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保守主義とは何か(参)



■保守主義の心性
「左翼」の対概念ではない「保守主義」。すなわち、保守主義の本性とは何でしょうか。例えば、保守主義を伝統に格別の価値を置く社会思想と理解する場合、その「伝統」の価値の根拠は何なのか。畢竟、保守主義の正当性の根拠は那辺に求められるのでしょうか。

若きマルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』(1844年)の中で「宗教上の悲惨は、現実的な悲惨の表現であり、また、現実的な悲惨に対する抗議でもある。宗教は、抑圧された生きものの嘆息であり、また、非情な世界の心情でもあるとともに精神を失った状態における精神である。宗教、それは民衆の阿片である」と記しています。

マルクス主義と宗教については、マルクスもその推敲に携わり自ら一章を執筆した『反デューリング論』(1877年)の第3篇5章の中でエンゲルスは「いっさいの宗教は、人間の日常生活を支配する【自然的と社会的な】外的な諸力が、人間の脳裏に空想的に反映されたものに他ならず、この反映においては、地上の諸力が天上の諸力の形態をとる。・・・社会が一切の生産手段を掌握してそれを計画的に運用することによって、社会自身とその全成員とを、現在彼等がこの生産手段【を巡る資本主義に特有の生産関係】・・・のために陥れられている隷属状態から解放するとき、従って、人間が、最早、【生産手段の私的所有の廃止と計画経済の導入により】事を計画するだけではなく事の成否をも決するようになるとき、そのとき始めて、いまなお宗教に反映されている最後の外的な力が消滅し、【宗教が権力的に廃止もしくは禁止されるというのではなく】それとともに宗教的反映そのものも消滅する。それは、そのときにはもう反映されるべきものがないという、簡単な理由によるのである」と述べ、宗教の禁止を唱えた(ポルポト派の仏教徒弾圧や支那共産党によるチベット仏教と東トルキスタンのイスラム教への抑圧を髣髴とさせる)デューリングの宗教否定論を批判しています。

マルクス主義が、剰余価値の搾取と労働における疎外、更には、階級支配を隠蔽している宗教の社会的機能(就中、宗教教団の機能と存在)を超えて個人の<信仰の営みとしての宗教>を否定するものとは一概には言えませんが、少なくとも、マルクスとエンゲルスがあらゆる宗教に批判的だったことは間違いない。而して、それから幾星霜、今年2009年はエンゲルス死後114年-マルクス死後126年。蓋し、マルクスとエンゲルスの言説にもかかわらず消滅したのは社会主義体制と「マルクス=レーニン主義」の方であり、「人間存在の有限性」の確信に発する<信仰の営みとしての宗教>が無くなることはありませんでした。

畢竟、宗教と保守主義はその根元でつながっている。それは保守主義が価値を置く伝統の基盤には個々の社会に自生してきた「世界観-宇宙観」が横たわっていないはずはないからであり、そのような「世界観-宇宙観」と宗教は地続きだろうからです。

すなわち、伝統に価値を置く保守主義の基盤は「人間存在の有限性」に対する確信、そして、自分が属する社会の歴史や文化と無縁ではあり得ない自分、畢竟、歴史的で特殊なある伝統をその社会のメンバーとして引き継いでいる自分という自己同一性認識、蓋し、「自己の歴史的特殊性」に対する確信に支えられている。逆に言えば、伝統は自己の自己同一性を形成する不可欠のパーツであるがゆえに保ち守られるに値する価値を持つ。而して、これら「人間存在の有限性」と「自己の歴史的特殊性」の確信が否定されない限り保守主義の妥当性もまた否定されることはなく、保守主義の正当性と妥当性の根拠はこれら保守主義的の基盤を支える二つの心性に他ならない。そう私は考えています。


1970年代-1980年代の日本の大学の風景を記憶している者にとっては、現在の「左翼」の影響力の欠如には文字通り隔世の感を覚えます。当時、全国の大学で経済学部専門科目の少なくとも半分は「マルクス経済学」関連であり歴史研究者の過半は「唯物史観の言語と文法」で著書・論文を書いていたのですから。

世界的に「マルクス=レーニン主義」の退潮が顕著になった1970年代半ば以降、「左翼」は<マルクス>を捨ててフェミニズム・エコロジー・外国人・経済のグローバル化を巡る問題領域に運動の中心を移行させました。蓋し、日本における60年と70年の二つの安保、西欧における60年代の反ベトナム戦争運動と80年代の「米ソ中距離核ミサイル交渉」を巡る反米動向は、全体的には「左翼の言語と文法」を借りてした「ナショナリズム」の顕現と総括すべきではないかと私は考えていますが、個別日本においては1980年代以降の「左翼運動」はマルクス主義の言語を隠してする伝統批判に収束していった。要は、現在における「左翼」の本性は<マルクス>ではなく「自由主義=リベラリズム」でありその目指すものは「反伝統」。そう私は認識しています。


