砂上楼閣のゆとり教育と総合学習の蹉跌

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■ゆとり教育は砂上の楼閣
総合学習を含むゆとり教育路線は間違った前提の上に建てられていた。つまり、ゆとり教育路線は「砂上の楼閣」に過ぎなかった。私はそう思っています。最近の報道によれば、学校現場におられる教師の多くは「総合学習」に反対ということですが、それも当然と思うのです。

その間違った前提の一つが子供達の学業負担の認識。ゆとり教育路線に道を開いた中教審第1次答申『21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第1次答申)』(1996年7月)はこう述べていました。

「現在の子供たちは、(中略)学校での生活、塾や自宅での勉強にかなりの時間をとられ、睡眠時間が必ずしも十分でないなど、[ゆとり]のない忙しい生活を送っている」
、と。

2001年12月に発表された経済協力開発機構(OECD)による学習到達度調査(PISA)の結果、日本の15歳の生徒の「宿題や自分の勉強をする時間」が対象32か国中の最低を記録したことが明らかになりましたが、このOECDの調査結果を持つまでもなく、現行学習指導要領(2002年)の実施以前にも、東京大学(苅谷剛彦)や京都大学(竹内洋)の研究グループの手になる中高生の学校外での勉強時間調査や受験/浪人生活に対する意識調査は少なからず発表されていました。

それらを見る限り、文部省(現文部科学省)が言うほど、まして、日教組が宣伝するほど今の子供達は(実は、昔の子供達も)学業や受験のためにゆとりのない生活を送っているわけではないし、大多数の子供達は受験自体をポジティブに受け止めてきたことはほとんど確実なのです。

つまり、週5日制と総合学習を尖兵とするゆとり教育は実はそれほど勉強していなかった日本の子供達に、わざわざ「もっと(?)勉強しなくてもいいよ」というメッセージを与える政策だった。

ゆとり教育路線崩壊の最大の要因は学習意欲の想定外の低下でしょう。学習能力を情報把握・因子間の関連付け・体系的把握・記憶力と捉える場合、学力は、

学力=学習時間×集中力×学習者の学習能力


と規定できると思いますが、学習意欲の減退は、学習時間・集中力を通して学力の低下要因となるだけでなく学習能力をもダイレクトに低減させる。学齢と学期が進めば進むほど過去に学習した内容自体が学習能力の決定要因となるからです。学習意欲の低減はダイレクトに学習能力の低減を引き起こす。この仮説を敷衍します。

一般に、知識が多ければ多いほど人間は多様なことを考えることができる。例えば、7個の単語カードを使って造れる単語列を作るゲームを考えてみよう。7個のカードの並べ方は、7個のカードから1個取る場合、2個取って並べる場合、・・・、7個全部を並べる場合の合計13,699通り。では、現行学習指導要領によって学習内容が3割減される前の(笑)10個の単語カードではどうだったか。これも10個から1個取る場合、10個から2個取って並べる場合、・・・・、10個全部を並べる場合の合計となり、9,864,100通りです!

単に知識量が30%減らされただけで、その運用の可能性は99.86%近く減るのです。逆に、7個からたった3個覚える単語を増やしただけで、その運用の可能性は720倍以上に増える。もちろん、これは単なる算術的のお遊びに過ぎませんが、しかし、子供達にとって強いて勉めた努力(勉強)の量が算術的に増えるに従い、この世の森羅万象を自分の頭で理解できる可能性は幾何級数的に増えること;逆に、学習意欲の低減にともなう学習量の減少が、(次のステージでの)学習能力の低下に負のスパイラル効果を及ぼすこと、このことの可能性は提示できたのではないかと思います。


更に、定量的なトレーニングと学習意欲には緊密な関係がある。そして、これがゆとり教育を破綻させた三番目の間違った前提であると考えます。

ゆとり教育路線の中で計算をともなう定量的関係を体得する訓練の契機が大幅に削減されました。例えば、気圧と温度と容積の関係などは定性的な説明がなされた後は、単に、ボイルの法則の公式が紹介されているだけなのが現状です。しかし、計算という手を動かした作業によってこそ諸公式の意味は初めてリアリティーをもって理解され、気温や気圧や密度という概念を現実の森羅万象に適応できる応用力が身につくのではないでしょうか。そして、そのようなリアリティーが感じられない状態では学習しようという意欲はかなり制限されたものになることは確実。私はそう思うのです。

