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いろんな意味で結構根深い日本語の韓国起源説

komashrine2


ネットサーフィンしてたらこんな文章に巡り合いました。

埴原和郎氏は、日韓古代関係において西暦700年当時、韓半島を経由したアジア大陸人が日本に渡来したが、当時の移住者(渡来人)と日本原住民の割合は80~90対10~20くらいで移住者の方が圧倒的に多かったという見解を示した。奈良時代までは日本では韓服を着用し、韓国式の食生活をし、韓国語を話した。記紀や万葉集についても作為されていない部分は韓国語と韓国式漢字表記が残っている」、と。

このサイト記事を書かれた方自体は何か特定の政治の色眼鏡をかけておられるわけでもなく、サイト自体も「プロ市民」グループが運営しているものでもなさそう。それは埼玉県の「高麗川」という地名や「高麗神社」の縁起を紹介する地域紹介サイトで、強いて言えば真面目なサイトでした。「うんにゃ、でもここまで脳天気で不勉強となると「真面目」とは言えないかな」、とそんな感想を持ちました。「人生、一期一会(?)。一応、言語教育の専門家の端くれとしては、これをまに受ける人が出るのを黙って見過ごすわけにもいかないからして、ブログででもコメントするかな」、と。それが今日の記事。ですから、少し辛口です。いささか、攻撃的になると思います。為念。

先ず第一に、埴原和郎氏(元東京大学理学部教授)は「日韓古代関係において西暦700年当時、韓半島を経由したアジア大陸人が日本に渡来した」などとは述べておられない。埴原さんは、現在では国民の常識となっている日本人成立に関するあるイメージ:つまり、現在の東南アジア地域からやって来て縄文人のルーツになった旧モンゴロイドの人々と稲作文明を携え朝鮮半島経由でやってきた弥生人のルーツになった新モンゴロイドの人々が混血・融合を繰り返して現在の日本人を形成したというアイデア、「日本人の二重構造モデル論」を始めて実証的見地に立って提案された方です。

二重構造モデル」は1960年代後半以来、形態人類学や遺伝子学、あるいは、言語学ならびに食文化や性文化の研究という文化人類学の知見を漸次与力に加えていきながら、日本人の形成について現在のスタンダードな考え方になっています。もちろん、縄文人のルーツが東南アジアからだけ来たのではなく、北東アジアからも朝鮮半島やサハリン・千島列島経由で来たのではないかという修正説が現在有力になってはいますけれど、二重構造モデルの大枠は現在でも広く支持されています。

要は、埴原さんの提案は(1)西暦700年当時に、(2)日本原住民の4倍から9倍のアジア大陸人が韓半島を経由して移住してきたというものでは全然ない。埴原さん編集の『日本人の起源』(朝日新聞社)や『日本人新起源論』(角川書店)、『日本人はどこからきたか』(小学館)ならびに『日本古代史1 日本人誕生』(集英社)等々の一連の研究で力説されたのは、

(1)'縄文時代の晩期から最短で1000年あまりの間に
(2)'最大150万人の新モンゴロイドのグループが韓半島を経由して移住してきた。
(3)'而して、現在、北海道・沖縄のグループと山陰・北近畿地方のグループの対比が適例であるが、地域ごとに旧モンゴロイドと新モンゴロイドの間の混血・融合の度合いには大きな偏差が観察されるということに尽きると思います。


最盛期に26万人を超えていたと見られる縄文人人口もその最晩期には7万5千人に減っていたと考えられている。そして、弥生時代と奈良時代始めの日本列島の人口はそれぞれ60万人と540万人と考えられていますが(元国立民族学博物館の小山修三さんの推計を採用)、でもね、あのね、あのですね。1000年で150万人の移住者と言えば一年では1500人ですよ!

最長最小で考えれば3000年の間に90万人;つまり、一年に300人!! 大体、1000年前に渡来して縄文人との間で混血を繰り返すことになる新モンゴロイド移住者の子孫とそれから1000年後に渡来してきた新参者の新モンゴロイドとを同じ「韓半島を経由して移住してきたアジア大陸人」と理解することにどんな意味があると言うのでしょうか?



