憲法無効論の破綻とその政治的な利用価値-憲法の破棄もしくは改正を求める立場からの素描(中)

◆憲法無効論の頑冥不霊
その論者の確信に満ちた強弁に関わらず、その規範内容と法的効力の両面において「憲法典をも包摂する実質的意味の憲法たる「國體」なるものの恣意性や無根拠性」は自明であり俎上に載せるに値しないでしょうから(笑)、(いずれにせよ、それらの「政治哲学的価値-自然法的意味内容」もまた憲法解釈の地平に結晶/沈殿化させるとき、)憲法無効論が挙げる日本国憲法の諸々の無効理由なるものは次の4点に収斂するのだと思います。

(甲)現在でも旧憲法が現行の憲法である

(乙)日本国憲法は<憲法>としては無効であるが、旧憲法の講和大権(13条)に基づく条約としては有効

(丙)現在の日本社会で日々繰り広げられている、天皇・安全保障・国会・内閣・司法・財政・地方自治・憲法改正、そして、国民の権利及び義務を巡る諸々の現実政治を律している<憲法>の枠組みには、旧憲法を中核にしながらも、旧憲法が容認する<条約としての日本国憲法>とその<条約としての日本国憲法>を基盤にして60年余りに亘って形成されてきた憲法慣習が含まれる

(丁)日本国憲法は<憲法>としてはその成立時から現在に至るまで無効なのだから、その改正条項(96条)などによらずとも、その<憲法>としての無効を国会等で公式に決議すれば、直ちに旧憲法の条項に直接基づいた政治が行なえるようになる、但し、条約としての日本国憲法下で形成蓄積されてきた法規や判例、行政実務は旧憲法を直接根拠とした新たな立法措置が行なわれるまでは今まで通りの効力を有する、と



老婆心ながら補足しておくと、(例えば、保守派が外国人に対する生活保護支給は憲法違反と確信したとしても残念ながら、他方、左翼・リベラル派が外国人の参政権は憲法上の権利だ/自衛隊、もしくは、日米安保条約や日米地位協定は憲法違反だと確信しているとしても当然ながら、我々や彼等の「解釈-理解-願望」が法的効力を持つものではない現状を想起すれば自明の如く、)単に「そうあって欲しい」と自分が願う内容が法規範の内容になるとは限らないのです。

憲法解釈学を含む間主観的な<学>としての法解釈学においては「あるべき法=自然法的法規範」ではなく「ある法=実定法」の発見が追求されるのです(逆に言えば、自然法的規範もまた実定法に晶化/沈殿して初めて社会的現実に底礎され、要は、現実を拘束する法規範の内容たり得るのです)。

よって、(a)社会学的観察によってある種の法規範の存在が推測されること(人々の行動にある規範に沿った傾向性が看取され、かつ、人々がそのような行動を選択する際に、その「行為規範-裁判規範」が<法>であるという意識の存在、ある規範を巡って国民の間に「法的確信」が了解されること)、(b)そのような個々の法規範が、次に、ある法体系の内部に編み上げられていくこと(「存在と当為」「事実と規範」「sein und sollen」を峻別する方法二元論の立場から、規範論理的考察によってある法体系の内部に編み上げられていくこと。逆に言えば、ある個々の法規範が法体系の内部にその固有の位地を占めること)、これら(a)(b)が間主観的に確認されて初めて「自己がそうあって欲しい」と願う規範の意味内容は<法>たり得るのです。閑話休題。


而して、蓋し、(甲)(乙)(丙)が成り立たないことは、前項の説明に加えて、現在、旧憲法が法的効力を全く持っていないという社会学的観察からも自明でしょう。実際、法の妥当性に関して「旧憲法が現在でも実定憲法であるべきだ」というのではなく「旧憲法が現在でも実定憲法である」と考えているのは、特に根拠はありませんが(笑)日本国民の0.01%には到底届かないかでしょうし、法の実効性については立法・司法・行政の日々の運用実務において旧憲法が適用される例は皆無なのですから。

ならば、旧憲法が<憲法>としての効力を持つ「実定憲法=現行憲法」であり、旧憲法の字句と異なる、国会とか裁判所の構成や運用は、条約としての日本国憲法とその条約としての日本国憲法の基盤の上で形成蓄積された憲法慣習にすぎないと主張したいのなら、その論者は、(憲法典条項の字句と抵触する「憲法慣習」の成立根拠を含む「憲法慣習」の概念規定と「憲法慣習」の有権的な認識者が誰であるか/有権解釈者を確定する規範の法理論的根拠(憲法解釈に関して、HLAハートが『法の概念』(1961年)で抽出した、端的で単なる「行為規範-裁判規範」たる「第一次ルール」を修正する、もしくは、第一次ルールの有権解釈者を定める「第二次ルール」の内容とその効力根拠)を説明すべきなのです。

そして、それができないのなら、そのような主張は憲法無効論の論者の頭の中のお花畑で見られた白昼夢でしかない。蓋し、そのような「法概念論-法学方法論」の根拠を欠く議論が許されるのならば、

・聖徳太子の十七条憲法が平成の御世においても現行憲法であり、
 十七条憲法の字句と異なる国会とか裁判所の構成や運用は憲法慣習にすぎない

・日本国憲法はマッカー元帥が日本国民に与えて下さったのだから、
 アメリカ合衆国憲法が日本の現行憲法なのであり、アメリカ合衆国憲法の条項と異なる国会とか裁判所の構成や運用は憲法慣習にすぎない


