「特定アジア」も言葉狩りの標的に、でも、それは無理筋だと思うけど?





毎日新聞に面白い記事がありました。
朝日新聞と見間違えるほどの情緒的で無内容、
かつ、滑稽で姑息なコラム。

▽発信箱:特ア?=布施広(専門編集委員)
ちょっと面食らった。「特アとの関係は重要ではない」。意見感想欄にそう書いてある。ご存じだろうか。特ア(特亜)は特定アジアの略で、具体的には中国、韓国、北朝鮮を指す。反日感情の強い3国を冷ややかに隔離するように、ネットなどで時々見る言葉だ。

今月初旬、ある大学でアンケートをさせてもらった。偏差値的には超難関の国立大だが、誤解や先入観を避けるため大学名は伏せる。回答者は約90人。調査結果を見ると、「特ア」のような意見感想は例外的とはいえ、学生たちは近隣諸国、特に日中関係の改善に悲観的だ。「今後50年、中国とうまくやっていけるか」との問いに「非常にうまくやっていける」と答えた人は皆無。6割以上が「関係悪化」「険悪に対立」と答えている。

また、「集団的自衛権を認めるべきだと思うか」との質問に、「思う」と答えた人は55%、「思わない」はわずか13%だった。「行使を認めるべきか」と聞く方が正確だが、出題ミスとも言えまい。ちなみに毎日新聞の8月の世論調査では、「思わない」が53%を占めた。タカかハトかといえば、エリートと呼ばれる学生たちはタカに近い。

なんでかな、と別の大学の男子学生に聞いたら、「学生はネットを見たりして自分の好きな情報をどんどん取り込む。だから考え方が一面的に、急進的になる傾向があるのでは?」とのこと。

なるほどと感心したが、知識欲が旺盛でも一面的になるとは限らない。若者を引き付ける「左」の論客が「右」に比べて目立たず、影響力が弱いことこそ根本的な問題ではなかろうか。

ともあれ隣人は大切にしたい。右でも左でもいいが、特アなんて悲しい言葉だ。


(毎日新聞・2013年10月30日



>冷ややかに隔離するように
>特アなんて悲しい言葉だ


て、これ感想文? 文芸評論?
それとも、個人の日記? 少し長めの現代俳句?


これを英語やドイツ語に翻訳してみそらしど、
どれみふぁそれは誰にも意味わからんがね、多分。



あのー、



「被差別部落なんて悲しい言葉だ」
「在日韓国人なんて悲しい言葉だ」
「発展途上国なんて悲しい言葉だ」
「失敗国家・破綻国家なんて悲しい言葉だ」

なんて言ったら、被差別部落の人とか在日の人とか、人類の人口の三分の2の人々とか、
アフリカ大陸の四分の1くらいの人は怒るぞ、多分。


「従軍慰安婦なんて悲しい言葉だ」
「南京大虐殺なんて悲しい言葉だ」
「強制連行なんて悲しい言葉だ」
「韓国併合なんて悲しい言葉だ」

なんて言ったら、お仲間の反日リベラルの論者が目をむくぞ、必ず。


と、そう私は思います。


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これコンテクストを踏み外した言いがかりでしょうか?
いいえ、私はそうは思いません。


第一に「特定アジア」という言葉は布施さんも書いておられる通り「中国、韓国、北朝鮮を指す」、明確な指示対象を持つ言葉です。それは、「前のめり」とか「右傾化」等の曖昧な言葉とは全然異なる。寧ろ、「トルコはアジアか欧州か」とかいう場合の「欧州」や「アジア」よりも遥かに明確な言葉。


第二に、「特定アジア」という言葉自体にどんな感情を添えて発信するかは論者や議論のコンテクスト次第でしょうが、「特定アジア」という言葉自体に「差別・誹謗・中傷」の色彩があるとは言えない。

例えば、1980年くらいまでは、「後進国」(Backwards Country)とか「未開発国」 (Undeveloped Country)などという言葉もありました。が、しかし、現在では、普通、「開発途上国」ならびに「発展途上国」(Developing Country)という言葉が一般的でしょう。

これも、前者が「差別的」だということ、欧米の現状を唯一の目標にする「文化帝国主義」の色彩が嫌われ、多様な、しかし、よりよい発展を目指すという--総花的な?--立場から名称が変更になったと覚えています。このような言語使用の実例から見ても--機能文法と親和的な意味論の観点から見ても--「特定アジア」という言葉自体に特に問題はないと思います。


ならば、第三に、現在、世界の200ヵ国近い国々の中で、国際法や確立した国際政治の慣習を度外視して日本に筋違いの非難と要求を繰り返す--日本人を拉致する、漁民を殺戮する、靖国神社に放火する、仏像を盗んでかえそうとしない!--国はこの3ヵ国だけであり、ならば、これら、支那・韓国・北朝鮮を「特定アジア」として他のアジア諸国から区別することは思考の経済の点からも合理的である。と、そう言えるのではありますまいか。


第四に、畢竟、言葉とはすべからく対象世界を自分の立場から切り取り分類(分節)するものなのですよ。その意味では、言葉とは「冷ややかに隔離するように」どころか、100%、「冷ややかに隔離する」ものなのです。而して、ある言葉が、それほど曖昧ではない(指示対象が明確である)のならば、そして、--第二で述べた如く、その言葉自体には「差別・誹謗・中傷」の語義は少なく、かつ、--その言葉を使用する行為(言語行為)を社会的に「差別・誹謗・中傷」の行為とする文化コードが存在しないのならば、どの言葉をどの意味で使おうがそれは論者の自由でしょう。

