宗教と憲法--アメリカ大統領選の背景とアメリカ建国の風景(破)





◆検算ーーアメリカ建国の風景

〈承前〉

周知のことの確認から。現在の〈アメリカ〉の直接・直系の母胎というか胎盤になった13の北米英領植民地は、国王ジェームズ1世の特許状を得たある「会社」のジェームズタウン(ヴァージニア:VA)入植事業に始まります。

それに続く、大西洋を66日かけて渡りきったーー現在のアメリカでは神話的存在の!ーーあのメーフラワー号の航海、そう、102人の「ピルグリムファーザーズ∈英国教会分離派」のプリマス(マサチューセッツ:MA)上陸もそのヴァージニアの会社経由で入手した所謂「プリマス会社」への特許状によるもの。

尚、ご承知のように「スコットランド」と「イングランド」の統合は1707年。しかし、アメリカ建国史を素描する上では、スコットランド国王が1603年にイングランド国王をも兼ねる「ジェームズ1世」になっていたこともあり、原則、本稿では両国およびウェールズを併せて「英国」と記しています。

※英国北米入植年表※
1607:ジェームズタウン(VA)入植
1620:メーフラワー号、プリマス(MA)到着
1630:英国教会非分離改革派、ボストン近郊(MA)に入植
1632:ボルティモア卿(カトリック)にメリーランド(MD)下賜
>>1640~60:ピューリタン革命
1664:ヨーク公にニューヨーク(NY)贈与
1681:クェーカーのペンにペンシルヴァニア下賜
cf. 1618~48:30年戦争(ドイツ)
cf. 関ヶ原の戦い(1600), 島原の乱(1637-38), 生類憐れみの令(1687~1708), 赤穂浪士の討ち入(1702)

・完版:保守派のための海馬之玄関<自家製・近代史年表>みたいなもの--(上)~(下)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a3221c77ea0add17edf737d21088cf96





加之、ーー新大陸に「丘の上の町」(マタイ5-14)を建設せんとーー神権的権威主義者・ウィンスロップ率いる英国教会主流内の非分離改革派が現在のボストン近郊(MA)に大挙入植した企ても、こんどはこのプリマス会社の特許内容の一環と強弁して敢行されたもの。ちなみに、MAと同じくニューイングランド英領植民地であるロードアイランド(RI)とコネティカット(CT)は、ウィンスロップ的な〈神権的民主専制?〉の横暴に「やってられねぇーっうの」と「脱藩 or 脱獄」した「他者の信仰の自由」にも寛容なピューリタングループが作った英領植民地。

他方、メリーランド(MD)とペンシルヴァニア(PA)は英国王チャールズ1世とチャールズ2世の父子からーー借金の形にーー友人のカトリックの貴族とクェーカーの有力者ペンに下賜されたもの。加之、オランダからぶんどったニューヨーク(NY)は、王政復古(the Restoration in 1660)の後、英国王チャールズ2世からーー後に英国王ジェームズ2世となるーー実弟のヨーク公に「領地」として贈与された植民地。而して、その旧ニューネーデルランドの一部をこんどはヨーク公がご自分の取り巻きの貴族とPAの領主ペン一族にプレゼントした「領地」が各々ニュージャージー(NJ)とデラウェア(DE)

※北米英領植民地分類 in 1776
1〉国王直轄型:NH, NY, NJ,
VA, NC, SC, GA
2〉封土領地型:PA, DE, MD
3〉社会契約型:MA, CT, RI
cf. 型内の順序は北から南
cf. NH:ニューハンプシャー, NC:ノースカロライナ, SC:サウスカロライナ, GA:ジョージア

※北米英領植民地の宗教・宗派のラインナップーー1607~1789※
0カトリック
①英国教会・高教会派の前身
②英国教会・低教会派の前身
>非分離改革派(/→組合派)
>分離派(→独立派・オランダ改革派/→組合派)
③カルヴァン派(長老派)
④バプティスト派
⑤メソディスト派
⑥フレンド教会派(クェーカー)
⑦ルター派
⑧ユダヤ教

cf. 確認 所謂「ピューリタン革命」(1640~60)を闘った「ピューリタン」とは、(a1)英国教会の非分離改革派、(a2)分離派、ならびに、(b)カルヴァン派、(c)バプティスト派の人びとの総称です。

