帝国主義諸国の相対的戦争責任☆Dore論説紹介

opiumwar

【The Opium War】


小泉首相の歴史に残る一昨日8月15日の靖国神社参拝を受けたためだろうか、マスメディアと言わずブログと言わず「首相の靖国神社参拝は日本の戦争責任を曖昧にするものだ」「現在、日本ではアジアの諸国民に対する過去の日本の蛮行を過小評価しようという破廉恥な言説に溢れているけれど、これらは道義的に許されるものではない」等々の主張を見聞きするようになった。

ところで、このような主張に対して、「韓国併合は国際法上何の問題もなかった」「欧米列強も帝国主義華やかな時代には幾らでも同じようなことをやっていたではないか。そして、植民地支配を元の欧米列強諸国が謝罪したなどは寡聞にして聞かない」「何より、日本はサンフランシスコ条約や数多の二国間条約を通して、戦争責任/戦後責任を日本は完全に(ナチスにすべての罪をかぶせ、しかも、その責任をユダヤ人のホロコーストにほぼ限定したドイツの姑息なやり方とは違い、完全に)果たし終えている」という保守-中道の側からする反論もオピニオン誌や政治的イシューを扱うBLOGの記事の定番であろう。

而して、中韓朝という特定アジア諸国の代理人である反日勢力から保守-中道派への再反論も最早「定跡化」している。すなわち、彼等は、国際法や確立した国際政治の慣行、ならびに、ドイツの戦後処理が日本よりも遥かに不十分で欺瞞に満ちたものである事実を看過しつつ、(追い詰められてだろうか)こう述べる。

他の欧米諸国も植民地支配をしていた。ゆえに、
日本の帝国主義的な植民地支配も許される。
少なくとも、日本だけが悪いのではない。
このような主張は、欧米列強の責任を免責しないのと同様
日本の戦争責任/戦後責任をなんら減免するものではない、と。


戦後民主主義からするこの再反論は正しい一点を突いている(もちろん、正しいのはその「一点」だけだけれども)。蓋し、「他の欧米諸国も植民地支配をしていた→日本の帝国主義的な植民地支配も許される」というのは間違いということ。畢竟、歴史に実定国際法を超えて善悪の評価を求める思考そのものが間違いなのだ。なぜ、そう言えるか。簡単だ。実定国際法以外の善悪の判断基準は普遍性を持ちえないから。

一昨日の小泉首相靖国神社参拝を受けてこのようなことを考えているとき、ほとんど1年前に書かれたある論説を思い出した。英米論壇で熱い議論を巻き起こしたもの:”Koizumi's contemporary dilemma is haunted by history”「小泉首相が現在抱えている難題には歴史認識の幽霊がとりついている」 (By Ronald Dore, Financial Times, August 9, 2005)である。著者はLondon School of Economicsの準教授であり、比較厚生経済学の専門家;世界経済史と各国の国内経済政策の復元という基盤の上に第二次世界大戦に至る経緯をスケッチした、”Japan and Germany vs. The Anglo-Saxons” の著者でもある。要は、本論説は、喩えれば大江健三郎氏が語る憲法論のような素人の戯言ではない。以下、日本と欧米諸国の戦争責任の差異に絞ってこの論説を要訳紹介する。


・・・The key question is whether the sins of the Japanese nation were so extraordinary as to warrant execution of its leaders, even as a symbolic act. General Tojo and his crowd were certainly racists, but their assertions of Japanese superiority were partly a response to slights from the white, western world, such as the rejection of Japan's proposal for a declaration of racial equality in the preamble of the Versailles treaty. It was a racial war, but the Japanese had no genocidal project equal to the Nazis' systematic slaughter of Jews and Gypsies.

(前略)問題は(戦争責任に対応する)日本の罪は、(それが象徴的なものにすぎないとしても)その政治指導者の死刑執行を正当化するほど例外的に重いものだったかどうかである。東条将軍とその同僚達は確かに人種差別主義者-民族差別主義者であった。しかし、日本民族の優位性に関する彼等の盲信のよって来たるものは、少なくともその一部は白人(すなわち、欧米世界)からの侮蔑に対する対抗意識であった。侮蔑とは、例えば、ベルサイユ条約の前文に人種平等の宣言を盛り込もうという日本の提案が拒否されたというようなことである。(第二次世界大戦に至る日本の15年戦争)は人種間-民族間の戦争だった。けれども、日本はナチスとは違う;ユダヤ人やジプシーに対して組織的かつ計画的な大虐殺を行ったナチスと違い日本はジェノサイドなど一切行わなかったのだから。


They were racists, yes, but all imperialists were racists. Like earlier generations who fought China and Russia to win Taiwan and Korea, they were trying to build an empire that could claim equality with the European empires. Racial resentment apart, they had similar motives to the European imperialists: the same sheer national self-aggrandisement, the self-righteous belief in a civilising mission and the hypocritical cynicism to use the one to justify the other.

