保守主義とは何か(壱)

保守とは何か? 保守主義とは「何を保ち守ろうとする思想」なのか? 本稿ではこのことを少し掘り下げてみたいと思います。なぜならば、1989年-1991年の社会主義崩壊以降、「保守主義」なるものが対抗してきたとされる「敵役」が不在になるに従い、一層のグローバル化の昂進の中で保守主義は「資本主義」や「国際化」という諸問題と(社会主義を媒介とすることなく)直接対峙せざるを得なくなっており、すなわち、保守主義には(「社会主義」や「左翼」の対概念としての「保守主義」を超えて)自己の再規定化が不可避になっていると思うからです。
換言すれば、社会主義の崩壊によって「社会主義」の対概念として「保守主義」を規定することは無意味になった。他方、1970年代後半以降、保守主義を代表してきた新自由主義もまた、「小さな政府」と「グローバル化」を希求するその諸制度に起因するとされる国内と国際双方の所謂「格差拡大」、而して、今次の世界金融危機を契機に反省が迫られていること。ことここに至り、保守主義を再生具現するためにも既存の保守主義の本性とその主張内容を今一度整理する必要がある。そう私は考えるのです。
而して、資本主義がウォーラースティンの言う意味でのインターステート・システムとしての「世界システム」やアントニオ・ネグリの言う「帝国」として所謂「世界標準の政治・社会・経済の制度」を強化伝播する側面と、これまたウォーラースティンの言う「反世界システム運動」としてのナショナリズムの昂揚をもたらす、保守主義にとってアンビバレントな現象であり、それにともない「国際化」もまた(保守主義の取り敢えずの基盤たる)「国民国家」の国境線をより低くする局面と、一層高くする局面を持つそれ自体相矛盾する現象として保守主義者の前に立ち現れている。
保守主義とは、しかし、伝統を恒常的に再構築する思想の営みであった。ならば、現下の保守主義の再構築の不可避性は我々保守改革派にとっては「保守主義の危機」であるだけでなく「保守主義再生の好機」でもあろう。
このような問題意識に立って本稿は、まず、「左翼思想」と「資本主義および国際化」を検討することで「保守主義の意味」を裏面から一瞥し、更に、これらの作業を前哨として「保守主義の本性」および「保守改革派が再構築を目指す保守主義の内容」について考究する予定です。また、他の幾つかのブログでの「保守とは何か」を巡る議論の少なからずが「空中戦=信仰告白合戦」に陥ったとしか私には思われなかった経験を鑑み、左翼思想の歴史、国家の概念、分析哲学からの定義論、ならびに、憲法の概念について註を付けます。けれども、御用とお急ぎの向きはこの註は読み飛ばしていただいても論旨は通るようにするつもりです。
■左翼の歴史と意味
「革新」という言葉も「左翼」と並んで「保守」としばしば二項対立的に使われます。「革新」は現状を改善するためには伝統の全部または一部を捨て去ることも辞さないタイプの思想でしょうから、伝統や現状により価値を置く「保守」と二項対立的に用いられるのは不思議ではなく、更に、遅くとも19世紀後半からの1世紀の間、「左翼≒社会主義」が現状改善のための最有力の思想と認識されてきたのだから「革新」と「左翼」が同義に使われることも自然な成り行きだったのかもしれません。逆に言えば、ロシア革命からその崩壊まで70年を積み重ねた旧ソ連や共産支那の誕生から60年を経た支那においては「社会主義・共産主義」が現状や伝統の一斑となっており、旧ソ連や支那で「マルクス=レーニン主義」を信奉する勢力を「保守派」と呼ぶことも間違った用語法ではないと思います。
では、「左翼」とはどんな意味が憑依する言葉なのか。人口に膾炙している如く、例えば、『広辞苑』によれば「左翼」とは「(フランス革命後。議会で議長席から見て左方の席を急進派ジャコバン党が占めたことから)急進派・社会主義・共産主義などの立場」であり、「右翼」とは「(フランス革命後。議会で議長席から見て右方の席を占めたことから)保守派。また、国粋主義・ファシズムなどの立場」という故事に由来する言葉です。
但し、フランスにおいて社会主義が曲がりなりにも社会変革のビジョンを持った「革新」の思想となったのは、フランス革命から15年程後の(マルクス主義者からは)「空想的社会主義」と呼ばれる19世紀初頭のフーリエ・サンシモン以降であり、まして、マルクスとエンゲルスがその社会主義(≒共産主義)を本格的に世に問うたのは1848年の『共産党宣言』(「マルクス主義」のパーツの一部である「唯物史観」を提示した『ドイツ・イデオロギー』に遡っても1845年-1846年)。要は、当初の「左翼」という言葉には「マルクス主義」という意味はなかったのです。
