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▼女性韓国エリート研究員が米国で知らされた事実

(転記元URL)

 YouTubeからの引用です。
私は、アメリカの大学院で指導教授たちに言われた次の言葉そ、今なお忘れることができません。
『日本の植民地は、その後いずれも経済発展したではないか。そんな結論の出ている問題を今更どうして研究するのか?』
米国のラトガー大学のローデン教授は、私が博士論文の主題について研究したいとの計画を説明すると、このように反問しました。
 
『文明のシステムを、日本の植民地は朝鮮半島に導入したではないか?スペインやアメリカは、日本のように本国と同じような教育システムを植民地に導入しなかった。当時の朝鮮半島の人々は文明のシステムを独自で導入するのに失敗した。日本の植民地なしで、あれほど早く文明の世界システムに入れただろうか?』
 
私はこの発言に怒りがこみ上げ懸命に反論しようとしたが、頭の中が真っ白になり感情だけが高ぶったのを覚えています。
そんな論文を書いたら、韓国に戻れなくなる!」と不安が一瞬よぎりました。
 
論文の相談をした別の経済学の教授は、
植民地化された国家の中で韓国と台湾ほど発展した国家はない。アメリカやイギリスの植民地で、台湾や韓国ほど発展した国があるか?』とまで言うのです。
 
私の不満そうな顔を見たローデン教授は次のようにも問いかけました。『日本の植民地支配を非難する韓国人の留学生が、自分の父は東京帝国大学出身であると自慢げに話した。これは、暗黙のうちに日本が導入した文明システムを評価していることになる。本来なら東京帝国大学を出た父親を非難すべきではないか?』
 
こう言われてみると、確かに東京帝国大学はもとより、京都大学、早稲田大学、慶應義塾大学を卒業したことを誇りにする韓国人は少なくないのです。

 引用元:
 
そんな論文を書いたら、韓国に戻れなくなる!
 
この発言が韓国の反日思想教育の深さ、深刻さをうかがわせます。
事実知ってもそれを書くことをゆるされない社会、それが韓国です。
 
いつか日韓の真実の歴史を書く勇気ある学者が出てくるかもしれないなどと期待してはいけません。勇気ある学者はすでに何人もおります。でもほとんどの方は韓国政府、韓国社会に潰されてしまうのです。
 
現在は帰化をして日本人になっている拓殖大学の呉善花教授もそういう勇気ある韓国人の学者でした。東京外語大学で学び日韓の真実の歴史を知ってその論文、著書など出版したところ、「反韓的」との烙印を押され韓国は彼女の入国(帰国)を拒否したのです。
 
日本では絶対に有り得ないことです。反日韓国人教授も、反日中国人も反日新聞社も自由すぎるほど活躍させるのが日本という平和な日本なのです。さらに、韓国在住中に韓国の捏造反日歴史を刷り込まれて帰国した超親韓ジャーナリスト青木某とかいう人も反政府報道活動を自由にしていますねえ。
日本ほど報道の自由の国はありません。
 
日本との歴史について真実を言うことも書くこともできない言論の自由のない韓国なのですが、ところが国境なき記者団」に言わせる「韓国の言論の自由は日本よりも上」なのだそうです。
(NHKを始めとする日本のメディアが盛んにありがたがっている「国境なき記者団」とはこの程度のいい加減な怪しい団体なのです。)
 
この韓国の女性研究者のショックなど大したことはありません。
百田尚樹さんが書いた「いまこそ、韓国に謝ろう」という本は彼女がショック死するかもしれないほどの日韓併合の事実が次々と出て来ます。
 
描かれている事実は、実は、韓国併合について多少なりとも知っている人々にはよく知られていることも多いのですが、著名人の百田尚樹さんが著したということが画期的と言いますかとても重要なのです。
 
日韓併合についての事実に興味のなかった日本人に是非読んでもらいたい本ですよね。
 
百田さん、土下座して韓国に謝り倒しています。
 
勝手に、近代医療を持ち込んで平均寿命を延ばしてすまんかった。
勝手に、学校をあちこちに建てて識字率を上げてすまんかった。
勝手に、丈夫な橋を半島のあちこちに架けてすまんかった。
勝手に、禿げ山に植林をしまくってすまんかった。
勝手に、頑丈で大きなダムを作ってすまんかった。
勝手に、要所に便利な駅舎を作ってすまんかった。
勝手に、半島のインフラ整備をしてすまんかった。
 
riroron評価1:
事実を克明に書かれてしまうと
韓国には反論の余地がなくなり可哀想!
 
riroron評価2:
「反日」で国をまとめている韓国にとって
非常に残酷な本!
 
 (以上、転記終了)

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文化帝国主義のリベラル派、糾弾❗
文化帝国主義のリベラル派、粉粉❗
文化帝国主義のリベラル派、殲滅❗

保守派の皆様、今後ともよろしくお願いいたします。 
 
連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、
力尽くさずして挫けることを拒否する。共に闘わん!
万国の保守派よ団結せよ~! 

Together we the conservatives will stand!
We also make Japan great again with Trump!
 
共に闘わん~!


【関連記事】
・国連は「主体」ではなく「舞台」です
:国連人権委員会の正体 国連は日本を非難しないと出世しない組織 (追補あり)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/281ecc781b65365010ebbc819dc71016
 
・濫用される「国際社会」という用語についての断想

・言論の自由を市民の手に取り戻せ
:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6
 
・<追補>ナショナリズムの祝祭としてのオリンピック
 ーー東京2020を朗らかに迎えるために
 
 
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・定義集-「歴史」
 
・平和主義とは何か--戦前の日本は 「軍国主義」だったのか?--
 
・戦後責任論の崩壊とナショナリズム批判の失速
 
・日本社会の「右傾化」を嘆き憤るリベラル派の怠慢と傲岸
 --マーケットが変化したのなら商品の方を変えなさい
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dda58e6b05976d6658553df6d20742f

 
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 【資料記事】
・橋下「慰安婦発言」批判の海外報道紹介--歪んだ論理の磁場の確認と
 その消磁化の契機として(1)~(9)
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3ca7d2069ecc186e18b3e237f852f4c0

・安倍総理の歴史認識を批判する海外報道紹介(1)~(12)+後記(上)(下)
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f62334487b7927827bed69dd74021987
 
・英語教材として読む安倍談話(英文全文)-【前口上―本編―余滴】

 
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あの「AKBグループの終焉」が確定した日。
そう、第9回のAKB総選挙の開票日、2017年6月17日の記事を俎上に載せます。
ちなみに、「なぜ、AKBが終わったのか」とかいう、今となってはどうでもよい、かつ、
些か不愉快な話については――ご興味がおありのようなら――下記拙稿をご一読いただければ
と思います。

・AKBは終わりました、以上。
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/78799c7bb9ac3777b26578910b435b9f

・AKBはもうあの日に終わったけれど・・・、サッシーの言う通りだよ。(追記あり)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/8b64a655f6e7a8bed9dc8716cedc6572

而して、2017年6月17日は、逆に言えば、「AKBグループ」をこれまで支え守ってきた、
渡辺麻友(まゆゆ=まゆまゆ)がその卒業を表明した、厳粛であり清々しい日でもあった。
わたしはTVでそのイベントをみながら、不思議とそんな感覚をおぼえました。
そう、それは杜甫の『春望:Spring View』の読後感覚と通低するもの。あるいは、
ウィトゲンシュタィン『論考:Tractatus Logico-Philosophicus』の読後感に親しいもの、鴨。

▽春望―杜甫      
国破山河在     国破れて山河在り
城春草木深     城春にして草木深し
感時花濺涙     時に感じては花にも涙を濺ぎ
恨別鳥驚心     別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

▽Spring View―Du Fu
country ruined mountain & river remain
city in springtime grass & trees grow deep
facing hard times flowers trigger tears
hating separation birds startle my heart


蓋し、いかにAKBが終わったとしても、しかし、「前田敦子」卒業の後、
まゆまゆが守ってきたこの5年半の間に、松井玲奈、島崎遥香、渡辺美優紀という
逸材もまた卒業したけれど、日本の、少なくとも、J-Popの宝ともいうべき、

>松井珠理奈
>宮脇咲良

が育った。正に、これは「国破れて山河あり」ではありませんか。

ならば、――ちなみに、KABUはこのcoming -soon Acesとは別に、チーム8の、横山結衣ちゃんと、早坂つむぎちゃん、そして、チーム4の小嶋真子ちゃん、チームEの福士奈央ちゃんとかが贔屓だったりするし、地元贔屓人間としては郷里のHKT48のメンバーは、原則、漏れなく推メン候補です❗――「AKB」が消滅するのが決定したにしても、――より抽象度の高い概念としての――<AKB>の未来はそうそう悲観的なものでもないかもしれない。と、そう、まゆまゆが残した後輩たちに期待しています。



▼Watanabe Mayu announces her graduation from AKB48

AKB48 Team B member Watanabe Mayu (23) announced that she would be graduating from the group by the end of the year.

On June 17, Watanabe gave a speech after winning the second place on the general election two years in a row. 

She said, "This year, I stood as a candidate making it as my last election. I have been participating in the general election since the first time, and thanks to you fans' support, I was able to stay as one of 'Kami 7' this whole time. I cannot thank you guys enough. 

As this was my last election, and I won the first place back in 2014, it was my challenge to get the No.1 position one more time, but unfortunately, the result was the second place. However, until today, my fans have been supporting me so much, and through the handshake events and Twitter, they also gave me so many supportive messages. I spent these days very happily. I cannot say there is no regrets, but I do feel happy to receive this second place. 

Today, I have an announcement to make to people watching TV, watching through live viewing, and people who are here now.  I, Watanabe Mayu, am graduating from AKB48. I loved AKB, and had an audition when I was 12. Then I joined the group. This April was the 10th anniversary since my debut, and I became 23 years old. As a member of AKB, I have experienced a lot, and learned a lot. I decided to step out to the outside world, to begin a new experience. There are now many reliable juniors, and I would like to entrust the future of AKB48 to them. As I will be graduating by the end of this year, I may not have that much time left, but I want to perform my mission as an AKB member. 

Anyway, thank you for your support to get me the second place!"

Watanabe also revealed that she was thinking of the graduation these past 2-3 years, and she made the final decision on her own.

In the end of the speech, she clearly stated there was nothing left for her to do as a member of AKB48.

(出典:Tokyohive forum,  June 18, 2017―Source: Nikkan Sports via Oricon)





<語彙>
announce graduation from :~から卒業することを公表する, give a speech:スピーチを行う,  in a row:連続して/連続で(TOEIC の重要イディオムですよ), 

participate in:~に参加する,  the general election:総選挙(定冠詞がついていることに注意してください),  thanks to:~のおかげで/~の力添えによって(間接的な因果関係や行動の理由を表すこともあります。これらの場合、より直接的な原因や理由はbecause で表現するのが普通、カナ),  'Kami 7' :神7(AKB総選挙の上位7名の総称), 

back in 2014:以前、2014年に(このback は「昔に・以前に」の意味の副詞です。さりげないけれども英語らしいきほんごいの用法、鴨), challenge to-V:~をしようとする試み/~しようとする挑戦, the handshake events:(AKBグループ恒例の)握手会⬅KABUの推しメンはゆきりんとみるきー、そして、ぱるるでしたが、一度だけですけどまゆまゆさんのレーンに並んだことあるんですよ❗,  

supportive messages:応援のメッセージ, regret:後悔・残念無念の気持ち,  have an announcement:1つお知らせすることがあります, live viewing:ライブビューイング(コンサートやイベントなどチケットが手に入らないとか会場が遠方で参加出来ないような方に近所の映画館等で観ることが出来る仕組み),  audition:オーディション,  

the 10th anniversary since my debut:デビュー10周年, decide to-V:~しようと決意する(decide は目的語にVg-ingはとりませんよ!),  step out to:~に向けて今いるよことから踏み出す, reliable juniors:【KABUの想像ですけれど、 多分、次世代エースの珠理奈と咲良、そして、岡田奈々や高橋朱里のような】信頼できる/頼りになる後輩たち, 

entrust A to B:Aという事柄をBという人物(もしくはぎじんかされたB という事象)に委ねる, perform my mission:自分の(プロのアイドルとしての)責務を――TPOをわきまえず「結婚宣言」をAKB総選挙開票会場でしでかしたあの須藤某などは問題外の外として、自分の責務を――果す,  anyway:いずれにせよ(in any caseよりも口語的ですが、順接・逆接、および、全く新しい話題に変える場合のすべてのニュアンスがあり、大人の、かつ、いろんな思いを込めているニュアンスが表現されています), 

reveal:いままで知られていなかったことを明らかにする, on one's own:自分だけで/自分自身で(自主性や主体性を表す副詞句。ownがあることで推測できるとおもいますけれども、own のその後ろには、自分の「能力・財産・アイデア・意志」等々の具体的というか社会的や状況に左右され規定される、判断や行動、決断の材料や条件が意識される点で、より主観的や内面的なby oneself, for oneself, of oneself とかなりニュアンスを異にする場合もある隅におけないイディオムです。ビジネスシーンとか日常の会話では、寧ろ、on one's ownの方が無難なくらいです), clearly:多様な解釈を許さないくらいはっきりと


<読解躓きの石>
日本人の苦手な論点を1つ確認しておきましょう。
それは否定表現の修辞用法です。例えば、これ。

I cannot thank you guys enough. 
(あなた方に十分に感謝することができない)
(≒あなた方には感謝してもしきれるものではありません)
*「guys」と複数形の場合、特に、呼び掛けのセンテンスの中で
用いられるときには男女共に包摂します。

I have never been well.
(いままでこんなに元気なことはなかった)
(≒調子はどうかだぁー? かってないくらい、絶好調すよ!)

How are you ?
Never been better.
Good never been better.
(元気かい?)
(こんなに元気なことは今まで一度もなかったてくらい元気だよ)

cf. She never so much as smiled. 
(彼女はにこりともしなかった)





<和訳>
▼渡辺麻友、AKB48からの卒業を表明
AKB48チームBに所属している渡辺麻友(23)が今年いっぱいでAKBグループから卒業すると表明した。

6月17日、AKBグループの総選挙で二年連続の2位の座を渡辺は得たのだけれども、その結果を受けて彼女はスピーチをおこなう。

「今年、最後になる総選挙と決めて立候補しました。このAKB総選挙にはその初回からわたしは参加してきました。而して、ファンのみなさまの応援のおかげで、わたし、まゆまゆは、そのい
ままでの総ての総選挙において「神7」の一人であり続けることができたのです。今回がわたしにとって最後の総選挙ということでしたから、また、2014年に首位をいただいたということもあり、よって、今回はもう一度第一位の座を手にするべく挑戦したわけです。結果は、しかし、あいにくこのように第二位に終わってしまいました。それがなにか、そう、それがどうしたというのでしょう【≒Howeverの意訳ですよ】、今日のこの日まで、わたしのファンのみなさまはわたしを支え続けてくださいましたもの。都度の握手会の機会やツイッターを通して本当に多くの支持を寄せてくださいましたもの。よって、それらの支援と支持をいただいたことにより【⬅理由を表すニュアンスはKABUの気分や筆の/キーボードの勢
いではなくて、この「I spent these days very happily.」のセンテンスとその前後のセンテンスが同一のパラグラフに属することから論理的に発生するものです】、この数日間はわたしまゆまゆにとって心晴れ晴れの日々となりました。後悔や無念の気持ちが全くないのかと聞かれれば嘘になりましょう。けれどもこのいただいた第二位を本心から幸せなことと感じているわたしがここにいるのも事実なのです。


・再出発の英文法(追補):「パラグラフ」ってなに?
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ea89ebe1327316460296604a216c057e

本日、このスピーチを見てくださっておられる皆様、TVで、パブリックビューイングを通してご覧いただいている皆様、そして、ここにおられる【無観客イベントになったゆえに、AKBグループの後輩や運営スタッフの方、そして、いままでお世話になってきたマスメデイア関係者の】皆様にお伝えすることがあります。わたし、渡辺麻友はAKB48を卒業することにいたしました。

わたしはAKBが本当に好きな女の子でした。だから、12歳のときにオーディションを受け、このグループに参加したのです。この4月でデビュー10周年を迎え、年齢も23歳。このAKBの一員として、多くのことを経験させていただき、また、多くのことを学ぶことができました。而して、外の世界に踏み出すことに決めました。もって、今までとは違う新しい道に進もうと思います【⬅ここ、a new experienceの意訳ですが、逆に、「新しい経験」と直訳した場合、言語明瞭なれど意味不明になることをご自分で確認してください】。今やAKBグループには――総選挙当日に「結婚宣言」するようなさもしい輩もいる一方では――、実に頼もしい多くの後輩たちが育っています。蓋し、わたしはAKB48(グループ)の将来を彼女達に委ねたいと思うに至ったのです。この年末に卒業するのですからそう多くの時間はもう残っていません。しかし、その残された期間中はAKBメンバーとしての責務を果させていただきたいと思います。そして、再度言わせてくださいませ。そう、第二位をわたしに与えていただきありがとうございました。ファンのみなさまのご支援に感謝いたします」、と。まゆまゆはそのスピーチでこう述べた。

渡辺は、2―3年前から卒業という選択肢を考えてはいたと吐露した上で、けれども、卒業するというこの最終的の決断は自分自身で下したと明かしてくれた。
而して、まゆまゆは、AKBのメンバーとしてやるべきことでやり残したものは1つもありません。と、まゆまゆはスピーチをその言葉で締めくくった。


【ちょびっとした補足 by KABU】
ちなみに、本稿では「まゆゆ」ではなく「まゆまゆ」と記しているのは誤植ではありません。前に握手会で、渡辺さんに「わたし、まゆゆさんのこと語呂が自分には合うのか「まゆまゆ」て呼んでいるのですよ」といったら、まゆゆさんが、「あっ、まゆまゆもいいですね」(笑)と本人に認めていただいたことに遡る。これ、わたし的には由緒正しい呼称ななのですよ←ちょびっと自慢?


・AKB総選挙-海馬之玄関「Oshi-men」決定~!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/42efc0603567d901519898c371733db7

・AKB 総選挙2017ーまゆまゆ「年内での卒業」を発表 (追記あり)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/311b9074ec02cf9b8ba2b5503e068d23

・目次:AKB48関連記事
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/fccf7d442d636d957a5c1d46ce872827

 
 

【資料―渡辺麻友の最後の総選挙2017スピーチ全文】

▼渡辺麻友(まゆゆ)の最後の総選挙2017スピーチ全文!――卒業は自分で決めた

全国のテレビをご覧に皆様、そして各地のライブビューイングでご覧の皆様、こんばんはAKB48チームBのまゆゆこと渡辺麻友です。
(深々と頭を下げる)

私は今年私自身最後の総選挙という風に立候補させていただきました。

私は第1回目から全て参加させていただきまして、本当にありがたいことに、4位、5位、5位、2位、3位、1位、3位、2位という、本当にファンの皆様の応援のおかげでずっと神7に、ベスト5に入れさせていただきまして、本当にファンの皆様に感謝してもしきれない思いで一杯です。

今回最後の総選挙ということで、2014年に第1位をとらせていただきまして、もう1度第1位を取りたいと挑戦したんですけど、残念ながら1位には及ばず第2位という結果だったんですけども、でも本当にファンの皆様が今日のこの日まで沢山応援してくださって、握手会だったりツイッターとかでもたくさんの応援の言葉をかけてくださって、本当に嬉しくて幸せな時間だったので、悔いは無いと言ったら嘘になりますが、悔しい思いももちろんありますがこうして第2位という順位をいただけて幸せな気持ちです。

そしてこのような形ではあるんですけども、今日は全国のテレビをご覧になってくださっている皆様、各地ライブビューイングでご覧の皆様、そしてここにいらっしゃる全ての方々にお伝えしたい事があります。

私渡辺麻友は、AKB48を卒業します。
卒業を決めさせていただきました。

私は12歳の時に、AKB48が大好きでオーディションを受けてこのグループに入りました。

そして今年の4月でデビュー10年目という区切りを迎えまして、今23歳になり本当にAKB48のいちメンバーとして沢山の事を経験させていただき、本当に沢山の事を学ばせていただきました。

これから外の世界に出て、またいちから新たな挑戦をしたいなと、またいちから出直すつもりで外の世界に飛び出そうという決意をさせていただきました。

今はたくさんの後輩達が入って本当に皆のスピーチを聞いていても、本当に頼もしい言葉を述べていて、この子達に将来のAKBを託したいと思いましたし、そして普段から応援してくださっている、支えてくださっているファンの皆様への感謝の気持ちで一杯で、今年一杯という事で残り少ない時間ではあるんですけど、残りの時間の中でAKBメンバーとしての使命を果たしていきたいと思います。

本日は第2位という順位をいただきまして、皆様沢山の応援をしていただき、本当にありがとうございました。


[質疑応答]
>卒業を決めた理由?
ここ2~3年くらいずっと考えてはいたんですけど、迷いに迷って最近決断をくだしました。

>自分一人で答えを出した?
相談したりはしたんですけど、最終的には自分で決断しました。

>「今あなたの言葉を聞いて涙ぐんでいるファンの皆様はたくさんいらっしゃいます。その涙を言葉でぬぐってあげてください。」
驚かせてしまったと思うんですけど、私はもうAKB48のメンバーとしてやり残したことは無いと強く思っているので、最後の残りの時間を一緒に楽しんでいただけたら嬉しいなと思います。


http://vita.yokohama/watanabe-mayu-speech2017
 
 
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まずは在米ブログ友の記事(⬇)転記。

訳は転載元の了解をいただいた上で

KABU が一部修正しました。

 

 

 

▼今朝のワシントンポスト(新聞)韓国

テーマ:ワシントンポスト(新聞)

2017年06月24日(土)
 
 
 

今朝のワシントンポスト(新聞)にはいつも反日親韓記事を書く女記者が

韓国ゴリ押し記事を大々的に書いてました。

日本の記事はいつもけちょんけちょんに大げさに誇大にして叩き貶すくせに、

韓国の記事はいつもこうやって、ゴリ押し記事を書きます。

まるで、日本のマスゴミ記者と同じです。

 

アメリカ人にキムチや韓国の不衛生なものをゴリ押しして、病気にしたいのかもね。

ま〜彼らの感覚からしたら騙された方が悪いのでしょう。 知ったこっちゃないけど

韓国が好きな夫でさえ、キムチは大嫌いだし、コリアの店は臭いこともあって

絶対に行かないけどね〜 キムチで勝負してくれ!! 和食を交えないでくれ!!

和食とともにキムチとか韓国料理を押し付けるな!! 

コリアンの作るお寿司はかなり小さくミニサイズで不味い!!

味噌汁だってインスタントw 

サービルも悪い!! 迷惑!! 

日本が大嫌いなんだから、日本料理にすがりつくな!! 

自分たちの国の料理やシナ様様の料理で勝負したらいい!!と

いつも思う!! 

 

この記事の写真を見てもわかるように、

マスクもいい加減につけ、

頭巾だっていい加減!! 

不潔!!!!!!ゲローゲローゲローゲローゲローゲローゲロー

 

新聞の題

Could this be the Seoul food the world awaits?

(世界でそれが待ち望んできたように、世界中で食される朝鮮食になるにだろうか)

 

サブタイトル

South Koreans love their kimchi.  Now they are pushing for others to try the spicy, fermented and smelly vegetable concoction.

(南朝鮮の人びとは国産キムチが大好き。而して、彼等は今やこの食品を。そう、この香辛料たっぷりで些か発酵臭の漂う調理加工野菜であるキムチを他の国の人びとにもぜひ試してくださいと、奨めているところなのです)

 

写真の説明

上の大きい写真の説明書きの内容

More than 1000 south koreans made kimchi to donate to the poor at seoul's city hall in November. The dish is eaten at almost every meal.

(1000以上の南朝鮮人達は、11月にソウル市役所で貧しい者に提供するキムチを作りました。この料理は、そう、キムチはほとんど毎回の食事の際に食卓にのぼるのですよ)

 

下の写真の説明書きの内容

Koreans tout kimchi as an aid to digestion and a cure for all sorts of ailments. It is made with heavily seasoned vegetables - often cobbage - that are fermented, sometimes for months or even years.
(朝鮮の人達は、キムチは消化を助け、また、およそあらゆる病気を治す効能があると固く信じています。しっかりと味付けされた、場合によってはキャベツなども材料に加わることもあるのですけれども、しっかりと下ごしらえされた野菜を数ヵ月から時には数年の間発酵させたもの、それがキムチなのですから)

【KABU 註:ここ、最後が「~ですから」と理由または前のセンテンスの意味を受けた訳になcつているには、意訳や気分ではなく、これら2センテンスが同一のパラグラフに含まれることによります】

・再出発の英文法(追補):「パラグラフ」ってなに?
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ea89ebe1327316460296604a216c057e

 

 

 

日本に対する敵意に満ちた記事とは正反対の韓国ごり推しに

唖然としました。 アホらしくて、気分が悪くなる。

ニクソンまで出してやがる。

アホらしので時間が勿体無いので、電子版でも同じ内容の記事があると思いますので興味のある方は直接ワシントンポストで検索してください。

(転記終了)

 





>国際政治・国際経済の世界は<戦時国際法>を守る限り、

>なんでもありの「プロレス」の世界だぁー!

