井上薫『司法のしゃべりすぎ』

inouekaoru


井上薫『司法のしゃべりすぎ』(新潮新書・2005年2月) 。胸のすく思いがした一冊。井上裁判官は、昨年4月、小泉首相の靖国参拝を巡る福岡地裁判決を『週刊新潮』誌上で批判した勇気ある裁判官。福岡地裁判決は、首相の靖国参拝により信教の自由を侵害されたとして宗教関係者などが賠償を求めた訴訟であり、同裁判所は請求そのものは棄却したが、判決理由の中で「参拝は違憲」と指摘した。これに対し、井上判事は「主文に影響を及ぼさない憲法問題を、理由欄にあえて書くのは『蛇足』だ」と批判された。

司法がどれくらい行政や政治にコミットすべきか、所謂、司法積極主義か消極主義かという議論はアメリカ最高裁のウォーレンコートとバーガーコートの対比を中心に、日本でも30年くらい前に大人気のテーマだった。そして、この種の論点の常として決着は未だについていない。

本著はそんな専門的には実は難しい問題を、極めて常識的で納得できる内容にまとめられている。否、「蛇足判決」は司法消極主義や積極主義という高尚な憲法理論とはあまり関係がなく、裁判所の行動のマナー違反に属することだということが実証的な考証を踏まえて明確に論じられている。おそらく、本書中にも書かれているように、昨年の福岡地裁批判や本書の出版に至るには膨大な「蛇足」サンプルを著者は収集分類されたのだと思う。


尚、昨年のこの福岡地裁の「蛇足」に関しては、弊サイトの掲示板でも義憤を感じられたと思しき投稿が幾つかあった。ある理工系の大学の研究者の方曰く、「問題は法律の理論的な話ではなく、(首相の靖国参拝に反対する側の)世論の誘導作戦の巧みさだと思うのです。純粋に法的な問題ならば、靖国神社参拝反対論が起こる筈はないと思うのですよ」、と。

これに応えて、弁護士の同志の方が慰めて曰く、「前にも誰かが書いていましがた、傍論での違憲判決には何の効力もありません。また、結論としては原告の請求は棄却されたわけですから、国の勝利であり国は上告することができない。だから、「違憲」で一件落着してしまった格好になりますが、その内実は国の全面勝利ですよ。原告が上告しないのも最高裁で争えば負ける公算が高いからです。実務上、今回のような判決を「逆転サヨナラホームラン」といいます。国の主張が判旨で認められている以上、国は「違憲」という傍論に不満をもっていてもどうすることもできないので、「サヨナラ」なわけですね」、と。で、KABUもコメントした。

◆福岡地裁で違憲判決? 
投稿者:KABU  投稿日:4月12日(月)

靖国参拝違憲の判決? うんにゃ、国側勝訴でしょう。ある判決が先例としての拘束力を持つのはその結論(主文の命題)に直接影響を与える部分に限られる。即ち、英米法で言う所のレイシオ・デシデンダイ(ratio decidendi)だけが法的拘束力を持ちうるのではないでしょうか。それに対して、所謂傍論(英米法で言う所のオビタ・ディクタ=obiter dicta)は、将来の裁判所の判断に実質的な影響力を持つことがあるとしても、極論すれば、法的にはなんの意味もない文章である。そう、先日の「首相の靖国参拝は違憲である」と語る地裁の判決文は法的には単なる紙の上のインクの紙魚に過ぎないと私は思います。要は、件の判決は判例ではないし、まして、違憲判決などでは全くないのではないでしょうか。だから大した問題とは私は考えておりません。


◆法理論には法理論、政治論には政治論 
投稿者:KABU  投稿日:4月18日(日)

福岡地裁の判決に関しての皆様のお怒りのコメントは私も理解できます。
しかし、この自由主義の国においてどんな法律的には馬鹿げた主張でも、誰かがそれを発言することを止めることはできないと思います。ならば、馬鹿げた論理がばら撒かれることが問題ではなく、そのような馬鹿げた論理が<まかり通っている>ことが問題でしょう。まして、法理でさえない裁判官の独白が、裁判所の権威を帯びてその傾向を助長することが。

マルクスの『ユダヤ人問題によせて』の筆法を借用するならば、「間違った法論理の権威化が問題なのではなく、間違った権威の法論理化が問題」なのではないでしょうか。うん、あんまり上手な言い回しではないですね。ならば、ある程度の法的な知識が国民の中に普及すること、そして、海外の情報を直接受取れるような語学力と更に論理的に思考する習慣が国民の多数に獲得されるのでなければ、法的には何の意味もない判決をさも大変なことのように取り上げる、朝日新聞に代表される軽薄で不真面目な社会思想から日本が解放されることはないのではないか、そう私は考えています。



と、このような素人談義ではなく。井上さんの著書は<蛇足判例>の弊害をクリアカットに描き出している。そもそも、「蛇足」を書く権限を裁判官(訴訟法上の裁判所たる裁判官)は持っていない。「蛇足」は勝訴した側にそんな勝訴判決とは見合わないような実質的に回復不可能なダメージを与えかねない。下級審の憲法判断の「蛇足」が確定した場合(今次の、福岡地裁判決は、正に、そのケースだ)憲法上最終の憲法判断をする権限を持つとされる最高裁判所の権限が侵されたことにならないか。大体、裁判の遅滞が構造的な問題となっている日本の裁判制度では、「蛇足」を裁判官に書かせる余裕などないのではないか(これは文字通り判決文の起案だけでなく、「蛇足」を書くための材料集め、すなわち、余分な証人尋問等を含めば確かに「重箱の隅をつつく話」ではない)、等々井上さんの筆は実証的で、かつ、論理的である。

私自身は、「蛇足」の最大の問題は、政治的に紛争を解決する立法・行政という本来の政治セクターの機能が低下することにあると考えている。政治家が「お上が(裁判所が)こう言ってるんだから」というような行動をとるようになれば、行政官庁の役人と変わらんですよ。外交や税制を始め、世の中には政治が立法によって解決するしかない紛争が山積している。それなのに、政治家が社会の利害調整の能力を低下させたら困るのは国民でしょう、と。

さて、本書に関して正直に言えば、個人的には「そもそも、「蛇足」を書く権限を裁判官(訴訟法上の裁判所たる裁判官)は持っていない」という点に関しては民事訴訟に限定してもよいけれど、「民事判決の書式」(33頁)での常識的な説明に加えて、民訴法253条や上訴・上告が許される実定法上のケースの説明を踏まえて法学方法論から、<蛇足派>を完膚なきまで論破して欲しかった。しかし、新書のボリュームではそれは(特に、法学方法論的な検討は)難しいだろう。とにかく、法律関連図書なのにきちんと読めば常識で理解できる一書。皆様に推薦したいと思います。



(2005年2月23日:yahoo版にアップロード)

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