つまり、「ハーケンクロイツ」の使用は、ドイツの欺瞞に満ちた戦後社会では、それを「差別・誹謗・中傷」の行為と見做す文化コードや法のコードが存在するがゆえに、ドイツでは「悲しい」どころか「許されない」。けれど、そんな文化コードの存在しない、ドイツ以外の国ではその使用禁制の度合いはそれほどではなく、まして、例えば、「旭日旗」の使用に関しては、特定アジアを除けば、世界のどこにもそんな禁制コードは存在しないがゆえにその使用は自由なのです。



もっとも、何を悲しい言葉と感じるかは、
これまた論者の自由でしょう。


けれども、


>私はそう感じる

ということと

>皆さんもそう感じるべきだ、少なくとも、
>私は皆さんにもそう感じて欲しい

という言明と言語行為は明らかにその<正当性>の根拠を異にしている。而して、全国紙の紙面に掲載されたコラムが後者であることは--後者であると受け取られても著者は文句が言えないことは--明らかではないでしょうか。ならば、上に引用した布施さんのコラムは杜撰であるのみならず僭越である。そうではありますまいか。ありますまいか。と、そう私は考えます。



3_2013103109271066c.jpg



いずれにせよ、
コラム末尾近くの、


若者を引き付ける「左」の論客が「右」に比べて目立たず、影響力が弱い」という、反日リベラル派の敗北宣言とも受け取れる現状認識は潔いと思います。けれども、「左」の論客が--マスメディアのほとんどを反日リベラル派が牛耳っているにもかかわらず--なぜこの社会における説得力を失ったのか。その理由を--「日本社会の右傾化」とか「戦争体験の風化」なる、何も説明していないに等しい<ブラックボックス>を導入して糊塗するのではなく--反日リベラル派は、よーく考えて見るべきだとも思います。余計なお世話でしょうけどね(笑)。

蓋し、その原因はリンカーンの次の箴言に鮮やかに予言されているの、鴨。

多くの人をひと時騙すことはできよう、
また、少数の人を長きにわたって騙すこともできるかもしれない。
しかし、多くの人を長きにわたって騙すことなどできないのです。



あるいは、保阪正康さんが抽出・整理された「2・26事件」の3個の原因、すなわち、
皇道派将兵の心性の理解(例えば、『昭和史の教訓』(朝日新書・2007年2月, p.27)

(一)動機が正しければあらゆる行動が許される
(二)天皇神格化による臣民意識の涵養運動
(三)国際的孤立からくる心理的、政治的な閉塞感


も、また、その(二)の字句を2箇所変換して

(一)動機が正しければあらゆる行動が許される
(二)人権神格化による地球市民意識の涵養運動
(三)国際的孤立からくる心理的、政治的な閉塞感


とすれば、「2・26事件」を引き起こした皇道派と反日リベラル派の言説の類似性は
顕著であり、ならば、これも日本の「反日リベラル-戦後民主主義」の
この社会における説得力の衰微の原因分析になっているの、鴨。

もっとも、「2・26事件」自体については、それは--政友会と民政党との党利党略の泥仕合への嫌悪を別にすれば--自分の姉や妹が身売りされている農村の窮乏に無為無策の政治を糾弾する兵士達の怨嗟の叫びに背中を押された、人事的に冷遇されてきた「非天保銭組」(陸軍大学卒業者ではない将校)の鬱憤晴らしにすぎないと私はシンプルに考えていますけれども。閑話休題。



蓋し、「天賦人権論」なり「集団的自衛権」なりが世界では日本の反日リベラルの憲法学説とはほとんど別物として理解されていること。または、ドイツが戦後責任どころか戦争責任も十全には果たしていないのに対して日本は過去に例がないほど誠実かつ完全にそれを果たしていること。逆に言えば、その責任の処理に対して特定アジア諸国内部で不満があることは、毫も「誠実」と「完全」の語義を棄損しないこと。


尚、「天賦人権論」と「集団的自衛権」の意味内容に関する
私の基本的理解については下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・瓦解する天賦人権論-立憲主義の<脱構築>、
 あるいは、<言語ゲーム>としての立憲主義(1)~(9)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61686136.html

・集団的自衛権を巡る憲法論と憲法基礎論(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59856822.html 


加之、海外では、日本の明治以降、少なくとも、昭和10年くらいまでの歴史が高く評価されていること。日本の所謂「つめこみ教育」(笑)への評価が世界では極めて高いこと(例えば、日本の「受験英文法教育」は英米の英語教育研究者の間では称賛の対象でさえあること)。そして、どの国も「ともあれ隣国」とは仲が悪いこと・・・。

これらの諸々の事柄が、ネットを通じて英語を通じて日本の普通の人々にも知られるようになった現在。あるいは、格安航空券で「人権大国なるフランス」や「福祉大国なる北欧」に旅する日本人が増え、また、それらの国から日本に来られる方も増えるに従い--それらの「大国」の実像を知る日本人が増えてきたのにともなって--、「ありゃ、ふにゃ、こんな「大国」よりも日本の方がましだし、それは戦前でもそうだったんじゃないかい」という皮膚感覚的の認識が広くこの社会に行き渡ってきたの、鴨です。

もし、そのような皮膚感覚的な彼我認識の普及と浸透の想定が満更間違いではないとするならば、反日リベラル派の流布してきた世界イメージや歴史認識が、ゆっくりと、しかし、確実に崩壊してきたことも理の当然なの、鴨。と、そう私は思います。ならば、自虐史観からよりニュートラルな「特定アジア」という言葉は、現在の所、かなり便利で適切な言葉であることもまた、この社会の「右でも左でもいい」けれど多くの人々が理解してきたの、鴨とも。


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