 

>頑張れ、咲良(経済産業省)

>やっちゃえ、珠理奈(防衛省)

 

>そして、アメリカでの公報と訴訟、さぼるなよ、さぼるなよ、

>外務省(まゆまゆの卒業公演まではちゃんとやれよAKB運営サイド)❗❗

 

・吉報!! 元慰安婦側が敗訴 米連邦地裁

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f31b25589b1405e05a0ec3a3715c02ac

 

実際、「キムチ」なるもの。実は、豊臣秀吉の唐入り(朝鮮出兵:1592-93, 1597-98)までは、朝鮮半島に唐辛子自体が新大陸から伝わっておらず、少なくとも、「朝鮮半島特産キムチ」など銀河系中さがしてもこの世には存在していなかった。

まして「白菜」。Wikipedia によれば「朝鮮半島に白菜が持ち込まれたのは伊藤博文が韓国統監府長官を務めていた1909年」とのこと。よって、「白菜キムチ」なるものが「朝鮮半島特産キムチ」に加わったのはどう緩やかにこの「朝鮮半島特産キムチ」という概念を捉まえるにしてもこの1世紀足らずの間でしかないのです。

而して、「キムチ」が日本の食卓で普通に見られる料理・食品になったのは――戦後の朝鮮半島からの引き上げ者コミュニティーや、その前後に、朝鮮半島から日本に逃げ込んでこられた、現在の在日韓国人・在日朝鮮人の方々のルーツになるKorean コミュニティを除けば――、あの桃屋さんが『キムチの素』を販売し始めた1975年以降であり、それが文字通り、全国区のdishの1つになったには、80年代後半のバブル期の「焼き肉ブーム」を待たねばならなかったらしいです。

 

・カレーライスの誕生★カレーの伝播普及が照射する国民国家・日本の形成
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/22b36db575db9674a03c4f3641558727

・ラーメンと愛国 

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/32ac8fee035af10de8663e5b588d622e

・書評☆コーヒーが廻り世界史が廻る-近代市民社会の黒い血液

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7dc29bb6dc864533f09b3b0fdda97e25

・刺青慕情-<伝統>の伝播と盛衰を考えるための覚書

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3d3613f64a251ae28131742d7235af85

 ・グローバル化の時代の保守主義☆使用価値の<窓>から覗く生態学的社会構造

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2672ba2542aa390757acfc5dab1467d3



なにをわたしは言いたいのか。

はい、それは、

 

1)文明史的の偶然とそれなりの創意工夫がなければ

 キムチはこの世に存在していないだろうということ

2)日本でキムチがポピュラーなdishになるには、ある種の

 マーケティングが不可欠だったの、鴨ということ

 

ここで、「マーケティング」という言葉を、単なる宣伝広告およびその戦略立案、ならびに、それらを睨んだ市場調査分析という狭い意味ではなく、現在のBusiness Administration で普通にそう理解されている如く、「全状況の中での自社にとっての市場の定義➡市場とその変化の把握➡市場の特性と変化に最適あるいは次善な商品の企画・開発・告知公報宣伝・物流に関する戦略立案➡その戦略に基づく自社の不断の組織改革と自社CC・CIの再構築の遂行」と捉えるとき・・・。

残念ながら「AKBは2017年6月17日が終わった」のとパラレルに、これは不愉快ながらではありますけれども、韓国のアメリカにおけるキムチ公報には見習わなければならないsomething が含まれていることは否定できない。と、そうわたしは思っているということです。

 

・AKBは終わりました、以上。

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/78799c7bb9ac3777b26578910b435b9f

 

蓋し、学べるものは韓国からだって学ばなければならないのでしょう。あんな、付加価値創造において致命的な組織論的の弱点を抱えているあの火病の国に、オリジナリティに溢れる商品群を世に送り出し続けることが、今後も、十分に期待できる日本がマーケティングにおける怠慢で苦戦するなどは悔しいというか笑うしかない惨状でしょうから。

なーに、「前田敦子」が創作して「渡辺麻友」が守護してきたAKB48グループは「2017年6月17日」良い意味の寿命を迎えたのです。けれど、珠理奈と咲良という宝をそれは残した。また、2017年6月17日に露呈炸裂した運営サイドの組織論の欠如に顕著なマネージメントスキルのシャビーさは、皮肉ではなくて今後のすべての<同業者>にとって経験値アップの種でさえある。あるある、きっと種になる。



ことほど左様に、「AKB」は終わったけれど、<AKB>は、一層素敵になって――すなわち、市場の特性と変化に最適あるいは次善な商品の企画・開発・告知公報宣伝・物流に関する戦略立案➡その戦略に基づく自社の不断の組織改革と自社CC・CIの再構築の遂行を遂げた上で――再起動する。そうわたしは楽観視しています。そして、それは日本そのものについても言えることではないかとも。ならばこそ、外務省、

 

>外務省、アメリカにおける公報と訴訟を、さぼるなよ、さぼるなよ❗❗

>AKB運営サイド、まゆまゆの卒業公演まではちゃんとやれよ❗❗


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在米のブログ友から情報がはいりました。文
字どおり、吉報到来です。
 

▼吉報!! 元慰安婦側が敗訴 米連邦地裁

元慰安婦側が敗訴 米連邦地裁、産経新聞などの主張認める

2016.6.22
(転記元URL)
 
韓国の元慰安婦の女性2人が 
日本政府や産経新聞社などの日本企業に
原告1人当たり2000万ドル(約21億円)の損害賠償を求めて
米サンフランシスコの連邦地裁に起こした訴訟で、
同連邦地裁は21日(現地時間)、
全21被告に対する原告の請求を
すべて退ける判決を下した。
これで第1審は終結した。
被告のうち産経新聞社については昨年11月にいったん原告の訴えを却下するとの決定がなされたが、その後、原告が証拠開示手続きを求めたため、
審理が続いていた。(ロサンゼルス支局)
 
 
コリアンって平気で嘘つく!!
クソコリアン!!地獄が待ってるぞ!! 
地獄ってコリアンだらけだろうな Σ(・ω・;|||
嫌だ〜地獄行きたくないいい〜(((( ;°Д°))))

(以上、転記終了)
 

イメージ 2


必ずしも楽観論ではなく、これ連邦控訴裁でも勝ちます、多分。というのは、①――英国ほど強烈ではないにせよ、「先例拘束の原則:doctrine of stare decicis」が実定法ルールであるアメリカでは――この地裁判決はこの第9巡回控訴審の過去の判例にしたがったものであり、加之、②同控訴審がその判例を変更する可能性は本件のratio decidendi(レーシオデシダンディ:法廷意見における判決理由)に関してはほぼないと予想するからです。
 で、多分、1年後に彼等南朝鮮側は上告する。もっておそらく、その4ヶ月後には、当該のcertiorari(上告移送令状)請求が認められず、日本法で言えば、上告手続きの却下(棄却ではなく、審理に入ることなくサヨウナラ♪)になり、本件は終わるのでしょう。
よかったよかった。よかったではあるけれど、おそらく、負けを承知で、しかし、果敢に訴訟を仕掛ける南朝鮮やリベラル派の行動には我々日本の保守派も見習わなければならないと思います。蓋し、日本こそアメリカで大々的に訴訟攻撃を向きうに仕掛けるべきである、と。働け、外務省でしょう。と、そうわたしは思います。

・戦後責任論の崩壊とナショナリズム批判の失速
 ・戦争責任論の妄想:高木健一『今なぜ戦後補償か』を批判の軸にして
 ・橋下「慰安婦発言」批判の海外報道紹介--歪んだ論理の磁場の確認と
 その消磁化の契機として(1)~(9)
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3ca7d2069ecc186e18b3e237f852f4c0

 ・安倍総理の歴史認識を批判する海外報道紹介(1)~(12)+後記(上)(下)
  http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f62334487b7927827bed69dd74021987

尚、現在の「アメリカ憲法とその憲法訴訟」に関しては松井茂記『アメリカ憲法入門』(有斐閣・2012)と樋口範雄『アメリカ憲法』(弘文堂・2011)の併読をおすすめします。両書とも良書です。ただ、その併読の後は、可及的速やかに英語でアメリカの判例集・ケースブックにとりくみましょうね。また、阿川尚之さんの『憲法で読むアメリカ史』(PHP新書・2004)と『憲法改正とは何かーアメリカ改憲史から考える』(新潮選書・2016)もおすすめ、鴨。  

・書評予告・阿川尚之「憲法改正とは何かーアメリカ改憲史から考える」 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7eddb6f57b93ed69fbecdd5f75d06f2a

・宗教と憲法--アメリカ大統領選の背景とアメリカ建国の風景
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3a1242727550e8e31a9133aa154f11bf 


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・・・Queen サッシー、まゆまゆ姫、お疲れさまでした



ブログ友の記事紹介。これ(⬇)です。而して、その画像データ、
自分のブログにも置いて起きたいので転記させていただきます。

・安倍政権支持率→ 産経新聞86% 東京新聞5%


これ、面白いデータだと思いました。
正に、類友? 朱に染まれば❗

蓋し、元になった各社の統計データがわかれば(母集団定義とサンプリングの際の判定スキーム等々がわかれば)自分でも更に詳しく――支持・不支持を分ける要因とか――重回帰分析しちゃったりして調べたい、鴨です。

まあ、日本語の新聞、わたしはもう何十年ととってないから、この調査では、
透明人間なんですけどね(笑)


・自民党に入党しませんか--支持政党の選び方に関する覚書
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11764121326.html
 
・政党政治が機能するための共通の前提 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11142645831.html
 


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▼安倍政権支持率→ 産経新聞86% 東京新聞5
東京新聞読者の安倍政権支持率は「5%」、対する産経新聞読者では「86%」― 都内世論調査番外編

報道系ベンチャーのJX通信社では、6月17・18日の両日に実施した東京都内での世論調査の中で、各新聞の読者ごとに安倍政権、小池百合子東京都知事の支持率をそれぞれ調査した。
調査の概要や実施方法は、本調査の詳報記事(リンク先)の通りだ。この結果、安倍政権の支持率は各新聞毎にはっきりと分かれる傾向が見えた。

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特徴的なのは産経新聞と東京新聞だ。産経新聞読者のなかでの政権支持率は86%に達した一方で、東京新聞読者ではわずか5%と極端な差が表れている。

不支持率は産経新聞読者が6%なのに対して、東京新聞読者は77%と、そのまま支持率を裏返した結果となった。朝日新聞、毎日新聞の読者も政権支持率はそれぞれ14%9%にとどまり、かなり低い。

安倍首相が国会答弁で「熟読」を求めたことで話題になった読売新聞の読者層では、政権支持率は43%と、不支持率29%を上回っているまた、唯一の経済紙である日本経済新聞では、支持率が41%なのに対して不支持率は38%と拮抗した。

全体の傾向として、各社の社説や右・左といった報道姿勢のとうky「立ち位置」と、政権支持率の傾向とがかなり一致していると言える。
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対照的なのが小池知事の支持動向だ。産経新聞を除く全ての社の読者層で、支持が不支持を上回った。継続的に公開してきた都内世論調査でも、各政党支持層から幅広く支持を得てきた傾向を指摘しているが、「新聞読者層」という切り口でも同様の傾向が見える。


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反日新聞である朝日・毎日・東京のアンケート結果を見れば明らかにおかしいだろう。
とくにこの3誌に限っては左へのメーターは振り切って酷い。
現実は読売と産経を足して2で割ったぐらいではないのだろうか?
 
 
はてな版も見てねhttp://kiyuuji.hatenablog.com/



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この報道(⬇転記)を見て残念ながらAKB グループの「終了」を確信しました。

個別、須藤某の総選挙場での結婚宣言だけなら、流石AKBグループ、変わった娘さんもいたんだね、でパスする積もりだったけれど・・・。①ことは運営サイドと経営サイドも招致のことであること、②結婚宣言をしたメンバーを当分の間、正規メンバーとして処遇して、卒業までの間、特に処分などは考えていないこと。これらのことがわかった段階で、わたしはこの運動体の終了をくっきり感じたということ。

外国人講師の採用・評価・契約管理に四半世紀以上携わり、契約違反➡無断帰国のパワープレーに対しては、アメリカ現地での訴訟も常套で、粛々と提訴してきたわたしにとって、この須藤某やその相談を受けていたとかのNMB48の上層部、そして、<AKBの総合プロデューサー>氏は、顧客やマーケットとフェアに対峙する体制・態勢ではないということ。彼等は、プロとしては、組織論的にも、人的資源管理論的にも、また――余計なお世話でしょうからマーケティングの面は触れないにしても――、コンプライアンスの面でも、最早、世間になにがしかの<物語としての商品>を提案する力量も姿勢も欠いていることは明らかだと思われたからです。

 

要は、自分で責任をとれるはずもないことについて、

 

>さまざまな厳しい意見は覚悟していた

>真剣に向き合ってきたファンだからこそ、自分の口で直接話したい。

>それが最大限の誠意だと思っている

 

などは、何の抗弁にもなっていないということ。

だって、あなたプロでしょう? だったら、自分がそこにいる、

そのビジネススキームの枠組みくらい守りなさいよ。


ことそこに至ったについての貴方の気持ちの吐露が、

他人たるファンになにか意味がおありになるとでも、そうお考えなのですか? 

もしそうならば、唖然です。


それに、不文律の規範意味を理解できているか否かこそが、

プロとアマの違いなのですよ。アメリカでも日本でも、おそらく、

ショービジネスの世界でも教育や金融やマニュファクチュアリングの世界でも。

 

 


▼須藤凜々花、母の友人20代男性にひと目ぼれ

「我慢できる恋愛は恋愛じゃない」寿卒業へ

―― 2017/6/22(木) 5:00配信 スポーツ報知

今月17日のAKB48「選抜総選挙」で結婚宣言したNMB48の須藤凜々花(20)が21日、都内で会見し、結婚を機にグループを卒業する考えを示した。相手は医療関係の会社に勤める20代の一般男性で昨年末から交際開始。人生初めての恋人で、今年に入ってプロポーズを受けたという。“アイドルは恋愛禁止”という意識もあったが「恋愛禁止というルールで我慢できる恋愛は恋愛じゃないのではないか」と強い口調で言い切った。24日の握手会でファンに直接、謝罪と感謝の気持ちを伝える。

緊張した表情を崩さなかった。会見に臨む須藤の真剣な姿勢の表れだった。

冒頭「たくさんのファンの方、メンバーや関係者の皆さん、お騒がせしてしまって大変申し訳なく思っております」と謝罪。その上でグループを卒業し、22日発売の週刊文春でお相手として報じられる20代の医療関係企業に勤める一般男性と結婚する意思を語った。

男性は母親の友人で、一昨年11月に母親の誕生日パーティーで知り合った。昨年末から交際スタート。今年に入ってプロポーズされた。好きになったポイントは「たたずまいというか、目の色」と一目ぼれ。「卒業してから結婚しよう」と約束したという。

だがアイドルの身。AKBでは明文化されてはいないが“恋愛禁止”という空気がある。「自分の判断に任せられている」と考えていたが、報道陣から改めて認識を問われると「我慢できる恋愛は恋愛じゃないのではないか」と強い気持ちを込めた。

“爆弾発言”から4日。総選挙のステージでの発表に批判の声も上がった。だが選挙前、週刊文春が相手男性を取材したことを知った。黙殺もできたが、そうはしなかった。選挙前、所属するNMB48の上層部に相談。発表するかどうかは自身の判断に任された。「アイドル活動も恋愛も自分の中で真剣にやってきた。(週刊誌報道を)スルーはしたくなかった。その両方に対して不誠実になってしまう」

 大島優子(28)らOGからも批判の声が噴出した。意味も分からず着ていた「DAMN(くそったれ)」Tシャツであらぬ方向に脱線はしたが、さまざまな厳しい意見は覚悟していた。「昔から好きだったAKB48の先輩たちが築き上げたものに、自分の勝手な行動で水を差してしまった。すごく申し訳ないと思っていた」と目を赤くした。

「好きな人ができた時点で卒業を意識していた」。自身に投票してくれた3万1779票を裏切っている自覚もある。関係者によると秋元康総合プロデューサーは「残ってもいいのでは?」と周囲に話しているという。しかし、卒業へ須藤の意思は固い。「ずっと葛藤を抱えていた。本当に申し訳ないという気持ちがある」。卒業後の進路は未定。哲学者になるという夢はあるが、具体的には進んでいない。

24日に千葉・幕張で開催される握手会には予定通り出席する。ファンの怒りも承知の上。会見中も「申し訳ない」の言葉を連発した。「でもそれ以上に感謝したい。ファンの皆さんには自分の口から説明したいんです」。真剣に向き合ってきたファンだからこそ、自分の口で直接話したい。それが最大限の誠意だと思っている。

◆須藤 凜々花(すとう・りりか)1996年11月23日、東京都出身。20歳。愛称は「りりぽん」。2013年11月に「AKB48グループ ドラフト会議」で選ばれ、14年1月にNMB48に加入。シングル「ドリアン少年」ではセンターを務めた。夢は哲学者で尊敬する人物はニーチェ。昨年3月に哲学書「人生を危険にさらせ!」を発売。選抜総選挙の結果は14年から圏外、圏外、44位、20位。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170622-00000000-dal-ent

 

▼NMB48劇場支配人が須藤凜々花の騒動謝罪

「卒業の意志を示しております」

6/22(木) 14:04配信(オリコンニュース)

NMB48の金子剛劇場支配人は22日、グループの公式ブログを更新。17日に沖縄で行われた『第9回AKB48選抜総選挙』開票イベントのステージで結婚宣言し、波紋を広げているNMB48の須藤凜々花(20)の騒動について、「ご心配をおかけしており申し訳ございません」と謝罪した。

金子支配人は総選挙でのNMB48メンバーへの投票に謝意を伝えたうえで、「須藤凜々花、NMB48に関しましてご心配をおかけしており申し訳ございません。結婚発表に関しましては、ご声援、ご批判、多くのご意見をいただいております。勿論、様々なご意見があることも承知の上で、素直に気持ちを伝えたいという彼女の決断であり、時期は未定でありますが、NMB48卒業の意志を示しております」と報告した。

続けて「ドラフト会議で指名を受けて加入して約4年、NMB48に対して、真摯に向き合いながらグループを盛り上げようと頑張っている彼女に嘘偽りはないと、側にいて、私自身感じております。最終活動日まではメンバーとして活動していくことを支配人として支えて参ります」と胸中を明かした。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170622-00000328-oric-ent

(引用終了)

 

 

 

アダルト対象の英語学校や英語でのビジネススキル研修機関で人事管理していると、冗談ぬきに、1年間トータルでは、2割前後の外国人講師が受講生または同僚やスタッフさんに手をつける/手をつけられるものと予想(覚悟して)人的資源の手配計画を立てるものです(日本人講師はなんぼくらい?⬅機会があればオフ会でお話ししませようかね)。もちろん、AKBグループでもあるまいに(笑)、まして、大人同士であれば「恋愛禁止」などであるはずもなくそれ自体は管理側がとやかくいうことはない。しかし、その「2割前後」を100とした場合に、遺憾ながらその3割とは言わないけれども、まちがいなく、4分の1はなんらかの意味で「不適切な関係:inappropriate relation」なのが現実。

当然、その不適切な事例は大なり小なりスクール経営にダメージを与える。スクールの人的資源管理担当者はそう覚悟して日々の業務に臨んでいます。而して、ある英会話スクールが廃校になる程度ではない事例。例えば、その市町村というエリア全体から英語研修のニーズ自体を数年間消滅させるに至るような「不適切な関係:inappropriate relation」も希ではあるけれど皆無などでは全然ありません。そんな場合、かつ、相手がアメリカに逃げ帰るようなふざけた行為に出た場合には遠慮なくアメリカで裁判をわたしは起こしてきました。

わたしはなにが言いたいのか。それは、繰り返しになりますが、最早、「AKBグループは組織の呈をなしていない」ということ。組織の呈をなしていない単る人間の集まりがそのメンバーに<絆>を提供することもないだろうし、また、そんなキャパクラの従業員控え室とパラレルな時空間が他者を感動させるに足る<物語としての作品>を産み出せるはずもないだろうということです

 

>総選挙開票当日に須藤某にスピーチをなぜ許したの?

 ・・・なぜ、前日までに資格剥奪しなかったの?

>24日の握手会に、なぜ、須藤某を参加させるの?

 ・・・他のメンバーのボイコット完全に封じられるの? 

 ・・・当日の会場の安全性だいじょうぶなの?

 ・・・当日、要素の錯誤に基づく売買契約の無効、あるいは、詐欺に

    基づく契約取り消しに伴う代金返還請求、更には損害賠償を求める

    ファン対応用の弁護士とパラリーガルのペア、何組くらい手配できてるの?

>まだ、卒業の期日未定なんて、寝ぼけてるんじやないのかな?

 ・・・須藤某は、最早、メンバーともファンとも絆ないのですよ、

    感情的ではなく論理的に!

 ・・・危機管理のイロハだけど、本件の場合、アクションを起こすに際して、

   「ご声援」と「ご批判」が非対称的なのわかっていますよね? 要は、

    支援者と批判者では運営サイドに心の内を伝えるアクションを起こす

    確率が全然違うだろうということですけど。これわかってこんな(↑)

    ふざけた談話だしたのかな(⬅他人事ながら心配)


要は、恋愛大いに結構。愛をあたためるにはなにがしかの時間は必須だろうから、交際とアイドル稼業の二股もそりゃー、1年くらいはしゃなかったんちゃうか。で、寿卒業。めでたいことですよね。お幸せにね。と、でも、事情がそうならなおさら「総選挙開票当日」までにやるべきことがあったのではないですか。少なくとも、「開票結果発表➡結婚宣言」は手順おかしいでしう。

 まあ、それをおかしいと思えない人たちだからこうなったのでしょうけどね。ならば、ならばなおのこと、「文春砲」が放たれなければ、総選挙開票当日以降もしばらくはあの宣言さえする気がなかったという1点――だって、いまだに卒業期日未定なんだよ❗――だけとっても、NMBのあなたたちは、それがAKBビジネスモデルを成立させているものだろう、ファンとコンテンツ提供側の間の「絆= 商品品質管理への信頼感」を毀損した、更には、そして、「商品管理責任」を自分達自らが否定したということになりませんか。いかがでしょうか。
 
畢竟、須藤某の行為。それを許可したNMB上層部の判断。それらを 黙認した総合プロデューサー。蓋し、AKBのビジネススキーム、あるいは、組織文化や組織理念という貴重な――貨幣に換算できないどことか、知財管理の専門家でもあるわたしが、しかし、畑違いだから安全に査定したとしても、10億円の桁はくだらないだろう、貴重な――「無形資産:intangible assets」の価値を毀損するものであったことは間違いないだろう、そんな須藤某の行為を放置するような組織は組織論上の組織では最早ないということ。そうわたしはかんがえます。

それは突然の崩壊。そう、それは「前田敦子」が創り、まゆまゆとサッシーが攻守分担して――こじはるさんやゆきりんさん、玲奈とパルル、・・・・・が各自持ち場を堅守して、幸いなことに横山由依(京都出身!)という人材も得て――、来年、平成のラストイヤーにはなんとか珠理奈と咲良という次世代エースが本物の<エース>になる寸前まできてのこの基盤崩壊。「AKB 終了の鐘」の響き。残念です。

・なにげに、京都の思い出とか・・・・(⬅おまけの閑話休題的の随想記事) 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/b4b80b8ef71c4663e2803be124842798

今となっては、「前田敦子」が創った<AKB>。その正統の後継者である<渡辺麻友>の卒業でそれが終焉を迎えるのは、ある意味、必然なのかもしれませんね。というか、運営サイドにおけるこの組織論の欠落を鑑みるに、冒頭の画像の時点で――昨年の総選挙でもまゆまゆが首位取れなかった時点で――AKBグループは、もうお前は死んでいるの「北斗の拳」状態だったの、鴨ですから。

 

>すべて始まったものはいつか終わる

>すべて形あるものはいつかは壊れる

 

そう長くはないけれど、一人のAKBファンとして応援もし、

逆に、一杯勇気ももらってきたわたし としては、本当に残念です。

ということで、まゆまゆの卒業公演まではフォローすると思いますが、

「AKB」のファンはこの記事をもってやめます。

 

さようなら、AKB48!

今までありがとうね!

 

 

 

・AKB総選挙-海馬之玄関「Oshi-men」決定~!

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/42efc0603567d901519898c371733db7

・AKB 総選挙2017ーまゆまゆ「年内での卒業」を発表 (追記あり)

・目次:AKB48関連記事

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/fccf7d442d636d957a5c1d46ce872827

 

<ちょびっとした補足 by KABU>

ちなみに「まゆゆ」ではなく「まゆまゆ」と記しているのは誤植ではありません。前に握手会で、渡辺さんに「わたし、まゆゆさんのこと語呂が自分には合うのか「まゆまゆ」て呼んでいるのですよ」といったら、まゆゆさんが、「あっ、まゆまゆもいいですね」(笑)と本人に認めていただいたことに遡る。これ、わたし的には由緒正しい呼称ななのですよ←ちょびっと自慢?

 

 

【MV full】 フライングゲット (ダンシングバージョン) / AKB48 [公式]
それにしても、「前田敦子」てなんだったんだろう。<山口百恵>も<美空ひばり>も
結果的に超えていたよな。そのときは単なる一人の「アイドル」さんに見えたけど。

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この記事(⬇)紹介します。

“新文書”は個人メモ? 相次ぐリーク  
 妄想で作られたメモ


>コメント・解題は不要、割愛、省略(⬅手抜き?)
>このリブロ記事見てみてください
>これ読んでいただいてるあなただって、多分、コメントは、
>不要・割愛・省略しますってばの、サマンサタバサ!!

