書評☆「羽生の一手詰」-初心者でも必ず解ける詰将棋

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本書『初心者でも必ず解ける詰将棋 羽生の一手詰』(マガジン・マガジン社-2010年7月)は羽生善治名人監修の詰将棋問題集。KABUは将棋は嫌いではない(さして強くもない)ということもありますが、ブログで本書を取り上げようと思ったについては幾つか理由があります。

本書を紹介したいと思った理由は、次の事柄を理解する上で本書が「参考になった」「考えさせられた」からです。

◎紹介に値すると感じたポイント

①思考におけるパターン認識の重要性
②学習におけるスモールステップの有効性
③学習計画における<夢と現実>の均衡の肝要性
④情報伝達における<信用>の重み   


漸次、これらについて述べて行きますが、ただ、先に申し上げておきたいことが二つある。それは、本書を「学習技法」の素材として、要は、詰将棋をメタファーとしてそれ以外の何事かを考える素材として読む場合、どうしても「プロ棋士」と「プロ棋士達の住まう世界」についての知識が不可欠だろうということ。もう一つは、逆に、本稿の関心の所在から見て本稿では将棋プロパーの話は割愛せざるを得ないということ。

前者、すなわち、羽生名人を現役最強棋士に戴くプロ棋士達が皆将棋に関しては尋常ならざる能力と才能の持ち主であること、正に、彼等全員が<超人>であることに関しては下記拙稿をご参照いただきたいと思います。そして、後者の将棋プロパーの魅力についてはブログ友の下記ブログをご訪問いただくことをお薦めいたします。

・渡辺明永世竜王誕生に思う「定跡」と「人格」の弁証法的交錯
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/56638820.html

・女流プロ将棋界の独立に暗雲
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/45424822.html

・猪狩守のSyogi Note ← KABU推奨ブログ!
 http://blogs.yahoo.co.jp/papaya_papa2000


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将棋の羽生善治名人(1970年・埼玉県生まれ)をご存じない方は少ないのではないでしょうか。羽生名人とともに現役引退後の「永世名人襲名資格」を持つ当代のもう一人のカリスマ棋士、谷川浩司九段(1962年・兵庫県生まれ)ファンの私にとって羽生名人は「憎き敵役」なのですが、その実力は図抜けていると認めざるを得ません。

型がないのが型。盤上に新たな宇宙を忽然と出現させる羽生マジック。そして、常に変化し続けられる将棋への飽くなき探究心。羽生名人はイチロー選手と並んで平成の鬼才と呼ばれるべき存在だと思います(ちなみに、本書の第1章、扉絵の4駒マンガにはイチロー選手が登場しています!)。


と、まずは、詰将棋のルール紹介(本書, p.12)。

一、攻め方は王手の連続で攻める
二、攻め方は最速の手順で詰ます
三、玉方は最長の手順で逃げる
四、玉方は【盤上に配置されていない】残りの全ての駒を持ち駒として合い駒に使える   


その作品が失敗作でもない限り、以上のルールを遵守していれば必ず奇数手で後手玉は詰む。つまり、将棋も囲碁もゲーム理論で言えば「交互ゲーム」であり、詰将棋は「攻め方が指して→玉方が指して→攻め方が指して→・・・」と先手と後手が交互に手を指し進めて行き、このどこかの攻め方の手で玉方の玉は詰む。これが詰将棋というゲームの本性です。

而して、詰将棋は、初心者用の3手詰問題、5手詰問題から、中級者向けの9手詰以上、上級者仕様の15手詰や17手詰クラスの問題と、想定されるプレーヤーの棋力が上がるに従い、原則、詰みに要する手数も増える傾向がある。実際、マニアックな(実戦を想定してない遊び心溢れる)作品としては、江戸時代の伊藤看寿の作品・「寿」(1755年)の611手詰や、現在の詰将棋作家、橋本孝治氏の「ミクロコスモス」(1995年)の1525手詰というのもある!   

蓋し、一番簡単なはずの1手詰の問題集を現役最強棋士が監修したというところに私は妙味を感じました。これが「1手詰問題集」の類書が皆無ではないのに私が本書を求めた最大の理由なの、鴨。

正にマーケティングの勝利!!



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しかし、少しでも詰将棋をやったことのある方ならお分かりのように、確かに、一般的にはその難易度は「15手詰>13手詰>・・・>3手詰>1手詰」と言えるかもしれませんが(実際、詰みに要する手数が増えるに従い、読まなければならない、というか、読むことが可能な手数は鼠算式に幾何級数的に増えるわけで、一応、そう言えるかもしれませんが)、難解な3手詰問題もあれば比較的容易な9手詰問題もある。要は、1手詰問題集が自動的に簡単だとも言えないのです。では本書はどうか。

ここで些か脱線します。


昔、NHKの将棋講座かなにかで、アナウンサーに「プロ棋士って一手指す際には何手くらい先を読むんですか?」と聞かれた大山康晴永世名人が「指して→指されて→指しての3手ですよ」と答えておられた。

また、歌手としても有名な内藤國雄九段は、「プロ棋士って30分間に何手くらい読むんですか?」と聞かれて、「有望な筋を中心に5手から7手、有望な筋が幾つかあるのが普通なので、そうですね、50手くらいでしょうか。まあ、中には数百手読むという人もいますが、そんな人のことをプロ棋士の仲間内では「あの人は頭の丈夫な人やな」言うんですよ」と答えておられた。    

