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「開戦の日」☆とうとう<痴呆症>になったか朝日新聞?

pearlharbour



今日、12月8日の真珠湾攻撃の日、朝日新聞の社説は強烈だった。「開戦の日 真珠湾だけではない」である。冒頭それはこう述べている。「真珠湾攻撃の印象があまりにも強烈だからだろう。太平洋戦争は64年前の今日、ハワイの真珠湾で口火が切られた、と思われている。 しかし、実際に戦端が開かれたのはこの奇襲の1時間ほど前、英領のマレー半島に日本軍が上陸した時だ」、と。

蓋し、大東亜戦争と言えば、真珠湾奇襲と東京大空襲、廣島・長崎の原爆に厚木基地に降り立ったマッカーサー元帥・・という<日米の戦い>を連想しかねない向きもなきにしもあらずの風潮に対する問題提起。それは、<亜細亜における戦争>としての大東亜戦争を読者に再度想起せしめるものであり、有意義な社説だと思った。

社説の構えは有意義であるが、しかし、その文章展開は荒唐無稽。老いた両親と義母の介護が現実的な課題になりつつある身としては、ある程度の覚悟を込めてこの言葉を使うのだけれども、今日の社説は論理展開と事実認識の双方において、ほとんど<痴呆症>ものの文章である。否、痴呆症(認知症)に苦しみながらも痴呆がもたらす<老・病・貧・相互理解の困難>と共存しつつ生きている痴呆症(認知症)の人々やその家族の姿と今日の朝日新聞の社説は似て非なるものかもしれない。

蓋し、朝日新聞の社説には<痴呆症/認知症>の自覚がない。また、その痴呆症的な言辞が絶対に正しいという傲岸不遜が社説の字句に込められている。その上(実はここまでは、あるタイプの痴呆症(認知症)患者に間々見られることではあるけれど)、彼等はその痴呆症的言辞を全国紙の社説に掲載して豪も恥じず憚りもしない。厚顔無恥と言えばそれまでだけれども、それが実行できるある種のパワーを未だに彼等が保持していることは確かである。

もちろん、今時、「大東亜戦争は日本だけが悪かった」と言わんばかりの主張などこの社会で受け入れられる余地も狭まっているだろうが、朝日新聞の<痴呆症>が一定程度<強者の痴呆症>であることは否定できないのではないか。即ち、彼等の荒唐無稽な社説の主張も繰り返されれば事実と看做される恐れがあり、なにより、痴呆症的な(認知症的な)言辞も繰り返されることによって、その主張を事実と考える市民が再生産される可能性は否定できないということ。これが(コメントするに値しない社説ではあるが)、今日の社説「開戦の日 真珠湾だけではない」について幾つか言及しようと考えた所以である。それは以下の3点である。


<1>中国の犠牲者は1千万人を上回る?

「日中戦争以来の日本の犠牲者は、軍民合わせて約300万人とされる。 むろん、日本だけではない。戦火にさらされたアジアの各地に深い傷跡を残した。中国の犠牲者は、日本人研究者の推計でも1千万人を上回る」(以上引用終了)

朝日新聞は「中国の犠牲者は、日本人研究者の推計でも1千万人を上回る」という記事の根拠を明記すべきである。それは、「国共内戦の犠牲者」を含んだ数字ではないのか? あるいは、ひょっとしたらそれは「大躍進や文化大革命の犠牲者」とか、「朝鮮戦争での犠牲者」を加えた数字ではないのか? まあ、確かに大躍進や文化大革命の犠牲者ということはないだろうけれど。なぜならば、「大躍進や文化大革命の犠牲者」は合わせて数億人と考えられているのだから(笑)。

いずれにせよ、「日本人研究者の推計でも」という表記はミスリーディングである。この11文字を普通に読めば誰しもが、「日本側ではこの推計値が通説であり、大方の日本人研究者はそう思っている」と受け取るだろう。しかし現状は、大躍進や文化大革命の犠牲者数の下限値とは異なり、日中戦争での中国側犠牲者数(国民党・共産党双方の犠牲者総数)については諸説乱立状態というのが偽らざる所であろう。ならば、朝日新聞の社説子はこの「日本人研究者」の名前を社説の中で明示すべきであったと私は考える。


<2>アジアの独立と解放に日本は貢献しなかった?

「「あの戦争のおかげでアジアの人々は植民地支配から脱したのだ」と、いまだに主張する人たちがいる。

戦争の初期にフィリピンやインドネシアなどで、一部に日本軍を「解放軍」として歓迎する動きがあったことは事実である。戦争が独立を早める結果をもたらした地域もある。

だが、現在は親日的とされるインドネシアですら、高校生向けの歴史教科書は「わが国を占領したことのある国の中で、日本はもっとも残酷だった」と記す。それが実態だった。都合のいい部分にだけ光を当てて戦争を正当化するような言動は、アジアの心ある人々を遠ざけるだけだろう」(以上引用終了)


朝日新聞の論理の破綻はここに極まっている。それは、ある立場からする窮屈な歴史認識の是非などという高尚な問題ではない。ここに引用したテクストの内部の意味空間だけで明らかになる類の論理の破綻である。即ち、それは、「現在は親日的とされるインドネシアですら、高校生向けの歴史教科書は「わが国を占領したことのある国の中で、日本はもっとも残酷だった」と記す」「あの戦争のおかげでアジアの人々は植民地支配から脱したのだ」との間には何の関連もないという実にシンプルなことである。