埴原さんは日本語と韓国語/朝鮮語の関係からも日本人の二重構造モデル論を補強することに強い関心を持っておられたと思います(上記の埴原編著には日本語の起源を扱った論稿が幾つか収められていますから)。しかし、埴原さん自体は韓国語/朝鮮語と日本語の関係について断定的なコメントはされていない。よって、高麗神社縁起と高麗川の地名を論じた先の文章はミスリーディングを引き起こしかねない「あまりよろしくない文章」ではないか、これが私の二番目の批判点です。

蓋し、先の文章の内、埴原和郎氏は、日韓古代関係において(中略)日本原住民の割合は80~90対10~20くらいで移住者の方が圧倒的に多かったという見解を示した」という前半と「奈良時代までは日本では韓服を着用し、韓国式の食生活をし、韓国語を話した。記紀や万葉集についても作為されていない部分は韓国語と韓国式漢字表記が残っている」の後半部分は(歴史的事実に反するというだけでなく)、本来、何の関係もない。


言語の自称専門家として言わせてもらえば、日本語は例えば(欧州の言語界の迷子石と呼ばれる)バスク語と同じくらい、他のどの言語とも似ていない。それは、基礎的な語彙からも文法からも音韻や音声からも言えることです。しかし、強いて言えば日本語は朝鮮語/韓国語と<かなり近しい>とはいえるとは私も思います。そう、さる大先生の言われるタミール語とかよりはトータルではこの二言語は近しい。例えば、中国語と日本語の距離はある意味、日本語と英語と同じくらい遠いのに比べれば日本語と韓国語/朝鮮語の距離が極めて「近い」ことは間違いない。

しかし、埴原和郎編の『日本人はどこからきたか』にも第8章として「日本語の起源」を寄稿されておられる安本美典さんの一連のお仕事を(これもいろいろ問題はあると思いますが、)使わせていただければ、最短でも1万年近く前に日本語と朝鮮語/韓国語は分かれたという。つまり、日本人の二重構造モデルが考える「韓半島を経由して移住してきたアジア大陸人」の大部分は、現在日本列島と呼ばれるこの島国に渡来してきた段階で既に現在の韓国語/朝鮮語に発展する原朝鮮語とは別の言語を話していたということです。

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今日の記事で私が主張したい核心部分に入ります。畢竟、この高麗川の記事が陥っている最大の陥穽は、「言葉とDNAと歴史は(相互に関連はするものの)取りあえずは別の事柄ということ」、このことを失念されておられることではないか。私はそう感じています。

あのね、あのですね。アラビア語を話す人々が<イスラームの民>、ヘブライ語を話す民が<ユダヤの民>としたとして、さて、その人々のグループのDNAや文化がどの程度共通と言えるのかということと同じ問題です。もちろん、そこには信仰や倫理観や近代では国民意識を媒介とする緩やかな共通のエートスは観察されるでしょう。けれども、それは(例えば、イスラームについてインドネシアとイランとエジプトを想起すれば自明のように)、正に、目もくらまんばかりの多様性を背景にした緩やかに共通のエートスでしかないでしょう。そして、韓国語/朝鮮語を現在母語とする人々と日本語の母語話者たる日本人との差異は、イスラーム世界における多様性に比べて必ずしも小さいとは言えないと思います。


結論。「言語を叩いて民族なりの起源や関係を語るのには限界がある」のではないか。この問題はこのことに尽きている。要は、言語を叩いても埃しかでない。なのに、言語を叩いて誇り(韓国人・朝鮮人の日本人に優越する誇り/その逆に、日本人の韓国人・朝鮮人に優越する誇り)を導きだそうというのは、言語学の観点からは荒唐無稽としかいいようがないのではないか。そう私は思うのです。

言語という<シルクハット>から鳩ならぬ民族の歴史や他民族との関係を取り出そうとする。そんな荒唐無稽なことを強弁しようとするから、日本文化の源流を朝鮮半島に見出そうとするそのような論者は「万葉集は朝鮮語で読める」とか「聖徳太子は朝鮮語を話していた」とか、「奈良時代までは日本では韓服を着用し、韓国式の食生活をし、韓国語を話した」等々のトンデモな話をでっち上げることになるのではないでしょうか。

