国際社会と日本との間で<人権>を巡る認識の落差が拡大しているらしい

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国際社会なるものと日本との間で「人権」を巡る認識の違いが現在進行形で拡がっているそうです。よって、「人権後進国」「国際社会に抵抗している国」(国連人種差別撤廃委員会・ナイジェル・ロドリー議長)という印象を日本は国際社会にますます与えているらしい。例えば、所謂「ヘイトスピーチ禁止法」を巡ってはこういう報道もされていますものね。


▼ヘイトスピーチ「禁止法が必要」 国連委、日本に勧告案
国連人種差別撤廃委員会による対日審査が20、21両日、スイス・ジュネーブで行われ、在日韓国・朝鮮人らを対象にしたヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)に関連して、「包括的な差別禁止法の制定が必要」とする日本政府への勧告案をまとめた。今後、この案を基にした「最終見解」を公表する。

審査の冒頭、日本政府側は、ヘイトスピーチを禁止する法律の制定や、インターネットなどでの外国人差別や人種差別が発生した場合の法の運用について、「民法上の不法行為にも刑事罰の対象にもならない行為に対する規制に対しては、憲法が保障する『表現の自由』などの関係を慎重に検討しなくてはならない」と述べた。

多くの委員は、審査前に日本でのヘイトスピーチの様子をビデオで視聴。右派系市民団体が「出てこい、殺すぞ」などと叫ぶ様子について「これに対応することは表現の自由の保護と抵触しないのではないか。スピーチだけではなく実際に暴力を起こすような威嚇なのではないか。非常に過激でスピーチ以上のものだ」との指摘が出た。警察の警備の様子についても「(ヘイトスピーチをする)加害者たちに警察が付き添っているかのように見えた。多くの国では、こういうことが起こった場合には逮捕するものだ」と批判した。

傍聴した有田芳生参議院議員(民主党)は「日本の人権感覚は外国からすると(時代に)逆行しているようにみえるのだろう」と述べ、ヘイトスピーチなどに対応するための「人種差別撤廃基本法」の早期制定を目指す考えを示した。

委員会には「在日特権を許さない市民の会」と「なでしこアクション」がそれぞれ、「在日韓国朝鮮人は日本で特権を得ている」などと主張する報告書を事前提出している。


(朝日新聞・2014年8月21日)


なるほど、「日本の人権感覚は外国からすると時代に逆行しているようにみえる」ですか。ふむ、ふむ、しかし、唯物史観の不可能が見事に、それこそ<歴史>によって証明されてから四半世紀。そんな、現在に生きる身の私としてはこういう「時代感覚」自体に些か戸惑いを禁じえません。お互いの拠って立つ政治的立場やイデオロギーの違いではなく、すなわち、政治的・思想的な<国際社会>と<人権>に関する理解というより、<国際社会>と<人権>に関する歴史的と論理的な理解からは、こんな民主党議員の呟きは生産的な議論のためにはなんの意味もないだろう、と。私の<人権>を巡る理解については下記拙稿をご参照いただきたいのですが、要は、

б(≧◇≦)ノ ・・・時空を超えて「一昨日きやがれ」!

と、感じないではなかったということです。しかし、まあ、<国際社会>と<人権>、よって、<日本>と<憲法>についてこの程度の認識しか持っていない国会議員が存在することは、しかし、ある意味、日本の民主主義の多様性と強靱さの証左なの、鴨。皮肉ではなく1000歩ほど譲ればそう少しは思わないこともない。そんな無知議員へ我々の税金から歳費が支出されていることは不愉快だけども。

(ノ-_-)ノ ~┻━┻・..。


・瓦解する天賦人権論-立憲主義の<脱構築>、あるいは、
<言語ゲーム>としての立憲主義(1)~(9)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61686136.html



弊ブログの読者の皆様には、
改めて申し上げるまでもないことでしょうけれど、
蛇足ながら申し添えて置きます。

私は(A)「ヘイトスピーチ禁止法」には反対です。
なぜならば、日本ではその立法の必要がないから。
而して、「法三章」というのではなく、すべからく、
不要な立法は保守主義の観点からは悪法だと思うから。


