書評☆春田哲吉『パスポートとビザの知識』

pasport


本書『パスポートとビザの知識』(有斐閣選書・新版・1994年7月、初版・1987年3月)の著者、春田哲吉氏は在外日本領事館と外務省旅券課を中心にパスポートやビザの発給業務を担当してこられた「渡航文書:travel document」の専門家です。

本書は入国管理文書の制度を扱う、どちらかと言えば地味な書籍なのですが、ただし、外国人労働者の採用・雇用に携わっている人事担当者、または、海外に社員とその家族を送り出している企業の総務担当者から本書は熱烈な支持と厚い信頼を寄せられていると思います。

私は、傘下の日本語学校のために台湾・中国からの生徒募集スキームを作った経験があり、また、前後5年にわたって毎年百人以上の外国人講師採用の責任者を務めたことがあります。そこでのルーティーンワークは、猫の目のようにめまぐるしく変わる入国審査実務を巡る情報をフォローするものでした。

実際、我が国の就労ビザに関してもアメリカのF-1やJ-1ビザ(学生/交換ビザ:ましていわんやアメリカの就労ビザにおいておや!)に関しても、先進国のどこかでテロ事件が発生したり、または、ひとたび大規模な外国人の不法入国・滞在事件や外国人による犯罪がマスメディアで報道されたりすれば(最低でもビザ発給までの期間が延びる等)明らかにパスポートやビザ発給手続きに影響がある。蓋し、入国審査手続きの実務担当者はツー・デートな情報の収集を怠ることはできないのです。

しながら、(不良講師や不法就労目的としか思えない日本人学校の生徒、あるいは、それらを紹介する機関との)訴訟を覚悟せざるを得ない場合;また逆に、人道的見地から法務省入国管理局との喧嘩腰の交渉に臨もうとする際には、上で述べたような広く浅く変動著しい情報とは違って、<入国管理制度の歴史と目的>に関する確固たる知識の方が数百倍重要になります。そして、そのような確固とした判断の枠組みを(しかも、ハンディーな選書の形態に)盛り込んだ本書のアリガタミを私は痛感してきました。

昭和62年の初版出版以来、私は本書を何度通読したかわからない。また、同業者や顧客企業のカウンターパートナーである海外人事(総務)担当の幾人もの方々と「本書にお世話になってきたという共通体験」を媒介に気持ちのよい人間関係を結べてきました。更に(それは、断じてエコ贔屓ではないが)、外務省や法務省入国管理局に問合せする際にも、本書を踏まえて質問をしていることが相手の担当者に伝わった時点から、(おそらく、真面目な質問と思っていただけたからでしょうが)明らかに好意的な扱いを受けた経験はこれまた同業者に共通のものではないかと思います。感謝を込めて本書『パスポートとビザの知識』をここで紹介する所以である。

と、仲人口的な推薦の辞はこれくらいにして、本書の内容の概略、および、本書の白眉と私が考えているポイントを紹介します。


◆本書の概要
本書は書名の通り、「パスポート(旅券)」と「ビザ(査証)」の大きく二部構成をとっています。しかし、正直に言って、パスポートとビザを巡る実務の手続きに関して本書は(新版出版からも10年以上経過していることもあり)、そう使い勝手のよい手引書ではないと思います。以下の目次で言えば、第Ⅰ部の第4章乃至第6章および第8章、第Ⅱ部の第2章および第3章ならびに第5章および第6章にはそうプラクティカルな知識(practical knowledgeやworking knowledge)は期待できないということです。

第Ⅰ部 パスポート(旅券)
第1章:パスポートとは何か
第2章:世界のパスポートの歴史
第3章:わが国の旅券の歴史
第4章:パスポートの種類
第5章:日本旅券の申請と発給
第6章:旅券の内容と不正防止
第7章:旅券の発給と争訟
第8章:国際的統一化・簡易化の動き


第Ⅱ部 ビザ(査証)
第1章:ビザとは何か
第2章:ビザの取得手続き
第3章:ビザと出入国管理
第4章:発給拒否と行政訴訟
第5章:ビザに関する不正行為
第6章:ビザ制度の国際的簡易化・相互免除


つまり、全十四章中の八章:ページ数では全体の約50%に関しては、実務の知識を入国管理の制度目的や歴史から整理整頓するための記述と割り切って読まれることをお薦めします。最初からそう思っておられれば「失望感」も少ないでしょうしね。尚、わが国の入国審査制度の現状については下記のURLを参照(★)。

★註:わが国の入国管理と諸法規の現状
・出入国管理及び難民認定法
 http://www.moj.go.jp/NYUKAN/NYUKANHO/ho01.html

・在留資格一覧表(「入管法の別表」)
 http://www.moj.go.jp/NYUKAN/NYUKANHO/ho12.html#dai-1

・出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令
 http://www.moj.go.jp/NYUKAN/NYUKANHO/ho13.html


本書の白眉というべきは、パスポートとビザの制度に関する歴史的と法的な説明です。その一貫性であり明晰さです。具体的には、第Ⅰ部の第1章乃至第3章および第7章:「第1章:パスポートとは何か」「第2章:世界のパスポートの歴史」「第3章:わが国の旅券の歴史」「第7章:旅券の発給と争訟」;Ⅱ部の第1章および第4章:「第1ビザとは何か」「第4章:発給拒否と行政訴訟」。