■保守主義の本性
「人間存在の有限性」と「自己の歴史的特殊性」に対する確信が保守主義の心性である。而して、世界システムとしての資本主義とグローバル化の昂進から保守主義が現在受けている挑戦は、逆に言えば、資本主義と産業化、および、それらの結果としての国際化にともなうこれら二つの心性の揺らぎに収斂する。

而して、教条主義・観念論に塗れつつ保守主義の両心性に批判的な思想を内在化していた「マルクス=レーニン主義」が崩壊して以降、社会思想の競技場で保守主義と鋭く対峙しているのは「自由主義=リベラリズム」です。ならば、保守主義は資本主義とグローバル化の昂進に(「マルクス=レーニン主義」を媒介することなく)直接対峙しなければならず、それは「自由主義=リベラリズム」との競争の色彩を帯びている。繰り返しますが、この状況認識こそが「社会と歴史を理論的・体系的に認識する枠組み」、すなわち、人類史規模の世界の現下の変化に拮抗し得る、および、「リベラリズム=自由主義」をこれまた世界規模の公共的議論の場で凌駕しうる「社会理論としての保守主義」の必要性を私が主張する所以なのです。

隋唐期の「仏教隆盛」(とその背景にある「社会の多民族化」)は、支那においてそれまで認識と行動の「態度」「作法」や「宗教感情」の域を大きくは出なかった儒教(および、その裏面としての道教)に教義の理論化を迫った。而して、現下の資本主義とグローバル化の昂進、その思想的な尖兵の役回りを旗幟鮮明にしてきている「自由主義=リベラリズム」と保守主義の間にもこれと同じことが言えるかもしれません。これが本連載の基底にある私の認識ですが、差し当たり、「再構築されるべき保守主義」は(資本主義とグローバル化が及ぼしている影響の範囲と射程から逆算して)少なくとも、「資本主義と産業化」「厚生経済政策」「権力デザイン=国家権力の形と相貌」「内政外交を結ぶ政策の正当性」「国家権力と道徳」「家族とコミュニティーの価値」を覆う編成でなければならないと思います。

旧「左翼」(すなわち、現在の「自由主義=リベラリズム」勢力)が1970年代半ば以降、フェミニズム・エコロジー・外国人・資本主義の暴走に着目してその運動を再構築したことは我々保守改革派が他山の石とすべき事柄かもしれません。蓋し、「人間存在の有限性」の確信と「自己の歴史的特殊性」の認識を保守主義の基底と理解する場合、保守主義が守るべき客体としての伝統も教条主義的や観念論的なものではあり得ないからです。

畢竟、ある社会において歴史的に特殊で固有な物品を巡る<使用価値の体系>を離れては伝統なるものは存在しない。蓋し、例えば、人間が<使用価値の体系>を自己の自己同一性の一斑にせざるを得ないのは、人間が精神と共に身体を持つ重層的あるいは両義的存在であり、(一部の数学や論理学、規範論理学や組織神学的な思弁を除けば、社会生活にまつわるおよそ一切の)人間の観念や表象は個物としての事物に対応付けられない限りリアリティーを獲得し得ないだろうからです。而して、このような「経験主義的な現実主義」は保守主義の基盤の一つだと思います。

保守主義を巡る挑戦と応戦とも保守主義が息づく当該の社会の外部からもたらされる外発的な契機を含むがゆえに、(国粋馬鹿右翼的な独善的な観念論ではなく)「経験主義的な現実主義」に立った状況認識の上に保守主義はその社会理論を、ならびに、「伝統の競争力向上=伝統再構築」のための施策パッケージを組み立てなければならない。他方、それらの施策パッケージは当該の社会の「再構築された伝統」に結晶して自己のみならずその社会の他のメンバーをも拘束する<規範体系=価値体系>になるのでなければ「伝統」の名に値しないでしょう。ならば、現下の大衆民主主義社会において「再構築された伝統」は最終的には実定道徳的か政治的な権威のいずれかによって担保されなければならないのです。