質問したアナウンサーは、「70手先まで読むとか千数百手読むとか」の常人離れした<超人>的の答を期待しておられたの、鴨。しかし、何人かのプロ棋士に直接聞いてみても、プロ棋士が書いた文章を読んでみても、大山永世名人・内藤九段の回答は(実は、「実戦ではそうもなかなか上手くはいかんが理想はそうありたい」という回答だったとは思いますが)満更嘘ではないと思います。

畢竟、プロとアマの差はいかに無駄な筋を読まないかどうかである、と。蓋し、その局面で、読むことが論理的に可能な手数の中で、いかに、無駄な読み筋や手数を捨てられるかが棋力のバロメーターである、と。

而して、「光速の寄せ」が代名詞の谷川浩司九段の凄さは、将棋に関しては<超人>がひしめくプロ棋士の世界でも詰み筋を発見する尋常ならざる嗅覚、よって、その詰み筋に局面を誘導する暴力的な独創性にあるらしい。素人が「独創性」などと知ったかぶりを書いても滑稽なだけでしょうが、それら<超人>の中でも鬼のように強い羽生名人が、谷川九段が詰ませに来たのを見て「本当は詰まないのに自玉が詰んでいると錯覚して敗着となる悪手を選んだ逸話」(伝説の、1997年、第55期名人戦第1局)を鑑みれば、「光速の寄せ」ブランドの<信用>がいかに尋常ではないかということも想像がつくのではないでしょうか。閑話休題。脱線終了。    


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さて、本書の難易度は如何。はい。本書は、実は、極めて簡単な1手詰問題集なのです。「光速の寄せ」まで持ち出した上で竜頭蛇尾の結論ですが、本書は収録されている全81問がすべて基本形。当代最強棋士監修の1手詰問題集の収録問題が全て平易で平凡なものばかり。而して、これが本書の第二の意外性。

ならば、「金返せ! 700円返せ!」と思ってもおかしくないはずなのに、しかし、本書の満足度は低くはなかった。なぜか。

蓋し、「光速の寄せ」も「羽生マジック」もその基底は基本的なパターン認識である。そう痛感できたからです。もちろん、羽生名人出演のCMで有名な公文式ではないけれど、基本的なパターン認識を積み重ねれば、誰もが羽生・谷川になれるなどとはいいません。しかし、基本的なパターン認識の積み重ねなくしては誰しも谷川・羽生にはなれない。そう痛感したということです。    

実際、監修者は著者ではない。これは当然のこと。しかし、詰将棋問題集の監修を引き受けた以上(無限に作成できる類題の中から)どんなタイプの問題を選ぶかについて監修者が意見しなかったとも考えにくい。このことは想像するしかないのですが、私は羽生名人の次の読者への言葉を読んでそう確信しました。

どの局面が詰みで、どの局面が詰んでいないか、正確に百%の認識が出来るならば、それだけでアマ初段の実力があると思います。・・・どのようにして詰みを理解して行くかですが、昔からよく言われているように「習うより慣れろ」が良いのではないでしょうか。つまり、詰みの型をたくさん知る事によって、徐々に詰みとは何かという理解を深めて行く訳です。・・・本書の問題は一手詰めばかりになっていますが・・・何回も繰り返して読む事によって、詰みの型が解って来ますし、脳を鍛える体操にもなっているはずです。

(本書, はじめに)    



羽生名人の読者への言葉は、正に、言語ゲーム論の「家族的類似性」を通したパターン認識の事例そのものであり、分析哲学の科学方法論から見ても中庸を得た妥当なものだと思いますが、蓋し、本書の素晴らしさは、本書が<学習を巡る黄金法則>とも言うべきものを体得できるツールでもあるということでしょう。換言すれば、本書の満足度の源泉は、「羽生名人=当代最強棋士」が監修したという<信用>が醸し出す安心感に裏打ちされた、()局面認識における基本的なパターン認識の重要さの体得、そして、()基本的なパターンの蓄積、すなわち、スモールステップの蓄積こそ学習の実体であるということの体得が可能なことだ。畢竟、()「学問に王道なし」という真理を体得させうる<王道>が本書を貫通している、と。そう私は考えています。

◎学習の黄金法則

・学問に王道なしの体得
・基本的なパターン認識の重要性の体得
・基本的なパターンの蓄積、スモールステップの蓄積こそ学習の実体という認識の体得



而して、これらのことが体得できれば学習者は自ずと、

(甲)自分の現在の能力と目標間の距離、学習の納期と使える時間の絶対量から見て、最適なスモールステップがどんなものか、採用すべき<努力の方法>を嫌でも知りたいと願うだろうし、(乙)「来年には羽生名人より強くなりたいな」とか「いつか谷川九段と同じくらい強くなるんだい」という、不可能または漠然とした<夢物語>ではなく、実現可能かつ納期つきの<到達目標としての夢>が何であるかを明確にしたいと思うでしょう。  

ならば、①<学習の黄金法則>を体得させ、②学習者本人が渇望する<方法>と<夢>を彼女や彼が向自化、すなわち、言語化・数値化することを促し、③(将棋にせよTOEICにせよ、ロースクール合格やアメリカのトップMBA合格にせよ)最適な学習の素材と学習のスタイルを紹介提供、観察監督することが、すなわち、教育の作業というものではないか。と、本業の学習方法論にひきつけて私はそう改めて確信しました。

(*・・)_☆⌒○ ← <方法>と<夢>のサーブ♪

ご興味のある向きには本書のご一読をお薦めいたします。それにしても、他者に情報を伝授する上での、「論者=監修者」に憑依する<信用>や<権威>の効果には侮り難いものがありますね。菊池寛の『形』の寓意が身に沁みます。と、このこともまた痛感しました。



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(2010年10月22日:英語と書評 de 海馬之玄関 goo版にアップロード)

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