ならば、所謂「加計問題」なるものは、

>加計問題は火のないところにわきあがった煙だった、つまり、
>ていうか、それは「問題」なるものでさえなかった、而して、
>朝日新聞と民進党がここまでこの<問題>を引っ張ってくれているのだから・・・
>こっちもこの<問題>逆手に取らせていただき、巨大ブーメラン奴らにご返杯しなきゃ、鴨

いずれにせよ、
 
岡田奈々風紀委員長の
魂のこもった言葉(⬇)でも熟読して、
 
「今のAKBグループは、スキャンダルだったり、問題を起こして、それをネタにしたり話題にしたり、――指原莉乃や峯岸みなみのような?――そこではいあがるメンバーがよくみられます。いいと思うんです。みんながまじめじゃつまらないし。そういう人がいてもいいと思ったんですけど、でもそれをマネしていいとは絶対に思わない。また、AKBグループの後輩にはそう思ってほしくありません」

「自分はまじめにやってもAKBグループのてっぺんを――前田敦子先輩やまゆゆさんのように――いつかとれると信じています。まっすぐに頑張ってる人が報われるように、このグループを変えていきたいと思います。AKBグループの風紀委員長を目指して全力疾走したいと思っています」・・・
 
結婚発表に勇気ある批判も AKB48高橋朱里ら次世代4人のスピーチがファンの心を打った理由<第9回AKB48選抜総選挙>
【高橋朱里・岡田奈々・向井地美音・込山榛香/モデルプレス=6月18日】17日に沖縄県・豊見城市立中央..........≪続きを読む≫

覚悟して待ってろ、守旧派の民主進党系文部官僚! 
返杯はまずはお前たちからだかんな!

 
・所謂【加計問題】―「総理のご意向」の意味がついに判明
:「伝言ゲームで誤解が広まった」朝日新聞と民進党の政権叩きの構図
 
・「加計」の偏向報道、酷すぎ:マスメディアは印象操作が仕事なの?
 
・高橋洋一氏「内閣支持率低下より著しい、加計問題を巡る
「マスコミの質の劣化と低下」 ~これこそ、民主主義の危機
 
・なにが「政府、12時間を空費 森友問題審議」だ!--森友・加計を
 取り上げること自体が端から<国費>と<時間>の無駄遣いじゃねーか~!
 
・言論の自由を市民の手に取り戻せ
:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6



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▼“新文書”は個人メモ? 相次ぐリーク  

 妄想で作られたメモ


NHKが報じた新たな「加計文書」 
また虚偽の内容だった 
作成者は専門教育課担当官…またあの女か?

以下、紹介元にどうぞ~!!



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昨年末のプロデビュー以来、破竹の連勝モードを維持している中学生棋士に世間の注目が集まっているようです。14歳とはいえ相手は将棋のプロ。KABUのような単なる下手の将棋好き程度ではその藤井聡太四段がどれくらい――他のプロ棋士やアマチュアの県代表クラスと比べて――強いのか。また、藤井四段の棋風は他の有名どころのプロ棋士と比べてどんな特徴があるのかなどはまったくわかりません。はい、きっぱり。

というか、正直、――聡太四段が相対的に強すぎて、そのご自分の「棋風」を顕す必要もないのかどうか?――何局か棋譜並べてみたものの、なんか、コンピューターソフトのような将棋に思えなくもなかった。誤解のないように。それは、強いけどつまらない面白くない将棋という意味ではありません。それは、どんな局面でも誰が相手でも――だって、この記事アップロードする時点でのべにせよ「27人の相手」に連勝しているのですものね❗――無駄・無理・むらな手はまず指さない、寧ろ、勝利への強固な欲望と、他方、熟成を感じさせるような将棋、鴨ということですから。


将棋・藤井四段が27連勝=最多記録まであと1
 中学3年の最年少将棋棋士、藤井聡太四段(14)が17日、大阪市で指された第11回朝日杯将棋オープン..........≪続きを読む≫

 

 


将棋とコンピューターソフトと言えばこれまたいろいろ世間を騒がせたテーマ。実際、本稿のメインキャストの渡辺明・永世竜王―永世棋王(資格者)は、ある対戦相手が真剣勝負の対局に<将棋ソフトを持ち込んでいるのではないか>と問題提起して、その提起がもとで半年近くプロ将棋コミュニティーが刺々しい空気に包まれたくらいですから。

尚、この件に関しては、その対戦相手が無実であること、他方、――そう、アイドル道にその青春のすべてを投入したAKB48の渡辺麻友さん(まゆまゆ)ほどではないかもしれないけれど――将棋に人生と自己実現の過半をかけるタイプの純粋な渡辺竜王の立場から見える<風景>としては、確かにその対戦相手が疑わしいと感じられただろうことも今では共通了解の類いなの、鴨。要は、渡辺竜王の問題提起があった「2016」という年は、後に振り返るとき、長い将棋の歴史の中で「コンピューターが人間を追い越した年」とされる、正に、時代を画す年にこの事件は起きるべくして起きた現象ではなかったか。と、そうわたしは考えています。

でもね、オリンピックの100メートル走の金メダリストでも、その100メートルで競争したとして、例えば、運動があまり得意ではないらしい波瑠さんやダンス以外はスポーツにはあんまり関心がないらしい(⬅同志の柏木ゆきりんに誘われたのに、ゴルフでさえ「パスった」という疑惑あり!)渡辺麻友さんの運転する原付バイクにも勝てない、多分。否、間違いなく。ましてや、HKT48の宮脇咲良ちゃんやSKE48の松井珠理奈ちゃんの操る750に生身の人間が二本足で勝てるわけがない。

ことほどさように、2017年以降の人類史において、将棋という「ゲーム=スポーツ」は、地球上でその時点で最高の論理の戦いを堪能するタイプのゲームではなくなり、生身の人間が紡ぎだす最強の論理を味あうためのゲームの類いになったのではないではありますまいか。そうもわたしは考えています。而して、今のところの藤井四段のコンピューターを連想させる将棋にはやはり時代の背景が伴っているの、鴨。けれども、早晩、藤井四段は――2年後、藤井六段(?)の頃には――かなり特徴のはっきりした棋風を備えるのではないか、とも。蓋し、根拠はありませんが、それは、あの某女流名人との不適切な関係(inappropriate relation)で、皮肉ではなく、人間らしさを世間も再確認した、あの永世名人の自然流の棋風に親しいもの、カナ(⬅あい変わらず、西野カナさん贔屓です)。

ということで、以下、旧稿を幾らか改訂しつつ転記します。けれども、――『聖の青春』『3月のライオン』が頑張ってくれたとはいえ――「プロ将棋=プロ棋士の世界」は、いまでもまだマイナーと言えばマイナーな、特殊と言えば特殊な世界。よって、別の記事からその世界のことを些か説明した部分も併せて再録することにしました。ご了承ください。

 

 

 

▼渡辺明永世竜王誕生に思う「定跡」と「人格」

 の弁証法的交錯

 

 09/01/25 11:03

 

2008年12月18日、将棋の最高位タイトル「竜王」戦第7局:deciding Game 7。渡辺明竜王が挑戦者の羽生善治名人(棋聖・王座・王将)を降し竜王戦5連覇を達成。これにより渡辺竜王は史上初めて永世竜王の有資格者となりました。渡辺竜王は1984年、東京都葛飾区生まれ。Topの画像はKABUが仕事で通りかかったJR駒込駅近辺で偶然見かけたもの。渡辺竜王の母校「聖学院」のオフィスの一つと思しきビルに吊るされていた幟です。

連続5期(渡辺)か通産7期(羽生)で与えられる「永世竜王」の名誉が両対局者ともにかかった今期の竜王戦。今期の竜王戦全7局を通じて私が興味を持ったのは「永世竜王」を巡るヒューマンな側面です。もちろん、将棋の素人の私にはそれを判定する棋力はありませんけれども、強い強い、それこそ鬼より強いと称された髭の元名人升田幸三より多分強い羽生名人も、他方、竜王戦開始時点でその羽生名人に5勝6敗とほぼ互角の戦績を残している稀有の棋士の一人だった渡辺竜王も「今期の七番勝負はプロ的に見ると、いい内容の将棋は少なかった」「特に第7局は振り返ってみれば互いに悪手の多い将棋でした」、しかし、それがゆえに「ファンの方には二転三転の熱戦が楽しめたのではないか」そして「それだけ2人にとって懸かっていたものが大きかったという証だった」(橋本崇載七段・『週刊将棋』2009年1月21日号)という状況だったらしい。

例えば、羽生三連勝で早くも竜王位と永世竜王に文字通り王手がかかった第4局は終盤まで素人目には「羽生必勝形」(通常、将棋の形勢判断は、「互角<指しやすい<優勢<勝勢<必勝形<勝ち」と表現しますが、第4局はプロの目にも少なくとも「羽生勝勢」で間違いなかったらしい。)からのまさかの大逆転劇。「永世竜王ゲット!」となればプロ将棋界の全7タイトルで「永世称号」有資格者となる所謂「永世七冠」がかかっていたとあっては歴戦の大豪羽生名人もなかなか平常心を保つことは難しかったのか。他方、強い強い羽生世代の強豪、森内俊之・佐藤康光の両元名人を竜王戦で三度撃破してきた羽生世代キラーの渡辺竜王も自身の「永世位」とともに羽生名人の「永世七冠」に対する世間の注目の高さの前にはこれまたなかなか平常心を保つことは難しかったのだと思います。

実際、渡辺竜王は上で紹介したのと同じ号の『週刊将棋』に掲載されているインタビューで、今期の「竜王戦は多くのメディアが詰め掛けましたね。羽生挑戦者に永世七冠が懸かっていたこともあり、第7局終局後は多くの報道陣が対局室になだれ込んだと聞きます」という質問に対して、今までの竜王戦に比べて「とにかくすごい熱気だった。やはり羽生さんの知名度はすごいなと改めて感じました。普通はあそこまで取材には来ないですから」、と答えているのですから。

当たり前のことですが将棋は人間が行なう競技である。而して、いささか希望的観測気味に先回りして結論を述べれば、将棋の世界も再度「定跡」の時代から「人間力」や「人格」がその勝敗を左右する時代に回帰しつつあるのかもしれません。今期21期竜王戦を通じて私はそんなことを考えました。尚、将棋の世界を巡っては下記拙稿をご一読いただければと思います(上にも記しました通り、下記註はこの拙稿からの一部転記です)。それこそ羽生名人やその羽生世代の活躍によってTVでも時々取り上げられるようになったとはいえプロ将棋の世界はまだどちらかと言えばマイナーな世界でしょうから。

・女流プロ将棋界の独立に暗雲 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/1900745dc101a8114eac067703c745bd

★註:女流棋士との比較で考えるプロ棋士の天才性とその度合い

現在、将棋の女流トップ棋士の実力は「男子プロ棋士」の二段から三段くらいとよく言われます。大急ぎで訂正しておきますが、将棋の世界で「プロ棋士」と呼ばれるのは四段からであり(囲碁界では初段から)、男子プロ棋士の「二段」や「三段」は正確にはプロ棋士ではありません。彼等は、プロ(四段~名人)を目前にしてはいるもののプロではなく、プロ棋士を目指す若者を切磋琢磨させる日本将棋連盟内の育成機関(=「奨励会」)のメンバーなのです。

女流のプロ棋士が珍しくない囲碁界と異なり、プロ将棋の世界では女流棋士は今まで一人も奨励会を通過してプロ棋士になった方はおられない。彼女達はあくまでも「女流」という別枠のプロ棋士なのです。けれども、現在、名人戦とならぶ将棋界のビッグタイトルを争う竜王戦を始め女流棋士と男子プロ棋士が対戦する機会も増えてきており(十年くらい前、そう、記事の中にでてくる中原誠元名人と派手な不倫騒動を引き起こした、その相手の林葉直子元女流名人の頃までは、男子プロには全く歯が立たない状態だったのですが)、最近では女流のトップ棋士は男性のプロ棋士に10番に2回前後は勝っている。女流棋士はそれくらいには強いのです。

10番によくて2-3番。そう聞くと、「まだまだ」と感じる方もおられるかもしれません。しかし、もの凄く稀な例外を除けば(特に、年齢制限のある奨励会を二段や三段でクイットされ「アマ」に転向された方を除けば)、アマチュアの県代表クラス(アマ5段-6段)でも、真剣勝負の場合、奨励会初段にさえ100戦して、おそらく、10番は勝てない(本当の真剣勝負なら、まぐれの2-3勝がせいぜいでしょうか)。ならば、プロの男性棋士に真剣勝負で2-3割の勝率というのは凄いことではないでしょうか。

而して、アマの県代表クラスを一蹴する奨励会の初段が、ライバルの他の初段を凌駕する勝率をkeepすることで、初段→二段→三段と昇段し、最後に、(プロ四段よりも強いと囁かれる!)奨励会三段リーグの30余名の中から年間4名しか「プロ四段」にはなれない。これが将棋のプロの世界。

ならば、女流棋士が過去に1人も「プロ四段」になっていないのは事実としても、(女流棋士はある段階で、男子のプロ棋士志望者と伍して奨励会で研鑽を続けるか、「女流プロ棋士」になるかを選ばなければならないので、正確な比較はできないのですが)女流のトップクラスは間違いなく奨励会の二段の上位から三段程度(ということは、勢いが落ちたロートルのプロ四段や五段)の実力はもっておられると思います。

少なくとも、将棋に関しては、彼女達は「常人」ではない。学生時代に将棋部でならしたとかの腕自慢が集う街の将棋クラブでも彼女達には誰も歯が立たない。私自身もお相手していただいたことがあり、また、学生将棋の全国ベスト16になったこともある友人との対戦を傍で見たこともありますが、私などは「ゴミ」同然で、かっての腕自慢君なども、正に、鎧袖一触! 閑話休題。註釈終了。

 

・衛星放送型通信教育☆サテライトの思想的可能性

 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11181538604.html

・ピグライフは勝れものの「マネージメントスキル開発ツール」かも

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/ee74458c5f6769163b91f13e9a13d8f4

 

 【MV full】 野菜シスターズ / AKB48 [公式] 

 

定跡か人格か。しかし、将棋が最終的には「制限時間内にアウトプットされた技量の優劣」を競うゲームである限りこれらは二者択一的なものではありえません。定跡も人格も重要である。このことは棋士の個性、すなわち、生き方や哲学が濃厚に漂っていた戦前や戦後も高度経済成長期までの将棋界、例えば、木村義雄永世名人・塚田正夫名誉十段・升田幸三実力制第四代名人・大山康晴永世名人も各々その日頃の研究に裏付けられた技量のゆえに歴史に名を残す強豪足りえたのであり、他方、定跡の権化の如き、森下卓九段・藤井猛九段・丸山忠久元名人も「定跡」を追求し続ける「人間力」があればこそこの情報化の時代(=情報消費が加速してとどまることを知らない時代)に20年近くTopクラスの棋士として活躍していられるのだと思います。

けれども、今年から数年の内に40歳になる羽生世代。羽生善治名人・森内俊之元名人・佐藤康光元名人・郷田真隆九段・藤井猛九段・丸山忠久元名人・先崎学八段・深浦康市九段という羽生世代が、羽生世代前後の「定跡開発時代」の空気を呼吸しつつ技量の研鑽と人格の練磨薫陶に励まざるを得なかったのも事実でしょう。1990年代初頭までの数年間、無敵の様相を呈していた谷川浩司元名人が無冠に陥り、他方逆に谷川元名人の更に上の世代に属する米長邦雄九段が1993年度に名人位を獲得できたのも当時の「序盤定跡研究」に対する谷川元名人の対応の遅れと米長元名人のキャッチアップの結果であるとしばしば語られることですが、而して、これら谷川・米長シンドロームの実体は羽生世代前後の手によって1980年代後半から1990年代を通して急速に進んだ「序盤定跡」の研究とその常識化があったと言えるだろうからです。

蓋し、「定跡」が「常識」となればそのマーケットにおける情報価値はゼロになる。畢竟、定跡開発が一段落した段階では情報の非対象性が将棋の勝敗を決する状況は少なくなるということ。而して、1990年代後半時点では、プロ将棋では(1局の平均手数150手の内)「序盤の50手は定跡研究により両対局者の指す手はほぼ決まっており、終盤の50手も詰みに向けたプロ棋士の寄せの技量をもってすればほぼ道なりに推移する。よって、プロ棋士の腕の見せ所は中盤の50手前後、双方25手ずつしかない」(島朗九段)とさえ言われていた「定跡優位」の時代が、定跡開発の昂進とその定跡の常識化によって終わりを迎えつつあるのかもしれない。今期の竜王戦の棋譜を並べてそう感じた素人の予感も満更荒唐無稽なものではないとすれば、そこには定跡を巡る将棋の弁証法的発展ともいうべき現象があると言えるかもしれません。

繰り返しになりますが、定跡開発の昂進が原因となり定跡優位の時代が終焉を迎える現象。社会思想の領域に例を取って敷衍すれば、「疎外」「物象化」「物神性」「商品の価値形態と貨幣の成立」「剰余価値」を鍵概念とした所謂「科学的社会主義」という名の「イデオロギー的嵌め手」の威力をロシア革命からの半世紀に亘って欲しいままに享受してきたマルクス主義も、それらの論理のパーツが左右-保革を問わず常識化することによって(所謂「労働価値説」の誤謬や所謂「史的唯物論」の無根拠性を曝け出しつつ、1989年-1991年の社会主義崩壊に先立つ遅くとも20年前には)社会思想の領域での影響力を失っていたのと同様の事態が現下の将棋の世界でも起こっているのではないか。

あるいは、――新カント派を除けば――現存するおそらく唯一の現役の科学方法論である分析哲学と現象学を基底とする現代解釈学もその知見が(その一見おどろおどろしい論理学を援用した表現を乗り越えて)これまた左右-保革を問わず理解され常識化されるや否や社会思想の領域の共有財産となり、例えば、新カント派や構造主義や現象学との併用、更には、(マルクス・エンゲルスの原典の文献学的の理解からは贔屓の引き倒しに近い暴挙と言わざるを得ないと私には思われるのですが)マルクスを「関係主義的に読み替える」アルセチュールや廣松渉や柄谷行人の如きマルクス主義と分析哲学・現代解釈学とのハイブリッドも20世紀の最後の20年間以降珍しくなくなったのと同様に、定跡開発の昂進が進み定跡が常識化することで逆に定跡優位の時代が終焉を迎え論者の個性、想像力や創造力がその作品形成においてより大きな比重を占める現象は寧ろ人類の知の発展の歴史においては常態というべき事柄ではないか。と、そう私は考えるのです。尚、ここで触れたマルクス主義の常識化に起因する衰退の弁証法、および、「哲学と将棋のアナロジー」や「文化としての哲学」に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・哲学と将棋のアナロジー遊び
 https://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12272806323.html

・哲学と地ビールと

 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-92.html

・完全攻略夫婦別姓論-マルクス主義フェミニズムの構造と射程(上)~(下)
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-398.html

・帝国とアメリカと日本
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-164.html



囲碁や将棋の棋譜は、カール・ポパーが"Objective Knowledge,"Oxford Univesity Press,1972(『客観的知識』森博訳・木鐸社・1974)で彫琢を重ねた用語を借りれば(客観的な外界である「世界Ⅰ」、主観的内面の領域たる「世界Ⅱ」に対して、人間が創った公共的な諸作品によって形成される)「世界Ⅲ」の典型的な要素といえるでしょう(カール・ポパーに関しは下記を参照いただければと思います)。

・日本ポパー哲学研究会総合メニュー
 http://popper.sakura.ne.jp/index.html

・ポパー:その人と業績
 http://www.law.keio.ac.jp/~popper/popper-j.html

・読まずにすませたい保守派のための<マルクス>要点便覧

 -あるいは、マルクスの可能性の残余(1)~(8) 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139986000.html

・「左翼」の理解に見る保守派の貧困と脆弱(1)~(4) 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2045fe3ac164014dde2e644c551d7c38

而して、周期的な氷河期の到来、あるいは、マルクスが『資本論』を書いた頃に観察されていたほぼ10年単位の恐慌の到来のように「世界Ⅲ」としての将棋の棋譜に及ぼされる序盤定跡研究のブームもまたこれからも繰り返されるのでしょう。けれども、その序盤定跡研究のブームは「世界Ⅱ」たる定跡研究に寄せる棋士の熱い思いを動因としながらも、定跡の常識化が一定程度普及した局面では、「世界Ⅰ」たるプロ将棋界の現実的な様相色彩動向の中では退潮するのではないか。これが私の現在の所の取り敢えずの結論です。

同じプロ棋士の中にもその華麗な美しさにファンの多い(他のTop級棋士が気づく3手から5手前の時点で詰み筋を発見して最後は手許に1歩も余さず最短距離で詰めあげる)谷川元名人の「光速の寄せ」。愚直なまでに得意戦法を貫く藤井九段(四間飛車)や丸山元名人(角換わり戦法・横歩取り8五飛車戦法)の姿勢、そして、ある意味究極の愚直とも言うべき羽生名人の「得意・不得意戦法なしの全天候型棋風」や佐藤元名人の「相手の得意戦法を必ず受けて立つ美意識」は「定跡」全盛時代においても棋士の「人格」を通して将棋の魅力を感じさせるものだった。而して、今年2009年からの数年間は「定跡」よりも「人格」が「世界Ⅲ」としての棋譜により大きな比重を占める将棋ファンとしても見応えのある状況になるのかもしれない。そう私は期待しています。

 

 

 

【関連記事】

・AKB48-前田敦子さんの次のセンターは? 「大家志津香」ちゃんに5000LC!、。鴨 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/4e63281b6f97af08199721fd4ed54977

 

・前田敦子の抜けたAKB48なんて「ノンアルコールビール」みたいなものかも

 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11396339153.html

 

・AKB総選挙という<窓>から考える生態学的社会構造の実相 
 https://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65362478.html

 

・総選挙が証明する経済の成長戦略の思想的可能性

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/905095d73cbeec96c10d3be301792706 

 

・AKB総選挙-海馬之玄関「Oshi-men」決定~! 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/42efc0603567d901519898c371733db7 

 

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【解題】
本稿の大元の考察は12年前――1回り前の干支の年!――と、超大昔のものです。けれども、現在、ニューヨークの国連本部で、正にいま「核兵器禁止条約の交渉会議」が開催されている2017年の今こそ、本稿は読み返すに価するもの、鴨。そう感じたので――ここ数年書いた関連記事のリンクURLを加えて――再録することにしました。
蓋し、そう、例えば、核兵器禁止条約の如き発想。「条約をつくれば核兵器、少なくとも核兵器の使用を止めることができる」と考える空想的平和主義の悲しいまでの無内容さを見るとき。確かにその言葉は清楚で優しいけれども、要は、文化帝国主義的の滑稽と傲慢をその条約交渉のプレーヤーの言葉はの端々に感じるとき。なにより、冗談ではなくて――その無内容な条約を最大限利用するだろう支那と北朝鮮が即効で引き起こすに違いない――安全保障体制を巡って世界が不安定化することの危惧を感じたがゆえに! 
5年ぶりに本稿を再録しようと思いました。尚、核兵器禁止条約がその具体的の相貌、その姿を正式にあらわした段階で本稿の続編をアップロードする心つもりです。
 
・被爆国たる日本には核武装する権利がある、鴨
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dbbffd0fdb9901b9599883ce21bf038
・濫用される「国際社会」という用語についての断想
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c3e3691fe42c9648d012251a71018c54
 
・国連は「主体」ではなく「舞台」です
:国連人権委員会の正体 国連は日本を非難しないと出世しない組織 (追補あり)
 
・(再論)ゲーム理論から考える「不幸な報復の連鎖」あるいは
「不毛な軍拡競争」という言葉の傲慢さについて
 
・まずは「加憲」でいいのではないですか
 ――改憲派こそ「憲法」に期待しすぎるのやめませよう
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9333930d645cf9bb127ad33d72915dd7
 
 
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▼戦争は人為か自然か?
 
