一葉落ちて慰安婦問題の終了を実感--やはり、「慰安婦問題は朝日新聞問題」だった--




慰安婦問題は終わった。つらつら館内検索をしているとき、
帰省していた郷里の市立図書館でふとそう感じました。

まず、「従軍慰安婦」の検索点数17件、その多くが閉架に移され、
開架にあったのは黄文雄「「従軍慰安婦」問題」くらいだったから。

まあ、閉架への移動は偶然なり私の錯覚として、
なにより「慰安婦」で検索した170点のうち貸し出し中が1件も
なかったから。いかに九州の田舎の市立図書館とはいえ、
こんなことは今までかってなかったこと。

でもって、
西岡力「よくわかる慰安婦問題」や秦さんの諸労作から、
大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」。そして、
吉見義明さんや川田文子さんのリベラル派の書籍に至るまで、
仲良く無聊をかこっておられた。

б(≧◇≦)ノ ・・・苛政は虎よりも猛し
б(≧◇≦)ノ ・・・関心低下の効果は焚書坑儒よりも凄まじい


朝日新聞がよく書く「アジア」なるものは知らず、このイシューに対する日本国内の関心は、かっての熱湯状態から比べれば、そう、今11月半ば頃の十和田湖の湖面の水温のようなものか。そして、このイシューを巡る日本社会の情景もまた、観光客がまばらな明け方の十和田湖の水面のように静かということ。

この晩夏と初秋に朝日新聞が誤報を認め謝罪してから僅か2カ月。私は慰安婦問題の終了を実感しています。「慰安婦問題は日本の国内問題であり朝日新聞問題だった」という感覚とともに。

б(≧◇≦)ノ ・・・見一葉落、而知歳之将暮

>一葉落ちて天下の秋を知る(淮南子-説山訓)
(図書館の検索結果に「慰安婦問題」の終焉を感じる)
(その終焉を通して日本におけるリベラル派の衰退を予感する)



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>世界では強制があったかどうかなどは誰も問題にしていない

朝日を始めリベラル派はそう言ってきました。というか、このイシューが<国際的>に騒がれ始めた90年代頭からちょうど四半世紀、このイシューを巡る米英メディアの記事をそれなりにフォローしてきたつもりの身から言わせていただければ、実は、強制があったかどうかどころか、

>世界では慰安婦問題などほとんど誰も問題にしていない

のです。畢竟、世界でこのイシューを問題にしているのは、特定アジア(支那・韓国・北朝鮮)三国、ならびに、国連人権理事会の周辺に屯している人権NGOやらリベラル派のNPOやジャーナリストだけである。そう私は確信しています。

ちなみに、リベラル派の弁護士、海渡雄一氏も認めているように、国際人権規約にもとづく「自由権規約委員会、社会権規約委員会、拷問禁止委員会、女性差別撤廃委員会、子どもの権利委員会、人種差別撤廃委員会などの・・・委員会は、・・・厳密に言えば、国連そのものではない」(『世界』2014年9月号所収「日本の人権状況に示される国際的懸念--国連人権規約委員会の勧告をめぐって」p.217)のですから、「国連人権理事会の周辺」というのは、「制度的」というより、文字通り「地理的」とか、「人脈的」や「注文主-納品業者の関係」の如きイメージ。ならば、「築地の朝日新聞や神保町の岩波書店の周辺に屯するリベラル派」とこの語感はパラレル、鴨。


いずれにせよ、

>世界では強制があったかどうかなどは誰も問題にしていない

ということが事実としても--例えば、彼等の支那やイスラム国に対する及び腰の態度を想起すれば誰しも思い半ばに過ぎることでしょうけれど--、国連人権規約委員会に屯しているNPOやらジャーナリストが、都度執拗にこの問題について「世界の懸念」なりを発信してきたのも、韓国がこの件で日本政府に<要求>し続けてきたのも、日本政府からのなんらかの弁明や補償を期待できると思っていたからでしょう。而して、慰安婦問題は終わったのです。

