アーカイブ☆揺らぎの中の企業文化-日本的経営と組織は国境の消失する時代に拮抗しうるか

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[壱]
揺らぎの中に日本はある。
それは、「戦後」を規定していた米ソの二極構造からアメリカを中心とする世界へと、国際関係の秩序が変化したこと。否!超大国アメリカの力が相対的に衰えて世界が多極構造に遷り行っていることにも関係しよう。しかし、揺らぎは、この国際関係の変容をも包み込む所のもっと深い根っこを持っている。

社会生活の中で一応は実体として解されている総てのもの。国家や民族や家族、コミュニティ(地域共同体)や政党や企業の本質が、社会関係という人間関係であるとするならば、社会を構成している総ての実体が文字通り揺らいでいるのが現在の日本の相なのである。揺らぎとは、人と人との関係の取り結ばれ方の変動であり、個々の人間関係の変化が他の総ての人間の諸関係の変化に連関しつつ社会関係全体が不規則に動揺することに他ならない。社会関係が規範と価値に制御されるものとするならば、この価値と規範の変化が揺らぎの動因であり、そして、ここ十年程の日本における転職者の増加、女性の結婚年齢の上昇、ファッションの多様化は、この価値観の変換に帰因する日本社会の揺らぎの相である。


揺らぎの時代は個性の時代か?
確かに、ファッションの多様化にせよ転職の増加、離婚の日常化は(今やバツイチはトレンディなことらしい、)個々人が自分のライフスタイルにこだわり始めたことの証ではあろう。しかし、現代の「個性の時代」は他者との全人格的な情報や感性、思想の遣り取りを前提とする「大人」の個性ではなく、自分の殻に(勉強部屋やワンルーム・マンションに、)閉じ篭もる「子供」の個性の時代ではないか? それは、他者への共感性を媒介としない好き嫌いレヴェルの個性。ライフスタイルの為のライフスタイルを追い求める軽薄な個性の時代ではなかろうか?

この様な個性の時代のライフスタイルは現在の日本の経済力と白けた思想状況の帰結であろう。そして、それは、自分達の現実の生活と文化とが他者に暴力や他の社会的な威力によって端的に脅かされていない泰平な現代日本の相に他ならない。蓋し、「個性の時代」は「鎖国」的な時代でもある。而して、真の個性の時代を招来する為には、この揺らぎの由来を究明せねばならぬ。

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鎖国か開国か。最近、これが真面目な議論の主題になっている。しかし、グローバリゼーションの進む現代の鎖国論は、ロマン主義からのものでもイデオロギッシュでもない。山崎正和の主張等を最近の鎖国論として今イメージしているのだが、山崎はこう語っている。「鎖国時代というのは、現在よりよっぽど自由の風邪が吹いていたような気がしますね。鎖国が拒否したのは、原理主義的なイデオロギーと外国の武力勢力だけで、交易品や情報は、新井白石の時代行こうは旺盛に取り入れている。ようするにイデオロギーはお断り、あとはお付き合いしますよと言っていたに等しい」、と。

共産主義や科学主義。十八世紀以来の西欧合理主義思想がその神通力を失い、片やロマン的な思潮もファシズムや我が皇国史観と共に崩れ去った今、新しい鎖国論の脱イデオロギー性は蓋し当然であろう。又、新しい鎖国の主張は、日本を封建的な身分制に戻そうというものでもない。一度死んだ犬は二度とそのものとしては生き返ることはないのだ。

鎖国とは他国との間での人的交流を拒否することである。鎖国政策の提唱は現代だけの現象ではなく、日本は過去に寛平と寛永の二回国を鎖した。私は、平安時代と江戸時代の鎖国に加えて、白村江敗戦から律令制確立に至る半世紀と太平洋戦争に敗れてからの戦後を一種の鎖国の時代と捉えている。鎖国は人の交流を政策的に制限しようとする。俗に経営の三要素をヒト・モノ・カネと言うが、ヒトの相互交流を規制しモノとカネ(貨幣と資本)の出入をも質量共に押さえるのが鎖国である。

外国からのものの流入を質的に押さえるとは、その物品に憑いている使用価値の体系(その物産を媒介して人と人との関係の取り結ばれ方のパターン、)、即ち、外国の文化を当該の物品から切り離すことを意味する。而して、カネ(貨幣)に関しても、物と物との交換比率の表示をその使用価値とする貨幣はその使用価値を剥奪され裸の貴金属や貨幣素材として取り扱われる。又、債権の物質的あるいは算術的表現である資本は原則的には鎖国々家と外国の間では流通しない。江戸期の鎖国々家ジパングからは夥しい金や銀が海外に流出したが、そこにはカネ(資本)の移動はなかったわけである。

私は過度の単純化を犯したかもしれない。数世紀の長期に渡る中国銭の貨幣としての輸入や、文化人類学者のフィルドワークによれば、当該鎖国々家と外国とで同型の使用価値の体系が海洋を隔てながらも発展していた事例が存在するからである。しかし、鎖国政策が物と金の面でも、使用価値と債権の回路を通じて人の交流を制御することに収斂することは確認できたと解する。


鎖国の心性は次の三者で特徴づけられると私は考える。
(1)慣習的に成立している行動様式を遵守し伝統的な価値観に従って生涯を送りたいという心性。(2)巨富や対外覇権を無理に求めず、伝統的なライフスタイルを維持するに必要かつ充分な財とサーヴィスで満足する心性。(3)人や組織に巨富や覇権を求めさせる原理主義的なイデオロギーを嫌悪し軽蔑する心性の三個である。これらの三者は密に連関しており、そしてこれらの帰結として、自己のライフスタイルを変る程の労力を外国人との係わりには割かないこと、及び自国の領域内ではより均一な文化や文明を形成する傾向が生じる。

鎖国下の諸個人が異国の物産や文化に感心を持つことと鎖国の心性は矛盾しないし、他方、鎖国政策の決定には内的外的の歴史的諸条件が影響する。問題は、自己の生活様式を変化させる程の労力を異文化趣味の為に行使しない心性(火遊びはしたいがやけどはいやという心性)であり、山崎正和が述べている如く、元来、国家を作るということは「国境を確定し一種の鎖国をすること」なのだろうから、ある国家の言わば鎖国の度合いは内外の諸条件に規定されると解される。鎖国は日本の教条的な保守主義者が人類史の中で一・二回実行したという特殊な事態ではなく、総ての近代国家が大なり小なり実施している対外政策なのである。

