民主党政権の誕生は<明治維新>か<建武新政>か




民主党政権は、政権奪取の高揚感からか、今般の政権交代を「明治維新」になぞらえ、而して、「鳩山政権→菅政権」に至らぬ所が散見するとしても(というか、内政・外交とも目を皿のようにして捜しても「至らぬ所」しか見当たらないのではありますが)、再度、自民党に政権を渡すなどという「時計の針を戻すようなことをしてはならない」と当の鳩山氏ご自身が述べておられる。蓋し、本稿は民主党政権誕生の歴史的性格を論じた随想です。


■明治維新と建武新政
民主党政権の誕生は、「明治維新」ではなく、日本史上、「最も愚劣な天皇-後醍醐」による「建武新政」に擬えるべきものだ。これが本稿を貫く私の認識です。

蓋し、自分が説明したい何かを他の何かに喩えることは論者の自由であろうと思います。けれど、その比喩が自己正当化の域を超えて、比喩に反映されている偶さかかもしれない「類似」を「必然」であると思い込むのは滑稽というものでしょう。そして、

制度疲労に陥った旧体制を打破すべく、統治能力的には旧体制にかなり劣るかもしれない、しかし、旧体制のしがらみに縛られない新しい指導体制が不可避となり実現した政権交代


こう明治維新を捉えるとき、確かに、「明治維新≒民主党政権誕生」の主張は満更間違いでもない、鴨。もっとも、それを言うなら、巨人軍やサッカー日本代表の監督交代もなにがしか<明治維新>的ではあるのでしょうけれども。ならば、民主党が明治維新に今般の<8・30>政権交代をなぞらえたいのならば、彼等は上の認識を超えるより本質的な類似性を提示しなければならない。


蓋し、実相は逆ではないか。すなわち、

経済政策の観点から見た場合、あきらかに大きな政府を志向している民主党政権は「55年体制=社会主義体制」に立ち戻ろうとするものであり、ならば、今般の政権交代は、言うなれば明治時代から江戸時代に戻ったようなもの。あるいは、田沼意次首班体制から松平定信首班体制に移行したようなものであり、それは時代の逆行に他ならない
    

と、そう私は考えます。蓋し、<8・30>で生起した事態は、小泉政権が先鞭をつけた保守主義に基づく日本再生の始まりの終わりではなく、55年体制的な古い近代主義の本格的な終わりの始まりである。民主党の実質的な支配者が、「田中派-竹下派」の直系たる小澤一郎氏であり、彼の民主党内での力の源泉の一つが旧社会党系分子からの支持であることが、なによりも、この経緯、「民主党政権誕生=55年体制への回帰」を雄弁に物語っているのではないでしょうか。

而して、<8・30>は、民主党のマニフェスト、否、民主党という選択肢の存在が、自民党支配の中で閉塞感に鬱々としていた有権者・国民に<倒幕>の機会と大義名分を与え、もって、この社会に充満していた自民党に対する不満のガスに火がついた結果である。蓋し、<8・30>をこのように把握するとき、それは、「建武新政」と極めて似たものだと思います。蓋し、私は「建武新政」をこう捉えています。

農業以外の商工業・流通サービス業の発展、および、交易活動の全国的ネットワークの形成、それら非農業経済セクターを守護する寺社権門の強化等々の社会経済の変遷、すなわち、私の言う「生態学的社会構造」(自然を媒介にした人と人とのある歴史的に特殊な社会的関係のあり方の総体)の変容が生起していた鎌倉時代後期

逆に言えば、「武家の棟梁家=貴種の職能的武士血縁集団」が「御家人=武装農民」を束ねた政治体制としての鎌倉幕府がこれらの生態学的社会構造の変容に正面から対応することができず、単に、鎌倉幕府の権力支配の実効性のみを時代の趨勢から守るべく、一種の歴史的必然として北条得宗家の独裁に純化していった鎌倉幕府の末期

