被爆国たる日本には核武装する権利がある、鴨




トランプ次期大統領の過去の言動を朝日新聞が批判しています。それ、社説・政治部の偉いさんのコラム、アメリカの特派員さんのレポート等々、ここ数日目にしただけでも半ダースは優に越える気合いの入れよう()。まあ、負け犬の遠吠えは(←「ひかれ者の小唄は」とも言う。)、われわれ保守派にとってはどうでもいいのですけどね()。どうでもよくはない杜撰なロジックがーーあるいは、疑似ロジックによる詐術がーー、しかし、そこにひっそりと炸裂していた。と、そう私には感じられました。それは、大体こんな感じの物言い(尚、トランプ氏の発言部分は原文からKABUが直接訳しました。朝日新聞には嘘が書いてあるかもしれませんから)。

>トランプ氏は、[日本の安全保障に触れた際に、]「どの国も自国は自国で守るべきなのです。北朝鮮の核が日本にとって脅威だというのなら、日本も核武装すればよいのです」と、被爆国の日本が取り得ない[選択肢]を述べた。


私の疑問はシンプル。それは「被爆国の日本は核武装という選択肢を取り得ない」という命題の意味と真偽に関する疑問。蓋し、朝日新聞のこの命題の意味が、「被爆国は、……

==>技術的に核武装できない」
==>法的に核武装できない」
==>道徳的に核武装するべきではない」

という3命題のどれと同値であろうともーーしかし、実際、この3命題以外と解するのは常識はずれというもの、多分ーー、それら3命題はすべて間違いであるか、少なくとも、トランプ氏や核武装を推進しょうとする日本の左右の論者に対する有効な批判または提案にはなっていないでしょうよ。と、そういうことです。

何故ならばーー分析哲学的観点からはーー、他者との討議において言説は大きく二つ、「真理・信仰告白型と法則・法規範提示型」に別れる。そして、(真理・信仰告白型)「これこれの根拠によって、わたしはこう思う」という言説と、(法則・法規範提示型)「これこれの根拠によって、わたしはこう思う、よって、あなたもそう思いなさい」というタイプの言説とでは、論者に要求される「根拠」の性質は異なる。と、そう私は考えるのです。而して、この討議的言説の理解から鑑みるに、朝日新聞の物言いが後者の「法則・法規範提示型」の言説であるとするならばーー全国紙の紙面に、繰り返し、自らが信じる「真理や信仰を告白」するだけの文字列を掲載するなどは常識はずれでしょうからーー、それは、「法則・法規範提示型」の言説が備えるべき水準の根拠を欠く、破綻した主張であるか、主張の破綻を承知の上でさなされた詐術、または、その両方でしかない。そう、私は思うのです。


畢竟、(甲)「日本は技術的に核武装できない」という認識が事実に反することは国際的にも明らかでしょう。だからこそ、ーー本当のことは藪の中としても、彼等は「日本は比較的容易に核武装できるあるよ、ニダ」と思っているからこそーー支那や南朝鮮といった反日国、あるいは、そのエージェントであるNYT・WPST、BBC・ガーディアンなどの米英のリベラル系メディアは都度、日本の核武装の可能性について悲鳴を、もとい、警鐘を鳴らしているのでしょうから。

実際、先月、北朝鮮の制御を求める文脈で、アメリカの国務長官(the Secretary of State)が支那に対して「北朝鮮がこのまま核開発を続けるようなら、日本も核武装するかもしれませんよ。その気になれば日本は24時間で核武装できるでしょう。その場合、アメリカも日本に核武装をやめろとは言えないですよ。支那はそうなってもいいんですか?」と言ったらしい。そうこれまさに、「trick or treat」発言、鴨。

