靖国参拝 朝日新聞の遺族と読者への回答を検討する

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昨日、2005年6月5日の朝日新聞社説「靖国参拝 遺族におこたえしたい」には唖然とした。非論理と我田引水の極致。自分の無謬性を信じて疑わない傲岸不遜ゆえにその論理が脆弱などとは毫も考えない滑稽な社説と言うべきかもしれない。

而して、この社説子の態度は自己中と言うのだろうか。蓋し、「自己中」のことを英語で selfish というが、この社説の背後にある態度はselfish(利己的)というより self-centered (自分本位的)で egotistical(我意強烈)、それもinconceivably (信じられないくらい、「マジすかー」っくらいに)inconsiderate(他者への配慮を欠いた)態度というべきだと思う。

この社説は自分達の仲間内でしか通用しない主張を子供だましの論理を操つることで読者遺族からの問いかけをはぐらかしている。それは、鹿児島は知覧で若き特攻隊員の遺書を読んで涙した小泉首相が、所謂「A級戦犯」は「戦争犯罪人である」などの間違いを口走りながらも、基本的には一貫して自分の信念を真っ正直に述べておられるのに比べ人間性の点でも遥かに下劣なものである。私はそう思った。

小泉首相は、支那や韓国や国内の戦後民主主義を信奉する残党残滓に対してそのロジックが通用するとは考えておられないだろう。逆に言えば、だからこそ、私的な参拝が政治問題化している現状においても政治責任を取る覚悟をもって果敢に自己の信念を彼は発信されている。それに対して、朝日新聞のこの社説は、その主張が非論理的で特殊な認識や価値観に依拠しているくせに、その主張があたかも世の万人から認められるに値するものと騙っている。尚、その特殊な認識や価値観とは以下の7個であると私は考えている。

(1)戦争は絶対悪である。特に、侵略戦争は時代を超えた普遍的悪である
(2)戦争を、特に、侵略戦争を引き起こした指導者は戦争責任を免れない
(3)侵略戦争の被害を受けた国の国民は世代を超えて戦争責任を追及できる
(4)その責任には上記(1)(2)の認識を侵略側の国民が未来永劫保持することが含まれる
(5)靖国神社は上記(1)(2)の認識を否定している
(6)よって、支那国民は日本を道義的に非難する正当な権利を持つ
(7)日本は支那からの批判が続く限りその政治指導者は靖国神社に参拝すべきではない


上記のことを社説のテクスト原文を読んで具体的に検討してみる。以下、引用開始。

朝日新聞が小泉首相の靖国神社参拝に反対していることについて、遺族の方や読者の皆さんから手紙やご指摘をいただいている。その中には、次のような意見も少なくない。

あの戦争で国のために命を落とした者を悼むことの、どこがいけないのか。首相が参拝するのは当然ではないか――。


(中略)靖国神社に参拝する遺族や国民の、肉親や友人らを悼む思いは自然な感情だろう。しかし、命を落とした人々を追悼し、その犠牲に敬意を払うことと、戦争自体の評価や戦争指導者の責任問題とを混同するのは誤りだ。上官の命令に従わざるを得なかった兵士らと、戦争を計画し、決断した軍幹部や政治家の責任とは区別する必要がある。

靖国神社は78年、処刑された東条英機元首相らを含む14人のA級戦犯を合祀(ごうし)した。このことが戦死者の追悼の問題をいっそう複雑にしてしまった。

かつて陸海軍省に所管されていた靖国神社は、戦死者を悼むと同時に、戦死をほめたたえる、いわゆる顕彰の目的があった。戦意を高揚し、国民を戦争に動員するための役割を果たしてきた。戦後、宗教法人になったが、戦争の正当化という基本的なメッセージは変わらない。自衛のためにやむを得なかった戦争であり、東京裁判で戦争責任を問われたA級戦犯は連合国に「ぬれぎぬ」を着せられたというのが神社の立場だ。


「朝日新聞は中国の反日に迎合しているのではないか」とのご指摘もいただいている。


だが、中国が問題にしているのは一般兵士の追悼ではなく、戦争指導者の追悼である。A級戦犯が合祀された靖国神社を、日本国を代表する首相が参拝するのが許せないというのだ。侵略された被害国からのこの批判を、単純に「反日」と片づけるわけにはいかないと思う。

小泉首相は、将来の平和を祈念して参拝するのだという。しかし、そのことが日中や日韓の間の平和を乱しているとすれば、果たして靖国に祭られた犠牲者たちが、それを喜べるだろうか。日本国民の幅広い層が納得でき、外国の賓客もためらうことなく表敬できる。そんな追悼の場所があれば、と願う。(後略、以上引用終了) 



第一の読者の問いかけに対する朝日新聞の回答は完全な論理矛盾だ。朝日新聞は記す。「肉親や友人らを悼む思いは自然な感情だろう。しかし、命を落とした人々を追悼し、その犠牲に敬意を払うことと、戦争自体の評価や戦争指導者の責任問題とを混同するのは誤りだ」、と。この主張に私は賛同する。しかし、「命を落とした人々を追悼し、その犠牲に敬意を払う」ことと「戦争自体の評価や戦争指導者の責任問題」が位相を異にするというのならば、逆に、靖国の英霊が一般兵士だったか戦争指導者であったか(更に、所謂「A級戦犯」であったか)どうかなどは、今生きる我々が「肉親や友人らを悼む自然な感情」や「その犠牲に敬意を払うこと」を行動に移す上で何の意味もない非本質的なことと考えるのが自然な論理の展開ではないか。

