歴史を直視できない人々-安倍総理の歴史認識を批判する海外報道紹介の後記-(下)





敵は本能寺にあり、鴨。蓋し、フランシス・ベーコン(1561-1626)は人間の認識を歪める契機として4個の「イドラ:idola」--コミュニケーションに起因する偏見としての「市場のイドラ」、井の中の蛙的な知見の狭隘さに起因する「洞窟のイドラ」、その時代時代を牛耳る有力な思想に影響されることに起因する「劇場のイドラ」、生物の一つの種族としての人間に生得的に備わっている認識と理解と思考の能力の有限性や特殊性に起因する「種族のイドラ」の4者--を抽出したけれど、大なり小なり海外報道にはそのすべてが、週刊金曜日的や朝日新聞的の認識には異文化コミュニケーション領域の「市場のイドラ」を除く三者(3.5者?)が、しかし、その三者(3.5者?)においては海外報道よりも遥かに強烈に炸裂しているの、鴨。

・「市場のイドラ:idola fori」(idols of the market place)
・「洞窟のイドラ:idola specus」(idols of the Cave)
・「劇場のイドラ:idola theatri」(idols of the theatre)
・「種族のイドラ:idola tribus」(idols of the tribe)


他方、カント(1724-1804)が『純粋理性批判』(第1版1781年A;第2版1787年B)で喝破した如く、「内容なき思考は空虚であり、概念なき直観は盲目である:Thoughts without content are empty, intuitions without concepts are blind.」(p.A51=B75:「先験的原理論」の「第2部門-先験的論理学」の「序論-先験的論理学の理念」)とするならば、海外報道と週刊金曜日的や朝日新聞的の認識を比較するとき、両者の「空虚」と「盲目」の度合いは後者の方がそのいずれにおいても桁違いに凄まじいと言える、鴨。

ことほど左様に、敵は本能寺にあり、敵は中央区築地にあり、敵は渋谷区神南にあり。反日海外報道の害毒の源泉は朝日新聞とNHKにあり、と。このことは、例えば、所謂「従軍慰安婦」なるものについての彼等の無知と詭弁を反芻するとき明らかではないでしょうか。


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所謂「従軍慰安婦」なるもの巡る、朝日新聞、あるいは、鈴木宗男氏に連座してオランダ大使を罷免された、また、ワシントンポストの記者をしていた双子の兄は性犯罪を病気のように繰り返しとうとう刑務所に入った東郷和彦氏の議論は噴飯ものの杜撰なものでしょう。要は、

(ⅰ)所謂「従軍慰安婦」なるものを、①日本軍が組織的に、②朝鮮等の日本本土以外の地で、③本人の意志に反して強制的に女性を集め、④専ら戦地における日本軍将兵を相手に売春をさせるべく、⑤それらの女性の自由を拘束し続けた、⑥組織的計画の被害者と定義するならば

(ⅱ)そのような「従軍慰安婦」は存在しない/その存在を日本政府の資料、もしくは、旧日本軍の将兵の証言から証明することはできない。例えば、「従軍慰安婦」に関して「軍が組織的に関与した」証拠として吉見義明氏が防衛研究所で発見したとする「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という通達なるものも、論理的には軍が関与していないがゆえに出さざるを得ない通達であることが確定している

(ⅲ)よって、そのような「従軍慰安婦」なるものが存在したと銀河系で初めて書いた、職業的詐欺師の吉田清治『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房・1983年)は<妄想歴史小説>にすぎず、また、それが<妄想歴史小説>である限り、その<妄想体系>において初めて成立した「従軍慰安婦」という概念もまた指示対象を欠く無意味な言葉にすぎない(つまり、「証拠が今までのところ見つかっていない」のなら「従軍慰安婦」は存在しないのです。なぜならば、「従軍慰安婦」なる概念自体が吉田氏の発明品なのだから)


(ⅳa)ここまでは、日本国内では左右、保守リベラルと立場こそ違え最早共通認識と言える
(ⅳb)海外からの「日本は所謂「従軍慰安婦」なるものに対してきちんと謝罪も補償もしていない」まして「河野談話見直しなど破廉恥だ」等の日本批判は、これら(ⅰ)~(ⅲ)の経緯に関する無知を苗床にして蔓延した善意の滑稽譚である。その滑稽ぶりは、例えば、アメリカ下院外交委員会で提案された、所謂「従軍慰安婦」なるものを巡る対日非難決議(House of Representatives, 110th Congress 1st Session, Resolution 121)に炸裂している(この決議原文は下記拙稿の(中)(下)をご参照ください)


・安倍総理の逆襲-「従軍慰安婦」という空中楼閣に依拠した
 New York Timesの自民党新総裁紹介記事(上)~(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61507543.html


而して、朝日新聞、あるいは、東郷和彦氏の議論は(例えば、「私たちはどのような日韓関係を残したいのか」(『世界』(2013年3月号)所収, pp.137-145));「政府の予算を使って「慰安婦」に道義的補償を」(『週刊金曜日』(2013年2月15日号-931号)所収,pp.26-27)に明らかなように)次のようなもの、

(ⅴ)(α1)(ⅰ)の「従軍慰安婦」の定義にかかわらず、(α2)日本国、就中、日本軍が軍政を敷きその地域の治安等を担っていた戦地のエリア内で、(α3)その稼業に入る/稼業を続けるにつき自分の意志に反して売春婦稼業に従事していた、(α4)外国人の女性に対して、(α5)日本と日本軍は「広義の強制」を課していたと言える、ならば、