2012/01/07 21:01
日々感じたこととか
 
大昔のものですが、私の週刊愛読書『週刊金曜日』でおもしろい文章を見つけました。当時の同誌編集部の成澤宗男さんの筆になる戦争の本性についての記述。笑う門には福来る。同誌を私は健康のために毎週購読しているのですけれども、2012年の今も、この記事は「笑ってすますわけにはいかないもの」とも感じましたた。以下、引用。

この国は、戦争を自然災害と同じように見なすのが伝統なのか。太平洋戦争の空襲や原爆投下などが語られはしても、その「悲惨さ」が誰によってもたらされたのかという議論はこの六〇年間国民にとって関心外だった。「悲惨さ」を嘆くことはあってもそれらをもたらした権力者の行為は不問にされ、あたかも天災犠牲者を弔う感覚だ。

だが戦争や有事は、自然界で突如生じる天災ではない。人間の行為の産物であるから予測が可能で、英知を働かせれば回避や予防もできる。だが。こうした常識は今も通用しないようだ。その代表例が、これから全国津々浦々を包み込もうとしている「国民保護計画」だろう。(後略:「国家はデマで国民を戦争に導くのか 全国各地で始まった「戦時訓練」」,『週刊金曜日』2005年12月9日号pp.17-19所収) 

まあ、昔も今も通用しない主張や認識のことを世間では「常識」とは言わないのでしょうが、この400字原稿用紙1枚にも満たない記事には大東亜戦争後の我が国で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義からの妄想平和主義の核心とも言うべき<世界観>が込められていると感じました。それは、我が優秀かつ勇敢なる自衛隊を違憲と捉えるだけでなく国家の自衛権をも否定するもの;そして、現在、行政法と憲法と国際法を無視して「無防備地域宣言の条例化」を推進しているカルト思想の基底と見られるものをです。

以下、(甲)「戦争は人為か自然か」→(乙)「人間は戦争を回避予防可能か」→(丙)「戦争に備える行為は戦争を誘発する危険な企てか/戦争を否定し戦争の準備を行わないことは戦争を誘発する危険な企てか」の三点につき検討します。

尚、引用した記事には、ご丁寧に無防備地域宣言運動全国ネットの事務局長・桝田俊介氏のコラム「無防備地域宣言は戦争に協力しない」(ibid, pp.18-19)が付随している。つまり、戦争の本性に関する『週刊金曜日』の考えは<無防備地域宣言運動>とも親近性があると思われるのです。これらを確認するために<無防備地域宣言運動>側の発言を一つ収録しておきましょう;滋賀県でこの運動にコミットしておられる方の提言。以下、「無防備地域宣言をめざす大津市民の会」事務局長・中川哲也さんの提言。

天災と違い、戦争は人間が意図的に引き起こすもの。ならば、人間の英知で戦争をなくすことは可能だ。無防備地域は「軍隊のない地域」の意。国際法と憲法9条を生かし、軍備を持たず、お互いが憎しみあわず多民族が共生できる社会を目指す。「武力で解決する」ブッシュ・小泉的思考から脱却し、「平和を愛する諸国民の公正と信義」(憲法前文)に住民の安全を託し、地域社会で戦争をなくすシステムを住民の手で作る。その核が無防備地域宣言と条例だ(以上、引用終了)


◆戦争は人為か自然か?
世に恐ろしいものの代表として「地震・雷・火事・オヤジ」と言います(尚、ここで本当は「オヤジ」は「大風=台風」なのですが、俗論の「親父=星一徹」のこととします)。而して、「火事」はいささか微妙ですが、地震や雷が自然現象であり天災であるのに対して、オヤジや戦争が「人間の行為の産物」であり「人間が意図的に引き起こすもの」、即ち、人為であることは取りあえずそう異論はないでしょう。

しかし、「自然界で突如生じる天災」は予測ができず予防や回避が難しいのに比して、「人間の行為の産物」や「人間が意図的に引き起こすもの」のすべてが予測可能で「英知を働かせれば回避や予防もできる」のかと問われれば、問題はそう簡単ではない。逆に、自然現象には法則性が見出されるのに対して、人為的事象には主観や運命が介在する余地が多く、寧ろ、自然現象は法則を活用したコントロールが可能なのに対して、「女心/男心と秋の空」の如き人為の制御は難しいとも言えるからです。

更に、根本的な問題がある、鴨。自然現象と人為の差は、実は、(N)その動因を人間以外のものに求めるか人間の行為や意志に求めるのかを基準にしてカテゴリー分けできるだけでなく、(H)その現象を<原因→結果>の因果関係で理解できるか、あるいは、<目的→行動>の目的連関で捉えられるのかという認識論的な違いによってもカテゴリー分けができるということ。そして、世の森羅万象の事物の、この「因果関係-目的連関」という二つの判定基準による自然と人為への分節(振り分け)は、相互に孤立した判定であり、相互に他の判定を否定も肯定もしないということです(老婆心ながら申し述べれば、例えば、大晦日にしこたま飲んだ結果の飲酒運転が引き起こす交通事故の如く、ある一つの同じ事象に因果関係と目的連関の双方が観察されることも希ではないということです。為念)。


◆戦争は回避可能か?
戦争の本性の吟味について「自然と人為の差異」をどのように捉えるか。私は<三次元マトリックス>とも言うべき認識枠組みを提案します。即ち、

世の森羅万森羅万象を(X)動因が人間の意志に起因するか否か、(Y)その現象の中に法則性が観察できるか否か、(Z)その現象を人間が制御可能か否か、という3対の軸でもって位置づければ、少なくとも、戦争の本性を考える作業を生産的にする、鴨と(★)。

★註:三次元マトリックス
三次元マトリックスによれば、地震・雷・台風・火事・オヤジ、そして、戦争は各々次のように表記できる、鴨。尚、下で使用する1行3列表記:例えば、(1:0:0)は(第1列)動因が人間の意志に起因する、(第2列)現象の中に法則性が観察できない、(第3列)その現象を人間が制御不可能という情報に対応するものです。

地震(0:0:0)、雷(0:1:0)、台風(0:1:0)、火事(1:1:1)、オヤジ(1:?:1)、戦争(1:0:0)、と。すなわち、何十年間隔での周期性が確認される幾つかの地震は(0:1:0)になり、あるいは、「雷が神奈川県東部で発生する」という精度なら(0:1:0)でしょうが、「今日の午後2時から5時の間に川崎市麻生区の新百合ヶ丘駅北口ロータリーに落雷する」かどうかという事態になれば(0:0:0)になるでしょう。また、統計的な観察からは火事の発生や交通事故の死亡事故は(1:1:1)かもしれませんが、一件一件の特定の火災や事故は(1:0:0)になるの、鴨。

私は何が言いたいのか。それは、人為だから予防と回避が可能とか、自然現象は予防や回避が不可能とは言えないということです。例えば、世界規模の大恐慌はケインズ革命以前には人為であったのでしょうが(ある程度予測は可能ではあったにせよ)予防も回避もできなかった。なにより、1973年のオイルショック以降、世界の経済成長率とある国家財政における社会福祉コストの増加率のギャップは現在でも基本的には解決されていません。畢竟、あるタイプの戦争もまたそうではないでしょうか。

而して、動因の観点からは戦争は人為かもしれないが制御可能なものばかりではない。このタイプの戦争は予防と回避が不可能という点では台風や地震などの自然現象となんら変わらないということです。


◆戦争に備える行為は有害か有益か?
戦争は人為かもしれないが制御可能なものばかりではないのではないか? 要は、戦争はなぜなくならないのか? 簡単です。領土問題・自国民の保護、国家の正統性の確保・国民経済の存立の確保、このような国家の存在と国民の生存を巡る幾つかのタイプの国際紛争において、人類は「戦争よりも効率的で効果的な紛争解決の手段」をいまだに手に入れてはいないから。畢竟、日本にとっての日清・日露の両戦役および大東亜戦争などはその典型例と言うべきものでしょう。

逆の方向から敷衍します。戦争を地上から消滅させる方法としては大きく次の五つがあるの、鴨と。即ち、1「兵器消滅型」、2「抑止力均衡型」、3「人類消滅型」、そして、戦争をできない<本能>を人類が後天的に獲得する4「突然変異型」。及び、戦争の主体たる主権国家がすべて消滅する5「国家消滅型」の五つです。 

而して、4「突然変異型」と5「国家消滅型」は<問題解決の納期>を30年とか100年とかに制限するとすれば3「人類消滅型」とほとんど差のない理想論というかSFの世界の御伽噺の類でしょう。

また、1「兵器消滅型」での戦争の消滅を実現するためには、すべての攻撃兵器の破棄を全世界が「同時に始め」、また「同時に終了」しなければ意味がないと思います。どこかの国が抜け駆けをすれば、その意図は瞬く間に崩壊するでしょうから。よって、これまた非現実的であり、畢竟、人類に残された戦争をなくす方途は2「抑止力均衡型」しかないと私は考えるのです。 

ならば、「戦争よりも効率的で効果的な紛争解決の手段」が発見されていない現在、戦争がなくなるケースは独り抑止力の上での均衡のみということになる。就中、理想的には、どのプレーヤーも(=主権国家もテロリスト集団も!)現在の状況を悪化させない限り別のより良い状況には入れないという「パレート最適モデルの均衡状態」を、可能な限り長く可能な限り広範な紛争において実現すること。それが「不愉快な正解」とも言うべき<戦争を巡る正しい認識>なのではないでしょうか。而して、実は、それが曲がりなりにも20世紀の二度の世界大戦を通して人類が実現しようと努力してきている方途に他ならないの、鴨。

畢竟、あるタイプの戦争が不可避である限り人類に許されているのは、戦争の発生をミニマムに抑え戦争が発生した場合には戦争が惹起する悲惨をミニマムにすること。言わば<戦争との平和的共存>だけではないか。ならば、戦争の惨禍をミニマムするために次の三点をたゆまず推し進めるべき、鴨。と、そう私は考えます。すなわち、

◇人類と戦争との平和的共存のためのスキーム

・兵器・法制度・国民意識のすべてにおいて戦争に備える努力
・戦争でなくとも解決できるタイプの国際紛争を漸次拡大する努力
・抑止力の均衡を維持しつつ、漸次、武力自体をミニマムにしていく努力

結論:戦争は人為ではあるが制御可能とは言えない。

この認識からは、戦争でなくとも解決できる国際紛争と戦争でなければ解決できない国際紛争の違いを理解せず、また、平和をもたらす抑止力の均衡を否定するが如き、憲法9条教の如き主張は、平和を希求するその美しい言葉とは裏腹に、世界の不安定化を招き戦争を誘発する危険なものである。と、そう私は確信しています。

尚、戦争を巡る現在の国際法の内容に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・集団的自衛権を巡る憲法論と憲法基礎論(上)(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3732bd7bc50e2706143de2f6ef30e0f6

・「核なき世界」なるものを巡る日本と世界の同床異夢 
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-776.html

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またまたですが、ブログ仲間の記事転記します。

(転記元URL)

【関連記事】
・「加計」の偏向報道、酷すぎ:マスメディアは印象操作が仕事なの?
 
・高橋洋一氏「内閣支持率低下より著しい、加計問題を巡る
「マスコミの質の劣化と低下」 ~これこそ、民主主義の危機
 
・なにが「政府、12時間を空費 森友問題審議」だ!--森友・加計を
 取り上げること自体が端から<国費>と<時間>の無駄遣いじゃねーか~!
 
・言論の自由を市民の手に取り戻せ
:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6


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▼【加計学園問題「総理のご意向」の意味がついに判明】:「伝言ゲームで誤解が広まった」政権叩き



獣医学部新設をめぐって、《安倍総理が不公平に友人の加計理事長が運営
する加計学園をひいきしたのではないか》と疑われている件について、
ついに確からしい真実が明らかになった。

続きは(⬇)こちらで!!



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ブログ友の記事2本。
これらの記事(⬇)ちょっと見てみてください。
 
・「フィリピン戒厳令」マスゴミが報道しない理由とは?

・フィリピンがとんでもない事態・・・対岸の火事ではない!
 
 
今、フィリピンで起きている事態。それは、そう、
>最早、これは対岸の火事なんかじゃない。それこそ、
>それこそ! 「共謀罪」なるものに絡めてこのフィリピンの現状が、
>報道されてしかるべきだろうに、日本のリベラルメディアは音無の構え。

でもって、

>どうでもいい「加計問題」。というか、問題でさえない「加計問題」やらの報道の、
>というか、<印象操作>の花吹雪状態が日本の現状。
>夏本番間近というのに、寒いわ! だと思います。

たぶん、おそらく、日本のリベラル派の脳内のお花畑では、市民にとっての脅威や危険性は、

>危険なのは「自国の国家権力」。外国絡みは「話し合い」でなんとかなるさ、と。
>そんな妄想の桜の花びらが舞っているの、鴨。すごいよな、だって、その、
>外国政府も彼等リベラル派の理屈では「危険な国家権力」のはずだから。

◆自国の政府も危険で信用できないと思うひとが他国の政府との話し合いに期待する不思議!
◆曲がりなりにも法的に組織された「政府=国家権力」の危険性を危惧するひとが、そんなひとが、
法的には非法的のテロ組織の危険性を看過して、「報道しない自由」を行使している不思議!

いや、「憲法学やジャーナリズムの使命は自国の権力の暴走の監視ですから」、と。そうリベラル派は答えるのかな? そいでもって、「武力ではテロを根絶することはできませんよ。だから、フェアトレードとか国際的な課税強化とかで格差をなくす方向での人間の安全保障が大事なんです。そして、その方向でこちらも努力すればテロ組織とも話し合いでテロはなくせるはずです」とかとも。
・AKB48―桜の花びらたち
 
もし、そうだとしたら、ならば、現下の、現在の国際関係において日本と日本の国民・市民が抱えているリスクの全体像を想起反芻するとき、リベラル側の憲法研究者やジャーナリストは粗大ゴミとまでは言わないけれど、間違いなく、それらは「暇潰し用のアプリゲームソフト」くらいでしかないことは明らかではないでしょうか。そうわたしは思います。ならば、頑張って「桜の花びらたち=占領憲法の破棄または改正」をいよいよ実現したいものだとも。
 
・濫用される「国際社会」という用語についての断想
 ・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 
 ・「加計」の偏向報道、酷すぎ:マスメディアは印象操作が仕事なの?
 
 ・日本社会の「右傾化」を嘆き憤るリベラル派の怠慢と傲岸
 --マーケットが変化したのなら商品の方を変えなさい
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dda58e6b05976d6658553df6d20742f
 ・まずは「加憲」でいいのではないですか
 ――改憲派こそ「憲法」に期待しすぎるのやめませよう

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ブログ友がわかりやすく整理しておられました。
URL 転記して紹介させていただきます。

【関連記事】

・所謂「加計問題」何が問題なのだろう? 
 
・日本社会の「右傾化」を嘆き憤るリベラル派の怠慢と傲岸
 --マーケットの変化には商品の変更でしょ
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/1782c428104201e49e863b5827d20eee
 
 
・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6
 
・よくやった、流石、安倍内閣――やっと「組織的犯罪処罰法改正案」でも粛々と成立!

【参考記事】
・「総理のご意向」の正体
 
・われこそは正義の味方とばかりにかさにかかっている新聞や野党、
 ご都合主義が過ぎる

以下、URL 転記。

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▼偏向捏造洗脳報道 マスゴミは印象操作だけが仕事

(転記元URL)
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ブログ友の労作、紹介。

これ(⬇)です。

 

▼歴史学者という名の反日活動家

  http://ameblo.jp/nihonkaigi-yachiyo/entry-12284090589.html

 

蓋し、かなり重要で便利な情報と思いますので、

拡散および原稿保存のために弊ブログにも、

海馬之玄関の関連記事と併せて、元記事全文を

転記させていただくことにします。而して、


>さあ、革命の時間だ。
>まずは戦おう❗
>話はそれからだ❗

 

【海馬之玄関関連記事】

・定義集-「歴史」

 https://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65233711.html

・平和主義とは何か--戦前の日本は 「軍国主義」だったのか?--(上)(下)

 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65231224.html

 

・戦後責任論の崩壊とナショナリズム批判の失速
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65226757.html

・歴史を直視できない人々(上)(下)

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9ab1e74ac8fd20f67dca4c93b5ccd78f

・歴史認識の相対性と間主観性

 --朝日新聞も<歴史の相対性>を悟ったのか(上)(下) 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11758992176.html

 

・日本社会の「右傾化」を嘆き憤るリベラル派の怠慢と傲岸
 --マーケットが変化したのなら商品の方を変えなさい
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5dda58e6b05976d6658553df6d20742f

・歴史修正主義を批判するリベラル派の知性の貧困
 --占領憲法をガダラの豚にしましょう
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2ffba4995d2eb09dd748dd083b09e224

 

以下、元記事転記。


<マグロウヒル社の高校歴史教科書>

 

【アメリカにおける反日的な歴史の】教科書問題を調べてゆくうち、アメリカの歴史学会に行き着きました。そして、それを調べれば調べるほど、アメリカの歴史学者の多くが、学者を装った「反日活動家」であることがわかって来たのです。【KABU註:アメリカには、連邦政府にせよ州政府にせよ、文部文教の行政セクターが認可したという意味での「教科書」は存在しません。よって、ここで元記事にいう「高校歴史教科書」というのは、多くの学校で多くの生徒諸君が使う共通のテキストという程度の意味だと考えていただければよろしいと思います】

 

歴史戦を戦う上で何より重要なのは、敵を知ることです。

敵が何をどう考え行動しているのかを知れば、自ずと対抗手段が見えてくるはずです。

本日のエントリーは、ある本をヒントに「日本の敵」である「アメリカの歴史学会」

正体を暴き出してみたいと思います。その本の名は、

 

>ジェイソン・モーガン著「アメリカはなぜ日本を見下すのか?」です。

 

 

この本の特徴は、アメリカ人の視点で「反日」の歴史的背景や、自国の異様な歴史認識を正直に描き出しているところです。冒頭の歴史教科書は、公立高校の教科書(マグロウヒル社製)ですが、ここに書かれている内容が余りにもひどいのです。

例えば、

「日本軍は、強制的に募集、徴用した」「年齢は14歳から20歳くらいまでだった」
「慰安婦は天皇陛下から兵士への贈り物だった」「大半の女性は朝鮮および中国から来た」

などといったとんでもないものです。




そして、この教科書の執筆者の一人が、これから取り上げる人物です。

 

■ハーバート・ジーグラー

<ハーバート・ジーグラー ハワイ大准教授>

 

3年前(平成26年)の12月、日本政府はこの教科書の記述について、事実と異なるとして訂正を求めた経緯があります。同年8月の朝日新聞の慰安婦問題に関する記事取り消しを受けての要請でした。以下、当時の様子を産経ニュースより引用します。

 

【歴史戦】日本総領事館が米教科書執筆者に「事実誤認」指摘 

「言論の自由侵害された」ハワイ大准教授主張(2015.2.10 19:27)
http://www.sankei.com/world/news/150210/wor1502100052-n1.html

【ワシントン=加納宏幸】米国の公立高校で使用されている世界史の教科書に「旧日本軍による慰安婦強制連行」など事実と異なる記述がある問題で、ハワイ州ホノルルの日本総領事館は9日、教科書の共著者の
ハーバート・ジーグラー・ハワイ大学准教授に対し、事実誤認を指摘するなどの申し入れを昨年12月に行ったことを明らかにした。

申し入れについて報じた9日の米紙ワシントン・ポスト(電子版)によると、ジーグラー氏は日本政府から接触を受けたことを明かし、
「私の言論と学問の自由を侵害した」と批判した。昨年暮れに日本総領事館の職員から教科書の記述について協議したいとの申し出があり、これを断ったが、2人の職員が大学を訪れ、教科書の文章を削除するよう求めたとしている。

一方、日本総領事館は9日、産経新聞の取材に対し、ジーグラー氏とのやり取りの詳細は明かせないとしながらも「昨年12月に慰安婦問題に関して執筆者に申し入れを行い、事実誤認や、わが国の立場と相いれない部分が存在することを指摘した」と述べた。

米歴史学者19人が発表した、教科書に関する「いかなる修正にも応じない」との声明をまとめた
コネティカット大のアレクシス・ダデン教授もポスト紙に「声明は日本たたきではなく、日本の仲間を支援するためのものだ」と述べた。

記事は、
慰安婦問題で日本政府の責任を追及する吉見義明・中央大教授の研究が声明の根拠になっていると紹介。教科書を出版した米大手教育出版社マグロウヒルが「記述は史的事実に基づく」として修正を拒否したことも伝えている。

(引用終了)
--------

歴史問題に新たな事実が出てきたら、その真偽を調査し、これまでの歴史認識が間違っていれば、率直に改めるのが研究者のあるべき態度です。しかし、このハーバート・ジーグラーは、「言論の自由が侵害された」と主張し、自分の誤りを反省するどころか、被害者を装って責任を逃れようとまでしています。

 

>アメリカの歴史学会とは、

>所詮この程度の人間がやっている

>集まりに過ぎなかったのです。

 

「自分たちの誤りを絶対に認めようとしない」
「真相を究明しようとする姿勢すら見せない」

 

これが、現在のアメリカの歴史学会の実態なのだと、

ジェイソン・モーガン氏も著書の中で述べています。

 

次に取上げる「歴史学者(=反日活動家)」が、この人物です。

 

■キャロル・グラック

<キャロル・グラック コロンビア大教授>


【アメリカにおける】日本近現代史の長老にして、アメリカの歴史学会の頂点に立つ人物だと言われています。彼女は、あの朝日新聞の植村隆元記者をアメリカに招待して、ニューヨークやロサンゼルスなどの大都市で、講演させた張本人なのです。そして、何とあの「植村こそ日本の右翼の殉難者だ」と紹介していたのです。以下、当時の産経ニュースより引用します。

【慰安婦問題】
元朝日の植村隆氏、NYで安倍首相を批判 櫻井よしこ氏らも 「私はこの闘いに負けない!」
http://www.sankei.com/world/news/150505/wor1505050039-n1.html

<植村隆元記者>

 

【ニューヨーク=黒沢潤】元朝日新聞記者で慰安婦報道に関わった北星学園大(札幌市)の非常勤講師、植村隆氏は4日、米ニューヨーク市で講演し、集まった約80人を前に「私は激しいバッシングを受けている。この闘いに負けない」と強調した。

植村氏は
「捏造」と指摘される元慰安婦の証言を取り上げた記事(1991年8月)について「捏造だと攻撃することは、慰安婦問題をなきものにしようということにもつながる」と主張。日本が戦後70年間守り続けてきた「言論の自由」や民主主義への攻撃でもあるとし、「勇気を持って辛い体験を話した慰安婦のおばあさんたちの尊厳をも傷つける」と訴えた。

一方、日本で1990年代半ばから
「歴史修正主義者の動き」が出てきたとして「教科書から慰安婦問題を除くべきだという運動が始まり、そのリーダーの1人が安倍(晋三)首相だ」と批判した。また、植村氏非難を繰り広げる言論人として、ジャーナリストの櫻井よしこさんと東京基督教大学の西岡力教授の名を挙げ、櫻井さんについて「暴力的な言辞を繰り返す側に立ち、あおっている」と述べた。(以下略)

--------

あの! あの植村隆までもが、ハーバート・ジーグラーと同じように、

「言論の自由がww」とか「民主主義がwww」などと主張しています。

何か、世界のリベラル派の間には共通の言い訳集でもあるのでしょうか(笑)


もしかして、そういった指南をしているのが、こういう、

アメリカやEUの【文化帝国主義の】歴史学者なのではないか?

と、疑ってしまいます。

 

<キャロル・グラック コロンビア大教授>⬅再登場、この顔にピーンときたら・・・要注意、鴨。


 

これが、アメリカ歴史学会の正体なのです。

まさに、「反日活動家」の集まりです。

我々は、こうした現実と向き合っていかねばならないのです。

 

本日の最後に取上げる「歴史学者(=反日活動家)」が、この人物です。

 

■アレクシス・ダデン

<アレクシス・ダデン コネティカット大学教授>

 

この人物こそアメリカにおける【旬という意味での】「反日活動家」の中心人物と見ています。

日本の研究をしているのは口実で、実際にやっていることは、日本批判の扇動なのです。

しかも、それがライフワークであるかのように・・・。

それが顕著に現れたのは、平成26年5月の「187人の声明」なるものでした。


一体彼女は、何の権利があって他国の首相に対して、無礼にも意見をし、さらに辞任まで要求してくるのでしょうか? 歴史を研究する立場のものが、他国の政治に口を出し、周りの人間を扇動して一体何のメリットがあるというのでしょうか? 

