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ライブドア事件が象徴するもの☆企業内研修制度の揺らぎと格差社会

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ライブドア事件の報道が喧しい。ホリエモン(堀江貴文容疑者)、そして、先の総選挙で彼を支援した武部自民党幹事長や竹中総務大臣への批判を見聞きしない日はないくらいだ。

政治は結果責任。民主党からの立候補も取り沙汰されていたとはいえ、実際に「ババ」を引いた自民党や、特に、公認候補でもないホリエモンに一方ならぬ肩入れをして選挙全体の流れ作りに利用した小泉首相や自民党執行部が世間から指弾されるのは当然のことだろう。まあ、自業自得だよ。


◆「新保守主義の失敗」Vs「新保守主義の不徹底」
ライブドアや堀江氏を叩く余り、しかし、今回の事件を「小泉政権が推進してきた新保守主義的な経済運営と社会改革の失敗」あるいは「勝ち組と負け組みの二極化が進む日本社会の反映」等と捉える論調には私は同意できない。ライブドア事件は「新保守主義の失敗」ではなく「新保守主義の不徹底」の象徴と考えるからである。そう考える理由は以下の5点。

①バブル崩壊後の日本経済を立て直したものは新保守主義に基盤を据えた小泉政権による政治主導の改革だったこと

②勝ち組と負け組みの二極分化などは小泉政権下特有の現象ではなく、むしろ、1985年のプラザ合意に端を発するバブル期とバブル後の失われた90年代にその骨格ができあがった;小泉政権はその現状を透明化して問題点を可視化したにすぎないこと

③ライブドア事件は、公平な競争を担保するためのルールが不整備な状況下で(「性善説」に立つ協調的で自己制御的な競争ルールの下で)、口先では「公平な競争」を称揚し支持する、しかし、単なる犯罪者集団が引き起こしたものにすぎないこと

④新保守主義と整合的な会社法や会計監査ルールの確立がむしろこの社会の緊急の課題であること;これらが実現していない現状では、「公平な競争」をビジネスの個々のプレーヤーに期待するなどは、「朝日新聞に事実」を期待するほどではないにせよ、渋谷で屯する女子高生に貞操を期待することと同じくらい無意味だろうこと

⑤グローバル化の進行の中で日本の取りうる道は新保守主義の更なる推進以外にないこと;ならば、セーフティネットの整備/敗者復活のチャンスの制度化を通して人的資源のオプティマィズ、ならびに、新保守主義的な社会改革がもたらす社会秩序の劣化の回復を(あくまでも国民の自助努力によって)行うしか現実的な選択肢はないこと;そのような社会制度の構造改革の推進(それは戦後民主主義の打破であり日本人の意識改革に他ならない!)と小泉構造改革は大筋では一致していること


◆企業内研修と格差社会
ライブドア事件を契機にして新保守主義の是非や格差社会について考えているとき、昔、弊サイトの日記コーナーに書いた文章を思い出した。平成15年1月20日の記事。小泉政権前半の業績:銀行の不良債権処理もまだまだ五里霧中だった頃のもの。それからちょうど3年。

ライブドア事件は「新保守主義の失敗」ではなく「新保守主義の不徹底」の象徴;この主張を検算すべく小泉構造改革の初期に時空を溯ってその文章を紹介する。このブログを訪問していただいた方と共に「新保守主義と格差社会」について考たいからである。(以下、自家コメント引用)


●人材と人員:企業内研修の揺らぎ

1月20日、朝日新聞で気になる記事を見かけた。『社員研修、まず「実利」 「全体底上げ→企業成長」もう古い?』である。「社員研修は従来、企業の向かう方向に足並みをそろえ、全体の能力の底上げを図ることを大きな目的としてきた。同期を集めたり、新たに昇進した人を対象にする「階層別研修」は一律研修の典型例だ。だが最近は、企業が経営戦略上必要な分野を絞り、個々の社員の能力を伸ばしていく方向に変わってきている。将来の経営者を対象にした選抜型、社員自身が自ら必要なスキルを考えて受ける自己選択型が増えている」、と。

