尖閣諸島問題解決の<最適解>としての靖国神社首相参拝




国際法上、それが日本領であることに全く疑問の余地のない尖閣諸島。その近辺で惹起した現下の「尖閣問題」に関しては、皆様ご案内の通り、支那は(世界中の支那通の<期待>を裏切らない)非常識な反応を示しているようです。而して、いかにすれば「尖閣問題」は速やかに解決可能なのか。このことを読者の皆様と一緒に考えてみたいと思います。

まず支那政府の直近のアクションの確認。

◎「無条件釈放しかない」中国外務省副報道局長
中国外務省の姜瑜(きょうゆ)副報道局長は22日、仙谷官房長官が尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件を巡り、日中間のハイレベル協議を呼びかけたことについて、「両国関係のさらなる悪化を避けるには、船長の無条件釈放しかない」との談話を発表し、船長を釈放しない限り、協議には応じないとの考えを示した。

(読売新聞・2010年9月23日)   



◆尖閣問題が解決するということ

外交における問題解決とは、今、存在してない何が実現することなのでしょうか。実は、プラトン・アリストテレス、あるいは、孔子を引き合いに出すまでもなく、古来、それを正義の実現と理解する向きも少なくありませんでした。

では、TVの水戸黄門よろしく、原則、外交でも正義が勝つものでしょうか? それとも、「印鑑遠からず」、支那の王朝交代の歴史の如く、勝った方が正義であるがゆえに、論理的に、外交では正義は必ず勝つものなのか? あるいは、現行憲法を日本に与えて下さったマッカーサー元帥の行いは国際法違反の非道な所為かそれとも人類史の潮流に掉さした正義の行いか? 


蓋し、何をもって外交交渉や国際紛争の解決における<正義>とするかということ自体が不分明であり、上のようなナイーブな問いは、幾つかの前提を設けない限りそう生産的なものではないと考えます。而して、ここでは、外交における問題解決を、取りあえず、法的安定性と具体的妥当性との間の均衡、すなわち、'''法的妥当性を帯びた秩序の樹立'''と理解することにします。更に、ブレークダウンすれば、それは、

①紛争当事者間で、②当該の紛争に関して、③将来に向けて、
④より安定的な紛争処理のルールが、⑤合意され、
⑥そのルールの実効性が当事者を含む国際関係において担保されること    


である、と。そう理解するということ。

さて、この「外交における問題解決のイメージ」が、そう満更荒唐無稽ではないとするとき、では、今般の尖閣問題に引き付けて考える場合、例えば、

①日支間で、②尖閣諸島近辺に関して、③将来に向けて、
④日本領海・排他的経済水域を支那艦船が侵犯しないことが、⑤合意され、
⑥この合意に反する支那艦船に関する、事実の究明と責任者の処罰、その究明と処罰を確認するための手続についても合意がなされた   


ということにでもなれば、尖閣問題は解決したと言えるのでしょうか。

私はそうは思いません。


なぜならば、「外交における問題解決とは、今、存在してない何が実現することなのか」という問いの前提には、更に、「その外交紛争の中で何が争われているのか」ということが横たわっていると思うからです。而して、尖閣問題においては何が争われているのでしょうか。刑事訴訟法の用語で喩えるならば、尖閣問題の<訴因>と<公訴事実>は何なのか、上の解決の詰め上がり例の場合、この点が私には些か疑問なのです。


畢竟、蓋し、

尖閣問題の問題は、()支那が、「尖閣諸島=国際法上疑う余地のない日本の領土」という事実を認めていないこと、()支那が、「領土紛争の存在する海域においてであろうが、平穏なる実効支配の一斑として、国際法的にも尊重されるべき、違法操業を行なう外国漁船を対象とした日本の法手続き」を政治的に批判することで、日本の国内法の運用を中止させようとしていることである。 


