「政治とスポーツは別?」☆北京オリンピックの社会思想的考察

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北京オリンピック反対。この声が世界中を覆いつつあります。而して、この潮流に対して、「政治とスポーツは別だ」「ある国の内政問題を諸外国や外国人が批判する資格があるのか」「支那が行っている人権侵害など多くのアフリカの国々では日常の風景、また、日本を含む先進国もかっては行っていたこと。ならば、誰が支那を批判できようか」。あるいは、「支那という経済成長著しい国と関係が悪化するのは国益に反する」等々の反論も見聞きするようになりました。

この中、「政治とスポーツは別だ」という反論が、オリンピックを軸にチベットや東トルキスタンにおける支那の暴虐非道を批判する運動を押し止める根拠にならないことは下記の別稿で確認しました。

「政治とスポーツは別?」☆北京オリンピックの哲学的考察  

別の角度からそこでの主張を敷衍すれば、例えば、新カント派的な方法二元論からは、オリンピックをスポーツ的に見ればそれはスポーツの祭典であり、政治的に見ればそれは開催国の国威発揚のための政治イベントである。ならば、政治的にオリンピックを捉えて人権侵害を理由にそれに反対することはオリンピックがスポーツの祭典であることとなんら矛盾しない。

また、記号論の用語である「ディノテーション」と「コノテーション」(語やテクストの明示的意味と暗示的意味)を使用してこの問題を捉えることもできる。例えば、「鳩」がある種の鳥を指し示す言葉やイメージ(「ハト」のディノテーション)であると同時に、「鳩」は平和を象徴する言葉やイメージでもある(「ハト」のコノテーション)。これと同様に、「オリンピック」という記号には「スポーツの祭典」というディノテーションと同時に「国威の発揚のための政治イベント」というコノテーションが憑依している。ならば、北京オリンピック反対派が支那政府と同様に「オリンピック」の政治的なコノテーションに着目してそれを政治的に利用することは「政治とスポーツは別だ」という言明によって否定されることはない、と。


而して、本稿では他の反論を俎上に載せたい。畢竟、それは(1)ある国の人権の侵害を他国や他国民が批判すること、および、(2)人権侵害を理由に北京オリンピックに反対することは経済的利益等の国益確保との比較考量において決せられるべきだという主張の吟味。すなわち、人権と国益を巡る社会思想的な検討です。

尚、(1)に関連して、「日頃、人権を軽視する保守派が北京オリンピックに絡んで支那を声高に批判するのはダブルスタンダードではないか」という主張に対する私の反論、および、国益の前提となる「国家」や人権に関する私の基本的な見解については下記拙稿をご参照ください。

チベット支援の広がりで神経質になる聖火のスポンサー企業
 
人権を守る運動は左翼の縄張りか? 保守主義からの人権論構築の試み
 
立憲主義と憲法の関係☆憲法は国家を縛る「箍」である?
 
「改憲をめざす内閣」は立憲主義と矛盾する?
 
国民国家と民族国家の二項対立的図式を嗤う(三部作)
 

◆人権-行動の根拠
フランス人権宣言16条は「権利の保障が確保されることなく、権力分立が定められていないすべての社会は、憲法をもつものではない」(1789年)と謳っており、人権は「天賦人権」とも称され人類が成立したときから人間が保有する自然権と捉える向きが日本ではまだ散見されます。しかし、同条に言われる「憲法を持つ社会」が「近代主権国家」とほとんど同じ意味であることからも自明なように、歴史的にも論理的にも人権は近代主権国家(=近代民族国家)という<フィクション>が成立するのと同時に確立した概念であり社会思想的な価値にほかなりません。

簡単に言えば、「人権」とは、「どの範囲までの人間の行動が法的に許されるのか/どの範囲までの行動を国家は法を用いて支援するのか」という人間行動の限界確定のための概念や価値であり、同時にそれは近代主権国家の場合、国家権力を正当化する根拠の一つなのです。而して、国家権力の正当性(と正統性)の根拠という点で、人権が国家に先行することは間違いない。しかし、他方、人権は近代主権国家と運命を共にする存在でもある。ならば、個々の人権の内容もその時々の国家の国力や国民の人権意識に左右せられ、極論すれば人権は国家予算の規模に規定される相対的なものにすぎない。

けれども、人権は個々の主権国家を超える価値でもある。私は何が言いたいのか? 畢竟、人権のメニューや価値は「支那」や「北朝鮮」、あるいは、「日本」や「アメリカ」という個々の国を越えた一般性を帯びており、その内容に関してもその時代時代の国際社会における「相場」が社会学的に確認できるということです。すなわち、近代主権国家において、

●人権は論理的にも歴史的にも国家(=憲法)と同時に成立した
●人権は国家権力の正当性&正統性の根拠である
●人権のメニューと価値は個々の国家を越える一般性を持つ
●人権の内容は個々の国家の国力と国民の人権意識に規定される
●人権の内容には時代時代の「相場」が存在する