確かに15年戦争を率いた日本の政治指導者達は人種差別主義者-民族差別主義者である。その通りだ。しかし、帝国主義者は須らく人種差別主義者である。支那およびロシアと戦い台湾と朝鮮を獲得した世代と同様に、その次の世代である彼等も欧州の帝国主義諸国から対等に処遇される帝国を構築しようとした。人種を巡る憤激を別にすれば、彼等と欧州の帝国主義者の動機や行動選択の論理はほとんど同じである。すなわち、直截なる自国領土拡大の傾向、人類の文明化を担っているという独善的な信念、「他国がやっているから自国も許される」という偽善的かつ(理想を排除する)皮肉で現実主義的な態度は日本と欧州の帝国主義国に共通だった。


An amusing history game: try to match Japanese leaders with the imposing figures of 19th-century British history. Matsuoka Yosuke had a bit of the flamboyant self-assurance of Palmerston, if not the wit. In the freelance buccaneer class, Sasakawa matches with Cecil Rhodes (both eventually set up British educational foundations). The dour Tojo perhaps most resembled the pious General Gordon, who sacked Beijing only 40 years before Tojo's men sacked Nanjing.

面白い歴史遊びがある;当時の日本の指導者を19世紀の英国史を彩った人物と対応させてみられよ。松岡洋右とパーマーストン(★KABU註:1855-58, 59-65在職の英国首相)はウィットのセンスを除けばその厚かましさと居丈高さには一脈通じるものがある。民間の政治的山師という点では、笹川とセシル・ローズは同等であり、両者は共に英国流の教育財団を設立するという後日談をも共有している。頑固な東条は謹厳なゴードン将軍(★KABU註:太平天国の乱を鎮圧した英国の将軍, 1833-1885年)と極めて似ているのではないか。実際、ゴードンは東条の将兵が南京を陥落させた、そのたった40年前に北京を簒奪したのだから。


The big difference was that the Japanese came too late. And lost. The winners could declare the imperial age over, cede their colonies and claim they had saved the world for freedom and democracy. Why would mainstream Japanese politicians hesitate to talk in these terms? Probably because it would upset too many powerful Americans. ・・・

欧州の列強と日本との最大の違いは、日本は来るのが遅すぎたこと、また、日本は敗れてしまったことに尽きている。(列強の中の)勝者グループは、帝国主義の時代は終わったと宣言することができたし、自分の植民地を現地の勢力に払い下げることもできた。而して、彼等は「自由と民主主義のために我々は世界を救ったのだ」と主張することもできたのである。それでは、その政治の主流に位置づけられる日本の政治家達は、なぜにこのようなストーリーにおいて歴史を語ることを避けてきたのだろうか? 蓋し、それはこのような歴史理解が発信された場合、あまりにも多くの有力なアメリカ人の憤りを誘いかねないからではないか、私はそう考えている。(後略)



(2006年8月17日:yahoo版にアップロード)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
戦後民主主義を批判する営為の一環として、ブログランキングに
参加しています。「ならば、力を貸そうではないか」という方は
下記リンク先【人気blogランキングへ】及び【FC2ランキング】
にクリックをお願いいたします。

img35475
(↑)【人気blogランキングへ】

fc2rankbanner
(↑)【FC2ランキング】
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

KABU

Author:KABU
大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義の批判を果敢に推進するための
yahoo版のミラーブログ。
2007年9月10日以降の新記事を随時、厳選した過去の自薦稿を漸次アップロードしていきます♪

百人一首 de 海馬之玄関
問い合わせ先
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
使用状況de電気予報
人間が好きになる名言集

presented by 地球の名言

人生が輝き出す名言集


presented by 地球の名言
夢を叶えるための名言集


presented by 地球の名言
仕事が楽しくなる名言集

presented by 地球の名言

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

ブログ内検索
検索 de 記事リスト
最新の記事
最近の記事
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2ブログランキング
fc2rankbanner
miniTube