と、私は考えます。

要は、上で述べた「尖閣問題解決のイメージ」は前者の()の側面に関しては評価できるものの、それが、後者の()の側面を看過しているがゆえに、到底、それは問題解決の処方箋足り得ない、と。而して、尖閣問題の問題としての射程をこう捉え返すとき、蓋し、尖閣問題の解決とは、例えば、次のようなものにならざるを得ないのだと思います。すなわち、

①日支間で、②尖閣諸島の帰属決定に関して、③将来に向けて、④⑤それが日本領土であることが合意されたか、あるいは、④その帰属決定のためのルールと、帰属が決定するまでの期間の尖閣諸島近辺での支那艦船の航行と操業のルール、および、ルールを犯した支那艦船を日本が取り締まるルールに関して、⑤合意され、⑥そのルールに実効性を付与する各種の仕組みについても合意がなされた、ということ。   




◆尖閣問題の解決のための処方箋

現在・過去・未来の数多の領土紛争を反芻するとき、それが一度、政治問題化した以上、領土問題を領土の外交問題としてのみ解決することは実質的に不可能と言うべきでしょう。ならば、竹島とパラレルに、国際法的に支那以外のどの国からも疑義を出される筋合いのない尖閣諸島の帰属に関しても、

日本としては、(イ)万端怠りなく実効支配を十全にする一方で(ということは、支那が国外向けに発信する「尖閣諸島=支那の領土」というメッセージには素早く抗議しつつも)、他方、(ロ)支那がその国内向けに「尖閣諸島=支那の領土」と発信することは原則、不問に付し、かつ、(ハ)実効支配の一環としての海上保安庁の活動とその活動に起因する法的手続きについては支那に一切の容喙を許さないことが実現できたのならば、それで、よしとすべきなのだと思います。   

而して、現下の<尖閣問題2010>が日本にとって極めて重大なことは、実は、()支那が「尖閣諸島=日本領土」を否定していることではなく、()支那が、(竹島を不穏に実効支配している韓国とは異なり)尖閣諸島を平穏に実効支配している日本の、よって、それが領土紛争の係争地であろうが国際法的も適切な、尖閣諸島近海を巡る日本の法の運用と執行を政治的圧力でもって「空洞化-無力化」させようとしていることではないでしょうか。

◎尖閣問題の問題性の問題点

Not 尖閣諸島を巡る日本の領有権の否定
But 法治国家である日本の法秩序の否定   


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ポイントは、イエスが語ったごとく、「神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ」返すべきことでしょう。何を言いたいのか。

すなわち、()尖閣諸島を巡る領土問題という政治の範疇の問題を、支那が、<政治の言語>を用いて解決しようとすることはなんら問題ではない(もちろん、支那が、これまで軍事力にものを言わせて、例えば、東南アジア地域で多くの領土・領海を獲得してきている事実を日本人は絶対に忘れるべきではありませんけれども!!)、しかし、()支那が、領土問題と関係はするが一応別の問題である、国際法的にも尊重されるべき日本の法手続きの運用に対して、<法の言語>ではなく<政治の言語>を用いて容喙することは断じて許すべきことではないということです。  

なぜならば、それは「カエサル=法の領域」のものであり、そこに「神=政治の領域」の<価値観-イデオロギー>を導入するということは、(今後、少なくとも、支那関連のイシューに関しては)日本は法不在の政治社会になることを意味しているからです。

ならば、尖閣問題解決のための処方箋は、支那に対して、「神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ返すべきだ」という、国際法と確立した国際政治の慣習を<体得>させること以外にはあり得ないのだと思います。もっとも、民主党政権に「支那の首に鈴をつける」能力があるかどうかはかなり疑問ではありますけれども。


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ビジネスにおいても政治においても、ある問題について唯一絶対のソリューションしかないという事態の方が寧ろ稀であろうと思います。さまざまなソリューションがあり各々一長一短である。冷の剣菱も良いが微温燗の爛漫も捨て難い、と。而して、尖閣問題に関しても、誰しも居酒屋で小一時間も談笑する間にはその「解決策-処方箋」を半ダースほどは思いつくのではないでしょうか。例えば、

