憲法訴訟を巡る日米の貧困と豊饒☆「忠誠の誓い」合憲判決-リベラル派の妄想に常識の鉄槌(3)




Russo v. Central School Dist. No. 1の原告はもっと理不尽な扱いを受けている。詳細は下記にリンクを張った判決原文を一読いただくとして、また、問題とされた行動を除けば原告は担当教科の美術では大変すぐれた評価を管理職側から得ていた(He evaluated Mrs. Russo's classroom performance as favorable in all respects.)という枝葉末梢のことは置いておくとしても、

①試雇契約で教師に採用されてほどなく、かつ、任地校着任直後に「忠誠の誓い」がホームルームで実施されることになったこと(おいおいそれはないだろ、だまし討ちかよ!)、②原告以外にもその同じホームルームを受け持つ常雇いの先輩教師がいたこと、

③原告は自身の個人的な良心(personal conscience)を理由に生徒と一緒に斉唱はしなかったものの(日本の日教組教師の如くに「国旗」や「国歌」へのネガティブな評価を生徒に押しつけるような下品な振る舞いをしたわけではなく;Significantly, there is no evidence in the record indicating that Mrs. Russo ever tried to influence her students to follow her example)、ホームルーム中に「忠誠の誓い」が斉唱されている間は、あまり不自然ではなく(よって、おそらく、星条旗に対しても敬意を表する姿勢と表情を保ちつつ)原告は無言で起立し続けていたこと(simply stood at respectful attention, with her hands at her sides. )、

また、④「忠誠の誓い」を巡る非常識があったとしても彼女のホームルームをハンドリングする技量と実績もそう低くはなかったこと、⑤試雇契約の延長、または、正職員への登用を判断する評価基準において、契約書からも学校カリキュラムから見ても「忠誠の誓い」を巡る教師の技量や実績が「ノックアウトファクター」(他の評価項目の優劣にかかわらずその1項目が許容値以下の場合には即座に「退場!」や「降格!」や「制裁!」に帰結するようなファクター)であるとは到底思えないこと、

以上を鑑みれば、⑥「忠誠の誓い」を取り仕切る職務を免除して別の人員で原告担当のホームルームで「忠誠の誓い」を実施することは、当該学校にとってそれほどの負担増になったとも思えず、⑦試雇契約教師という比較的弱い原告の立場につけこんで被告の教育委員会側は「辞任しないなら、試雇契約は延長しない」(not be renewed unless she resigned)と申し渡したことは、「解雇権の濫用」を突かれることを危惧してされた、「辞任」の形式を装った「解雇」の通告でしかなく、それは安倍総理に対する朝日新聞の批判並みに姑息で卑怯なやり口としか思えないこと。

と、これら①~⑦を踏まえ、職を失うという原告が受けた社会的制裁の大きさと「忠誠の誓い」を公立学校で生徒達に斉唱させることがもたらす社会的利益を比較衡量すれば、就中、①の「だまし討ち」的の経緯と⑦の卑怯で姑息な朝日新聞級の信義則違反の行為(an act with such purpose that is against public policy)を重要な事実関係(material fact)やレイシオ・デシデンダイ(ratio decidend)の一斑と看做すのであれば、これまた、日本でも少なくない保守派もそれを支持はしないまでも是認する判決なのでははないでしょうか。

いずれにせよ、この判決は(控訴審レベルの判決であり、原告勝訴かつ被告側が上告を断念したことにより連邦最高裁の判断は示されないままであり、厳密に言えば先例としても拘束力を持つ「判例」ではないことはもちろんですけれども、例えば、憲法論的にはほぼ同じ論点にかかわる、学校の服装規定によって「服装や外見に関する個人的な信条を侵害された」として宣言的判決(declaratory judgment)を求めた公立学校の教師の戯言を粉砕したEast Hartford Education Association et al., Appellants, v. Board of Education of the Town of East Hartford et al., Appellees, 562 F.2d 838(2d Cir.1977)等を見る限り、その判決に盛り込まれたmaterial factとratio decidendiが画する本判決の規範意味は、本判決が先例としての<神通力>を帯びる連邦第2巡回控訴裁判所の管轄区域内においても、到底)「教師にも国旗に敬意を評しない権利を一般的に認めた」となどは言えないのです。


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ことほど左様に、それについての考察は割愛して先を急がせていただきますが、蓋し、赤旗配布最高裁判決が打ち立てた規範意味についても、これらTexas v. JohnsonやWest Virginia State Board of Education v. Barnette、または、Russo v. Central School Dist. No. 1について言及したような「判例が紡ぎ出した憲法規範の意味内容把握のアプローチ」を採用すれば、同判決の内容を「公務員の政治活動禁止は違憲」などと一般化できない可能性があることだけはお伝えできたのではないかと思います。

少なくとも、(a)「公務員にも、原則、政治活動の自由は保障される」ならびに(b)「個々の公務員の職種や地位、あるいは、問題にされた行動の時間的や空間的な状況、加之、自己の身分・所属先に関する情報を明示して当該の政治活動に利用したかどうか等々の事情を捨象して、公務員の政治活動を一律に規制すること」、あまつさえ、(c)「その規制の結果発動される制裁が刑事罰である場合」には、そのような一律の規制は違憲性が高いという同判決で示された日本の最高裁の主張は、我々保守派からも肯定されるか、少なくとも、否定しずらい主張ではないでしょうか(尚、公務員と公務員労組の政治活動の自由を巡る私の基本的な理解については下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです)。閑話休題。