同法類似の法制を導入せざるを得なかった欧州諸国とは違い、日本では、「文化人類学的に見たある少数派への多数派からの一般的な差別的な表現行為」が「その少数派に属する個々人に対する、生命・身体・財産・名誉を赤裸々に脅かす切迫した暴力」と認定され、それらの表現が深刻な社会の分裂を引き起こしかねない状況にはないでしょう。

ならば、憲法の表現の自由の重要性を鑑みれば--すなわち、刑法の謙抑性の原則や民法の受忍限度論からも--、単なる表現行為をしかもその表現内容に基づき禁止・抑制するなどは法学的には筋悪でしかない。そう思うからです。実際、アメリカにおける「ヘイトスピーチ禁止法」を巡る禁止・抑制の実際はこのような私の理解とほぼパラレルだと理解しています。


他方、(B)新大久保近辺で「在日韓国人は日本から出て行け!」など叫んでいるらしいグループは--自覚的か無自覚的かはいざ知らず、日本と保守派のイメージを毀損しているという点で--反日リベラル派や特定アジアの別働隊に他ならない。いずれにせよ、彼等が現代の保守主義とは無縁な「教条主義的な社会主義」の徒であることは自明であろう。と、そう私は思います。

而して、国内法的にはもちろん、国際法的にも--数世代に亘り一応平穏に滞在しており、実質的に生活の拠点が日本にあり、ある一人に対する国外退去処分が必然的にその家族の分離を意味することになる以上、残念ながら--在日韓国人一般を国外退去処分することは認められない。ならば、「在日特権」なるものが問題であるとするならば--実際、「特権」と呼ばれても文句が言えないくらいの問題があると私自身も考えないではないけれども--新大久保近辺を騒がせているグループは、安倍政権に対して、 あるいは、左右を広汎に覆う国民世論にむけて、

(ⅰ)所謂「特別永住権」制度を即時廃止すること。つまり、在日韓国人たる日本市民に対しては、名誉ある「韓国国民」たる外国人になるか日本に帰化するかを選択していただくこと

(ⅱ)雇用保険や健康保険等々のその国籍にかかわらず資格者には認めることが合理的であり正義にかなうもの、あるいは、義務教育サービス等々の相互主義の観点から国籍によっては資格者には認めることが合理的であり正義にかなうものを除き、原則、外国人に対するすべての社会保障サービス(要は、社会権的基本権の各論的具現)の提供を廃止すること。例えば、漸次、3年・6年・9年の段階的な移行期間を経て、--(ⅰ)により廃止されるべき「特別永住者」を含め--外国人に対する「生活保護」支出は全廃すること

(ⅲ)国民主権の原理から見て--国家権力の行使と関連しない場合を除き--外国人たる日本市民に認められている違憲な「住民投票資格」あるいは「政党の代表選挙投票資格」を即刻廃止するべく強いリーダーシップを発揮すること


これら(ⅰ)~(ⅲ)を働きかけることに、よって、これらに反対するだろう朝日新聞やNHKといった反日リベラル--そして、その与力のニューヨークタイムズと国連人権委--との言論戦に汗をかくべきではないか。そう、「敵は新大久保ではなく築地と永田町にあり」、「敵は2011年度までは京都朝鮮第一初級学校があった京都の南区ではなくニューヨークとジュネーブにあり」なのです。と、私はそのように確信しています。


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畢竟、「距離」や「落差」は相対的なものでしょう。

国際社会と日本との間で<人権>を巡る認識の落差が拡大しているとするならば、それは日本側の変化のみならず国際社会側の変化が原因でもありうるということ。そして、世界の国連加盟193カ国+台湾を含む、文字通り、現在完了進行形の<人権>を巡る世界の標準的な認識や世界の一般的な<人権>状況と比べるとき、ますますそれから遠ざかっているのは「国際社会」なるもの、就中、「国連人種差別撤廃委員会」の方ではないかと思います。蓋し、それはビックバン以降、拡大し続けている<宇宙の果て>といった様相なの、鴨。

