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「ねじれ国会」の憲法論と政治論

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2010年9月14日、民主党代表選挙が終わりました。菅首相の<準圧勝>。而して、これまた、あくまでも「準」ですが、「準世論」の洗礼を受けたこともあり、菅政権も民主党もしばらくは支持率が大幅に回復するのでしょうね。しかし、その薔薇色とは言わないがコスモス色の民主党政権を待ち受けるのは棘の道。否、赤いジュータンならぬ、棘のカーペットを敷き詰めた<24時間TVのマラソン>のような国会運営、鴨。

ただ、それはコアな自民党支持者にとっても「ざまーみろ!」ではすまない事態。だって、(今、総選挙があったら自民党も民主党もともに過半数を取れない可能性が少なくないだろうから、畢竟、「ねじれ国会」)それは、日本の政治が機能不全に陥る可能性を意味しているのですものね。ということで、このタイミングで、その「ねじれ国会」なるものをもう一度よく考えてみよう。そう思い、1ヵ月前の記事を微修正の上再度アップすることにした次第です。


確認するまでもなく、2010年7月11日の参議院選挙の結果、日本の政界は、再度、衆参の両院で多数派が異なる所謂「ねじれ国会」状態に入りました。識者の中には、(3年後の参議院選挙でも、否、おそらく衆参同時選挙でも民主党も自民党も参議院で単独過半数を占めることは難しいのだから)これで今後少なくとも6年間は抜本的な「ねじれ国会」の解消は難しく、アメリカの凋落と支那の台頭、EUの失速と非国家のテロネットワークの跋扈、資源争奪と地球環境問題の先鋭化等々、世界が流動化している現下の激動の時代に日本の政治は安定性を欠いたまま更に漂流を続けることになると危惧する声も少なくないようです。

しかし、「ねじれ国会」自体は必ずしも悲観するだけのものではないでしょう。而して、もし現下の日本の「ねじれ国会」なるものに問題があるとすれば、それは憲政のマナーと現行憲法の規範内容を理解できなかった野党時代の民主党の不埒な<前例>に起因するのではないか。と、そう私は考えています。本稿は、「ねじれ国会」を巡る憲法論を前哨にして、「ねじれ国会」を政治的にはどう捉えればよいのか。また、今後6年間続くかもしれない「ねじれ国会」時代に自民党はいかなる方針で臨むべきなのか。このことを「政治政党」を導きの糸として考究するものです。


◆ねじれ国会は異常か
周知の通り、消費税導入の信任投票と位置づけられる1989年の参院選での自民党の地滑り的敗北(改選71議席→当選36議席)以降、2010年の現在に至るまで20年余、与党第一党(自民党・民主党)は一度も参議院で単独過半数を回復したことはありません。蓋し、この20年間は「ねじれ国会=日本の政治の常態」とさえ言えるのです。畢竟、「冷戦構造の崩壊-社会主義に対する資本主義の勝利」が歴史的に確定した、1989年-1991年のとば口で、実は、日本の政治はイデオロギーを巡るイシューが政治の重要な争点ではなくなる(よって、経済財政政策・産業政策・福祉政策・文教政策等々の個別の行政サービスの領域におけるWhat toとHow toが最重要の争点になる)<脱冷戦構造モデル>に移行し始めたということなの、鴨。

而して、キルヒマンの所謂「包括政党」(①肥大化した行政権がカバーするすべての行政サービスの領域に対して責任を負う、よって、②国民の可能な限りの多数の支持を獲得すべく左右両翼の有権者の利害関心を可能な限りその政策に取り込もうとする、③政権を担う野心と覚悟のある政党)に自民党も民主党も、否、(政権を目指さない政党なるものは「鼠を取らない猫」「ゴールを狙わないFW」であるのと同様)多くの泡沫政党もこの20年の間に漸次変化したのだと思います。畢竟、政党間の政策の違いもまた漸次縮小したということ。よって、ねじれ国会体制においても、実は、日本の政治はそれなりに連立政権という形態で機能する条件は備えているということです。

蓋し、1993年の8党・会派による細川連立政権の誕生、その後の、自社・自自公・自公連立政権の成立、(民主党を仲立ちにしていたとはいえ)社民党と国民新党の連立政権が存立したことを考えればこの理解は満更我田引水の類ではないのではないでしょうか。いつの世も権力亡者は少なくないとしても、<脱冷戦構造モデル>への移行前には、そのような<野合的連立政権>を各政党の支持者も許さなかっただろうし、また、連立政権の政策協議も困難だっただろうからです。尚、グローバル化、大衆民主主義化、福祉国家における行政権の肥大化にともなう政権党の「包括政党」化については下記拙稿をご参照いただければと思います。