以下、ironnnaから引用します。

 

日本研究者とは何者か
http://ironna.jp/theme/298

 

国の日本研究者とは一体なんなのか。日本の国のあり方や国民の心の持ち方を高所から指示する役割を自任する人たちなのか。5月上旬に出された米国の日本研究者ら「187人の声明」を読んで感じる疑問である。(中略)声明は日本の民主主義や政治的寛容など自明の現実をことさら称賛しながらも、慰安婦問題などを取りあげて「過去の過ちの偏見なき清算」をせよ、と叱責する。安倍晋三首相に対しては「過去に日本が他国に与えた苦痛を直視することを促す」と指示する。

英語と日本語の両方で出た同声明は原語の「促す(urge)」という言葉を日本語版では「期待する」などと薄めているが、核心は自分たちの思考の日本側への押しつけである。この点では連合国軍総司令部(GHQ)もどきの思想警察までを連想させる。

だが発信者とされる187人には「米国の日本研究者」とは異なるような人物たちも多い。(中略)声明作成の中心となったコネティカット大学教授のアレクシス・ダデン氏は日本の尖閣や竹島の領有権主張を膨張主義と非難し、安倍首相を「軍国主義者」とか「裸の王様」とののしってきた。マサチューセッツ工科大学名誉教授のジョン・ダワー氏は日本の天皇制を批判し、日米同盟の強化も危険だと断じてきた。コロンビア大学教授のキャロル・グラック氏は朝日新聞が過ちだと認めた慰安婦問題記事の筆者の植村隆氏の米国での弁解宣伝を全面支援している。

要するにこれら「米国の日本研究者」たちは米国の多数派の対日認識を含む政治傾向や歴代政権の日本への政策や態度よりもはるかに左の端に立つ過激派なのである。だが今回の声明の実質部分で最も注視すべきなのは、これら米側研究者たちが慰安婦問題での年来の虚構の主張をほぼ全面的に撤回した点だった。「日本軍の組織的な強制連行による20万人女性の性的奴隷化」という年来の糾弾用語がみな消えてしまったのだ。

同声明は日本軍の慰安婦への関与の度合いは諸見解があるとして、「強制連行」という言葉を使っていない。慰安婦の人数も諸説あるとして、「20万人」という数字も記していない。「性奴隷」との言葉も出てこないのだ。声明は慰安婦問題について具体的な事実よりも女性たちが自己の意思に反する行為をさせられたという「広い文脈」をみろともいう。このへんは朝日新聞のすり替えと酷似している。やはり日本側からの事実の指摘がついに効果をあげ始めたといえようか。

(産経新聞ワシントン駐在客員特派員・古森義久、2015.5.17)

 

--------
 

こうした歴史学者とは名ばかりの「反日活動家」に牛耳られているのが

アメリカの歴史学会の実態なのです。

いえ、日本の歴史学会のことを考えると、

他国のことを言えた義理ではありませんがね。

 

最後までお読みいただきまして有難うございます。



【海馬之玄関ブログ―海外報道関連記事】

・第二次安倍政権を米英はどう理解してきたか、

 その<現実>を体得するための自家版リスト(改訂)

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5d7f39e2bd8b0aa925c02dc9b5a77b12


・英文読解 one パラ道場:英語教材として読む安倍談話(英文全文)

 -【前口上-本編―余滴】

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/f169c76ce342703e5816dc9ce8b9e0f1


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流石、安倍内閣。ちょびっと遅咲きの桜みたいになったけれど、所謂「共謀罪:テロ等準備罪=組織的犯罪処罰法改正案」をきっちりと成立させてくれました。よくやった、安倍内閣。

蓋し、これは小さな一歩にすぎない。だけれども、この組織的犯罪処罰法改正案の成立は我々保守派にとっての意義は小さくは必ずしもないでしょう。なぜならば、この<accomplishment>は――「人権」なり「国際社会の良識」といった意味不明の<実体概念>を持ち出して、単なる自分達のリベラルな文化帝国主義的のイデオロギーやその言説が、あたかも、証明不要なほど正しい普遍的な価値でありその価値から演繹されたえ言説でもあるかのような上から目線の講釈を垂れてきた――、朝日新聞や民進党にたいする、保守派からの反撃の鏑矢になるものと予想・期待しているからです。而して、次の<到達目標=Our next goal to be achieved>はいよいよ占領憲法の破棄/改正である、とも。

・まずは「加憲」でいいのではないですか
 ――改憲派こそ「憲法」に期待しすぎるのやめませよう

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それにしても、民進党の国会審議へも取り組みは酷かった。自分達が力説する、占領憲法が保障しているらしい、内心の自由なりプライバシーの権利をこの法案は危うくすると言うなら、国会でこそ自分達の言葉で論拠を挙げて政府・与党に問いただせばよいでしょう。で、彼等は国会で専ら何を審議しようとしたか。はい、

>森友問題
>加計問題
>国連の下請け業者――人権理事会――の、そのまた出入り業者
 ――特別報告者――の私的な日本政府宛の内容も支離滅裂なレター問題
>国連の孫請業者――各種人権委員会――が出した、これまた、
 事実誤認にまみれた文化帝国主義的の法的には「盲腸」の勧告の問題

加之、最後の局面では、維新の議員の真面目な質問の最中に、法相の問責決議案を提出して、みずから、<共謀罪>審議を打ちきり。そりゃ、与党も(感情的には維新さえ!)中間報告➡参議院本会議採決に移行するのは当然というものでしょう。

・国連は「主体」ではなく「舞台」です
:国連人権委員会の正体 国連は日本を非難しないと出世しない組織 (追補あり)

・濫用される「国際社会」という用語についての断想

・民進党って「ド官僚」?
:民進党・小西「安倍総理はまともでない」「存在自体が違憲無効の総理」

・なにが「政府、12時間を空費 森友問題審議」だ!--森友・加計を
 取り上げること自体が端から<国費>と<時間>の無駄遣いじゃねーか~!

忘れてならないのは、朝日新聞や毎日新聞、TVアサヒやNHKに代表されるリベラルメディアの偏向報道の凄まじさ醜悪さのこと。反対派のみを画面に登場させる彼等の常套手段には憤りを覚えた保守派も少なくはないでしょう。TVに関しては、これ間違いなく放送法違反でしうよ。TVアサヒの免許取り消し、そして、NHKの分割国営化も安倍内閣にはやって欲しいものです。

・所謂「共謀罪」についての雑感

而して、更に凄まじいことがある。それは、①パレルモ条約の<9・11>以降の機能の変遷も理解していない、あるいは、②それを「共謀罪」と呼ぼうが、その「共謀罪」自体がある意味、世界的にも由緒正しい犯罪類型であることを理解していない素人のコメンテーターに「監視社会」なるものへの不安や危惧を語らせる手口は悪質そのものではありますまいか。だって、「安全」は論拠を挙げて――「共謀罪」を導入するメリットとデメリットを比較考量させつつ――説明することは可能だけれども、こと「安心」に関してはそれは極めて困難ですから。

ましてや、③1)所謂「治安維持法」が、――例えば、ウィルソン大統領や、F.ローズベルト大統領が導入した治安法制度に比べても、かなりマイルドなものであり――当時の世界的に見てもそれほど苛烈な法規ではなかったこと。

また、③2)結果的にせよ、コミンテルンの謀略の現実的な脅威を想起するとき、戦後の事象ながら、アメリカでは【マッカーシー】の一定程度ながら再評価が確定しているのとパラレルに、我が治安維持法も――自由の制限の度合いと国民の安全の確保の比較考量からみても――全面的に否定されるべきではないという主張。こんな、現在、世界的には普通の意見が――多数意見とまでは言わないけれど、際ものではない普通の意見が――日本のマスメディアで取り上げられることは、まず絶対にないこと。

>Conservatives of the world, unite!
 (万国の保守派よ、団結せよ!)

そして、これら①~③が彩る、この社会のその言論空間の風景というか状況が普通のことになっていることの異常さもまた、今回の組織的犯罪処罰法改正案の報道を通して、保守派の多くの方々の痛感されたことではないでしょうか。

而して、あるリベラル派の論者(田原総一朗氏)は、「何でこんなに成立を急ぐのか、東京オリンピック2020のテロ対策のために、またそのために、パレルモ条約の締結批准をするためにこの法律が必要だというのなら、まだ、3年あるじゃないか」とか報道ステーションで述べておられた。なぜ急ぐのか? 

>今までなかったのが異常なんですよ、ならば、
>成立させる段取りが見えたら、そこが通すべき時なんですよ、田原さん!

いずれにせよ、少し遅咲きにはなったけれど、
安倍総理、見事な手際だったと思います。

流石、安倍内閣。
よくやった、安倍内閣。

次は、占領憲法の破棄/改正、
これも宿粛々とお願いします。

・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6

・トランプを携えて日本再生―We also make Japan great again!

・<改訂版>自薦記事一覧:保守主義の憲法論と社会思想-憲法学の再構築と占領憲法の破棄・改正を求めて

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>在米ブログ友からの情報です

>ほんと、この期に及んでも、

>リベラル派の所謂「共謀罪」➡「テロ等準備罪―組織的犯罪処罰法」に反対する、

>一国内的の平和妄想、すなわち、

人権なるものを侵害する可能性と意図と実力を持つのは自国の国家権力だけだ~

>という、フランスのしかもフランス革命時のイデオロギーから脱却できない論者、そんな、

>リベラル派――朝日新聞や民進党や憲法研究者――がまだ存在するのは・・・。

>==保守主義を基盤とする米国連邦憲法をその母法とする占領憲法の素直な解釈と理解からみても==

>奇観を通り越して滑稽ではないか

>と、そうわたしは思っています。

 

>確かに、憲法典を含む<憲法>は国家権力の行動を制約する権力行使のルールではあるけれど、

>国家権力の使命は国内の安寧秩序の維持および国民の福祉の維持増進だけではなく

>他国やテロリストや不法移民・難民からその国境および国民と市民を守護すること、加之、

>リベラル派の文化帝国主義的な攻撃と干渉から自国の文化と伝統を守護して

>もって、個別日本においては、「皇孫統べる豊芦原之瑞穂国」のイデオロギーのもと、

>国民と市民を朗らかに柔和に社会統合することでもあるのですから


・保守主義-保守主義の憲法観
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11144611678.html
 


民進党って「ド官僚」?:民進党・小西「安倍総理はまともでない」「存在自体が違憲無効の総理」 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7fff34fc55cf329ddcbeefaea704930c


・まずは「加憲」でいいのではないですか――改憲派こそ「憲法」に期待しすぎるのやめませよう

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9333930d645cf9bb127ad33d72915dd7

・移民の国アメリカが移民を排斥することは矛盾だという論理の論理の破綻について

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/e6c9a76d9b62dc8b6095bddf57340032


・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6

 

 

 

▼在米日本大使館より注意喚起のメールが届きました

テーマ:アメリカ

2017年06月14日(水)
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ブログ友の記事紹介します。
地味だけど、特定アジアの反日プロパガンダに抗する武器、鴨。
これ(⬇)です。
 

▼慰安婦の預金通帳、いったい、何が重要なのか

 
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大昔のことですけど、80s―90sに、「日本でなぜフェミニズムが「流行らない」のか」が議論されたとき、元々、日本では女性の地位が――フランスとドイツの受け売りの明治民法が導入され、日本独自ともいえる戸籍制度が確立したあとでさえ!――高かったから、フェミニズムなんぞいらへんねん、というのではないかと総括された経緯もあります。
実際、嫡子や嫡孫が急逝したり、当て込んでいた婿候補が初恋の彼女と出奔したりとかの非常時。そんな非常時の家督相続者決定権は一族の<おお母様>が持っていたということ。これは間違いなく、資料で確認できる江戸中期(享保以降)から戦前までは鉄板ですし――てことは、資料の乏しいそれ以前は寧ろそれが常態だったの、鴨――女城主などの際ものではなく、鎌倉から室町と戦国期前半まで、地域によっては織豊期も実質的には「女地頭」「女名主」「女庄屋」は日本では普通でしたから。
(所謂「本音と建前、表と裏、名と実」の違いや関係。あのー、その「名―表:幕府の公式文書にも本所――正規の荘園の持ち主であり、建前上は地頭職の依頼主――である、東寺とか興福寺とかの大寺院、あるいは、摂関家等の高級貴族―公卿家の公式文書」に♀が地頭と記載されている例が多くはないけれど希ではないということは・・・。実質的な地頭が先代地頭の正妻とか、若いけれど名家から拝み倒されて嫁いで来た遣り手の若奥様とかのケースが幾らでもあったことの反映ではありますまいか。今でも、地方の温泉旅館や中規模の土木建設業の会社とかによくあるケースが鎌倉・室町時代にもあったことの傍証ではないでしょうかということ。そんなこんなで、少なくとも、この事例は、天照大神・神功皇后の昔から「日本は女でもってきた国」という事実の氷山の一角の一欠片を砕いて作ったジンビームのロックなの、鴨です。閑話休題)
だから、平時子と並ぶ二位の尼、尼将軍・北条政子の権勢は特異な例外ではなく日本の慣習法に則っただけのものだったの、鴨。実際、実家の赤橋・北条家は消滅したはずなのに、足利尊氏公の御台所・登子の――尊氏公没後でも!――権威と権勢を示唆する文書は数多残っていますものね。
ついでに言うと、これは名目だけという考えも成り立つにせよ、でも、名目にせよ、天皇家(=皇室ではなく、より広く皇族一族)の財産の8割りがたは女院領。つまり、女院(内親王および天皇の元配偶者)の持ち物だったのですよね。平安後期から室町期までは。つまり、日本では昔から財布は女が握っていたということ。明治も30年代の末、1900年頃までは、全体的にかつほぼ確実にそうも言えるということ、かな。

・『平清盛』における「王家」という用語の使用に対する批判への疑問
 ・完全攻略夫婦別姓論要綱-マルクス主義フェミニズムの構造と射程
 
・第二の中世の“今”考える「中世とは何か」-平清盛が先鞭をつけ足利尊氏が確立した日本

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>DAPPIさんの記事紹介

関口宏「若い人か…安定を望まずに変化を求めろ!」
大宅映子「若い人は自分の利益ばかり!」
姜尚中「若者は想像力が働かない!瞬間風速しかみてない!」
大崎麻子「若い人は広い視野で政治を見ろ!」

若者の安倍内閣支持率が高いことに文句をいう #サンデーモーニング

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まさに老害…

【KABU解題】―自民党に寄せられる高い”若者の支持率
資本主義を基盤とする福祉国家(⬅要は、所謂「ケインズ政策」を採用する資本主義国)の大衆民主主義社会では、政権与党になるためには、その政党が右であれ左であれ、左右に支持獲得のウイングをひろげなければなりません。つまり、政権を狙うほどの政党の政策は漸次接近するということ。これを「政党の政策における収斂理論」と呼びますが、この経緯と実情は、アメリカの共和党と民主党、英国の保守党と労働党の1990年代以降の各両党の政策を想起していただければ、満更、机上の空論ではないと思っていただけるのではないでしょうか。

そう、そのような国と社会では政党は、所謂「包括政党」に自己変革しない限り政権与党になることは難しいのです。

而して、そんな――日本も間違いなくそこにカテゴライズされるだろう――資本主義の福祉国家の大衆社会においては、一部の有権者を熱狂させるかもしれないけれど、左右にウイングを広げるのは難しいようなタイプの「キャラの立った政党」は国政選挙では馬群に沈む。そう、社民党や共産党を見てみなさい!

何を私は言いたいのか。それは、内閣や政党の支持理由として「他に人がいない」「他の政党よりまし」というのは、大衆社会の資本主義の福祉国家においては、極めて、健全かつ強力な支持理由ではないか、ということです。この現代政治学のイロハも理解せず、政権与党たるもの、国民有権者からの熱烈で積極的な支持に支えられるべきだ、とか勘違いしているリベラル派の論者こそ、ある意味、独裁政治を願望する社会主義者――ロベスピエールやポル・
ポル・ポト、毛沢東やスターリンの降臨を願う――反日だけではなく反民主主義・反立憲主義の人達ではなかろうか。と、そうわたしは真面目に思っています。


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蓋し、雑談。60代の自民党支持率の高さはもともとのものでしょうが、――忙しい30代を別にすれば――20代、40代、50代の自民党支持率の違いはネットスキルの度合いに比例しているの、鴨。ならば、朝日新聞と民進党を葬る道はネットから続いているの、鴨。大衆社会というものがネットと親和性の高い可能性はかなりのものだと推測するに、これは、満更、ネットを巡る一般論に終わらない、政治学的な根拠を持つ推測ではないか。そう、わたしは考えています。
 
・政党政治が機能するための共通の前提 
  http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11142645831.html
 
 
・自民党に入党しませんか--支持政党の選び方に関する覚書 
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11764121326.html

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朝日新聞の意味不明ながら安倍内閣批判の意図明確な
記事を目にしました。これ(↓)です。

▼確認拒否に誤説明…政府、12時間を空費 森友問題審議
6/10(土) 21:38配信
朝日新聞デジタル

・森友学園問題をめぐり国会で空費された審議時間
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学校法人「森友学園」(大阪市)への国有地売却問題や「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設問題の追及が続く今国会。このうち、先に浮上した森友問題の審議で、政府が事実関係の確認を拒んだり事実と異なる説明をしたりしたため、少なくとも12時間が空費されたことが朝日新聞の調べでわかった。

12時間は国会審議の2日分に相当する。政府は「何十時間、こればかり質問している」(安倍晋三首相)と言って野党の姿勢を批判していたが、むしろ野党の指摘や追及に正面から向き合わない政府の姿勢が論戦を空疎にしている実態が浮き彫りになった。(後略)

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何が「政府、12時間を空費」だぁ!

報道されていることがそれが事実であっても--籠池某の脱税・横領・詐欺・背任・私文書または公文書偽造等々は別にして--安倍政権とは法的になんの関係もない森友問題なるもの。他方、それが事実であれば、寧ろ、不充分ながらも「岩盤規制に風穴を開けた」大殊勲でこそあれ、これまた法的には安倍政権とは無関係な疑惑なりを、しかも、論理的には第二次朝鮮戦争がいつ起きても不思議ではないこの時期に、あるいは、アメリカで新政権が稼働し始めたこの時期に、--疑わしい、忖度があったのではないか等々の自分達の私的な疑惑妄想だけを根拠に--延々と森友問題なり加計問題なりを国会で質問すること自体が、端から国費と時間の無駄遣い以外のなにものでもないのではないでしょうか。違いますか?

ならば、連日、そんな国費と時間の無駄遣いを野党に促してきた朝日新聞がこんな記事(↑)書くなどは不愉快不謹慎を通り越して一種のブラックユーモアなの、鴨。と、そうわたしは思います。

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いずれにせよ、Jポップカルチャーの向こう10年とは言わないけれど少なくとも向こう5年間の進路を決めることになるかもしれない、今回のAKB総選挙の選挙運動期間中というのに「こんなくだらない案件でわたしの時間を取らせるな、朝日新聞!」と激しくそう感じました。

ということで、「前田敦子」卒業までは敦ちゃん一筋。その後は、
広い意味の九州の同郷ということもあり柏木押しだったわたしですが、また、
来年以降は同郷・福岡出身で次世代エースの宮脇咲良ちゃんにする鴨としても・・・。
今回は、今回の選挙の思想的意義を鑑み

>まゆまゆ(渡辺麻友)さんを押す/推すことにしました


・AKB総選挙-海馬之玄関「Oshi-men」決定~!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/42efc0603567d901519898c371733db7

・いよいよ<関ヶ原>に向け進軍開始【AKB48 49thシングル 選抜総選挙】速報結果
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12279646785.html


はい、結果がまさかの選抜落ちになろうがこの選択は変わりません。
あっ、ちなみに「まゆゆ」ではなく「まゆまゆ」と記しているのは誤植ではありません。
前に握手会で、渡辺さんに「わたし、まゆゆさんのこと語呂が自分には合うのか

「まゆまゆ」て呼んでいるのですよ」といったら、まゆゆさんが、
あっ、まゆまゆもいいですね」(笑)と本人に認めていただいたことに遡る、
わたし的には由緒正しい呼称ななのですよ←ちょびっと自慢?

>結果は気にせず頑張れ、まゆまゆ~!
>朝日新聞と民進党は地獄に落ちろ~!
 
・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6

・民進党に天罰を!:「政局に利用するな」安倍首相にマジギレさせた蓮舫代表の不適切な攻撃発言
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/739ee2a95554450d98eed7bbd817d826

・民進党って「ド官僚」?:民進党・小西「安倍総理はまともでない」「存在自体が違憲無効の総理」
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7fff34fc55cf329ddcbeefaea704930c

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・・・・・打倒、リベラル派!
・・・・・Conservatives of the world, unite!(万国の保守派よ、団結せよ!)
 
 
>加計学園問題と同じ?
>怪しい、不正や依怙贔屓があったはずだ。
>証明責任は安倍首相にあるはずだ・・・
 
>あほか! 正規の手続きを踏んできまったこと。
>挙証責任は嫌疑を持ち出した側、朝日新聞と野党にあるのが常識。
 
>まして、違法性がない以上、総理が正式な手続きのなかで意向を述べること
>それ自体になんの問題があるんかいな?
>岩盤規制に「蟻の執念の一穴」を穿とうとしているときに!
 
 
・日本はもっとひどいんちゃいますか、正直:”CNNトランプ大統領批判に……(o_o)”
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/54cf9ab6ce10c10c22222f81f923c9b2 
 
・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ! 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6
 
・トランプを携えて日本再生―We also make Japan great again!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/64689a762ef92844d91a75a1df495fe4 
 
 
・リベラルメディアの姑息あるいは混迷:「隠れトランプ支持者」の語義
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/fdffbfeb19f8e706d9f7b9539e29b2c3 
 
・移民の国アメリカが移民を排斥することは矛盾だという論理の論理の破綻について
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/e6c9a76d9b62dc8b6095bddf57340032 
 
・宗教と憲法--アメリカ大統領選の背景とアメリカ建国の風景
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3a1242727550e8e31a9133aa154f11bf


▼コミー前FBI長官の議会証言 

トランプ大統領コミー氏を告訴へ


▼さらに、わかりやすいです! 

 コミー氏の証言の重要な5つのポイント


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▼コミー前FBI長官の証言内容から学ぶ英語
(転載元URL)⬅ブログ友の井ノ上ゆきさんのためになる記事
http://ameblo.jp/eigocoach77/entry-12276347861.html

コミー前FBI長官が上院情報委員会での
証言前に原稿を公開しました。

内容はこちら
https://www.intelligence.senate.gov/sites/default/files/documents/os-jcomey-060817.pd


・用語
上院:senate
証言:testimony
忠誠:loyalty※
※証言内容にloyaltyが6回、loyalが2回出てきます


・内容一部抜粋
A few moments later, the President said, “I need loyalty, I expect loyalty.”

(中略)

He then said, “I need loyalty.” I replied, “You will always get honesty from me.” He paused and then said, “That’s what I want, honest loyalty.” I paused, and then said, “You will get that from me.” As I wrote in the memo I created immediately after the dinner, it is possible we understood the phrase “honest loyalty” differently, but I decided it wouldn’t be productive to push it further. The term – honest loyalty – had helped end a very awkward conversation and my explanations had made clear what he should expect.

(中略)

He said he would do that and added, “Because I have been very loyal to you, very loyal; we had that thing you know.” I did not reply or ask him what he meant by “that thing.” I said only that the way to handle it was to have the White House Counsel call the Acting Deputy Attorney General. He said that was what he would do and the call ended.


上記のようなやりとりは
House of CardsやDesignated Survivior
といった海外ドラマや小説の
ワンシーンのようです。

証言内容のボリュームはそれほど
多くなく、表現もわかりやすいため、
力試しにぜひ読んでみてください。
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テーマ:スポーツ
January 23, 2012 10:56:40

 

 

2011年サッカー女子ワールドカップ・ドイツ大会。なでしこジャパンの優勝。その結果はもちろん嬉しかったけれど、日本代表の戦いを見ていて改めて感じました。日本は本当に強くなったと。

 

国立競技場で行われる(女子リーグなど影も形もない大昔のこと、男子リーグの)優勝決定戦でさえ閑古鳥が鳴いていた日本リーグ時代を知っている私のような世代の者にとっては(それは、メキシコオリンピックの殊勲の銅メダル獲得からジョホールバルの奇跡までの長い長い停滞の季節を知っている世代。TVマンガの『熱き血のイレブン』やTV学園ドラマの『飛び出せ青春』を見て育った世代にとっては)、男女ともワールドカップ出場がフル代表の当然のノルマの如くにさえなった現状は、正に、夢のよう。

 

б(≧◇≦)ノ ・・・にゃー、夢なら覚めないで~♪

 

いずれにせよ、サッカーは素晴らしい。ブラジル人やドイツ人の友人が真顔で語るように「サッカーボールを中心に地球は廻っている」、と。このこともまた、昨年、<2011年3月11日午後2時46分>の年のサッカー女子ワールドカップ、なでしこジャパンの優勝への軌跡を通して再認識したことです。

 


◆「審判」のいないサッカーは単なる野っ原での球蹴りである
イングランドを第8回ワールドカップ優勝に導いたボビー・チャルトンだったでしょうか、「サッカーは戦争のようなものなどではなく戦争そのもの」「昔はサッカーは人生と同じくらい重要だと思っていたが、今は、サッカーは人生よりも重要だということが解った」と語った。例えば、女子サッカーの東アジア大会という地球規模のサッカーの地政学からは辺境で行われる親善試合でさえ、彼の言葉が真実であることをいやでも感じさせる。ヨーロッパには「サッカーは子供を大人にし、大人を紳士/淑女にするスポーツ」という箴言があるらしいのですが、蓋し、それは至言でしょう。

 

それがゆえに、と言うべきでしょうか。例えば、2008年に開催された前回の女子サッカー東アジア大会では、特定アジアチームのトンデモなさ、加之、確信犯的ともいうべき、特定アジアのトンデモ審判のありようも一層目についたというもの、鴨。

 

審判やルールが機能しないのならサッカーは単なる野っ原で行われる球蹴りにすぎません。そうなれば、サッカーは、いい大人がする球蹴り遊びであり、「大人を子供にし、紳士淑女を強盗や売春婦にする悪しき戯れ」にすぎないと思います。ルールと審判が権威を持ちゲームを枠づけて初めて、サッカーはサッカーという世界共通語となり、ワールドカップを始めとする国際試合はその共通語を通して行われる異文化コミュニケーションの場となるのではないでしょうか。

 

ルールと審判がゲームをコントロールして初めて多様な民族の文化はピッチ上で華開く。ルールと審判が権威を保持しているからこそ大番狂わせに観客はカタリシスの涙を流し、敗れ去った優勝候補国の選手はサッカーが人生を超えるsomethingであることを思い知らされる。そう、「サッカーは人生よりも重要なのだ」、と。

 

例えば、2002年日韓ワールドカップ。アルゼンチンの予選リーグ敗退が決定した瞬間、宮城スタジアムのピッチに崩れ落ちたバティステュータは、もし、2002年6月12日、アルゼンチン対スウェーデン戦において審判とルールが審判やルールとして機能せず、審判やルールとしての権威を保持していなかったならば、いい歳(32歳)をして球蹴り遊びの結果に泣き崩れる愚かな大男に他ならなかった。それは、2006年ワールドカップドイツ大会で日本の予選リーグ敗退が決定したとき、独りピッチに倒れこんで泣きはらした中田英寿や、2011年のサッカー女子ワールドカップ準々決勝で日本に敗れてピッチ上で茫然自失状態に陥った何人かのゲルマン娘達にも言えることでしょう。

 


◆サッカーは世界の共通語
サッカーの国際試合は<世界>を身近に感じることのできる<窓>であり<メディア>でしょう。そう私は思います。而して、繰り返しになりますが、サッカーはその<メディア>で話される<世界共通言語>に他ならない。サッカーという言語を覚えることで、人は国際試合という窓を通して世界を感じ取ることができるようになるということです。

 

サッカーという言語によって人は、自己のアイデンティティーと世界の多様性を、そして、逆に多様性を突き抜ける人間性に普遍的なsomethingを感じ理解することができるのだと私は思っています。その意味でサッカーとは総合芸術、就中、舞踏芸術に近いかもしれない。而して、サッカーというその舞踏芸術で表現されるモティーフは民族性であり国民性、民族の誇りであり国民の名誉とプライドである、とも。

 

他方、サッカーは国際政治の顕現でもある。蓋し、サッカーワールドカップは、民族性と民族の誇りというマグマがビジネスや政治という回路を通って人類史の地表に衝き上がってくる4年に一度のイベントなのではないか。世界共通語であるサッカーの本性と、国際政治そのものであるサッカーワールドカップを想起する時、そのようなサッカーを日本人の多くが始めて肌で感じたのが日韓ワールドカップであり、それ以前の日本とそれ以後の日本、すなわち、2002年5月31日-6月30日までの日本人とそれ以後の日本人は何かが、しかし、確実に変わったのではないか。

 

人間そんな簡単に変わるものでも変われるものでもない。けれども、人間のものの考え方や感じ方は文字通りもの心のついた後はそう簡単には変わらないにしても、他者に対する行動パターンや世界像は何歳になっても劇的に変わりうると思うのです。

 

日韓ワールドカップは日本人にとって、正に、そのような世界に関するイメージとそのイメージを基盤とした他者への接し方を変化させたのではないか。この点に関して、私は2002年の日韓ワールドカップの最中、小田急線の車中で聞いた女子大生の会話をいつも思いだします。もう、10年前のことだけれどクッキリと覚えている。

 

●うちのおかん全試合見てるんだよ。最初はルールも解らず見ていたらしいけど、「この間のイタリアと韓国の試合、絶対、審判のミスジャッジだったわよ」とか言ってる。あの審判、韓国に買収されたに決まっているって。


☆ふうーん。あんたんとこのお母さんイタリアフアン?

