書評☆古木宜志子「津田梅子」(下)

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== 承前 ==

畢竟、まして、「ライオンが百獣の王としても、ライオンが動物学を講義できると思う人はそう多くはないだろう」という英語教育関係者には周知の箴言通り、英語のネーティブスピーカーと看做すべき梅子先生も、外国語としての英語を限られた学習時間の中で学習者に身につけさせる技量という点では(明治初期の「すべての科目を英語で英語のネーティブスピーカーから学ぶ方法論」が過重な投資として衰退して以降、例えば、梅子先生と同年齢の夏目漱石(1867-1916)の世代がそれに携わるようになって以降の英語教師のスキルと言う点では)、明治から大正に時代が移るに従い、漸次、時代遅れの存在になっていったの、鴨。

私は何が言いたいのか。要は、では、何故に「津田塾大学」は今も存在しているのかということ。それは、「津田梅子」に、英語や女性の自立、単なる親米保守を超える何かをこの一世紀近くこの社会は感じてきたからではないのでしょうか。

簡単な話です。日本の英語教育史に興味のある向きや東京女子大の関係者を除けば、おそらく、「安井てつ」の名前を知る方はそう多くないでしょう。彼女は、大正期に英語教育の分野で燦然と輝く実績を残したのにも係わらずです。対して、「津田梅子」は何故にビッグネームなのか。

その理由を私は、上に引用した犬養さんの二番目の専願理由に見出す。それは(実は、梅子先生は、小平への移転には必ずしも積極的ではなかったという証言もあるのですが、まだ存命中だった<女王様>の意向に反しての移転など不可能だったと私自身は考えています。)梅子先生は、「数学に可成の重点が置かれる」学風に端的な如く、(成人して志も固まった25歳のご自分が、生物学専攻の学生として二度目の留学(1889-1892)をいろんな意味で満喫された)フィラデルフィア郊外のブリンマー大学のような、塵界から離れた立地にある、高いレベルの教養に裏打ちされた実践教育を日本で実現したいと思われたのではないか。而して、これこそが、「津田梅子」をして単なる「英語教育界の雌獅子」で終わらせず、例えば、17歳の犬養道子さんを津田塾に引きつけたsomethingではないでしょうか。



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この点で、梅子先生の書かれた文書/話された言葉の中で、私が最も共感するのは次の、1900年9月14日、「津田塾=女子英学塾」開校の際の式辞と挨拶です。これは、最初の留学から帰国後、生涯、日本語がそう得意ではなかった梅子先生が公の前で日本語で話したほとんど唯一のもの。

今日から授業を始めることになりました。私がこの塾を開いた理由と塾の目的について、少し申し上げたいと思います。私が十数年来教育事業に関係いたしております間に、強く感じたことが二つ三つあります。

第一は本当の教育は立派な校舎や設備がなくても出来るものであるといふことであります。そう申したとて私はよい教室や書物やその他の設備を軽んずるといふのではありません。出来ることならこれも完全にしなければなりませんが、真の教育には物質上の設備以上に、もっと大切なことがあると思ひます。それは一口に申せば、教師の資格と熱心とそれに学生の研究心であります。(中略)

次に感じましたことは、大規模の学校で多数の学生を教へる場合には、十分その成績を挙げることが出来ないといふことであります。殊に大きい教室で多数の学生を教へていては、知識の分配は出来ようけれど真の教育は出来ません。真の教育は生徒の個性に従って別々の取扱いをしなければなりません。人々の心やその気質はその顔の違うように違っています。従って、その教授や訓練は、一人々々の特質にしっくりあてはまるように仕向けなくてはなりません。多人数では無理が出来ます。だから私は真の教育をするには結局少人数に限ると思います。(中略)

専門の学問を学びますと、とかく考えが狭くなるような傾きがあります。一つのことに熱中すると他のことがらは忘れがちになるものです。英語を専門に研究しようと努力するにつけても、完き婦人となるに必要なことがらをおろそかにしてはなりません。円満な婦人、すなわちall-round womenとなるよう心掛けねばなりません。(中略)

この塾は女子に専門教育を与える最初の学校であります。したがって世間の目にもつきやすく、色々な点で批判を受けるでしょう。そのような批判が幾分でも女子高等教育の進歩を妨げるならば誠に遺憾なことであります。しかもその批評の多くは、学校で教える課程や教授の方法についてでなく、ほんのささいなこと、たとえば、日常の言葉づかいとか、他人との交際ぶりとか、礼儀作法とか、服装とかのこまかいことを批評し、それで全体の価値をきめようとするのであります。ですからこういう点にもじゅうぶん注意して、世間の批評に上らないよう気をつけていただきたいと存じます。

何事によらず、あまり目立たないように、出過ぎないように、いつもしとやかで謙遜で、慇懃であっていただきたい。こういう態度は決して研究の高い目的と衝突するものではありません。婦人らしい婦人であって、じゅうぶん知識も得られましょうし、男子の学び得る程度の実力を養うこともできましょう。(後略)    