これ、弱い人の将棋や囲碁と同じだと思います。即ち、弱いから強手を放ちがちであり、弱いくせに無理攻めし喧嘩碁を打つから上手に手もなく捻られる。正に、貧すれば鈍す。で、我々(?)は金持ち喧嘩せずで行けばよい(笑)。


大体、インド=ヨーロッパ語族をモデルにして考案された諸言語の系統樹モデルも、他方、幾つかの言語がある一つの言語に流れ込む(複数の源流の)大河流れ込みモデルも、韓国語/朝鮮語や日本語の成立過程を考える上でそれはそれで有効で役にたつ認識の枠組みでしょう。尚、注意すべきは、大河流れ込みモデルで諸言語の交流関係を考える際の時間の単位と、所謂ピジン語やクレオール語としてある言語の原形を考える際の時間の単位は異なるということです。つまり、前者が最短でも数世紀~十数世紀にわたる言語間の交流を考えるのに対して後者は長くとも数世代で均衡する交流を考える場合が大部分なのですから。閑話休題。

再度書きますが、ポイントは、何らかの点である言語と他の言語が「似ている」からといって、それでそれらの言語を話す民族や文化の歴史的関係の共通性や親近性について何かが言えるわけではないということ。そして、私は韓国語/朝鮮語と日本語はある意味<近い>と思いますが、それは例えばセム語系の古代ヘブライ語と日本語の類似性に比べればまだ<近い>よね、という程度の相対的なものです。それは、小学生がクラスで日帰り乗り物遠足の行き先を話題にするときに「世界地図見れば帯広と旭川は近いよね」と言うのと同じ。

而して、両言語のその近さは、他のスケールから観察すれば、古墳・弥生期どころか少なくとも縄文の前期(あるいは草創期)には、既に現在の日本語に至る言語を話していたグループと現在の韓国語/朝鮮語に至る言語を話していたグループが全く別の言語生活をしていたというくらいには遠いのです。


日韓の緊密な関係を古代に見るロマンを誰も批判できないし、また、それを嘲笑するのは大人気ないことでしょう。ですから、「奈良時代までは日本では韓服を着用し、韓国式の食生活をし、韓国語を話した」などの発言が歴史SFとしてなされる限り、私は基本的には金持ち喧嘩せず的態度で受け止めればいいと思っています。

しかし、言語を題材に韓国人・朝鮮人の日本人に対して優越する誇りを導きだそうという職業的反日市民ともいうべき輩がいるのも残念ながら事実。彼等は、読者が善意で抱く<海峡を越える古代史ロマン>を現在の日本と中韓朝という特定アジア3国との政治関係に重ねようとしている。少なくとも、それは歴史的事実とは言いがたい「創氏改名批判」や「強制連行糾弾」や「従軍慰安婦問題糾弾」と同じで、言語や文化人類学や歴史の研究活動ではなく政治活動にしか思えない。ならば、「アホやな。こんな言うまでもなかろうもん」と思いながらも、こちらもこれは政治運動だと割り切って愚直に「彼等の強手を手もなく捻」り続けるべきなのだろうと思います。

komashrine1



ほんま忙しいのに迷惑な話や、です。正直に言えば、高麗川と高麗神社の紹介サイトを目にした時には、「こら! お前ら無駄な抵抗はやめてさっさと<投了>せえ」、と(乱暴な言葉で失礼しましたが)言いたくなりました。しかし、「万葉集は朝鮮語で読める」とか「聖徳太子は朝鮮語を話していた」とかが世間で取り上げられた20年くらい前に、言語の専門家が「金持ち喧嘩せず的態度」に終止して、それに対する適切な対処を怠ったつけが、こうやって極普通の真面目なサイトにも現われる結果になったことも確かだと思うのです。そして、そんな真面目な不勉強の上に「プロ市民」が跳梁跋扈しているのかな、とも。

正に、いろんな意味で結構根深い日本語の韓国起源説。微力ながら自分の持ち場で頑張ろう。そんなことをつらつら考えた、女系天皇論議が賑やかになりつつある年の瀬:2006年ワールドカップドイツ大会の予選リーグ組み合わせ抽選が行われた平成17年の師走の週末でした。


(2005年12月11日:yahoo版にアップロード)



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