうひと頑張りしなきゃということだからね。

なににつけ<タスク>があるのはうれしいことだから。

ということで、この画像に三ひよこ謹呈~♪

  

 

・<改訂版>自薦記事一覧:保守主義の憲法論と社会思想-憲法学の再構築と占領憲法の破棄・改正を求めて
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5f7bef87927eae129943ca8b5bb16a26

・目次記事-原発関連記事一覧
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/deac6c3245cecbbd10e87ef9acff501e

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つつしんで紹介させていただきます。これです

・【緊急拡散】「加憲」を唱え始めた安倍首相
 http://ameblo.jp/nihonkaigi-yachiyo/entry-12271639104.html


蓋し、泥水をすすってでも、味方から卵を後ろから投げられても、
占領憲法の改憲を2020年までに実現する。

 

・・・キムヨナ姫ファン

・・・鄧小平先生評価

・・・女系天皇制支持

・・・憲法無効論否定

・・・米国51番めの州になることを目指す

 

等々、KABUは少し異質な<保守派>ではありますけれど、

 

>占領憲法の可及的速やかな破棄もしくは改正

 

この点は譲れません。

而して、私もそのために自分の(残された)全時間を投入するつもりです。

保守派の皆様、今後ともよろしくお願いいたします。 

 

連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、
力尽くさずして挫けることを拒否する。共に闘わん!

万国の保守派よ団結せよ~! 

 

共に闘わん~!

 

・<改訂版>自薦記事一覧:保守主義の憲法論と社会思想

 -憲法学の再構築と占領憲法の破棄・改正を求めて
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5f7bef87927eae129943ca8b5bb16a26

 

【MV full】 フライングゲット (ダンシングバージョン) / AKB48 [公式]・・・頑張れ、日本!
 

 


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 ・・・・・宇治市に向かうKABU&寛子さんのイメージ、鴨。

 

ブログ友の記事(↓)よみました。

お怒りのようですが・・・・。

 

▼あなたは、これを見過ごせますか。日本人としての自覚の有る人へ。

 http://ameblo.jp/tikugokawa/entry-12271871909.html

 

この記事(↓)には二つの感想があります。

>どんな反日の記念碑だろうが土地の所有者が自分で建てるのは勝手でしょうよ。

>治安維持法って、そんな「悪法」だったのかしらね?


というもの。第一。朝日新聞や岩波書店が、その自社の敷地内に「安重根」の銅像をたてようが、「慰安婦像」を並べようが、そして、それらの前で狐を拝もうが狸と踊ろうが、鰯の頭を振りまこうがそれは彼等の勝手でしょう。このやろう! と、思わない日本人は少なくないだろうけれど、占領憲法どころかこれは大日本帝国憲法下においても合法的な行いだろうから、それは、まあ、「江戸の仇を長崎で討つ」ための心の「閻魔帳」に粛々と書き込んでおくしかないよな、と。そう、思います。

だから、第一点に関しては、この土地が「私有地」なのか、あるいは、なんらかの「公有地」や「共有」「総有」(共有(民法249条~264条):総有(cf. 入会権・民法263条および264条))なのかだけが問題だと思います。いずれにせよ、宇治市も京都府も「関係あらへんのですわ」と言うてはるらしいから、いずれ、おのずと事実はあきらかになるでしょう。で、もし、「公有地」や「共有」「総有」の土地であるならば、ちと、意見言わせてもらいましょうかね(笑)


第二。日本では「治安維持法」は--普通選挙権の(男子に対してのみ!!)の付与とバーターで--成立した「悪法」と教科書にも書かれています。けれど、あのー、「共謀罪」が由緒正しいコモンロー上の犯罪類型であるのと同様に、この治安維持法(1925)は同時期の、例えば、アメリカの治安法制--そう、日本ではリベラル派の「白馬の王子様」の--、ウッドロウ・ウィルソン(大統領任期:1902 – 1910)とフランクリン・ルーズベルト(大統領任期:1933 – 1945)の両大統領が導入実施した治安法制と比べてもかなり控えめなものだったんですけどね(笑)