『新鎖国論』の論者の一人は戦後をこう規定する。「考えてみれば、戦後は鎖国だったのかも知れない。外征の失敗に懲りて、国際政治への参加をあきらめた。イデオロギーを排除しながら、国内的に経済合理主義を貫いた」、と。私は山崎のこの指摘を妥当と解し、これと同型の事態を白村江の戦後にも見出す。東京オリンピックと大阪万博があれだけの盛り上がりを見せ、国連が日本では全くお門違いの権威を持つに至ったのは、実は鎖国によって押さえつけられていた異国への憧れがあったからではなかろうか。確かに、太平洋戦争と白村江の両敗戦は日本に未曾有の異国風文化をもたらした。鎖国の核心は、しかし政治的・軍事的な対外政策と諸個人の鎖国下的なライフスタイルや心性である。ならば、この二つの戦後はかなりの程度に鎖国的であり、藤原不比等と吉田茂は鎖国政策の達人であったと言い得よう。


鎖国が最近、話題にされる背景は何か?
パラドキシカルな表現かもしれないが、それは日本の国際化でありボーダレスに成った国際関係であろう。1989年以降の東欧の激変。東西ドイツの統一やソヴィエト・ロシアの消滅は後者の象徴であり、ここ五~六年の日本人海外旅行者と外国人労働者の増加は前者の指標となろう。因みに、1985年に490人余りだった海外渡航者は、五年後の1990年には1,100万人に達した。又、現在展開されている鎖国論の直接の契機が外国人労働者導入の当否を巡っての議論にあることを読者は用意に確認することができよう。

国際化に伴なう伝統的な社会規範や価値観の相対比は日本社会にアノミー状況を出現させる。アノミー状況とは、社会を統合していた価値観や社会規範の効力が揺らぐことに起因する社会の無秩序状態であり、この状況下では人は虚無感を体験する。日本の国際化は、外国人が大量にしかも彼等の文化とエトスを持ったまま日本社会に入りこむことだけでなく、日本人が海外で生活し異国の文化とエトスを身につけて帰国すること、更に、国際的に通用する物の考え方や行動様式をビジネスや学問や恋愛の営みの中で身につけた国際派がメディアを通して拡大再生産されることによって加速される。メディアは国際化の推進要因であるが、新聞や電波のみならず都市も大学も友人も恋人もこの意味でのメディアである。

いずれにしても、日本人の伝統的なエトスと価値観を共有しない日本社会の構成員が日々増えることによってアノミー状況が煮起される。日本社会の国際化は人々に伝統的なライフスタイルを希求せしめる。右翼の「外国人を叩出せ」という主張は勇ましいが、それは、実はアノミー状況下の虚無に苛まれ伝統的な行動様式に縋ることしかできない真面目な文学青年の叫びなのだ。

しかし、事はそう単純ではないかもしれない。海外で活躍する日本人ビジネスマンは、自分の慣れ親しんだ人間関係の作法がほとんど通じない交渉に疲れ果てている。これは企業戦士だけではない。日本の官僚は、日本政府の意図と方針があまりにも外国政府や諸外国の民衆に理解されないゆえに自分がカフカの不条理劇を演じている気分にさえなると言う。新しい鎖国論は、アノミー状況下の日本人の「ホットイテンカ」の呟きなのかもしれない。

鎖国にはネガティブなイメージがついている。井の中の蛙は大海を知らず歴史の進歩を知らない、と。鎖国の主張にはアノミー状況を背景とした逃避的な内向きの心情が見て取れる。けれども、進歩が希望である時代は終わった。広い世界を狭くする独善的なイデオロギーのいかがわしさを二十世紀は目撃した。今世紀も十年を切って、脱イデオロギー的で自然と人間の共生を可能にする。協調的な国際秩序が希求されている現在、鎖国は貴重なヒントを与えていると思う。何故なら、鎖国政策はイデオロギー批判の哲学に裏打ちされており、鎖国論の想定する人間像は、自己のイデアを現前に押し出そうとする、個人主義的な大衆の中で孤立した人間ではない。それは、共に伝統的な文化を呼吸する他者と節度ある関係を保とうとする協調的でしたたかな人物。人生の快楽と労苦を計算できるマチュアーな大人なのだ。鎖国論の人間像は山崎正和の語る「他者を身近に置きながらそれを畏怖し、あえて他人の評価のなかに自己の実現をめざす、いわば柔らかい個人主義」の想定する人間観に親しいのかもしれない。

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国境の消失する現在、しかし江戸時代流の鎖国は最早不可能である。
人間の生産力と資本主義的な生産の諸関係は地球全体を覆っている。現代では世界のどの国家も民族も他のどの様な国家や民族と無関係ではあり得ない。例えば、ブラジルやロシアがアマゾンやシベリアの森林を本格的に開発すると地球規模で酸素の需給関係が壊れると言われている。現在の国際関係の力学は両国のその様な企てを無制限には容認しないだろう。しかし、ある国家が自国の資源を利用することを制約する論理は、最高独立の国家主権を核とする近代国家の原理とは別系統のものである。又、日本は国際的に確立した商慣習と資本主義的な経済合理性に一応は従って世界経済の覇者となった。そして今、日本はアンフェアさを非難されている。アンフェアな産業の仕組みに基づいて日本は、先進各国の職を奪い、途上国を搾取しその自然を破壊する。日本人観光客は現地の文化を汚染し、日本人はクジラを殺している、と。日米構造協議や国際捕鯨委員会等は鎖国的な近代国家とは無縁である。

人類の生産力の拡大とそれに基づく資本主義的な人と人との関係は近代国家という古い皮袋を破るに至った。ここで言う資本主義的な人間の諸関係とは、資本の拡大再生産の過程が自己目的化した社会における、その目的の為に整序づけられた人と人の関係のあり方である。そこでは物品やサーヴィスが総て商品として物象化し、人と人との関係が総て貨幣によって測られる。前に、「誰でも信用される何々カード」と、河童と狸でも海外で物を買うことができるというクレジットカード会社のTVコマーシャルがあった。そこに資本主義的な対他と対自然関係が見事に描かれている。蓋し、近代国家システムの崩壊は端的に江戸時代流の鎖国政策が全く不可能なことを示していよう。


人類は、生産力の拡大というプロメテウスの火を手に入れ、資本主義的な対他関係というパンドラの箱を開け、而して、脱イデオロギーという智恵の実を食してしまった。自然との伝統的な関係のあり方はここ百年で大きく変わったし、この対自然関係を与件とする他者との関係のあり方、対他関係も劇的に変化した。人間は生産の技によって荒野を開墾し、四隻の黒船は利潤を求めて極東の島国にまで至った。医学の進歩によって多くの貴重な人命が救われたのであり、現代は「生」に満ちている。東京やニューヨークに行ってみ給え。君はそこに死の断片すら見つけられないだろう。しかし、逆に言えば生産力の拡大と資本主義的な対他関係は、本来死んでいるべき人を生かし、本来その山の頂にあって眼下の村人の生活を見守るはずだった大木を異国のプレハブ住宅の材料にしてしまったのかもしれない。旧ユーゴを始め現在多くの人命が世界従で失われているのは「生」の過剰に対する冥界の王ハーデスの怒りに違いない。ハーデスはその巨富の故にプルートンとも呼ばれる。だから、この資本主義と「死」との連結は象徴的である。