要は、純粋な核弾頭(a nuclear warhead)製造技術も、また、核兵器の原料のプルトニウムの〈備蓄〉においても(←まじ、売るほどあるがな)、まして、核弾頭を向こうの大陸まで運ぶ弾道ミサイル(a ballistic missile)の製造についても、24時間かどうかは知らないけれど、〈技術的〉観点からは「日本は技術的に核武装できない」という命題は偽であろうということです。


念のためとはいえ、知らない向きなどほとんどおられないだろう〈技術的マター〉にだらだら言及(↑)してしまいました。先を急ぎます。而して、次の場合は如何。(乙)「日本は法的に核武装できない/核武装することは許されない」はどうか。

蓋し、例えば、日本も「核拡散防止条約:NPT, Non-Proliferation Treaty」を1976年に批准しています。つまり、(a)NPT上の核兵器保有国はーーイスラエル・インド・パキスタン・イラン・北朝鮮等々の核兵器を持っているだけの国は除く、また、NATO加盟国またはカナダの如き「他国の核兵器を協働使用できるなんらかの権限を条約によって保持している国」を除く、米露英仏支の5ヵ国ーー現存の核兵器を漸次削減すること、(b)NPT上の非核保有国は、今後も核武装することはせず、核開発は専らエネルギー開発、および、医療・遺伝子技術等々の所謂「平和利用」に限定する、(c)この(a)(b)を画餅にしないために、各NPT加盟国を監視する機関「国際原子力機関:IAEA, international atomic energy agency」を立ち上げ、(d)この(a)(b)を遵守しない加盟国には、ウラン等の輸出入の制約、更には、より広範な経済制裁も幾つかの手順を踏んで課すこともありうるという約束。加盟国の日本もこの約束に沿って日々原子力政策を進めているということ。

ちなみに、44代アメリカ大統領の誰だっけ、もう忘れた。2009年、ブダペストかどこかでその彼が就任直後に語った「核兵器なき世界」とは、実は、このNPT体制の粛々とした運用以上でも以下でもなかったのですけれども、しかし、条約は条約。要は、どの主権国家もどんな条約でも破棄するのはその国の自由。だから、現在、NPT加盟国たる日本が核武装することは今今は法的に許されないということは、間違いではないけれど、将来的にーーNPTを脱退するなりして、ーー日本が核武装することは国際法的にはなんら問題はないのです。蓋し、45代のトランプ大統領がーーブッシュ43代大統領(息子)が地球温暖化の京都議定書体制を脱退したようにーー地球温暖化のパリ条約を早晩破棄するだろうように、ですね。


では、条約ではない国際法ではどうでしょうか。ご存知の方も多いでしょうけれど、「国際法」の一般法は慣習法。すなわち、それが規制する国際関係マターに関して慣習国際法がカバーする領域を太平洋とすれば特別法たる条約の守備範囲などは琵琶湖くらいのものなのですからね。これは充分考慮する価値はある、鴨です。

この点参考になる国際司法裁判所の判断があります。すなわち、「核兵器の威嚇または使用の合法性に関する勧告的意見:Advisory Opinion of the International Court of Justice on the Legality of the Threat or Use of Nuclear Weapons」(1996年7月8日)。法的拘束力のないこの勧告的意見で、ICJは、「核兵器の威嚇または使用は武力紛争に適用される国際法の規則・・・に一般的には違反するであろう」しかし、「国家の存亡そのものが危険にさらされるような、自衛の極端な状況における、核兵器の威嚇または使用が合法であるか違法であるかについて当裁判所は最終的な結論を下すことはできない」と述べています。要は、「核兵器の使用がすべて国際法違反とは言えない」ということ。

(1)核兵器の使用は一般的には国際法に違反する
(2)核兵器のすべての使用が国際法に違反するとは言えない

蓋し、自動的に大量の非戦闘員の被害が不可避の核兵器の使用が「一般的に戦時国際法に違反する」との認識はーー「東京大空襲」(1945年3月10日の陸軍記念日、松田聖子さんと藤谷美和子さんの誕生日?)が間違いなく国際法違反であるようにーーそう荒唐無稽ではないでしょう。よって、この認識と、加之、「法は緊急時には沈黙する」という法諺・箴言と併せたものとして理解できるこのICJの勧告的意見はまずまず妥当だと思います。

