人類史は、少なくとも、英国と日本は再び<女帝>の時代に入った?




英国のエリザベス女王を元首に戴く英連邦(the Commonwealth)諸国が、英国国王の王位継承ルール(Royal Succession Rule)について性別をそのルールの構成要件から外す改正を支持する模様ということです。同ルールの改正をを巡る英国の提案に15ヵ国すべての連邦構成国が支持・是認の方向ということ。先週頭以来、例えば、BBCも『Royal succession change plans 'likely to get Commonwealth backing'』(Oct. 21, 2011)と報じています。而して、日本はどうする。そして、この事態の「世界史的-人類史的」意味は如何。

上のBBCの記事はこんなセンテンスで始まっている。「Changes to the rules on succession appear likely to be backed by the 15 other countries who have the Queen as their monarch, a minister has said.」(王位継承ルールの改正を英女王を自国の君主として戴いている、英国を除く他の15ヵ国もまた支持する模様)、と。

英国でも<女帝>は珍しくはありません。なにより当代の英国国王はエリザベスⅡ世。そして、その前の女王の時代こそかの<大英帝国>の時代。そう、後の鉄血宰相ビスマルク若しくはマルクスを始め世界的の逸材を、または、伊藤博文若しくは夏目漱石等々の近代日本のプロミネントフィギュア-を惹きつけてやまなかったビクトリア女王(在位:1837-1901)の治世。その威風堂々とした時代の気風は、その時代に生を受けたアガサ・クリスティーDBE(1891-1976)の描くミス・マープルの言説と立ち居振る舞いに染み込んでおり、また、秋葉原のメードカフェにもその余韻が及んでいると言えるの、鴨。ことほど左様に、英国でも英連邦でも「女性の国王」という意味での「女帝」は普通とは言わないが希なことではありません。

而して、英国と英連邦における今般の王位継承ルール変更の意義は、(もちろん、今までも我が国の如き「男系の万世一系」の皇統にあることが帝位継承の必須の構成要件であったわけではないにせよ、)それが本格的に(寧ろ、王位継承権者の性別とは無関係に:whatsoever, without regard to the person's sex of a heir to the throne)「女系の国王」を構造的に産み出す論理的可能性と社会学的蓋然性を具現するだろうことではないか。と、そう私は考えます。


而して、英国では、

「女王を戴く時、英国は元気になる」
「国難の際には英国では女王が現れ国を正しい方向に導く」

とはしばしば語られる箴言らしい。

確かに、そうなの、鴨。蓋し、
    
名誉革命によって立憲君主制(constitutional monarchy)を確立したメアリーⅡ世(在位:1689-1694)。当時の「古い欧州の象徴=スペイン・フランス」に引導を渡す、スペイン継承戦争の勝利に英国を導き、返す刀でスコットランドを統合して大ブリテン島に一元支配を打ち立てた、よって、些か春秋の筆法になるけれど、フランス革命・アメリカ独立革命、および、現在に至るスコットランドの独立志向の遠因を作ったアン女王(在位:1702-1714)。

就中、万能の天才フランシスコ・ベーコン、および、ホッブスという<現在の保守主義>の源流となった英知群像を育んだ時代、あるいは、フランシス・ベーコンの筆名の一つとも謂われる沙翁・シェークスピアの戯曲が彩った社会、そう(サッカースペイン代表のことではなく)レパントの海戦で当時の超大国トルコ海軍を屠った、公称200隻の大艦隊、所謂「無敵艦隊:the Invincible Armada」を僅か80余隻で撃破せしめたチューダー朝最後の国王・エリザベスⅠ世(在位:1558-1603)。    

私が考える<現在の保守主義>の意味内容については本稿末尾にURLを記した拙稿をご参照いただくとして、これら三代の<女帝>を巡る英国史の推移を想起するとき。加之、ビクトリア朝の栄華、更には、第二次世界大戦後、かって「陽の沈まぬ帝国」と謳われた大英帝国が<斜陽の帝国>となる人類史の推移の中で国家と社会の秩序と誇りを見事に支えきったエリザベスⅡ世(在位:1952-)の治世下の英国に思いを馳せるとき、上記の箴言は満更こじつけや誇張ではないのではないでしょうか。蓋し、

б(≧◇≦)ノ ・・・英国は女王を戴くと元気になんねん!
б(≧◇≦)ノ ・・・国難の際には女王が現れ国を正しい方向に導いてくれはんねん!

