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高橋哲哉『歴史/修正主義』

takahashihistory


■はじめに
『歴史/修正主義』(思考のフロンティア:岩波書店・2001年1月26日発行)を批判する。著者の高橋哲哉さんは、戦争犯罪や戦時体制化の暴力をどう把握すればよいのか、また、戦後生まれの世代が<戦争にともなう暴力や迫害>に対してどのような<責任と行動>を取るべきかについて粘り強い思索を展開しておられる哲学者である。

私は哲学の門外漢であるが、『歴史/修正主義』の論理には少なからず驚愕し義憤を感じた。素人を専門的な言辞で翻弄し、もって、それほど根拠のあることとは思えない結論を素人に押しつける、そのあまりの無神経さと傲慢さとに反感を持った。この点に関して、神戸女学院大学の内田樹さんは、高橋哲哉さんの戦後責任論についてこう述べておられる。少し長いが引用させていただく。

応答責任ということについて高橋はこう書いている。「すべての人間関係の基礎には言葉による呼びかけと応答の関係があると考えられます。(・・・)あらゆる社会、あらゆる人間関係の基礎には、人と人が共存し共生してゆくための最低限の信頼関係として、呼びかけを聞いたら応答するという一種の『約束』があることになります。(・・・)応答可能性としての責任とは、私が自分だけの孤独の世界、絶対的な孤立から脱して、他者との関係に入っていく唯一のあり方だといってもいいのではないか。」

この部分に私はまったく異論がない。おっしゃるとおりだと思う。ただし、私がここで「呼びかけ」というときに考えているのは、純然たる「よびかけ」(「やっほー」というような)であって、「査問」とか「召喚」とかいうような法制的なニュアンスはない。

しかし、高橋にとっての「呼びかけ」はどうもそういうフレンドリーな感じのものではないようである。それはむしろ誤答を許さない「口頭試問」に似ている。

彼に聞こえるのは「戦争とか、飢餓とか、貧困とか、難民問題とか、そのほか世界中で苦しんでいる人々の叫びや呻きや呟き」であり、「90年代になって続々と名乗り出てきたアジアの被害者たちの証言」であり、「元『従軍慰安婦』をはじめとするアジアの被害者たちの訴え」であり、それは具体的には「『慰安婦』問題の刑事上の責任者を処罰せよという告発状」というかたちをとって、「(戦争犯罪の)刑事責任を果たすように、つまり裁きに服するように呼びかけられており、日本政府はそうした人たちの刑事責任を追求する、つまり彼らを裁くように呼びかけられている。そして日本国民はその裁きを実現すべく努力するよう呼びかけられている」ことに収斂してゆく。

高橋がそのような呼びかけを選択的に聞きることは高橋の感受性の問題であって、私はそれについては別に異存はない。誰だって、あらゆる呼びかけに等分に応答することはできない。当然にもそこには選択があり、優先順位があり、可聴音域には個人差がある。

耳を澄ますと「南極のペンギンの悲鳴」を聴き取ってしまうひともいるだろうし、「熱帯雨林の痛み」を感受するひともいるだろう。私のように「日本のとほほなおじさんたちの泣き言」を選択的にきいてしまう人もいるだろう。そのようにして、ひとはそれぞれ自分の聞き得た呼びかけにそれぞれの仕方で答えるほかない。

これは原理的には個人的なセンリビリティの問題であると私は思う。しかし、高橋が自分の聞いた呼びかけは例外的に「日本人」全員が聞き取るべきものである、と言っている点については簡単には同意できない。「戦争責任を感じる責任があるのだ。と、それはそう感じるか感じないかは人のかってであり、他者からあれこれいわれる筋合いのものではない。


出典:内田樹の研究室サイト「とほほの日々2000年6月」ただし、現在はリンク切れ。
   尚、この断片は後に、内田樹『ためらいの倫理学』
   (冬弓舎・2001年3月→角川文庫・2003年8月)に収録された。
   

■『歴史/修正主義』の要旨
本書は、前書き(=はじめに)、目次、基本文献案内、および、あとがきを入れて130頁足らずの小著である。しかし、その主張はラディカル。本編は、第?部「歴史と責任」、第?部「歴史と物語」、第?部「歴史と判断」の三部構成で、?戦争責任の主体論と戦争責任の本質論、?戦争責任がとわれるべき事実を特定するための方法論、そして、?戦争責任の適正な取り方が順次展開されている。

