教育現場の待遇が良くなれば優秀な人材が確保できる?

schoollessons


朝日新聞『声』欄におもしろい投書があった。教育の問題を解決するには優秀な教師の獲得が大事であり、教育現場の待遇が良くなれば優秀な人材が確保できるという率直な投書。まあ、それはそうだろうけれど・・・と思った。北海道旭川市の35歳の小学校の男の先生の投書、「教職に魅力を取り戻せるか」(平成17年2月24日の東京本社版)である。旭川の先生曰く(以下、引用開始)。

かって教師と言えば人気の職業だった。将来ある子供たちを育てて社会に送り出してゆく仕事は世間にもすがすがしく映り、多くの若者には、あこがれの的だったと言っていい。

ところが昨今は様変わりだ。昨年まで地元の大学院の社会人枠で教職課程に通っていたが、そこで知り合った若い学生らは教師をめざして学業に励んでいるものとばかり思っていたら、実際には教師にはならないという人が多いのだ。

彼らの話からは、子供や学校をめぐり多発する事件への対応の難しさや、教育実習で体験する荒れる教室への戸惑いのほか、「ゆとり教育」の見直しなど変遷する教育行政への不信感などがうかがえた。(中略)

教師の質の低下が問題視されることが多いが、有能な人材が魅力を感じる環境が次第になくなってきているのではないか。若く優秀な教師をいかに確保するかを考えることがより重要になってきていると思う。(以上、引用終了)



民間のカスタマーセンターでの業務と比べて学校現場での「子供や学校をめぐり多発する事件への対応」がそう大変でも難易度の高いものとも私は思わないけれど、良い人材が欲しければその処遇を改善しなさいよという主張は一般論として同意できる。けれども、現在の教師がおかれている環境は給与に見合わないほど劣悪なものだろうか。実際、私の父親は中学校の教員だった。他の自治体のことは知らないが、1970年代の半ばくらいまで民間企業や他の公務員に比べて父の収入はけしてよい方ではなかったと思う。少し状況が変わったのは(我が家にとっては大きくだが、)、彼の田中角栄内閣が実行したいわゆる教職員の人材確保政策の後である。他人の懐具合は分からないけれど、大手予備校のスター講師のように年収1億円とか5千万円とかはなににしても、教職員の給与待遇は、30年前に比べて(他の職業と比べて)そう悪くわないだろう。

失われた90年代以降の日本、つまり、所得低下傾向の続く日本の現状を鑑みるに、恐らく、この旭川の投書子も「有能な人材が魅力を感じる環境」を収入面での改善を念頭に置いておられるのではないだろう。では、「有能な人材が魅力を感じる環境」とは何だろう。そして、そのような環境を実現するには何が必要なのだろうか。

この35歳の小学校の先生は、現在の教育現場の問題点として次の三者を挙げておられる。すなわち、(1)子供や学校をめぐり多発する事件への対応の難しさや、(2)教育実習で体験する荒れる教室への戸惑い、(3)「ゆとり教育」の見直しなど変遷する教育行政の三者である。蓋し、(1)と(2)は現在の日本の教育現場というよりこの国の社会が抱えている問題である。そして、(3)に関して言えば、政策に問題が見つかったのならそれを速やかに変更するのは国民に対して政治的な責任を負う行政の使命でさえある。

つまり、この投書子は、(1)(2)という予算措置や立法によってさえもすぐには解決の困難な問題、ならびに、(3)行政当局にとってはそうすることが政治的にも正当な行政措置を中止することによってしか達成できない<環境改善>を、良質な教員人材の確保の条件と考えておられるらしい。この投書を字義通りに読めばそう理解するしかなかろう。


ある職業が「人気の職業」であるかどうかは、他の職業との比較の問題である。そして、その比較のチェックポイントは、収入や休日等の処遇面とその職業から得られる満足の度合いなど様々であり、また、比較考察における相対的なポイントの数値は、時代と共に変化していくものだろう。畢竟、ミクロ経済学でいう労働の限界効用変化だけでは教師という職業の魅力や人気の度合いは確定できないし、産業構造の変化の潮流と教師という職業の人気は無縁ではない。