・自民党<非勝利>の構図(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59722931.html


◆憲法から見たねじれ国会
現行憲法からはねじれ国会はどう理解されるのか。蓋し、両院制を採用する現行憲法はねじれ国会を想定している、と。結論から言えばそう言えると思います。畢竟、「国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する」(42条)、「何人も、同時に両議院の議員たることはできない」(48条)、「法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる」(59条1項)の諸規定を見れば、(あくまで論理的な確率にすぎませんが)4分の2の確率でねじれ国会は生起することになるのですから。実際、「与党勝利=野党敗北」を◎、「与党敗北=野党勝利」を×で表すと次通り。

衆 参
院 院
― ―
◎ ◎
◎ × ←ねじれ国会
× ◎ ←ねじれ国会
× ×


尚、繰り返しになりますがこれはあくまでも「論理的確率」であり、例えば、「月に兎が住んでいる確率」は「住んでいる/住んでいないの」どちらかだから二分の1、他方、「火星に蛸が住んでいる確率」も同様に二分の1、よって、「月に兎が住んでいる」かもしくは「火星に蛸が住んでいる」確率は(確率の和により)1=100%とかの議論は大人が真面目に取り扱うものではないのと同様、このような「論理的確率」は憲法解釈においてはそう意味のあるものではありません。閑話休題。


而して、確かに、現行憲法は衆参の両議院の権限に優劣の差のある所謂「跛行的両院制」を採用しているものの(具体的には「三分の2以上の多数による衆議院の法律案の再可決権」(59条2項)、「予算の先議権」(60条1項)、「予算と条約、および、内閣総理大臣の指名に関する衆議院の議決の優位」(60条2項・61条・67条2項)等々の衆議院の優越は見られるものの)、予算と条約を除くすべての立法と政府与党が任命する日銀総裁等の国会同意人事の議決に関して衆参両院はほぼ同一の権限を持っている。ならば、ねじれ国会を想定している現行憲法は、憲法の事物の本性から見て、すなわち、(イ)国家意志の統合、(ロ)国民の社会統合という憲法の最重要の機能に関して、ねじれ国会の惹起によってもそれら(イ)(ロ)が機能不全に陥ることのない規範内容を具備していると解するべきだ、と。そう私は考えます。

蓋し、国会法・衆議院規則・参議院規則、国会運営に関する憲法慣習の解釈においては(上記、59条2項、60条1項、60条2項・61条・67条2項等々の条項は「例示規定」として捉え、かつ、内閣総理大臣を単独で指名可能(67条2項)であり、また、内閣不信任案を単独で可決可能で、他方、内閣総理大臣から解散され得る(69条)、要は、参議院よりもより強い政治的責任を憲法上負っている)衆議院の優位の観点からねじれ国会が惹起しかねない(イ)(ロ)を巡る不備を軽減除去する線で憲法は解釈されるべきではないでしょうか。

而して、私は少なくとも次の2点は、自民党がもし早期の政権奪還とその後の保守改革派による半永久政権の樹立を狙うのならば、それが野党であるこの機会をむしろ好機と捉え、与党と協力して実定的な憲法慣習として確立すべきであろう。それが、「政策よりも政局」「国益より派閥の利益」を旗印に憲政のマナーと現行憲法の規範内容を蹂躙して憚らなかった小澤民主党の悪しき前例を修正して日本の政治を世界水準の政党政治に引き上げる道ではないか。と、そう私は考えます。蓋し、この機会に立法もしくは実定的な憲法慣習として確立すべきは、

(甲)予算関連法案の衆議院単独可決制度
(乙)国会同意人事の衆議院単独可決制度


現行憲法が予算に関して衆議院が単独で可決可能な制度を導入していることを鑑みれば、それらが国会を通過しない限り予算の執行が不可能なタイプの予算関連法案もまた憲法60条2項「予算について、参議院で衆議院と異なった議決をした場合には、・・・衆議院の議決を国会の議決とする」に定める「予算」に含まれると「予算」を広義に理解すべきということ。

また、国務大臣でさえ内閣総理大臣が単独で指名できる(68条1項前段)に係わらず(日銀総裁や人事院総裁の如く、いかに時の政府からの一定程度の独立性が求められるポジションも少なくないとはいえ)広い意味の行政権の運用を担う機関の長の任命に関して(再度記しますが、内閣総理大臣を不信任することもできず、他方、内閣総理大臣によって解散されることもない、よって、国民に対する政治的責任を内閣と共有する度合の低い)参議院が「拒否権」を持つ事態は、(イ)国家意志の統合、ひいては、(ロ)国民の社会統合という憲法機能の事物の本性から見て許されないと思うのです。