畢竟、「マルクス主義」が世界の社会主義を席捲し始めたのは、どう遡っても『資本論』の第1巻が出版された1867年の12年後、よって、マルクスの死の6年後にあたる1889年の第二インターナショナルの発足からであり、プロレタリア独裁の理論に基づく共産党の一党独裁体制・生産手段の国有化・中央集権的な計画経済を志向する所謂「マルクス=レーニン主義」が「左翼」とほぼ同義になったのは、当然ながら1917年のロシア革命以後のこと。日本共産党がその設立の最初期1922年から「コミンテルン日本支部」であったことで明らかなように、「マルクス=レーニン主義」はソ連共産党が指導する第三インターナショナル(通称「コミンテルン」:1919年~1943年)を通して世界の社会主義の「世界標準」になり、而して、「左翼」は「マルクス=レーニン主義」の意味をも獲得したのです。
けれども、長らく「モスクワの長女」と呼ばれた親ソ連のフランス共産党を除けば、議会制と複数政党制を尊重し暴力革命を否定する、もって、資本主義体制の内部で「所得再配分による結果の平等」と「手厚い社会福祉」を目指す漸進的な「社会民主主義」の伝統は西欧では根強い。蓋し、労働価値説を堅持するリカード派社会主義を含む空想的社会主義の流派だけでなく「マルクス主義」や「マルクス=レーニン主義」の流布以降に誕生した、フェビアン協会に源泉を持つ英国労働党、ベルンシュタインに源泉するドイツ社会民主党、構造改革路線の魁であるイタリア共産党の後身・左翼民主党等々西欧の社会主義においてはむしろ広い意味の「社会民主主義」が主流なのです。
畢竟、「左翼」とは現在では「マルクス主義」「マルクス=レーニン主義」「社会民主主義」の三者を緩やかに含む多義的な概念と考えるべきかもしれません。而して、「左翼」の対概念としての「右翼」や「保守主義」もまたこれら三者に対する否定的評価を重層的に内包していると一応は言えると思います。
「社会民主主義」はしばらく置いておくとして、では、「保守主義」が批判する「マルクス主義」「マルクス=レーニン主義」とはどんな主張なのか。エンゲルスは『空想より科学へ』(1878年-1883年)の中で「唯物史観」と「剰余価値による資本主義的生産の秘密の暴露」の二つを「社会主義を科学にした」マルクスの発見と論じていますが、私は「マルクス=レーニン主義」を、
①唯物弁証法を基盤とする唯物史観
②労働価値説を基盤とした剰余価値論
③労働過程の物象化と疎外論
④商品生産と商品交換の過程に着目した資本主義の運動法則の説明
⑤資本主義の運動法則の貫徹による資本主義終焉の予測
⑥上記①~⑤は科学的法則であり普遍的必然的に妥当具現するという主張
等々の認識によって編み上げられた教条主義的な思想体系と考えています。
而して、現在では、①「唯物史観」と②「労働価値説」よって⑥「科学的社会主義の普遍性」は単なるイデオロギー的な仮説にすぎないこと、加えて、「恐慌」「労働者の窮乏化」「資本の有機的構成の高度化にともなう資本の利潤率の低下」による⑤a「資本主義の終焉の予測」が成り立たないことは大方の「左翼」も承認する所でしょう。要は、社会思想の体系としての「マルクス=レーニン主義」は破綻している。他方、現在において現役の社会思想としてのマルクスの主張(=「マルクス主義」)は、③「疎外論」、④「資本主義の運動法則の説明」、および、(自己目的化した資本蓄積とその資本蓄積のための際限のない「生産力の拡大」に起因する自然と文化と社会の破壊という)生態学的な観点から読み返してする⑤b「資本主義の変化の予測」にほぼ限られるのではないかと思います(★)。
畢竟、そのように「限定されたマルクス主義」は、最早、現在の社会思想の<共有財産>であり毫も「保守主義」と矛盾しない。逆に言えば、「限定されたマルクス主義」は「社会民主主義」とともに保守主義再構築の導きの糸の一つになり得る。そう私は考えています。
★註:「マルクス主義」と「マルクス=レーニン主義」