●うう~ぅん。応援しているチームもないらしい。でも、「今日はいい試合があった」って、「録画しといたからあんたも見れば」なんて感じ。


☆へーぇ。で、それどことどこの試合?


●忘れた。アフリカと中南米の試合だったかな(KABU註:本当はトルコ対コスタリカ戦。もちろん、トルコはヨーロッパの代表である!)。でも、確かに面白かった。パスが正確で攻守の切り替えが速かったから見てて飽きなかった。


☆スリーバック? フォーバック?


●どっちもフォーバックだったかな? ひょっとしたらアフリカの国(KABU註:こら、そこの女子大生。トルコはヨーロッパ代表やちゅーねん!)はスリーバックだったかも。だって、私もワールドカップの1週間くらいに前にオフサイドとかルール覚えただけだしさ。あんただって、ゴールデンウィーク明けに飲みした時には、先輩に「サッカーて何人でやるですか?」って聞いてた人じゃん(笑)


 

サッカーは言語である。それが言語である限り、サッカーにも文法と辞書および語用ルール集があり、音韻的や音声学的な構造が組み込まれているのかもしれません。

 

サッカーを自然言語に喩える時に重要なことは、サッカーが言語である限り(サッカーが言語に喩えられる限り)、それはサッカー以外の何ものかを指し示す記号体系であり記号の運用だということでしょう。また、サッカーが記号の体系でありワールドカップ等の国際試合がその記号が運用される舞台であるとするならば、サッカーにはその記号行為を意味あるものとする構造が組み込まれているかもしれないということです。

 

言語は使うことによって身につく。つまり、ある言語を使えるようになるには実際にその言語を使わなければならないということ。蓋し、2002年の5月-6月以降、多くの日本人は「サッカーを見る」という行為を通してサッカーという言語とそれが使用されるワールドカップを頂点とするサッカーの国際試合という舞台についての知識、更には、サッカーという世界共通の言語使用に関するアクティブスキルを獲得したのではないか。小田急線内の女子大生諸君の会話を聞きながら私はそのことを確信しました。

 


◆サッカーとナショナリズム
サッカーという言語が国際試合、就中、ワールドカップというキャンバスに描くものはナショナリズムです。ワールドカップに熱狂する世界中の人々はその作品に自己の民族の誇りを読み取り、自国の名誉を見立て打ち震える。もちろん、サッカーという言語が描く図柄を何に見立てようともそれは観察者の自由。これが記号行為の多義性であり、意味作用において記号が持つ表示義(denotation)と共示義(connotation)の二面性です(★)。

 

★註:表示義(denotation)と共示義(connotation)
あるもの(記号)が別のあるもの(指示対象)を指し示す(意味作用を行う)とき、その記号は表示義として指示対象を持つ。例えば、ゴールデンゴールの1点(記号)は得点したチームの勝利(指示対象)を意味する。その場合、その1点のゴールはチームの勝利という表示義を持つということ。

 

これに対して、ある記号と指示対象と意味作用を含んだ記号全体が別の高次の記号となり他の別のものを指し示す場合、その高次の意味作用の指示対象を高次の記号の共示義という。例えば、先の例を使えば、ゴールデンゴールに国際政治における勝利国の隆盛を感じ取る時、そこにはそのゴールデンゴールを巡る高次の意味作用があり、ゴールデンゴールには共示義が憑依していることになる。

 

 

記号論の小難しい話などはどうでもよい。簡単な話です。例えば、アジア大会の「日本Vs韓国」戦に日韓の現状を感じるのも勝手なら、単なる食事時の<視角的なBGM>としてゲームを楽しむのも自由ということ。しかし、4年に一度、毎回、TVを含め観戦する延べ450億人の圧倒的多数がサッカーという言語で奏でられる各国チームの民族性と民族の誇りをワールドカップのゲームに読み取っていることは確実でしょう。

 

而して、朝日新聞を始めとする大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する勢力がどれだけナショナリズムとサッカーの関係を分断しようとも、ワールドカップが具現するナショナリズムを矮小化しようとも、サッカーがナショナリズムを表現するための言語でもあることは否定されようもない事実。でなければ、450億もの人々が「野っ原の球蹴り」など観戦するはずなどないでしょうから。

 

サッカーを野っ原で行われる単なる球蹴りから分かつものはサッカーのルール。サッカーという世界共通語を理解することは、スポーツとしてのサッカーという表示義の体系を超えてナショナリズムが躍動する所のより高次の共示義の体系を理解することでもある。「サッカーは戦争そのもの」であり、サッカーが、およそ、単なるスポーツとしての記号作用を超えるsomethingと考えられるべき理由はここにあるのではないでしょうか。

 

「戦争とは別の手段で行われる所の外交の延長である」、すなち、戦争とは兵器という言語を使用して行われる外交的コミュニケーションである。このことを喝破したクラウゼビッツに倣えば、ワールドカップを頂点とするサッカーの国際試合とはサッカーという言葉で語られるナショナリズムの競演であり、それは、サッカーという言語に翻訳された国際政治のテクストに他ならない。これこそがサッカーという言語が世界共通語としての効力を持ちうる妥当根拠ではないか。私はそう考えています。本当にサッカーは素晴らしいとも。


【関連記事】

・<改訂版>サッカーとナショナリズム

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/389a17dae3b3ddc6f272fdc83f4d8458

 

・<追補>ナショナリズムの祝祭としてのオリンピック

 ーー東京2020を朗らかに迎えるために

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/0905c089560ac7a625c395ec5e0182ba

 

・濫用される「国際社会」という用語についての断想

 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c3e3691fe42c9648d012251a71018c54

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・AKB総選挙-海馬之玄関「Oshi-men」決定~!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/42efc0603567d901519898c371733db7


・いよいよ<関ヶ原>に向け進軍開始【AKB48 49thシングル 選抜総選挙】速報結果
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12279646785.html




個人のブログだからたまには軽めの記事もいいですよね(笑)

 
海賊が出てくる物語といえば?
▼本日限定!ブログスタンプ←amebaブログのイベントです
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「宝島:Treasure Island」かな。
それと、広い意味の「海賊」ということなら、
「風と共に去りぬ: Gone With the Wind」
レット・バトラー船長でしょうか。
 
それと、エリザベス一世ものの
フランシス・ドレーク。
でもやっぱ、小さなバイキングのビッケも捨てがたい、鴨。

・今日はバイキングの日(←ブログ友OLIVEさんの関連記事)
 
http://ameblo.jp/mihochan35/entry-12281884664.html
 
あっ、ち、ちなみに「バイキング」は「海賊」とは必ずしも言えません。
それは、--第1次から第3次に至るまですべて--所謂「倭寇」が
「海賊」とかいう言葉で収まる活動体ではなかったことよりも遥かにそう
言えると思います。まあ、それは、「海賊」をどう定義するかに収斂する
問題ですけれどもね。 
 
・定義の定義-戦後民主主義と国粋馬鹿右翼を葬る保守主義の定義論-
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/0fb85611be79e7a89d274a907c2c51ac

・風景が<伝統>に分節される構図(及びこの続編)

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ブログ友の記事紹介です。
同意します。激しく同意。

 ・言論の自由を市民の手に取り戻せ
 :日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6
 
・防衛省Mag☆MAMOR:特集「英語力を装備する自衛隊」
 --英語好きにはお薦めだったりする
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2377f54478cd51ab00abbce530bf67f6
 
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自衛隊員を差別する奴らは恥を知れ!!

【世界に称賛される自衛隊】カンボジア紙幣に描かれた「日の丸」 日本政府の支援に対する感謝の気持ち 

2017.6.6

(転載元URL)

(関連記事)
・世界に称賛される自衛隊
 http://ameblo.jp/sikihanana156/entry-12281842184.html

(南スーダンの)首都ジュバでは(自衛隊のPKO=国連平和維持活動=派遣部隊とともに)カンボジアの部隊も活動しています
その若い女性隊員があるとき、自衛隊員に、こう話しかけてきたそうであります。『日本が、私たちにしてくれたことを、今こうして、南スーダンの人たちに返せることを誇りに思う。そして、アフリカのPKOに参加できるまでになったカンボジアの姿を、日本人に知ってもらえて、うれしい』と。
20年余り前日本の自衛隊が、カンボジアの大地に植えた
『平和の苗』は、今、大きな実を結び、遠く離れたアフリカの大地で、次なる『平和の苗』を育もうとしています」
 
安倍晋三首相は2016年度自衛隊記念日観閲式の訓示で、5月末で任務を終えた南スーダンPKOのエピソードを披露し、聴衆を感動させた。
 
1992年6月、「国際平和協力法」(PKO法)が成立した。同年9月には、カンボジア暫定統治機構(UNTAC)に、陸上自衛隊の施設大隊と停戦監視要員が、戦乱から立ち直って民主選挙を控えたカンボジアへ派遣された。
 
日本PKOの幕開けとなった派遣部隊は、第1次、第2次隊を合わせて約1200人。 約1年間の任務期間中に、長く続いた内戦で破壊された道路や橋梁(きょうりょう)を修理するなどして、カンボジアの復興に貢献した。修理した道路は約100キロ、補修した橋梁は約40に上った。
 
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ところが
日本国内では、このPKO派遣について、まるで自衛隊が対外戦争に派遣されるかのような異常な反対論もあった
派遣部隊が携行する武器をめぐっても、非現実的で無責任な議論が起こり、
結果、小銃と拳銃という軽装備で任務を遂行せねばならなかった。
 
だが、実際はどうだったか。
 
筆者は、あれから25年後のタケオを訪れた
 かつての自衛隊の宿営地は、いまはサッカー場として整備されており、
そこには平和に暮らす村人の生活があった
 当時、情報職の職員だったサオ・サリ氏は次のように言う。
 「自衛隊がやってきたときは本当にうれしかった。道路や橋をつくり、修復してくれたし、村の人々とも温かい交流があった。当時は、近くに(大虐殺を行った)ポル・ポト派兵士がいて危険だったが、自衛隊が守ってくれたので人々は明るく生活できたし、夜も安心して眠れた。われわれは、自衛隊に感謝し、その恩を忘れません」
 
自衛隊は地元の人々を守るために派遣されたのではなかったが、地元の人々は自衛隊を大歓迎した。PKO派遣を“日本の侵略行為の兆候”などとは捉えなかったのである。
 カンボジア国際平和協力業務では、UNTACに自衛隊だけでなく、警察官75人、選挙要員として国家・地方公務員18人、民間人23人が参加した。まさに国を挙げての支援だったのだ。
 
実はカンボジアの紙幣500リエルの裏側には、日本のODA(政府開発援助)でメコン川に架けられた「絆橋」「つばさ橋」とともに、「日の丸」が描かれている。
 
カンボジア復興のために、日本政府が行ってきた誠実な支援に対するカンボジアの感謝の気持ちが、紙幣にまで現れていることを、果たして、どれほどの日本人が知っているだろうか。
 
井上和彦(いのうえ・かずひこ) ジャーナリスト。1963年、滋賀県生まれ。法政大学卒業。専門は、軍事安全保障・外交問題・近現代史。「軍事漫談家」の異名も持つ。産経新聞「正論」欄執筆メンバー、国家基本問題研究所企画委員などを務める。第17回「正論新風賞」受賞。主な著書に『日本が戦ってくれて感謝しています』(産経新聞出版)、『東日本大震災 自衛隊かく闘えり』(双葉社)、『撃墜王は生きている!』(小学館)など多数。 

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日本は法治国家ですよね、沖縄は日本じゃなかったのかい?
 --辺野古 反対派座り込み 道路渋滞
 
・沖縄―辺野古「座り込み抗議集会 地元住民の姿少なく」
 
・沖縄で関係者が語る「復帰は間違いだった」だぁ~???
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12276343083.html
 
・沖縄は独立か米国への再返還か中国編入か選びなさい
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c4490f75da365c03f5f0cbbeeeebf930
 
・沖縄に「準国家的主権」を認めてはどうか、ですか? それでは不十分でしょう。
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11481176260.html
 
・言論の自由を市民の手に取り戻せ
:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!

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▼「辺野古と米兵と交流」、
  八重山日報が「GJ報道」!

今朝の八重山日報本島版トップはこの見出し、
辺野古ハーレー 米兵と交流
恒例行事に1200人参加

「辺野古住民と米軍は絶えず憎みあっている」と印象操作に励む沖縄2紙が決して報道しない記事だ。
八重山日報は、辺野古の真実を報道することにより、沖縄2紙を裏切ったことになる。
だが、沖縄2紙の隠蔽工作を裏切ったのは八重山日報だけではない。
捏造報道では沖縄2紙の先輩格の朝日新聞が、沖縄2紙を裏切り、こんな記事を書いている。
朝日新聞デジタル 6/4(日) 23:49|Yahoo!ニュース

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設工事が進む名護市辺野古で4日、伝統のボート競争「辺野古ハーリー」があった。住民や米軍関係者などの男女42チームが参加。約7メートルの木船にこぎ手や鐘打ちなど10人が乗り、沖合200メートル間を懸命にこいで往復した。

【写真】ボート競争「辺野古ハーリー」で、米軍普天間飛行場のある宜野湾市から参加したチーム=4日午後2時55分、沖縄県名護市辺、小山謙太郎撮影

 会場の浜辺からは、数百メートル先に米軍キャンプ・シュワブ沿岸の埋め立て予定地が見える。辺野古の住民は50年ほど前から米軍との交流を続けており、1999年には10班ある辺野古区に「11班」として迎え入れた。


 嘉陽宗克(かようむねかつ)区長は「彼らなしでは、ここまで盛大な行事は成り立たない。共存関係です」。ただ、会場の浜辺を移設工事の作業ヤードにする国の計画については「やめてほしい。会場は移さず、永久にハーリーを続ける」と抵抗感を示した。

 移設工事を巡っては、辺野古区の住民がつくる行政委員会が、各戸別の補償などを条件に2010年に容認を決めた。名護市は同年に反対を掲げる現市長が当選しており、今も強く反対している。(小山謙太郎)
  ☆
朝日新聞の「裏切り記事」(まともな記事)を紹介していただいた普通の沖縄紙民さんのコメントです。
 
琉球新報・沖縄タイムスがおそらく、報じないニュースを朝日新聞がYahooニュースに。

夕方のNHK沖縄のローカルニュースでも報じていたが、キャンプシュワブの米軍が辺野古の
「11班」として地域住民と親睦や交流を深めている事を殆んど沖縄県民は知らないだろう。

何故なら琉球新報・沖縄タイムスを始め沖縄のテレビ局やメディアには「報道しない自由」を都合良く使い分けているから!

少し驚いたのは「新基地建設」ではなく「移設工事」と記事に書いている事。

沖縄では「朝日新聞が右寄りに見える!」
は事実のようです。(笑)

↓↓↓

朝日新聞デジタル 6/4(日) 23:49|Yahoo!ニュース
(転載ここまで)
 
沖縄本島でも、「八重山日報」のお陰で、真実の報道が知られるようになったのは素晴らしいことですね。
それにしても、沖縄では朝日新聞は「右寄り」に見えるとは意外や意外ですね。http://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/014.png
それほど、沖縄の人たちが今まで観ていた新聞があまりにも左に傾き過ぎていたという事なんでしょう。
最後までお読み頂きありがとうございました。

(転載元URL)
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印象操作だよな
>朝日新聞、毎日新聞、テレビアサヒ、TBS、NHKの報道、すべて
>まちがいなく

>今までこれで通じたのに、やっぱ、ネットの監視は朝日といえども堪えるてことか

>自民党の強気――門前払いも辞せず、民進党抜きの法案審議もいたしかたなし!――の強気の
>背景は、加計問題で安倍内閣への「判官贔屓」が寧ろ強まり、民進党と朝日新聞への支持が
>低下していることが自民党の実施している世論調査の結果有意にあらわれているから。

>自民党内の、どちらかと言えば反安倍陣営にもその数字が広まるにおよび、この1週間で
>石破氏もおとなしくなしくなったみたい(笑)
>そして、公明党ていうか創価。この案件もともと安倍支持なんだよな。
>そこも朝日の固定観念による――政治家の身綺麗さに敏感な創価は安倍批判のはずと――勘違い

>朝日新聞、御臨終なの、鴨。

・言論の自由を市民の手に取り戻せ
:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6




印象操作」首相が連呼 野党「どこで覚えたのか」

6/3(土) 5:02配信
朝日新聞デジタル
安倍晋三首相が、国会で加計学園(岡山市)の獣医学部新設計画などをめぐり野党から追及を受け、反論する際に「印象操作」を連呼している。この言葉が国会で使われるようになったのは最近。首相が多用することに違和感を示す人もいる。

5月30日の参院法務委員会。友人の加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園との関係を野党議員に問われ、首相が反論した。「1年間に14万円の報酬を受けたことはございます。しかしこれは印象操作であって、まるで私が友人のために便宜を図ったかのごとく議論をしておりますが恣意的な議論だと思います」

首相は「印象操作」を今国会でたびたび使う。「忖度した事実がないのに、まるで事実があるかとのことを言うのは典型的な印象操作なんですよ」「我々がまるでうそをついているかのごとく、そういう印象操作をするのはやめていただきたい」

インターネットの国会の会議録で「印象操作」という言葉で検索をかけると、初登場は2015年3月。同年は4回、16年は8回使われた。今国会(2日夕時点の公開分)、首相は16回発言している。

「印象操作」と言われた共産党の小池晃書記局長は取材に「事実関係を確認しようと質問しているのに、それに答えず『印象操作だ』と応じるのでは議論にならない。聞く耳を持たないという意志の表れだ。あんな言葉、どこで覚えたんですかね?」と話した。
朝日新聞社

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日本に限定した場合、左翼さんは、おおよそ、

①キリスト教系の左派(→労農派→社会党→民進党)
②コミンテルン系の左派(→講座派(cf.岩波書店)→共産党)
 
が二大源流です。而して、①の極左が「向坂逸郎派」であり、その一部は現在でも日教組・自治労・JR労組等々に<籠城>してはります。他方、①の右寄りが旧民社党であり現在はこれが「連合」の中核で、だから、民進党の基盤です。
 
また、60年と70年の「安保」の際に、
既存の①②にあきたらない元気のよいお坊ちゃんとお嬢ちゃんたちが、順次、
③社青同(解放派等々)←社会党から
④どちらかといえば②から所謂「新左翼」各派
つまり、革共同(中核派・革マル派・第四インター)と共産同(≒所謂「全学連」各派のノンセクト諸派)の新左翼が生まれました。
 
で、この③④は日教組・自治労・JRに少なからずおられます。

ちなみに、②の系統は、教職員組合に関しては「総評」と「同盟」が合流して「連合」ができる際に、日教組からわかれて「全教」になり、現在に至っています。はい、それ、共産党系の「先生」たちです。
 
だから、たとえば、日教組といっても内部は一枚岩ではないのです。実際、日教組組織率が高い都道府県も、大分・広島・山梨・北海道のように本当に左翼の強いところもあれば、一応、「みんなはいろうね」て感じでその中では自民党支持者が主導権を握ってるとこ(県名は政治的に自主規制!)、あるいは、ノンポリが主流(笑)の三重県とかもう目も眩まんばかり。
 
他方、たとえば、鹿児島とか青森・秋田といった保守王国の保守派がもともとが強い県では、逆に、日教組自体は(身を守るために?)極左になる傾向もある--「右が強ければ左も過激!」になる--反面、そんな県の学校では最左翼の活動家の先生が、日の丸とか9条とかのイデオロギー的なイシュー以外では――たとえば、ご自分の娘さんの進学大学は県外は認めんとか!――福井とか神奈川にもってくれば「ばりばりの封建的な人物」だったりします(笑) 
 
実際、ある日教組委員長さんは私の父の(福岡県大牟田市の公立中学校の)元同僚さんでしたが、その方は、当時の幼い私の目から見ても「ばりばり/ガチ」の封建的な九州男児の方でしたから。

いずれにせよ、1989-1991の「社会主義の不可能性が人類史において確認」されるに及び、「左翼」はその生き残りの舞台を、フェミニズム、エコロジー、フェアートレード、外国人の非外国人化、遡及的な人権侵害なるものの断罪、反原発、反捕鯨・・・の領域に求め現在に至っていることは皆様ご案内の通りでしょう。そう、彼等はその社会思想上の本性である<文化帝国主義>に原点回帰しつつ、かつ、戦線を特化してきたのです。PC(ポリティカルコレクトネス)なりヘイトスピーチなりはそんな彼等の常套する鏑矢である。と、そう考えておいてまず間違いはないのだと思います。
 
 ・『娘たちと話す左翼ってなに?』のあとがき書評
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3d05b6b0134206bf3ba1845e199e65da
 
・Only yesterday☆ある九州の元公立中学校校長の回想
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12149129154.html
 
・完全攻略夫婦別姓論要綱-マルクス主義フェミニズムの構造と射程
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/32678755bd2656513241097aae7b6254
 
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・読まずにすませたい保守派のための<マルクス>要点便覧
 -あるいは、マルクスの可能性の残余(1)~(8)
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139986000.html
 
 
・「左翼」の理解に見る保守派の貧困と脆弱(1)~(4)
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11148165149.html
 
・天皇制と国民主権は矛盾するか
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11136660418.html
 
・「天皇制」という用語は使うべきではないという主張の無根拠性について(およびその続編)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/402e7208ca4e007f8b3941069ce176d4
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>国際社会

例えば、朝日新聞はその社説(2017年1月21日)
でこう述べています(下線はKABUによるもの)。

◆トランプ氏と世界 自由社会の秩序を守れ
「自由な選挙、言論や信教の自由、政治的抑圧からの自由」
戦争の惨禍の記憶も鮮明な1947年3月、トルーマン米大統領は議会演説で、米国が守るべき価値観を挙げ、宣言した。

「自由な人々の抵抗を支援する。それこそ米国の政策だ」
「共産主義封じ込め」をうたったトルーマン・ドクトリンである。・・・

いらい米国は自由や民主主義の「守護者」としての求心力を強めていく。同盟関係が結ばれ、米国を軸とした国際秩序が築かれた。それから70年。新大統領のドナルド・トランプ氏は「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げている。「偉大な米国の復活」は、国際秩序と一線を画す孤立主義への回帰なのか。大国としての責任を担い続ける覚悟はあるのか。しっかりと見極めたい。・・・

■あやうい取引の政治
実業家としての経験からトランプ氏は取引(ディール)の巧者を自負する。かけひきを駆使し、手の内を明かさず、相手を出し抜く。だが外交交渉は、商取引とは別物だ。自国の最大利益が目標だとしても、相手国への配慮や、国際社会の一員として守るべき原則を尊重する姿勢が欠かせない。懸念すべきは、トランプ氏が普遍的な理念や原則まで、交渉を有利に進める「取引材料」と扱いかねないことだ。・・・

だが、共通の利益で長年結ばれてきたパートナー【離脱を決めた英国以外のEU諸国】を軽んじる姿勢は、米国が築き上げてきた国際秩序への自傷行為にほかならない。長い目で見れば、米国の利益を損なうことをトランプ氏は悟らねばならない。・・・

■民主主義を立て直す
一方、国際合意や歴史的経緯への認識を欠く言葉は、すでに世界に混乱を広げている。「一つの中国」を疑問視するトランプ氏の発言に対する中国の反発の矛先は、米国より先に台湾に向かう恐れがある。疑心暗鬼は予期せぬ過剰反応を誘発する。・・・

いま一度、思い起こしたい。金融業界との癒着やロビイストの影響力にまみれたエリート政治の打破こそ、有権者がトランプ氏にかけた期待ではなかったか。政界アウトサイダーとしての改革をめざすのならば、政治扇動の発信よりも、分け隔てない国民各層との対話で分断の克服に努めるべきだろう。・・・

偏見や対立をあおる虚言を排し、多様で寛容な言論空間を再生するのはメディアや市民社会の役目だ。トランプ氏の米国が孤立主義の殻に閉じこもらないよう、同盟国や友好国は今こそ関与を強める必要がある。民主主義と自由の価値観の担い手として、日本が果たせる役割も大きい。自由社会の秩序をどう守り育てていくか。米国に任せきりにせず、国際社会が能動的にかかわる覚悟が問われている。(引用終了)


本稿は学術的な考察を行おうとするものではありませんので、議論を先にすすめるべく、
一応、間違いではないよなと感じたWikiの記事をコピペしておきます(下線はKABUによるもの)。

▼International community
The international community is a phrase used in geopolitics and international relations to refer to a broad group of people and governments of the world. The term is typically used to imply the existence of a common point of view towards such matters as specific issues of human rights. Activists, politicians, and commentators often use the term in calling for action to be taken; e.g., action against what is in their opinion political repression in a target country.