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■総合学習の蹉跌
総合学習は、各学校が学校や地域の実態を考慮に入れつつ主体的に計画するもので、現行学習指導要領は総合学習が取り扱うべき課題として、具体的に国際理解、情報、環境、福祉・健康の4個を例示しており、小学校中学年でも105時間、小学校高学年以上では110時間以上がこの総合学習に充てられています。

総合学習は、各教科で教えられるべき内容的な学力(学習内容)の向上ではなくて方法的な学力(学び方や学ぶ力)を育成するものと語られてきました。1996年の中教審第1次答申は総合学習導入の意図につきこう述べています。

子供たちに[生きる力]をはぐくんでいくためには、言うまでもなく、各教科、道徳、特別活動などのそれぞれの指導に当って様々な工夫をこらした活動を展開したり、各教科等の間の連携を図った指導を行うなど様々な試みを進めることが重要であるが、[生きる力]が全人的な力であるということを踏まえると、横断的・総合的な指導を一層推進し得るような新たな手だてを講じて、豊かに学習活動を展開していくことが極めて有効であると考えられる(第15期中央教育審議会『21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第1次答申)子供に[生きる力]と[ゆとり]を』第2部第1章第1節第5項)


教育行政の目的が国際競争力を持ちうる人的資源の育成でもあることを鑑みれば、現行学習指導要領が総合学習を導入した意図は明瞭だと思います。それは、変化が常態となる世界で生きていける日本人の育成であり、各教科の知識を現実の課題を解決することに使うことが不得手な人材をもってしては最早日本の国際競争力を維持向上させることは難しい、と。

このような意図と認識が総合学習の前提にあると私は考えていますが、それ自体は必ずしも間違いではなかったと思います。畢竟、総合学習の意図は正しいが、しかし、方法が稚拙だった、と。

私は総合学習の破綻の原因を以下の5個と考えています。

(1)教師側の条件の不備(人材育成と研修の準備不足)
(2)総合学習が前提とした子供達の能力の非現実性
(3)総合学習の効果を測定する具体的基準の不在
(4)教科横断的学習を普通教育で実施することの非現実性
(5)総合学習の理念と目的に関する意思一致が学校現場・教育現場と文部科学省および教職員組合や地域社会の間でなされなかったこと


総合学習に関しては「教科横断的で総合的な視点からの授業は実は今までも行われてきた」という指摘があります。その通りだと思います。英語の授業の副教材として時事問題を扱った英字新聞を使う。世界史の授業の際に数学史の話題を織り込む等々。「子供達に解りやすく知識を習得してもらおう」、「子供達が興味を持つような教え方をしよう」、「単なる知識の詰め込みではなく知識を実際に運用できるようになってもらおう」と考えるほどの教師であれば、大なり小なり教科横断的な教え方をしてきたに違いないからです。

けれども、総合的に学習することと総合学習は別物。ある熟練の教師が教科横断的に総合的に教えることと総合学習という箱(制度)を創り、その中で、知識を運用するスキルを身につけさせるべく教科横断的なテーマについて子供達に取り組ませることとは全く別のことなのです。

結論から先に書けば、私は、技術としての学力を総合的なテーマの中で子供達に身につけさせることは目的合理的ではないと思います。基礎学力が身についていない者に「総合的なテーマに体験的にアプローチせよ」と言うことは、2次方程式も解けない段階の者に偏微分方程式の応用問題を解けと言うよりも過酷で滑稽なことだからです。

また、総合学習の要点を教科横断的な学習を通した知識運用スキルの習得と捉えるとき、獲得されるべき能力もその到達すべき程度水準も具体的に提示されていない状況で、子供達に「個性を発揮せよ、主体的に取り組め」と言うことは不条理な要求そのものでしょう。

教科横断的な知識の運用ということならば、所謂学徒出陣も勤労奉仕も、アルバイトも援△交際も総合的な体験型学習なのです。しかし、それらが国際競争力を持つ人材を育成するための教育施策として効果的なプログラムであったとは恐らく言えない。何故か。それはアルバイトも援△交際も社会で生きていくために必要な技術を体系的かつ効率的に子供達に身につけさせるような<カリキュラム>にはなっていないから。

総合学習が導入される直前、総合学習に期待する声が新聞の投書欄をにぎわせましたが、私にはそれらは教育とは似て非なるsomethingを語るものにしか聞こえませんでした。往時を偲ぶために一つ紹介しておきましょう(2002年1月16日の朝日新聞東京本社版からの引用)。