この<地味路線>の戦略は、経済的に自立できる専門性を身につけて、かつ、男性中心の社会のイデオロギーとの不倶戴天の敵対関係に<逃げ込まず>、社会の中の一員として、女性が生きていく方向を示したもの。当時のアメリカの中庸を得た女性解放思想を自家薬籠中のものとした極めてマチャアーな言説ではないでしょうか。尚、この点に関しては、梅子先生の生涯の同志、捨松公爵夫人(1860-1919)のバッサー大学の19期下の後輩に当たるJ・ウェブスター女史(1876-1916)の『あしながおじさん』『続あしながおじさん』、『おちゃめなパティー大学へ行く』『おちゃめなパティー』の中で語られている「婦人参政権論-女権拡張論」を是非参照いただきたいと思います。

・温故知新:「あしながおじさん」を貫くアメリカ保守主義の精神
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/57066869.html

・「あしながおじさん」を貫く保守主義の人間観(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/57132950.html


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書評とは言えない記事になりました。結論に移ります。本書、古木宜志子『津田梅子』は、梅子先生が存命中にほぼその構想を了解され、更には、その原稿の一部をもご自分で確認されたという、いわば、実名の分かっているゴーストライターが書いた<自伝>とも言うべき『吉川利一版』ではなく、また、例えば、梅子先生の安井てつ女史に対する「片思い」や「無邪気な愛国心」を赤裸々に暴露し批判している等々、ある意味、吉川版に対する<偶像破壊の著>でもある、しかし、確かに、津田塾とそれを巡る日本側の文献や文書、議事録や文部省とのやり取り等々の一次資料を丹念に調べ上げた『山崎孝子版』の如き斜に構えた<古文書整理帳>でもない。

第一に使用できた文献が異なる。本書は、全くの偶然から1984年に津田塾大学の本館の屋根裏部屋で見つかった、最初のアメリカ留学の際に預けられたランマン夫人宛の梅子先生からの前後30年間に及ぶ書簡を存分に資料として用いたもの。要は、「The Attic Letters:屋根裏書簡」を利用できたことによって、本書は、始めて梅子先生の内面生活を、しかも、例えば、思春期の自己のアイデンティティーの葛藤、あるいは、最初の留学直前に親しく謁見の栄誉を賜り、指示書たる<御沙汰書>までいただいた皇后陛下からの留学に関する激励と自分の使命を反芻する営み等々、自伝ではなく第三者の視点から、かつ、整合的に再構成した初めての伝記だと思います。

そして、山崎孝子氏の伝記に漂っている、左翼的な女性解放思想から見た場合の、封建的な戦前の日本なるものや戦前の国家主義なるものに対するアプリオリな<悪>認定とは無縁の所で、実存としての、現存在としての女性が自立することの価値、他方、日本の女性として日本国に貢献することの価値、<宗教としての愛国心>の肯定的価値を、それらが、犬養道子さんの言葉を使わせていただければ、「狭きナショナリズム」などではない普遍性とリアリティーを持つことの、梅子先生の確信を素直に綴ったという点も、本書の優れた点ではないかと思います。蓋し、本書は、正に、保守主義からの<津田梅子>像を提示した一書、鴨。

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而して、本書、および、その完全版とも言うべき『The White Plum』の一読をお薦めします。そして、ほとんど一世紀ぶりに発見された、梅子先生の自由闊達かつみずみずしい書簡を収めた、『The Attic Letters:Ume Tsuda‘s Correspondence to Her American Mother』(Weatherhill・1991年)も機会があれば是非お手に取っていただきたい。例えば、11年間の米国留学から帰国して二日後の1882年11月23日、17歳の梅子先生は、<アメリカの母>にこう書いておられる(ibid, p.14)

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The Japanese food tastes very nice and I have taken to it as naturally as fish to water, but at every meal there is bread and something foreign for me as they don‘t want me to get sick.

日本の料理はとっても美味しいです。水に戻してもらった魚のような気分で、それが当たり前のように日本食を食べています。

ウマウマ(^◇^)

でも、家族の皆は、私が慣れない食事で病気にならないようにと、食事には毎回、パンとかその他外国のものを添えてくれるんです (><)    



畢竟、

鮭でさえ自分の生まれた川の水の匂いを忘れず戻ってくる。


ならば、もうすぐ7歳になろうかという少女が11年ばかりアメリカに行ったからといって、その<日本人>としての現存在が消失することはない。而して、生活世界と価値の双方の世界に根ざす、人間存在としての自己認識。ここにこそ保守主義の核心があり、蓋し、「津田梅子」とは近代日本を代表する保守主義者に他ならない。と、そう私は確信しています。

而して、

受験生の、①女子大離れ、②都心回帰のダブルパンチを受けた、津田塾大学はこの10年間で大幅に「偏差値」を下げたとのこと。匿名希望の、某津田塾大学の教員のある同志からは、「新入生の英語力が落ちて困っているんですぅー!」という悲鳴を聞いたこともある。   

でもね、新入生の学力低下は津田塾だけの現象ではないです。ならば、津田塾志望者にとっては、偏差値低下も悪い話ばかりじゃない。そう、17歳当時の犬養さんなら、きっと、「万歳! やったぁー!」と叫んだであろう朗報ではないか。一応、その道の指導の専門家の端くれとして私はそう考えます。



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(2011年07月27日:yahoo版にアップロード)

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