例えば、①⑤に関する『ドイツ・イデオロギー』『経済学批判要綱』および『経済学批判』の序文の如く、マルクス(そして、エンゲルス)の残した著作や遺稿に上記①~⑥の主張が散在していることは誰も否定できない事実です。けれども、「マルクス=レーニン主義」と「マルクス主義」を同一視することは、しかし、フェアーではない。なぜならば、それは、「ソ連」や「共産党支配下の支那」というマルクスとエンゲルスの没後に惹起した<事態>から逆算して「マルクス主義」を再構成するものだからです。
他方、例えば、『資本論』第1巻24章「資本の本源的蓄積」の「歴史がいろいろな段階を通る順序も時代も国によって異なる」という言葉や後進国ロシアでのブルジョア革命(=市民革命)を経ない共産主義革命の可能性(すなわち、「複線的歴史発展」の可能性)を肯定した『ザスーリッチへの手紙』(1881年)を引き合いに出して、スターリンや毛沢東による、あるいは、ポルポト派支配下のカンボジアや北朝鮮における大虐殺、そして、1989年-1991年の社会主義の崩壊を「マルクス主義」と無縁なこととすることもまたフェアーではないでしょう。蓋し、<作者の真意>などは<テクスト>から解釈されるしかない事柄であり、アルセチュールや廣松渉がいかに精緻華麗な解釈を施し、「教条主義」や「実体主義」とは無縁な<関係主義者マルクス>を再構成しようとも(「マルクス主義」の<テクスト>はこれからも新たな再解釈の余地を残している<読者に対して開かれたテクスト>ではあるでしょうけれども)、歴史的に影響を与えてきた<マルクスの真意>なるものは多くの人々がマルクス(および、エンゲルス)の著作から読み取った①~⑥以外には存在しないからです。
畢竟、実際の歴史の中で捉えられてきた「マルクス主義」は「マルクス=レーニン主義」ほどは教条主義的ではないにせよ、カール・ポパー『歴史主義の貧困』が喝破した如く「実体主義」的であり、他方、ウォーラースティン『史的システムとしての資本主義』が指摘しているように(生産力の拡大を肯定し歴史の流れを進歩と捉える)「進歩主義」であることは否定できないと思います。而して、そのような「マルクス主義」もやはり「保守主義」が到底容認し得ないものなのです。

■左翼の対概念としての保守
ロシアや支那では「マルクス=レーニン主義」を支持する勢力が「保守」とされています。要は、「保守」という言葉は相対的かつ機能主義的な概念なのです。
もっとも、「保守」に限らず、ある言葉をどのような意味で使うかは論者の自由であり、加えて、その定義と(できれば)そう定義した根拠が添えられるのであればそれは公共的コミュニケーションにおいても特に問題はない。ただ、()それがあまりにも伝統的や一般的な語義とかけ離れている場合にはコミュニケーションのパフォーマンスの低下を甘受しなければならず、また、()自分の定義から演繹される認識や評価はそれだけでは他者の認識や評価を拘束しはしないこと(例えば、「自分達が「真正右翼」であり、親米保守派や憲法無効論を支持しない者は皇室の安泰を祈念しているにせよ「擬似右翼」である」と定義するのは勝手だけれども、だからと言ってそのような「真正右翼」の論者の主張が万人に認められとは限らないこと)はこの段階でも押さえて置くべきことだと思います。
言語使用一般に見られる定義の効果と限界、而して、個別「保守」という言葉にまつわる相対性と機能主義的性格からは、しかし、「保守とは・・・である」という積極的定義の形式ではなく、しばしば「保守」が「左翼」の対概念としてのみ表象されることの理由は不明なままです。畢竟、私はその理由は「保守」を巡る次のような事情だと考えています。
(α)伝統に起因する多様性
(β)伝統の多様性と重層性に起因する恣意性
(γ)総合的な社会理論の欠如
イスラームとアメリカの伝統が異なるように、保守主義が少なくとも伝統に格別の価値を置く社会思想である限り、その息づく社会が変われば保守主義の具体的意味内容も異ならざるを得ない。ならば、「保守」という言葉で保守主義一般を表象することが極めて困難なことは当然ではないでしょうか。
而して、個別日本のそれを想起するまでもなく伝統自体が多様で重層的な存在。皇室や伊勢神宮はもとより、雛祭・和服・捕鯨・大相撲・歌舞伎から高校野球・女子学生のセーラー服・横須賀の海軍カレー・仏教、あるいは、電気炊飯器で炊いたご飯・出会い系サイト・キャバクラ、更には、企業別労働組合・霞ヶ関の強大な権限に至るまで日本の文化や伝統は実に多様なパーツによって重層的に構成されており、例えば、世界システムとしての資本主義とグローバル化の昂進の前に「何をもって残すべき日本の伝統」とするのかという言わば「伝統選択のプライオリティー基準」は保守主義を信奉する論者の中でも極めて多様でしょう。