と言えなくもないの、鴨。


而して、次の『三国志魏志』の記述を読むとき、この<法則=Law>は人類史共通の法則とまでは言わないけれど、少なくとも、英国だけではなく我が国については妥当するローカルルールと言える、鴨。と、そう私は思わないではないのです。すなわち、

其國本亦以男子為王 住七八十年 倭國亂 相攻伐歴年 
乃共立一女子為王 名曰卑彌呼


その国、本は男性を王としたが、その治世は七、八十年で破綻してしまった。すなわち、倭国は擾乱して互いの攻防が何年も続くに及んだ。ことここに至り、倭の国々は一人の女性を王として共立した。その名を卑彌呼といい・・・。   

卑彌呼以死 大作冢 徑百餘歩 徇葬者奴婢百餘人 
更立男王 國中不服 更相誅殺 當時殺千餘人
復立卑彌呼宗女壹與年十三爲王 國中遂定


この時卑彌呼は既に死去しており、立派な盛り土の墓を作る。その直径は百余歩(約20メートル)、そして、殉葬する奴婢は百余人であった。この事態を受けて倭の国々はあらためて男の王を立てたものの、国中が服さず、相互による殺戮の嵐が吹き荒れることになる。その際の死者は千余人に達した由。而して、再び卑彌呼の一族出身の壹與が倭王に推戴された。<青いリンゴ>の芳紀十三歳のロリータクイーン。而して、国中が遂に定まった。   


そう、この列島は1800年前から「女王を戴く時、国は元気になる」「国難の際には女王が現れ国を正しい方向に導く」社会だったのです。加之、現在に至る<日本>を確立した推古天皇・持統天皇の事績を想起するまでもなく、神功皇后の業績を紐解くまでもなく、なにより(卑弥呼&壱与の1800年前どころか、)紀元は2600年の2600年前じゃなかった2671年前どころか、天照大神の初めからこの国は<女でもってきた国>である。それは断然そうである。と、そう私は考えます。

ならば、グローバル化の昂進の中で、「主権国家=国民国家」の政策遂行能力と社会統合の神通力がいずれも相対化され衰微しつつある現下の人類史の状況を見据えるとき、他方、しかし、(人智を超える自然の脅威とグローバル化の波濤に抗して)曲がりなりにも個々の人間存在に対して、①安全と安心を供給し、かつ、②彼女/彼にそのアイデンティティーとプライドを保障するものは、独りそんな<乏しい時代の主権国家>でしかない現実を睨むとき、人類史的のパースペクティブからは、現在は「危機が常態化している時代」と言えるのではないでしょうか。ならば、この人類史的な潮流を前提とするとき、世界のすべての国々においてとまでは言わないけれども、少なくとも英国と日本においては、現在は「女帝が恒常的に希求されている時代」と言えるの、鴨。


1588年、カトリック陣営に属するスコットランド女王メアリー・スチュアートを粛正された報復を大義名分に押し寄せたカトリック陣営の主力スペイン、その押し出した無敵艦隊を(繰り返しますが「サッカースペイン代表」のことではありません、為念。)サー・ドレーク(「海賊ドレーク」とも言う。)をして撃滅させたエリザベスⅠ世を、1570年に破門したこの背教者を時のローマ法王シクストゥス5世(在位:1585-1590)は感嘆をもってこう賞賛したと伝えられています。

"She is only a woman, only mistress of half an island," marvelled Pope Sixtus V, "and yet she makes herself feared by Spain, by France, by the Empire, by all."


「女に過ぎぬ身で、ちっぽけな島のそのまた半分の領地の女主人に過ぎぬ身で」とシクストゥス5世は感嘆のあまり喝采を叫んだ。「そんな存在でしかないにもかかわらず、スペインも、フランスも、神聖ローマ帝国も、否、ヨーロッパ中のすべての国から彼女は恐れられるまでになったではないか」、と。   


09_06BloodyMary_B.jpg


しかし、

しかし、ローマは一日にしてならず。

美濃の戦国大名、梟雄・齋藤道三の国盗りは、例えば、司馬遼太郎『国盗り物語』執筆当時の歴史認識とは随分異なり、実は(少なくとも)、親子二代をかけての国盗りの物語であったのと同様、あるいは、後北条氏の開祖、所謂・北条早雲の伊豆・相模の奪取は、かってそう語られてきたように名もなき食い詰め浪人が乾坤一擲の賭の結果としての、「事実は小説よりも奇なり」の類の行いではなく、貧すれど鈍ではない、足利将軍家譜代の名門出身者による極めて筋の通った事績であったことと同様に、更には、太閤検地や朝鮮出兵(正確には「支那征伐の準備行動」)も含め、秀吉の政策は、大凡、信長のそれの実行であり、家康・秀忠の施政は秀吉の政策のバリエーションを大きく出るものではなかったことと同様。    