『歴史/修正主義』のロジックは以下の如くであると私は思う。
(1)戦争責任の主体は実体的な「国家」でも「民族」でもない。

(2)戦争責任の主体は、戦争遂行時の国家指導者や戦争犯罪の実行犯/教唆犯/幇助犯に限られない。

(3)戦争責任の主体は、戦争犯罪や戦時下の暴力行為を、今現在、知りうるすべての人間である。

(4)戦争責任の原因となった、事実は歴史科学的や考古学的な調査で確定したものだけではなく、また、歴史学の成果としてconsistent な「物語」のスタイルにまで洗練されていなければならないわけではない。それは、「物語りえぬ断片的な記憶」の対象となる事柄でもよい。

(5)この意味での戦争責任には時効はなく、人生とは責任を死ぬまで引き受けていくという決断と実行の累積である。

(6)戦争責任ある者は、戦争責任を回避しようという自国や他国政府に対して責任をとらせる責任がある。

(7)このような戦争責任論は、実定法的にはニュールンベルグ戦時法廷にその萌芽がみられる。そして、戦争犯罪に関する法的要件と効果はその後の国際人道法の発展の中で漸次強固なものとなってきている。

(8)戦争犯罪に関する国際人道法の理念をさらに推し進め責任を引き受ける決断を、戦争責任のある者、すなわち、戦争犯罪や戦時下の暴力行為を今現在意識しうるすべての者は行わなければならない。

(9)この戦争責任は普遍的であり、例えば、この責任論の地平からは大東亜戦争におけるアメリカの日本の市民に対する責任をももちろん問われなければならない。


★註:もちろん、高橋さんは「大東亜戦争」という言葉など使用してはいない。



■『歴史/修正主義』の斬新さ
A:戦争責任の主体は国家でも民族でもない!
戦争責任を巡る議論において、「戦時下の国家や軍の指導者や直接の実行犯だけが責任を負うべきだ」との発言が「支那・韓国・北朝鮮に対する戦争責任の現在に至る存在」を主張してやまない戦後民主主義を信奉する勢力に苛立ちを与えている。「誰も自分がやっていないことに関しては責任を問われない」という原則は、シンプルだが反論の難しい主張だからである。

例えば、支那人の彼氏と同棲している私の大学時代のガールフレンドは、痴話喧嘩で、彼氏が「今の中国の社会的な矛盾の根底には日本帝国主義の負の遺産がる。君はそれを恥じないのか?」と詰るのに対して、「私は1959年生まれやし、そんな戦前のこと言われても知らんで!」と反撃し、「100戦100勝や」、と豪語している。

「戦前のことは知らん」、「私の祖父や大叔父、まして、父親は戦前の国家指導者でもないし、徴兵後も内地勤務だった」。あるいは、「私の両親とも戦後生まれやねん。お母ちゃんはメキシコでオリンピックのあった年に生まれはったんやで」とかの論理をいかにして突き崩せばよいか。

教科書裁判で有名な家永三郎さんが『戦争責任』(岩波書店・1985年7月)の中で展開されたのが有名であるが、戦後世代の戦争責任(≒戦後責任)を主張するためにまず考案されたロジックが、「日本国民」や「日本人」であることを理由とする一種の原罪論である。曰く、「日本=日本人は、朝鮮を植民地支配し、朝鮮の人民に塗炭の苦しみを与えた。支那でも、シンガポールでも、スマトラでも殺戮・陵辱・略奪の限りを尽した。日本=日本人の戦争責任は争えない。ところで、君は日本人である。ゆえに、君の戦争責任も確定している」、と。

しかし、この論理には致命的な欠陥がある。この論理の弱点は、このロジックが「国家」や「民族」という概念の実体性に依存していること。要は、このロジックは、(a)日本人の理念と(b)「日本人」という言葉と、そして、(c)個々のあるいは全体としての実在する日本人が三位一体的かつ予定調和的に対応するという前提に依存している。蓋し、このロジックが主張する「日本と日本人の戦争責任」の妥当性は、「日本」と「日本人」の概念の実在性に依拠しており、よって、それらの概念の実在性の有無とこのロジックの妥当性は運命を共にする。