なぜか、日本政府にそんな対応は最早期待できないから。
なぜならば、国内世論が変わったから。

というか、もっと凄まじいことに、
国内における慰安婦問題への関心が消失したから。

畢竟、韓国の<要求>に理解を示す「良心的日本人」が反日リベラル勢力を除けば消滅したから。慰安婦問題に関して日本の世論という十和田湖から、その水面から湖底に至るまでイノセントな色彩が消滅したからです。

すなわち、(ⅰ)日本政府を縛ってきたものは国内の世論--明確に言語化され発信される主張や認識から感覚的な状況認識や一種の道義的責任感に至る多層な世論--だけであり、(ⅱ)その日本国内の<十和田湖の湖水>は、「日本軍による直接かつ組織的な強制があったかもしれない」ということ、すなわち、「慰安婦」が「従軍慰安婦」であった可能性によって形成されていた。

要は、日本国内では「強制があったかなかったか」だけが問題だったのであり、(ⅲ)朝日新聞が「誤報」を認め、「強制の存在の可能性=「従軍慰安婦」の存在の可能性」という前提が崩壊するやいなや日本では慰安婦問題は終わった。そして、(ⅳ)人権派の活動の費用対効果を想像するに、日本で終わった慰安婦問題は「世界」でも漸次終焉をむかえるに違いない。


と、そう私は考えます。つまり、「慰安婦問題」は売春買春が合法な時代や社会での戦時下占領地の公娼を巡る問題であり、専門の歴史研究者や人権問題専門家を除けばそう多くの国民の興味をひくイシューではなくなった。例えば、石川逸子「日本軍「慰安婦」にされた少女たち」(岩波ジュニア新書(旧版1993年4月→新版2013年11月)が熟慮の末に旧版のタイトルから「従軍慰安婦」の文字を削り新版を上梓されてからちょうど1年、同書の情報がこれから持つ意味もこれと同様ということでしょう。


私がリベラル派の肩をもつ必要もないのでしょうけれど、しかし、「強制」がなかったことは、少なくともこの10年余りで、左右を問わずこのイシューを論じる論者の共通理解になっていた。つまり、「慰安婦」を巡る事実認識は朝日新聞の今般の自白や謝罪によって1㏄も変化していないのです。


<黄金の反日壁パス>
朝日新聞→ニューヨークタイムズ
・            ↓
・            ↓
・・・・・・・・・・>朝日新聞



だからこそ、「世界では強制があったかどうかなどは誰も問題にしていない」とリベラル派の論者は真顔で抗弁し、そして、朝日新聞も、--これはあくまでも私の想像ですが、「朝日→NYT→朝日」に典型的な国内世論操作の<黄金の壁パス>の効果もあって、国内世論の支持もいくらか期待できるとふんだ上で--誤報を認め謝罪したのでしょう。しかし、結果はそうではなかった。このことから何が言えるか、

ならば、

>慰安婦問題は国内問題であり朝日新聞問題だった

ということ。だから、朝日が誤報を認め謝罪して以降のフェーズでは、<黄金の壁パス>の効果もほとんどなく、まして、「世界」や「アジア」からの支援も「試合結果=慰安婦問題の終了」になんの影響も与えなかったのでしょう。


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この「慰安婦問題の終了」の経緯から確認できることがもう一つある。それは、朝日新聞の問題は--櫻田淳さんが最近言っておられるように--朝日新聞が「「普通の国」のリベラル・メディア」ではないことに起因しているということ。リベラルであることは結構だけれども、日本に対するのと同じ基準と厳しさで諸外国も--就中、フランスと北欧諸国を、および、支那と韓国を--批判するメディアにならなければもう駄目ですよ、と。

例えば、『中央公論』(2014年11月号)の特集記事「メディアと国益 朝日問題から考える」の中で、朝日OBの早野透氏は平気で「朝日新聞が「反日」のはずがない。日本の悪かった部分を直視し、反省していくことはむしろ「愛国」だろう」(p.52)と述べている。