而して、「相場」は(率直に言えば)その個々の国家の<格>に従い幾つかのレヴェルに分かれている。蓋し、サッカーのJ1とJ2とJFLではそれに属するチームに要求される選手・監督の技量やチームの経営体力が異なっているように、「破綻国家」や「後進国」、そして、「新興国」や「先進国」に要求される人権の相場は異なる。また、その国の文化伝統によって人権の内容は(所定の「相場」の枠内で)千差万別になりうるということ。北京オリンピックと支那を巡る人権問題の核心はここにある。

もし、支那がサハラ以南の、そう、スーダン・コンゴ・ジンバブエ・チャド等々の「破綻国家」と同じならば、北京オリンピック反対の声はそう大きなうねりを見せることはなかったでしょう。けれど、「オリンピック開催国」という、新興国や先進国として世界から認知されるための「オリンピック」の政治的なコノテーションを引き受けた以上、支那に適用される「人権の相場」は「破綻国家」に対するそれとは異なったものにならざるを得ないのです。

蓋し、人権の価値が一国を超える一般性を持つがゆえに、「相場」を逸脱した支那の人権侵害は支那政府の正当性を危くするだけでなく、支那の人権侵害に抗議することを他の諸国と諸国民に要請する。ならば、繰り返しになりますが、チベットや東トルキスタンにおける支那の人権侵害に対して北京オリンピックに反対することは社会思想的に可能だけでなく、それは日本と日本国民の義務でさえある。私はそう考えています。


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◆国益-行動の指針
人権は近代主権国家において国家権力の正当化根拠の一つである。しかし、それは唯一の正当化根拠ではない。日本では「個人の尊厳」の価値から憲法の諸人権を基礎づけ、而して、そのような人権を守るシステムとして統治機構や改正条項を含む憲法全体を説明する憲法論がいまだに跋扈しているようです。

けれども、前項で述べたように、(a)人権と近代主権国家は論理的には同時に成立したものであり、(b)人権は国家権力による権利の侵害を封じる機能を持っている。ならば、人権なるものは国家の存亡の危機においては権力行使を枠づける正当性を喪失する。国家権力の行動に箍をはめることが本分である人権はその国家が消失すればお役御免になることは論理的に当然なのですから。畢竟、安全保障・食糧&エネルギー安保・国家の競争力の維持向上、そして、国家と国民のアイデンティティーを守ることは人権に優る国家権力の正当化根拠でないはずがないのです。

すなわち、我が日本においても諸々の安全保障と国際競争力の維持向上、そして、日本の文化伝統の維持、就中、「皇孫統べる豊葦原之瑞穂國」のイデオロギーの保持継承は人権とは別回路で国家に正当性を与えその行動の指針となる。蓋し、この中でも「皇孫統べる豊葦原之瑞穂國」のイデオロギーの保持継承が最も上位のものである。なぜならば、『論語』顔淵編に曰く、

子貢問政、子曰、足食足兵、民信之矣、
子貢曰、必不得已而去、於斯三者、何先、曰去兵、
曰必不得已而去、於斯二者、何先、曰去食、
自古皆有死、民無信不立



さて、「チベット問題を理由に支那と関係が悪化するのは日本の国益に反する」と言えるでしょうか。間違いなくそれは、日本の取る行動選択に対して支那が選択する行動に左右される「ゲーム理論」的な考察を要する問いでしょう。

他方、チベット問題を奇貨として、この際、支那との国交断絶やチベットの独立を叫ぶ向きもある。けれど、冷徹な国際政治の経験からは、人権抑圧を理由に北京オリンピックが中止されたとしても支那がチベットや東トルキスタンの独立を容認することはないと考えるのが普通でしょう。

而して、目出度く支那と国交断絶ができたとしても、この世界最大の不安定要因が日本と一衣帯水の地点に(しばらくは)存在し続ける現実は変わらない。ならば、支那との国交断絶によって日本の企業が被るメリット・デメリットだけでなく、支那との公式の交渉回路を閉ざすことが惹起せしめる日本国のメリット・デメリットも「ゲーム理論」的な観点から比較考量されなければならないと思います。

私は、北京オリンピックを日本がボイコットした場合の支那が取る行動選択をゲーム理論的に予想するなんの専門知識も持ち合わせていません。而して、上の記述は、国家権力の諸正当化根拠から見た場合、「日本には人権を根拠にそれなりの北京オリンピック反対の行動を起こす社会思想的な余地がある」ということを説明したにすぎない。けれども、チベット問題に関して支那政府に抗議できるのは独り政府だけではない。このことを最後に申し上げておきたい。

すなわち、北京オリンピックの協賛企業への不買運動。4月26日の長野での聖火リレーにチベットの旗を掲げながら「チベットに自由を!」の声を浴びせ掛けること。北京オリンピック観戦ツアーのキャンセルを呼びかけること。日本国民がチベットの人々と連帯し、北京オリンピックを軸として支那の人権侵害に抗議する手段は無数にあるのではないでしょうか。畢竟、個人・企業・国家の重層的なレヴェルでの行動が、北京オリンピック反対に向けて可能ではないか。私はそう考えています。

チベットに自由を!
東トルキスタンに自由を!



(2008年4月5日:yahoo版にアップロード)

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