(β1)それらの「広義の強制」の被害者たる「慰安婦」に対しては道義的な補償を行うべきなのだ(2003年3月25日、2004年11月29日、そして、駄目押しの2007年4月27日の最高裁判決により、広義(ⅴα)だろうが狭義(ⅰ)だろうが、要は、所謂「従軍慰安婦」にせよ、単なる「慰安婦」にせよ、日本に対する法的な賠償請求権は認められないことが確定している以上そうすべきだ)。而して、(β2)「河野談話」もよく読めば「広義の強制」を認めたものにすぎず、また、法的賠償責任は否定しているのだから、現実的な落としどころである(β1)と矛盾せず破棄や否定するには及ばない。否、その破棄や否定は人権価値に対する日本の消極的な姿勢の証左と国際社会では受け取られかねず得策ではない

加之、(γ1)海外では「狭義の強制」か「広義の強制」かなど誰も問題にしていない。ポイントは、女性の人権に日本が価値を置く国かどうかだけだ。「軍人がトラックにぶちこんで連れていった女性が仮にいないとしても、騙されて連れて行かれ、逃げられずに「慰安婦」を続けるしかなかった女性はいるわけでしょう。だったら女性を傷つける点では同じでしょう。なぜ日本人が問題にするかわからない」(ibid, 週刊金曜日,p.27)、「慰安婦が「甘言をもって」つまり騙されてきたという事例があっただけで、完全にアウトである」(ibid, 世界, p.140)、と。よって、(γ2)「河野談話」の否定は日本の文明国としての信用と品性を毀損するものであり行うべきではない、と


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このような(ⅴ)の朝日新聞や東郷和彦氏の議論は破綻している。すなわち、(ⅴα)「広義の強制」の結果、売春婦になった女性などに対して日本が法的にも道義的にも責任を負う筋合いは全くないし、そのような「広義の強制」の結果、売春婦になった女性に対して道義的にせよ補償/賠償を行った国は存在しないから。また確かに(ⅴβ2)「河野談話」はテクストとしては(日韓双方が自国内向けには都合良く解釈できる作品ということで)悪い出来映えではない。しかし、「河野談話」をほとんど唯一の根拠として(ⅰ)~(ⅲ)と矛盾する<反日妄想>が世界中にこの瞬間も拡散している以上、「河野談話」の否定は現在では日本にとって不可避だろうからです。

ちなみに、欧州議会やアメリカ下院の反日決議に盛り込まれた事実認識はそれらの参考資料リストを見るまでもなく、明らかに、吉見義明氏やジョージ・ヒックス『The Comfort Women』(1995年)、または、吉田清治氏の編み上げた<妄想>の枠内にあり、それは、国連に提出された「ラディカ・クマラスワミ報告」(1996年)あるいは「ゲイ・マクドゥガル報告」(1998年)についても同様。

要は、海外では「狭義の強制」の犠牲者としていまだに所謂「従軍慰安婦」なるものはイメージされている。加之、東郷氏がそういう事例があったと言う「慰安婦が「甘言をもって」つまり騙された」「騙されて連れて行かれた」という事例においても騙したのが日本軍ではない以上、法的にはもちろん道義的にも日本には何の責任もないのです。ならば、「河野談話」は可及的速やかに、かつ、(韓国経済が更に悪化する頃、支那国内で格差問題が更に先鋭化する頃等々)時宜を睨んで日本にとって最も賢いタイミングで否定すべきでしょう。

要は、基本的には、韓国国内向けの文書として出された「河野談話」を、対日外交の<ツール>として韓国がそれを用いている現在、日本も「降りかかる火の粉は払わなければならない」ということ。蓋し、紹介した9本の記事はすべて、これら(ⅰ)~(ⅲ)に関する事実認識さえ欠くシャビ-/しょぼいものですが、それらは「降りかかる火の粉」の危険性を日本国民に警告してくれているものではあろう。と、そう私は考えます。

畢竟、(すべての責任を「ナチス」というならず者に押し付け、「主権国家=国民国家」としての責任はほぼ全く果たしていない姑息なドイツとは異なり)一切の法的な戦争責任/戦後責任を、国際法史上例を見ない精度と誠実さで果たし終えている日本を比べた場合、(1)「Shinzo Abe’s inability to face history」でWPSTの論説委員に「Why, decades after Germany solidified its place in Europe by facing history honestly, are facts so difficult for some in Japan to acknowledge?」(歴史に誠実に向き合うことでドイツがヨーロッパにおける確固たる地位を固めてから数十年が経つというのに、なぜ、事実を認めることがかくも難しい人々が日本には存在しているのか)などと言われる筋合いは全くないのです。

いずれにせよ、歴史問題は、第1に日本の国内の反日リベラルが引き起こした問題である。それと同時に、(欧州におけるドイツとは違い)日本を巡る歴史問題は解決していないと感じる韓国・支那をして「歴史問題が解決した」と思ってもらう義務も義理も日本にはない。それは、韓国・支那側の歪な国際政治認識の結果でもあるから。と、これらのことを日本人は直視すべきであろうと思います。

尚、所謂「従軍慰安婦」なるものについては、
下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・安倍総理の「特定アジア外交の暫時の穏健化」は
 剛直で柔軟かつ豊穣な<政治>の常道である(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61596765.html

・石原知事-橋下市長が「河野談話」を一刀両断
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61346852.html

・「従軍慰安婦」問題-完封マニュアル(上)~(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60931202.html



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木花咲耶姫





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