この認識は--「これまでの朝日の姿勢は「直視」とは言えないよね」ということが問題になっているときに場違いであることは咎めないとしても--、櫻田さんの言う「「普通の国」のメディア」という問題意識、すなわち、支那や韓国に対しても日本に対するのと同じ基準で「悪かった部分を直視」しなければ、--朝日新聞が本当は特定アジアのエージェントではなく、つまり、「反日」ではないとしても--リベラルでハト派的な姿勢を貫こうと朝日新聞が本当に思っていたとして、そんな朝日のイノセントな意図とは無関係に、機能的に見れば「朝日新聞は特定アジアの走狗」でしかないという現実を直視できていないものでしょう。


而して、同じ中央公論の掲載記事「政府の向こうには世界がある--鎖国思考を脱するとき」の中で、北岡伸一国際大学学長はこう述べています。「今回の朝日新聞の慰安婦報道の問題は、最近の・・・集団的自衛権に対する極端な批判と同根である。集団的自衛権について報道する時、朝日新聞はよく「アジアが日本の軍国主義化を懸念している」と書く。・・・しかし、「アジアの懸念」とは何なのか。そもそもアジアには50を超える国々がある。そのうち日本を批判しているのは中国、韓国、北朝鮮の三カ国であり、他の国の政府はおおむね安倍内閣の安全保障政策に賛成なのだ」(p.40)、と。蓋し、朝日に「鎖国思考からの脱却」を勧める北岡氏の認識と櫻田さんの提案を支える認識は一つのコインの表裏なのだと思います。

要は、朝日は、日本に対すると同じ基準では他国を批判できないDV型の内弁慶。そうであるがゆえに、他国を俎上に載せる際には具体性が消失していき、ついに、「アジア」や「世界」という抽象的な観念形象を紡ぎ出すしかなくなるのだろう。と、そう私は考えます。また、「戦時下の性暴力に抗する女性の権利は世界の常識。そんな当たり前のことも日本政府は理解していない」などと日頃のたまっている、朝日の周辺に屯する人権NPOの方々には、今将に、イスラム国や支那に乗り込んでその指導者の方々にそう言いなさいと感じないわけでもありません。

要は、彼等の言う「世界」とは「西欧のリベラル派の仲間内」のことである。そして、そんなアメリカでも日本でも極めて特殊な「世界」の主張も、一応、国連の周辺にある国連人権規約委員会で聞いてもらえるのは、西欧の--というか、米英の--軍事力の裏付けがあってのことであり、西欧の--このコンテクストでは日本も含む--経済力があってのことだということ。

けれども、支那やイスラム国に乗り込まない人権NPOや鎖国思考の朝日新聞は、実は、このことを--自分たちの活動が曲がりなりにも行えるのも米英の軍事力の裏付けがあってのことだということを--よくわかっているのではないか。だからこそ、精神的視覚障害者の如く、現実の世界が見えているはずなのに見えないことになり「アジア」や「世界」という自分が紡ぎ出した言葉と戯れるしかないのでしょうから。


ならば、朝日新聞にとってこそ、

>慰安婦問題は国内問題であり朝日新聞問題だった

ことを直視することは<視覚機能>を取り戻す好機ではあろう。
と、私もそう考えます。無理だろうけど。

だってね、喉元すぎれば熱さもわすれられるだろうし、
雀百まで躍り忘れずでしょうから。



尚、「慰安婦問題」を巡る私の基本的認識については下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。それはまた、「世界では強制があったかどうかなどは誰も問題にしていない」とは必ずしも言えないこと、よって、朝日新聞が国益を棄損した実害は小さくないこともまた確認できる記事だと思いますから。

・安倍総理の歴史認識を批判する海外報道紹介(1)~(12)+後記(上)(下)
(「後記(下)」に所謂「従軍慰安婦」なるものを巡る現下の論点をまとめています)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61855076.html

・橋下「慰安婦発言」批判の海外報道紹介
 --歪んだ論理の磁場の確認とその消磁化の契機として(1)~(9)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/61938729.html

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