蓋し、(甲)心ならずも国のためにその命を捧げられた英霊に感謝の誠を捧げる営為と、(乙)戦争自体の評価や戦争指導者の責任問題の両者は比較不可能なのであ。しかるに、朝日新聞は少なくとも戦争指導者に関してはこの(甲)(乙)を峻別することなく、後者の判断に前者を従属させるべきだと語っている。所謂「A級戦犯」は戦争責任の重大さゆえに靖国の社には英霊として祀られるべきではない、と。所謂「A級戦犯」もまた祀られている社には日本の指導者は参拝すべきではない、と。

寝言は寝て言え、朝日新聞である。もし、戦後民主主義を信奉する貴紙の仲間内以外でもこの主張の妥当性を訴えたいのならば、英霊に感謝に捧げようという個人の価値観が戦争の評価なるものといかなる価値連関をなしているのかを説明しなければならないだろう。そして、この社説のどこを見ても個人の価値・信条と戦争の評価が織り成すであろう価値体系の全体像を朝日新聞は示してはいない。

朝日新聞が列挙する首相靖国参拝反対の根拠:靖国神社が「78年、処刑された東条英機元首相らを含む14人のA級戦犯を合祀」したことや:靖国神社が大東亜戦争を「自衛のためにやむを得なかった戦争であり、東京裁判で戦争責任を問われたA級戦犯は連合国に「ぬれぎぬ」を着せられたという」歴史認識を取っていることなどは、(甲)(乙)を峻別する多くの日本国民から見れば英霊に感謝の誠を捧げる行動の是非を考える上で何の関係もないことである。それは、朝日新聞の歴史認識(乙)を構成する要素ではあるかもしれないが、(甲)(乙)の関係をなんら規定するものではない。

では、何故に朝日新聞の社説はこのような論理矛盾を犯したのか? それは「戦争自体の評価や戦争指導者の責任問題」を英霊の祭祀よりも重要なものと考える根拠の確定と同値であるが、おそらくそれは、上記(1)~(6)に他ならないであろう。けれどもこれら(1)~(7)は、確立した国際法や外交慣行と矛盾するだけでなく朝日新聞とその仲間以外の日本国民にとってはなんら自明なものではない(詳細は下記の拙稿を参照していただきたい)。私がこの社説を称して「自分の無謬性を信じて疑わない傲岸不遜な社説」と詰った所以である。

靖国参拝が正常化させつつある日中関係を「不毛」と嘆く倒錯した朝日新聞社説
 
中韓との友好関係構築の特効薬としての首相靖国参拝
 
高橋哲哉『靖国問題』を批判する
 

第二の読者の指摘に対する回答に対しても朝日新聞は何の根拠も提示していない。「朝日新聞は中国の反日に迎合しているのではないか」→「中国が問題にしているのは一般兵士の追悼ではなく、戦争指導者の追悼である」→「侵略された被害国からのこの批判を、単純に「反日」と片づけるわけにはいかないと思う」、と。これだけだ。おいおいこれだけかい!ふみゅ、である。

これは「戦争指導者への追悼であろうが一般兵士への追悼であろうが、それを他国からとやかく言われる筋合いはない」と考える者にとってはトートロジーにすぎない。即ち、「中国が問題にしているのは戦争指導者の追悼だ」→「戦争指導者への追悼は許されない」→「何故ならば、戦争指導者は許されない戦争責任を負っているからである」→「中国の指摘には理由がありそれは「反日」とは言えない」→「その中国の主張を援護する朝日新聞は間違っていない」という論理(?)には、その第2項と第3項に同語反復の詐術が組み込まれている。

「戦争責任を負っている戦争指導者への追悼は許されない」→「何故ならば、戦争指導者は許されない戦争責任を負っているからである」、と。こんなんな朝日新聞さん。こんなん小学3年生の子供だっておかしいと思うよ。では何故に朝日新聞はこのような論理の誤用を犯したのか? これまたおそらく、上記(1)~(7)に自縄自縛された結果であろう。

最近、首相の靖国神社参拝の問題に関して、朝日新聞は盛んに、(イ)小泉首相のせいで日中関係は悪化した、(ロ)小泉首相はそれを打開する施策を何もとっていないと述べている。しかし、紛争の存在しない二国間関係など世界には存在しないのであり、紛争が存在すること自体は外交の失敗ではない。更に、確立した国際法からも外交慣行から見ても、本来、豪も謝る必要もなく妥協するべきでもないことが<原因>で悪化する国際関係など正常な関係ではない。もしそのような関係が存在すれば、それを世間/世界では「隷属関係」というのである。

また、靖国に参拝するという小泉首相の頑な意志と行動が<原因>で関係が悪化しているというのなら、小泉首相は(ご本人が計算づくかどうかはわからないけれど、)朝日新聞流に言えば「何も有効な手立てを打たない」ことで日本の意志を日本は、現在、支那と世界に対して発信し続けていることになる。これは最早、有効かつ戦略の定跡にかなった外交の施策ではなかろうか。そう私は考える。畢竟、無為自然にして無用の用の具現。首相の靖国参拝は老荘思想の域に達した優れた施策なのかもしれない。



(2005年6月6日:yahoo版にアップロード)

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