まして、で、なにより、--ヴェノナ文書の公開とソ連崩壊によるKGB文書の流出によって--あのおちゃめなマッカーシー上院議員の再評価はもうアメリカでは常識、確定している(日本ではいまだにこのこと識者さんたちは認めないけどね)。


・平和主義とは何か--戦前の日本は「軍国主義」だったのか?
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/42ed25f108f4eae50a7a032128355289


・完版:保守派のための海馬之玄関ブログ<自家製・近代史年表>みたいなもの
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a3221c77ea0add17edf737d21088cf96


ならば、地権者が自分の個人の土地に自費で「狐」「狸」「鰯」や「安重根」とか「尹東柱」の像を建てるのは勝手だけれども、治安維持法が、あのコミンテルン(1919-1943:日本共産党は1922年に「コミンテルン日本支部」として設立されました)から日本の文字通り、安寧秩序を守護するために不可欠だった法制である。このことを、この宇治の銅像の前で我々保守派は大いに訴えるべきなの、鴨。もちろん、それが完全な私有地なら他人の庭に入るのは違法だから、平等院鳳凰堂の前あたりで、--もし、万が一公有地なら、その「狐」「狸」「鰯」じゃなかった「尹東柱」の前でバーベキューでもしながら--やりたいと思います。


で、その際には、--朝日新聞は勘弁だけど、「アサヒ」というより--キリンの、

『キリン のどごしスペシャルタイム』がいい、カナ。


・「天皇制」という用語は使うべきではないという主張の無根拠性について
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/402e7208ca4e007f8b3941069ce176d4

 

・「左翼」という言葉の理解に見る保守派の貧困と脆弱
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2045fe3ac164014dde2e644c551d7c38

 

・コラム:「左翼」て何なの-教職員組合を例にとって
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12271449324.html

 

波瑠「本当にひどい」CMで披露のツイストに自虐 「キリン のどごしスペシャルタイム」プレス発表会1

 

 



 

AKB関連記事の目次をアップロードして欲しいとの要望をいだだきました。

個人のブログといえ、「客商売」。ご要望におこたえします。

たしかに、英語関連の記事、憲法・法哲学の記事、教育問題や歴史関連の記事・・・・・

の中に「AKB48グループ」の記事がぽつぽつとあるのは、うざいし、

わかりにくでしょうからね。


ということで、社会思想的に関連する数本とともに以下URLリンクの

リストをまとめました。ご利用ください。

而して、今後「AKB48グループや卒業生の関連記事」をアップロード

した場合にはこのリストに追加していきますね。ご了承ください。



・資料○◆小嶋陽菜AKB48卒業、涙
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/76aa5bf97e3217b84dba47549dca59b8


・AKB48-前田敦子さんの次のセンターは? 「大家志津香」ちゃんに5000LC!、。鴨
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/4e63281b6f97af08199721fd4ed54977


・国民的アイドル前田敦子のAKB卒業
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/b17ea7f2f97e6052b965b86c9e128e14


・前田敦子の抜けたAKB48なんて「ノンアルコールビール」みたいなものかも
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11396339153.html


・AKB総選挙という<窓>から考える生態学的社会構造の実相
 https://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65362478.html


・総選挙が証明する経済の成長戦略の思想的可能性
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/905095d73cbeec96c10d3be301792706


<関連記事>

・日本人の究極の美意識としての<ほどほど>が一番可愛い?
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/194b3d7b67adfb75f64f5d429fc6e2e2


・カレーライスの誕生★カレーの伝播普及が照射する国民国家・日本の形成
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/22b36db575db9674a03c4f3641558727


・ラーメンと愛国
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/32ac8fee035af10de8663e5b588d622e


・書評☆コーヒーが廻り世界史が廻る-近代市民社会の黒い血液
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7dc29bb6dc864533f09b3b0fdda97e25

 

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大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
yahoo版のミラーブログ。
2007年9月10日以降の新記事を随時、厳選した過去の自薦稿を漸次アップロードしていきます♪

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