逆に言えば、伝統とはある民族が今に至るまで恒常的に選び続けてきたものの集積に他ならない。そして、伝統や文化は現在生きてある人間にとっての「価値」であり「規範」として作用する。ならば、資本主義の世界システムやグローバル化の昂進に対応するプロセスで「何が残すべき伝統なのか」を決めるものは現在生きてある当該社会のメンバー個々人が自生的に形成している国民意識以外にはありえず、畢竟、その決定は価値選択を巡る<神々の闘争>にならざる得ないでしょう。先回りして結論を先に述べれば、その価値選択が現下の大衆民主主義社会における<神々の闘争>である限り、その闘争のルールは「価値相対主義」であり闘争の決着は「個々人の実存主義的な決断の集積に基づく政治的決定」によってなされる他はない。私はそう考えています。
多くの場合「保守主義」が「左翼」の対概念として表象されることの最後の理由は、既存の保守主義が「マルクス=レーニン主義」の如き世界認識のための「総合的な社会理論」を欠いていたことでしょう。保守主義が論者の属する社会の伝統の具体的・個性的・一回生起的なリアリティーにその論者にとっての妥当性を依存している以上、世界と歴史を一般的・総合的・普遍的に理解する原理論的・段階論的・現状分析論的な(良く言えば「総合的」な、悪く言えば「大風呂敷」な)社会理論を必要としてこなかったことがこの背景にあるのかもしれません。
蓋し、良くも悪くもこれまでの保守主義はその属する社会の伝統に格別の価値を置く諸個人にとっての「状況を認識する姿勢」あるいは「実践の作法や態度」にすぎなかった。けれども、本稿の冒頭で述べたように、社会主義崩壊後(「マルクス=レーニン主義」が破綻して以降)の時代に生きる保守主義者にとって社会と歴史を理論的・体系的に認識する枠組みを欠いた現在の状態では、最早、その暴力性をいよいよ剥き出しにしつつある資本主義とグローバル化の波濤から保ち守るべき伝統を保守することは難しいのではないか。繰り返しになりますが、この認識が本稿の問題意識の中心なのです。
■左翼から逆照射される保守の意味
「保守」は「左翼」の対概念として表象されてきた。蓋し、本稿でも今まで「保守」は「左翼」の対概念だという暗黙の前提に立って考察を進めてきましたが隔靴掻痒の趣は如何ともしがたい。よって、前々節で整理した「マルクス=レーニン主義」に引き付けて「保守主義」の意味内容を暫定的にここで措定して置きます。而して、「保守主義」とは、
(a)教条主義の否定/実存主義を基盤にする相対主義
(b)観念論の否定/経験主義を基盤にする現実主義
(c)認識枠組&行動規範としての伝統の尊重
(d)人為的権威への懐疑
(e)政治または法の作用する対象領域の肥大化への嫌悪
社会主義批判の古典。ハイエク『従属への道』、ミーゼス『社会主義』、ポパー『開かれた社会とその論敵』、ハンナ・アーレント『全体主義の起源』等々を紐解くまでもなく、現実の歴史の展開において「マルクス=レーニン主義」に保守が激しく反発してきた理由は、それが(c)「伝統を軽視」するものであり(d)「中央集権的な官僚機構の権威」を押し付けるものだからでしょう。而して、これらは(a)「教条主義」と (b)「観念論」を基盤にしており、(旧ソ連や支那における管理社会のありさまを想起すれば)その現実政治における帰結は(e)「政治または法の作用する対象領域の肥大化」と言える。もし、左翼に対する保守の抱く憤りをこのように整理することが満更荒唐無稽ではないとするならば、「左翼」の対概念としての「保守主義」を(a)~(e)の軸で捉えてもそう間違いではないと思います。
検算。「マルクス=レーニン主義」は、その①「唯物史観」と②「労働価値説」を⑥「科学的かつ普遍的」と標榜することで (a)「教条主義」と (b)「観念論」の朝日新聞的な傲岸不遜に陥った。而して、教条主義的で観念論的な思想の害毒が(現代の社会思想の共有財産とも言うべき、③「疎外論」と④「資本主義の運動法則の説明」を活かすことなく)、文字通り「物神性」を帯びた⑤a「資本主義の終焉の予測」に絡め取られ(e)「政治または法の作用する対象領域を肥大化」させ、非効率かつ不合理な経済、ならびに、自由と人権の抑圧を止めどなく続ける中、結局、(c)「伝統の軽視」と(d)「中央集権的な官僚機構」に反感を抱く内外の人々の支持を加速度的に喪失した。これが1989年-1991年の社会主義崩壊の実相ではないでしょうか。