・Russo v. Central School Dist. No. 1, 469 F.2d 623 (2d Cir.1972)
 http://law.justia.com/cases/federal/appellate-courts/F2/469/623/79725/

・公務員労組と公務員の政治活動を巡る憲法論(上)~(下)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11145098802.html


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日本における左右の憲法論の不毛と貧困。この現状を改善・治癒するためには「王道」も「特効薬」もおそらく存在しないのであって、疑似ではない憲法論に参加したい/床屋から出て憲法を論じたいと欲する向きは、例えば、松井茂記『アメリカ憲法入門-第6版』(有斐閣・2008年, 2500円税別)や田中英夫『英米法のことば』(有斐閣・1986年, 絶版)、早川武夫『法律英語の常識』(日本評論社・1962年, 絶版)といった小品ながら驚異的な出来映えの入門書、あるいは、中谷実編著『憲法訴訟の基本問題』(法曹同人・1989年, 2940円税込)といった便利なガイドブックを数度読み返した後、早速、アメリカの主要な憲法判例をがっつり原文で読むに如かず、鴨。

ならば、もし、「英語、わたし的にはあまり得意じゃないんですけどぉー」(涙&汗)という向きには、最低でもTOEIC860点程度の英語での読解力はアメリカ判例にタックルする作業と並行して装備するのが急がば廻れ式の上策であろう(更に、安倍晋三総理の所謂「三本の矢」よろしく、理想的にはアメリカ史の知識の補強もあわせて三正面作戦として進めることが望ましい、鴨)。そう私は確信します。

本稿は日本における憲法論議にそのような不毛と貧困を覚える私の目から見て、憲法訴訟の回路を通して<憲法>を考えるために好都合と感じた、ある判決を俎上に載せた海外報道を、アメリカの憲法訴訟の幾つかのキーワードに対する補註を添えて紹介するもの。

而して、その判決とはNewdow v. Lefevre, No. 06-16344のこと。「テキサス対ジョンソン事件判決」や「バーネット判決」あるいは(それは連邦最高裁ならぬ連邦控訴審の判決であり厳密には「判例」とは呼べないにもかかわらず、その)「ルッソ判決」の名前は念仏のように唱える日本の左翼・リベラル派が触れたがらない判決(笑)。要は、アメリカ社会の脊髄たる<保守主義>が不埒なリベラル派の妄想に<常識>の鉄槌を下した判決です。

尚、本判決の争点である「政教分離の原則」や「信教の自由」を巡る私の基本的な考えについては取りあえず下記拙稿をご参照いただければと思います。

・判決原文:Newdow v. Lefevre, No. 06-16344, at 4210 (9th Cir. Mar. 11, 2010)
 http://cdn.ca9.uscourts.gov/datastore/opinions/2010/03/11/06-16344.pdf

・首相の靖国神社参拝を巡る憲法解釈論と憲法基礎論(1)~(5)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11144005619.html


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連邦第9巡回控訴裁判所の判決であり本判決自体もまた控訴審レベルのものであり厳密には「判例」とは呼べないものですが、下に紹介するAP配信記事にも記されている通りこの敗訴の結果を受けたリベラル派がなした上告の申し立ては(この人物が原告適格を調達するためにそれらの代理人として裁判を維持していた他の保護者が全員このお騒がせ訴訟から離脱したこともあり、)上告審のステージでそれを審理するかどうかを判断すること自体が連邦最高裁によって拒絶されました(to be refused to review, 2011年3月7日)。

また、ボストンを基盤とする連邦第2巡回控訴裁判所でこのリベラル派が争っていた同一内容の別の事件についてもこのお騒がせ男は敗訴したのですが(2010年11月12日)、その上告の申し立てに対しては、このAP配信記事の予想通り、連邦最高裁は審理を行うに値しないという判断を下しました(to be rejected, 2011年6月13日)。

これにより、(これまたこのAP配信記事にも触れられている通り)このリベラル派のお騒がせ男が起こした忠誠の誓いを巡る一連の訴訟はすべて「忠誠の誓いを公立学校で生徒に斉唱されることは合憲」ということで終了したわけです。めでたし、めでたし。

と、念のためおおよその一連の憲法訴訟の「勝敗」を整理しておけば下記の通り。

(ⅰa)連邦第9巡回控訴裁判所-違憲判決(2002年6月26日)
(ⅰb)連邦最高裁判所-移送令状発行の申し立て自体を無効と判定(2004年6月14日)
(ⅱa)連邦第9巡回控訴裁判所-合憲判決(2010年3月11日)
(ⅱb)連邦最高裁判所-移送令状発行の申し立て自体を無効と判定(2011年3月7日)
(ⅲa)連邦第2巡回控訴裁判所-合憲判決(2010年11月12日)
(ⅲb)連邦最高裁判所-移送令状発行の申し立て却下(2011年6月13日)


而して、本稿で紹介する海外報道はこの中の(ⅱa)の判決を俎上に載せたものです。出典は「Atheist Loses 2nd "Under God" Court Appeal:無神論者に神は二匹目の泥鰌は与えなかった」(AP, March 12, 2010)です。


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<続く>



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