The term is commonly used to imply legitimacy and consensus for a point of view on a disputed issue; e.g., to enhance the credibility of a majority vote in the United Nations General Assembly.

Criticism
Noam Chomsky alleges that the use of the term is used to refer to the United States and its allies and client states, as well as allies in the media of those states. The scholar and academic Martin Jacques says: "We all know what is meant by the term 'international community', don't we? It's the west, of course, nothing more, nothing less. Using the term 'international community' is a way of dignifying the west, of globalising it, of making it sound more respectable, more neutral and high-faluting."Chomsky alleges that the phrase international community really means the U.S. government, which is even more of a limited scope than the Western Hemisphere and the United States of America.

念のために日本語の方も。
ただ、日本語のWikiの記述は「英文の訳」なのだろうけれど正直わたしには意味不明です。
蓋し、チョムスキーとMartin Jacquesのこの用語に対する斜に構えた批判的解釈は、かって、
サルトルが「ノーベル賞は西側の価値観を権威づけ、それを東側にも押し付けようとするプロジェクトだ」とかなんとか呟いてノーベル文学賞を辞退した際の心性と感覚と通底しているもの、鴨です。

▼国際社会
国際社会(International community)は、世界の政府および人々のおおまかなグループのことであり、 国際関係について使われるフレーズである。 概して、特定の人権問題などについての共通の視点の存在を、暗に意味するために、使われる。 活動家、政治家、コメンテーターはしばしば、この言葉を使って、必要なアクションを求める。 例えば、対象国での政治的抑圧であるとされている事に対して使われる。

この言葉は一般に、論争点についての一致した「視点=コンセンサス」を暗示するために使われる。例えば、国際連合総会での多数票の信用性を高めるために使われる。

批判の例
ノーム・チョムスキー はこの言葉の用途について、アメリカ合衆国とその従属国と同盟国を意味すると、記した 。 学者であるMartin Jacquesは、「我々は皆『国際社会』という言葉が意味するものを知っているはずだ。それは当然、西洋のことで、それ以上でも、それ以下でもない。『国際社会』という言葉を使うのは、西洋に威厳を付け、世界的なものとし、より立派に聞こえるようにし、より中立で、他より優越しているとする、方法だ。」と言っている。

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さて、ここからが本論。要は、

>「国際社会」というものはなんらかの実体なのか、それとも、
>それは単なる現象を論者が認識する枠組みとしての「道具概念」なのか

また、「国際社会」なるものは、

>そこでなにがしかの規範が妥当するタイプの<国家等の主体が形成する社会>なのか
>それとも、単に現象としての--戦争や貿易や難民の移動を含む--人間の諸活動が展開されている時空間にすぎないのか/人類史のある時間と地域を区切った「時空的の舞台」にすぎないのか

簡単な話です。そのメンバーがどんなにお転婆とやんちゃ坊主な子供達ばかりであろうと--また、担任の先生のオーバールール的指導がありうるとしても--小学校2年生のクラスで「生き物係り」とか「給食当番」を決める場面を想定すれば、その「クラスは「社会」といえるでしょう。そこでの決定が--それに自分が反対であるにせよ賛成であるにせよ--自分をも法的に拘束するのですから

ここで、その決定に従わず、給食当番をしない蓮舫さんや、生き物係りなのにウサギちゃんに食事も水も世話しない鳩山君がいるかもしれないこととこの「法的拘束力」の存否は一応別問題であり、よって、このクラスが社会であるという認識を否定する根拠にはなりません。畢竟、これこそが新カント派が打ち立てた「存在と当為」「事実と規範」の方法二元論の正しい帰結でしょうから、為念。

また、シルクロードの東西の--奴隷や戦士、花嫁や僧侶、戦士や労働力を含む--物産の流通を想起するとき。いや、それどころか、縄文期に遡る長野県の和田峠産の黒曜石が広くシベリアや樺太からも発掘されることなどを考える場合、物品と情報の相互流通のシステムが事実上成立していたことをもってそこに「社会」もまた成立していたとは単純に言えないでしょう。ならば、あくまでも「国際社会」なるものが「社会」であるかどうかは規範の顕微鏡と--なんらかの言語ゲームを抽出する--望遠鏡で観察した結果によって判断するしかないのではないかと考えます。ことほどさように、

では、上で朝日新聞の述べる「国際社会」なるものはこの法的拘束力の存否の観点から見て
「社会」と言えるでしょうか。結論から先に書けば、それは「Yes/No」だと思います。

国際法理論でもこの基本的な問題領域--国際法の概念論--で現在も最有力の論者である、ハンス・ケルゼンは、概略こう述べています(ご興味のある方は、ケルゼンが素人のしかし知的能力の高い読者を想定して、しかも、英語で書き直した『法と国家』(東京大学出版会・1969年7月)のご一読をおすすめします)。

1)法とはそれが定める規範の逸脱に対して公的な制裁を伴う規範体系である
2)ところで、国家間において侵略行為--あるいは締結した条約の違反--に対しては、国連の発足以降も、「制裁=個別的と集団的の自衛戦争」が認められ/「制裁の戦争」が実際しばしば行われている

3)もちろん、主権国家はいつでも条約を破棄することも認められる。けれども、
4)この「破棄行為」は破棄以前に行われた侵略行為や条約違反に対する制裁の効力を原則消滅させない

5)また、侵略行為に対しては必ずしも--例えば、現在、アメリカにリヒテンシュタインやモナコが制裁戦争の宣戦布告をするなどは誰も期待も予想もしないでしょうから--制裁が現実に採られるわけでないことは、国際法なるものの法的性格を毀損するものではなく、寧ろ、皮肉ではなくそれが自然科学的な法則ではなく法規範であることの証左でさえある
6)日々この日本で凄惨な殺人事件が発生していようとも、「人を殺してはなりませぬ」→「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」(刑法199条)という規範が存在しないと考える人は少ないだろうこととこの経緯はパラレルだから(→上の「生き物係り」「給食当番」と蓮舫および鳩山のケースもこれとパラレル)

7)ならば、国際法と呼ばれる規範は--多くの先進国の国内法ほどの体系性を保有してはおらず、また、その実効性にも妥当性にも脆弱な側面があることは自明だけれども--まちがいなく、
法学的な意味での「法」と言える、と。

【参考-Article 51 of the UN Charter】
Article 51:
Nothing in the present Charter shall impair the inherent right of collective or individual self-defense if an armed attack occurs against a member of the United Nations, until the Security Council has taken the measures necessary to maintain international peace and security. Measures taken by members in exercise of this right of self-defense shall be immediately reported to the Security Council and shall not in any way affect the authority and responsibility of the Security Council under the present Charter to take at any time such action as it deems necessary in order to maintain or restore international peace and security.

国際連合憲章51条:
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

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而して、本稿の問題の中心は、国際法もまた「法」であるといえることから、果たして、
リベラル派が呪文のようにとなえる「国際社会」とか「国際社会の総意」とかのタームもまた
なんらか意義のあるものと言えるのかどうかになろうと思います。繰り返しますが、すなわち、

>「国際社会」なるものは法的拘束力の存否の観点から見て「社会」と言えるのか

ということが問題の核心ではないか。と、そう私は考えます。なぜならば、ケルゼンもそれを他著で、逆に、大いに力説しているのですけれども、すべからく基盤となる<法の共同体>を欠くような人間の集団には、法は成立しえない。ならば、結論先取りでここで書いておけば、

(Ⅰ)ある国内法体系を「主権国家の法体系」と認定するルールというかシステム
(Ⅱ)侵略行為に対する自衛戦争を正当な制裁と認定するルールというかシステム

としては国際法は「法」であり、その基盤となる<法の共同体>を「国際社会」と呼ぶのならば、
その「国際社会」なるものは法的拘束力の存否の観点から見て「社会」と言えるのだと思います(Yes.)

しかし、文化帝国主義の香しいEUや国連人権理事会などに屯する、また、そやつらと気脈を通じている万国のリベラル派が、それも国際法の規範内容だとか強弁する、例えば、

「死刑廃止」「夫婦別姓の廃止」「国民代表=国会議員に占める男女比の同一化」「性的少数者の権利拡充」「皇室の男系主義の廃止」「サウジアラビア等々での性的少数者に対する鞭打ちや石打ちの刑罰の廃止」

「捕鯨の禁止」「若年女性が--家内奴隷のごとく--取引される慣習の廃止」「結婚までの女性器の縫合の禁止」「美人コンテストの廃止」「ベジタリアンの推奨に毛皮取引の禁止」「女子教育の推奨」「嫁の持参金制度の廃止」

「難民の受け入れの拡大」「外国人への参政権、少なくとも地方自治レベルの参政権の拡大」「タバコの廃止」「複数の言語を公用語とすること、少なくとも、初等中等教育での子供たちの母語の尊重」「フェァトレードの標準化」「資金の海外流出と節税対策の無効化」「少年犯罪の非犯罪化」「ヘイトスピーチの罰則による抑制」・・・・・・・

などが、国際法と呼ばれるに値する法規範であるのかどうか、あるいは、同じことの裏面ですけれども、そのような規範に妥当性と実効性を与える<法共同体>が現在の人類史においてこの惑星上に成立しているのかどうか。

この点に関しては、わたしは、これらのリベラル派の願望のその基盤となる<ある共同体>を「国際社会」と呼ぶのならば、そのような「国際社会」なるものは法的拘束力の存否の観点から見て「社会」とは到底言えないだろうと思います(No.)

結論としては「国際社会」とはある面で確かに成立しているけれども、リベラル派が言い募る「国際社会の常識」なり「国際社会の総意」なるものの内容は、彼等が彼等の私的な美意識と価値体系から「国際社会」に密輸したまがい物にすぎないのだろう。而して、そのような「常識-総意」と対応する--その基盤となる共同体という意味でならば--そのようなリベラルな「国際社会」などは金輪際成立などしていない。と、そう私は考えます。

・国連は「主体」ではなく「舞台」です
:国連人権委員会の正体 国連は日本を非難しないと出世しない組織 (追補あり)
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/281ecc781b65365010ebbc819dc71016

・言論の自由を市民の手に取り戻せ:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6
 
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蛇足ながら、というか少し長い補足註になりますが最後に自家記事をここで転記させてください。
それは「法と国家」および「国内法と国際法」に関する確認。

・英語教材として読む安倍談話-余滴-「法と国家」の語源譚的随想(中)(下)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/49dcf02c7daea288a9d74edd97f6af41
 
◆註:「法と国家」および「国内法と国際法」の関係について
基盤となる<共同体>を欠く、国際法が--国際法の存在形式、国際法の一般法は慣習的法であることとは裏腹に--慣習法的な事柄、例えば、「法の支配」の理念であるとか、--文化帝国主義のフランス流のそれではない、中庸を得た--英米流の「立憲主義」であるとかとは無縁であることも明らかだと思います。要は、国際法は慣習的法ではあるが厳密な意味での慣習法ではないということ。

>英米の国内法の本性・・==>慣習法
>国際法一般法の本性・・==>慣習的法

而して、日本では--憲法と国際法が同一の事態に適用される場合、かつ、両者の内容に矛盾があるときにどちらの規範が勝か(行政機関の行為規範と裁判規範として採用されるか)の問題、所謂「国際法優位説」「国内法優位説」「国際法と国内法の二元論」を巡る議論がかなり誤解されていると感じるので、ここでも書いておきます。

◎国内法の効力に関する諸説
(α1)一元論-国際法優位説
(α2)一元論-国内法優位説
(β0)二元論-国際法と国内法の無関係的二本立て説

これはですね、あくまでも、法の効力--妥当性と実効性--を巡る議論であって、どちらに属する法規範が、ある事態や事例に関して勝か負けるかとは無関係な議論なのです。わかりますか? 要は、例えば、子供の教育権なるものの内容についてある国際法(日本の締結・批准している条約)と日本の法律が(憲法は当然のことです)抵触するように見える場合、どちらの規範が勝か負けるかは、そのある国の国内法、究極的には憲法で定めればよいだけの話なのです。

また、その国内法が「このままでは負けそう!」なとき、その国の権限ある立法機関なり、時には内閣が、遡って/将来に向かってその「強そうな国際法規」を破棄することも自由。なんで自由かと言えば、それが、現在に至る国際法のルールだからです。

えっ、じゃ、「法の効力を巡る議論」てなに? と、思っている方もおられる、鴨(笑)。はい、お答えします。それは、日本の国内法体系が「法として人々を従わせる力」を持っていることの理由・説明についての議論なのです。法の効力は、一般に、①妥当性、②実効性のふたつに分けて法哲学研究者は考えますが、ここでは専ら、前者の①の内容の一部分。

蓋し、①のなかに、「現在の人類史の状況を眺めるとき、国際法体系が成立しており、ある国家の国内法体系がその領土内でその国民に対して効力を持つのは、その国際法体系から認められているからですよ。任侠・神農系の世界の言葉で言えば「杯」をもらっているからですよ」という説明が、満更、筋悪ではないよね、ということ。簡単な話、誤解を恐れずに換言すれば、
↓ ↓ ↓
イェリネックの国家の--国民・領土・主権の3要素による--定義の中の「主権-統治権」(他国に対しては対等独立、国内にあっては最高唯一の国家主権)の存否とは、他の大方の諸国がその国の主権を認めたかどうか--「主権国家」と認めたかどうか--で決まるということ。

この経緯を、法学的に<翻訳>すると、「国際法が国内法(憲法)の効力根拠」だということになるのです。この議論は、徹頭徹尾、「国内法の効力に関する議論-ある国が国かどうかを判定する基準に関する議論」ということ。だって、シリアのあの「イスラム国」なんか、ラーメン屋さんの屋号の「ラーメン大学」みたいなもので、どの国も、「国家」とは認めないでしょう。他方、われらが台湾は国連に加盟していなくとも支那がそれを激しく否定しようとも、国際政治と国際経済の現実の舞台ではどの国も--実は、支那でさえ!--「主権国家」と認めているでしょう。そのような経緯のことなのです。畢竟、このことが国際法(の実定法秩序体系)が国内法の効力根拠ということそのものなのです。


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【参考-イェリネック国家論の秀逸】
国家とは何か、国民たる<私>とはどのような存在なのか。イェリネック(1851-1911)の「国家の3要素」なるものとして人口に膾炙する定義によれば、国家とは領土・人民・権力を備えた社会集団のことらしい。今でも日本では、大体、どんな書物にもそう書いてある有名で陳腐な定義。けれども、イェリネック自身は、名詞の形容詞用法である「国家の:Staats」をそれぞれの項に添えた上で「国家:Staat」を説明して、

・国家的領土:Staatsgebiet
・国家的人民:Staatsvolk
・国家的権力:Staatsgewalt

を備えた自生性と人為性の相矛盾する二つの貌を持つ社会集団と考えていました(die mit ursprünglicher Herrschaftsmacht ausgegründet Körperschaft eines sesshaften Volkes:自生的あるいは正当な統治権力によってまとめあげられた一個の定住する人々を他から切り離す社会集団)。これ、でも同語反復ですよね。つまり、「国家」を定義するのに「国家の」という同一の概念を用いているから。ならば、それは無意味か。はい。微妙なところですが論理的にはそう言える、鴨。

けれど、逆に、ここにこそイェリネックのセンスのよさが一閃している。而して、それこそ、マルクス主義からのそれを含む19世紀-20世紀初頭の雨後の筍のごとく叢生した数多の国家論の中で、ケルゼンの法国家同一説--法体系と国家を同一と見る国家論--を除けばイェリネックの国家の定義だけが現在も生き残った理由ではないか。そう私は考えています。

すなわち、「国家」の概念規定などは不可能ということ。ならば、「国家の定義」は、このように統治権や国家的という観点からスタートする、ニワトリ玉子的に無限に続く螺旋的な思索--すなわち、間主観性を希求した行為としての思索--の過程で各論者が自分なりにイメージするしかないものだ、と。<国家>の定義は、論理的にはトートロジーであり無意味であるにしても、自己をある国家の一員と意識する<私>の間主観的な自己意識を媒介にすることなしには無意味どころか不可能である、と。
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<了>

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<KABUコメント>
>あまい!  と思われるかもしれませんが

まず、このリブロ元の記事の認識と主張、完全に同意見です。
本の撤去など話題になること自体がおかしい。
そして、池田氏の碑文、もう笑えるくらい駄目! 

で、ですね、「総価学会」のこと。
あれ、一枚岩じゃないんですよ、今。

その所得からみても社会的な威信の高いポジションに若い世代が漸次移行するにともない、また、「貧困―反日ビジネス」の老舗(!)の共産党や左翼リベラルがますます彼等の伝統芸能にしがみつくにともない、組織としての総価の差別化のためもあり、

現在、自民党のなかの岸田派や額賀派、二階派、石原派のリベラル系の議員やその支持者よりもはるかに、安倍総理とその政策に親しさを感じる若手の(特に、これ「差別」なんかではなく、むしろ、外交官や法曹界経験者の女性の若手の!)公明党議員やその支持者は多数派ではないが少なくはない。実際、福岡とかの選挙応援、公明党の代表より安倍夫人の来福(正に、「福が来た~!」)に学会の夫人部若手奥様方(あら、アラァ40?)熱狂してはったから。

ただ、もちろん、記事のご主張に同意します。
michiruさん、保守派の皆さま、
今後ともよろしくお願いいたします。
 
・業務はすべて「アパ」に。今日からやります「中国に負けるな」 
 アパホテル書籍、ネットで反響広がる
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12239576045.html
 
・ないすやわ、良い意味で「びっくりぽん」やわ:”APA(アパ)ホテルは超快適です☆☆☆”
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12239210997.html
 
・安倍総理、公明党の党首も兼ねるって?
 ちと、働きすぎじゃないかい?

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2017-06-04 00:11:01

◆アパホテル、東京五輪でも南京虐殺否定の書籍は撤去せず
http://jp.reuters.com/article/apa-hotel-idJPKBN18T12W?il=0 

[東京 2日 ロイター] - ビジネスホテル大手のアパグループが、客室内に南京大虐殺や従軍慰安婦問題を否定する書籍を置いていることに今年1月、中国から批判の声が上がり、宿泊拒否が相次ぐなどしていた問題で、著者である同グループの元谷外志雄代表は2日、東京オリンピック開催時にも本を撤去しない考えを示した。 

この問題を巡っては、今年2月に札幌市で開催された冬季アジア大会で、韓国と中国が選手団の宿泊先を、アパホテルから別のホテルに変更していた。 

ただ、その後も日本に住む中国人が東京で抗議のデモを行い、アパホテルの宿泊拒否を呼びかけるなど、波紋を呼んでいた。 

元谷氏は著作の発表会で、東京五輪の際に本を客室から撤去するかと質問され「東京オリンピックだからといって、撤去する意思はない。私のホテルに私の書籍を置いて何がおかしいのか」と答えた。 

発表した新著でも、南京大虐殺はなかったとし、韓国人慰安婦の強制連行もなかったと主張している。

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(私の感想)
外務省にこの矜持の一分でもあれば、特亜にここまで舐められることもなかったでしょうね(;´A`) 
やはり、頭脳優秀(勉強出来る)だけでは、世間では間に合わないですよね( ´_ゝ`)

加えて、外務省の最大派閥が大鳳会(創価学会員)だそうですから(|||´Д`)
日本の名誉を棄損している元凶は外務省だと言っても過言ではないかもしれません(;´-`)


◆国民が知らない反日の実態 創価学会の正体より一部引用
引用元:http://529270.com/landudkchfmgaipxkryurphwbxuie#?utm_source=scaleout&utm_medium=display&utm_campaign=rtg

(前略)
◆驚くべき 「反日主義者の精神構造」を持った団体
さて、「創価学会」というと、みなさんのほとんどは 「聞いたことはあるけどよく知らない」という印象ではないだろうか。

この創価学会という団体は 中国・朝鮮の利益を守るため の構造を取っている。 
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◆過去に外国人参政権法案を何度も国会に提出

自民党・・・ 0回 
共産党・・・11回 
民主党・・・15回 
公明党・・・29回


あの反日売国民主党以上に外国人参政権や人権侵害救済法案や移民1000千万人受け入れを強力に推進しています。 
売国法案リスト にある全ての政策に賛成の立場でいます。
(後略)


◆カルト教団創価学会名誉会長、池田大作(本名:成太作)が韓国に建立した凄まじい反日の碑
引用元:http://blog.livedoor.jp/far_east_news/archives/509243.html

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日本を
・「東海の小島」
・「小国」と表現

韓国を
・「あまたの文化文物をもたらし尊き仏法を伝え来た師恩の国」
・「隣邦を掠略せず天地を守り抜く誉の獅子の勇たぎる不屈の国」と表現

日本の朝鮮出兵と日韓併合を
・「小国(日本)の倨傲、大恩人の貴国(韓国)を荒らし」と表現

(引用終了)

ちょっと読んだだけでも、恐ろしいことが書いてあります(|||´Д`)
この団体、日本でもカルト指定すべきだと思います( ´Д`)

話を元に戻しますが…
東京五輪は冬季アジア大会と違って選手宿舎になるわけではないので、撤去する理由は何もないということですよ( ´∀` )b

ぶれない元谷氏の姿勢に賛同します(^^)d

(転載元URL)
http://ameblo.jp/michiru619/entry-12280570030.htmlo0364027812877951781.jpg

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・沖縄で関係者が語る「復帰は間違いだった」だぁ~???
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12276343083.html

 

・沖縄は独立か米国への再返還か中国編入か選びなさい
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c4490f75da365c03f5f0cbbeeeebf930

 

・沖縄に「準国家的主権」を認めてはどうか、ですか? それでは不十分でしょう。
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11481176260.html


・言論の自由を市民の手に取り戻せ

:日本の(リベラル)ジャーナリズムは不要、否、有害だ!
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c7d0b8a081d2c153a9331218334039f6


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※…○【ボギーChannel】 キャンプシュワブ前のプロ市民まとめ – YouTube(~05:07)(画像参考先)、 ○大事故寸前、沖縄サヨクの往来妨害と逆走バス – YouTube(~03:14)、 ○よしりんトラップに再びかかるプロ市民の皆さん - YouTube(~01:31)


 記事ほぼ転載


※… ○辺野古抗議は「プロ市民」? 

