国民は原発に賛成している:自民党の「原発政策先送り」は不真面目でずるい主張でしょうか?





▼「日本未来の党」アンケートサイトを閉鎖

嘉田代表の「日本未来の党」が原発の是非を問うアンケートを党のサイトで募ったところ、原発容認派が多数を占めたので設問を変えたが、それでも賛成派が増え、その後、一時的に反原発の回答が増えたのは改竄だと指摘されているという所までは2チャンニュースで知っていたが、そのアンケートサイトかついには閉じてしまったという。このサイトは偽サイトだともいわれたが、やっぱり本物だという事も分かった。まさに笑止千万である。

マスコミが自民党の政権奪還を妨げるために、意図的に反原発に焦点を当て、安倍総裁の成長戦略や外交姿勢から有権者の目を反らせようとしているのは間違いない。

それに便乗した小沢一郎氏の傀儡である嘉田「日本未来の党」は「卒原発」を謳った。
しかし、ワンイシューを指摘されて、他政策を加えたが、すでに馬脚を表している。
そんななか、既成メディアの反原発一色の世論誘導に、ネット界が反逆したのである。

民主党は30年後に原発全廃、日本未来の党は10年後に原発全廃と争って何年後かを約束し、3年以内にベストミックスを決めると言う現実的な自民党の原発政策を無責任、曖昧と批判する勢力こそ日本を滅ぼす。



転載元: 反日勢力を斬る(2)

http://blogs.yahoo.co.jp/nipponko2007/39624041.html


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◆解題
うみゅ-。あのー、「国民は原発に賛成している」というか、正直、「原発」なんかこの総選挙の争点ですらないでしょう。「どの政策課題に最も関心がありますか」というアンケートで、こんだけマスコミ報道されながらも、よくて3番手、普通4番手にしか「原発」はこないのだから。

と、福島の事故を体験した現在、それでも「原発」はやっぱり日本にとって小さな問題ではないことも確か。でもね、小さな問題でないからと言って「脱原発」の主張なら何でも許されるなんてことはあるはずもない。ところが・・・、

昨日TVを見ていたら、公示日ということだからでしょうか、12月16日投票日の総選挙、その選挙戦に臨む候補者の第一声を報じていた。で、その中の、とある第三極の政党のある候補者が「放射能をなくしましょう」と呼びかけていた。凄いね。おいおい、「放射能をなくす」なんてことができたらノーベル賞どころの騒ぎじゃないぞ、と思った。

放射能は物質が原子・素粒子でできている(と考えられる限り、極論すれば放射性物質だけではなく)この世の森羅万象に付随する事柄だから。これ揚げ足取りじゃなくて本質的な疑問だと思う。要は、「脱原発」を唱える人たちは、<脱原発>を情緒でしか捉えられていないということ。

実際、放射線の低線量積年平準被曝の有害性に関しては、本当の所、誰もわからないというのが、これまた本当のとことらしい。で、なに? 閾値理論は成り立たない?

それはね、どんなに低線量でも放射線を浴びれば「DNAは確実に破壊される」という点では非閾値論は正しいでしょう。その意味では「閾値」(そこから下の量の放射線被曝は無害でそれより大きい線量の被曝は有害と言える値)などあり得ないですから。でもね、

けれど、①DNAは喫煙を始め諸々の原因で破壊されている。それらの破壊の程度と比較してどれくらいの低線量の放射線被曝なら特に破壊の度合いが大きいと言えるのか? ②土台、ラジウム温泉の効能を見ても明らかなように、「DNAが壊れる」ことが有害とは一概に言えることでもないのだから。


では、どれくらいの低線量の放射線被曝なら特に健康被害の可能性が無視できないくらい大きいと言えるのか? 経済政策的観点を度外視したとしても、この①②が不明である現状では、あらゆる低線量積年平準被曝が有害であるなどとは(敷衍すれば、ホモサピエンスがこの惑星上に誕生して以来の現実的な彼等/我々の世過ぎ身過ぎをしてきた「人間の社会生活」にとって、他の健康障害原因と比べて取り立てて有害であるとは)到底言えない。

重要なことは、このことは、「低線量積年平準被曝の有害性が不明なのなら、なおさら、それをゼロに、少なくとも可能な限り低くする方が賢い選択じゃないか」という一見常識にかなった主張さえ実は根拠がないことを示唆しているということ。よって、ましていわんや、ここに経済政策的観点を導入すれば、

「(ⅰ)低線量積年平準被曝の有害性は不明であるから、(ⅱ)喫煙や飲酒、ストレスや食習慣、排気ガスの影響、もしくは、人間が通常の自然環境下で受けている放射線被曝と比較しても特に有害とは認められない被爆量を「閾値」と看做して、(ⅲ)それを超えない範囲では、原子力の社会的な利用価値が充分認められるのなら、(ⅳ)メリットとデメリットとの比較衡量によって、(ⅴ)所謂「内部被曝」も含めて許容される放射線被曝量を決めるのが賢い選択じゃないか」と言える。


と、そう私は考えます。ならば、放射線被曝の有害性、加之、代替エネルギーの手当の可能性が五里霧中の段階で、「即時原発廃止」や「2030年代に原発ゼロ」を目指すなど言うのは、根拠がないだけでなく、極めて不健康な政治プロパガンダ的な「上野アメ横のバナナのたたき売り」の類の、<脱原発競争>、正しくは、<脱原発宣言大声競争>にすぎない。

而して、わからないことについては(間違いなく、福島の事故まではこの半世紀近くおおよそ平穏にそれは運転されてきたのだから、今現在存在している原子力発電所がその停止・廃炉が焦眉の急の課題である程、極めて危険というわけでもないのでしょうから。)判断を先送りにするというのは大人のクレバーな判断ではないでしょうか。

なぜならば、ウィトゲンシュタインは『論理哲学論考』(1921)の末尾で、

7:What we cannot speak about we must pass over in silence.
7:語りえぬものについては、人は沈黙せねばならない。


と述べていますけれど、「低線量積年平準被曝の有害性は不明であるなら、なおさら、それをゼロに、少なくとも可能な限り低くする」というアクションは<沈黙>ではない。ましていわんや、「即原発停止」や「2030年代に原発ゼロ」、あるいは、「卒原発」を主張する営為などは「図書館の閲覧室や病院の病棟でどんちゃん騒ぎ」する類の、<沈黙>の対岸にある無粋でしょうから。

ということで、原発政策に関しても自民党の主張が最も妥当であるだけでなく、論理的にも正しい。蓋し、自民党の「原発政策先送り」は不真面目でずるい主張ではなく、カント哲学と通底する、人間存在の有限性を自覚した大人の賢い提言である、と。そう私は確信しています。

尚、原発問題に関する私の基本的な考えについては
下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

尚、原発問題に関する私の基本的な考えについては
下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。


・放射能の恐怖から解脱して可及的速やかに<原発立国>に回帰せよ!
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60935787.html

・放射能と国家-脱原発論は<権力の万能感>と戯れる、民主主義の敵である
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60908495.html

・民主主義の意味と限界-脱原発論と原発論の脱構築
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60588722.html


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テーマ : 「原発」は本当に必要なのか
ジャンル : 政治・経済

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