畢竟、自民党には、(もちろん、これら予算関連法案と国会同意人事を巡り小澤民主党に翻弄され恨み骨髄であろうとも)「江戸の仇を長崎で」などと、それこそ民主党の如きさもしいことは考えず、政権奪還後と保守改革派の半永久政権樹立後の政権運営を睨み綺麗事抜きに「肉を切らせて骨を斬る。骨を斬らせて命を断つ」くらいの構想力と覚悟で(甲)(乙)の憲法慣習化もしくは立法化に向かうべきなのではないか。そう私は考えています。


◆政治政党とねじれ国会
ねじれ国会なるものは存在しない。「ちゃぶ台をひっくり返す」ような物言いですが、この「ねじれ国会不成立論」とも言うべき主張もあながち荒唐無稽なものではありません。現行憲法43条1項に曰く 「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを構成する」、と。ならば、すべての議員が全国民の代表である以上、元来「ねじれ」なるものは存在しない、と。すなわち、「ねじれ」なるものが存在し得るのは、①一定程度固定的な特定の綱領と政策を掲げる、②その所属議員に対して(もちろん、離党の自由はあるにしても)一定程度強力な党議拘束力を帯びる、③政治政党を前提にする場合に限られるでしょう。

トリーペルの古典的な政党理解に従えば、政党と国家権力の関係は歴史的に、()敵視、()無視、()法制化、()憲法的編入の四段階を経てきたとされます。而して、公職選挙法、あるいは、現行憲法と同時に施行された国会法は「会派=政党」を前提にしていること。トリーペルの所謂「憲法的編入」の「憲法」を憲法慣習をも含む広義に捉えるとき、我が国では原敬内閣(1918年)以前の20世紀初葉以来、ほぼ一貫して政党政治が機能してきたこと。これらを鑑みれば、現行憲法は政党について()憲法的編入の段階か、少なくとも、()法制化と()憲法的編入の過渡期にあると言えると思います。ならば、憲法43条1項「両議院は、全国民を代表する議員でこれを構成する」の規定をもってしても、やはり、ねじれ国会は生じうるし、ねじれ国会を制御すべき現行憲法の規範意味はこの43条1項と政党制の矛盾をより低減する線で見出されなければならないのだと思います。

畢竟、両院でともに絶対多数を擁する政府与党といえども、所詮それは「国民=有権者」の部分(part)の利益代表にすぎません。而して、(それがいかに圧倒的多数派とはいえ)国民の部分の代表にすぎない政府与党の立法や行政に「野党=少数派」もまた従うべきだと語るロジックは、一重に、①イデオロギー的に共約不可能な意見の対立が少なくとも現実の政策イシューに関しては存在しないこと、②十全なる情報が与えられる中、議論と説得の営みを通し選挙によって今日の少数派が明日の多数派になりうる可能性が存在すること、また、③国会の審議においても十全なる議論が行なわれ、その帰趨と世論の動向によっては与党が譲歩・妥協する慣行が存在し、少なくとも、次の選挙の際の投票行動決定の資料が国会審議を通して「国民=有権者」に与えられること。これらが「野党=少数派」に遵法を説くロジックが機能する条件であろうと思います。尚、この点に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・政治主導の意味と限界
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59541636.html

而して、現行憲法がねじれ国会を惹起する政党政治をも予想していると考えるとき、ねじれ国会の弊害を軽減させ、「全国民を代表しているべき議員による立法」という(少数派をも納得せしめる)<政治的神話=法の正当性の源泉>を補強するためには現行憲法の規範内容には次の2点もまた含まれていると解すべきはないでしょうか。すなわち、

(丙)国会での十全なる審議を経ない議決の無効
(丁)政策・立法を巡る政党内の議論の公開性と党内民主制が担保されていない政府与党の法案の無効


蓋し、(そこで見られる比較的緩やかな党議拘束のあり方は、大統領制ではなく議院内閣制を採用する我が国にはそのまま導入できないとしても)アメリカの共和・民主の両党の党内における自由闊達な議論とその公開の実際を見るにつけ、我が国の政党、就中、田中派-竹下派支配の亡霊がいまだにそれを覆っているとしか見えない民主党の非民主性と反憲法性は打破されなければならない。と、そう私は考えています。





(2010年8月17日:yahoo版にアップロード)

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