現在は、新しい対自然と対他の関係を構築すべき時代。自然や民族や国家との新しい共生のルールを再構築しなければならない時代、即ち新々約聖書の時代なのではなかろうか。鎖国は不可能であるが鎖国が実現していた対他関係には新々の福音書を再編するためのヒントが隠されてはいまいか。鎖国論は、しかし、将来的にこの新々約聖書が記述するであろう人と人、人と自然とのあり方を示唆してはいるが、個人主義的な人間観・社会観に規定された資本主義的な対他及び対自然関係を如何にしてカナンの地に導くかの方法論を持ち合わせてはいない。そして、もし、真の思想は現実の政治的・社会的な課題を解決する力を持たなければならない、という見解が正しいとするならば、現代社会の孕む課題に真剣に答えようとする者はこの方法論の領域をこそ射程に入れなければならぬ。方法論・政策論を内に含んだ思想こそがこの揺らぎの時代の社会批判としての有意味さを持つ。

私は、本稿では、この方法論の突破口として組織の文化を選んだ。日本の社会や組織がいかなる人間観に底礎され、どの様な課題を抱えているのかを検討したい。蓋し、人間は組織として始めて自然や他の社会集団に対抗し得るし、人間はその属する組織を通じて先ず文化や価値や行動の規範を受け取り、それらの既存の文化に反発し選択を繰り返しながら自己の自己同一性を形成するのだから、鎖国論の示唆する人と人、人と自然の関係を具現化する為には、その様な対他と対自然関係を可能にする組織のあり方を究明するに如はない。日本的な組織が如何にこの揺らぎの状況下で変容しようとしているのか? これが本稿のライトモチーフである。そして、本稿のキーワードは「企業文化」なのだが、資本主義的な人間関係が自己矛盾を呈している今、それは最も直截に課題に迫り得る切り口となろう。

★ 章末註:
使用価値の体系が文化であることのアイディアは、川勝平太『日本文明と近代西洋』を参照した。又、対自然関係と対他関係を生態学的に理解することは、川喜田二郎『素朴と文明』に教えられた。白村江後の日本社会のイメージについては、上山春平『神々の体系』、『続・神々の体系』、『日本の国家デザイン』を参照した。私は、江戸期の鎖国の契機は半ば「朝鮮出兵」の敗戦にあると考えている。しかし資料を調べている段階なので本文では触れなかった。山崎正和の「柔らかな個人主義」とその前提とする社会観については、同氏の『柔らかい個人主義の誕生』及び『日本文化と個人主義』を参照した。尚、本稿校正時に山崎氏と芳賀徹氏の対談『新鎖国論』<文芸春秋92年九月号>が出版されたが、本稿では引用部分を差し替えるに留まった。



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[弐]
コーポレイトアイデンティティ(CI)又はコーポレイトカルチャー(CC)という言葉は今や日常語である。世間には企業のCI戦略を専ら請け負うコンサルティング会社も多いし、CI戦略は「会社名を漢字からローマ字に代え、新しいロゴマークを制定するだけ」と批判されつつも、また、企業文化(CC)とはスポンサーとしての企業が提供するオペラやコンサートのことと誤解されている向きもまだあるにせよ、経営の現場では70年代後半以降、経営戦略の重要な要素として位置づけられている。では、CIやCCは何故に企業経営のキーワードに成ったのか? CIとCCを巡る日本企業の変容を考えてみることは、ボーダレス時代の日本社会が抱えている思想的な課題を明らかにする上で有効であろう。

CIやCCがかくも話題になるに至るには米国の経営学の存在が大きい。現在、米英のMBA(経営学修士号)取得を目指し渡航する日本人は年間千人を下らない。マッキンゼーやベイン等の外資系コンサルティングファームは勿論、何々総合研究所とかの所謂シンクタンクや各企業の経営企画部門でその組織全体の経営戦略を立案する企業の言わば参謀達は少なからずMBAを持っている。このMBAホルダーの使うテクニカルタームの一つがCIでありCCなのだ。CIはマーケティング戦略の立案にも使用されるが、その主な目的は、組織内部のモラルの高揚。常に変化する状況下の組織全体の意志統一である。CI及びCCは、米国経営学、就中、組織論(Organizational Behavior)の用語であり、組織論は民間企業のみを対象とするものではない。それは、人間の組織ある所必ず生起する普遍的な、かつ、具体的な課題を取り扱う議論の中で1950年代以降に順次構築された理論である。故に
CIもCCもこの理論体系にその場を占める経験主義的な概念なのである。だから、ソヴィエト・ロシア等の社会主義国の組織体に必要だったのは、小室直樹が指摘するQCの技術と所謂資本主義の精神の他に、この経験主義的な組織論であったと私は思っているし、日本の中央官庁や東京都庁、神奈川県庁や神戸市役所のローカルガバメントが毎年多くのスタッフをMBAに派遣するのも不思議ではない。

組織に関する知識や組織運営の技術としての組織論は古代には存在していたし、全共闘の運動論の大部分は組織とその構成員との本来的な関係に関するもの、即ち組織論であったと思う。所謂実質的な意味の憲法はこの組織論の一種に外ならない。そして、プロイセン陸軍参謀体部は、正にこの組織論を駆使して軍事学に革命を起こし現に世界史を変えた。けれども、現代の組織論は経験主義的で機能主義的なものである。それは、ある組織体の内部に作用する統合のシステム(情報の収集と分析、組織の運営方針の決定及びその伝達のシステム)の改変に外部の状況の変化をスムースにフィードバックする為の知識や技術である。それは外部の状況(状況は常に人間の予想を越えて変化する)に対して組織を開かれた「柔構造体」にしようという、一種の操作主義に立つ。操作されるのは組織の構成員であり構成員間の関係総体としての文化に外ならず、そこでは文化も組織論も計量可能なものとして了解される。

上のパラグラフで述べたことを換言すれば、CIやCCはアメリカからの船来物には違いないけれども、企業理念や企業文化そのものは組織ある所には必ず存在するし存在したということである。商法第六十三条や一六六条に規定されている定款の絶対的記載事項としての会社の目的は、本来は各企業の理念を意味していた。又、住友家々訓や松下電器産業にとっての水道哲学は、現代の「エネルギーとエレクトロニクスの何々会社」、「芸術化産業を目指す何々」とか「ヒューマン・エレクトロニクス」等々と同じくCIであり企業理念である。日常会話でもよく使われる会社の社風とか大蔵省の省風、巨人軍のカラーや早稲田大学の校風とかは組織の文化でありCCに他ならない。だから、企業理念や組織の文化をCIとCCに訳すだけでは、CIやCCが現在かくも頻繁に話題になり、しかも経営の中枢にある企業参謀達によって真剣に討議され、多くの企業や団体が一人あたり一千万円から二千万円以上のコストをかけて総計千人以上の職員を米英のビジネススクールに毎年派遣している事実を説明できない。