鎌倉時代初期・中期に農地争奪競争の中でいち早く没落していた旧御家人層を「身内人=鎌倉将軍の陪臣」として吸収しつつ独裁の純化を進める北条得宗家と鎌倉幕府のエスタブリッシュメントとも言うべき有力御家人層との利害が鋭く対立するに及び、「史上最低の天皇=後醍醐」の倒幕の綸旨が、六十餘洲に充満していた「反得宗独裁体制」のガスに火を付けた
    


而して、建武新政の推移は「history:誰もが知っているつまらない話」でしょう。蓋し、

①北条得宗家中枢も「史上最も無能な天皇=後醍醐」も、当時の生態学的社会構造のあり様を理解できていなかった点ではなんら変わらなかった

②曲がりなりにも人口の過半を占めるに至っていた(皇室・公家・寺社という権門の直轄荘園と国衙領を除く)「武装農民と武装農民が囲い込んでいた農民」の利害を一応代表していた鎌倉幕府と違い、建武新政は、政治と経済の仕組みを(武家支配を生ぜしめた源平争乱期以前の生態学的社会構造に適合的なsomethingに戻そうとした
    

この①②を踏まえれば、建武新政が極めて短期間に瓦解して「史上最も間抜けな天皇=後醍醐」の妄想が画餅に帰したことは、そして、南朝・後南朝の惨めな末路は悲劇ではなく喜劇であり、歴史的必然であったと思います。そして、民主党政権も、

①国際政治経済を含め、生態学的社会構造のあり様が「55年体制」が機能した冷戦期と現在の日本では変化していること

②曲がりなりにも労働人口の過半を占める「中小企業経営者」「建設業者」「地方在住者」の利害を一応代表していた自民党政権と違い、民主党政権はバブル期以前の生態学的社会構造に適合的なsomethingに政治と経済の仕組みを戻そうとしている
    


畢竟、『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』でヘーゲルの言葉としてマルクスが引用している如く「歴史は二度繰り返される。最初は悲劇として、そして、二度目は喜劇として」という傾向が歴史にあるとすれば、民主党政権は「史上最も滑稽な天皇=後醍醐」の凋落をなぞる<喜劇の北斗の拳>に他ならない。と、そう私は考えています。而して、保守主義に基づく日本再生を期す我々保守改革派は、平成の「足利尊氏」を棟梁に据えて民主党政権を一日も早く打倒しなければならない。もっとも、我々が棟梁に戴くべきは平成の「持統天皇」か「二位の尼=北条政子」かもしれませんけれども。


ashikagatakaujiri_20100418094714.jpg


■民主党政権は社会主義政権である
明治維新に<8・30>を喩える場合、()自民党政権がなぜ崩壊したのかの説明は比較的スムースですが、()旧政権が対処することに失敗した生態学的社会構造の変容の特定という点では、即、比喩の射程距離外に出てしまう。ならば、民主党議員が「民主党政権の誕生=明治維新」と規定するのは勝手だけれども、それは、単なる(教育心理学で言う所の)「自己拡大化:子供が縁日で買ってもらったお面を被るとウルトラマンになったと思い込む症状」にすぎないのではないか。実際、そうなりつつあるのではないでしょうか。

而して、(当時、「日本=世界で唯一成功した社会主義体制」と皮肉な称賛を寄せられていた如く)民主党政権は「55年体制」への回帰を志向する社会主義政権である。ならば、民主党政権が呪文のように繰り返す「官から政へ:官僚支配の打破と説明責任をより十全に果たす政治家主導の政府の構築」とはこの民主党政権認識からはどう理解すればよいのか。私はこう考えています。以下、過去記事からの引用。

