自民党の新方針「女性指導者を30%以上に」の妥当性と非合理性





▼女性指導者を30%以上に=自民

自民党は3日の総務会で、「女性が暮らしやすい国はみんなにとっていい国だ」特命委員会(小池百合子委員長)の中間報告を了承した。2020年までに日本社会の指導的地位に占める女性の割合を30%以上にすることが柱。同党は次期衆院選公約に30%目標を盛り込む方針だ。

中間報告では目標達成のため、政府などによる物品調達の際、女性管理職が多い企業などが落札しやすくする法案の提出を明記。女性議員や女性候補が少ない政党の政党交付金を減額する政党助成法改正なども盛り込んだ。

特命委の片山さつき幹事長は記者会見で「一昔前の自民党ならこんな提案は総務会を通らなかった」と、自民党の「変化」を強調した。


(時事通信・2012/08/03


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この自民党の方針案に私は「総論賛成-各論の賛否保留」です。
私は何を言いたいのか? それは次のこと、

第一に、(甲)ジョン・ロールズの<正義の法則>(つまり、「その社会の最弱者の福祉の度合いが奈辺にあるかが、ある社会で正義がいかほど具現されているかの指標である」)の如き、謂わば「はめ手=一見直観的に正しと感じられるが、その主張自体に大した根拠は存在しない欺瞞に満ちた言説」とこの「女性が暮らしやすい国はみんなにとっていい国だ」とはパラレルと感じられること。

蓋し、「女性が暮らしやすい国はみんなにとっていい国だ」と同型のロジック、すなわち、「障害者が暮らしやすい国は健常者を含むみんなにとっていい国だ」とはバリアフリー化推進の際に人口に膾炙した<ロジック>だったけれど、例えば、限られた駅構内のスペースにエスカレーターやエレベーターを設置する等々のバリアフリー化に伴い極論すればすべての利用者の利便性と安全性が少なからず毀損された事例は誰しも容易に指摘できるでしょう。

まして、それらの手当に要するコストのコストパフォーマンスを想起するとき、少なくとも、そのパフォーマンスが算定される時間軸を18年や30年ではなく8年や13年の比較的短い納期で見るとき、当然のようには「障害者が暮らしやすい国は健常者を含むみんなにとっていい国だ」とは言えないと私は考えるのです。

次に、(乙)現在(所謂「ガラスの天井」現象を含め)日本社会の指導的地位に占める女性の割合が30%どころではない低い水準にあり、現在の状況が続いてもその比率は「単純に再生産」されるに止まるだろうと予測されるとしても、その数値を「法律-政策」によって人為的かつ積極的に改善する権限、そのような「積極的な政策的措置=アファーマティブアクション」を、しかも、民間企業に対しても課す権限を現行憲法が政府に認めているとは解せないのです。

アメリカにおいてもアファーマティブアクションを正当化する憲法解釈は、すなわち、1960年代後半から1980年代初頭にかけて猖獗を極めた「公民権運動を擁護する一連の連邦最高裁判決」も現在では大幅に修正されるに至っており、加之、これら一群の「恣意的な連邦最高裁諸判決」がその主張を補強するために弄んだ「ステーッアクション=民間企業の行動も、その民間企業が連邦政府あるいは州政府から補助金を受け、若しくは、その当該企業の売り上げや仕入れのかなりの部分が連邦政府あるいは州政府との取引が占めている等の場合には、公的な色彩を帯び、よって、憲法の人権規定の制約に服する」という法理が、元来、連邦制の調整原理(連邦政府と州政府との権限の調整原理)として発展してきたアメリカ憲法史を紐解くとき、天壌無窮、皇孫統べる豊葦原瑞穂之国の我が国の憲法解釈とは土台(無関係とまでは言わないけれど)異質なものであることは自明であろうと思うのです。


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第三に、(丙)女性の社会進出という表層ではなく、「社会の指導的地位に占める女性の割合」を見た場合、1989年-1991年まで存在した所謂「社会主義諸国」とこの数値は社会学的には無関係と言える。

例えば、旧ソ連では、民事・刑事の裁判官に占める女性の比率、あるいは、考古学や博物学や数学に占める女性研究者の比率は極めて高かったとされる。それはなぜか? それは健全な野心のある才能豊かな男性の法律家や研究者は共産党内部の「出世=社会階層移動」に有利な道に進むのに対して「ガラスの天井」どころか「鉄の天井」によってそのような社会的影響力を帯びうる道に進めない有為の女性は比較的地味な職域である民事・刑事の裁判官、若しくは、研究者の道に進まざるを得なかったからと言われています。

他方、労働による生産と労働力の再生産の性差分業を批判した(マルクスおよび)エンゲルスを嚆矢とするマルクス主義からのフェミニズムは、しかし、(上野千鶴子『家父長制と資本制』(岩波書店・1990年)がその鼎立の様子をビビッドにデッサンしているのですが、)これまた1960年代から1980年代にかけての、モダン思想からの男女同権論・マルクス主義からのフェミニズム・マルクス主義フェミニズムの巴論戦において明らかにされた如く基本的には、資本主義社会における性差分業の不正義は、生産と分配の不正義が解決されれば自ずと解消される類の派生的問題にすぎないと牧歌的に考えていたであろうこと。

要は、社会思想史における言葉の正確な意味でのマルクス以降の「社会主義-共産主義」と「日本社会の指導的地位に占める女性の割合を30%以上にする」という主張は無関係であると言えると思います。畢竟、「朝日新聞の主張と逆のことをやれば日本はまず間違いはない」という<歴史法則>ほどではないにせよ、「左翼・リベラル派の主張と逆のことを唱えれば保守派はまず間違うことはない」という<経験則>が一定程度正しいとしても、「日本社会の指導的地位に占める女性の割合を30%以上にする」という主張自体は左翼・リベラル派の専売特許ではないかもしれないのです。


