「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(3)




◆ナショナリズムと帝国-歴史哲学

経済活動を統べるルールがそこに埋め込まれていた社会的諸関係から資本主義が離床するにともない(すなわち、ウォーラスティンの所謂「近代世界システム」がその相貌を、漸次、現すにともない)<中世的帝国>の世界秩序は解体し、ナショナリズムがその<中世的帝国>の灰燼の中から生まれた。

畢竟、ナショナリズムは歴史的に特殊な近代の社会思想でありながら、(国民国家が成立して久しい現在)それは<憲法>の一斑として強い規範的拘束力をその当該の国家社会のメンバーに及ぼしています。では、ナショナリズムは今後もその規範的拘束力を保持し続けることができるのでしょうか。

1806年、陥落させたイエナーに入城する皇帝ナポレオンに、自由の実現に向けて人類史を動かす時代精神(その時代時代の絶対精神の具体的な内容)を見たヘーゲル(1770年-1831年)は、歴史のプロセスを絶対精神の自己外化のプロセスとして理解しました。而して、ヘーゲルは、(a)自由を本性とする絶対精神の最終的な依代たる<民族>が、他方、(b)自由の最終的な制度的表現である<国家>と合体した段階を(定性的な変化が最早生起しないという意味で)「歴史の終焉」と捉えた。  

ベルリン大学教授ヘーゲルにとって、ならば、首都ベルリンを擁するプロシアを盟主に戴きドイツ民族が国民国家を建国した時点、すなわち、普仏戦争において鉄血宰相ビスマルク率いるプロシアが鎧袖一触フランスを撃滅し、返す刀でドイツ帝国を成立せしめた1871年に歴史は終焉したのでしょうか。近代世界システムの双子の息子達、国民国家と国民の誕生をもって歴史は終焉したのか。獰猛なロムルスとレムスの<守護霊>たるナショナリズムは<不死の神>なのか。

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問題はこう詳説できます。

例えば、旧ユーゴスラビアや旧ソ連邦が四分五裂したように、確かに、個々の国民国家は今後も離合集散を繰り返すかもしれない、他方、過去に多くの言語が死語になっており、また、2009年現在で世界に存在する約6,000の言語の中で2,500が絶滅の危機にあるらしいという現実を鑑みれば、個々の国民のナショナリズムにも流行廃りはあるだろう。その意味ではナショナリズムも「可死の神」でしかない。それは誰にでも分かる。而して、問題はシステムとしての<ナショナリズム>である、と。ある言語が死語のリストに記載される事態と言葉というものを人類が使用しなくなる事態とは位相を異にするだろう、と。 
  

システム論の視座から、かつ、一般的に捉えたとしても<ナショナリズム>は「可死の神」でこそあれ<不死の神>ではない。私はそう考えます。

なぜならば、<ナショナリズム>には外界が存在しているから。すなわち、①地球環境的制約-資源環境的制約、そして、②ウォーラスティンの所謂「史的システムとしての資本主義」の展開、および、③(自体も、自然環境的の制約とグローバル化の影響を被りつつ、同時に、<ナショナリズム>を制約する存在でもある)生態学的社会構造、すなわち、「自然を媒介として人と人とが取り結ぶ社会的諸関係の総体」が厳として<ナショナリズム>の外部に存在しているから。畢竟、<ナショナリズム>は予定調和が支配する<閉じたシステム体系>ではあり得ないからです。

ローマの平和の余光に浸っていた古代ローマ帝国は「外部からの衝撃=民族大移動」のうねりの中に沈んだ。直径15キロ足らずのたった1個の隕石が恐竜達の楽園に終止符を打った。ならば、論理的には、近代が産んだ獰猛な双子達の<守護霊>も偏に「風の前の塵に同じ」ではないでしょうか。

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◆ナショナリズムと帝国-動態史観

ナショナリズムは「可死の神」である。そして、この可死性は、ナショナリズムが<政治的神話>にすぎず、他方、システムとしての<ナショナリズム>が外部世界からの挑戦に応戦するべく恒常的に自己を再構築せざるを得ない経緯の裏面であろうと思います。

ある種、弁証法的なパターン認識になりますが、要は、「変化か、あるいは、死か」とばかりに、ある社会が変化を促す挑戦を外部から受けている場合、往々にしてその社会には外部の影響が挑戦とは異なる形態でその遥か以前から、かつ、構造的に浸透しているもの。例えば、

古代ローマ帝国を滅ぼすことになる民族大移動が惹起した375年当時、実は、すでに数世代に亘って夥しいゲルマン人が帝国領内に入植し定住していた。だから、(江戸幕末、「佐幕-倒幕」両派の各々最精鋭部隊、新撰組と奇兵隊に農民出身層が少なくなかったのとパラレルに)ゲルマン人に対する帝国防衛戦の尖兵はそれらゲルマン系ローマ人だった。

『平家物語』は富士川合戦の段。東国出身の斉藤別当実盛から東国武者の勇猛ぶりを聞いて怯えた平家軍は、一斉に飛び立った水鳥の羽音に驚き戦わずして退却。逆に言えば、平家軍には実盛の如き東国武者が少なからず従軍していたということ。

オスマン帝国海軍。1416年のガリポリ海戦で海上武装都市国家ネットワークとも呼ぶべきベネチア連合に惨敗を喫した当時世界最強の陸軍大国オスマントルコ。オスマン帝国はその後海軍の増強に邁進。そして、1453年、コンスタンチノープルを陥落させ東ローマ帝国を屠ると、1538年のプレヴェザの海戦でスペイン・ベネチア・ローマ法王庁の連合艦隊を撃滅、地中海のほぼ全域を支配下に置いた。正に、世界史的に見れば16世紀はトルコの世紀! 而して、オスマン帝国海軍を支えたのは、実は、イタリア人。実際、自前での海上兵員育成が始まって久しい18世紀末でも、トルコ海軍の熟練水夫の95%、水夫の75%、砲手・水兵の50%がキリスト教徒だった。   