ここで、「絶対的な価値や真理は存在しないが(あるいは、少なくとも人間がそれを認識することはできないが)、今の自分にとって「相対的に最高の価値や真理」は実存的に見出しうるし、それは公共的討議のプロセスを経る中で間主観的にも他者に共有されうる」という主張を「実存主義的な価値相対主義」と措定すれば、現在における保守主義はこの「実存主義的な価値相対主義」の哲学をも受容するものでなければならないでしょう。「経験主義的な実証主義」からは「再構築されるべき伝統」にアプリオリな絶対的な価値が付与されることはなく、他方、その社会において当該の伝統が公共的な効力を帯びることを保守主義が希求する限り、その「再構築されるべき伝統」は「実存主義的な価値相対主義」から基礎づけられる他に正当化される道はないと思うからです。蓋し、「実存主義的な価値相対主義」もまた保守主義の基盤である。そう私は考えています。

現状が恒常的に変化する以上、保守主義とは「変化する現状に対する常なる伝統の再構築という開かれた営み」であるのに対して、「「自由主義=リベラリズム」は現状の変化に目を瞑ってなされる教条主義的で観念論的なドンキホーテの愚行を導く思想」である。畢竟、「川の水は止まることを知らないが川自体が流れることはない」、蓋し、この箴言にこそ保守の真髄がある。而して、産業と物流の格段の発達による社会の変化を受けて、閉塞した北条得宗体制と統治の実効性を喪失した荘園支配を基盤とする公家-寺社-武家の権門体制という伝統を破壊することで、武家と公家の双方の権威の均衡という「伝統の再構築」を成し遂げた足利尊氏公の業績はこの点で保守主義再構築の作業にとって示唆に富むものだと思います。

蓋し、「自己の自己同一性を保つための恒常的な伝統の再構築と、そのような伝統を公共的な社会規範に高める漸進の前進を旨とするコミュニケーションの営み」。これこそが保守主義の本性と言うべきものである。而して、資本主義とグローバル化、ならびに、伝統を軽視する「自由主義=リベラリズム」からの挑戦に対して保守主義は現在いよいよ再構築されなければならない。而して、「再構築されるべき保守主義」を構成する社会規範の形態とその具体的内容、すなわち、「新しい皮袋に入れられるべき新しい酒」についての検討が最終の二節の内容になると思います。


rivivalmiyuki


■保守主義の社会規範
規範とは行動の準則であると同時に状況認識のための枠組みです。而して、「伝統」はそれ自体が価値であると同時に規範である。よって、「伝統の尊重」を当該の社会のメンバーに要求する保守主義も社会規範のシステムであり、再構築されるべき保守主義の要素としての総合的な社会理論と「伝統の国際競争力を向上させるための政策施策パッケージ」もまた(行政法における組織規定や定義規定と類似のものとして)社会規範の構成要素に他ならない。保守主義を社会規範の側面から見ればこう言えると思います。

而して、社会規範のシステムとしての保守主義を構成するルールには、保守主義が守護しようとする伝統を指定するルールとその伝統遵守を命じるルールが含まれている。例えば、「祝日には国旗を掲揚しなさい」という伝統に結晶した道徳規範があるとして、この規範を巡る保守主義のルールは、この道徳規範が日本の伝統に含まれることを判定するルールと、実際に「今日は祝日だから日の丸を掲揚すべきだ」と行為者に命令するルールの組み合わせとして存在し機能しているということです(★)。

他方、現下の保守主義が希求している総合的な社会理論とそれを実行する政策施策パッケージもまた、それがある慣習・道徳を公共的な伝統として説明する論理であり、他方、有限な資源を使用して行う政策選択を指導するものである限り、価値判断のシステム、畢竟、保守主義を構成する社会規範システムの構成要素に他なりません。

重要なポイントは、(認識あるいは行動の準則である)これらの保守主義の社会規範のパーツは法律と道徳に跨って分布しているものの、その大部分は各自の価値相対主義的な実存的決断を通して自生的に確定され共有されている伝統に裏打ちされた道徳規範だということです。蓋し、個人から遊離した「地球市民」や「真正日本人」なるものをそれ自身が顕揚し帰依する「平和憲法の理念」や「八紘一宇の精神」と言った<伝統>を守護する主体と捉える、大東亜戦争終結後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する勢力や国粋馬鹿右翼と言った「観念的社会主義」という点では(例えば、天皇制や靖国神社を巡る評価は180度異なるにせよ)「シャム双生児」の関係にある左右の主張と保守主義が決定的に異なるのは、保守すべき伝統を確定し伝統を守護するための社会規範を実定法-実定道徳の領域に参入させるには(間主観性を求める討議の形態での)政治的と社会的な不断の努力の必要性を痛感しているか否かであろうと思います。

