松尾光太郎 de 海馬之玄関 FC2版 | 沖縄集団自決を巡る教科書記述問題を契機に「歴史教育の再構築」という現下の日本の課題を再考する
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松尾光太郎 de 海馬之玄関 FC2版教育と組織論
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大東亜戦争末期、沖縄で起こった「集団自決」が軍の<強制>によるものかどうか、そこに軍の<関与>があったのかどうかを巡る歴史教科書の記述が政治問題化している。しかし、例えば、渡嘉敷島の集団自決については、軍の強制と言えるようなものはなかったことは、曽野綾子さんの労作『ある神話の背景ー沖縄・渡嘉敷島の集団自決』(文芸春秋・1973年→PHP研究所・1992年)、同『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった! 』(ワック・2006年)などにより明らかであり、「強制があった」と強弁する大江健三郎『沖縄ノート』(岩波新書/1970年)の主張は否定されている。

而して、沖縄全体についても、公平に見て「軍による強制」と言えるほどのものがあったかどうかは不明と考えるべきであり、畢竟、それは歴史的事実の収集と分析という作業に加えて、「軍による強制」やまして「軍の関与」なるものの言葉の定義の問題に収束するように私には思われる。けれども、先日、11万人とも4万3千人ともいわれる沖縄県民を集めて行われた軍の関与を教科書に明示することを求める集会を契機に、福田新政権は教科書記述の再改訂に前向きな姿勢に転じたようだ。本日の新聞各紙は軒並みそう報じている。畢竟、この問題は歴史学プロパーの問題ではなく政治問題であることが明確になったわけである。

歴史教科書の問題は科学ではなく政治の範疇に属する。ならば、我々保守改革派はこのような歴史教科書の記述をも包摂する「歴史教育の再構築」についてどのような方針と戦略を取ればよいのか、而して、その方針と戦略が基盤とする論理的ー思想的な根拠はどのようなものであるべきか。このことは、保守改革派が政権奪取を期す上で、単に「沖縄の集団自決を巡る教科書記述の綱引きゲーム」の帰趨を越えた意味を持つのではないか。このような問題意識に立って、かなり古い2年半前(2005年4月)の拙稿を以下要約紹介する。それがこの方針と戦略の基盤を考える上で参考になると考えたからである。以下、旧稿の要約。

*** *** ***

朝日新聞の投書欄『声』に歴史教育についての投書が幾つか寄せられていた。これらの中から日本の歴史教育の問題点を考える上で参考になると思われた3本を俎上に乗せる。いずれも東京本社版掲載。以下、引用開始。

◆中国の抗議に誠意と謙虚で (60歳・埼玉県・日本語教師:4月17日)
私はこの18年間、中国の大学や日本で、中国人学生や留学生に日本語を教えてきました。(中略)中国では今、反日運動が激しくなっていますが、実は、1、2年前から彼らは「親日の思いから、反日感情を持つ友達を説得してきたが、日本が分からなくなった」と訴えていました。小泉首相の靖国神社参拝や、歴史認識が偏ったと思える教科書の検定合格が続き、政治家が感情を逆なでする言動を繰り返すので、「日本は本当に友好関係を築きたいのか、信じられなくなった」と言うのです。(中略)政府が誠意と謙虚さを持って真剣に対応しないと、中国との関係が、取り返しがつかなくなるのではないかと憂慮します(後略)。

◆世界に通じる歴史教育望む (56歳・山口県・喫茶店経営:4月18日)
去年、カナダのバンクーバーに語学留学中だった次女が「他の国の留学生は本当によく自分の国や日本の歴史を知っている」と驚きのメールを送ってきた。欧米、アジアを問わず憲法9条のこともよく知っているという。(中略)きちんと陰の部分に対峙してこそ歴史教育は成り立つ。若い世代が海外に出て、胸を張って討論に加われるような、世界に通用する歴史教育を望む。

◆欠落している近現代史教育 (74歳・茨城県・元高校教師:4月21日)
私はかって40年間、高校で世界史を教えてきた。(中略)中国や韓国で、日本政府の歴史認識がおかしいとして、反日運動が起こっているが、単に政府ばかりでなく、日本国民全体の歴史認識が不十分ということになったら、これは大変なことになると心配でならない。我々は、歴史の事実として、昭和6年から昭和20年にかけて日本と中国がどのような戦争をしたのか、また日本と朝鮮半島はどのような状態にあったのか、これらのことをもう一度、学び直す必要があるのではなかろうか(後略)。



「中国の抗議に誠意と謙虚で」は空想の世界の<友好関係>を論じたものだ。それは、リアルな<国際関係を背景にした友好関係>を理解することなく書かれた妄想と願望の陳述。世界史の中のどの独立した2国間の関係において、相手国の歴史認識を全面的に受け入れることで初めて成立するような「友好関係」があったというのか。そのような「友好関係」がもしあったとすれば、世界=世間では相手の歴史認識を受け入れた方の当事国のことを相手国の<属国>と言うのである。

国家や民族が異なれば正当なる歴史認識も変わってくる。立場の違いによって正当な歴史認識の内容が変わってくるということは、国家の規模で生じるだけの現象ではない。それは様々な人間集団について言えることだ(鹿児島県人や山口県人と会津出身者は今でも折り合いは悪い)。歴史認識は多様で相対的なものである。ならば、投書子たるこの60歳の日本語教師の女史がその教え子に諭されるべきは、その正当性の及ぶ範囲が最大でも民族単位に限定される歴史認識の多様性と相対性であり、その多様性と相対性にもかかわらず(つまり、不倶戴天の敵ともお互いに不愉快さを抱えながらも)協働して生きていかねばならない国際関係のリアルな姿なのではなかろうか。