蓋し、「左翼」から逆照射される「保守主義」の核心は「人間存在の有限性」と「自己の歴史的特殊性」の確信を軸とした(a) 「実存主義的な相対主義」と(b) 「経験主義的な現実主義」であろう。ならば、前々節で留保した「社会民主主義」と「保守主義」の関係は前者が(a)(b)を後者と共有するものである限り親和的になりうる余地はあるものの、前者の打ち出す具体的政策が(c) (d) (e)を巡って当該の社会に特有の<保守主義の許容値>を超えた場合には「社会民主主義」も「保守主義」の<敵>となる。社会民主主義と保守主義の間にはそのようなモデレートではあるが本質的な対立の契機が潜んでいる。そう私は考えます。
前節で述べた如く、(例えば、自生的に形成された至高の法の認識を基盤とする「法の支配の原則」、そのアメリカにおけるコロラリーとしての「違憲立法審査権」という<制度>に着目することは幾らか可能にしても)「左翼」によって逆照射される既存の「保守主義」をその具体的主張内容に着目して一般化することは難しく、「保守主義」は「状況を認識する姿勢」や「実践の態度」でしかない。而して、この「姿勢」または「態度」という「保守主義」のイメージを使用すれば本節の立論を以下の如く整理できると思います。
●国家権力に対する適度な期待と警戒の姿勢
「保守主義」は、例えば、「政権さえ取ればどんな政策でも実行できる」といった類の国粋馬鹿右翼に顕著な、あるいは、朝日新聞に代表される戦後民主主義を信奉する<地球市民=プロ市民>にまま観察される感覚(具体的には、「我が党が政権を取れば即刻直ちに、「核武装に手をつける/支那と国交断絶する/在日韓国人・朝鮮人を強制送還する/日米安保条約を破棄する/靖国神社を閉鎖する/外国人参政権を認める/週の最長労働時間を24時間に引き下げる」・・・」。このような言わば)「国家の万能感」とでも表現すべき感覚を忌避する姿勢でしょう。
畢竟、このような万能感に支えられた国家権力に対する信頼と恐怖は政治に対する「他力本願」の心性に他ならない。それに対して、「保守」の心性は政治を常に自分がコミットすべき事柄と考えるがゆえにこそ、人為的な権威、就中、国家権力に社会や人生の枢要な領域を全面的に左右されることを必ずしも歓迎しない。国家権力に多くを期待しない姿勢。政治という社会と人生の枢要な領域は法や国家権力の意向などではなく伝統に従い秩序づけられるべきであり、紛争は基本的には自己責任の原則に則り処理されるべきだという姿勢。これこそ「保守主義」の核心の一つだと思います。
●漸進の前進の態度
人口に膾炙してきた政治に対する保守主義者の態度。『職業としての政治』の中でマックス・ウェーバーは、「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である」(岩波文庫, p.105)と述べています。ウェーバー(1864年-1920年)の時代にはまだその片鱗が現われていたにすぎない、現下の大衆民主主義の時代に引き付けた上で私なりに意訳すれば、政治とは、「理想を掲げ続けながらも、半歩でも一歩でも現実を改善する営みであり、それは、日々、ビジョンとマイルストーンの説明に言葉を尽くして国民の支持を集め、他方、常に、戦略的な妥協を積み重ねながら多数派を形成する営為。而して、それは、最善でなくば次善、次善でなくば三善の具現を目指す、けれども、決して諦めず立ち止まりもしない恒常的な漸進の営み」ということだと思います。
恒常的な漸進の前進。これを(タイ製ソーセージならぬシャム双生児とも言うべき)戦後民主主義を信奉する勢力と国粋馬鹿右翼という左右の観念的な社会主義の姿勢や態度と比べれば、「保守」と「左翼」の違いは明確だと思います。この認識もまた「左翼」からの逆照射による「保守」措定の帰結であり、而して、恒常的な漸進の前進の態度や覚悟もまた「保守主義」の核心の一つである。私はそう考えています。
<続く>
(2009年2月18-19日:yahoo版にアップロード)
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