また、それはーーあの善意の狂人ロベスピエール一派の陰惨な悲惨が炸裂した「フランス擾乱」と同じく、しかし、その祖国と自己の属するコミュニティを思う真面目さでは天と地ほど異なるもののーー所謂「市民革命」などではありません。リベラル派の必死の弁明にかかわらず、1789年を挟む前後半世紀の国民の経済状況の変動に関する実証研究の結果、有意の変化は見られない事実は決定的ですから。蓋し、「フランス擾乱」が単なる、しかし、双方が「第三身分」を〈道具〉に用いてなされた支配層内の空虚かつ凄惨な内部抗争であったのに対して、「ピューリタン革命」はーー英国国教会の非分離派と分離派が、非国教会系の、これまた、カルヴァン派等の極左と極右の役回りになったカトリックを巻き込んで争ったーー「宗教闘争」だったのだと思います。而して、革命を主導したのは護国卿クロムウェルを棟梁に頂く分離派の中のーー英国教会からの独立性、更に、各教会の他の教会からの独立性を主張するーー「独立派」でしたよね。






要は、北米英領植民地の成立と形成は、(α)信仰の自由を巡る宗教宗派の軋轢と妥協、(Β)英本国のーーこれまた、遅くとも、ブラッディ・メアリー女王以来の宗教宗派の抗争を軸にしたーー政治情勢の関数でもあったということです。

蓋し、ほぼ同時期に(1618~48)、欧州でも最大級の宗教戦争である「30年戦争」が繰り広げられていたこと。あるいは、MAでは北米最後かつ最大級の「魔女裁判事件:セイラムの魔女裁判事件」(1692)がーー「名誉革命」(1688)後の英本国における鋭い宗派間対立を背景にしてーー惹起したことを反芻するとき。

更には、独立宣言(1776)以前に学位授与資格を英国王から直に、あるいは植民地(province)の英国総督から認められたーーハーバード(MA), ウィリアムアンドメアリー(VA), イエール(CT), プリンストン(NJ), ブラウン(RI), ラトガーズ(NJ), ダートマス(NH), コロンビア(NY), ペンシルヴァニア(PA)といったーー九つの「colonial colleges」は、すべてその主眼をーー極一部を除き、法曹と医師の育成機能ともにーー各植民地ごとに支配的なキリスト教宗派の聖職者養成に置いていたこと……。これらのことを想起するならば、上記の認識は満更誇張ではないのではないでしょうか。

勿論、恒産なくんば恒心なし。霞みを食って生きられるわけはない。実際ーー尚、本稿では所謂「ネーティブアメリカン」の人びと、ならびに、アフリカの人びとが被った凄まじい事態については触れる余裕がないのは残念なのですがーーいずれも、穀物栽培に加えて、VAを盟主と仰ぐ南部5植民地の煙草栽培(綿花栽培はーーよって、「奴隷制」の拡大が加速するのも、ーー18世紀半ば以降からです!)、北部ニューイングランド4植民地はMAを筆頭に林業・漁業・造船・酒造、そして、運輸・金融・手工業に活路を見出しNYとPAのダブルセンター体制の中部4植民地といった17世紀の端から18世紀前半に至る状況……。

これらを想起するに、勿論、植民地の域内と域外ーー英本国を始めとする欧州やアフリカ西海岸、就中、カリブ海の英領植民地等の域外ーーでの経済活動が曲がりなりにも回転したからこそではありますが、しかし、畢竟、北米英領植民地の成立と変遷は「英国宗教史の一部」、少なくともその「応用問題」と捉えても満更間違いではない、鴨。それは「長崎で討たれた敵」の物語かもしれないけれど、「桶屋さんが風が吹いて儲かった」話ではないだろう。そう私は考えるのです。蓋し、「13英領植民地→WASP系北米13邦→アメリカ合衆国」の移行プロセスもまたそうなの、鴨とも。


〈続く〉
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