沖縄の基地ウソ/ホント(琉球新報 - 2016年05月17日12:00)


ヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表は「一体どういう定義か。いずれにせよでたらめだ」と苦笑。海上行動をする市民らの食費だけは反対協がカンパから負担。座り込みの市民らには日当は出ない。
 「座り込み参加者は弁当も自己負担。新基地を造らせないという思いで集まっている。それで何が“プロ”なのか」と安次富さんは指摘。


 県外からも多くの人がゲート前に訪れる。定期的に訪れる中部の60代の女性らは「本土の人が沖縄だけの問題ではないと当事者意識を持って集まっている。震災などのボランティアと同じ。感謝している」と話す。


 県民の中には反対していても抗議行動に参加できない人は多い。琉球新報社が4月、辺野古、豊原、久志の久辺3区で辺野古問題に対する聞き取り調査をしたところ、「反対」と回答してもゲート前の抗議に参加している住民はわずかだった。一様に「狭い地域なので目立った反対はできない」と声を落とした。

ネットで流布する「プロ市民」という言葉について、沖縄国際大学の佐藤学教授(政治学)は「全国的に基地問題だけでなく、政府に対し、反対する行動を取る市民らを“プロ市民”と非難する言説が見られる。運動が限定的な一部の活動家によるものだと、矮小(わいしょう)化する印象を持たせようとするものだ」と指摘した。


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つぶやき(1)

なかなか突っ込みどころの多い御意見ばかりです。司法判決で決まったことに対して粛々と工事を続けている人たちに対して、道路不法占有、往路妨害、威力業務妨害、建造物侵入、傷害・・・など。
いろいろと罪を犯しているのですが、それを正当化しようとしているのでしょうか。震災などのボランティアは「寝食に対して途方にくれている人たちに対する手伝い」であり、普天間基地反対のボランティアは「声をあげられない地元の人に対する迷惑行為」であることに気がついていない。

――――――――――――――――――――――――――――――


 ※… ○反対派抗議で国道渋滞 工事妨害、住民「迷惑」 辺野古移設

- 八重山地方の情報発信(八重山日報公式ホームページ - 2017年04月25日)


 記事引用

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設先である名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前の国道で4月24日、工事車両の搬入を妨害しようとする反対派が座り込みなどの抗議活動を展開し、一時的に激しい渋滞が起きた。


 機動隊員が反対派を排除し、約20分後、工事車両や一般車両の通行が再開。地元住民からは「迷惑だ」などと反対派を批判する声が上がった。(以下、略)

 

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つぶやき(2)

 座りこみに対しては最初の動画である程度は理解できると思う。ニュース7やニュースウォッチ9ではここまで詳細な「地元のニュース」は報道されないのが事実。


それはそうだろう。JR北海道の上下分離式やバス路線以降に対する詳細なニュースが夕方の地元のニュースでしか報道されないのと同じ。それで愚痴っても意味はないの。

愚痴るのは辺野古移設に対して反対している「プロ市民」たちは、グーグルマップで確認すれば、キャンプシュワブに面している国道329号線は沖縄県南部に位置する主要道路の一つで、地元の人も利用する一般道です。まるでお祭りのごとく、(おそらく)無許可で、地元のマスコミも暗黙の了解で「本部テント」を設置して扇動しているかのようです。

これを地元警察の機動隊は本気で撤去できないのでしょうか、それとも撤去したらいけないという協定があるのでしょうか(。´・ω・`。)。


転載元:外的眺望



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現在、空前の「猫ブーム」。でも、都会はもちろん地方都市でも「犬猫病院」や「猫専門」「犬専門」病院は、正直、飽和状態。まあ、歯科ほどではないけれど・・・。つまり、動物病院の経営は楽ではない。まして、昔とちがって「研修獣医師」として、国家資格とりたての若手をほとんど冗談みたいな給与で朝から晩まで--往診も、高齢者の顧客のお宅まで「患者さん」のポチ君とかタマちゃんをピックアップに行かせたり--奴隷のようにこき使っても世間が許してくれた古き良き時代じゃないから・・・。ご夫婦二人で適正規模でやると覚悟を決めない限り、人件費も重くのしかかる←20年前に比べればですけどね、今でも「脱走研修獣医師」めずらしくないから(笑)。
 
でもね、競走馬の世界は捨象するとしても、大動物(牛・馬・羊・豚くんたち)や鳥類の面倒を見る獣医師、獣医師が散らばってイベントの組織化が困難なエリアでの、冗談抜きの「狂犬病予防接種」担当の獣医師、商品開発に専門家としてコミットする獣医師・・・。あのー、おそらく、東京でも九州でも東北でも、大阪でも京都でも全然たりません。
 
獣医師が余っているというのは、だから、動物病院の町医者のギルド側の言い分。でね、こんなこと、文部科学省の人は知らないんだぁー(笑)だけど、いろんな切り口から<攻めの農業>とか<動物と過ごす素敵な環境を提供する立場>の人とかには常識ですよね。
 
だから、本当に民進党にはあきれる。ていうか、正直、知ってはいるけど、政局にしたいから知らないことにしているだけで・・・。皮肉ではなく、せめて、そでうあってほしい。もし、本当に知らないのだとしたら、半日とか反日のレベルではなくて、そんな人達が国会に席を占めててはいかんと思います
 
 -日本再生のケーススタディーとしての福岡県大牟田市の高田動物病院 


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民進党は口蹄疫被害のことなどもう忘れてしまったのか?

(転載元URL)


2017-06-03 15:29:12
テーマ:政治

民主党が政権を取ったとき、宮崎県で拡大した口蹄疫被害で、大切な種牛を殺処分するまでの大被害に疫病を拡大したことがあった。
 
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安倍総理憎しで、ともかく倒閣さえできればいいということで学校法人について次々叩いている民進党は日本の農業をどう考えているのか本当に心配だとおもう。
 
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四国のために日本の畜産のために、とても大事な獣医を作る学校は作るべき。
 
テロ対策のための法律を審議したくないために、つぎつぎと揚げ足取りをしているようだけど、
 
前回の森友学園問題だって、どんどんぼろが出てきている。
 
 
“森友学園に寄付” 記載の社長「寄付していない」 | NHKニュース   http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170603/k10011005141000.html
 
 
ネットではこんな画像も出回っている様子。
 
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国会議員は法律を審議するところ。

井戸端会議やイジメ小学校のような揚げ足取りは、国会でやる話ではない。
 
早く正気にもどってほしいものです。国会ももう終盤なんだから。





◆問題の所在、それは、憲法理解の貧困
加憲に批判的な保守派とリベラル派の議論は--「言語ゲーム」を俎上に載せた際にウィトゲンシュタインの語った--「家族的類似性」を濃厚に帯びる「シャム双生児」であり、それらは議論や理路の出発点を共有してはいないか。すなわち、両者は、「憲法=憲法典」と<憲法=ある国の実定法秩序体系>の双方に関して--次のような当然備えておくべき4個の「パラダイム:認識と常識」を看過する、よって、左右のベクトルの違いこそあれ--ある種の教条主義的の誤謬を暗黙裡に抱えているものではないだろうか。と、わたしはそう考えます。尚、「憲法」と<憲法>を巡るわたしの基本的な理解についてはとりあえず下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

(甲)憲法典と<憲法>は異なるという常識。よって、個々の憲法規範の内容は通時的にも共時的にも<開かれた構造>をなしており、それはある予定調和的に定まっている「正解」にむけて、漸次、線形的=単線的、要は、「その権利内容の変化の、その移行の速度は遅くとも、しかし、不可逆的に進むものなのです」などということはない--例えば、在日韓国人の指紋採取もまた南朝鮮・北朝鮮と我が国との国際関係の変化によつては復活することもありうるし、外国人の公務員としての採用や弁護士資格認定も必要と必然性があればまた否定されることもありうる--という認識

(乙)法は不可能な行動を誰にも強制しない/強制できない。而して、この経緯は
「憲法」においても<憲法>においてもパラレルであるという常識

(丙)実定法秩序の体系としての<憲法>に基づき当該の政治社会を統治する「国家=国家権力」は--ケルゼンの「法と国家の同一説」の流儀からは、そのような<憲法>こそが<国家>そのものなのでしょうけれども--、(ⅰa)国内の安寧秩序の確保、(ⅰb)国民と外国人たる市民の福祉の維持増進、(ⅰc)社会の--個別日本においては「天壌無窮、皇孫統べる豊芦原之瑞穂国」の日本国の<理念>と<物語>による--イデオロギー的の統合のみならず、(ⅱ)特定アジア3国の如きいま敵対的な/オーストラリアやニュージーランドやカナダの如きいつか敵対的になりうる他国(=他国の国家権力およびそのメンバー)の脅威からも、また、(ⅲ)殺人的な熱波や2ヵ月続く長雨の如き異常気象、巨大地震・巨大津波・スーパー台風や巨大小惑星の落下といった天変地異、(ⅳb)国際的テロ組織の脅威、更には、その国際的テロ組織の反日策動--国連人権理事会やアムネスティ、あるいは、ISや国境なき記者団等々の国際的テロ組織の策動--をも含む(ⅳa)昂進著しいグローバル化の波頭からも--その能力の限りにおいてですよ、もちろん、だって「法は誰にも、よって、国家権力にも不可能を強制しない/強制できない」のですからね!--その国民と外国人たる市民、そして、文化と伝統の帰属点としての<国家=日本>を守護しなければならないという常識

(丁)<憲法>も、そして、その<憲法>の一要素である「憲法」も、国家権力の行動を制約する「制限規範」として所謂「立憲主義」の観点から理解できるのと同時に--否、その裏面として--国家権力の権力行使を正当化するものでもある。而して、--その当該の<憲法>と「憲法」がある「主権国家=国民国家」の実定法秩序であるとすれば--これら表裏の「立憲主義」からの理解とは別位相で、しかし、それらと常に同時に<憲法>と「憲法」は、固有の文化と伝統が憑依する歴史的に特殊な、そのある「国民国家=民族国家」の社会統合のイデオロギー的の基軸としても機能しているという認識。

逆に言えば、ハーバーマスの言う--人権なるものや民主主義なるもの、多様性の尊重なり相互の寛容さ等々が織りなすものとしての[憲法]に寄せられるものらしい--「憲法愛国主義」なるものや「個性が捨象された個人の尊厳の憑代としてのアトム的個人」なりがなしたらしい「社会契約」、加之、ローズが思弁した「形式的に普遍的な正義のシステム」なるものは、現実のある国の、例えば、日本やアメリカや英国の、台湾やタイやヴェトナムの<憲法>の核心になることはない。ゆえに、「個人の尊厳」なるものや「立憲デモクラシー=狭義の立憲主義」なるものが、現行の占領憲法においてさえその規範意味の中核に来ることなども金輪際ありえないというパラダイム

・所謂「憲法典」だけが<憲法>ではなく、憲法は<開かれた構造>をなしている
・憲法は不可能を強制しない
・憲法は国外や自然や宇宙からの脅威にも対処する
・憲法は立憲主義風の<物語>、国内外・自然・宇宙からの脅威に対処する<物語>、
 ならびに、「国民国家=民族国家」をイデオロギー的に統合する<物語>の三部構成

・保守主義-保守主義の憲法観
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11144611678.html


・憲法とは何か? 古事記と藤原京と憲法 (上)~(下)
 
http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65231299.html

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蓋し、このように--分析哲学系現象学流新カント派アメリカプロセス法学一家の憲法基礎論から、このように「憲法」と<憲法>を--把握する場合。いまだに「自衛隊は違憲/違憲の疑いが拭えない」とか白昼夢を公共の電波や全国紙の紙面で炸裂させている戦後民主主義の憲法研究者の8割の論者と、占領憲法の破棄または改正を期しているはずの--安倍ビデオメッセージに苦言を呈される、おそらく、そう少なくはない--保守派の論者が残念ながらタイ製ソーセージじゃなかった「シャム双生児」の関係にあることは自ずとあきらかであろうと思います。

要は、自衛隊が違憲とか、専守防衛以外の武器使用は違憲--北朝鮮の核兵器叩きたかったら、竹島を奪還したいのなら、北朝鮮に1発弾道ミサイルを東京なり柏崎原発施設なりに打たせるしかない、隠岐の島か対馬でも更に占領させるしかない? そうでなけりゃ、まず憲法を改正してそれができるようにしなければ駄目なのですよ、これ立憲主義の基本でしょうが、ってか?--などということは占領憲法9条の解釈などというレベルではなく、法解釈の初手、あるいは、憲法の概念論の初手の段階でなりたたない。なぜならば、「法は不可能を要求できない」からであり、詳述はしませんけれど、「国家=実定法秩序」の地平において占領憲法9条の規範意味が「国家の主権と国家の生存を危うくしても、日本国=日本の国家権力は、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄している」などであるはずはないからです(このイシューに関しては下記拙稿をご参照ください)。

極論すれば、現行の占領憲法の9条が
この(↓)ようなものであったとしても、

【参考--思考実験別9'条のイメージ】
・第9条1項 ←変更しない  
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
・第9条2項’←ちょびっと修正(笑)
前項の目的を含めいかなる目的のためにも、陸海空軍・海兵隊、陸海の武装警察、機動隊その他の戦力および組織化された強制力は、これを一切保持しない。国の交戦権は、これを認めない。自衛権は国連憲章上のものを含めすべて日本は放棄するもんね~!


この新ゴジラじゃなかった新9条でもなかった別9条(another article 9)は、
現行の占領憲法とそう変わるものではないのです。どういうこと?

>やっぱコスパじゃなかった
>やっぱ、現行の9条からは自衛隊も集団的自衛権も違憲なのですね(悔涙)って?

ちがいます。別9条がどんなに派手に「平和」「非武装」を条規に織り込もうが、それは単なる「文学的な決意表明」にすぎない。つまり、「日本は武力行使なんかできるだけできるだけできるだけ、できれば、絶対に絶対に絶対にしないとどこまでもどこまでも限りなく真剣に思っているのですよ」という国際的プロパガンダなり情緒の表明にすぎないということ、法理論的には。

だから、もし、その別9条をものともせず--これは現行の占領憲法の9条でも、だから、加憲後の安倍9条でも実は同じなのですけれども--日本が北朝鮮や南朝鮮に対して自衛権の発動としての専制敵基地攻撃を行った場合、国内外から政治的に社会学的に批判されることはあっても--そこに重大な結果に結びつきうる危機が切迫しており、日本の攻撃がその危機に対処するものとしてそれほど法外に大規模かつ激烈というわけでもなかったという、国際法上の自衛権行使正当化要因を満たしている場合には--日本の先制攻撃は国際法上合法なだけでなく、国内法的にみても違憲ではないのです。

・集団的自衛権を巡る憲法論と憲法基礎論(上)(下)
 
http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65232559.html

・国連憲章における安全保障制度の整理(上)(下)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9a5d412e9b3d1021b91ede0978f0d241 

・安全保障関連法案を巡る論評雑感--憲法学者の違憲表明の法哲学
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-12056564512.html


なぜならば、要は、実定法秩序の体系である<憲法>には「自己:憲法=国家」の生存を難しくするような内容の自己制約ルールを含むことが論理的にできないからです。この点、長谷部恭男さん(東大→早稲田)の有名な「アイスクリームを食べる権利は誰にでもあるが、ある本人が健康のことを考えて自分で自分にアイスクリーム禁止を決めることは非合理ではない。ならば、プリコミットメントとして憲法が個別的自衛権の発動たる武力を用いる自衛措置に一定の自己制約を課すことも非合理ではない」というコメントを引き合いに出す論者もまだみかけます。が、しかし、問題は「国家と憲法の生存と存立が危ういとき」という値から先の定義域における値域(違憲 or 合憲)であって、その定義域にいたらない範囲にあるだろう「アイスクリーム」や「ビッグマック」などはここでの思考実験に登場する<定義域的=数値的>な資格がないのです。

ちなみに、集団的自衛権の政府解釈修正の際に、長谷部さんは自民党推薦の参考人として国会で「集団的自衛権の行使は違憲」と述べて話題になりましたね。

でもね、長谷部さんは、間違いなく日本の憲法学の現在の第一人者です。
そして、彼は、昔から、少なくともこの30年間くらいは、

・自衛隊は合憲
・個別的自衛権の発動たる自衛戦争は合憲
・集団的自衛権の行使は違憲

の立場の人でした。だから、しったかぶりのあの船田が「長谷部さんは自衛隊合憲論者」だし、「特定秘密保護法」にも賛成してくれていたのだから、集団的自衛権も容認してくれるだろうとあさはかに考えた。この点は、逆に、長谷部さんには気の毒(笑)だったと思います。だって、圧倒的多数のリベラル派の浮き世離れしている憲法研究者はいまだに、平成ももうあと数年という2017年の現在でも

>自衛隊違憲論

だから。だから、長谷部さんが逆に浮き上がったから(笑)

で、いま、その浮世離れの集団はいよいよ--自衛隊違憲論では世論が相手にしてくれないと流石に悟り(←遅くない~?)--最後の抵抗の種を長谷部説に期待している。これ浮世離れだけでなく姑息だと私は彼等を思います。ちなみに、長谷部さんの「自衛隊合憲論」の理由は、不可能を誰にも要求できない/個人の私的かつ個人的な世界観を縛れない立憲主義の憲法は、「右の頬を打たれたら左の頬も相手に差し出しましょう、なにごとも話し合いで解決しましょう」というような世界観をすべての国民に求めることでしか成り立たない「非武装中立-自衛戦争も禁止-自衛隊も禁止」などの特殊な世界観をその規範意味内容とすることはできないという、本稿の理路と途中までは共通の穏当なものです。

イメージ 3

最後に復習というか敷衍。前節でリベラル派がいい募る安倍メッセージへの他の幾つかの批判についてふれました。そう、例えば、行政の長である内閣総理大臣が「加憲」にせよ憲法改正について述べるのは

(イ)→「三権分立」の原則に反する
(ロ)→「憲法擁護義務」に違反する
(ハ)←自民党の党内議論の蓄積を軽視する「安倍一強」の驕りのあらわれだ

このような批判も--というか、言うた者の勝ちやででもあるまいに--、このような批判を公共の電波や全国紙の紙面で述べても恥ずかしいと感じないリベラル派の憲法理解、就中、憲法の概念に関する無知にわたしは吃驚します。他人事ながら心配になります。

順序倒置になりますが、(ハ)は1自民党員としては自民党内でも遅々として進まない改憲論議を総裁が喝を入れてくださったのは党内民主主義の精華でこそあれ、非自民党のリベラル派に文句言われる筋合いはないと思います。(イ)モンテスキューの最初から「三権分立」というのは三権のプレーヤーの完全な遮断を意味したことなど一度もありません。また、(ロ)「憲法擁護義務」を具体的にはどのような作為と不作為をプレーヤーに求めるのかについては諸説ありますが、安倍総理のメッセージが国会の発議権限を毫も侵害したものではない以上、これこそ論外でしょう。

蓋し、リベラル派は--集団的自衛権の政府解釈変更の場合がその典型でしたけれど--「自分たちの考える憲法規範の内容」と違う解釈を政府が採用すると、解釈の齟齬ではなく「立憲主義に反する」とか宣言されるようにも思います。すごいね、憲法の解釈権は朝日新聞と岩波書店にあるんだ(笑) あのー、統治行為イシューに関しては、原則、内閣と国会が有権解釈者であり、その内閣や国会が時代の流れを睨んで--国家の生存と国民の福祉を慮って--適切に過去の自己の解釈を変更することは立憲主義にもそうそう反する、非立憲でさえないケースもあると思いますけれどもね。特に、安全保障や外国人入国管理の領域では。繰り返しますけれど、「憲法」も<憲法>も閉じた体系ではないですから。もっとも、現在のアメリカではリベラル派の内部でも悪名高い、あのウォーレンコートがやらかしたような「なんでもありの憲法解釈=憲法解釈という名の司法による政治判断」などは論外でしょうけれども。

【参考--現行の占領憲法の最高法規条項】
・第99条  
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

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詳しくは、別記事にまとめるかもしれませんけれど、要は、リベラル派の法的思考というのは、言葉の正確な意味での「概念法学」--資本主義的な所有権不可侵・過失責任主義・契約自由の原則が「自然法」なるものの内容なとして確立した19世紀半ばくらいの、「自然法付き法解釈の精密機械」がもてはやされた盛期の概念法学←ちなみに「概念法学」という4文字熟語は、自由法論とか歴史法学右派とかのそれのアンチ側が、法学万能論の微睡にひたっていた当時の法的思考の主流を揶揄侮蔑しディスったネガティブな用語ですよ--なのだと思います。

実際、現在、「基本的人権」という5文字熟語は、リベラル派の憲法論議のなかでもあまり使われなくなっているでしょう。お気づきでしたか? そう、その5文字、--アメリカの著名な法哲学者ドウォーキンや、日本では(東京大学→早稲田大学)長谷部恭男さんの影響なのでしょうか、「切り札としての人権」なるものを仮想するにせよ、要は、--単なる「権利」や「憲法的権利」なんちゃらに変わってきている。

・ローマ法王曰く、表現の自由は「基本的人権」ではない
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/d28de2d620289f56808b591572c1f87f

・国際社会と日本との間で<人権>を巡る認識の落差が拡大しているらしい
 
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11916348036.html 


蓋し、「基本的人権・国民主権・平和主義」なるものがかならずしも現行の占領憲法の<根本規範>や<三大原理=基本理念>ではないということ。だから、リベラル派は、共約不可能な価値内容には踏み込まない、而して、そのような私的な世界観を私的領域に--敬して遠ざけて--隔離するタイプの統治の原理。そんな「狭義の立憲主義=立憲デモクラシ-」を、占領憲法を含む(笑)OECD加盟国とかの先進民主主義国の憲法の共通の基本原理だとか盛んに論じているということ。

内容のある普遍的価値の後退なり撤退。それが、米国の憲法訴訟理論の浸透(就中、J.H.イリー『Democracy and Distrust』(Harvard University Press・1981)のプロセス法学の洗礼を受けて以後の--プロセス法学に賛成するにせよ反対するにせよ--アメリカ憲法学-憲法訴訟理論-憲法解釈学方法論の理解の浸透)。および、いわゆる憲法訴訟におけるドイツ流の「三段階論」の流通(同理論にご興味のある方は、日本語であれば、例えば、駒村圭吾『憲法訴訟の現代的転回』(日本評論社・2013)の第4-5講を立ち読み(笑)してください。リベラル派-敵側の書籍ながら「サバサバ」した良書です)とともに、もはや、リベラル側でも現在の共通認識になっているということなのです。

尚、現在の「アメリカ憲法とその憲法訴訟」に関しては松井茂記『アメリカ憲法入門』(有斐閣・2012)と樋口範雄『アメリカ憲法』(弘文堂・2011)の併読をおすすめします。両書とも良書です。ただ、その併読の後は、可及的速やかに英語でアメリカの判例集・ケースブックにとりくみましょうね。また、阿川尚之さんの『憲法で読むアメリカ史』(PHP新書・2004)と『憲法改正とは何かーアメリカ改憲史から考える』(新潮選書・2016)もおすすめ、鴨。 

・書評予告・阿川尚之「憲法改正とは何かーアメリカ改憲史から考える」
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7eddb6f57b93ed69fbecdd5f75d06f2a

・宗教と憲法--アメリカ大統領選の背景とアメリカ建国の風景
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3a1242727550e8e31a9133aa154f11bf

ちなみに、この「三段階論」を、「憲法的権利の絶対性」というポイントに引き付けて(それ、原始仏教と異質な「東アジアの家族道徳やエートス」と整合的な観音系や浄土系の教派が支那ででき、日本で花開いたのにあい似たり?)、天賦人権論と結び付けようとする驚愕すべき論者も(←@@!!)日本にはまだいるにはいるにせよ--そんなあんたたち、ドイツ語原文で判決文・勧告的意見読んだことあんのかいな!--、それは、どう見ても筋悪です。 

換言すれば、--自衛隊は違憲だとか内閣総理大臣が改憲のアイデアを披露するのは憲法擁護義務違反だとか述べている、憲法や法哲学の専門家ではないインテリさん風の如き--彼等リベラル派は、法の支配なり普遍的な人権なり、民主主義、すなわち、寛容や多様性の価値の普遍性とかヒューマンな口ぶりは爽やかで穏やかだけれど、彼等はそれらを(α)「いつでもどこでも誰にでも認められるべき」、かつ、(β)「詰めあがりまでの移行プロセスに時間差は流石に容認するとしても--同性愛者の権利の容認とか外国人の地方自治体における参政権容認、または、死刑廃止や少年犯罪の非犯罪化、社会のあらゆる場面での男女平等の具現、社会における格差の極小化-ゆくゆくは国境を越えて格差の極小化、さらには、ナショナリズムの忌避等々の--ある特定の内容をもった」法規範が存在するという、概念実在論の人々なのだと思います。

だから、彼等は、--国連人権理事会の特別報告者なりのレポートなりに炸裂しているように--彼等の考えるそのような<リベラルで普遍的な法規範>から逆算して、現実の、国により時代により、また、その変化も線形の一方方向ではない法規範とその運用を批判する節がある。正直、歴史の発展法則なるものが、カール・ポパー『歴史主義の貧困』によって完全に否定されて半世紀以上経過した21世紀の現在、彼等がなんの論証もすることなく、「復古調」とか「戦前回帰」とか「時代錯誤」とかのレッテルを保守派に貼ればもう保守派の言説への批判が完了したと思っているような気配を感じるたびに、そのあまりの無知というか憲法理解の貧困にぞっとします。

畢竟、J. ミルトンが喝破した如く、

>New Presbyter is but old Priest writ large.
>新しく立ち現れた長老は、大書された、昔の司祭にすぎない。

蓋し、

>リベラル派の言う「普遍的な人権なり寛容や多様性の価値の普遍性、
>あるいは、立憲主義」なるものは
>キラキラネーム風に彩られた、しかhし、
>昔の左翼教条主義的のジャーゴンやタームの言い換えにすぎないの、鴨

と、そうわたしは考えないではないです。
 
・立憲主義を守る<安全弁>としての統治行為論
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/d2b014fb5dcdcb6d9260f7aa8eec3c5f

・瓦解する天賦人権論-立憲主義の<脱構築>、
 あるいは、<言語ゲーム>としての立憲主義(1)~(9)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/0c66f5166d705ebd3348bc5a3b9d3a79

・憲法96条--改正条項--の改正は立憲主義に反する「法学的意味の革命」か(1)~(6)
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/7579ec5cfcad9667b7e71913d2b726e5

・憲法における「法の支配」の意味と意義
 
http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/65230144.html

そして、

・<改訂版>自薦記事一覧:保守主義の憲法論と社会思想-憲法学の再構築と占領憲法の破棄・改正を求めて
 
http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/5f7bef87927eae129943ca8b5bb16a26

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大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
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2007年9月10日以降の新記事を随時、厳選した過去の自薦稿を漸次アップロードしていきます♪

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