白黒はっきり言おう。要は、CIやCCは企業理念や企業文化とは異なる位相にある。前者は後者を単に所与のものとして受け取るのではなく、それらを組織経営という合目的々活動の中で操作しなければならない重要な考慮要因と考える立場からの用語なのだ。企業理念や企業文化はCIとCCに変換されることによって、経営という複雑な関数の定数(Constant)から操作可能な変数(Variable)に変わる。現代の組織論は、この変数を操作し最適な経営状態を実現しようとするものであり、CIやCCはこの組織論の理論体系の中で初めて現代的な意義を獲得する。

CIは機能主義的な用語であり、現実の個々の企業の理念は、CI戦略によって静的な企業理念から動的なCIへと生まれ変わる。CI戦略とは、企業の理念を組織のパフォーマンスを上げる為に意識的に強化し変更すること及び企業の理念を変化させる手段と作戦を自覚的に選択し採用することである。けれども、このCI戦略も別に現代に特有なものではない。例えば、武田の騎馬武者が揃いの赤に甲冑を身に包んでいたのも、学生運動のある集団が揃いの赤いヘルメットや黒いヘルメットを被っていたのも戦略としてのCIに他ならない。現代のCI戦略がそれ以前のものと異なるのは、CI戦略を組織経営のトータルな活動の中に自覚的に位置づけ得る組織論との関係の有無である。

CCも機能主義的な概念である。それは、組織の文化を人為的に管理し制御し得るという立場から発想されている。一般的に、文化を人間関係のある独特なあり方、即ち価値に収斂する諸規範の体系であると解する時、CCはCIに収斂する当該組織内の諸規範の体系に他ならない。ここで「我が社は中小企業への金融を通じて地域社会の発展に寄与する」という社訓を掲げるサラ金があり、その会社の社風が全くこの企業理念と一致しない等の世間には実際いくらでもある事例を引いてきて前述のCIとCCとの規範的連関性を批判しても無意味だ。規範的連関性を持ち得るのは共に実定的なCIとCCについてだけなのだから。そして、文字になった社訓と現実の実定的なCIよってCCが一致する保証はどこにもなく、一般の法律と日常の事態との場合と同様、むしろそれらが一致しないことの方が常態なのである。

★ 章末註:
規範は価値に収斂する。即ち、人間の行動の基準が規範であり、規範と規範の調整原理を私は価値と呼ぶ。そして、価値と規範に従う人間と人間の関係の現実的な取り結ばれ方のパターンを文化と観念する。前章で、物産の使用価値の体系を文化として捉えたのもこの私の規範・価値観の一応用である。尚、規範は行動の指針を示すとき法や道徳と呼ばれ、認識の枠組みとなるとき言語と観念されている。しかし、行動と認識とが結局は1個の人間活動を別のアングルから見たものに過ぎないとする立場からは、法と言語を区別する実益はない。この認識と行動、理論と実践の一体性に関しては、渡辺彗『認識とパタン』105頁以下。沢田允茂『認識の風景』、『言語と人間』及び『知識の構造』を参照していただきたい。



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[参]
現代の組織論(Organizational Behavior)は何故にここ30年程で本格的に理論化され、CIやCCはここ十年で日本においてかくも話題になる様になったのか? ある意味ではこの答えは自明である。それは、CI戦略がここ十年程の日本企業で必要とされたから。所与の企業文化や理念が組織経営にとって無力か或いは有害になったからなのだ、と。この経緯は企業だけではなく、日本の組織一般について言い得る。

CI戦略の必要性のそのまた原因の分析は多岐に渡ろうし、それらは相互に連関しているのかもしれない。私はその原因として、日本の国際化と自分の所属する組織に対して抱く日本人の帰属意識の変化の二つを抽出する。国際化に伴う各自の自己同一性の揺らぎ。自分が自分であることの意識を保証していた所属する組織への帰属意識の希薄化が、既存の組織の理念を空洞化させ組織の文化を変容せしめていると解している。元禄三年創業以来味一筋という理念や職人気質の文化は、日本の国際化と社会のアトム化の前に崩れ去る。これは最近、新しく鎖国論が主張されだした背景と同じ図柄である。


米国と日本の社会は様々な点で異なっている。米国は内に様々なルーツを持つ人を抱える「国際社会」であり、一方でプロテスタンティズムの論理がまだエトスを規定する均一な社会である。このエトスによって、人々は個々人が個々に「神」に対面しているとの意識を持つ。その「神」がヤコブの神なのか貨幣なのか性欲なのかは個々異なるとしてもである。

米国人は、日本人のイメージするような外国(文字通り、海外の土地や人々。)としてよりも、自分とルーツの異なる同じ米国人に先ず外国や異文化を感じる。そして、その個々人のあり方はアメリカ社会のエトスによって原子論的である。アメリカ社会は、自分だけのある個人的な価値観と哲学とを堅持して人生を個性的に且つ強く生きようとする真の個人主義の支配する所ではない。そこは、自分の引き受けざるを得ない文化的ルーツを抱える諸個人が、しかし、アメリカ的なエトス―プロテスタント的で資本主義的なものであり個々人を社会関係においては没個性的なアトムに解体する―に従って生活している、ある意味ではボーダフルな社会なのである。

アメリカ人の「神」は多様である。しかし、アメリカには「神」が確かに存在する。個々人と一対一で向き合う「神」。正に、<構造としての神>が彼の地には存在するのである。個々人と一対一で向かい合うそれらの「神」が正統的なヤコブやイサク、アブラハムの神であるか、貨幣であるか、はたまた、「アメリカ人は自由主義者で平等主義者及び民主主義者でなければならない」という物象化した米国憲法であるか。又は「人間の深層心理には性的な欲望が鎖に繋がれて無意識の牢獄に閉じ込められている。この抑圧された欲求はしかし人間行動を最も深い所で規定するのだ」という常識化した俗流フロイト派の人間観であるかは別にして「神」をアメリカ人は信じている。そして、それらの「神」が聖書の神から貨幣や米国憲法を通過して理念化された性欲等々に段々に形式化し、その形式化に伴ない、社会規範の価値と規範の内容が空虚に成るのに従って、内容を持った正統的なエトスは個々人をアトムに解体していく思考パターンに変容する。アメリカ社会は文化においてボーダフルであり社会関係において原子論的である。

