書評☆都立水商!

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普通の高校生が通う、水商売・風俗業に特化した職業科高校
室積光『都立水商!』は、水商売・風俗業界で働く人材育成のために新宿は歌舞伎町に創設された架空の都立高校を舞台にした小説。よく考え抜かれた<パスティッシュ>であるだけでなく、現下のこの国の教育を考える上で大変参考になる。蓋し、本書は隠喩などではない直球ど真ん中の教育改革のビジョンと教育を巡る社会思想を提示している。そう思い、際物と見られかねないことを覚悟しつつもこの記事をアップすることにしました。

室積光『都立水商!』(小学館・2001年11月;小学館文庫・2006年4月)は、室積氏の原作をもとに(例えば、原作では中心的な役割を担っていた「ソープ科」が、おそらく諸般の事情を考慮してかメインストリームから外されている等、かなり大幅な設定変更が施された上で)漫画化(小学館・『週刊ヤングサンデー』(2003年21・22合併号)→『スピリッツ増刊 YSスペシャル』(VOL.1~VOL.5)→コミックス全22巻(2003年10月~2009年3月))とTVドラマ化(日本TV系・2006年3月28日)された作品です。

冒頭にも書いたように、本書は、例えば、小説では清水義範、鯨統一郎、漫画では川原泉、岡上二郎といったパスティッシュの名手の作品の水準に匹敵すると言ってよいと思います。他方、時代が憑依した作品、すなわち、時代精神と時代の思想的課題が力強く息づき出口を求めて咆哮しているという点では、本書は、例えば、横山秀夫氏の『顔 FACE』『ルパンの消息』『震度0』等の一連の警察組織内部の人間存在の実存を丁寧に描いた作品、漫画では、風俗嬢の実存を一種幾何学的に描ききった真倉翔・真里まさとし『吉原のMIRAIさん』等のジャーナリスティクな作品とも通低している。と、そう私は考えています。

而して、私が最も本書に感銘を受けたのは、繰り返しになりますが、その教育改革のビジョン、そして、教育はどうあるべきかを巡る社会思想でした。蓋し、『不思議の国のアリス』(Alice's Adventures in Wonderland, 1865年)の著者ルイス・キャロルは、「最初に兎が穴に飛び込むイメージが閃いた瞬間、ストーリーはあたかも毛糸玉をほぐすように芋づる式に浮かんできた」という意味のことを回想していますが、ひょっとしたら、室積氏は、①普通の高校生が通う、②ホステス科、マネージャー科、ソープ科、ヘルス科、バーテン科、ホスト科、ゲイバー科を擁する職業科高校というイメージが閃いた瞬間に本書の構想の過半をつかんだの、鴨。

けれども、それは、著者の教育に関するそれまでの並々ならぬ問題意識のたま物でないはずはなく、また、本書が大変優れた教育書であるという私の目利きがそう満更見当外れではないとすれば、それは、著者の研鑽と思索の積み重ねに加えて、上記①②の結合が掘り当てた社会思想的な地下水脈の豊饒さに起因するのではないかと思います。

以下、本書で特に私が感銘を受けた記述を紹介します。尚、本書は(小説も利潤追求とは無縁ではありえないこの国の出版業界の現状を鑑みれば仕方がないこととはいえ)、その過半近くは「野球小説」的のエピソードで占められています(文庫本で言えば、本編全319頁中、148頁の「水商野球部」以降の実に172頁がほぼ野球小説!)。ただし、極一部を除けば「18歳未満立入り禁止」的の記述はありません。


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公教育機関としての高校が果たすべき社会的機能と責務
畢竟、本書の白眉は、都立水商開校1年目、都立水商第一期生となる始めての生徒(それは同時に、日本初の水商売・風俗業の職業科高校の始めての生徒)とその保護者を迎えて行われた入学式の祝辞であろうと思います。都立水商初代校長矢倉茂夫氏、そして、文部省側で水商売・風俗業の職業科高校の設立を推進した(後に文部事務次官となる)滝川氏の祝辞です(本書, pp.33-36)。

◎矢倉校長の祝辞
皆さん入学おめでとう。
私が校長の矢倉です。教職員を代表して、皆さんに一言、お祝いを申し上げます。
皆さんが、当水商業高校の第一期生となります。と言うより、皆さんが我が国の水商売専門の高校の最初の生徒なのです。皆さんは、まだ、中学を出たばかりですから、水商売の実態というものがよくわかっていないでしょう。水商売の世界は人の出入りが激しく、またお店自体も目まぐるしく、できたりつぶれたりを繰り返すものです。

なぜでしょう?

それは経営のプロフェッショナル、あるいは従業員のプロフェッショナルが少なく、またそれを養成する機関もなかったからです。本校は、まさにそういった人材を世に送り出します。これから皆さんを先頭として、本校からの卒業生が業界の各分野に進出して、水商売の世界をより安定した職場へと様変わりさせていくことでしょう。

また、現状では、水商売というだけで差別を受ける場合があります。例えば、不動産屋で部屋を探すにしても、水商売というだけで、入居できない場合があるのです。

なぜでしょう?