朝日新聞の社説子の頭の中では、
(イ)日本はアジア諸民族のためにいわば利他的に欧米と戦った
(ロ)日本の占領・進駐の実態は人権と民主主義と各民族の文化の独自性を尊重する、穏当で住民の支持を広く受けるものであった


という2者が確認されない限り、「あの戦争のおかげでアジアの人々は植民地支配から脱したのだ」とは言えないものと考えられているらしい。しかし、アジア諸民族の解放と独立に日露戦争が勇気を与え大東亜戦争は直接の因果関係を持つという認識は誰も否定できない事実であるだろう。実に、上記(イ)(ロ)などは歴史の認識に、朝日新聞が勝手に文芸評論の価値観というか美意識を持ち込んだものにすぎない。それは例えば、赤穂浪士の討ち入りが、実は、浪士各自の就職活動だとしたら<義挙>ではなくなると考えるような;歴史的な事実に参加した/参加せざるを得なかった人々の動機が不純ならば、その歴史的事実の歴史的価値が否定されるだけでなく、他の事実との因果関係も否定するような噴飯ものの言辞である。正に、痴呆症的/認知症的言辞はここに窮まっている。

痴呆症的言辞/認知症的言辞とは何か? 今それを、歴史や事実、ならびに、歴史を巡る理論や論理と無関係に自己にとって好ましいストリーを作り(それは、その好ましかるべきストリーと矛盾するような事実や論理を「忘れる」=「無視する」ことと同じである)、それに基づいて現実を再認識するものと捉える時、「アジアの独立と解放に日本は貢献しなかった」かのように主張する朝日新聞の社説は、誹謗中傷などではなく、正に、痴呆症的(認知症的)な思考と行動様式から紡ぎだされた言辞と言われるべきであろう。

<3>「歴史を正面」から見る/見ないの判定基準は?

「時はめぐり、いま東アジアに共同体を作る構想が持ち上がっている。そのパートナーはみな、あの戦争の苦しみを味わった隣人たちである。

シンガポールのリー・クアンユー元首相は開戦時、18歳の大学生だった。回顧録(日本経済新聞社)で日本についてこう書いている。「占領時代のつらい体験を持ち、日本人の特質に潜む恐ろしい一面を知りながら、それでもいま私は日本人を立派だと思う。日本人の持つ集団の結束力や規律正しさ、知性、勤勉さ。それらすべてが日本の力のもとになっている」

こうした思いに応えるためにも、歴史を正面から見つめ、過ちは過ちとして率直に認めなければならない。その基盤に立って共に未来を築きたい」(以上引用、引用文とも終了)


朝日新聞はこの引用箇所でも(その前後でも)、「歴史を正面から見つめ、過ちは過ちとして率直に認め」ることの具体的な内容を何も語ってはいない。今までの朝日新聞の主張から想像するに、<自虐史観的な歴史認識>を日本が採用しうる唯一の歴史認識と考えているのかもしれないが、この社説では何も語っていない。ウィトゲンシュタインは『論考』の中で、「語りえないものについて人は沈黙せねばならない」と記しているけれど、朝日新聞は「語るべきことについて沈黙している」かのようである。

一般的に「歴史を正面から見つめ、過ちは過ちとして率直に認めなければならない」と言われれば、反対する人はほとんどいないだろう。けれども、何をもって「歴史の正面」と捉えるのかはそう簡単ではない。ならばこそ、私は朝日新聞の社説子に彼等が考える「歴史の正面」のイメージを明示して欲しかった。そうしない以上、<1>歴史の事実を曖昧にし、<2>歴史認識における因果関係を無視した上で、この朝日新聞社説が書いたことは、「言葉が介在しなくとも意思疎通が可能なカルトコミュニティ」の中でしか通じない歴史文芸評論にすぎず、それは全国紙の社説に書くべき類の文章ではなかったと言われても仕方あるまい。今日の社説を「強烈だった」と評した所以である。

畢竟、何をもって、歴史の正面と捉えるのか、何をもって「過ち」と捉えるのかはそう簡単ではない。しかし、「帝国主義による植民地政策」は悪であり、その価値基準から遡及的に現状の旧帝国主義諸国と旧植民地諸国との関係を律すべきである(例えば、旧植民地である韓国からの首相靖国神社参拝の抗議を日本は無条件に受け入れるべきである)とか、他の西欧諸国の帝国主義的行動は許されるが、日本の帝国主義的な中国や東南アジアの支配は許されないものだなどという根拠の乏しい歴史の見方が「歴史を正面から見る」ものではないことだけは少なくとも確かであろう。正に、「開戦の日 真珠湾だけではない」のであって、<連合軍=解放軍=正義>の立場から、それに敗れた大東亜戦争前の日本を社会思想的にも総批判するような戦後民主主義からする偏った歴史の見方から我々は日本の近現代史を解放すべき時期に来ていることも確実であろう。歴史は正面から見なければならないのだろうから。私はそう考える。


(2005年12月8日:yahoo版にアップロード)

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