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「法哲学」の核心を穿つ17歳の高校生の投書

keibun2
【Keibun Ota's water color】


素晴らしい新聞投書を目にしました。一昨日、2005年2月25日、朝日新聞・東京本社版の『声』欄。東京都世田谷区在住の(まだ!)17歳の高校3年生の投書。法やルールのあり方について、実によくその本質を理解しておられるものだと感動しました。

かって、アリストテーレースは「人間はポリス的な存在である」と喝破し、26歳の青年カール・マルクスは『経済・哲学草稿』の中で人間の本質を<類的存在>と規定しましたが、この投書子の女子高生が見出した<人と社会の関係>はこれら社会思想史上のビッグネームが見いだした知見と相通じている。教育セクターのシャビーでプアーなパフォーマンスが喧伝される昨今、<社会の一員としての自分>ということについてきちんと理解しておられる若い世代が存在することを知って嬉しく思いました。そんな感想を抱いた投書。以下、投書子の著作権を侵害しないよう適宜要約しつつ引用します。


「私は高校3年生だ。同学年の多くが18歳なのに、3月3日が誕生日の私はまだ17歳だ。以前は自分が周りの友達より若くいられることに、ちょっとした優越感さえ抱いていた。ところが最近、喜んでいられない問題となってしまった」、と。

「喜んでいられない問題」とは、「運転免許を取得しようと教習所に行った」際や、「友達と一緒にアルバイトに応募」したときも、「誕生日が1ヵ月」だけしか違わない18歳の友達は受け入れられたのに、17歳である投書子は門前払いよろしく断られたということである。そこで彼女は考えた。

「私は思い知らされた。最初は免許もアルバイトも、あと1ヵ月で18歳なんだから何とか大目に見てもらえるだろうと思っていた。しかし、よく考えてみればどちらも大きな社会とつながっている。たった1ヵ月のことでもと思うが、ルールはルールなのである」、と。

この体験から投書子は、「いま、改めて18歳という年齢の重みを実感することができてよかった。今年の誕生日はいつもと違った気持ちで迎えられそうだ」と感想を述べ投書を締め括る(以上、要約と引用終了)。



再度書きますが、この投書には、法や道徳という社会的ルールの本質がわずか500字足らずの文章の中に見事にとらえられていると思います。すなわち、

(イ)ルールの内容自体には大概の場合「その規定と異なる他の内容はなりたたない」という程の必然性はない
(ロ)しかし、あるルールが社会的に一度決まった場合、それがどのような内容のルールだとしても、その「ルールを守ること自体」は社会的に尊重されるべき存在意義がある
(ハ)内容としてはそれほど必然性のないルールであろうとも、そのようなルールをきちんと守る態度と行動を獲得保持することは、そのルールが適用されている社会のメンバーとしての自分自身のアイデンティティーとプライドを満たすものだ


と、このような認識を私は17歳の高校生が書かれたこの投書から読み取ったのです。

これら(イ)~(ハ)は、古くはソークラテースが見出し、また、近世においてはカントが「道徳規範の妥当根拠」と唱えたところのものと同一だと思います。それは、形式的には「悪法に従うこと」と「悪法を否定すること」の比較考量における前者の優位性の主張であり、実質的には「自由とは法に従う自覚的な行為の主体のみが享受できる褒賞」なのだという認識でしょう。

而して、この認識ゆえにソークラテースは悪法に従い従容と毒杯を仰ぎ、この認識を基盤に据えることで、カントは人間が道具や手段としてではなく常に同時に目的として扱われる人間中心の哲学の体系を構築しえた。この投書が指摘した「法と人間」の関係のあり方は、そんな人類の知的財産の中核を占める認識に他ならない。私はそう考えます。

確かにほとんどのルールの内容には必然性というほどのものはない。そう断言しても間違いではない。例えば、テニスコートのラインのサイズやベースボールの投手と打者間の距離、あるいは、大相撲の土俵の直径の長さなどは、長年の慣行の中で自ずと定まったのかもしれませんが、「それ以外にはありえない」とまでの根拠があるものではないでしょう。まして、サッカーのオフサイドのルールやラクビーのトライの得点などは時代にあわせて随時変更されているし、(他国の例を見る限り)赤信号が「赤色」である必然性や車道が左側通行である必然性、郵便ポストが「赤色」でなければならない理由などまず存在しません、

つまり、内容面から見る限り、多くのルールは「それ以外ではありえない」という意味での必然性を持ってはいないのです。しかし、一旦、ルールが決まれば話しは別。どのような経路にせよ、一旦、ルールが定まった場合、ルールを巡ってはそれを尊重する必要が生じ、ルールに従う社会的な必然性もまた生じる。蓋し、「鰯の頭も信心から」とはこの経緯を表した格言とさえ言えると思います。

最も重要なことは、ルールを尊重する者だけが(そのルールが適用される)ゲームをエンジョイできるということ。すなわち、そのようなルールを遵守する行為と意思こそがゲーム参加者のアイデンティティーとプライドを保障するということです。敷衍します。

ほとんどのルールの内容には必然性はない。しかし、そのルールに従ってプレーヤーは全力を尽くし、そのようなルールに従ったプレーに観客は感動するのです。

例えば、テニスのグランドスラム大会の決勝戦。マッチポイントに追い込んだプレーヤーの強烈なサーブが「フォルトかエースか」。プレーヤーだけでなく観衆もTV観戦中のファンも息を飲んでその判定を待つのはなぜか。あるいは、1-1で迎えた後半ロスタイム。サッカー日本代表の選手が放ったゴールがオフサイドと判定されようものなら、ジャパンのサポーターは「残念」と叫び天を仰ぐだろうのはなぜなのか。

なぜ、彼等は「息を飲んで呼吸を止めて審判のコールを待ち」「「残念」と叫んで天を仰ぐ」のか。畢竟、これこそ、スポーツの感動はルールの存在とルールの厳守に担保されていることの証左ではないでしょうか。而して、このことはスポーツだけのことではなく、ルールに則って展開されるほとんどすべてのゲームについて言えることでしょう。後期のウィトゲンシュタインが喝破した如く、ある(言語)ゲームに意味を付与するものはルールに他ならず、意味のない行為に人間が感動することは想像しにくいからです(所詮、ルールを失ったサッカーは野原の球蹴りにすぎず、ルールがなければボクシングもレスリングもK1も「喧嘩」と区別できないでしょう)。

感動はルールの受容に発する。ルールは感動の原点でさえある。こう考えるとき、あるゲームのプレーヤーやゲームの観衆。畢竟、あるゲームを楽しむ者とはそのゲームのルールを尊重する者に他ならないとさえ言える。蓋し、ルールを尊重しゲームを享受しようという意思、加えて、自分はそのようなルールを尊重する人々の共同体の一員であるという意識が、ゲーム参加者のアイデンティティーとプライドを構成すると考えるのです。

而して、ジャパンの一員、この日本社会の一員、而して、日本国のメンバーの一人としての意識もまたこのようなゲームとルールの理解に基礎づけられないはずがない。いずれにせよ、あと4日で18歳になるというこの投書子は、国家と国民のあり方まで射的に収める雄大な社会哲学を、実に、コンパクトかつ平易に表現している。私はそう思い感動したわけです。うるうる。


(2005年2月27日:yahoo版にアップロード)

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