いずれにせよ、この法的拘束力はないながら中庸を得た勧告的意見は、しかし、(α)核武装そのものではなく、核兵器による威嚇または使用についての判断であること、(β)非常事態の自衛権の行使に関しては国際司法裁判所には判断能力がないことを率直に認めていることから、「日本の核武装の可否」に関しては、無関係とまでは言わないけれど、肯定的と否定的ともほとんど参考にはならないものなのです。


而して、国内法的には如何。蓋し、日本の現行の占領憲法においても、日本が核武装することは毫も憲法に反しない。このことは、私のネットウヨ風(笑)の妄想ではなく、安倍総理の祖父、戦後最高の宰相・岸信介首相の内閣以来現在に至る、つまり、ーー細川殿様政権や村山社会党政権のときも、そして、あの悪夢の民主党政権のときも!ーー確定している一貫した日本政府の公式見解なのです。

畢竟、〈法的〉観点からも「日本は核武装することはできない/核武装することは許されない」という命題は偽なのです。



最後に、道徳的にはどうでしょうか。(丙)「日本は道徳的に核武装するべきではない/核武装することは許されない」は「これこれの根拠によって、わたしはこう思う、よって、あなたもそう思いなさい」という討議形式の命題でしょうか。否、です。簡単な話しです。

>被爆国は核武装してはならない/核廃絶を世界に対して要求できる
>日本は被爆国である
>よって、日本は核武装してはならない/核廃絶を世界に対して要求できる

法規範にせよ道徳規範にせよーーあるいは、規範に従う義務の発生が条件付きの仮言命題にせよ、規範に従う義務の発生が無条件の「定言命題」にせよーー、当為規範は上記の「三段論法形式」を取ります。尚、道徳規範と法規範の差異は「制裁:sanction」の有無であるとハンス・ケルゼンは述べていますが、ご興味のある方は『法と国家』(東京大学出版会・1969)のご一読をお薦めします。閑話休題。

而して、「日本は被爆国である」という命題は真なのでしょう。他方、「被爆国は核武装してはならない」という命題には何の根拠もありません。よって、「日本は核武装してはならない」という命題にも他者を拘束する効力は存在しないのです。

敷衍しておけば、上の三段論法形式と下の形式は論理的にーーそして、他者に対して規範的拘束力も効力も持たないという点でも!ーー同値ということです。

>被爆国は核武装が許される
>日本は被爆国である
>よって、日本は核武装するーー少なくとも、道義的ーー権利がある

加之、

この理路(↑)は日本が日本自体に言及しているのだから少なくとも、国際的には、単なる「日本の安全保障政策」に関する認識と意思の表明にすぎないけれど、この国の被爆者団体なるものがしばしば口にされる、次の如き理路、すなわち、

>唯一の戦争被爆国は核廃絶を世界に対して要求するーー少なくとも、道義的なーー権利・資格がある
>日本は唯一の戦争被爆国である
>よって、日本は核廃絶を世界に対して要求できる/要求しなければならない

この理路は、他国に対して何の根拠もないだけではなく、「余計なお世話」的の言説でしかない。要は、被爆団体がそう言うのは勝手だけれども、諸外国はそれを聞き入れなければならない義理などは金輪際ないということ。ならば、他人様を煩わせないだけ、前の「被爆国は核武装が許される→日本は被爆国である→日本は核武装するーー少なくとも、道義的ーー権利がある」の理路の方が討議においてもは妥当だと言える、鴨。


畢竟、「被爆国の日本は核武装という選択肢を取り得ない」という朝日新聞の主張は完全な間違いである。と、私は思います。被爆国たる日本には核武装する権利がある、鴨とも。



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