敷衍しよう。このロジックは「国家」や「民族」という概念の実在性(=概念の実体性)を前提にしている。而して、「日本とは何か」とか「日本人とは何か」という問の立て方、「Aとは何か」という問の立て方は、「A」という言葉に実体性があるからこそ(すなわち、Aのイデアに「A」という言葉が対応していると考えるからこそ)、「A」という言葉を思念の中心に据えて世の森羅万象を思念すればA の属性およびA の本質(A をA たらしめ、A をA 以外の総てのものから峻別する性質。および、A の定義やA の概念)が究明できるという考えに依拠している。それは、イデアと言葉とが予定調和的に対応するという前提に立った問の立て方に他ならない。

しかし、(a)概念と(b)言葉と(c)事象の関係は恣意的であり普遍的なものではない。(b)ある言葉と(c)その言葉が世界から切り取ってくる事象とその言葉に対応する(a)概念との間の関係は三位一体的でもなく予定調和的でもないのである。詳述はしないけれど、これが20世紀半ば以降の哲学と科学方法論の誰しもが否定できない最大公約数的な認識である。而して、上述した「日本と日本人の戦争責任論」は単なる論者の願望か空虚な妄想に過ぎなくなる。


実は、私の大学時代のガールフレンドにその彼氏が、「日本と日本人の戦争責任論」を持ち出せないでいるのも、彼がコンピューターサイエンスの研究者であるのに、彼女はジュリア・クリステヴァほどではないが、大学時代はウィトゲンシュタインに没頭したというリアリズムバスターにして、概念実在論を斬り捨てたオッカムの剃刀ならぬ、マキコの「国家&民族の実体概念」瞬間解凍ソフトを常時携帯していることを身にしみて知っているからなのだ。

ここに至って、「誰も自分がやっていないことに関しては責任を問われない」という常識的な論理は、日本の戦争責任と戦後責任を認めたい論者の前に乗り越え不可能に見える山脈の如きものになる。しかるに、高橋哲哉『歴史/修正主義』はこの山脈を征服したと自己喧伝している。曰く、「誰も自分がやっていないことに関しては責任を問われることはない」という主張を論駁する別の論理を、すなわち、戦争責任に関する第三の道を発見したと言わんばかりに。

戦争責任に関する第三の道。それは、国家や民族という実体概念を経由せず、「戦争犯罪を現在において知ることのできる者すべてが戦争責任を持つ」という極めてシンプルな提案である。なるほど、これならば、戦争責任は「戦争を知らない世代」にも課されることになる。そして、戦争責任があることの帰結として、戦争責任を忘れよう、あるいは、少しでも加害が少なかったように「歴史を改変」しようとする自国や他国の政府に対して、すべての戦争責任者(=君も僕も、だよ!)は、「悔い改めよ」、「戦争犯罪をその国民が忘れないような施策を取れ」と要求する責任があることになる。

もっとも、現実政治的には、自国政府への働きかけが一番やりやすいだろうから、この帰結は自国政府(日本政府)への責任追及を今生きている総ての人間に(日本国民に)要求することになる。而して、『歴史/修正主義』の論理は、期せずして戦後民主主義を信奉する勢力が「日本人の原罪論」とも評すべき根拠薄弱なロジックでもって主導してきた既存の運動と同じ効果を発揮することになる。なるほど高橋さん、これはグッドアイデア&グッドジョブでんな。


B:戦争責任の原因となる事柄は「物語られる」必要はなく記憶の断片でよい!
所謂南京大虐殺があったかどうか。所謂「従軍慰安婦」なるものが存在したか否か。これらの事実を確定することは必ずしも容易ではない。例えば、私自身は、<南京大虐殺>はあっただろうと思う。それは、言葉の正確な意味で、外国の正規軍が半ば組織的に、または、組織原則が乱れた状態の組織として数十人から数百人の民間人を3カ月前後の期間で殺傷し陵辱することは紛う方なき<大虐殺>だと思うからである。しかし、1937年の南京で10万や30万もの支那の人々が日本軍に殺戮されたというのが事実かどうか薮の中である(もっとも、南京大虐殺があったか否かと、<南京大虐殺>の戦争責任の有無、まして、日本の中学の歴史教科書にそれを取り上げるべきかどうかは全く別の事柄ではあるけれど)。