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これら(甲)~(丙)の三者を前提にするとき、この自民党の新方針を巡って熟慮すべき、
保守主義にとっての問題は徹頭徹尾、

(ⅰ)人材と人員の適材適所的配置による社会的価値創造のパフォーマンスの向上、および、
(ⅱ)人材と人員の適材適所的配置をよりよく改めることによるこの社会に対する信頼感の維持向上のためにこの新方針が「黒猫にせよ白猫にせよネズミを捕る良い猫」でであるかどうかであろう。

而して、(ⅲ)これら(ⅰ)(ⅱ)を具現する上では(逆に言えば「何をもって適材であり何をもって適所であるかを定める基準」として)短期的ではなく少なくとも三世代に亘る生活と生活スタイルの安定が考慮されるべきであり、加之、(ⅳ)その生活と生活スタイルとは各人にとって伝統と文化の結節点である<故郷>や<地元>という共同体、および、日本の文化伝統という<政治的神話>との親和性が極めて重要でないはずはない。


と、そう私は考えます。要は、「男女の性差やジェンダーによる社会的役割分担」の存在は、それが存在すること自体別にアプリオリに否定され批判されるべきものではないということです。その妥当性はあくまでも上記(ⅰ)~(ⅳ)の観点から比較衡量の手続きによって、かつ、時代時代の状況を睨んで確定されるしかないとも。これらを鑑みるに、再度記せば、私はこの自民党の方針案に対して「総論賛成-各論の賛否保留」なのです。

なぜならば、(a)「産む性」と「産まない性」の性差を見据えた場合でさえ、農業・製造業を含めすべての産業が、ある意味、情報化産業化しつつある現在の日本の社会において生産と再生産の分業の分断ラインも変動せざるを得ず、これまで性差に起因するとされてきた事柄のある部分がジェンダーにすぎないとされる余地は、少なくとも、一般論としては否定できないから。

このことは、30年近く前のアメリカを訪れた日本人の少なからずが衝撃を受けた性差分断線の彼我の違いが(例えば、当時、日本ではトラックやタクシードライバーくらいしかなかった「男の職種への女性の進出」が、道路工事や屋外電線工事や軍の下級兵士に至るまで、しかも、アフリカ系のみならずコケージアンの多くの女性が担っていた事実が)、2012年現在の日本では普通の風景になったことを想起すれば思い半ばにすぎるのではないでしょうか。

而して、(b)量は質に転化する。蓋し、「日本社会の指導的地位に占める女性の割合を30%以上にする」という方針が、例えば、「日本社会の指導的地位に占める女性の割合を50%にする」というものであれば、それは性差と現代においても妥当なジェンダーを看過した支那の「文化大革命」なみの暴論であるにせよ、(もっとも、では「なぜ25%ではなく33%でもなく30%なのか」という点に関しては、誰も正解は持ち得ない事柄でしょうけれども)「日本社会の指導的地位に占める女性の割合を30%以上にする」という目標設定は上記(ⅰ)~(ⅳ)を鑑みるに保守主義から見てもまずまず妥当なものではないかと私は考えるのです。

要は、「ガラスの天井」(あるいは、「絹の天井」とも呼ぶべき日本的な制約)によって少なからず封じられている女性の社会的活動の現状は、2012年の現在のこの社会において「社会的に妥当な生産と再生産の性差分業-社会的に妥当なジェンダーの規範内容に補強された性差役割分配」であるとは上記(ⅰ)~(ⅳ)を鑑みるに保守主義から見ても言えないの、鴨。

つまり、優秀で有為の女性を排除することによってアホでさもしい菅直人氏の如き男性が「日本社会の指導的地位」を占める弊害は打破されなければならない。なにより、我が国は天照大神・神功皇后・推古天皇・持統天皇以来、実は<女でもってきた国>なのでしょうから。


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けれども、(c)冒頭に書き記した如く、①「日本社会の指導的地位に占める女性の割合を30%以上にする」ことを国会の立法と行政指導によって実現すること。就中、②その納期を「2020年まで」とすることには私は危惧を覚える。

なぜならば、①'前者は現行憲法違反の可能性を払拭できないからであり、②'後者に関しては、例えば、官公庁や大企業や政党はよいとして、中小企業およびベンチャーに対しては(女性を指導的な立場に抜擢するという美辞麗句によって従業員の賃金を引き下げる等の容易に考えられる弊害はまだ可愛い(?)マイナスの副産物としても)採用コストを含む人件費の不確定化、否、適材適所の人材のミスマッチに起因するジョブマーケットにおける枯渇、労働力の更なる流動化の昂進にともなう労使双方の経営と生活の不安定化を予想するからです。

要は、この自民党の新方針の提言は保守主義と矛盾するものではないけれど、それを2020年までに、かつ、民間企業にまで射程に入れて具現しようということは「拙速」「杜撰」「妄想」の6文字ではなかろうか。ならば、2020年までに実現するのは「政党助成金を受け取る政党と官公庁」に止め、民間企業に関してはその総論を具現すべき施策各論はゼロベースから再考するべきであろう。と、そう私は考えます。

尚、マルクス主義フェミニズムがこれまた「はめ手」の類にすぎない経緯については
下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・完全攻略夫婦別姓論要綱-マルクス主義フェミニズムの構造と射程
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139315810.html

・妻の姓名乗る「女姓婚」増加、あるいは、「専業主婦」減少の意味
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139303896.html

・「左翼」の理解に見る保守派の貧困と脆弱(1)~(4)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11148165149.html


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