蓋し、米国では国際化とアトム化が日本よりも数段激しく社会の既存の価値や規範を揺さぶっているのだから、現代の組織論(Organizational Behavior)が彼地でより早く且つより真剣に検討されたのも納得できる。少し古いタイプの、所謂ラルフ・ネイダー流の大企業への不信感を越えて、米国で現在よく議論される、「企業はその属するコミュニィティの良きメンバーとしてアメリカ社会やその地域共同体に貢献すべきである」という企業市民論は、アメリカ社会に固有な価値観や文化の崩壊に対する人々の不安感を示してはいないか。家庭や家族愛の強調。キリスト教原理主義の彼地での近年の流行の要因は、形式化したアメリカ社会のエトスと益々ボーダフルになっている社会に対する正当なプロテスタンティズムの立場に立つ米国民の言うに言われぬ不満と不安にあるのではないか。そして、資本主義的な対他関係の支配し移民国家且つ条約国家であるアメリカ合衆国では、社会は人為的なもので構成員の意志によって改変可能なものと了解されている。技術としての組織論はこの様な風土と状況の下に成立した。


日本では米国と異なり、社会や多くの組織は人為的というよりも自生的と解されている。そして、国際化とアトム化が人類史の必然的な潮流であるとか、この潮流への唯一の対応策は米国流の組織論による会社と社会の変革であるなどとは言えはしまい。しかし、既存の組織の理念と組織の文化が、現在の日米両国で共に揺らいでいることは確かであり我々は揺らぎに拮抗し得る新しい組織論を再構築しなければならない状況にある。

★ 章末註:
組織の人為性と自生性を巡る日米の意識格差は様々な現象で確認できる。例えば、日米とも硬性の憲法を持つのに、日本は戦後1回も改正しておらず、米国憲法の改正(修正)はこの間6度に渡っている。又、米国は敵対的なM&Aは日常茶飯事であるのに、日本では友好的なM&Aがむしろ一般的である、等。


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[四]
日本的経営なるものは今や世界最強の経営スタイルであるらしい(本当かしら?)。米国のトップテンとよばれるビジネススクール(MBA)の半数。ミシガン大学、コロンビア大学、コーネル大学、MIT及びスタンフォード大学には、91-92年の学期で日本的経営の講座があるし、その他の多くのMBAの授業でも日本企業の経営手法が講義やケーススタディの材料になっている。又、国際交流基金の調査によると、米国の大学で日本語を履修している学生の数は、1976年に9,604人だったものが6年後の1982年には40,000人前後に増えた。新しいデータは手元にないが、この数がここ十年で更に増加したことは私個人の体験からも断言できる。反日の感情とは別に、日本への関心は彼地で高まっている。トヨタ流のカンバン方式やTQC、終身雇用制なり協調的な労使関係はMBAホルダーの共通の関心事である。そして逆に、日本では米国経営学の虎の威を借りて、旧海軍の内部行動規則を経営の神髄だとか、権力と権威を分離した天皇制は究極の政治システムだとか喧伝する輩さえ出てくる始末なのだ。

口の悪い人は日本的経営を鮫に例えて、「鮫はその生物としての完成度の故に、数億年前から進化していない。日本的な経営もこの鮫の様なものだ。何故ならば、鮫はエラを動かして呼吸する段階まで進化していないから眠っている時も泳がなければならない。日本人が朝から晩までよく働くのもこれと同じなのだから」と、皮肉を言う。日本的経営手法が完成しているものならば、何故に世界中で日本人や日本企業は嫌われているのか? 日本的な組織論が完全ならば、太平洋戦争の終結に何故にミッドウェイ回線後、あんなに長い時間が必要だったのか? 日本的組織が組織として最高度の運営システムを持つものならば、日本は第二次大戦の前に軽工業のみならず重工業の分野でも国際競争力のある製品を何故に生産できず、何故に中国や韓国等の近隣諸国に長く恨みを残す対外政策しかとれなかったのか? そして、日本的経営がほぼ完成しているのならば、CI戦略やCC戦略が現在どうしてこんなにも話題になるのだろうか?


日本的な組織に問題は多い。
日本的な組織は排他的であり組織の内部と外部に適用されるルールが異なる。故にそれは実力主義的・能力主義的ではなく、今までにない新しいタイプの仕事や業績に対する評価の基準が組織内には存在せず、よって権威主義的である。例えば、無名の画家や音楽家は才能があっても欧米で認められなければ若くして「一流の芸術家」に成ることは難しい。ここでその権威がニューヨークやパリ、ローマであって北京やソウルでないことは重要な論点である。日本文化の事大主義がここに見出せようし、日本人が自分の頭と体で考えていないこと。即ち、現在の日本人の思想的幼児性がここに象徴されているかもしれないからである。

日本の組織は人間を組織特有の型に嵌めがちである。
日本型のリーダーとは、四割を打つバッターでも30勝する投手でもなくてチームの調整役なのである。偉い人とは皆をまとめる人であり、それは多様な政策や主張をまとめるのではなく人間関係を調整し、取り仕切るのに長年尽くした人のことなのだ。日本の政治指導者は、利害を調整し全員が同じく幸福になる様に努力する「和の政治家」である。それは、不確かな将来を睨んで政策を立て、相異なる主張を選択しながら国民を説得する練達の士ではない。

日本の組織はパラダイムチェンジに素早く対応できないが、状況の枠組が1度定まれば抜群のパフォーマンスを発揮する。日本人は状況の変化に起因する組織の価値体系の変容に対応するのが苦手である。自分の頭で考え体で作り上げた組織の文化や理念であれば状況の変化にもしたたかに抗し得ようが、日本においてはそうではない。而して、昨日までの自分の属する組織の価値や目的の変化を整合的に理解し、他者にその変化の経緯を論理的・説得的に説明するのが下手な日本人は、ハラキリや転向でしか、即ち比喩的にか現実にか死ぬことでしか状況に適応できないのである。このことの例を我々は『拝啓 マッカーサー元帥様―占領下の日本人の手紙』(袖井林二郎著)の第一章に見ることができる。

日本的組織は無責任のシステムである。
天皇の戦争責任が曖昧にされたまま平成を向えたことや国家の最高権力が結局誰にあるのか判らない現在の自民党政権の権力構造に無責任さが端的に現れている。世に「闇将軍」や「政界のドン」と呼ばれる実力者は、汚職やスキャンダルと言う枝葉を別にすれば、政策に対する政治的な責任を負うことなく権力に決定的な影響を与えつづけてきた。カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎』の指摘は、少なくともこの権力の無責任性について当たっていると解される。