●「化粧も音楽も」 主婦 OYさん (山梨県 33歳)
「総合学習」を、もっと自由な時間には出来ないのでしょうか。例えば「ロック音楽」に興味があれば、海外の曲を翻訳し演奏する。「化粧」に興味のある女の子なら化粧品の添加物や歴史、香水の調合に挑戦。「彼」のために栄養バランスのとれたボリューム弁当を考えてもいい。ゲーム好きならゲームのプログラミング。1年かけて発表会をしたら楽しめるでしょう。スポーツ好きの社会科の先生が体育の先生と共同で生徒と学ぶことだって出来るはず。先生も一緒に創造、そんな時間が持てたらすてきだと思うんですが。



寿司職人の技を身につけたいのならば寿司を握らせればよいというのは暴論です。ネタの目利きから、魚のさばき方、包丁の手入れの仕方等々の様々な個別の技術の総合として寿司職人の技はあり、個々の技術としての寿司職人の知識を、実際に、寿司を握るだけで総合的に素人が獲得することは不可能ではないにしても非効率であること甚だしい。

畢竟、何かの技術を身につけるためにはその何かをやらせればよいと考えるのは教育論とは無縁の精神論だと思います。実際、総合的に考える能力や体験的に考えるスキル(=問題を発見し問題を解決する方法とプランや手順を考える技術)をどれくらいの大人が身につけているというのでしょうか。例えば、アメリカのMBAやロースクールでもこのような能力の開発自体がプログラムの目的の一つになっていることを見てもわかるように、アメリカでも支那でもフランスでもドイツでもそのようなことができる者は労働力人口の多数派ではけしてないのです。

而して、普通教育における総合的学習は、「学校現場の主体性と子供達の自主性に委ねればゆとり教育はうまく行く」という噴飯ものの前提の上に建てられた空中楼閣的の教育施策であり、それが蹉跌をきたしたことは当然であった。ならば、その施策は速やかに撤回されるべきである。私はそう考えています。

ゆとり教育路線を推進した元文部官僚の寺脇研氏や朝日新聞はいまだに「ゆとり教育」というか「教育臨調路線」の失敗を認めていません。しかし、予備校現場で定点測定している者には、「東大オープン模試クラス」の同一問題で900点満点で東大合格ボーダーがこの10年で50点以上下がっていることは常識。ならば、東大・京大・医学部以外の受験生の学力状況は言うまでもないことでしょう。そして、この「勉強しなくとも志望校に合格できる状況」においても子供達に学習意欲を維持させるものは家庭の教育力なのでしょうが(塾・予備校に通わせられる経済力などはむしろMinor Factor)、誰が見ても家庭の教育力による階層分化が進行中の現在、日本の教育の再建の道筋楽観できるものいではないと言わざるをえません。

いずれにせよ、まず基礎基本を詰め込まれなければ応用などできはしない。ならば、教育再建のためにはこの認識が議論の前提とされるべきである。而して、教育改革が改善すべき核心は、(イ)詰め込むテクニックと(ロ)覚えさせるだけではなく応用する訓練を並行させるテクニック。あるいは、詰め込みをポジティブに捉えさせるセルフマネージメントのテクニックである。蓋し、この経緯は、音楽の修行でも(ピアノでもバイオリンでも)、ダンスでも囲碁・将棋でも、語学でも数学でも法学でも哲学でも歴史の学習でも同じことなのではないでしょうか。

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尚、ゆとり教育路線に関する私の基本的考えについては下記拙稿を参照いただければ嬉しいです。特に最初の2本は、かなり古いものなのですが、逆に、ゆとり教育路線と戦後民主主義による教育の破壊が孕んでいる普遍的な問題性を考える上で参考になるものと思っています。


・ゆとり教育路線の前提と誤算-戦後民主主義的な教育観の魔界転生を許すな!
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11182604980.html

・義務教育において教育改革の目指すもの
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/4c6963ebfaaf4ba1c0f7060d7f12873d   

・学力低下と教育力の偏倚低迷(上)(下)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11183617074.html


・所得と学力の相関関係と因果関係が投影する<格差論>の傲岸不遜
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11183555784.html

・教員の質☆「感情ではなくデータ」で語りましょう佐久間亜紀さん
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-299.html

・OECD諸国中最低水準の教育に対する日本の公財政支出は問題か
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11184560305.html




(2007年2月10日:yahoo版にアップロード)

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