 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59422241.html


民主党政権は「脱官僚支配」を標榜しながら、その実、官僚と労組が猖獗を極める社会主義国家を目指している。而して、民主党政権が唱える「政治主導」とは、行政実務を任せる宛先を人脈的に自民党の与力だった「官僚A群」から民主党に尻尾を振る「官僚B群」に変更するだけのものに過ぎない。ならば、「脱官僚支配」は(大統領が変われば、特に政権与党が交代すれば、3000人以上の高級官僚が交代する)アメリカの猟官制的な官僚の人事制度を議院内閣制の我が国において導入する、すなわち、行政に赤裸々な権力闘争を持ち込む不適切な政策指針ではないか。・・・民主党政権は赤裸々な猟官制を行政機構に導入しようとする、古い古い自民党よりも更に古い政権である。

畢竟、高校償化にせよ、子供手当てにせよ、それは財源論から言えば、「A:生活が苦しくて子供も産めない/結婚もできない層」から所得を奪い、「B:Aグループ層よりは豊かな、結婚もでき子供も産める層」に所得を配分する(世代間負担の移動モデルを考えてもそう言わざるを得ない)凄まじい悪制です。而して、日本国内に住んでいない外国人の子供への支援の出鱈目さと相まって、このような、子供でも分かる、憲法無効論なみの馬鹿げた施策法案がなぜ堂々と主張され国会を通過するのか。

蓋し、それは、(イ)民主党の政策のお粗末さと、パラドキシカルながら(ロ)自民党政権の時代に比べても遥かに大きな官僚依存の結合である。すなわち、コトナカレ主義の官僚が「注文主=民主党政権」の注文に従い出した法案に対して、「注文主=民主党の政治家」も「料理人=官僚」も、本質的に誰もその中味がわかっていないという構図である、と。 而して、この滑稽な悲惨の源泉は那辺にあるか。

蓋し、それは、しがらみを断ち切り制度を変えれば政治はうまく行く。要は、多少の混乱はあったとしても、旧政権下で培われた富や技術は丸のまま生かせるはずだという単純な思い込みがあったのではないか。けれど、旧政権下の<社会的&産業的な資産>は旧政権という特定の社会の約束事を前提にしてのみその額面通りの機能を果たし得るものだった。この、建武新政において「史上最も愚かな天皇-後醍醐」が陥ったのと同じタイプの誤謬に民主党も絡めとられているのではないか。

更には、実は、失われた90年代以来、日本は「構造改革の推進と地方再生」という相矛盾する課題を背負い、弥縫策と言えばそれまでだが自民党政権の自転車操業的対処策でやっと綱渡りしていたのを、民主党は「日本にはもっと余裕がある」と勘違いしていたこと。それで、麻生政権の暫定予算を凍結し、すなわち、景気回復のための貴重な財政出動のチャンスを逃した。これらが、現在、民主党政権が晒している悲惨と滑稽の構図ではないだろうか。(以上、自家転記終了)
    

蓋し、「既存の官僚機構の硬直化」を打破するという主張と、「民主党政権=社会主義政権」の認識は矛盾しない。そして、その政府が社会主義を志向する限り(旧政権が代表していた利害から新政権が代表する利害が変化することはあったとしても、基本的に)「官僚支配」は強化され、「新しい官僚機構の硬直化」に至るに違いない。

畢竟、民主党政権は(民主党に尻尾を振るメンバーに官僚層を純化させつつなされる)「官僚支配の強化」を志向する政権ではないか。もし、こう考えることが満更間違いではないとすれば、小澤支配の拡大深化、すなわち、「党内民主主義の欠如=党内官僚制の強化」が露になっていることも(スターリン体制確立期のソ連や、「史上最も下劣な天皇=後醍醐」が建武新政の初期、足利尊氏公をその政権運営から疎外した故事を紐解くまでもなく)、あるいは当然のこと、鴨。と、そう私は考えています。


尚、政権交代の背景と自民党再生のための施策に関する私の基本的な考えについては、下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・自民党解体は<自民党>再生の道
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59411956.html


hatoyamagodaigotogether






(2010年4月17日:yahoo版にアップロード)

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