今後どのような人材育成が日本の企業社会で求められるようになるのか;特に、私の専門領域である国際化対応能力の開発分野ではどうなっていくのか;また、この変化は日本の公教育にどんな波及効果を及ぼすのか;この記事を読んでこれらの事柄を考えた。

企業にとって人材は<宝>である。これは奇麗事でも皮肉でもない。なぜならば、企業に付加価値をもたらすのは独り人材なのだから。しかし、総ての社員が付加価値を産む<人材>ではない。労働者の中には単なる<人員>もいれば<人材>もいる。もちろん、<人材>は企業に付加価値をもたらす社員であり<人員>とは企業から給与を持って行くだけの社員のことである。

注意すべきは、人材と人員の差は付加価値を産んだかどうかの結果で判定されるわけでは必ずしもないことである。要は、完全な出来高払い契約ならいざしらず、経営者は付加価値を生み出す可能性の度合いを基準にして人材と人員を区別しているということだ。

労働者と経営者は付加価値を生み出す可能性に着目して賃金報酬を取引している。このことは、日本でも80年代後半から、「21世紀の人材戦略」と喧伝された成果主義的な人事システムの現実のありようを想起すれば明らかであろう。出来高払い契約という労働市場の周辺部分を取り去るとき、成果主義的な人材評価制度とは「どのようなタイプの社員が付加価値をもたらす蓋然性が高いか」に着目して人員の配置運用を行う人事制度にすぎない。

プロ野球の世界を例に取ると(プロ野球の選手契約は雇用契約ではないけれど)、甲子園で完全試合を何試合も達成した「金の卵」の投手も、メジャーリーグのベストナインの常連だったスラッガーも来シーズン本当に活躍できるかどうかは全く解らない。それにもかかわらず、プロ野球球団の経営者は数億円の契約金や数十億円の年俸を彼等に支払う。これは、正に、活躍する可能性に着目した契約以外の何ものでもなかろう。

一律研修にせよ選抜型研修や選択型研修にせよ人事研修は付加価値をもたらす可能性の向上を目的としている。企業とは無駄なお金は使わない組織のことなのだからこれは当然のことである。而して、現下の問題は費用対効果から見て一律研修が今までのように効率的ではなくなってきたことに収斂する。

なぜそうなのか? これを解く鍵は人的資源調達のグローバル化であり、そして、私はそれを2つの切り口から考える;(イ)人的資源のピラミッドを上下に切断する地点の変化;(ロ)サッカー型からアメフト型へのチーム戦術の変化である。


人材と人員を隔てる優秀さの観点(それは、付加価値をもたらす可能性の度合いである)からは企業の人的資源はピラミッド構造をなす。要は、優秀な人材は比較的少数であるということ。もちろん、企業はある程度以下の能力の社員を抱える余裕も趣味も義理もないから、正確にはこの分布はピラミッド型というより正規分布型と考えるべきだろうが、説明の便宜上ピラミッド型のイメージで考察をすすめる。

付加価値をもたらす可能性を企業が期待する社員(=人材)とそれ以外の社員(=人員)の両者を想定するとき、従来の日本企業では両者を切断する箇所は欧米の企業に比べてピラミッドの底辺により近い位置にあった。而して、一律研修の衰退、選抜型研修と選択型研修の流行はその刃先を入れる地点が欧米並みにピラミッドの底辺から頂点に近い位置に移動しつつあるということである。

蓋し、それは国際競争力のある商品に求められる付加価値の水準の向上、ならびに、人材と人員を問わず人的資源の国際調達の拡大の反映であろう。「産業の空洞化」や「第4の波」などの言葉は四半世紀前から人口に膾炙してきたが、21世紀初頭の今、それらがいよいよ現実の事態になってきたということか。