それは、残念ながら世間において、水商売に従事する人たちのモラルの持ち方に疑問を呈する人が多いのです。これもプロフェッショナルとして徹しきれないところに原因があります。この業界には、他の職業から不本意ながら転職してくる人が多いのです。プライドのない所にモラルは育ちません。(中略)

皆さんから変えていくのです。プロフェッショナルとしての、技術と自覚を身につけ、新たな職業倫理を確立させましょう。皆さんから始めるのです。甚だ短くて恐縮ですが、これを私からのご挨拶とさせていただきます。
    

◎文部省の滝川氏の来賓挨拶
皆様ご入学おめでとうございます。
私は、この学校の設立を提案した者であります。その立場から申し上げると、この学校を作った目的は、まさに先に校長先生がおっしゃったとおりであります。さらに、文部省に勤務する者として付け加えますならば、今、日本の教育は変えねばならないのであります。

もう猫も杓子も大学を出てホワイトカラーを目指すような教育は、考え直す時期に来ておるのです。あらゆる職業に対応して、それに従事する者を教育する受け皿としての学校を、拡充する必要があるのです。全員を一つの方向に走らせて、脱落者を捨てていくような形では、もはや教育とは呼べない。

この学校に期待するのは、これまでになかった分野での教育のフロンティアになっていただくことでありまして、その意味では、第一期生の皆様は、フロンティア中のフロンティアなのであります。皆様の残す成果次第で、この国の教育がひいてはこの国が変わるのです。

皆様に期待しております。

    

矢倉校長と滝川氏の期待に応えて、否、期待を上回る成果を第一期生とそれに引き続いた水商卒業生は達成することになります。第一期生の卒業前後の状況を引用しておきましょう(p.108, p.113)この箇所も(例えば、都立水商創設時の行政内部の討議(pp.11-13);ソープ科の校外実習の制度化により巷の援助交際の相場が崩れた逸話(pp.90-91;同じくソープ科とヘルス科の校内実習の制度設計の逸話(pp.66-70)と並んで)パスティッシュとして実によく描かれていると思います。

就職率百パーセント。しかも条件面は、大学卒の初任給を遥かに上回り、卒業生の平均年収が全国の高校のトップである水商には、翌年から志望者が殺到した。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

水商を初めて訪れる人は、もう少し浮ついた雰囲気を予想しているものらしい。しかし、実際に接した雰囲気は、高校というより、競輪学校や騎手学校のそれに近いというのだ。
そういう感想は、プロフェッショナル養成所としての高校を狙った滝川にとって、嬉しいものなのだった。


  

教育とは動機づけであり努力の仕方の伝授である
ある大手予備校のスローガンには「努力することこそ人生の真善美である」というフレーズが含まれています。蓋し、努力することの尊さ、そして、実利面でも本質面でも努力することのある種のうま味は、ある程度の努力を積み重ねた者にしかわからない。畢竟、金と情報は金と情報のある所に流れるのと同様、パラドキシカルながら、努力の価値を知っている者に教えることは少なく、知らない者は教えても努力の尊さが理解できないということは、この世を残酷なまでに貫徹する真理ではないでしょうか。

ならば、教育の意義は努力に向けた動機付けであり、努力の仕方の指南に他ならない。と、そう私は考えています。而して、本書はこの教育に関して死活的に重要な一点を間違いなく貫いている。以下、幾つかその例を引用しておきます。入学式に引き続き行われた、元高級ソープランドのナンバーワンだったソープ科講師からのメッセージ(pp.37-38)と、開校以来10年間奉職した都立水商教師の回想という形で進む本書のストーリーの語り部、本書の主人公の回想の一齣(pp.57-58)です。

これらは、少なくとも高校以上の教育においては、学業という意味の勉強で人生勝負しようと思う者は鬼の様に勉強すればよく、また、させるべきであるけれど、学業という意味での勉強とは直接関係のない道で人生の世過ぎ身過ぎをしようと思う者を無理やり学校に<幽閉>する必要は微塵もない。否、それは無駄な教育投資であるだけでなく、「子供は十分な情報と機会が与えられれば誰しも大学・大学院に進学したいと思うはずだ」という傲岸不遜な独善的な認識に依拠した反倫理的な教育施策であるという私の持論と通低していると私は理解しています。尚、この論点に関しては下記拙拙稿をご参照ください。

・所得と学力の相関関係と因果関係が投影する<格差論>の傲岸不遜
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59006021.html

・書評☆吉川徹「学歴分断社会」(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/57911269.html

・書評☆苅谷剛彦「大衆教育社会のゆくえ」
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/57895457.html


◎吉岡あかね先生のメッセージ
「吉岡です、よろしく」
聞く者をさわやかな気分にする声だった。だが媚びたような甘ったるさは微塵もない。この瞬間に、吉岡あかねは三十二人の【ソープ科第一期生の】生徒たちの目標となった。(中略)

目を輝かせた生徒たちは、
「私もあんなふうになりたい」と思い、
「この先生に絶対についていこう」と決心していたのだ。(中略)

「皆さんは援助交際という名の売春を知っていますね。この中には、それで補導された人もいると聞いています」
多数の生徒が顔を伏せた。
「皆さんは、これからプロフェッショナルを目指します。その辺の女子高生の小遣い稼ぎに負けるわけにはいかないのです。プロとアマの違いは何か? それは・・・」
吉岡は、美しい指を一本顔の前に立てて、生徒を見渡した。
「テクニック!」
    
◎田辺慶介先生の回想
圭介は【体育系と文科系サークルでの】彼らの生き生きとした活動に接して、今の教育問題の一つに思い当たり、胸のふさがれる思いをしたものだ。つまり、勉強で「落ちこぼれ」のレッテルを貼られると、他の才能も評価されるのがむずかしく、当人もやる気をなくしてしまうということである。

開校したばかりの水商は。そういうタイプの生徒の集まりだった。そんな生徒たちが、水商売という、これまでの勉強とはまったく違う尺度で、講師たちから良い評価を得るだけで、すべてに自信を取り戻した。

   






(2010年1月20日:yahoo版にアップロード)

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