畢竟、ナショナリズムは恒常的な変化を宿命づけられた社会思想でもある。而して、その変化の多くは上記の如き弁証法的なものなの、鴨。閑話休題。

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いずれにせよ、ナショナリズム登場の歴史的背景は、「強大なオスマン帝国の存在が、欧州社会をしてその活路を新大陸とサハラ以南のアフリカ、そして、喜望峰経由でのアジアに求めざるを得ない状況に追い込んだ。而して、万事、塞翁が馬。この苦肉の策が、はからずも、欧州社会における<中世的帝国>の解体と資本主義の離床、そして、人類史における史的システムとしての資本主義の離陸につながった」、と。こう理解できると思います。重要な視点は、

ナショナリズムの成立が、欧州大陸規模で惹起した生態学的社会構造の変遷の中で生じた歴史的に特殊な事態であるのならば、21世紀の現在、日本社会のナショナリズムがその外部領域から受けている自己再構築の圧力もまた(しかし、その規模は、グローバル化の昂進にともなう、文字通り、グローバルな規模での)生態学的社会構造の変遷と通底していないはずはないだろうということ。    

グローバル化の昂進の中で、超大国ソ連が崩壊し、その後、唯一の超大国のアメリカもまた<大政奉還>を行い今や単なる世界最強の国に成り下がった事態、<皇帝なき帝国>の時代にどう対応するのか。蓋し、これこそナショナリズムが抱える現下の課題であろうと思います。而して、江戸幕末、植民地化を狙う欧米列強の虎口を掻い潜り、帝国主義の時代にも見事に適応できた日本が現下の変動に対応できないはずはない。私はそう確信しています。

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◆ナショナリズムと帝国-思想類型

グローバル化の昂進の中でナショナリズムはその神通力を漸次消失していくのか。私はそうは思いません。人口に膾炙していることですが、例えば、

現在のロシア国歌のメロディーは旧ソ連国歌のメロディーと同じ。すなわち、ソ連崩壊に際して、ロシアは歌詞も曲も全く別のものを一旦国歌にした。けれど、旧ソ連国歌の楽曲が世界的な名曲であっただけでなくロシア国民に深く愛されてきたことに鑑み、2001年1月1日、歌詞を差し替えてメロディーは旧ソ連時代の国歌に戻されたのです。

蓋し、ロシア革命と70年間とはいえソ連の一応の<成功>に本当に与して力あったものは、レーニンの強運でもスターリンの技量でもマルクスの天才でもなく、ロシアのナショナリズムの岩盤の強固さではなかったか。ソ連崩壊後、現在に至るも社会主義に対する低い評価が彼の地で回復することはないにも関わらず、メロディーだけとはいえソ連時代の国歌が復活したことはこのことの証左ではないでしょうかか。   

畢竟、ナショナリズムの岩盤は堅固であり、よって、ナショナリズムの神通力は容易には衰えないだろう。他方、<帝国>の規範的拘束力の基盤はそう強固とは言えない。なぜならば、ナショナリズムの基盤たる国民国家は、諸々の規範と価値が鬩ぎ合う舞台であると同時に規範と価値が紡ぎ出される<芽>でもあるのに対して、<帝国>は単に舞台にすぎないだろうから。支那清朝の名君・雍正帝の事績を反芻するに私はそう思わざるを得ないのです。


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清朝盛期の1728年に惹起した曾静事件(異民族の王朝の正当性と正統性に疑義を呈して、朱子学系読書人曾静が叛乱を扇動した事件)。時の雍正帝は、この教条主義者を単に処刑する道は選ばず、対等な立場で、徹底的な論戦を挑み、論破し転向させた。その問答を記した『大義覚迷録』にて雍正帝諭して曰く、

中華と謂い夷狄(東夷・西戎・南蛮・北狄)と謂う。両者の別は漢族たると非漢族たるの区別に非ず。一度、天命を授かり民心を得た者は、漢族・非漢族の出自の別を越えて中華の君主たらざるべけんや、君臣の忠誠を受くるの資格ある者にあらざるべけんや、と。


すなわち、中華と漢民族は位相を異にする概念である、と。帝国の正当化ロジックとしての中華主義の最も洗練された表現形態をここに見ることができるのではないでしょうか。しかし、この問答から180年、孫文の中国革命同盟会が1907年に東京で採択したその綱領には「駆除韃虜、恢復中華」((満州族の排除、漢民族支配の回復)の2項目が含まれており、孫文は明確に『大義覚迷録』のイデオロギーを否定したのです。   

孫文の顰に倣ったか、現在の支那では、帝国の正当化ロジックとしての中華主義は後背に追いやられ、単なる支那ナショナリズムが「中華主義の言語」を用いて記述されているだけのようにも見えます。

而して、マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(1852年-1869年)の劈頭の言、「歴史は二度繰り返される。最初は悲劇として、二度目は喜劇として」という傾向が歴史にはあるとすれば、<中世的帝国>も帝国の正当化ロジックとしての中華主義も解体してしまったように、現下の<皇帝なき帝国>も二度目の嘲笑の中で失速するのではないか。グローバル化の時代こそ自己の文化的のアイデンティティーの根拠が熱望されないはずはないから。そして、それを提供できる者は独りナショナリズムしかないだろうから。そう私は考えています。

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次項では、帝国とナショナリズムを巡るこれまでの認識を与件として、ナショナリズムの規範的な内部構造とその自己組織型の再構築のメカニズムについて検討したいと思います。



<続く>





(2010年10月10日:yahoo版にアップロード)

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