日本的経営。TQCや中間管理職の実質的権限が大きいことに代表される組織の意志決定のボトム・アップ・システム。OJTの多用やジェネラリスト育成及び年功序列制に象徴される組織内部の教育制度の重視。株式持ち合いや談合、系列に典型的な組織間の排他的な関係等々。日本的経営や組織の特性は、その組織がゲマインシャフト(共同体―観念的機械的な形成物であるゲゼルシャフトの対極にある実在的有機的な生命体)であることから理解可能である。日本的経営とはゲマインシャフトを構成する主体が、よりノイズの少ない意志伝達と共同体独特の意志統合の容易さでもって、高い効率の作業を低い経営コストで可能にする仕組みに担保された経営方式であろう。而して、日本的経営の問題の核心は、人類の生産力の拡大と資本主義的な人間関係の徹底によって本来ゲゼルシャフトに変わるべき企業や政党等の組織がゲマインシャフトに留まっていることに収束する。自然環境や他の国家や民族に対して極めて大きな影響力を持つに至った日本の企業や国家が無責任のシステムを抱えたままでは許されないからである。そして、生産力の拡大と対他関係の変容は、資本主義的なゲゼルシャフト自体にもその変化を迫っている。日本の組織は二重の意味で変わらなければならない。


CIやCC。米国流のオーガニィゼーショナル・ビヘーヴィアは、既存の組織理念や組織文化の解体に抗し得る手法ではないのかもしれない。アメリカ経済の相対的衰微は常識であり、レガーノミックスによる「幸福な80年代」の黄昏は彼地を最近訪れる者総てが感じることであろう。そして、経済衰退の原因には訴訟好きの国民性に加えて、しばしばビジネススクール的経営手法が挙げられている。このことは、米国流の経営方法に限界があることを示唆していよう。米国のMBAに職員を多数派遣している企業の人事部や日本政府の人事院もまさかMBAがオールマイティだ、などとは考えてはいない。ある意味では、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」くらいの乗りで送っているのが実情ではなかろうか。尚、米英のMBAには日本的経営への強い関心がある。しかし、日本的な協調的労使関係や日本からの逆輸入されたTQCを導入したアメリカ企業の失敗例も90年代に入って少なからず報告されている。異なる文化圏で成立した組織論は端的には他の文化圏では有効ではない。

米国の組織論は、機能主義的・操作主義的な立場から、社会のアノミー状況に抗し得る人と人の関係のあり方を構築しようとする。それは、多様な文化や価値を背負った諸個人を形式的で抽象的なルール合目的々に制御しようとする。では、組織の理念なり文化を操作主義的に扱うことが果たして可能なのか? それらを機能主義的に操作可能と見る見解の背後には、「人間は個々人が合理的に行動し得るように創造されている」が如き予定調和の人間観が潜んではいないか? 少なくとも、米国で妥当した方法はたの国でも妥当すると考える素朴実在論的な世界観がその見解の基盤には横たわっていよう。ならば、それは西洋と文化圏を異にする日本などでは本来あまり有効ではないのではなかろうか? しかし、少なくとも経験主義的な組織論の効力の限界を見極めることは、人為的及び自生的な総ての組織の現在的な課題性を理解する為に有意義であろう。

★ 章末註:
日本におけるMBAへの関心は、バブル崩壊に拘わらず高まっている。例えば、米英のMBAに入学する為の適正試験であるGMAT(Graduate Management Admission Testの略であり、ハーヴァード大学を除くほとんどのビジネススクールで、入学希望者の国籍を問わず出願時に要求される)の日本人受験者数は、85-86年度で1,680人だったのに、五年後の90-91年度では4,661人と約三倍になった。

MBA不用論や有害論は米国ではほとんど日常的に主張されている。株主の利益優先の為もあって経営者がより短期的な利益を追求することや、所謂産業の空洞化等々。米国経済衰退の原因はより構造的・文化的なものに帰するのが妥当であろう。けれども、数字万能主義のMBAがこれら諸原因の象徴であることも事実である。実際に、80年代後半から本格化した不況にも因るが、米国ではMBAホルダーの就職難が顕在化しており、史上初めてMBA志願者が前年に比べて減少した(91-92年のGMAT受験者数)。故にこの間の日本人MBA志望者の増加は一層際立っている。尚、MBA及びMBAを取り巻く状況については、以下のものが最近の情勢を知る上では便利である。Fortune, International Ed., Vol.124, No.3, July 29, 1991所収の"The Trouble With MBAs" by A. Deutschman 及び "Another boom ends" by Dana Wechsler Linden with Jody Brennan and Randall Lane (Forbes, Jan, 20, 1992)邦文の文献としては、中野正夫『MBA留学サクセスガイド』(中央経済社)、プロジェクトK91『アメリカのビジネススクール』(TBSブリタニカ)。少し古いが、三菱商事広報室編『欧米ビジネススクールへの道』(ダイヤモンド社)、土屋守章『ハーバード・ビジネス・スクールにて』(中央公論社)も参考になる。



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[五]
『揺らぎの中の企業文化』の趣旨は、所謂リヴィジョニイストの立場からの日本異質論の二番煎じではない。本稿の主旨は、日本的な共同体を構成している日本人の共同体を構成している日本人の共同体への帰属意識が、現在の国境の消失する時代を背景にして揺らいでいるという認識の下。この日本的な共同体の崩壊が、その中で育った日本人の行動の基準とエトスを解体させると同時に外に対しては、主体性の解体は他者への共感をも封じ込めるだろうから、諸外国や諸民族への整合的な理解と対応の指針を見失わせているという主張である。ボーダレスな現代世界の状況は、日本的な組織において個々人のアイデンティティロストを誘発し、自己同一性の崩壊に起因する個々人の行為と認識システムの揺らぎは組織構成員のアトム化した主体―個人や企業は、その個的な欲求や「好き嫌い」と言った極めて感情的な基準に基づいてしか他者と接することができない。海外での日本人や日本企業、日本政府の評判が必ずしも芳しくないのもここに理由を見つけることができようか。

私は、本稿とその前編たる『外国人がいっぱい』において、永久に不変などではない日本人の価値観や日本的な共同性の孕む現在の思想的な課題性を抽出し、現代の時代状況に拮抗し得る新たな共同性と新たな伝統を再構築する為の方法論を模索しようとする。蓋し、日本の文化と社会の中で育った者のみが日本人である。日本の文化と歴史を共有し、その社会の構成員と自己を規定する者のみが、而して、日本国家と運命を共にする覚悟がある者のみが日本人である。それならば、日本を考えることは、その社会や日本的な諸々の組織の性質を検討すること抜きには不可能であろう。

注意しなければならないことがある。人間の主体性や自己同一性はまずその属する社会組織から伝統的な文化として与えられるのだから、組織体の揺らぎは一応、組織構成員の価値観と規範意識の揺らぎを生ぜしめるだろう。しかし、組織体の崩壊は構成員の自己同一性の解体に終わるのではなく、それは自己の再生の始まり、つまり、与えられたものではない自分自身の人生の開始に他ならないことである。