等々、誰もが任意の規範を<憲法>と見立てることが可能になると思います。而して、(甲)(乙)(丙)が破綻している以上(丁)の議論もまた「砂上の楼閣」に他ならない。畢竟、憲法無効論の論者は、現在の日本社会において何が<憲法>としての効力を持つ規範であるかは、国民の法意識や国民の法的確信とは無関係に、旧憲法の改正条項や国際法の規範内容から、客観的一義的に演繹可能な如く主張しているけれど、その理路を更に基礎づける根拠はとなると、結局、彼等の「解釈」や「思想」にすぎない。

換言すれば、「現在でもなぜ旧憲法が<憲法>なのか」を旧憲法のテクストを越えたメタレベルで論証しなければ、すなわち、「法概念論-法学方法論」の地平で根拠づけない限り、旧憲法の法的効力を否定する論者にとってそのような解釈は単なる憲法無効論の論者の思いつきにすぎないのです。以下、敷衍します。

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南出喜久治氏は、例えば、旧憲法の改正関連条項(73条及び75条)や講和大権条項(13条)、あるいは、旧憲法以前に制定された諸法規の旧憲法下における有効性を規定した条項(76条)、更には、無効な法規範が異なる法形式の規範としては有効になる(すなわち、無効な憲法改正手続によって「憲法典」として成立した日本国憲法が「講和条約」としては有効となる「無効規範の他形式への転換」があったとする)民法の「無効行為の転換」の理論等々をその「解釈」の根拠として挙げている(ibid., 第2章・第3章)。


旧憲法75条
旧憲法75条の「憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス」の趣旨を南出氏は(伊藤博文『憲法義解』(1889年)を援用しつつ)「摂政を置く期間を国家の「変局時」と認識してゐることにある」(ibid., p.58ff)とした上で、ならば「敗戦時は未曾有の国の変局時」であるから、なおさらその期間に憲法改正を行なうことは許されないとする。

こう理解された旧憲法75条は(それがかなり異様な拡大解釈であることは置いておくとしても、また、「拡大解釈」は罪刑法定主義を掲げる刑法においても、あるいは、内閣総理大臣の解散権を巡る現行憲法7条3号の慣行に端的なように憲法典についても見られないことはないにせよ、それは専ら民法・商法といった私法領域の法発見技術であることもまた置いておくとしても、)旧憲法の憲法改正手続きに携わる人々に対する警鐘や訓示としてはあるいは意味を持ったかもしれないけれども、実際に行なわれた改正手続を無効とする根拠では全くない

実際、「敗戦時は未曾有の国の変局時だから旧憲法第75条の類推解釈により日本国憲法は無効」などという解釈が可能なら、「敗戦時は未曾有の国の変局時であり、旧憲法は国の最高法規ではなくなった。よって、日本国憲法への改正は新憲法の制定である」と考えることも可能でしょう。

なぜならば、「日本国憲法への改正は新憲法の制定ではなくこれは旧憲法の改正であった、けれども、その改正行為は無効であり、旧憲法が今でも現行の憲法である」との主張の前提は「日本国憲法への改正=旧憲法の改正行為」の不備という事実認識であり、この認識と「日本国憲法への改正=新憲法の制定」という事実認識に論理的な優劣の差はないからです。

旧憲法76条
旧憲法と同じ憲法圏に属する、例えば、1831年のベルギー憲法138条「憲法施行の日から、憲法に違反するすべての法律、勅令、命令、規則およびその他の行為は、廃止される」を見れば明らかなように、そして、『憲法義解』を紐解いても、旧憲法76条「法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス」は、単なる「経過規定」であり、旧憲法制定前の諸法規が旧憲法施行によっても一定の法的効力を持つことを定めたものです。すなわち、これまた、<憲法>としては無効とされる日本国憲法を講和条約として有効とする根拠にはなりようがないものなのです。

無効行為の転換
民法理論と判例実務で言う「無効行為の転換」とは、ある法律行為が、例えば、「地上権設定契約としてなした法律行為が地上権設定行為としては無効であるが賃貸借契約としては有効である」と裁判所たる裁判官が解釈した場合に初めて「転換」がなされるもの。ならば、この「無効行為の転換」の理論が、なぜに、<憲法>としては無効とされる日本国憲法を講和条約として有効とする説明の根拠になるのか私には全く理解不可能です。


旧憲法を巡る私の基本的理解および旧憲法の意味内容に関しては下記拙稿をご参照いただくとして、ことほど左様に、畢竟、ある理論や条項をアナロジーとして使うのは論者の勝手だけれど、その憲法解釈に法的な効力を憑依させるためには、実定法上の根拠か、専門家コミュニティー内部で確立した法学的慣習(その枢要な要素が「法概念論-法学方法論」の世界水準の蓄積です。)による根拠づけが不可欠と考えます。

而して、憲法無効論をサポートする「法概念論-法学方法論」は、「敗戦利得者」なるもので構成されているらしい日本の憲法・法哲学・国際法の研究者コミュニティーはもちろん、世界の憲法・法哲学・国際法の研究者コミュニティーにおいても私は寡聞にして知りません。

・資料:英文対訳「大日本帝国憲法」の<窓口>
(付録として「告文・憲法発布勅語・上諭」の現代語訳も収めています) 
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60942195.html


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<続く>


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