私は何を言いたいのか。それは、教師以外にも多くの魅力的な職業が現在の教師志望の若者の前には選択肢として示されているということである。何故ならば、30年前と比べて経済の規模も拡大し経営判断のスピードも加速している現在、そして、規制緩和と国際化の潮流が押し寄せる日本社会の現在では30年前にはこの世に存在さえしていなかった職業が構造的に成立しており、また、新自由主義(=新保守主義)の影響のもと自己責任の原則、つまり、ハイリスク=ハイリターンの職業が必ずしも<ヤクザナ商売>とは見なされなくなっているからである。

30年前、20年間、10年前に比べても教師志望者にとっての職業の選択肢は広がっている。それは、収入や休日等の処遇面のコアの部分だけでなく。社会的な効用、即ち、獲得されると期待可能な社会からの尊敬の度合いについても言えることではないか。それは、学力を子供達に身につけさせるという社会的な営為自体、現在では生産者の論理ではなく消費者の論理によってその内容や役務提供のスタイルが決定されるようになったのが大きい。

蓋し、100年前や50年前を想起して欲しい。否、30年前でも大学教育を提供するという営為はその需要に対して供給過少であった。これは、中学や高校の教育についても同じである。東京や大阪という大都市だけが日本ではない。30年前でさえ、日本の大部分の家庭にとっては学力を構成する知識の大部分は公的な教育機関のサーヴィスを通して供給されるしかなかった。それから幾星霜。現在では知識はインターネットでも入手可能であり、学習塾や予備校等の民間の機関が公的なサーヴィスを圧倒している。予備校や塾に通う子供達の数や学習時間を考えればこう言っても必ずしも間違いではなかろう。


では、教師という職業は人気の職業では最早ありえないのか? それは、YesでありNoでもある。収入や待遇面で見た場合、ローリスクでありかつ完全なコストセンターでしかない教育現場のスタッフに対してそれほどの処遇が今後も与えられることはないだろう。また、教えることの専門家集団がこれまた教えるために最適な組織を通して活動する民間の教育セクターに対して公的な教育機関教が教えることのパフォーマンスにおいて太刀打ちできることはないだろう。よって、個々の教職員がその努力と資質によってご自分の社会的声望を獲得されることは当然可能でもあり望ましいとしても、教えることの専門家や地方の知識人(笑)としての尊敬を構造的に公的教育セクターのスタッフが得ることは益々難しくなろう。

けれども、公的な教育セクターのスタッフの仕事は教えるだけではない。社会性の獲得やきちんとした口の聞き方、つまり、広い意味の礼儀作法を子供達に習得させることは公的な教育の重要な使命である。だから、旭川の投書子の理解とは逆に、(1)子供や学校をめぐり多発する事件への対応や、(2)荒れる教室への対応こそ現在の公的な教育セクターがその本業としてタックルすべき事象なのである。

蓋し、広い意味の礼儀作法を子供達に体得させる使命、これらに知識を教えることを含めたトータルな教師のタスクの価値を否定する者は少ないのではなかろうか。ならば、処遇面を職業選択のメジャーファクターとは考えないタイプの若者の目に教師という職業が魅力的なものとして映る可能性は高いと言えようし、そのようなタイプの若者が相対的に多いのならば教師はこれから「人気の職業」として復活するに違いない。だから、「教師という職業は人気の職業では最早ありえないのか」の問いへの解答は、YesでありNoでもある。

畢竟、教師を人気の職業にするものは、子供達に社会性を獲得させる教育現場の使命を日本社会が認めそのタスクを行政と地域が応援することであろう。そして、この投書子の教師の待遇改善論は、その本業ともいうべきタスクを教師の業務ではないとい考えるものであり、結局、教師の社会的な評価をゼロにしかねない主張である。即ち、それは教職を魅力的にすることという投書が提案しようとした目的から見て逆立ちした主張なのではなかろうか。私はそう考える。


★註:参照サイト
尚、私の教育に関する基本的な考え方については次の拙稿をご参照いただければ幸いです。少し古いものではありますが、前者の論考の中で教育の使命についての私の考えは大体網羅しています。

『ゆとり教育路線批判 寝言は寝て言え<文部官僚>』

『続・ゆとり教育路線批判 寝言は寝て言え、朝日新聞』



(2005年2月27日:yahoo版にアップロード)

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