いずれにせよ、石原慎太郎・平沼赳夫氏率いる「次世代の党」が「生活保護の給付対象から外国人を除外するための生活保護法改正案を秋の臨時国会に提出することを決めた」ことを指して「保守色を前面に押し立てて動き始めた」(毎日新聞・2014年8月21日)なる形容句でそれを報道する日本のリベラル派のマスメディアの<人権>認識は国際社会なるものを遥かに超えた宇宙外のものであることだけは確実でしょう。

なぜならば、彼等リベラル派がいまだに<坂の上の雲>しているらしい欧米諸国も含め--政策的意図で外国人労働者を受け入れている国、あるいは、EU等の広域の域内行政協定が結ばれている国を除けば--「外国人への生活補助支給」など存在しないから。それは、いずこも厳しい国家財政の観点などではなく、それは<憲法>上の権利ではないからです。

要は、国際的な標準から見れば「外国人への生活補助支給」などは「失言をしない麻生総理」どころか「謙虚な朝日新聞」、あるいは、「燃えない火」や「液体の氷」と同様に形容矛盾の用語である。ならば、「生活保護の給付対象から外国人を除外するための生活保護法改正案」が「保守色」に見えるらしい毎日新聞の立ち位置は国際的な標準からは遥かに左側にあるということでしょう。それも、ドプラ-効果が加わるほど速く現在進行形で日々左側に移行しているの、鴨。いや、それはドプラ-効果も成立しない左翼の圏外なの、鴨。

б(≧◇≦)ノ ・・・リベラル派の言う「国際社会」なるものは宇宙の果てである!
б(≧◇≦)ノ ・・・日本の反日リベラルは宇宙外の存在である!



而して、「国際社会」とはなにか。少なくとも、現状では、主権国家のための常設の国際会議組織にすぎない国際連合(United Nations)が「国際社会」なるものである筋合いはない。まして、国際連合総会なるものは、白黒はっきり言えば、国際連合の中枢たる安全保障理事会での討議や討議の不在を観戦するための主権国家限定の観客席でしかない。それはリンゴの皮とリンゴの中味の比率に近しい。ならば、そんな国際連合総会の補助機関(国連機関)のone of them でしかない国際連合人権理事会(UNHRC:United Nations Human Rights Council--国際連合経済社会理事会の機能委員会の一つであった、不効率と不公平の両面で悪名高かった旧国際連合人権委員会UNCHR:United Nations Commission on Human Rightsの後身)などが「国際社会」なるものであるはずもない。断じてない。

ならば、その国際連合人権理事会に対して「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(ICERD:International Convention on the Elimination of All Forms of Racial Discrimination)の実現状況について審査しレポートするための作業委員会--というか、リベラル派が自国政府批判の宣伝をして大騒ぎするほとんど大学の公開セミナーでしかない--国連人種差別撤廃委員会などが「国際社会」を代表するなどは金輪際あることではないでしょう。繰り返しになりますが、この経緯は単に「社会学的観点」のみならず「制度的・法学的の観点」から言えること。すなわち、そう、それは、例えば、日本の社民党が日本の世論を代表する存在ではないように金輪際ないことなのです。

蓋し、あくまでも<国際社会>とは、現在では世界の200前後の主権国家の法域で認識され了解されている「国際法と国内法の調整」を巡る常識であり慣行の集積であり、判例や立法の集積。そんな200余の<集積の集積>から逆算して--幸いにしてそこに「家族的類似性」が得られれば--理解されるしかないものではないかと思います。いずれにせよ、どのような意味でも、朝日新聞や国連人種差別撤廃委員会はますます我々の<国際社会>から遠ざかっていることは間違いない。それは、我らの太陽系と銀河系を遥かに離れた宇宙の果ての存在ではなかろうか。と、そう私は考えます。


尚、「常設の国際会議組織としての国連」という国連認識に
関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。


・国連憲章における安全保障制度の整理(上)(下)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11137361486.html


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