自衛隊の尖閣諸島への配備、尖閣諸島への普天間基地の全面移転、逆に、(沖縄県民がそれを望めばの話ですが)尖閣諸島を沖縄県ごと支那にプレゼントする、尖閣諸島とその近海の排他的利用権を999年間支那に譲渡する・・・。
   

重要なことは、<鞭>であろうが<飴>であろうが、これらの'''処方箋は、尖閣諸島問題の解決のための手段'''だということです。極めて重要なことなので、繰り返しますが、手段たる処方箋が実現すべきことは、「神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ」という国際関係を統べる常識、すなわち、国際法と確立した国際政治の慣習を理解できていない支那に対してそれを<体得>させることなのです。而して、日本が選択すべき処方箋は、あくまでも、この目的から見て、最もコストパフォーマンスに優れた、具体的で政治的にも物理的にも実行可能な施策であることになります。而して、2010年の秋、それは何か。

尚、<最適な解>を得るためには、ここで補助線として押さえておかなければならないことがる。それは、今回の支那の行動は極めて非常識なものではあるけれど、支那がこのような対応を選択しているについては、実は、今までもそのような対応が日本に対して効果的であったこと。すなわち、支那の非常識な対応の背景には「プッシュ要因-支那の中華主義」と同時に「プル要因-日本のコトナカレ主義&自虐史観」の存在も見逃せないのではないかということ。

ことほど左様に、支那の非常識の背景としての日本の非常識という補助線までも鑑みる場合、私は、尖閣問題を解決可能な具体的処方箋の中で最も有望なものは、実は、「首相の靖国神社参拝」ではないかと考えます(★)。

★註:政治性と非政治性の揺らぎの構造

元来、靖国神社や皇室は、政治・外交の<カード>として使用すべきものでは断じてありません。けれども、<靖国>にせよ<皇室>にせよ、あるいは、<卓球大会>から<B級ご当地グルメ大会>に至るまで、どのようなものも政治性を帯び得るのであって、逆に、それらを、政治の埒外に置くことができると考えることもまた間違いでしょう。 


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首相靖国神社参拝戦略の採用により、支那の反日動向はもちろん現在よりもより激しくなるでしょう。しかし、「神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ」の原則を歪めてきた<靖国問題>の解消はトータルでは日本にとって得であろう。すなわち、法がその実現を徹頭徹尾保障すべき、靖国神社および時の首相の信仰の自由に属する、よって、カエサルの範疇の事柄である首相の靖国神社参拝を、支那および支那の尖兵&傭兵たる朝日新聞等の反日メディアは、神の範疇たる政治の争点に移し変えてきました。ならば、<靖国カード>は、同様な構図の問題になりかねない尖閣問題を、断乎、「神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ」という国際政治の原則に引き戻しうる論理的必然性と政治的なポテンシャルを孕んでいるの、鴨。要は、ボタンの掛け違いの修正は最初からやり直すに如くはないということ、仮名。而して、

365.25日、毎日是好日!


時は秋、正に、2010年の秋の例大祭は10月18日~20日。畢竟、土台、一国の宰相が、国のためにその命を捧げられた英霊の御霊に感謝の誠を捧げるのに相応しくない日など存在するはずがないのですから。ただし、覚悟すべきは、<靖国カード>をもし万が一民主党政権が今秋切った場合、自民党の政権奪還は更に遠のくだろうということ。これは悩ましいこと、鴨。

尚、支那の外交が世界標準のそれとはかけ離れていることと、そのことが支那自体に関して帯びている現下の意味については下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・<中国>という現象☆中華主義とナショナリズム(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59895258.html






(2010年9月23日:yahoo版にアップロード)

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