世界を震撼させローマ法王を驚嘆せしめたエリザベスⅠ世の進んだ道もまた、その腹違いの実姉にして英国初代の<女帝>、「メアリーⅠ世=メアリー・チューダー」(在位:1553-1558)によって舗装されていた。私はそう認識しています。彼女達姉妹の父君ヘンリーⅧ世と共通の弟君エドワードⅥ世の時代に創出された英国国教会(Anglican Communion:Anglican Church)によっても、その隠然たる実力がすぐに失われるはずもなかったイングランドのカトリック勢力内部に鬱積した不満をキャナライズして解消させた功績(「ガス抜き」とも言う。)、他方、このような皮肉な結果論ではなく、相互に共約不可能なイデオロギーの対立を政治の世界から漸次離脱させたその手腕こそ、国家の世俗国家化、否、言葉の正確な意味での「主権国家=国民国家」「国民国家=民族国家」の誕生という、当時その相貌を漸次現しつつあった人類史の潮流に英国が拮抗し得る政治体制と社会思想の母胎を用意したの、鴨。

ならば、

その連邦憲法への修正13条-15条の導入を見るまでもなく、両陣営併せて、戦闘員・軍属だけでも62万人の死者、民間人を加えれば、実は、当時の人口3100万人の5%になんなんとする死傷者を出した南北戦争の悲惨と激烈によって初めて、本格的な「主権国家」、そして、真の意味の「国民国家=民族国家」にアメリカ合衆国が生まれ変わった事実を反芻するとき、加之、陰惨を極めた所謂「魔女裁判」が、より資本主義的な生態学的社会構造(自然を媒介とする人と人との社会関係の総体)の現出に伴う宗教的パラダイムの揺らぎに起因するアノミー状態に陥った社会秩序を再構築するための必然的な現象であったと言えること、並びに、フランス革命初期の狂信的なジャコバンの殺戮・陵辱の嵐が、しかし、フランスが「国民国家=民族国家」に自己を組み替えるためのキャナライゼーションの一斑であったと理解できることを鑑みるとき、    

英国を国民国家に向けて飛翔せしめた「メアリーⅠ世=ブラッディ・メアリー」の指導力と業績は、少なくとも、その百年後のクロムウェルの業績のプロトタイプではあったことは間違いないのではないでしょうか。ならば、未知の道に一歩でも踏み出す勇気がいかに稀少かを想起するとき、英国史を彩った<女帝>の聖列の中でメアリーⅠ世こそ最高の女王と言うべきなの、鴨。



蓋し、繰り返しになりますが、世界のすべての国でとは言わないけれども、少なくとも、英国と日本においては、人類史規模の変動に起因する国難の際には<女帝>が求められているのではないか。而して、資本主義的な生産の諸関係と諸生産力の暴力的昂進が人類をその冷酷な毒牙の射程内にほぼ収めてしまった現在、他方、(「1989年-1991年」における社会主義の破産が見事に証明したように)資本主義に勝る社会的諸関係のあり方も現在の所存在しないということが確認されている現在、よって、人類はグローバル化の昂進の中では益々「主権国家=国民国家」「国民国家=民族国家」の存在意義と存在理由が大きくなっている。

ならば、この危機が恒常化している時代の主権国家としての日英両国の君主は<女帝>にしくはないの、鴨。人類史の経験と知恵はそう示唆しているの、鴨。民主党政権の拙劣も加わり袋小路(cul-de-sac)に陥っている感を否定できない日本の現状を鑑みるとき、そう私は考えないではありません。

ということで、この記事をアップロードしたら、アフタヌーンティーは割愛して、少し早いけれど、ブラッディ・メアリーをいただきますかね。尚、現在の保守主義の意味内容、<女帝>を巡る憲法論、および、国民国家と保守主義の連関性を巡る私の基本的な理解については下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。



・英国の王位、男子優先を廃止へ
 ☆これを契機に日本も<女系天皇>容認に舵を取るべきなの、鴨
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60801971.html

・女系天皇は憲法違反か
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59879735.html


・保守主義の再定義(上)~(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60444711.html

・「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(1)~(6)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/59953036.html


・憲法における「法の支配」の意味と意義
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60444639.html

・中川八洋「国民主権」批判論の検討(上)(下)
 http://blogs.yahoo.co.jp/kabu2kaiba/60044583.html



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