安い労働力を求めて企業が海外に移転するなどは表層的なことにすぎない。日本企業が1社も海外に出て行かないとしても、価格と為替を通して海外の安くて優秀な労働力の影響に日本社会は直面するのだから。日本が鎖国(人・物・金・情報の移動の政策的遮断)を選択しない限り、最早、日本企業に残された道は、より高い付加価値を高い確率でもたらす労働力(=人材)とより廉価な労働力(=人員)を国際的な労働力市場で調達することだけになる。尚、「国際的な労働力市場での労働力の調達」は、企業の海外移転や外国人の雇用だけでなく、コンピュータープログラムの開発委託あるいは部品調達先の海外移転、更には、資金の海外調達等々の広範な内容を含む。


日本企業(=日本型組織)の強さの秘訣は優秀な人員の豊富さにあった。その人材のみならず人員が高い教育水準を保持している日本の組織は高いパフォーマンスを享受してきた。更に、日本の組織は、実質的な単民族社会の恩恵を受けてきた;つまり、組織内の意思疎通と組織的な行動統制のために比較的低いコストしか必要としてこなかったのである。

これらは、サラダボールのアメリカや階級社会の英国の企業経営者から見れば絶望的な彼我の差と感じられたことだろう。まして、大東亜戦争後、アメリカ流のQCの思想と技法を素早く自家薬籠中のものとした日本の製造業は正に鬼に金棒だった。 しかし、人生も国家もおうおうにして昨日の成功要因が明日の敗北の要因になる。

人材と人員の差異が少ない組織をディフェンスラインと攻撃陣の間を狭く保つ現代のコンパクトなサッカーに喩えると、コンパクトなプレイエリアからビジネスチャンスと見るや一気にデイフェンス・オフェンス一体となって敵陣に雪崩れ込み「集中豪雨的な輸出攻勢」をしかける日本の戦術は現下のグローバル化の潮流の前には時代遅れの戦術となりつつある。まして、江戸中期から300年以上かけて養成された国民の高い教育水準というこの社会の虎の子のアセットやインフラまでもが戦後民主主義の撒き散らした毒素により崩壊寸前の現在、日本企業が人材育成の戦術を転換しようと模索することは、蓋し、自然の流れと言うべきであろう。

日本企業の人的資源運用のスタイルは現代サッカー的である。そこでは、局面によってはデイフェンスの選手が前線にオーバーラップしたり、トップの選手が守備に廻るなどは日常的な風景であった。しかし、そのような牧歌的な戦術は比較優位性を前面に出す海外のコンペティターを相手にしては分の悪いものになってしまった。蓋し、現在はアメフト型ともいうべき組織論への転換が求められていると思う。

一人のリーダーがマーケティングもアカウンティングも、人的資源管理や危機管理のディシジョンもこなす(ある意味、こなせる程度の専門性しか必要のない)日本の組織では、直接雇用にせよヴァーチャルなチームの形成にせよ、個々のビジネス活動の領域で専門家を抱え、更に、トップマネージメントという経営の専門家がそれら個々の専門家を(世界の労働力市場から調達した上で)縦横無尽に働かすタイプの組織には太刀打ちできないのは自明である。

ならば、日本企業の人材研修がピラミッドの頂点に近い人材を厳選し、他方、ピラミッドの底辺に近いグループには、より絞り込んだビジネススキルの領域に特化して(これまた人員を人材に変えるべく)研修資源を集中投下しようとすることは当然である。正に、現在は変化が求められている時代である。それは意識の面でも行動の面でも、そして、個人と組織の双方に変化が求められている時代である。

けれども、私は日本人はこの変化を十分にやり遂げることができると確信している。なぜならば、日本と日本人は過去に何度も変化(=自己変革)を成し遂げてきたからだ。自己変革をとげながらも、日本のアイデンティティーを保持し文化と伝統を発展成熟させてきたからである。日本よ元気をだせ! 今日はここまで。


(2006年1月31日:yahoo版にアップロード)

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