足掛け15年以上、英米の大学院留学の予備校で勤めていた私にとっては、二番目に引用した投書;「世界に通じる歴史教育望む」には、その紹介される事実関係の段階から違和を覚えた。「欧米、アジアを問わず憲法9条のこともよく知っている」ですと? 私がアメリカやドイツや英国で巡り合った憲法とか法哲学専攻の大学院生や学部3−4年生の中で、現行の日本国憲法と大日本帝国憲法の違いを知っていたのは日本法専攻/専攻予定のほんの数名にすぎなかったからだ。閑話休題。

しかし、「他の国の留学生は本当によく自分の国の歴史を知っている」という認識と主張には同意する。ではなぜ、日本の若い世代は自分の国の歴史をあまり知らないのだろうか? 簡単だ。

(甲)自己のアイデンティティーとプライドの形成に役に立つような歴史教育が大東亜戦争終結後の歴史教育においてなされてこなかったから。また、(乙)明治維新から大東亜戦争の終結にいたる日本の行動が世界史的と国際法的に見ても、毫も他国から非難されるような不正なものではなかったこと、(丙)1868年−1945年の日本の78年はそれ以前の2000年を優に超える歴史の中で準備されたのであり、問題の78年はそれ以前の2000数百年の歴史の延長上に置かれて始めて理解可能であること、(丁)同様に、2005年の現在に生きる自分の存在の意味は、問題の78年ではなくその78年を含む今に至る2000数百年の延長上に置かれて始めて有機的連関性をって理解されるに違いないこと。これらのことが、大東亜戦争後の日本の歴史教育では看過されてきたからである、と。



三番目の「欠落している近現代史教育」には日本の歴史教育の問題点が凝縮されている。そして、これこそ学問の自由の否定であり、戦後民主主義がその平和主義なるものの衣の下に隠す鎧;排他的で独善的な歴史観を端無くも示している。この元高校の世界史の先生には、旭川学力テスト訴訟や家永教科書裁判で何が争そわれ、どのようなルールが確立されたのか全く理解されていないようだ。そのルールとは、どのような歴史認識を教科書に盛り込もうとも(それが、一定程度の学的水準をキープしており学習指導要領からそう大きく逸脱していない限り)、それは著者や出版社の自由であるということなのだけれども。

40年以上高校で世界史を教えてこられたというこの先生は、支那や韓国が執拗に批判する当該の歴史教科書が、一定程度の学的水準をキープしているかどうか、あるいは、学習指導要領から大きく逸脱してはいないかどうかということには無関心らしい。そして、それらの判断とは無関係に「正しい歴史認識」と「間違った歴史認識」が存在しておりその<正誤なり正邪の判定>はそう難しくないとお考えのようである(それを、世間では教条主事というのだよ!)。

いずれにせよ、縄文草創期とは言わないが、それまでには日本は間違いなく成立したと誰しもが認める持統天皇の御世からの1315年間を分母に置いたとして、昭和6年から昭和20年の足掛け15年間と言えば日本史の1.14%にすぎない。では何故に、この1.14%が歴史教育の中で特別に重要視されなければならないといわれるのか? 

水戸の元高校教師のご老公。ここで、昭和6年から昭和20年の歴史を重要視しない者は「歴史の陰の部分をみようとしない者だ」などというコケオドシは勘弁して欲しい(私自身、この15年間は西欧列強の覇権に対して我が日本が反撃を敢行し一敗地にまみれた人類史に燦然と輝く栄光の15年間と考えており、この15年間を「日本近現代史の陰の部分」などとは思っていないのだから)。

光だろうが陰だろうが1.14%は1.14%である。そして、光と陰を区別する基準は戦後民主主義者が喧伝するように単一ではないし明確でもない。例えば、日本の国力が興隆したことをもって光ととらえるのか。日本国内で人権が確保され民主主義的な政治慣行が支配的になったことが歴史の光の部分なのか、あるいは、皇孫統べる我が神州の国体が明徴されたことを歴史の光の部分と規定するのか、等々。何をもって歴史の光ととらえ何をもって陰と考えるかは一様ではないし、その判定は論者の自由であろう。私は、戦後民主主義者が力説するような光と陰の定義が特に間違いとは考えないけれど、彼等の説く光と陰の分類だけが正しいなどとは到底思わない。

ならば少なくとも、次の世代を担う子供達に与えられるべき歴史教育の内容としてこの1.14%を特に重視する根拠は存在しない。畢竟、日本の歴史教育において欠落しているものは、1.14%の近現代史の詳説では必ずしもなく、この列島に流れた持統天皇以来1315年間・神武天皇以来2665年の時間を、日本史として統一的に描き出すための一貫した視座ではなかった。そのような一貫性と当事者意識が涵養されない所で、子供達に日本人としてのプライドとアイデンティティーを与えることはできないだろうし、よって、昭和6年から昭和20年の時代を自分と関係ある事柄として追体験することなどできるはずもないからである。



(2007年10月2日:yahoo版にアップロード)

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2007.10.03(12:45)|教育と組織論コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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