これらは、入国管理の実務に携わっておられる方以外にも、憲法や行政法に関心のある向きには一読をお薦めしたいと思います。実際、現行憲法22条2項の海外渡航の自由や人権総論のコロラリーとも言うべき外国人の人権については、どの憲法のテキストや判例集に比べても本書は優るとも劣らないのではないでしょうか。以下、記述の引用を中心に本書のエッセンスを紹介します。


◆本書の白眉
(甲)外国人を受け入れるかどうかは各主権国家の裁量に任せられている
「そもそも国家は、国際慣習法上も、外国人を自国に入国させる義務を負うものではないとされている。すなわち、自国が締結ないし加入しているとくべつの国際条約の規約に拘束されるような場合のほかは、国の基本的外交政策として一般に外国人の入国を認めるかどうか、また、認めるとすればいかなる条件でこれを認めるかといったことは、国際的には各主権国家が裁量で独自に、かつ、自由に決定することができる」(p.6)

「パスポートは(中略)国外旅行の許可証といった性格をつよく持ったものであったが、今日の国際社会ではそれが変化して所持人の国籍を対外的に証明することがパスポートの第一義となっている。(中略)国籍別によってその外国人に付与すべき処遇が異なってくることもさることながら、最も重要な関心事はその外国人を最終的に引き取って、受け入れてくれる国(国籍国)が一体どこなのかということ」(pp.15-16)
が重要だからである。なぜならば、「現在の国際社会においては、すべての人の最終的保護の責任はそれぞれの本国にあるものとされ、国家は自国の国籍を有している者、すなわち自国民がどこの外国からも受け入れられない場合には、最終的にはその者を自国に引き取り、受け入れる義務があるとされている。いかなる国家も外国人を自国に引き取り、受け入れる義務はないからである」(p.16)


(乙)海外渡航の自由・出国の自由は合理的制限に服する
著者は、昭和33年9月10日最高裁大法廷判決をこう引用される。「憲法22条2項の「外国に移住する自由」には外国へ一時旅行する自由をも含」まれるものの、同法がパスポートを発給しない者として「旅券法13条1項5号が「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」と規定したのは、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のために合理的な制限を定めたものとみることができ、(中略)右規定が漠然たる基準を示す無効のものであるということはできない」(p.26)、と。


(丙)近代パスポートの歴史は近代主権国家の歴史とリンクしてきた
「1789年(中略)のフランス革命はヨーロッパのパスポート制度に一つの転機をもたらした。この市民革命によって制定された1791年のフランス憲法は世界で初めて市民の居住・移転の自由を謳い(1節2項)、アンシャン・レジームの下において市民の足かせとなっていたパスポートの制度は1791年9月の法律で撤廃されたのである」 「しかしながら、革命の混乱に伴う政治的集団脱出、兵士の逃亡、浮浪者や野盗の流入・跋こなどのために、またたくまに復活されてしまった。すなわち、翌1792年2月から3月にかけての政令によって、すべての者がパスポートなくしてフランス国内を旅行しまたは出入国することが禁止された」(p.46)

「フランス革命を契機として個人の政治的権利が認められるまでは国籍と住所の違いはわずかであったのが、フランスに次いで各国でも国籍法が制定されるようになった」(p.47) 「ところが、19世紀後半以後、ヨーロッパに政治的安定が訪れ、通商の拡大に伴う旅行の必要性、個人の自由の意識の広まり、などもあって、義務的パスポートの制度は次第に行われなくなっていった」(p.50)


この後、第一次・第二次の世界大戦に向けて「義務的パスポート」の制度が復活し、また、第二次世界大戦の後、多くの新興独立国が誕生するとともに「国籍のアイデンティティー」を明示する文書の必要性が高まり、パスポート制度が地球規模で強化されたことはいうまでもない。(第2章参照)

本書の出版後の動向について私自身の言葉で補足させていただければ、1989-1991年の社会主義の敗北による冷戦構造の崩壊を受けて、一時、緩和するかに見えた世界の出入国管理制度は、グローバル化するテロ勢力に対応するため、そして、90年代のアジア経済の失速に象徴される経済のグローバル化自体に対応する各主権国家の必要性とあいまって、<9・11>以降、逆に制約強化の方向に動きつつある。


(丁)ビザは実質的な入国・滞在許可でありその発給も受入国の裁量に任されている
「ビザの意味・内容については各国でいろいろ異なって」いるけれども「実質的には各国ともビザが入国・在留許可そのもののように作用していることには変わりはない」(p.224)

「査証の不付与は抗告訴訟の対象となる行政処分とはいえない。(中略)査証を付与するか否かは日本国の全くの政治的裁量にまかされているものと考えられる」(p.314)

「昭和53年、東京地方裁判所は「外国人に対し査証を発給するか否かは、国家の自由に決し得るところ」(中略)とする判決を下した」(p.318)
が、上告審たる昭和55年9月5日の最高裁判決もこの判断を支持して現在に至っている(ibid参照)。


(2006年1月28日:yahoo版にアップロード)


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