而して、再構築されるべき保守主義を形成する諸社会規範は「現実が可変的であり、人も国も相対的で有限である以上、恒常的に臨時的で相対的なものである」という認識を基盤にするものでしょう。そして、この認識こそが保守主義の「プラットフォーム:議論と行動の共通の基盤」なのだと思います。畢竟、そのようなプラットフォームが共有されるのならば、(相手の個性を尊重しあうという意味での)保守の国際連携の道も開けてくるのではないか。

保守主義の再構築と再構築された保守主義の国際的連携。もしそれが可能だとするならば、それは「帝国」の時代にあって世界規模で「諸国民が個々の伝統を恒常的に再生しうる保守主義の形態」なのかもしれません。畢竟、保守主義に関しては、思想面では総合的な社会理論が、現実場面では伝統の競争力の向上を具現し得る政策施策のパッケージが、而して、運動論の部面においては国際的な連携が求められている。そう私は考えています。

連帯を求めて孤立を怖れず、万国の保守主義者よ、
団結せよ! 而して、共に闘わん!
Together we stand!


★註:法の概念
H.L.Aハートに従えば、法体系は現実の行為規範たる第一次ルールと第一次ルールを改変する第二次ルールの結合体です。ならば、(それが法であるか道徳であるかは別にして)再構築されるべき保守主義を構成する社会規範には、ある伝統を尊重することを求める第一次ルールに加えて、第二次ルールとして何が「伝統」であるかを決めるコミュニケーションの討議のルール等が含まれることになります。

英国において保守主義の不倶戴天の敵としばしば考えられている、(ベンサムの弟子にして、「法=主権者命令説」を唱導した英国分析法学の始祖)J.オースティンは、しかし、八木鉄男先生の先駆的な業績によれば、道徳の機能する余地を残すために「法の概念」を極めて限定的に措定した。他方、法学的な「憲法制定権力論」の家元であるカール・シュミットもまた「道徳とも事実とも疎遠な法の運用」を唱導する19世紀世紀末前後の「法実証主義」に対する懐疑から、法を形成する実力の契機を法学方法論に導入した。要は、(いかなる憲法の改正も合法と考える当時の法実証主義者に比べて)カール・シュミットの「憲法制定権力」は憲法改正と新憲法の制定を区別できる利点があり、かつ、憲法制定権力をも縛り得る「伝統」「民族精神」等々を憲法総論に導入する余地を残した。

蓋し、政治社会の運営において法や国家の意思だけではなく、伝統に培われた道徳にも発言権を認めるべきだという見解が保守主義と整合的だとするならば、(コーク・バーク・ハミルトン・アダムスとともに、但し、英米の保守主義とは異なる流派として)J.オースティンもカール・シュミットも再構築されるべき保守主義の先人と言えるのではないか。そう私は考えています。




■保守主義の社会思想
再構築されるべき保守主義の内容は如何。それは、旧来の保守主義や、例えば、現在の日米の社会・経済政策の志向性とどう異なるのか。これらのことをマトリックス画像を使い考えてみました。尚、マトリックスで用いたアイコンについては最後の画像でご確認ください。

これらのマトリックスは作業仮説的なものであり(KABUの主観によって各アイコンを配置しただけのものであり)その配置には何の数値的な根拠もありません。畢竟、再構築されるべき保守主義の採用する政策施策のパッケージはどのような内容であるべきかを考える上での仮説の提起、あるいは、個人的な「知的遊戯」にすぎない。けれども、その社会理論と政策パッケージの構築が可及的速やかに求められている現下の保守主義にとっては(経験主義的な現実主義と実存主義的な価値相対主義を踏まえた保守改革派内部のコンセンサスを得るためには)このような試みも満更無駄ではない。そう思い画像を披露します。而して、保守主義を巡る世界の認識基準に関しては記事末尾の「ポリティカルコンパス」のテストをご参照ください。


matrix0

●マトリックス0:資本主義×産業化
経済と文化の両面で国際競争は容易には沈静化することはない。而して、今般の世界金融危機に鑑み金融商品の規制ルール等は導入されるべきとしても、結局の所、アントニオ・ネグリの言う「帝国」(すなわち、資本主義のシステムとしての「帝国」、厳密に言えば、具体的な<皇帝>を欠いた、資本主義の運動法則が自己完結的に、かつ、加速しつつ世界を緊密に連関付けつつある<皇帝>なき「帝国」)は現下の保守主義にとっても与件とすべきことだと思います。更に、プロメテウスの火を一度手にした人類が、あるいは、楽園の智恵の実を一度食した人類がその技術開発の歩を緩めると考えるのは非現実的。ならば、資本主義と技術開発を両輪とする産業化が止まることも、否、減速することさえありそうにない。