この事実の確定困難もまた戦後民主主義を信奉する反日勢力の苛立ちの原因の一つとなる。而して、彼等がここで取る常套手段は、個々の事実を大きなストーリーに付随させることにより、個々の細かな事実の精度に関わらず、戦争責任の原因となる事実を確定していると看做す手法である。

曰く、「日本は、内においては天皇神格化を基盤とする軍部独裁、外に対しては帝国主義によりアジア近隣諸国を軍事制圧した。なに、南京で30万人が犠牲になったのではなく、便衣兵を入れてもどうみても精々10万人だと? そんなことはどうでもいいことではないか。日本が支那の民衆を殺戮・暴虐・収奪した事実は動かない。君達のいうことは日本の戦争犯罪を少しでも軽減したいというサモシイ島国根性の顕れにすぎぬ。恥を知れ!」、と。

あるいは、「なに、実際、1982年の教科書検定で、日支戦争に限ってみれば、「侵略」を「進出」に変更させられた事実はないだと? そんな細かな事実はどうでもよろしい。日本政府の検定が永年に渡り、日本の戦争責任を少しでも軽く見せようという一貫した方針のもと行われてきたのは明らかではないか。君の意見は、木を見て森を見ない、受験エリート特有の発言だ。君は事実を語っているようで、より大きな歴史の真実を隠蔽する勢力に荷担していることに気づかないのか? 大衆の中に入って出直して来い! 啄木も言ってるではないか。そう、ヴ・ナロード!」だ、となる。


大きなストーリーによる個々の事実の精度の埋め合わせ戦術は、しかし、前述した概念実在論の崩壊と同時にこれまた他者を説得する神通力を失った。今、唯物史観や帝国主義論だけで国際関係のイシューに対して何ほどのことが言えるというのか。かって、西洋列強や日本による対外進出傾向を端的な悪と位置づけた帝国主義論も周辺資本主義論も現在ではその説得力を失ってしまっている。畢竟、是が非でも「日本と日本人の戦争責任や戦後責任」を認めさせたい大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する勢力はここで進退窮まることになる。

さあ、こまった。事実確認は難しい。顧客たる読者が納得できる<ストーリーとコンテクストと時系列を備えた物語>を語るのは難しい。大きなストーリーはもう流行らない。マルクス主義全盛の頃はよかった。講座派・労農派の論争盛り上がりし時代が懐かしい。コミンテルンの歴史認識を語れば、モーゼの前の紅海のごとく論敵が散り散りに退散した季節は永遠に戻ってこないのか? コミンテルン・カムバック! うんにゃ、コミンテルンはノーリターンなのである。

ここで本書『歴史/修正主義』が提案するのが、「戦争責任の根拠/原因となる事柄は物語まで洗練される必要はない。被害者/当事者の断片的な記憶でよいのだ」という福音である。デリダ研究者でもある高橋さんはここで、「構築された物語なるものと断片的な記憶との間にいかほどの差があるものか。物語も記憶も<限界なき責任>に突き動かされて、生ある限り自己を変革(=脱構築)し続けていくための媒介や契機すぎない」、とかなんとか難しいことを考えはって、清水の舞台から「エイ!」と、飛ばはったんやと私は思う。勇敢だ。高橋哲哉さんから言えば、「縁なき衆生は度し難し」という所かもしれないが、しかし、その福音はやはり戦争責任を負わなければならないならきちんとした根拠は不可欠やわな、と考える論者には<馬の耳に念仏>の類の戯言にすぎない。




■『歴史/修正主義』への疑問
(α)国際人道法と<戦争責任>はなぜ収斂するといえるのか?
高橋さんは、国際人道法の内容と<戦争責任論の内容>は、漸次、轍を一にすると主張される。高橋さん場合、高橋さんの言われる戦争責任の内容に、漸次、現実の国際人道法が収斂してくるイメージなのかもしれない。しかし、その予定調和の根拠は如何? 