国際化の進む日本社会はアノミー状況を向えつつあり、今までの所、このアノミーに抗する二つの政策が提示されている。一つは、形式的なルールによって最低限の秩序を確保する方法。他方は、文化のブロック化(鎖国政策)の推進である。米国流の組織論は前者と、日本流のゲマインシャフト的な組織論は後者と親しい。しかし、前者は、孤独な大衆と大衆の中の孤独感を拡大再生産し新たな虚無感とアノミーを煮起せしめる危険性を帯びる。一方、後者は、共同体の中に個人を埋没させ、プロメテウスの火を手に入れた後の世紀を生きる我々にとって不可欠な協調的な諸民族・諸国家との交流を難しくするであろう。而して、我々は第三の道を希求しなければならない。即ち、自己の自己同一性を保障し、且つ、異文化に共感し得る共同性とそれを担保する共同体の再構築の方途をである。尚、私はここで希求される組織体を単に「共同体」と記したけれども、この「共同体」が既存のゲマインシャフトを止揚した位相にあることは言うまでもない。


高度に工業化し情報化した社会において、人と人、人と自然の伝統的な付き合い方が揺らぐ所で現在のナショナリズムが発生する。ナショナリズムが、しかし、政策として成功することは鎖国政策と同じく不可能である。それは他民族国家や所謂単民族国家を問わず国家の内なるアノミー化の原因でさえある。私は、本稿の前編たる『外国人がいっぱい』でナショナリズムを国家の内における、そして、外国人を外からのアノミー化の契機として捉えたのだが、国際化を引き起こす生産力の拡大と資本主義的な対他と対自然関係の徹底化をアノミーの構造的要因として位置づける。この関連するいくつかのアノミーの契機を抱える二十世紀後半の日本人が希求する新たな共同体は如何なるものであろうか。私は取り敢えず、四つの観点からその共同体の資格の検討を提案する。それは、(1)自然と人間の共生、(2)国家と人間との共生、(3)民族と社会との共存、及び(4)その共同体内部での構成員個々人の人格発展の可能性の四者である。

人間を規定するものは、まず個々の内的世界であり、次に自己の人格や意志の直接反影する身近な社会。最後に、自己の人格や意識の及ばない社会及び自然である。人間は、内面の世界、世間、社会及び自然の四者によって意識と行動とを制約される。自然は、更に、国家と狭義の自然に分けて考察され得るから、前の新しい共同体の四つのチェックポイントは認識論―存在論的根拠を持つことになる。新たな共同体は他の共同体や自然と節度ある関係を取り結びうる組織論と人間観を保有せねばならない。そして、この共同体が既存の国家よりも大規模なものになるのか否かさえも、固定観念を捨てて検討されるべきであろう。

この四つの要件を満たす共同体はユートピアかもしれない。しかし、プロメテウスの火を手に入れ、パンドラの箱を開け、知恵の実を食した我々は、このユートピアに一歩でも近づくしかないし、その為の方法論を含んだ哲学や思想を構築せねばなるまい。伝統的な社会組織に内在する組織の文化や理念にはこの新しい状況に克つ力がないからである。この方法と思想の創出には、しかし、人権や国家体制に関する人類の思索の蓄積が参考になろう。伝統的な社会が実現しようとし一部は実現していた人間と人間の関係のあり方や人間の幸福についてのイメージが参考となるだろうということである。そして、プラトンの『ポリティア』とアリストテレスの『ポリティカ』、及びカントの『永久平和のために』は、この思想や哲学の先駆として現代的な意義を持つに違いないと私は考える。


新たな共同体の再構築。これは日本だけの問題ではない。科学技術と資本主義が世界をボーダレスにした段階では、世界中の諸国民が抱える課題も均一化して来るだろうからである。大量の消費物質や核兵器による地球環境への危機。遺伝子組み替えによる既存の生物に有害な道の生物の発生やエイズ。即ち、「生存」が、今全人類共通の課題になっているではないか、ならば、同様に、アノミー状況を克服する人と人との新しいあり方の模索。そして、この対他関係を底礎する新しい人間観と社会観の構築は全人類的な実践性を持つ。けれども、再構築されるべき共同体の可否や有効性は相対的なものでしかなかろう。例えば、17世紀の日本社会において鎖国政策と鎖国下の対他関係は、私の四つの共同体チェックポイントでそれなりの得点を上げていた。しかし、鎖国政策と鎖国社会の現実性は置いておくとしても、その現在における妥当性はあの新しい共同体の要件から見てもかなり低いと言わざるを得ないだろう。尚、江戸期の鎖国は政策として優れていたのであり、この時期に現在の日本文化が形成されたわけではない。現在の日本文化は中世後期に(時間の流れに抗し得る伝統的な物産の複合と使用価値の日本に特徴的な体系は室町時代に、)確立したと解するからである。

★ 章末註:
人間の規範意識と行動を規定する社会的諸要因については、浜口恵俊『「日本らしさ」の再発見』からアイディアを頂いた。尚、山崎正和の「柔らかい個人主義」を底礎する人間観と浜口の語る「間人主義」のそれとはほとんど同じではないか。山崎の浜口解釈(『日本文化と個人主義』第一章第四節)は誤りではないか。山崎は浜口の使用する「間人(Contextual)」と同じ観念を前提にして、更に個々人の人格実現における幸福感の吟味に向かうのに対して、浜口は間人の構造と機能をより理論的に分析する方向に進むというだけの関心の差しか私には認められなかった。


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[結]
企業文化なり理念の問題は、日本的共同体の21世紀的な課題性を明らかにしている。何故ならば、日本の企業はゲゼルシャフトであるはずの組織にそれと異質のゲマインシャフト的の行動様式を持ちこんで世界最強のパフォーマンスを実現した。そして今、その行動の異様さ故に世界中で批判され、内部には80年代以降、多くの新人類やファジー君を抱えて立ち往生なのだから。この変化の時代。人はどんどん変わっている。変わらないのは、組織の方であり、人が組織の一員として行動する上での行動の指針と組織員として持っている文化なのである。この二つの変化の速度の差が、個々人において限界にまで達しているのが現在の日本なのではなかろうか。日本人は、変るものと変わりにくいものの上に両足を置かざるを得ない。自己の同一性の解体とはこの様な社会と文化の構図の上において生じる。

日本的な組織の理念や文化も、今後変わらざるを得ないし現に変わりつつある。その変化のターミナルは、しかし、欧米的と一括される社会や組織のそれらとは限らない。間違いなく次の世紀では、「欧米」という言葉は神通力を格段に落すだろうし、文化の単線的な発展論や単なる文化相対主義で理解できる程、21世紀は「半端じゃない」だろう。日本的な組織の現在のあり方を反省してみること。特に、対他及び対自然の両面において最も影響力があり、諸個人と他の社会、諸個人と自然との代表的な交流契機になっている企業組織のあり方を検討してみることは新々の福音書を書く上で不可欠な作業であろう。この反省と検討の営みは、新たな共同体が開かれた構造を持つ為の諸条件を明らかにする作業の一環であり、現代デモクラシー論の一斑を成す。「知恵の実」を食した我々は、組織や共同体を考える上においても、経験主義的・合理主義的なアプローチ方法以外は取れないからである。例え、経験主義的や合理主義が端的にヨーロッパに特徴的な思考の様式であり、経験や理性だけでは、カントの言う意味での人間の有限さ故に、我々は永久に相対的な認識の成果しか得られないとしてもである。蓋し、デモクラシーとは本来的にこの人間の有限さを自覚した政治システムに他ならない。