このような認識に立った場合、 [マトリックス0]で表した「資本主義×産業化:資本主義-反資本主義×産業化-脱産業化」の軸において「再構築されるべき保守主義」は既存の保守主義に比べて資本主義に対する選好の度合いを落とすことになりますがそう大幅な変動はありません。



matrix1

●マトリックス1:「パイ」の拡大×「パイ」の分配
経済政策の対立軸は那辺。これを考えた画像が[マトリックス1:「パイ」の拡大×「パイ」の分配]です。このマトリックスは、縦軸で「GDPの拡大」という国全体の所得拡大を目指す方針を表し横軸でその総所得をいかに公平に配分するかを表したもの。尚、このマトリックスのアイデアは広井良典『定常型社会』(岩波新書・2001年)15頁からの借用です。

エコロジー的観点を踏まえて「再構築されるべき保守主義」は、経済成長は減速させるものの、機会の平等を越える格差是正には消極的であり(セーフティーネットの整備により何度でも敗者復活が可能な活力のある社会を具現することには賛成でも)、基本はあくまでも「自己責任」と「自助努力」を中心にしたパイの分配を考えるべきだと、そう(「再構築されるべき保守主義」は判断することになるだろうと)私は考えました。尚、「左翼」解体以降の「左翼」を引き継いだ「自由主義=リベラリズム」との関係では、この対立軸を巡っては「エコロジー」と「市場主義」が主な争点になると思います。


matrix2

●マトリックス2:政府の硬軟×国家権力の「保護者」度合
縦横の軸について少し説明が必要でしょうか。縦軸「強面な政府-穏やかな政府」は所謂「大きな政府-小さな政府」ではなく、社会のルールをそのメンバーにどれくらいの例外を許容しつつ政府が遵守させようとするか、端的には、安全保障や犯罪防止のためにいかほどの予算を投入するか/法規でどれほど細かく国民の行動を規制するかということと対応しています。

また、横軸は、刑事政策でいう所の「非犯罪化」(今まで犯罪とされていた行為を「国家が刑罰権を行使してまで防ぐほど悪質性はない」と考え犯罪のメニューである刑法から外す動向)や「政府による地球環境に優しい行為の積極的推奨」の度合を示しています。而して、ある政府が強要する「道徳の内容」を度外視すればエコロジストもファシストも横軸の観点からは同一視できることに注意してください。尚、「自由主義=リベラリズム」との関係では「外国人:地球市民」と「フェミニズム」がこの対立軸上の主要な争点になっている模様です。


matrix3

●マトリックス3:生態学的環境×ナショナリズム
縦軸「ロマン派的自然選好-バロック派的自然開発選好」は国内政策の中心である自然環境や文化環境の開発/破壊をどれくらい容認するか、他方、横軸は外交政策の底流にあるナショナリズム志向の分布を表しています。「再構築されるべき保守主義」がエコロジーの観点を踏まえて旧来の保守主義よりも上に移動していますが、ナショナリズムの堅持の姿勢は不変。言うまでもなく「自由主義=リベラリズム」と保守主義の間ではこの対立軸において「エコロジー」と「外国人:地球市民」を巡って激しい応酬が行なわれるはずです。


matrix4

●マトリックス4:家族の価値×福祉サービス提供形態
「自由主義=リベラリズム」と保守主義が「フェミニズム」と「市場主義」に関して対立するだろうこの対立軸は、人間の本性を巡る価値観の問題、すなわち、社会の基本を原子論的な個人と考えるか家族やコミュニティーと考えるかにかかわる縦軸と、福祉サービスの提供を市場を通じて行なうことを容認するか、それとも、市場に福祉を任せるのは可能な限り控えて家族やコミュニティーこそが担うべきなのかを問う横軸を組み合わせたもの。「再構築されるべき保守主義」は、資本主義自体への警戒感から、そして、伝統を担うのは「家族やコミュニティーの一員である個人」という基本的認識から旧来の保守主義や現在の日本に比べれば上や右に移行するのではないかと考えました。



matrixicons.jpg

・「日本版ポリティカルコンパス」の紹介★貴方の政治経済の思想傾向を判定します♪
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/37717031.html





(2009年2月24日:yahoo版にアップロード)

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