「戦時下における暴力行為を、今現在、知ることのできる者すべてにかかる責任」を、「戦争責任」と呼ぶのは高橋さんの勝手だ。しかし、そのような責任を問われるべき行為の範囲と責任の重さが、何故に実定的な国際人道法の内容と一致すると言えるのか。本書のどこにもその理由は説明されていない。

(β)戦争責任を果す具体的な優先順位と内容はいかに確定するのか?
もし、国際人道法の内容と<戦争責任の内容>が神の摂理からか自ずと収斂すると仮定してみよう。けれど、それでも問題は残る。戦争責任を果す具体的な優先順位とやり方はいかに確定するかというポイントである。私は何が言いたいのか? それは極めて常識的な疑問。

個々人で異なるだろう戦争責任のイメージと内容が、しかし、デカルトの言うような<神の誠実さ>よろしく、漸次、ある特定の内容に戦争責任を果たすための行動メニューが収斂したと仮定しよう。その場合でも、その戦争責任を個々人の現実の生活と政治環境の中で果すための、行動の優先順位は各人各様ではないのだろうか。原罪論の蹉跌を回避するため、戦争責任を「戦争犯罪を現在において知ることのできる者すべてが戦争責任を持つ責任」と個人レヴェルの責任性に移行した高橋戦争責任論はこの難問を抱えることにならないだろうか。蓋し、高橋さんの議論は、

「戦争責任を感じ行動することで、自己と他者を変革する脱構築が可能になる。どの課題に取り組むべきかなどは、各自自分の関心と現実の可能性により判断すればよい。元従軍慰安婦の方を訪問し勇気づけ記憶の断片を彼女達が紡ぎ出すことをサポートするもよし、日本の総理大臣の靖国神社に対する対応を批判する抗議デモをしてもいい」ということになるのではないか。私には、それは「健康のためには、運動が一番です。何をすればいいかって? それは各自の関心と実行しやすさから見て、ジョギングしてもよし水泳してもよしです」と言っているのと余り変わらないように思える。

しかし、高橋さんが考える戦争責任なるものがこのようなものだとすれば、そのような戦争責任なるものは、文学の主題にはなっても日本国や日本政府、あるいは、類としての日本人が負いようもない責任であろう。蓋し、高橋戦争責任論は大江健三郎や吉本隆明に任せるべき問題であり、立法・行政・司法とは無縁のものなのか。畢竟、高橋さんの議論の妥当性は、人生観や処世訓としての脱構築論ではなく、脱構築なるものがある特定の政策や運動の指針を発見するにたる効能を持つか否かにかかっているのではないか。私はそう思う。


■結語にかえて
高橋さんの議論は、国際人道法に<普遍的な高橋哲哉流の戦争責任のイメージと内容>が漸次具現化すると考える点で、極めて、ヘーゲル的である。彼は、国家と民族を<哲哉の剃刀>で切り捨てたが、逆に、国際的な人権という実体概念を蘇らせた。而して、この国際的な人権という実体概念を現実政治の場で具現化する役割を演じるのが、高橋戦争責任論においては<各人が意識しないことが許されない戦争責任>というアイデアである。

蓋し、『歴史主義/修正主義』の主張の核心は、論理実証主義や日常言語学派の言語哲学からの<正義の存在証明>がはかばかしくない20世紀後半以降の思想状況で、常に問い掛けて来る自己の内なる<戦争責任追求の声>を<正義の存在証明>根拠と見立てるものではないだろうか? 『歴史主義/修正主義』が高橋さんの正義に飢えていた身内には感涙をもって迎えられているのもむべなるかなだ。しかし、多分、縁無き衆生にはそれは<あつかましい傲慢>にすぎない。

なるほど、高橋哲哉・『歴史主義/修正主義』に私が傲慢さを感じる理由がわかった。それは、お節介な宣教師なのだ。それは「神=普遍的な国際的人権は存在する。聖霊の声=戦争被害者の声を聞きなさい。悔い改めよ=戦争責任を知り意識して戦争責任を汝の政府にとらせなさい、それが汝の戦争責任のとりかたなのです」、と頼みもしないのに玄関にやってきて説教する宣教師なのだ。違うかな?


(2005年3月3日:yahoo版にアップロード)
(初出:2001年7月29日・海馬之玄関サイト)




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