『西洋の没落』は70年以上も前にシュペングラーが語った。しかし、ヨーロッパ後の社会思想は未だ具体的には提示されていない。それは、ポスト=ヨーロッパの時代の実定的な社会思想を、ヨーロッパ以外の文化にヨーロッパの眼鏡を通して探す傲慢な態度と不毛な異文化趣味。没落するヨーロッパにさえ劣ったヨーロッパ以外の文化をそのまま次の時代の主役として扱おうとする一層不毛な厚かましさとに原因があるのではないか。

私には『エマニュエル夫人』『O嬢の物語』『ラ・マン』は没落する西洋の断末魔の叫びにしか聞こえないのと同時に、80年代半ば以降に流行った大部分の儒教文化圏論や俗流文化人類学からのモダン批判の多くは思想的実践感覚の弛緩と知的怠慢にしか感じられない(もっとも、白川静や加地伸行の儒教理解は秀逸である)。この点で、先に紹介した浜口恵俊『「日本らしさ」の再発見』の提示する所の、ヨーロッパの思想をも包み込むより普遍的な観点から日本文化を切解する思想枠組み自体を実証的に組立る手法は示唆に富む。ある公理系と他の公理系が共約不可能のとき、それらを共に成立させるより上位の公理系を導入し問題を解決することは、代数系論のイロハであり、それ故に間違いの少ない有効な発想であると解するからである。

日本的経営は国境の消失する時代に拮抗し得るか?
この問いへの解答は簡単ではない。それは、日本的な組織が国際化とアトム化に抗して新たな共同体を構築し得るかに答えなければならないからである。しかも、米国流の組織論は状況に対して未だ拮抗し得ておらず、組織の理念や文化を如何なる範囲で人為的に制御可能かさえ不明なままである。よって、我々がこの問いに答える第一歩は、国際化の加速している日本社会の中で、日本的経営の現実的具体的なあり様=日本的経営の射程と、日本的な組織を構成する個々人の帰属意識=日本的経営の心性が如何に変容しているのかを実証的・経験的に見極めることである。それは、米国流の組織論を限界まで使用し、その限界点後に新しい経験的組織論を更に創ることに等しい。可能なことから始めよう。しかも、この分析を通して二十一世紀の日本人の「あるべきあり方」を究明することは、実は非日本的で非欧米的な人と人との関係の新しいあり方の提示に至るかもしれない。ドキドキするではないか。


「人間は自己を有意味なものとして捉え、自己の世界観に従って行動したいと考える存在である」と私は素朴に信じている。この考えが、もし、何かしらの正しさを持つとするならば、アトムと化した日本人の行為と認識の規準の感覚化は、人間の本性からみて早晩修正されるに違いない。カントは、常々、人間を目的・主体としてのみ扱い、けして手段や道具として遇してはいけないと言っている。現代の「個性の時代」の個性的な若者は、自己を他律的なライフスタイルの為の存在としている点でカントの教えに反している。

どう世界を解釈するかよりどう世界を変えるかが問題なのだ。而して、総ての哲学は政治・政策論と密に連関しなければならない。Power Politicsの時代の終わりにある現在、Cosmo Politicsとも言うべき運動に参加しようと思うほどの人物は、今までよりも強く哲学せねばならない。しかも、このCosmoはコスモポリタンのコスモではない。それは、コスモスのCosmoなのだ。二十一世紀に実現されるべき新しい共同体や社会組織がコスモスに他ならず、そのコスモスは、繰り返しになるが、各構成員に自己の有意味さを保証するものである。

自然と人間の共生の作法、国家と人間との良好な関係の創出。民族問題を止揚する方策、共同体内の個々人に自己の有意味さを保証し自己の人格の成長を可能にする社会を具現化する方途。その様な社会と共同体の中でのライフスタイルの為のライフスタイルではない、「大人」の個性的な労働と生活の実現への道。これらの方法の追求は現在不可避の課題である。そして、日本的共同性の国境の消失する時代における揺らぎを、日本的経営の心性と射程を吟味する中で究明することはこの課題に答える前哨には成ろうし、少なくとも、二十一世紀の日本人が如何なる社会を世界の中で作り上げていくべきなのか、作ることができるのかについての有効な指針を与えるものであると私は確信している。

1992年7月5日

畏友片伯部卓を思い出さざるを得ない日に新小岩にて



【編集後記】
本稿は私が1992年当時関わっていたある同人誌(『社会批判雑誌ソシエテ』第3号)に基調として寄稿したものである。内容的には同じ同人誌に寄稿した『外国人がいっぱい』の続編であり、日本的な組織をワークせしめている日本人の心性を分析することを通して<日本における国家のあるべきあり方>を模索しようとしたもの。しかし、生硬いだけで失速した完全な失敗作だと思う(正直な感想である)。また、天皇の戦争責任や昭和史の理解に関しては、この10年で理解が深まったためもあり、今の私の考えとは微妙に異なっている。それなのに、何故、2003年の今、この旧稿を海馬之玄関にアップロードすることにしたのか? 原稿保存の目的の他に理由があるのか? もちろん、イエスである。それは、私の現代国家論のパースペクティブがこの<失敗作>の中で形成さたと思うから。

社会主義イデオロギーの退場によって、主権国家と民族との激突が再開された20世紀終盤から続く時代に生きる我々が次の時代にどのような社会と国家を再構築すべきなのか、しかも、生産力の拡大とエネルギー消費の増大が不断に進行する人類史の進展の中で人為的国家がいかにすれば民族と自然との良好な関係を再度取り結ぶことができるのか、これらの問題意識を原稿用紙に叩きつけたのが『外国人がいっぱい』とこの『揺らぎの中の企業文化』だったと思う。我ながら知識や表現における技術では若干の進歩がこの10年間であったと思うけれど、思想的には我ながら「ほとんど進歩してへん」のが実情である。情けない限りだ。而して、これを読まれた方から叱咤嘲笑等々どのようなものでもコメントをいただければこんな嬉しいことはないと思います。手の内は明かしました(笑)。宜しくお願いいたします。


武州新百合ヶ丘にて平成15年2月28日記す




(2003年2月28日←1992年7月5日:本家サイトにアップロード)

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